17.大薮新平 リーダの告白
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎなスキルを得て異世界に召喚された。彼は日本へ帰る方法を探して奔走し、様々な事態に遭いながらも皇都に辿り着いた。そして、遂に神アウヴィスタと謁見する直前、リーダから驚くべき要求を受けるのだった。
「……私も兄様の世界に連れていってくれませんか」
「――は? なんで?」
突然、リーダがおかしなことを言い出した。呆気に取られる俺の前で、リーダは緊張した面持ちで唾を呑み込み、更に一歩踏み込んでくる。
「私はずっと、貴方さまに御仕えしたいのです」
「お仕え……?」
それは今迄の様に契約を結び、従者として俺の世話をしたいということだろう。日本に付いて来てだ。
「いや、話したろ。契約は俺が向こう帰れるまでだって。向こうに戻ったら俺は普通の家の子供で、学生で扶養家族なんだよ」
「存じています」
「俺は本来誰かに仕えてもらうような身分じゃないんだ。……言ったろ。こっちと全然環境が違うって。俺は平民で、働いてもいない子供だったって。そんな、誰かに仕えられるような身分じゃないんだ」
「はい、存じています」
「お前の世話だってできないよ」
「自分のことは、自分でなんとかいたしますので」
「いや、そう言われてもな……付いてきたらお前は不法入国者だよな。こっちの世界と違って金で片がつくような話じゃないし、大騒ぎになって警察どころか政府とか出てきて調査されるんじゃないのか。第一言葉も通じねえよな。俺はこっちにに来た時に翻訳機能がついたけど、あの神がお前にそんな特典くれる筈ないし。あ、その神獣と会話できる杖を持っていければ翻訳できるかもしれんけど、あっちで使えるのか。一生持ち歩く訳にもいかんよな」
「お、覚えます。言葉は」
「魔法なんか一切ない世界だから、こっちの世界の人間からすれば不便だぞ」
「そんなことは、かまいません」
決意は固い様だ。どうしよう。
まあこれから会う神アウヴィスタが頷くかどうかは疑問だけど、この子は俺の同意が欲しいんだろう。それくらいは分る。真面目に考えてみるが……。
……無理だよ。
俺は只の高校生だ。どう考えても向こうでこいつの面倒が見きれない。
なにせこの子を連れて行って、どうすればいいのか全然分らないのだ。異世界から連れて来た言葉も通じない魔術を使う娘。親や姉の説得だけならいくらでもしよう。でもその後どうなるか、どうすりゃいいのか全然想像できない。
国籍はどうすんだ。言葉は。向こうに着いた途端、会話が通じなくなるぞ。住むところは。不法滞在になる。警察や役人が来たらどう話すんだ。異世界から来たって言うのか。こんな話証明しようがないし信じる筈もない。国で保護すると言われたらどうすんだ。預けてしまうのか。それで引き離され、国外追放なんかされたらどうすればいいんだ。俺は場所も教えられずに助けに行けるのか。行って合流できたとして、どうやって暮らしていくんだ。
何をどうすれば一緒に生きていけるのか、まったく思い浮かばない。下手すりゃ揃って露頭に迷う。これって、マンガとかではよくある話だけど、現実にはありえない話だ。親父が消防官で爺さんが役人だった俺は、不法滞在している外国人が、正式に滞在する為にどんだけ手続きで揉めるか聞いている。とりあえず家に保護しておいて、誰かにバレそうになった時点で逃げるか。え、フリーターになって街々でバイトしてこいつ養うのか。いや駄目だろ。せっかく向こう戻ったのに、家族と一緒に居られず、リーダと二人で彷徨いながら警察から逃亡生活するんじゃ戻った意味がないじゃないか。俺は家族の下に戻りたいんだぞ。
これは……無理だ。とても俺には「うん」とうなずけない。
ここでなんとかなる。なんとかする。と言えればマンガの主人公みたいで格好良いけど、向こうの俺は只の扶養家族。しかも留年、退学している可能性だってある馬鹿なのだ。帰るとまず土下座から始まる身分なのだ。そんな安請け合いはとても出来ない。
「……悪い。やっぱ無理だ。とても連れていけない」
「あのっ、でもっ。自分のことは、自分でなんとかしますからっ!」
「いや、そういうことじゃなくってな……お前も俺も、どうにも出来ない状況になるわ。金や頭でなんとかなるって話じゃないんだよ。お前がどっかに連れて行かれたら、もう俺には捜すことも出来なくなるしな」
ある意味こっちで生活するより簡単に詰む。こっちでは踊りがあったから、最後はなんとかなったけど、あっちじゃ使えないし使えたらそれは犯罪だ。
「それでもですっ……御迷惑は掛けないようにいたしますからっ!」
そんなの無理に決っているだろ。小学生を向こうに連れ帰って放置できる訳ないだろに。
ううむ。
「何処かに拘束されたとしても構いません。それは兄様の責ではありません。其処からは自分自身の問題なので、兄様には捨て置いていただいて構いませんので」
いや、俺が連れて行って放置なんて出来る筈がないだろ。
うううむ。
首をひねって唸り続ける俺を見て、リーダは悲壮な表情で声を漏らす。
「……ご迷惑……なのですね」
「あー…………………………」
「…………うん。そうだな」
「っ!!」
うなずいてしまった。リーダはショックを隠せない顔で硬直している。
今迄散々協力してくれたリーダに対して、どうにも失礼な対応だったかもしれない。ぶっちゃけ格好悪い。
でもここで嘘をつくのも不誠実だ。俺にはこいつを連れ帰って、一緒に生活出来る未来がひとつも見えないのだ。
それに、この世界に生まれたならば、この世界で生きるべきだと俺は思う。
この世界が地獄で、もう直ぐ死ぬかもしれない状況だとか、何処かに避難しないといけないというなら話は別だ。俺も世話になったこの娘を一緒に連れて行けないか必死に考えるだろう。だけど、この世界は未だそこまでいってない。戦乱は多いが平和な場所はあるし、普通に生活している人々も多い。
俺が貰った金は全てこいつに渡してある。数十人以上が一生遊んで暮らせる額があるというので、金銭的には困らないだろう。それなら、この娘が生きていく世界はここで良いだろう。
「お前の世界はここだろ。ならここで生きるべきだと思うぞ」
「べきとか、義務とかは関係ありません。これは私が望んでいることなのです」
「……なんで、こだわるかな、あっちに戻ったらこっちには二度と戻れないんだぞ」
「かまいません。こちらでの寄り辺は既にありません」
「……」
そうか、それが原因か。お前はもう身寄りがいないんだよな。独りだもんな。それなら俺に情が移って、一緒について行きたいという気持ちも分からなくはない。でも別れなんて常にはあるもんだよ。こいつ子供だから分からないのかな。小学校を卒業して誰も知り合いがいなくなっても中学校、高校で新しい出会いがあって普通にやっていけるもんだぞ。こんなの引越しの別れと大差ないんだ。慣れるんだ。ましてお前は美人で頭も良い。金もある。将来困ることはまずないだろう。
俺は自分の世界に戻りたい一心でここまでやってきた。その所為か自分の世界を捨てても良いというこいつの気持ちが分からない。なんか納得もいかない。納得したくないって俺も意固地になってるのかな。でもな、ううむ。
「わ、わたしが……」
「わたしがもう少し年が上で、身体が豊満であったら兄様は……」
「? なんでお前が年取ってると連れて行く理由になるんだ?」
なんかおかしなことを言い出したぞ。
「お前が色っぽいお姉ちゃんだったら、俺が色香に惑わされて連れて行くだろうってことか?」
「あ、いえ。そういう訳ではなく……た、対等に…」
「ええー……なんだそれ」
「あっ…いえ」
見損なわれた気分だ。俺をそんな風に思っていたのか。
「お前が美女だろうがなんだろうが、俺の言うことは変わらんぞ。こっちでは神が召んだ異世界の人間は使徒として歓迎されるんだけどな。違うんだぞ。あっちじゃ異世界から来た人間なんか一人もいないんだ。大騒ぎになって珍獣扱いだ。見世物になる」
「見世物……」
「ああ、向こうの偉い人が信じなかったら良いけど、逆に信じられたらもっと大騒ぎになる。それであっちじゃなんの力もない俺は、お前を助けることも、庇うこともなんも出来ない」
「それは私自身の責です。兄様にご迷惑は――」
「そういう訳にいく筈ないだろ。俺がお前を見捨てられる訳ないだろ」
「「……」」
口惜しそうにリーダが黙り込む。
「それ…でも、いけませんか。お傍に居る事は叶わないのでしょうか」
「保護という名目で匿われたら、俺からはもう会えなくなる。一度離されたらもう会う方法さえなくなっちまう。かといってお前が魔術使って逃亡とか始めたら騒ぎになって国中に指名手配だ。……正直、俺にはお前が来ても上手くいく方法が一つも浮かばないんだよ」
「そう……ですか」
俺がまったく受け入れる気がなく、途方に暮れているのを知って、リーダも悄然とうなだれる。もっと頭が良かったら良い案が浮かんだのかもしれない。不甲斐なくて申し訳ないが、見込みのない状況に呼ぶ訳にはいかない。泣きそうな顔をされて罪悪感を感じるが仕方ない。
向こうでの生活がまったく保障できない以上、安請け合いは出来ないんだ。それに
「お前はもう誰に仕えるんでもなく、自分の為に生きていいんだぞ」
これは俺の本心だ。未だ小さいこの娘に、これからも誰かに仕える人生なんて、進んで選んで欲しくない。
「……っ!?」
なんか傷ついた表情をされた。
格好を付けて言った台詞だったのに外したようだ。リーダは唸りながら何度も首を振る。俺の違いを指摘しようと葛藤しているけど言葉がでないようだ。
「わ、私はっ、そんな、そんなことではなくっ! ただ……っ」
「えっと、なんかまた外したか。ごめんな。でも誰かに仕えられるなんて、堅苦しくてやっぱ俺には向かないよ。日本では誰かが誰かに仕えるなんておかしいことなんだよ」
「!?」
リーダが言葉を詰まらせる。
「……私は、もう……不要なのですね」
「ああ、いやいやそうじゃなくって。いや、そうかもしれんけど。向こうじゃ自分のことは自分でするもんなんだよ。だから従者なんて必要ないし、いても困るだけだし」
「!!」
「あ、いや。これも言い方悪いな。えー、どう言えばいいんだ。お前みたいな歳の子は働く必要がないというか、誰かに保護して面倒みてもらわなきゃ駄目な訳で、そもそも働こうとしたって法律で働けないように決められているから誰も雇ってくれないだろうし。すると生活できないから結局どっかに保護されなきゃいけないんだけど。言葉の通じないお前は何処で面倒みれば良いか、たらい回しになるだろうし。えっと、なんだ」
今迄言いたい事がまとまらない時は、リーダが察してまとめてくれた。その当のリーダが相手になっているので、俺は上手く話をまとめられない。
「――つまりだ。俺はお前には今迄のしがらみから離れて生きて欲しいんだわ」
「そっ……!」
それでもと反論しようと顔を挙げたリーダが、俺の情けなさそうな顔を見て硬直する。俺が困っているのに気づいて言葉を失ってしまったようだ。
「あっ……っ! ……ぅ……っ!!」
リーダは更に言葉を続けようとして、唇を噛んだまま黙ってしまった。そして唸っている俺を寂しそうに見つめ、呟く様に声を漏らした。
「わかり……ました」
辛そうに言われて罪悪感が半端ない。リーダの正面にしゃがんで、涙ぐみ始めたので頭をくしゃりと搔き回す。
「……ごめんな」
「…………」
リーダは小さく、ほんの少しだけうなずいた。
「うっ…………くっ、ひっ……」
そのまま泣きだした。仕方なく俺は抱きしめて泣き止むまであやす。
何度となく俺が謝罪をして話は終わった。
(…………)
これでいい筈だ。こんなのとても安請け合いできる話じゃない。間違っていない筈だ。
この娘は子供で、別れが慣れていないだけだ。美人で頭も良くて金もある。これから好きな未来を存分に生きていける。衝動で日本に付いて来て、先の見えない不自由な生活をする必要なんてないんだ。
ない筈なんだ。
……しかしなんだろう。無性にやるせない気持ちだ。胸の奥を押さえ込まれたような気持ちが一向に消えない。
「ひっくっ…………ひっ……」
俺は答えを間違えたんだろうか。
◇
迎えの案内が来た。
俺達はぎこちない雰囲気で一緒に歩く。
「「……」」
リーダのつないだ小さな手が冷たく震えている。俺はせっかく神に会えるというのに、罪悪感一杯でどうにも気分が盛り上がれない。
幾つかの通路を過ぎて迎えに立っていたのは赤司祭ハインケルだった。案内が使者からハインケルに交代する。挨拶の後で手順を再確認。
「どうされましたか? 従者殿の顔色が悪いようですが」
「いえ……さっき別れを済ませたばかりなので……」
「……なるほど」
得心顔のハインケルと共に先へ進む。
謁見方法は既に教えられている。
この先にある神託の広間に神アウヴィスタへ続く扉があり、其処から中に入ると自動的に神の居る場所に移動するらしい。記憶にある神と会ったあの白い空間に行くのだろうか。
円状の広間に出た。目の前にはひときわ古い、巨大な扉。その前に大司祭ソゴスが衛兵と共に待っていた。挨拶を交わす。この人も結構緊張しているようだ。先日会った時のような鷹揚とした感じや迫力が見られなくてそわそわしている。
「準備はよろしいですかな」
「はい」
赤司祭ハインケルより従者のリーダの同席はここまでと告げられる。彼女とはここでお別れだ。
「では……」
「兄様……」
「おう、じゃあ行ってくる。……世話になったな……元気でな」
不安そうな表情のリーダに、ことさら笑顔で応える。
「……っ! ……!!」
涙を堪えていたリーダの顔が崩れそうになったので、髪を強引に撫で回して見えなくする。止めてくれ。泣かれると足が鈍るじゃないか。
「んじゃ」
片手を挙げて、扉前の大司祭の下へ。
どうやら大司祭さんも緊張しているようだ。顔色が悪い。赤司祭ハインケルと二三会話して含みのある表情で頷き合う。大司祭が懐より古めかしい鍵を出して鍵を空ける。ゴゴンッと重々しい音が鳴り響き、広間全体が震える。
(さあ本番だぞ……だってのになぁ)
待ちに待ったこの瞬間なのに、リーダとの別れが苦くてなんとも感情が盛り上がってこない。
大司祭に続いて扉を潜る。
しかし、どうしたことだろう。二三歩、歩いたところで大司祭ソゴスが立ち止まってしまった。
「お……おお……なんと、これは。いや、そんな筈は……これは、どうしたことか」
何かに気付いて動揺しているようだ。顔を見ると真っ青になっている。
視線の先を見ると長い通路の奥、突き当たりに古めかしい巨大な扉が三面に並んでいる。
「どしたんです?」
「そんな……違う。違う? いや、そんな馬鹿な! こんなことが! こんなことがある筈が!」
大司祭ソゴスが声を荒らげる。すごい動揺しているようだ。頭を抱えて髪を掻き毟っている。残り少ない毛髪が心配だ。
背後に視線を感じたので振り向くと、リーダと赤司祭ハインケルが心配そうに覗き込んでいた。そりゃあこんな大声で叫べば気付くか。好奇心に我慢出来なかったんだろう。俺は迷った末に二人を呼び寄せる。やばい事態っぽいから近くにいてくれた方が良い気がしたのだ。
リーダは赤司祭ハインケルと共におそるおそる入って来た。俺は赤司祭ハインケルに事情を話した後、改めて大司祭へ聞き返す。
「で……どうしたんですか?」
「扉が、扉が開いているのです!」
言われて見返すと確かに向かって前方左の扉が少し開き、室内の光が廊下に漏れていた。戸締りが悪かったのが、そんなのショックだったのだろうか。神様に叱られるのかな。所帯臭い神様だな。
「……そうみたいですね。鍵でも掛け忘れたんですか」
「違う……違うのです。あれは……あの扉は神アウヴィスタ様への間に続く扉ではない筈です!」
「は!?」
「なんと?」
「左手の赤き扉。あの扉は、太古に眠りについた神、慈愛なるセラルーベ様へと通じる扉の筈!」
「!!?」
俺とリーダは目を剥いて、互いの顔を見合わせまた向き直る。リーダが恐る恐る問い掛ける。
「セラルーベ様は五十カトゥン(五千年)前に眠りにつかれたと……」
「ええ。ええ! それ以降この扉は閉ざされたままの筈なのです。そんな、こんなことは有り得ない!」
「セラルーベ様ですと!? そんな……そんなことが」
赤司祭ハインケルも真っ青になっている。
≪……来よ≫
(!?)
突然脳裏に声が響いた。扉の向こう側からだ。誰かの声がした。
「兄様、どうしました?」
びくりと反応した俺に気付いて、リーダが俺に声を掛ける。
「聞こえた……。「来い」って。あの扉の向こうから声がしたぞ。え、聞こえなかった?」
「はい、私には」
「踊り時の名前みたいに頭に響いたからな。俺にしか聞こえなかったのかな」
「そ……そんな」
大司祭が俺達の会話に異を唱える。
≪――来よ≫
「また聞こえた。間違いないな。あの左の扉から聞こえてる」
それは何故か聞き覚えのある声だった。
どうしてだろう。この奥にいるのは、ずっと昔に眠りについた神アウヴィスタの母神セラルーベなんだろ。俺に聞き覚えがある筈がない。俺を召喚したのは、その子神アウヴィスタの筈だ。
え…………もしかして違うのか。
俺を召喚したのはこっちなのか。死んだと云われている神、セラルーベだったのか?
(ちょっと待てよ。どういうことだオイ)
混乱したまま、吸い込まれるように足を進める。
「お、お待ちを!」
「え、なんで?」
大司祭が俺を掴んで引き止めたので、咄嗟に素で言い返してしまった。大司祭は慌てて手を放す。お爺さんも混乱しているらしい。
「いえ、こんな……こんな事態は想定されておりません。ありえないことなのです」
「そんなこと云われても。ここで立っていてもしょうがないでしょう。行きゃ分かりますよ」
「あ、そう。そう……ですな。ですが……いや」
大司祭様まだ混乱しているらしい。赤司祭ハインケルさんなんか、壁に手をついてパントマイムしている。
≪来よ……≫
また聞こえてきた。せっかちだな。
「ひいっ……き、聞こえましたぞ。私にも、私にも玉声が!」
「ありゃー。 ……じゃあ、やっぱり俺の聞き間違えじゃないんですね。……行ってきますね」
「私も、私も参りますぞ! ええ。参りますとも!」
「あ、そうでしたね。んじゃ、よろしくお願いします」
俺が扉に向かうと大司祭が慌てて付いて来る。先導して入ってくれる訳じゃないのね。
≪来よ……≫
「うるさいよ。今行くっての」
俺は小言を返しながら糞重い扉に手を掛け、中へと足を踏み入れた。
◇
ゴウゥン……
扉が開いた。俺はセラルーベ神託の扉から廊下に戻って来た。
そう。戻って来た。
日本には帰れなかった。
この世界に…………戻って来たのだ。
俺に続いて『金司祭ソルスティス』が、扉からよろけ出る。大司祭ソゴスではない。彼とは似ても似つかない風貌の男。金司祭ソルスティスだ。
俺はソルスティスを無視したまま広間へ進む。足並みが徐々に早くなり、大扉を押し開け廊下から広間に出た。其処には衛兵達と赤司祭ハインケル、そして
「兄様あっ!!!」
リーダが駆け寄ってきて抱きついてきた。再会を喜んでいるのだろう。脇に立つ赤司祭ハインケルも俺達の帰還を喜んでいるようだ。しかし、今の俺はそれに応えることができない。
金司祭ソルスティスが扉から広間へ出たところでその場に崩れ落ちた。仰天してハインケルが駆け寄っていく。一方、俺の足は止まらない。
「……っ!?」
抱きついたリーダを引き摺ったまま、真っ直ぐ広間を歩き続ける。俺が止まらないので、リーダがひっくり返った。慌てて起き上がって再び俺にしがみついてくる。しかし、俺はリーダに気遣う余裕もなく引き摺ったまま歩き続ける。広間を横断して、遂には正面に壁が迫る。
「ちょっ、危ないです兄様! 兄様!?」
このままではぶつかる。構わず俺はそのまま突き進み――
「くそおおおおおおおおおおおっ!」
ゴッッ!!
正面の壁に拳を叩き込んだ。
「え、え?」
リーダが抱きついたまま顔を上げ、俺の奇行に目を見張る。俺はかまわず左右の拳を力任せに叩きつけた。
「くそ、くそがっ!」
ゴッッ、ゴッッ! ゴンッッ!!
「な、何をしているのですか! 止めてください!」
「使徒殿? 一体何を!?」
「おおおああっ!!」
俺は激情を抑えきれず何度も壁を殴りつける。飽き足らず足で蹴り上げ、四肢を使って壁に八つ当たりをする。皮膚が裂けようが、血が飛び散ろうが構いもしない。それ程に俺は怒り狂っていた。
「あ、ああ……なんということだ。まさか、こんなことになるとは……」
一方、金司祭ソルスティスは崩れ落ちたまま頭を抱えて呻いている。赤司祭ハインケルが問い掛ける声も、彼には届いていない。
「くそ、くそっ! くそったれが!!」
「止めて下さい! どうしたのです! 兄様? 兄様!!」
「どうなされたのですソルスティス様? 使徒殿、使徒殿!? 落ち着いてください。使徒殿! 衛兵、衛兵!」
「ちくしょうが!! くそったれが!!!」
慌てて駆け寄ってきた衛兵に左右から押さえられる。俺はこれ幸いと暴れ、体力が尽きるまで四方八方に八つ当たりを尽くした。
「はあっ……はぁっ、はっ……」
ようやく力尽きてへたり込む。リーダはべそを掻きながら、俺の裂けた拳に小布を取り出して巻きつけている。俺はそれを気遣う余裕もなく床を見下ろしていた。
ああ……。ああもう……。
「なん…てこった……」
「……どうしたのですか。兄様」
リーダの気遣う声が耳に優しく響く。
「……リーダ」
「はい」
「……オーシャブッチと戦うことになった」
その台詞が、この世界で後世『使徒大戦』と呼ばれた戦いへの開幕となった。
つづくっ
これにて『第3章 邪神王国ドーマ 使徒大戦編(前編)』終了となります。
殆ど謎解きは終ったようなもんですが、ツッコまないでくれるとありがたいです。(深い伏線も無いですし)
実は続きが一話も出来ていないので、またかなりお時間をいただく事になりそうです。申し訳ない…。9割出来てからの再開だったので、投稿期間中に進めるかなと思っていたのですが、見通しが甘過ぎました。修正公開だけで終ってしまいました。
1、2……年? ええー? そんなにかかる? いや待って私、頑張って。もうちょっと頑張って。
……と、とにかく絶対戻ってきますのでw 呆れながらお待ち下さい。




