表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
1章 トリスタ森林王国内乱編(全33話)
8/100

06. 大薮新平 天馬に騎乗す

 異世界に召喚された大薮新平。そこは獣がうろつき治安も悪く、しかも内乱が起きている国だった。踊ると相手を眠らせる事ができるという摩訶不思議なスキル(能力)を得ていた新平は、知り合った少女達と成り行きで城砦へ潜入。捕らわれた姫の救出に成功。なんとか皆で城砦を脱出したのだった。


 城外へ脱出した一行は街道を北へ向かった。

 新平は馬上から振り返って城を見る。今のところ追っ手らしき者は来ていない。


(あの厩舎に居た馬が全部だったようだな。よかった)


 自分達が乗る馬以外を全て眠らせて来たのだ。追っ手の足が鈍って、少しでも時間が稼げればありがたい。


「いやっほーっ!」


 無事脱出できた事に浮かれてるデニス。いいからその尻をどけてくれ、苦しい。背嚢一杯膨らんだ荷物の所為か異様に重くて痛い。


「姫様。右手の森にエリック達がいます」

「わかった」

「え?」


(他に仲間いたのかよ。じゃあ何で一緒に潜入しなかったんだ)


 しかし馬にしがみつくのに必死で新平は喋れない。少し走ってからデニスが引き上げて鞍にきちんと乗せてくれた。直ぐに後ろを振り返る。まだ城内から馬が出てくる様子は無いようだ。とりあえず一安心か。揺れるからとデニスにしがみついたら


「気色悪い!」


 引き剥がされた。潔癖症のおばちゃんなんだろか。小一時間程走って道を外れ森に入っていく。


「追っ手は?」

「大丈夫。来てないよ」 

「そうだ少年。名を聞いてもいいだろうか?」


 ようやく余裕が出来たのか女騎士のラディリアが聞いてきた。そういえばフラン達にも自己紹介をしていない。


「新平。大薮新平だ」

「オーヤヴ……チーペー?」

「変な名前」「変なのー」

「新平だ! 何だよチンペイって? 落語家か俺は?」

「ラク?……何だそれは」

「どこの国なのだ?」

「日本!」

「……知ってる?」


 フランの問いに全員が首を振るが知った事ではない。逃走中で興奮もしてるし、もう嘘は面倒くさい。正直になろう。可愛そうな子? 好きに言ってくれ。

 デニスが探るような視線を向けてくる。


「変な名前だな、本当に貴族じゃないんか?」

「なんだよそれ。そんな訳ないだろ」

「いや、貴族には見えないでしょ」

「でも商人の下働きが魔法を使えるって変だよね」


 そうですね。どうしようその嘘設定。


「森が見えた。急ごう」

「「はいっ」」

 

 助かった。


 馬の背に揺られ新平達は森の奥に入っていった。迷った様子も無く獣道を少し走ったところで開けた場所に出る。フランとフラニーが下馬して、胸元から笛みたいのを出して何度も吹き始める。かすれた笛の音があたりに響いた。


「……それ、壊れてんじゃないの」

「失礼ね。こういうもんなの」


 犬笛みたいなものなんだろうか? 二人共落ち着いてるので壊れてはないみたいだ。そんなので呼ばれて来るエリックって、どんな奴なのだろうか。

 しばらく森の奥を眺めていると白馬が二頭、森の奥から駆けてきた。……なんか背中が膨らんでる……あれ、もしかして羽か?


 駆けて来た二頭の馬には羽が生えていた。身近で見て正直びびった。


「ぺ……ぺがさすふぁんだじー……」


 天馬なのか……天馬だよ、おい。実際に見ると違和感がないのが逆に怖い。ここって、そんな世界なのやっぱり? ファンタジーな魔物がたくさんなの? フランとフラニーが二頭に駆け寄り顔を撫でている。自分達の愛馬らしい。


「ただいま、エリック。いい子にしてた?」

「待たせてゴメンね」


 馬の名前かよ。紛らわしいなおい。


 振り返ってフラニーが幼姫に膝をつく。


「ではアンジェリカ王女殿下、天馬で関所を越え、王都へ向かいます。御不便をお掛けしますが、御同乗願いますでしょうか」

「かまわない。手間を掛ける」


 幼姫の口調が急に姫様っぽくなってて、なんかおかしい。フランが鞍から荷物を出し騎乗の準備を始める。天馬騎士って、単に格好良い名前をつけただけだと思ってた。まさか本当の天馬が出てくるとは驚きだ。そして天馬っていうくらいだから……空を飛ぶんだろうなコレ。しかしどうにも信じられない。馬が空を飛ぶ……


「ラディリアさん。すみませんがボク等は、一刻も早くアンジェリカ姫を王都へ御送りしなくてはなりません」

「かまわない。必ずたどり着いてみせよう」


 どうやらここで姫様とはお別れらしい。三名は天馬で、他はこのまま馬で王都へ向かうようだ。フラニーが振り返って自分を見る。


「――あのさ。着替えるので向こうを向いていてくれる」

「え? あ、はい」


 背中を向けると、勢いよく服を脱ぎだす音が聞こえる。


「い、い?」

(な、何だ!?いきなりなんで着替え?)


 変な姿勢で固まって慌てている新平が面白いのか、デニスがニヤニヤ笑う。


「天馬騎士はな、専用の装束じゃないと天馬が乗せてくれんのや」


 専用の衣装? イメージが膨らまずアニメの魔女っ子みたいな衣装を想像する――違和感がありまくりだ。コスプレかよ。

 暗がりで衣擦れの音が響く。長い。どう考えても上着だけじゃなくて全部脱いでるような雰囲気だ。な、なんか意識してきた。振り帰っても暗くてろくに見えないだろうが緊張する。だって少女達の全裸着替えだぞ。


「――もういいよ」

「うっ……うん」


 ゆっくりと、しかしじっくりと二人を凝視する。随分とぴったりとした衣装だ。暗くてよく判らないが白地に銀細工っぽい? いや、刺繍みたいな模様が描かれてるのか。両手足に篭手とブーツ。肩当、頭に意匠性の高い兜。そして……


「うおぃ……」

「……ちょっと、あんまりじろじろ見ないで」

「君、目がいやらしいよ」


 胴体部は何故かレオタードっぽいのだ。一応スカートは履いてるが、それも何故かミニで太腿が見えまくり、胸元もかなり空いてて、せせせ背中が物凄い丸見えなんだけど。それ防御力無いんじゃね?漫画かカードゲームで見る戦乙女みたいな露出の高い格好だ。身体の凹凸が出まくってる。

 くそっ! 何で今、昼間じゃねえんだ。暗過ぎるだろ! カメラ。カメラは無いのか! せめてフラッシュを。


「ひひっ、しょーがねーよなー。興奮すっだろ」

「ななな、何で? 痴女?……がはっ!」


 速攻でフラニーに叩かれる。フランからは飛び蹴りを喰らった。


「天馬に認められ騎乗するにには、相応しい姿をとる事が求められるの」


 そう言って天馬の背に手を当てた瞬間、フランの開いた肩の肌に青白い紋章が浮かび上がる。


「!?」

「この子達は神の眷属なる高貴な存在だからね。認められた者が身体に紋を刻み、相応の装束を纏って初めて背を預けてくれるのよ」


 後から聞いた事によると、天馬に認められた者が背に紋章を刻むと、天馬の加護を得て騎乗を許されるそうな。そして常識ではありえない速度で空を舞うらしい。弓等も加護が保護してくれ北国の飛竜部隊とも互角に渡り合うんだとか。

 ただし騎乗の際は常に紋章を外気に晒さねばならず、専用装束はこのような意匠になっているそうだ。

 天馬エロい。天馬偉い。

 どうせなら日中にじっくり見たかった。


「だから、じろじろ見るな!」

「もう向こう向いてろ!」


 本人達も恥ずかしい衣装だという自覚はあるようだ。良かった痴女集団じゃなくって。でも男としては見てしまうのは仕方ない。そっぽを向きながらもチラチラ眺めてたらデニスに尻を蹴られた。


「天馬って確かさ……」

「……なんだ、詳しいんじゃねえかエロガキ」


 ちょっと思い出したのでデニスに聞いてみたら頷かれた。

 天馬は穢れ無き無垢な乙女のみ騎乗させる。つまり処女のみ。なんとうらやまけしからん。なんというこの淫獣共。そして当然この双子は……い、いかん。

  ……あれ? 処女を乗せるのって角がある馬じゃなかったっけ? こいつらは牝で、牡が角があるのかな?

 

 処女に弱いというのは、地球ではユニコーンの設定で、ペガサスは全然関係ない。しかし、この世界では天馬が乙女と契約する為、ろくに区別のついていない新平は混同している。

 

 フランがポニーテールに、フラニーがサイドテールに髪をまとめ直す。


 こんなに長い髪してたのか。外套の下で括っていたので全然分からなかった。


 アンジェリカ姫をフランの馬に乗せ、騎乗していざ飛ぼうとしたところ、何故かフラニーの馬が歩いてきて新平の匂いを嗅ぎ始めた。


 え、俺臭い?


「……?」

「ちょっ……エリック? 急ぎたいんだけど」


 しかし馬は何故か新平の袖を噛んだまま離さない。


「どうしたのエリック」

「もしかして……チーベェ殿を乗せたいのではないですか」


 アンジェリカ姫が小首をかしげて問う。驚く双子。それよりも新平は犬みたいな呼び名の方が気になった。姫さんその間違えはあんまりだ。そして天馬にも少し幻滅。噛まれた袖が涎でべたべただ。そしてやっぱり天馬も臭かった。馬臭い。所詮獣だ。


「え? でも彼、男ですよ」

「もしかして女なの?」

「そんな訳ないだろ」


 双子が色々言うが馬は新平の袖を噛んだままだ。


「本当に乗れって事なのかな?」

「こいつ男だよ。本当にいいの、エリック」

『妙な子だ。王に御見せしたい』

「はい?」


 男の声が聞こえた。誰だ? 

 

 しかし暗い所為か誰か分からない。きょろきょろする新平をよそに、双子は困惑している。天馬が男の乗せようとするなんて聞いた事が無いらしい。しかし天馬は依然として新平の袖を噛んだまま離さない。何度も双子が話しかけるが首を振って拒否を伝える。これ言葉が通じてるんだろうか。横で見てると滑稽なんだが。 

 困り果てた双子のうちフラニーが決断する。


「じゃあ……私の後ろ乗ってくれる」

「いいの?」

「仕方ないよ時間もないんだし」

「おーっ! 男と二人乗りー! 凄いフラニー、格好良いー」

「うるさいよ、あんたは!」


 荷物を鞍に縛りつけ、ラディリアに押し上げてもらいフラニーの後ろに騎乗。男が乗れた事に皆が驚きの声をあげる。羽が邪魔で足の置き場が無い。降ろせない。しかし空を飛ぶとなると鞍を掴むとかでは危ない。騎手の腰に手を回さないと……でも半裸の少女にしがみつくのは流石に抵抗があるんだが。


「あのさ……手を回して掴んでいい?」

「……うぅ…仕方ないな……変なところ触ったら突き落とすからね」


 彼女も男と二人乗りは初めてなのだろう。戸惑っている。異世界だというのに、少女の異性を意識した反応に少しムラムラしてしまう。

 そっと腰に手を回す。ほ、細い細い細いよ何だこの娘。いや外見の背丈は普通だったからこれが普通なのか。女性に抱きついた経験の無い新平には分からない。

 でも腰周りは生地不明な薄い装束一枚なので体温が直に伝わってくる。


「い、いいよ!」


 こっちが意識してるのが伝わったるのか、フラニーの声も上擦ってる。


「じゃ、行くよ。ラディリアさん。ご武運を!」

「ああ、姫を頼む。アンジェ様! ご無事で! チンペー殿、感謝を!」

「新平だっつの!」

「ラディリアも無事に着けよ。待ってるからな」

「はい!」

「うわああっ!」


 天馬達がふわりと空へ舞い上がった。羽ばたきと浮き方が合っていない。完全に重力を無視した浮き方だ。おかしい。絶対おかしい。助けてニュートン。


「ちょっと、静かにして」


 更に舞い上がる。怖い怖い怖い。しかも暗い。揺れる。危ない。ちょっ、ヤバイ。おもわずフラニーにしがみつく。


「!!っ、ちょっ、掴みすぎ!」

「ヤバイって! 怖い怖い! 怖い!」


 フラニーの怒声も聞こえない。真っ暗な中で空に浮かぶ恐怖。怖いなんてもんじゃない!


「落ち着いて! 落ち着いてよ君」

「わわわかってる。わかってるけど。うわあっ!」


 飛行機の乱降下時の胃のせり上がりなんて目じゃない。ジェットコースターの浮遊感より危うい。真っ暗な中で外気に触れたまま空中で揺れるこの恐怖。


「ちょっ、痛い。苦しっ」

「落ち着けっての」


 横からフランの声が聞こえたと思ったら、激痛が新平を襲う。


「!っ……痛ぇ」

「ほら。エリックが止まってくれてるよ。手を離しても大丈夫」


 言われてみると揺れがなくなってる。空に滞空してるんだ。何で羽ばたいてないのに滞空できるんだ。そっとフラニーから手を離す。


「は…はは……ごめん」

「けほっ…もう……あんまり怖がらないでよ。大丈夫なんだから」

「す、すいません……ちょっと、めちゃくちゃ怖かった」


 我ながら見苦しかった。ゆっくり両手を広げて無事を確認する。大丈夫だ。よし大丈夫。ああ、怖かった。フランにも謝ろうと振り向くと、すぐ横に浮かんでいた。そして槍の石突を構えたまま、据わった目でこちらを睨んでる。さっきアレで殴られたのか。


「もう大丈夫みたいだね」


 にっこり微笑まれるが目が怖い。また暴れたら容赦なく殴るつもりだったのだろう。口調は柔らかいが彼女も兵士なのを感じてしまう。


「お、おう。もう大丈夫。OK」

「大丈夫ですかチーベェ殿」


 幼姫様が声を掛けてくる。いかん。子供に恥ずかしいところを見せてしまった。しかし誰だよチーベェって。


「あはは……たぶん」

「もう進んでも大丈夫かし……っと」


 フラニーも振り返る。うわ、顔が近い。思わず仰け反るとフラニーも慌てて避ける。


「お、おう。ごめん。迷惑かけて。たぶんもう大丈夫」

「じゃ、少しゆっくり行くから……うん。大丈夫だから」


 お互いちょっと意識してしまった。ぎこちない。再びそっと腕を回す。フラニーの指示で天馬がゆっくりと先に進み始める。今度は本当に大丈夫そうだ。幼姫がこちらを見て気遣ってくれる。


「チーベェ殿。大丈夫ですか」

「は、はい。……というか姫さんは怖くないの。こんな真っ暗な空に浮かんでるのに」

「トリスタの女に空を怖がる者はいません」

「確かに」

「さすが姫様」

「というか少年、ちょっと姫様に礼儀がなってないよね……って」


 フラニーが振り向いて文句を言う。だから顔近いって。気づいて慌てて前を向くフラニー。学習しない娘だ。身長差があるので、残念ながら事故でキスという漫画的なハプニングが起きそうに無いのがちょっと惜しい。


「すまん。俺、平民でお姫様ってのに初めて会ったから、なんて喋ればいいのかわからないんだ」

「よい。えっと、気にしないで下さいチーベェ殿。皆も」

「はい。ふふっ、行こうフラニー」

「ええ」


 アンジェリカ姫の方も、臣下との言葉使いを分けるのが大変で混乱してる。姫が困りだす前に出発を促すフラン。


 ゆっくりと羽ばたきながら進む。落ち着いてみれば今夜は風も弱いので快適だった。新平は少し落ち着いて来た。ふと気づくと眼前のフラニーの肩の紋章が淡く光ってる。天馬に乗るとこうなるのか。刺青が光る。なんとも不思議な現象だ。


(というか……)


 自分の胸に当たってる背中が少女の素肌だという事に今更気づいた。薄衣の腰に抱きつき、目の前には素肌の背中がある。こんなに女の子と接近したのはもちろん初めてだ。


(もしかして俺、一生分の幸運をここで使ってる?)


 月明かり、星明かりだけでは殆ど見えないのが異常に悔しい。


(なんで今は夜中なんだ。これで一生分の幸運が尽きたりしたら泣くぞ)


 少女と一緒の乗馬で直肌が密着して大興奮の新平。気流に乱れがあったりして揺れると自然抱きつく力が強くなる。

 偶然。本当、偶然に手先が胸に当たった。


「ちょっ、ちょっと、どこ触ってんのよ」

「おおっご、ごめん」


 先程より余裕があるせいか、そっちへ意識が向いてて自分の鼻息が荒くなっているのを自覚する。


「フラニーの胸じゃ気づかれないわよ」

「フランー! あんた代われー!」

「やー。その子、何かやらしい顔してるからー」


 こんなに暗いのに、ちょっと幸せな表情になっていたのを気づかれたのか。酷い言われ様だが、今は許そう。夜中とはいえ、眼前に素肌の背中。この感触。この抱きつき心地。おおお鼻血でそう。

 女の子って華奢であったかい。

 外人って大柄なイメージがあるのだが、自分の腕にすっぽりと入るのは流石女の子というべきなのだろうか。

 この娘は身長一六〇も無い。町の男達も皆背が小さかったし。もしかしてこの世界は平均身長が小さいのだろうか? 日本人の自分としては吊り合いが取れてありがたいけど。


「うひゃあ! ちょっとっ」

「すすすまん」


 また胸を触ってしまった。今度は鷲づかみ。

 おおおおノーブラだ。ノーブラだったぞ。硬いコルセットな衣装越しでもはっきり判る程柔らかかった。おっぱい万歳!


 もう一度言おう。おっぱい万歳!!


 しかし幸運はこの一瞬のみだった。


「って、うわっ!」

「どうしたのエリック?」


 何故か天馬が急降下し始めた。というか立った姿のまま重力に任せるように落下するので怖過ぎる。


「うわあああっ!」

「いやあっ、エリック!」


 必死にしがみ付く新平にフラニーが文句の悲鳴を上げる。地表近くで速度が緩み、天馬は丘の山頂に降り立った。フランも慌てて降りてくる。


『降りろ。雄よ』


「え、何?」 


 何かえらい渋い声が聞こえた。しかも鼻息が荒かった。凄い荒かった。


「誰だ……今、俺に降りろって言った?」


 馬が暴れるので仕方なく降りる。するといきなり馬の後足で蹴られそうになる。


「うわあっ、っぶねぇ!」


 怒ってる。何かしらないが馬が怒ってる。何故だ。


「俺の乙女に色気だすなって事じゃない?」


 傍で滑空しているフランがじと目で呟く。


「う……馬の分際で」


 再度繰り出された蹴りを慌ててかわす。言葉分かるのかこの馬?


「うおっ」


『不埒な雄め』


 だから誰だよこの声。というかこの馬、自分から掴んで俺を乗せたくせに降ろすとは勝手過ぎないかよ。 


「落ち着いてエリック。私は大丈夫だから。心配してくれてありがとね」


 フラニーが何度も声を掛けて、やっと馬はおとなしくなった。不本意だ。まるで自分が痴漢みたいじゃねえか。

 フランとフラニーは二、三話すと天馬へ声を掛けてふわりと浮き上がる。


「ごめん。先を急ぐから行くね」

「それじゃ、今回はありがとうね」

「チーペェ殿、この礼は必ず」

「え………いやちょっと俺は?」

「では……エリック!」

「行くよ!」


 新平を降ろしたまま再び羽ばたいていく天馬達。どんどん。どんどん高く昇って、小さくなって……見えなくなった。




「…………え?」



 大薮新平


 城砦に潜入して、命の危険を犯し、たくさんの敵兵を眠らせ囚われの姫を救出、安全な地へ逃げるのを見送って……山の中に一人、放り出されました。



「………あれ?」


 呆然とした後、当ても無く真っ暗な丘を歩き、途中で追っ手が来てる筈と気づき、半べそかきながら走り出す。夜中なので当然転ぶ。でも追っ手の恐怖が足を止めさせない。追っ手は踊りの事を知っている。見つかったらたぶん弓でナイスショットだ。野兎より超簡単。


「うそおおおお。何でこうなるんだあああ!」


 獣に襲われ、町では身包み剥がされ逃げ出す羽目に。姫の救出劇に活躍したと思ったら、山に取り残され追っ手が迫ってる。


「ちくしょおおおおおお!」


 闇の中で大薮新平の雄叫びが木霊した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ