16.大薮新平 皇都へたどり着く
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎなスキルを得て異世界に召喚された。今迄彼は故郷へ帰る方法を探すべく奔走し、様々な事態に巻き込まれながらも旅を続けてきた。そして、今ようやく皇都に辿り着いた。神アウヴィスタと謁見できるという、ウラリュス大神殿があるレンテマリオ皇国の皇都へ。
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一気に話が進みます
「おおー……っ! こりゃ凄いな!」
俺達は高台から皇都を見下ろしていた。流石大陸最大都市だ。大きい。広い。大都会。見渡す限り建物だらけで高い建築物が無数にある。人口はなんと五十万にも及ぶらしい。今迄巡った都市でも最大規模だ。昔TVで見たアラブ世界特有の、上部が玉ねぎみたいに膨らんだ尖塔があちこちに立っている。ああいうのは異世界でも共通なんだろうか。中には何が入っているんだろう。
周囲の皆も皇都到着に歓声を上げている。彼らの興奮の半分は、皇都に着いたことではなく、皇都へ『瞬間移動で』やってきたことだ。
先日オーシャブッチの軍から逃走する際、俺は新しい踊りを発現させた。
その【天翔集団豚走】は集団での瞬間移動、ル〇ラだった。しかもこいつは行ったことがなくても移動先のイメージが沸けば、そこへ飛べるという優れものだった。
俺達は以前寄った街道沿いの宿場町へ戻り、皇都を見下ろした風景画を譲り受けて踊りを試した。その結果、こうして皇都を見下ろす高台に立っているのである。
あの宿場町から皇都へは二ウィナル(二ヵ月)以上掛かると云われていた。それが一瞬で踏破されたのだ。しかも憲兵団と商人連中合わせて千名以上での集団転移。騒ぎにもなるだろう。
俺は違う意味でも感動している。
着いた。
ようやくここへ。
神アウヴィスタに会えるという、ウラリュス大神殿のあるこの都市へ。
長かった。
始まりは見知らぬ丘だった。すぐさま、角の生えた狼達に襲われ死の恐怖を味わった。おかしな踊りで魔法が掛かることを知って混乱した。ここが異世界だと気付いてパニックになった。
そこから色々なことに巻き込まれ、何度も酷い目に遭いながら旅をしてきた。右も左も分からずどうすれば日本へ帰れるか分からない日々。神経が太いと思っていた自分がホームシックで何度も泣き、希望の見えない未来に怯えまくった。
この世界では神が現存し、自分はその神が召喚した使徒かもしれないと知った日。
トリスタ王国の王宮で、アンジェリカ姫達から手掛かりを得た日。
あの時からいったいどれくらいの月日が経ったのだろうか。俺は今、ようやくここまでたどり着いたのだ。
オーシャブッチとの対話で、俺は奴と間違われて召喚されたと確信を得た。ならばここで神アウヴィスタへ直談判できれば、日本へ帰れる可能性は高い筈だ。神とやらがどんな奴かは覚えていないが、自分が間違えた人間を元の地へ帰すくらいの交渉は出来る筈だ。
これで……帰れる。
万感の想いに俺は動けなくなって立ち竦む。いつの間にかリーダが手をつないで、物憂げな表情で見上げていることにも気付けない。
日本は今、どうなっているだろうか。俺が行方不明となりどれくらい経ったのか。向こうでの俺の扱いはどうなっているのか。捜索依頼は出たのか。もう打ち切られたのか。母親は、姉ちゃんはどうしているだろう。学校は。友達は。皆どうしているだろうか。
……やっと会えた時、どんな顔で迎えてくれるだろうか。
(……っ!)
視界が歪んだ。瞬間気が緩んだのだ。なんだろ、俺ってこんなに涙もろかったか。
駄目だ。泣くのは未だ早過ぎる。これからだ。こっからが本番だ。
(……)
物言いたげな顔で俺を見上げているリーダに、目元拭いながら笑顔を向ける。
「やったな。行こうぜ」
「……はい」
俺達は手を繋ぎながら、手を振っているアンジェリカ姫達の下へ歩いた。
◇
皇都正門前にやって来る迄二日も掛かった。流石大都市だ。入り口まで遠い遠い。
それでも俺の足取りは軽かった。馬車の中でじっとしていられず、外に出てスキップしながら歩いている。周囲の叱責なんて耳に入らない。一人馬車にいる訳にもいかないリーダが、小言を言いながらも手をつないでついてくる。
既に先触れの使者は出してある。しかしここは皇都。何度も検問で兵士達に止められた。最初は大神殿の司祭キュビさんが使者に立ってくれたのだが、この人は煩いだけで言葉に説得力が無い。検問通過にさっぱり役に立たなかった。キュビさん自身は身元がはっきりしているので、大神殿に先触れとして向かってもらう。
代わって各地の検問ではアンジェリカ姫と彼女が持つ各領主の推薦状、そして同行している商人達が大活躍してくれた。特に商人達は顔見知りの連中が多いらしく、しかも瞬間移動でやってきて興奮しているので率先して協力してくれた。大いに助かった。
気になったのはこちらが使徒の一行だと知ると、掌を返したように警戒を強めることだった。当然原因は、以前ここにいたという使徒一行、オーシャブッチ達の所為なのだろう。一体何をやったんだろうあの連中。
「……どうも女性狩りと言いますか……好みの女性を探しては、強引に一団に勧誘していたようですね」
「……」
アルルカさんの報告に俺は頭を抱えた。ハーレム要員の強制徴用。しかも皇都で。本当に下半身男だったよ、あのおっさん。大都会だから美女がいるんだろと、目の色を変えて捜している光景が目に浮かぶ。異世界だからってはっちゃけ過ぎだろうに。なんか同郷人として恥ずかしい。
「大将、あんたも同類に見られる可能性あるぜ」
「なんでだよ!」
ヴィルダズの言いように抗議したら、顎で示された先にはリーダとラディリアとイリスカ。
「十分、美女はべらせてる様に見えるぜ」
愕然とした。
「リーダ、男装しろ。お前子供だから大丈夫だ!」
思い切り足を踏まれて抗議された!
ちくしょう。リーダはまあ仕方ないとして、こっちの二人は邪魔だ。失せろ! お前等行進中も俺の左右を騎乗したまま警護してるんで目立つんだよ。
「断る」
「王女の許可は得ていますわ」
こいつらもまったく言うことを聞かない。なんでだ。まだオーシャブッチの召喚が怖いのか。
仕方なく目立つ見てくれだけでも隠せとなんとか説得。兜を被ってもスタイルから美女と判るので、ごついマントをつけてもらったら凄く物々しい感じになった。まるで暗黒騎士。酷く物騒な絵面になったぞ。馬が重い、苦しいと凄い文句を言っている。話を聞きつけて見物に来た女傭兵デルタさん。受けた受けた腹を抱えて大笑い。文句を言って追い返そうとしたら、逆に言い返された。
「あれから憲兵団の連中が妙に馴れ馴れしかったり、下心丸出して近づいて来るんだよ。いい迷惑さね。遠巻きにニヤニヤ眺める奴はいるしさ、恥ずかしくって外を歩けないじゃないか」
前回全裸を衆目に晒されたのでぷりぷり怒っている。その割に今着ている新しい服装、前回より露出が過激になってる気がするんだけどなんでだろ。……へ、変な趣味に目覚めた訳じゃないよね。流石にそういうのは責任取れないんだけど。
「あん? あたしの身体は十分な武器になるって証明したのはエロ使徒様だろ。なに言ってんだい」
「……どうも、すいませんでした」
とてもかなわない。苦笑いしながらリーダに顔を向けると、うつむいたままぼーっとしていた。
「……おい?」
「……あっ……すいません」
皇都に着いてからリーダの様子がおかしい。日が経つにつれて元気を無くしていく。無理矢理聞き出してみると、落ち込んでいるようだ。
俺達が皇都に着いたということは、別れの時が近づいてきたということでもある。皇都到着まで二ウィナル(二ヵ月)以上あったのが、いきなり着いてしまって、それを受け止めきれないでいるらしい。どんなに賢くても彼女は未だ子供だった。
「すいません。心の準備ができておりませんでしたので……」
元気付けようとふざけてヒップアタックしたら、吹き飛ばしてしまい大いに慌てた。本当に元気がないようだ。
そうか。こいつもう両親は死んでて国外追放されたから、帰る場所がないんだよな。俺がいなくなったら独りぼっちだ。寂しいか。何処か良い当てでもあればいいんだけど。
一番仲が良いのはアンジェリカ姫だけど、身分差はあるしトリスタ王国へ行く気はないみたいだ。トリスタ勢は道中警戒していた相手だしな。あと信用できそうなのはヴィルダズ達だが、あのおっさんはどうも争いごとに近づいていくタイプだから薦めたくない。クリオ達とも今一打ち解けられていないし。
「わたしはなんとでもなります。まず兄様が大司祭様への謁見を取り付けるのが先ですよ」
うんうん唸っていたら、逆に気を使われてしまった。まあそうなんだが。
未だに兄様と呼んでくれてはいるが、実際俺はこの娘の兄でも保護者でもない。どちらかと言うと、こいつの方が俺の保護者をしている感がある。頭はこいつの方が遥かに良いし、勝手に決めようとしないで! とか言われると話はそれまでだ。ううむ。
◇
大神殿からの使者が、キュビさんに引き連れられてやって来た。俺達はオーシャブッチの使者の時と同じ面子で迎えようとしてふと気づく。そういえばロリ神獣と処女厨の天馬がいない。オーシャブッチとの会談時に消えたっきりだった。何処行ったんだろあの連中。俺と一緒に神に会うつもりだったんだよな。もしかして俺達が瞬間移動して消えたから、見失って追ってこれなくなったのか。ラッキー?
「さあ、こちらが本家! 正当なる使徒! アラヤダオッパイダ様! オッパイダ様ですよ!」
未だに俺の方が正当なる使徒だと言い張るアラヤダ巨乳司祭キュビスターさん。そんな妄想に囚われるよりも、そのヤバイ呼び名をやめて欲しい。あんたのそのアラヤダな巨乳に目がいってしまうから。
「「此の度は遠路遥々……」」
訪れてきた使者達は凄い丁寧な挨拶をしてきた。何故だろう。オーシャブッチの軍にいた司祭達よりも敬意を感じる。キュビさんが頑張って説明した所為だろうか。
どうも違ったようだ。こっちを警戒しているのだ。俺が身を乗り出す度にびくりと反応するので流石に気付いた。交渉に慣れているのか表情には表れないのだが、話の端々で俺が皇都で何をするつもりなのかを探っている。まず行き先は大神殿のみと答えたら、皇都と皇都民への用件は無いのですねと再確認してきた。
(ハヌマールの使徒様の影響でしょうね。皇都で問題を起こすつもりなのか警戒しているのでしょう)
リーダも同じ予想をしてる。俺も美女狩りをするとでも思っているのだろうか。心外な。
こちらの要望はウラリュス大神殿への入殿と大司祭並びに神アウヴィスタへの謁見のみだ。使徒としての力を授けられたのに、使命を忘却してしまい再確認する為の来訪だという建前になっている。
俺が使徒だということは、意外なことにまったく疑問視されなかった。大神殿に務める司祭達故に俺を一目見て察したのだろうと皆は言う。前回オーシャブッチが来て使徒と確認したばかりなので、直ぐに判断できたというのもあるだろう。オーシャブッチより遥かに高貴な神気にひれ伏したのでしょうね、とキュビさんの鼻息が荒い。
ただ、俺の要求は意外なものだったらしく、一度持ち帰り検討してから返答すると言われた。彼等も二人目の使徒が現れ、しかも自分の使命を忘却しているという前代未聞の展開に困惑しているらしい。ヴィスタ神殿において使徒は大司祭に次ぐ高位聖職者だ。自分達よりも高位にある男が『俺なにすりゃいいんだっけ』とテヘペロでやって来たら、そりゃあ連中も困るだろう。
これはちょっと時間が掛かるかなと、気落ちしていたところにまた乱入者。俺達の交渉は毎回邪魔が入る。呪われているんだろうか。
その相手はこのレンテマリオ皇国の神獣。火鳥レンテであった。
テントの外が騒然となって、呼ばれて外へ出たら火鳥レンテが降りてくるところだった。相変わらず存在感が凄い。火の鳥だしな。舞い降りてくるレンテの威圧感に、周囲の兵や見物人達が次々と平伏していく。一緒に天幕を出来てきた使者達も慌てて平伏する。
レンテが俺を見つけて宙に留まったので、仕方なくリーダと眼前まで出向く。相変わらず高飛車そうだ。
『ホウ、訪しましたか。使徒ヨ』
やあと親愛を込めて手を振ってみたら、凄く嫌な顔をされた。友達面すんなというような態度である。傷付いたぞオイ。俺そんなに嫌われる様なことしたか。じゃあなんで来た。
俺が火鳥レンテと話を始めたのを見て、使者の司祭達が騒いでいる。キュビさんが嬉々として説明を始めた。
「御覧になられますか! どうですか! 我等が使徒様は神獣様方との会話が許されており、立ち寄ったトリスタとオラリアの神獣様方とも友誼を交わし、道中付き従えていたのですよ! 火鳥レンテ様もこれが二度目の来訪です。皇都の守護神獣として挨拶に参られたのでしょう、そうでしょう! どうでしょう!」
微妙に事実と異なる話を吹き込んでいた。振り返ってツッコもうとしたらリーダに止められた。こっちの偉大さを示すことになるので、放っておいた方が交渉が進み易くなるそうだ。ズルい。
『して、要件は変わらずかえ』
「ああ。日本に帰る為、神とやらに会いに来たよ」
『ふム。それ以外はこの皇都での勝手、許しませぬのヨ』
「しないってば。……信用ないなぁ」
もしかしてオーシャブッチの奴、このレンテにもなんかしたんだろか。……したんだろうなぁ、こいつ呼んでも無いのに二度もすっ飛んで来たってことは、そうとう縄張り意識が強いんだろうしな。さぞ会って揉めたんだろう。
『……獅子と天馬は何処へ?』
「ん、ああ。オーシャブッチの神獣だっけ。あの猿とどっかへ行ったまま帰ってこないんだわ」
説明したら凄く嫌そうな顔をされた。なんだろう。あの三者が話し合う図が嫌なのか、それともあの猿が嫌なのか。相手を小馬鹿にして嗤うあの猿と相性悪そうだもんなアンタ。高飛車キャラと煽りキャラだもん。
『そうですの。では神アウヴィスタへの拝謁。厳に節を守るべきと心得るのヨ』
「いや……分ってるよ。一体何を警戒してんだ。できれば具体的に言って欲しいんだけど」
『なんと。我に末まで示せと言いますかヨ! 察する知能もありませんのヨ!』
「悪いが俺は馬鹿なんだよ。ちゃんと言ってくれなきゃ分かんないって言ってるんだけど」
『飛んだ痴れ者ですのヨ!』
なんだ。具体的に言ってくれと頼んだだけでキレやがったぞ。
リーダが何度も裾を引いてくる。なんだよ。そんなに俺の話し方駄目か。これって俺が悪いの。こいつが短気なのが悪いじゃないの。
『何をこそこそするですのヨ! 我が御前にあるのですのヨ!』
しかもチェック厳しい。小姑かよ。
「……申し訳ございません。我が主は火鳥レンテ様の麗しき威に打たれ、緊張しておられるのでございます。何卒御容赦の程をお願い申し上げます」
『……おや』
自分にも責任があると感じたのか、咄嗟にリーダが膝を折って釈明した。そうだ。天馬王トリスによって、今のリーダは神獣の言葉を理解し、会話が出来るのだ。新たに会話に加わったリーダにレンテが目を丸くする。
「神々しくも麗しい光の神獣、火鳥レンテ様。此度はその尊き御尊顔を拝謁できる僥倖、この身に耐えませぬ」
『ほう……』
「我が主は此方とは異なる世界よりまいられた来訪者。神アウヴィスタ様による召喚の儀についても事故で記憶を失い、節を誰よりも教わる機会なく、野を彷徨って此処まで参りました。故に尊き御方への礼を踏まえぬその大罪。何卒御容赦頂きたく申し上げます」
『……なる程やの。その様な事情であれば、多少の不義蒙昧も仕方あるかしヨ』
「ああっ、なんとありがたき御言葉! まさに神アウヴィスタの第一の徒。その偉大なる器量には感謝の言葉もございません。その輝かしきその美貌、麗しく舞い降りる火粉はまさにレンテ様の慈愛如きもの、卑小なる我が身に受けるには余る感激でございます!」
『汝は何故、我等と言葉を交わすヨ』
「はい。主を補佐する従者として、畏れ多くも天馬王トリス様より、我が杖に御力を譲り受けて奏上を許されました」
『フむ、あの者かえ……蒙昧な若輩者も稀に面白いことをするものヨ』
レンテは少しげんなりしたようだ。女性体らしいレンテは、処女厨の変態天馬を当然好ましく思っていないのだろう。
『人の子よ。名を聞きましょうヨ』
あ、こいつ。俺の名前は一度も聞かなかったくせしやがって。
「はい、イェフィルリーダ・ル・アルタ・ルーベンバルグと申します。尊き、いえ。大陸史上最も麗しきと云われるレンテ様に、我が名を名乗る光栄に預かりまして、感激の至りでございます。子々孫々末代迄の誉となりましょう」
『ふ、フフフフ……』
喜んでる。めっちゃ喜んで、くねくねしてる。気持ち悪いな。いくら神獣が話術に弱いからって、おだてに乗り過ぎだろ。やっぱ女を褒めるなら女同士ってことなのか。
「此度は麗しき光の神獣、その尊き御尊顔を拝謁できる僥倖に巡り合いましたこと、この身に耐えません。此度の謁見、拙な従者でございますが、わたくしが誠心誠意を持ちまして、主と向かわせていただきたい所存でございます」
『よかろうですのヨ。其の方の奏上に免じ、此の使徒の浅まき態度、許すとしましょうぞヨ。稚なる主の躾、ゆめゆめ間違えることなきように』
「はいっ、過大なる御温情をいただきましたこと、真にありがたき幸せにございます。流石壮麗なるレンテ様、感激の至りでございます!」
『ふ、ホ、ホホホッ!』
殊更大袈裟に羽ばたき、何度も上空で弧を描いてから奴は去っていった。おお、尻尾振ってるぞ。上機嫌だな。
「助かった、のかな……すごいなお前」
褒めたら腰が抜けたのか、リーダがその場に崩れ落ちた。慌てて支える。相当緊張していたらしい。
「ありがとうございます……だ、大丈夫でしたでしょうか。頭が真っ白で自分でも何を言っていたか、よく覚えていないのですが……」
「おお、ばっちり。ばっちり。俺の数倍上手くやったよ」
「そうですか。なんとか収められて良かったです」
「うん、助かった。なんかあいつ、話が婉曲過ぎて、なんで怒るのかさっぱり分らないんだよな。困ったわ」
「……というか兄様はよく平然と話せますね。わたしにはあの威を誇る火鳥レンテ様と、対等に話し合っていた兄様の方が信じられません。未だに身体が震えています」
「そうかあ。ずっとあのドリルのもみあげを引っ張ってみたいのを我慢してたんだけど、そっちに気を取られてた所為かな」
宙を指で引っ張りながら阿保な話をすると、リーダは力なく笑った。
レンテの来訪は良い方に効いたらしい。後ろで事態を眺めていた使者の司祭達。彼等は急に態度を改め、凄く畏まった挨拶をして去って行った。どうもレンテは皇都民どころか、大神殿の司祭達にも強い影響力を与えているようだ。
俺達はレンテに認められた一行として皇都に入るなりあちこちで歓待され始めた。同行している商人達がこぞって喧伝するので結構目立ちながら皇都内を行進、商人の一部が勝手に喜捨等を施しているなかで高級宿に入る。次々面会依頼も来ているようだ。面倒だがここが最後の我慢。アンジェリカ姫と協力して避けられない面会のみ対応していくか。
そうこうして数日、大神殿から使者がまたやってきた。大司祭ソゴス・ウラ・ツェーレとの面会が許されたそうだ。事態は驚くほど簡単に前に進んだ。
◇
俺達は大神殿内に迎えられた。
ここは凄い。トリスタやオラリアの王宮よりも遥かに大きい。そして広い。ずっと歩きっ放しだ。かなり古くからある建物らしく、其処ら中で増改築されているようだ。ところどころ壁の色が違う。どうりで何度も曲がったり昇り降りする訳だ。もう玄関の方向さえ分からない。
多くの人とすれ違い、何度も司祭達と挨拶を交わし、休憩を挟みながら数時間かけて応接室に通された。
面会を許されたのは俺とリーダだけだ。最初はリーダも断られたのだが、俺が礼儀を守って話せるのはこの従者のおかげで、こいつが付いてこないと困る。俺はこの世界に疎いから何度も戻っては話を聞き返す羽目になるぞと話したら許可が下りた。リーダが子供ながらも粛然とした礼儀を示した所為もあるだろう。まあ最後は、そっちの神獣レンテのお気に入りになっているぞという一言が、決め手になったみたいだ。どうも大神殿内でもレンテは凄い敬意を受けているようだ。
やって来たのは四名の男達。禿げ上がった恰幅の良い老人と細面で長身な壮年男性、衛兵二人だ。俺達の後ろにも兵四名が立ってるので、この部屋には兵士が六名も詰めていることになる。警戒されているな。これもオーシャブッチの所為だろうな。
「初めまして。私がヴィスタ本殿の大司祭の位を授かっておりますソゴス・ウラ・ツェーレと申す者です」
思った通り禿げた爺さんが大司祭だった。一見して好々爺みたいな顔立ちなんだけど、面と向かうと結構迫力がある。これは大物だ。まあオラリア王国の国王、ギブスン・ジラード程じゃないけど。……でもなんだろう。微笑んでいるの妙にこっちへの苛立ちを感じる。
「初めまして。大薮新平です」
まあ、俺もいい加減迫力ある相手には慣れている。どんなに怖いおっさんでも、三十メートル以上になって殺気を放つラリア達に比べれば可愛いものだ。この世界に来て唯一成長した点が糞度胸ってのが悲しいが。
もう一人の司祭からも自己紹介を受ける。
「私はハインケル・イン・アウンケルと申します。赤司祭を授かっております」
色なんか知らないけど、おそらくそれなりに高い役職の人なんだろう。もう一人いるという金司祭ではないようだ。
チラリとリーダを見る。彼女曰く金司祭が席にいなかった場合は、向こうがこちらを警戒している証拠だそうだ。万が一、大司祭を俺に害された場合に、大神殿が混乱しないように用心をしている証拠だとか。まあこちらとしては、一発で大司祭に会えたのでどうでもいい事だが。
「……成る程、使徒殿であらされますな」
大司祭ソゴスが満足そうに俺を見てうなずいた。
一目見て俺を使徒と認めてくれたようだ。高位であればある程、はっきりと分るのだろうか。あっけなさ過ぎて肩透かしをくらった気分だ。道中頑張って色々伝手を作ったのはなんだったのだろう。各地の領主相手に恥ずかしい踊りを見せまくって、結構精神的にダメージを受けてきたんだけど。
「ええ、使徒殿が御二方も今世に顕現された時代に立ち会えるとは、我々はなんと幸運なのでしょうか。そこで――」
話を進めるのはやっぱ格下のハインケルのようだ。ソゴス大司祭は柔和な笑みを浮かべたまま黙っている。
「そうですね。まずこちらの話を聞いていただきたいのですが……」
俺はリーダと練習した説明を始める。
自分が別世界の住人で、突然トリスタ王国の山中に召喚されたこと。神と謁見した記憶があったが殆ど内容を覚えていないこと。トリスタ王国のヴィスタ神殿に使徒と認定されたこと。理由も使命を知らず、確認する為にここまで旅をしてきたことをだ。話はかなり簡略化してある。最初は必要最小限な情報で進めるべきだと云われたから、聞かれれば都度詳細を答えるつもりだ。
「ふむ……事故で記憶を失い、使命さえも不明であるとは」
「はい。というか、皆が使徒と呼ぶんですが、お…僕にはそれさえも自覚がないのです。だからそれを確認する為にも、召喚したと思われる神への謁見の許可を、いただいきたいと考えています」
本音は会って殴って帰らせてもらうつもりなんだけど、そんなことを言えば許しを得られないのは流石に判る。ならべくこの人達にも利益になりそうな言い方をしないといけない。赤点常習犯の高校生には高いハードルだ。
「これは……どうにも初めて聞く事態ですな。神アウヴィスタがそのようなことを為されたとは、とても信じがたいことですが……」
「っ!……そ、うですね。自分もこちらの神様が、そのようなことをされたとは思っていません。これは何かの事故なのだと思っています。それを確かめる為にも謁見の許可をいただきたいのです」
瞬間怒りが沸いたが、なんとか自制して先方が受け入れやすいように話を続ける。とにかく謁見の許可さえもらえれば、それでいいのだ。多少のおべっかや追従などいくらでもしてやろう。
……いや、リーダ。いざとなったら制止しようとしてくれてるのはありがたいが、後ろから髪を握ったまま待機すんな。大司祭が気付いて怪訝な顔してる。
「それで、貴方様は神アウヴィスタから改めて使命を授かった場合、どのように対応なさるおつもりなのでしょうか」
「お、僕は……どちらにしても、一度故郷へ帰るつもりです」
「帰る? ……故国へ戻られると?」
「ええ」
これはリーダと話して決めた質疑応答例の一つだ。向こうはオーシャブッチの件で使徒を警戒している。こっちは帰りたい。この案なら利害は一致する筈だ。俺のことを神から聞かされていない場合、この連中にとって、俺があちこちうろつくのは目障りだろう。まず一度帰るというのは、良い提案と受取る筈だ。
「神に使命をいただいたことは、大変めいわ……名誉なことですが、僕は家族や友人達をあちらに残しています。そして何も言い残せていないのです。向こうで僕は突然、行方不明になっているのです。死んだと思われているかもしれません。まずはその誤解を解き、安心させた後に、使徒の使命に向き合わせていただきたいと考えています」
「ほう……」
「成る程……」
意外そうな顔で目配せをし合う大司祭達。内心どう思っているのか迄は読めないが。俺は大分受け入れ易い言い方をしている筈だぞ。どうだ。どうなんだ。
「もちろん改めて使命を受けた際、この世界に不慣れな私は不安です。皆様には常に御指導をいただく必要がありますので、大変ご迷惑をかけてしまうかもしれないのですが……」
「ほう……いやそうですか」
「もちろん。その節はこちらも微力ながらも御力を尽くさせていただきますぞ」
「そうですか。それはありがたいことです」
抑えきれない笑みを浮かべる高司祭二人。
俺達はこう言っているのだ『使命を受けた場合は大司祭の傘下に入って、逐一あんたらの指示に従うかんね』と。オーシャブッチが勝手したらしいのでこの提案は嬉しいだろう。
実際には使命を受けにこっちに戻って来る気なんて欠片もない。とにかくどう騙してても神にさえ会わせてくれれば良いのだ。ようやく掴んだこのチャンス。いくらでも下手に出てやるつもりだ。
「なるほど……時に、貴方はハヌマーン王国から来られた使徒様と面会されたとか」
「え、ええ……こちらに向かう道中に出会いまして」
ちらりとリーダと目配せする。
何故知っている?
距離的には未だ情報が届いていない筈だ。俺達と同行している商人達から聞き出したのか。いや、やっぱり内通者がいたんだな。
「あの御方をどう見られましたか」
「え、えー……まあ、彼が本当の使徒なのでしょうね。神から使命を受けて果たそうとしてますし。あー、まあ性格には結構問題ありそうですが。あはは」
「……本当の?」
「え、あいや。もし事故で俺が召喚されたのなら、あっちが本当の使徒で、お、僕は偽の使徒なのかなあ、と」
焦る。本当の使徒、偽の使徒という呼び名は出さないと決めていたのだ。どう取られるかによって予想外の反応がくる可能性があるからだ。
気付けば口調が崩れていた。簡単にボロが出て、横でリーダがハラハラしているのが分る。すまん、頑張るぞ。
「それで偽の使徒ですか。成る程、面白い例えを仰る」
「あ、あはは」
「それでは。貴方もあの御方と同じ様なことができる、ということなのでしょうか?」
「!」
これは……戦ったことも知ってるんだろうな。何処まで話していいのだろうか。下手に踊りも何も出来ないと言って、嘘をついちゃマズイよな。バレたら心証悪くなるもんな。
「……どうでしょう。確かに何度も逃げ回るうちに、魔法みたいな効果がでる踊りは、幾つか出来るようになりましたが」
「おや……逃げられていたと」
「ええ、僕は記憶を失くした状態で山中に放り出されたんです。それからトリスタ……ヴィスタ神殿に保護される迄ずっと逃げ回っていました。なにせこちらは何処も物騒で」
「ああ、成る程。トリスタ王国は内戦状態だったのでしたか」
「あ、あはは」
「しかし、その内戦も貴方が終結に導かれた」
「……」
どうも思った以上に俺の情報は知られているようだ。
「そう、ですね。しかし先程も言いましたように、僕はこちらの神と話した内容を覚えてないのです。この魔法みたいな踊りも、どんな理屈でどうやって起きるのか未だに分っていません。ただ目の前の状況から逃げようとして偶然起きた結果の連続なんです」
「ふむ……では仮にあのハヌマーンの使徒殿と争いになった場合は、難しい対応になると」
来たか。リーダが予想した向こうの対応の一つ。俺を引きとめてオーシャブッチにぶつけようとする案だ。まいったな、言い方順番間違えたか。さっき手下になりますよと言った所為で遠慮なくこっちの力を測り始めたぞ。
「そう、ですね。お聞きになっているかもしれませんが、あの人と会った時は凄く友好的で話も弾んだんです。でも別れる時に誤解から争うことになりました。まあ結果はコテンパンにされて、なんとか逃げてきたのですけどね」
「争うことになったが、応戦は難しかったと」
「僕は神様から、ろくに使い方も教わってないですからね」
もう帰る気まんまんでいるのに、今更奴と戦えと言われては堪らない。俺はことさら無能をアピールをする。
「しかし、寡兵で大群を受けきるや、奇策で敵を翻弄。ほぼ無傷で戦場を回避する等と大活躍であられたとか」
ううむ。全部漏れているなこりゃ。デルタさん、あなた一介の傭兵なのに大司祭様に名前覚えられてますよ。痴女として。
「それでもです。結局知識の差、力の差があるので負けたのは必然でしょう。彼は神から使命を受けて準備し、軍を率いて戦いに挑んでいますからね。道中危なくて護衛を引き連れていただけの僕とは格が違うのでしょう」
「そうですかな。それでもこうして御無事でおられるということは、やはり非凡な才があるのではないでしょうか」
「そうですかねえ。でもまあ、結局元は普通の人間ですよ。そんなに―……そんなに万能じゃないです」
ヴィルダズ達に説明した様に、使徒なんか簡単に殺せるよと言いそうになって言葉を詰まらせる。俺がここで使徒の倒し方を教えるのは、間接的に俺が奴を殺すことになってしまうのではないだろうか。自分の手を汚したくないから、奴の殺し方を教えるつもりなのか。そんな考えが頭を過ぎってしまったのだ。
「ふうむ……では、貴方様は使徒としての使命をどう考えておられるのですかな」
「えー……大変名誉あることだとは思います。ただ僕の世界では無かった考えなので、戸惑っているというのが正しいですね。神様が実在して会える世界だというのは凄く驚きましたし」
「なんと、貴方様の故国では神が存在しないのですかな」
「いえ、いるにはいるのですが、例えば山の神とか川の神とか、身の回りに沢山の神様がいて自分達を見守っているので、正しい生き方をしなさいねみたいな。そんな感じに敬うものなので、実際に存在して会える訳ではないんです」
「それ…は、なんでしょうな。およそ概念的な存在に近い、ということなのでしょうか」
「そうですね。そうかもしれません。すいません、あまり詳しくなくて」
「貴方様はあの御方が受けた使命は真実だと考えているのですね」
「え、それはまあ、状況的にも矛盾はないですし。同行していた神獣ラリアも、話を裏付ける様に交戦時に力を奪われたと言ってましたしね」
「ほう、それは興味深いですね。ぜひ詳しく……」
俺は神獣ラリア達と一緒にいたこと。奴から聞いたことを説明しながらリーダへと目配せをする。リーダも軽くうなずいた。
(神獣の話に興味をもつってことは、オーシャブッチの言ってた使徒の使命自体を疑っているのか。ということは何だ。こいつらは神からオーシャブッチの件は聞かされてないのか? 大神殿の大司祭なのに?)
(おかしいですね。疑っていたので確認を取っているだけなのかもしれませんが)
「仮に貴方様に彼の使徒殿と異なる使命があった場合、どうなさるお気持ちなのでしょうか」
「それは……まず内容を聞いて見ないことにはなんとも判断がつきませんね。向こうの世界で僕は只の一般人だったんです。そのような大変そうなことを、本当に僕に出来るのか想像もつきませんし……」
「そうですか、では――」
その後も会見という名の事情聴取は続けられた。どうも彼等は俺をなんとかオーシャブッチへの牽制に使えないか考えているようだ。こちらは必死に無能アピールして神への謁見を優先する。もう何を言われても『――だからこそ、謁見させていただき確かめたいのですよ』と話を強引に持っていく。傍目に見れば間抜けな応酬だっただろう。話し合いは三時間以上にも及んだ。
「――それでは大変有意義な話をお聞かせいただきました。詳細につきましては後日改めてご連絡いたします」
「そうですか。良いご返事をお待ちしています」
なんか企業の就活面接みたいなやりとりで、やっと話し合いは終了した。えらい疲れた。
これで「大薮新平様のますますのご活躍をお祈り申し上げます」とか言われたら暴れてやるからな。
◇
「さて、何時頃返答がくるかな」
「どうでしょう。先方が御二人しか居られなかったことから、それ程掛かるとは思えませんが……」
俺達は宿への帰宅は許されず、大神殿内の貴賓室に泊まることになった。姫さん達と合流できないのは多少不満ではあるが、毎回この広い大神殿へ出入りすることを考えれば助かるのも確かだ。なにせ宿から馬車で一時間、正門からは二時間以上も歩くのだ。
「一応話し合いは順調にいった、と思っていいのかな」
「そうですね。特に大きな問題はなかったのではないでしょうか」
それは良かった。俺も成長したかな。今回リーダはずっと黙っていたので結構不安だったのだ。でもこの娘の太鼓判があれば安心だ。
アンジェリカ姫一行とヴィルダズ達は皇都内の宿に宿泊している。明日神殿に来て会える様に手配はしてもらったので結果を報告しよう。一方、ユエル司祭率いる憲兵団達は皇都から一度退去して郊外で待機している。大神殿の兵を含むオーシャブッチ軍と対立したので、大神殿から何を要求されるか警戒しているからだ。暴走している本隊ファーミィ軍の動向も探らないといけない。ユエル司祭達は別個に大神殿と交渉を進めている。
これからの方針はまず俺が無事日本に帰れるかによって変化するので、目処がつくまで情報収集しながら待機するつもりらしい。あと何故か商人達の一部も解散せず同行しているようだ。リーダ曰く間諜の連中や、俺が何か始めた時におこぼれに預かろうとしている連中らしい。御苦労な話だ。
これが最後の別れになる可能性もあるので、一応大神殿に入る前に挨拶は済ましてある。しかしどうにも皆、そんな感じには受け取って貰えなかった。普通にまた会いましょうという感じで見送られてしまった。オーシャブッチとの会話で、俺が偽者だと確信した話もあまり信じてくれなかったしな。なんでだろう。大神殿の司祭キュビさんが、俺がこれから改めて使命を受け、自分達は真の使徒と一緒に使命を果たす旅に出るのだと吹聴しまくっている所為かな。
夕食後、夜になって傍に控える侍女さん達に部屋の外に出てもらった。これでようやく本音が話せるようなる。
「……なんか、話がおかしくないか。俺の事を知らないのはまだしも、連中はアウヴィスタから使徒について神様から何も指示を受けて無いのか? そんなことってあるのか」
「私も其処が気になりました。使徒を迎えるにしても拒否するにしても、何らかの指示が神アウヴィスタより降りてきている筈です。使徒は大神殿に帰属するのですから。これは神アウヴィスタがしばらく降臨されていない可能性もありますね」
あの場で少し聞いておくべきだったろうか。こっちは無能アピールだけで手一杯だったのだ。ファーミィの件もあるし、下手に話を振って薮蛇になるのが怖かった。だからほとんど受身で話したのだ。まずかっただろうか。
「いえ、ファーミィ様の件は話題にすると何方かに責を問う話に成らざるを得ませんから、話題にしなくて正解だったでしょう」
「随分と警戒してるなと思ったら、案の定好き勝手してたみたいだしな、あのおっさん」
「ええ、皇都民が警戒していた訳です」
赤司祭ハインケルから聞いた話によれば、オーシャブッチ達は大神殿に対してかなり無理を要求したらしい。自分は神アウヴィスタから世界を救えと云われた救世主だ。だからお前等も協力する義務がある。そう言って行動の御墨付きと、大神殿の戦力である兵や物資を要求したそうだ。
交渉に立った金司祭キャバリエは当初毅然と対応していたそうだが、数日後には全面的に要求を受け入れる宣言を出した。慌ててキャバリエに確認をとると、彼はまるで人が変わったようになっており、オーシャブッチの要求全てに従うように皆にも説いて回り始めたそうだ。おそらく洗脳か魅了の踊りを受けたのだろう。
一度公に認めた事は簡単になかったことには出来ない。大神殿は人員流出を抑えるようつとめたが、金司祭キャバリエを味方に引き入れたオーシャブッチ軍は皇都内で好き勝手に振舞うようになる。遂には随行員募集という体で美女狩りまで始めた。仕方なく大神殿はオーシャブッチ達を名誉ある使徒軍として賛美して皇都民の非難を逸らした。対外的には後援しながらも対抗策を探り、彼がキャバリエに何か魔術を仕掛けたところ迄は確信を得たのだが、肝心の解除方法が分らない。仕方なく『使命を果たす為の出陣、目前に迫る』と勝手に周囲から扇動して長期滞在できないように仕向け、皇都から追い出したらしい。
金司祭キャバリエの様子がおかしかった原因はこれか。やっぱ洗脳か魅了されていたのか。解除する方法に心当たりはありますかと聞かれ滝汗を掻いたじゃねえか。交渉に立った相手を洗脳して味方にするなんて、どう見ても悪人のすることだ。あのおっさんも、どうしてそれで自分を救世主だとか言うかね。
呆れた話だと思うし、苦い顔していたハインケルには同情しかなく『大変でしたね』くらいしか言えなかった。深くツッコめば俺も状況を打開する為、踊りで相手を魅了したり隠れたりと似た様なことをしていたので、あまり非難できた立場じゃなかったからだ。
「そんな! 少なくとも兄様は我欲を満たす為には使っていなかったではないですか!」
リーダはそうフォローしてくれるが、素直に受け取ることはできない。トリスタ森林王国の反乱軍首魁を思いつきで召喚して捕縛、結果彼等を斬首させた事が未だに俺の中で燻っている。内戦を終結に導いたとか持ち上げられたが、あの時の俺は早く大神殿に行きたいという気持ちだけで召喚し、結果人殺しに加担したのだ。日本人的な小市民の感覚では完全に私利私欲に流されたと云える。後の行動も似たり寄ったりで基本俺は変わっていない。
もちろんこんな世界じゃ、常識も状況も違うからと色々反論は出来るだろう。しかし俺本人が後悔してしまって、気分が晴れていないのだ。こういうのが自縄自縛とでもいうのかもしれない。
話を戻そう。
「問題は大司祭さま方が、神アウヴィスタから今回の件について指示を得ていないように見えることですね」
「そうだな。まあ俺としては謁見さえ出来ればいいんだが」
「神獣レンテさまから謁見の許可を得ていると話した際、かなり驚かれていましたし」
「あれどういう意味だったんだ。レンテの後押し得てるのかって意味だけじゃなかったのか」
「いえ、レンテさまが『神アウヴィスタが兄様には会うだろう』と言ったのだ。と受け取ったのではないでしょうか」
「……ってことは?」
「ええ。おそらく神アウヴィスタは、しばらく降臨されていないのだと思われます。そのような状況だからこそ、ハインケルさまは『レンテ様が謁見を薦めたのですか』と確認されたのだと思います」
そういうことか。
「……もしですが、ここ数年神アウヴィスタが降臨されていなかった場合、兄様はどうされますか」
「……」
それは最悪の想定だ。ここまで来て日本へ帰還する手掛かりがなくなってしまう。
「そしたら……また、手掛かりを捜して彷徨うしかないのかな……」
「いえ、その場合は大司祭様方と協力し、打開に向けて協力した方が良いかと思います。彼等も困っているでしょうから、協力を拒みはしないでしょう。そして謁見を果たせれば、それが御帰還への近道となります」
「そうか、つまりお前は……」
「ええ、どちらにせよ大司祭様方との協力体制が必須だということです。決して彼等と仲違いはせぬようお願いします」
「わかった。まあ本当はどうなのかまだ分らないけどな」
「初回は状況説明と互いの要求確認で終わりました。詳しい交渉が始まるのはこれからでしょう」
「そうだな。こっちからも面会希望を出しておこう」
やはりリーダは頼りになる。
未だ神が降臨していないとは、断言できないのだから慌てる必要はない。進展だけを考えれば順調なのだ。集団瞬間移動を得たおかげで、数か月掛かる旅路を短縮できた。皇都に入ってからも一悶着あるかと身構えていたが、レンテが認めた一行ということで話が早く進んだ。既に俺達は大神殿内に入り大司祭にも会えている。あと一歩だ。あと一歩進むだけで神に会えるんだ。だからここで焦る必要は無い。慎重に話を進めよう。
「ハヌマール王国の使者となった司祭達が兄様を見て動揺していた理由が分り、少しすっきりしました」
「ああ、あったなそんなこと。なんでだ」
「彼等はこう考えたのでしょう『もう一人いると知っていたら、こっちに鞍替えできたのに』と」
「……それって結局」
「はい。ハインケル司祭の考えと同じですね。ハヌマールの使徒はおそらく軍内でも横暴を極めていたのでしょう。兄様を利用し、金司祭キャバリエさまに掛かっている魔術を解いてもらう。使徒を討たせて、代わりに使命を果たさせようと考えたのでしょう。彼等にとっては使命を果たしてくれれば使徒は誰でも良い訳ですから」
「なんだそれ、またいつものパターンか。利用されるところだった訳か」
「ええ、その意味では瞬間移動で離れられたのは良かったです。向こうに長く滞在していた場合、面倒な謀略に巻き込まれる可能性がありました」
あのまま無事別れたとしても、司祭達が接触してきて協力要請を受ける可能性が高かった訳だ。まあ結局ここでもハインケル司祭に同じことを言われているんだけどな。
「あと気になりました点がひとつ」
「何?」
「殆ど会話に入ってはこられませんでしたが、大司祭さまはかなり兄様を警戒しているようでした。いくつもの魔術具を身に着けておられたようです」
なんでも大司祭が両手につけていた指輪や首輪は全て魔術具だったらしい。詳しくは分からなかったらしいが、おそらく耐性呪具の機能を持った最高級の魔術具だろうとのこと。なんがゴテゴテした指輪をいっぱい着けているな。意外と成金趣味なのかと幻滅してたんだが、そんな意味があったのか。
「まあどのような魔術具でも、神の力を顕現する兄様の御力の前には気休めにしかならないとは知っていたでしょう。それでも万が一という可能性と、警戒している意図をこちらに示す為に身に着けていたのだと思います」
警戒されてんな。これも全部オーシャブッチがやらかした所為か。本当迷惑掛けてくれるあのおっさん。
その後も話し合いを重ね、オラリア王宮を思い出させるような巨大なベッドで就寝。こんな贅沢なベッドに慣れちまったら、日本の自宅に戻った時に泣くかもしれない。日本での俺の布団、せんべい布団だったしな。
ベッドは複数用意されていたが、当然の様にリーダは一緒のベッドに入ってきた。皇都に着いてから精神的に不安定なのか、夜中にめそめそ夜泣きするので地味に困っている。
「……申し訳ありません」
背中に貼りついたままリーダが何故か謝ってきた。なんの話だろう。
「謁見の席で、口を挟むのを躊躇ってしまいました。本当は上手く話をまとめ、彼の使徒との対峙を回避させることもできたかもしれなかったのです。しかし、兄様がハヌマールの使徒と対峙すれば、未だしばらくは私と一緒に旅が続けられるかもしれないなと、つい考えてしまって……」
なるほど。今日全然話に参加してこなかった理由はそれだったのか。
(…………)
手を伸ばして頭をぽんぽんと叩いて慰める。
正直、ありゃーという気分である。もう終った話だし、別にどうこう言う気もない。それより思っていた以上にこいつが思いつめていたのが怖い。このまま別れて本当に大丈夫だろうか。日本で俺達家族も父親が死んだ時には家の中が真っ暗になったけど、あの時は三人いたからなんとかやってこれたんだ。こいつは独りぼっちになるんだよな。
このまま日本に帰るのはこいつを見捨てて行く様でどうも心苦しい。別に俺は死ぬ訳じゃない……けど二度と会えないのだから同じようなものか。ううん。
……悩んでいるうちに寝落ちしてしまった。高級ベッド恐るべし。
三日後、なんと神アウヴィスタへの謁見が許された。まさか一発で謁見のOKが出るとは思っていなかったので俺達は凄く驚いた。てっきり使徒の証明やら、オーシャブッチと争えとか言われて交渉が始まると思っていたのだ。色々想定して身構えていたので、正直戸惑いの方が大きい。まあオラリア王宮の時みたいに、王様と謁見したら殺されそうになってラリアが乱入、王様重症なんて大騒動を起こしたい訳じゃないんだが。肩透かしを食らった感じがあるのは否めない。
ただ謁見にあたり条件はつけられた。大司祭の同席である。しっかり立ち会って情報を得ようということなのだろう。
「畜生、困ったな。それじゃ神に殴りかかれ難くなったじゃないか」
「そんなことで悩まないでください」
リーダに呆れられた。
なんでも神アウヴィスタへの謁見は月に一日しか出来ないそうだ。あの空に浮かぶ神門と呼ばれる壊れた月みたいなのが、一番地表に近づく日が降臨する日らしい。なんだろう、日本なら新月とか満月とかに当たるのだろうか。
リーダが眉をひそめる。
「神アウヴィスタの降臨は、三百年程前迄五十年に一度でしたが、年々多くなり、ここ三十年程は毎年【シュル】の月に降臨され、大司祭さまに教義を与えられていたと聞いていました。今では毎月降りてきているのですか。随分と変わったのですね」
「それって嫌な想像しか浮かばないな。この世界がマズイ事態に追い込まれているって証拠じゃないのか」
神が頻繁に現れ下界に指示を下すなんて、末期状態としか思えない。
考えてみれば使徒召喚なんか最後の手段そのものだよな。東の方では近年災害が多いとか、幾つかの国が滅んだと聞かされたし、ひっそり世紀末にでも進んでるんじゃないだろかこの世界。
「それよりも、毎月降臨していたというならば、やはり神アウヴィスタから使徒について啓示を受けているようには見えないのが不自然です」
「そうだな。神から事情を聞いていればオーシャブッチ達がやってきた時に問題起きる筈ないもんな。本当に毎月会ってたのか。実は会えていないのか……」
「または啓示とは一方的に指示をいただくだけで、此方から質問は許されない物なのかもしれませんが……」
「成る程、今回の件で知りたい情報がまったくもらえていない。それなら連中の態度も納得できるか……」
「はい。どちらにしろ十分な意思の疎通が得られていないのでしょう。そのような事態でもないと、この様に簡単に許可が降りるとは思えません」
「ふうむ……」
「どちらにしても憶測になります。できるなら謁見の前に御二方にお伺いして、少しでも事前情報を得たいところですが」
「全然返事ないんだよなあ。また催促しておくか」
しかし、結局大司祭どころか赤司祭ハインケルとも面会の許可は降りなかった。
◇
神アヴィスタへの謁見迄あと四日。俺達は暇ではあるが、結構疲れる日々を過ごすことになった。原因は皇都の神獣、火鳥レンテが俺達の貴賓室に入り浸るようになったからである。こいつリーダに煽てられたのが嬉しかったのか、俺達を捜して飛び回り俺達を見つけやがったのだ。そしてここに居付きやがった。部屋を訪れる侍女や使者達が、毎回悲鳴をあげて腰を抜かしている。
こいつは数千年生きている神獣である。それ故に皇都民にも守り神として敬われ、ある意味司祭達よりも敬意を払われている。まあ何千年も皇都民達が生まれてから死ぬまで君臨してれば、そうも思われるか。……実態は煽てに超弱い高飛車お嬢様なのになぁ。
この状況は昔神獣ラリアが居ついた時と同じだ。久しぶりに会話の出来る相手ができて、嬉しくて神獣が懐いてきている。しかし、強い威圧感にも慣れてきたリーダも、このレンテの懐きっぷりにほとほと困っていた。というか
「あいつさ、俺が日本に帰った後も、お前について回ってくるんじゃないか」
青くなっていた。会話出来る杖を所持している以上、この娘は大陸で唯一神獣と言葉を交わせる人間になるのだ。
果たして俺が日本に帰った後、こいつは無事に皇都から逃げおおせられるのだろうか。
「レンテ、お前の方はあれから進展しているのか。神アウヴィスタから使徒について何か聞いてないのか」
「……」
レンテに聞いてみるがつーんとしたまま無視された。もみあげドリル限界まで引っぱってやんぞコラ。神獣の攻撃が加護されている使徒に効かないの知ってんだからな。
「御姿麗しきレンテ様。どうか我等に道を指し示して頂けませんでしょうか。卑小なる我等には詠雪之才なるレンテ様の御知恵が必要なのです」
「ふホホホ。粗野な使徒ならまだしも、愛しき稚児の願いとあらば話すのもやぶさかではありませぬのヨ」
……両方の羽を巾着結びにして、飛べなくしてやろうかこいつ。
「去れど無念、我にも神アウヴィスタの謁見為らず也ヨ」
会えてねえのかよ。最初に言えよ。
「我等使徒の命はこの都と大地を守ること。それ以外の詮索は神獣の分を超えるのヨ」
「しかし、ドーマ王国の神獣ドムドーマ様の行いは、まさにその分を越えていると見受けられます。第一位たる神獣レンテ様ならばこそ神アウヴィスタより御説明を受けておられるのではないのでしょうか」
「うム。我も謁の場に赴いてみたのよ。しかし我が母神は御姿を表さぬのヨ」
「……それは、ここ数トゥン(数年)神アウヴィスタはこの地に降臨されておられないということでしょうか」
「そうであるのヨ。我が呼びかけに応じてくださり得ぬのヨ」
「「!!」」
「そ……それは何時頃からでありましょうか。ここ数トュン(年)のことでありましょうか」
「ふム。どうであろうかしらヨ。つい先程かも知れぬが」
「……」
「為れど此処に於いて神アウヴィスタの神気が弱っておるのヨ その方が我には心配ヨ」
「「……」」
レンテが去った後で俺達は顔を付き合わせた。奇しくもレンテの言葉から、神アウヴィスタがここしばらく降臨していないことが証明されたのだ。
「やっぱりかよ! ……それじゃ奴はここ数年降臨してないってことか。じゃあ俺が行っても神に会えないのか?」
「まず、期間については分りません。数千トゥンを生きる神獣様の時間の感覚は我等とは違いますから。最近というのが数百トゥン(年)という可能性もありますから。それと、会えるかどうかについては原因が不明な以上、現状は判断ができませんね」
「なんてこった……」
ここに来て会えないかもしれないってマジかよ。
「やはり今回謁見の許可が簡単に降りたのは、大司祭様方もしばらく神アウヴィスタに御会いできていなかったから焦っているのではないでしょうか。神アウヴィスタは兄様とハヌマールの使徒召喚においては御姿を現しています。彼等は兄様と一緒にならば、自分達の御前にも神アウヴィスタが現れると考えたのでしょう」
「俺に賭けた訳か」
「はい」
「そうか……」
確かにそう考えれば、こんなに簡単に謁見許可が降りた事の説明がつく。
「ううむ……」
状況は思ったより悪いことは判明したが、結局俺達のやることは変わらない。降臨してくれるのを期待して会いに行くしかないのだ。
アンジェリカ姫達と謁見が叶った報告と別れの挨拶を済ます。
無事神に謁見して日本に帰れれば、これでお別れとなるからだ。
結局俺の背負いバックはアンジェリカ姫にあげてしまった。姫さんが涙目で握り締めるので流石に返せとは言えなかったのだ。イリスカに俺が行方不明中、毎日肌身離さずの身に着けて心配していたと云われたのも大きい。仕方なく中身だけ返して貰って、その辺の小袋に詰め込んだ。母親にバックを失くしたと言ったら怒られるだろうな。現国のテスト用紙三十二点は正直いらないのだが、残しておくと使徒の聖遺物になると言われて仕方なく袋に詰める。とても残してはいけない。
靴は履き潰したから、こっちで手に入れたブーツだ。靴下や下着なんかも、もう残ってない。普通異世界から帰るときは、なんかお得な土産を持って帰るもんじゃないのかな。財布と中身も資料として押収されたままだし。なんで俺は所持金まで減らしてるんだろう。まるで命からがら逃げ帰るみたいだ。
一方、ラディリアとイリスカは不満そうだった。何故お前は平然としているのだ、私達との別れになるかもしれないのだぞ。惜しくないのかとかキレられた。いや、俺はこの為にここまで来たんだぞ。なんでお前等今更怒るんだと言い返したら更にキレられた。訳わからん。アンジェリカ姫さんとリーダがずっと苦笑いしていた。
そしてアンジェリカ姫も最後は『出来ましたら再び御会いできる事を願っています』と言って去っていった。女騎士二人も睨みながら頷いて続く。縁起でもない言葉にもやもやした。
ヴィルダズ達は身分的に大神殿に入れないので、リーゲンバッハ団長から別れの言葉を頼んだ。俺が去ったと分った時点で雇用の契約は終了する。以前話した時には別の国に渡ってみるつもりだとか言っていた。まあ、あの連中ならどこへ行っても大丈夫だろう。リーゲンバッハ団長に仕官も打診されていたしな。気になるのはヴィルダズとアルルカさん、傭兵デルタさんにおける三角関係くらいだ。
あ、ラディリアとイリスカに告白された返事すっかり忘れてた。もしかしてこの件で怒ってたのかあいつら。……って、俺もう帰るしどうしようもなくね。達者でな、くらいしか言いようがないしな。リーダに伝言頼めるか聞いてみる……何故か断られた。
◇
そして遂に謁見の当日になった。
神と会えると言う神臨の間は大神殿の最奥にあるらしく、貴賓室から近い個室へ、其処から違う部屋へと俺達は朝から何度も移動した上で待たされている。長く待たされようやく着いたと思ったら次の待合室と。どうにも焦らしプレイをされているようでやきもきする。
「んっ、ふっふーっ♪」
それでもわっくわくで待っている俺と、ずっとうつむいて黙っているリーダ。今日は特に口数が少ない。
どうも真面目な思考に浸っているようだ。二度程笑いを取ろうとアクションしたのに沈黙しか返ってこずに地味に恥ずかしかった。
まだかな。やっぱりレンテも呼んだ方が良かったのかな。
四度目の移動でかなり古い作りの部屋に通された。おそらくここが最後の待合室だろう。建物の外壁の色や様式が見たことがない程に古臭い。リーダもそれを感じたのか一転して、妙にそわそわし始めた。ちらちらと俺を見ては、うろうろと歩き回る。落ち着きの無いネコになったようだ。
ついに意を決したのか膝を叩いてリーダが立ち上がった。彼女はゆっくりと俺の前にやって来て、何故か畏まって一礼。俺に向き直る。何かを決心しているようで随分と思いつめた表情だった。
「……兄様。お願いがあります」
「なに?」
リーダは緊張で張り詰めた声で
「……私も兄様の世界に、一緒に連れて行ってくれませんか」
「――は?」
突然とんでもないことを言い出した。




