14.大薮新平 敗走す
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎなスキルを得て異世界に召喚された。原因を知るべくウラリュス大神殿に向かう中、皇都から来た使徒一団と出会う。その別れ際、突然ファーミィ司祭長率いる軍が使徒達へ奇襲をしかけてきた。激昂した使徒軍と新平達は交戦となる。踊りを使って応戦するも、使徒による踊りの二重発動によって新平達の軍は総崩れとなった。
「やばいよ! 崩れた! ありゃ、持ち堪えられない!」
「うわああああっ」「堪えろ!」「抑えろ!」「駄目だあ!」
前線が崩壊した。
先程までは【踏みしめる戦軍の行進】による『反射速度と思考速度の向上』の効果で、相手の兵に掛かった『戦意向上』に対抗できていた。どんなに相手の戦意が上がろうとも、早く動けるこちらの方が有利だったからだ。
しかしオーシャブッチは二つ目の踊りを追加してきた。『戦意向上』の踊りを他人に渡し、自分は二曲目を踊ったのだ。二曲目の効果はおそらく『必中攻撃』どれだけ避けようとしても当たってくるので兵達は反撃しないといけなくなった。その為、兵数と勢いで劣るこちらは押し込まれてしまったのだ。結果、そこかしこで均衡が崩れ、総崩れが起きた。
(やられた!)
そこ等中で怒号と悲鳴が上がっている。こうしている間もどんどん兵達が倒れている。いずれ奴等はここへも押し寄せて来る。大量の剣と槍が俺達に迫り、突き立てられるのだ。ぞわりと怖気が走る。胃の腑が竦む。しかし俺は効果が切れるから、踏み台昇降を止めることが出来ない。階段を昇り降りしながらも、ろくに使えない頭で必死に考える。
【愛と怒りと悲しみのマイムマイム】が使えたら良かったのだが。あれは対象の動きを強制的に止めさせるSTOP魔法だ。射程距離も長い。四人でやれば長い時間相手を止められた可能性が高い。しかしあの踊りの残回数は既にゼロだった。踊りの効果が掛かっている連中に掛けて、こっちの効果が上書きされるという確証も無い。
リーダに目を走らせたが、彼女にも妙案はないらしい。口惜しげに切羽詰った視線を返される。
(どうする!)
ヴィルダズ達が声を張り上げて状況を打開しようと指示を飛ばしているが、全然上手くいっていない。そもそもヴィルダズ達は俺とのパイプ役で、憲兵団自身は前線にいる千人長リッジラインの指揮下なのだ。五分の状態ならまだしも、こんな状況に陥ってはこちらの指示なんて聞いていられないだろう。そのリッジライン達のいる周辺は大混戦になっていて収拾がついていない。どんな指示であろうと全軍に伝えるのはもう無理だ。このままではまずい。壊滅する。
(くそっ、ヤバいっ!)
クリオ達が一緒に踏み台昇降をしながら不安気な視線を向けてくる。年高で状況が理解できているヴェゼルはもう泣きそうだ。どうする。どうするったって俺に出来るのは踊りしかない。こうなったら、新しい踊りを生み出して事態を打開するしかないのだ。でも新しい踊りを生み出すには時間がかかるのだ。
畜生、少しでいい。何か時間を稼ぐ方法はないか。少しでいいんだ。相手を止めることは出来ないか。注意を引くことはできないか! 驚かせることはできないか!
――くんっ!
来たっ!? 新しい踊りの誘導だ!
俺は素早く木製台を飛び降りる。【踏みしめる戦軍の行進】の効果が消えたのを感じた。もう一刻の猶予も無い。
横に立っていた爆乳傭兵デルタさんの後ろに周り、その背に左手を当てる。そのまましゃがみ込んで、踵を打ち下ろす。積み上げた土嚢だというのに硬質な高い音が鳴り響いた。
カッ、カッ、ガガガッ! ガガガッ、ガンッ!!
振り上げた右手には白く光る布が浮かび上がり、俺はかがんでその布をデルタさんへ叩きつける。布は綺麗に彼女の上半身に巻きついた。
『え、えっ?』
するとどうしたことか。デルタさんは其処にいながらも、数十メートルにもわたる巨大化した彼女の姿が、前方上空、つまり前線近くの上に出現したのだ。戸惑った彼女の声までがその上空から響き渡り、兵達は異常を感じてその姿を見つけ驚愕の声をあげた。俺は叫ぶ。
「絶世の美女の裸だあああああっ!」
声と共に布を引くと、彼女の身に着けていた服が全て弾け飛んだ。当然上空に浮かんだ彼女もだ。巻きつけた布が最小限の局部を覆ったまま飛び散る。スタイル抜群の爆乳デルタさんの裸身があらわになった。
『え、ひ、ひゃああっ!』
流石のデルタさんも公衆の面前で裸に剥かれて悲鳴をあげた。その声は上空からも大きく響き渡り、戦いに夢中になっていた兵達も皆、瞬間手を止めて上空を見上げた。今だ!
「天罰!」
ピカッ!!
俺が叫ぶと共に、上空にある彼女の全身が光に包まれた。違う。彼女の姿が弾けて光となったのだ。その光量は凄まじい。まるで閃光弾のように強力な光が周囲を照らした。
俺の脳裏に言葉が響く。
【ざまを見ろよビーナス】
「「うぎゃあああああああっ!」」
そこら中から男達の悲鳴があがる。こちらを向いて戦っていた相手兵達の被害は甚大だ。視界を焼かれ皆が悲鳴あげてうずくまる。味方も大勢被害にあっている。なんでお前等まで被害を受けてんだ。振り返ってんじゃねえよ。
しかしこれで戦いは止まった。敵味方の殆どが目を覆ってうずくまり、悲鳴をあげてる。
「ちゃんす!」
今がチャンスだ。ゲッター〇ボだ。撤退するのは今しかない!
「ミミッ、ミミミーッ!」
ぴょんぴょん飛び上がって、新しい踊りの誘導を始める。【天翔地走】は小柄なリーダくらいなら抱えても可能だが、それでも二人迄だ。俺達しか逃げられない。この場にいる仲間全員を飛ばす『新しい踊り』をここで生み出さないと皆が殺される。
横に立つリーダが呆れた表情のまま、マイクよろしく杖を掲げているが気にしない。涙目でしゃがみこんだデルタさんが、振り返って殴りかかろうとしてトッポにしがみつかれているがそっちも後だ。
「うわああっ」「目がああっ!」「目があっ」「見えないっ」
「なんだ。どうしたんだ」「畜生見えねええ」「ふざけんなオイッ!」「どうなってんだよ!」
「あぎゃああああっ!」
オーシャブッチも喚き散らしている。奴は絶対引っ掛かると思ってた。踊りも止まっている。逃亡のチャンス!
「くそ、くそおおお! 出やがれ!」
でも出ない。変わらない。出てくる踊りの誘導は【天翔地走】だけだ。それを実行してしまえば俺だけが飛ぶことになる。違うんだ。そうじゃないんだ! ここにいる仲間達全員で飛びたいんだ!
「ミーッ! ミミィーーツ!」
悲壮な決意でぴょんこぴょんこと【天翔地走】を改良するべく飛び跳ねる。ちくしょう。こんな時でさえも俺の動きは滑稽だ。
(ちくしょう! 皆死んじまうぞっ!!)
ぐぐんっ!
(!!っ)
手足を引っ張られた。出た。知らない動きだ。新しい踊りだ!
「来たっ! みんなで飛ぶぞっ!!」
「はいっ――皆さん、新たな魔術が掛かります! 心の準備を!」
リ-ダがマイク代わりの杖を使って周囲に叫ぶ。俺はきりもみ回転しながら飛び跳ねる。状況を理解できていない連中が戸惑っているのを感じるが、説明している暇はない。
(遠くへ! ここから遠くへ! 安全なとこへ逃げるんだ!)
「ブヒーッ! ブヒヒーッ!」
どったん、どったん。俺は四つん這いになって、きりもみしながら飛び跳ねる。
「ブヒーッ! 来週もよろしくねえええっ!!」
阿呆な叫び声と共に、誰かに尻を蹴られた衝撃。そして新しい踊りの名が脳裏に響いた。
【天翔集団豚走】
「ブヒョオオオオーッ!」
自分だけでなく周囲の人々が一斉に浮上する感覚。皆が驚愕の叫び声をあげた。そのまま吸い込まれるように空に舞いあがって、身体が押しつぶされそうになる。色々な景色が前方に流れる。なんだこの光景は。知らない場所がいっぱいある。いやそうじゃない。目的地を決めるんだ。早く決めないとやばい。
そこへ見覚えのある湖畔が目につく。
(あそこだ! あそこへ飛べ! 行けっ! 皆で飛ぶんだあっ!)
そして、そのまま視界が真っ白に染まった――。
◇
――バァンッ!
空気の裂ける様な音と共に、俺達は中空に出現した。高度は高くない。そのまま地面に足をつける。周囲では兵達が突然違う場所に放りだされて戸惑っている。俺も四つん這いになって地に伏せた。
「はぁっ!……はぁ………はぁ」
「やりました兄様! 大成功です!」
リーダが飛びついてきて、歓喜の声をあげる。
「あ、ああ……」
バクバクする心臓を押さえながら懸命に息を整える。助かった。なんとか成功した。危なかった。瞬間移動は目的地を決めずに飛んだら失敗するのだ。それで俺はオラリア王国に着いた時に重症を負った。危なくここにいる全員、今の踊りで全滅するところだった。
周囲を見回す。どこだここ。知らない場所……いや待て、そうだ。さっき目的地を捜した時に見つけた湖畔の場所だ。一ヶ月程前に滞在してた宿で見た。壁に掛けられた風景画の場所だ。「この場所ってのどかでいいね。近くなのか、寄りたいね」「でも皇都への道から外れるから無理そうです、残念ですね」って、姫さん達と話した場所だ。なら俺達は一ヶ月分くらいの道を、戻ってしまったことになるのか。
とにかく成功して良かった。集団瞬間移動。ルー〇だ。ついに集団ル〇ラまで出来るようになったぞ俺。
いや、そんな場合じゃない!
「怪我人だ! 負傷者を集めろ! 早くしろおっ!!」
俺達は戦いに負けて総崩れ中だった。多くの犠牲者が出ていたに違いない。しかも【癒す女神のムスタッシュダンス】はこれが最後の一回。これで助けられなかった奴はおしまいなのだ。
俺の説明に護衛騎士達が血相を変え、周囲に指示を飛ばして回る。兵達は未だ自分達がおかれた状況がわからず呆然としている者達が多い。説明を聞いて慌てて兵達が動き出す。
治療場所を決めたので死傷者が次々と集まってきた。俺はそれをもどかしく眺めながら待つ。くそ、どう見ても死んでる奴がいるじゃねえか。【癒す女神のムスタッシュダンス】で治るのか。ヴィルダズが火達磨から治ったからって、今回も全員治るとは限らないんだぞ。しかも今回は人数が多過ぎだ。十や二十じゃない。全員治せるのか。
「大将。無事か」
「使徒殿、御無事ですか」
駆けつけてきたヴィルダズとリーゲンバッハ団長にうなずきを返す。俺達の下へ主要メンバーが集まって来た。アンジェリカ姫達もやって来た。近衛女子達含め全員無事なようだ。
「……何がどうなったのでしょうか」
皆が揃ったところで、リーダから俺が瞬間移動を発現させ脱出に成功したことが伝えられる。俺は説明が下手だし、今は気が急いてるので代わってくれて助かった。
「集団で瞬間移動。そんなことが出来るの……ですね」
「何故今迄……」
「いえ、追い詰められた状況により、新しい踊りが目覚めたのです。意図してこれまで使用しなかった訳ではありません」
「なんとまぁ、あの状況で……しかもこれ程の人数をですか」
「だからこそ、できたってのもあるんだろうが……」
非常識にも程がある。乾いた笑いが広がる中、女傭兵デルタさんに尻を蹴られた。
「なんてことすんだい!」
彼女は俺に服を全部吹き飛ばされて、外套だけをその身に巻きつけている。エロい。
「うわぁい、申し訳ありませんしたっ!」
すぐさま土下座する。俺達から見ればムフフなイベントであったが、やられた側はたまったもんじゃないだろう。まして彼女は身に着けていた物を全て失ってしまった。え、俺が新しい踊りをあみ出している隙に拾ってたって。目敏いね姉さん。
あっさり土下座されて毒気を抜かれ、周囲の男達の弁護もあった所為か(女性陣からの援護はまったくなかった)思ったより早く彼女は許してくれた。というか、この一行の主導者たる俺に衆目の場で土下座され、許すしかなかったようだ。
「っ……! 高くつくよ!」
笑顔が怖くて思わずリーダにしがみついたら、凄く嫌な顔をされて頬を引っ張られた。ちょっ、お前まで怒んないで。助かったじゃないか。お兄ちゃん頑張ったよな。頑張ったよね。褒めていいんだぞ。
「使徒殿! お願いいたします!」
死傷者達を集め終った様だ。多い。百や二百なんて数じゃなかった。どこまで助けられるだろうか。
これは複数で踊った方が良いかもしれない。大人数に【踏みしめる戦軍の行進】を掛けようとしたら、身体への負担が大きかった。しかしクリオ達が一緒に参加すると軽減されて楽になったのだ。今回もそうした方が良いのではないだろうか。
リーダに説明して同意を得る。とりあえずリーダ、クリオ、ヴェゼル、ビノの
四人に少し踊りの振りを教えてみた……あかん。駄目だ。これは【踏みしめる戦軍の行進】みたいに単純な動きじゃないからな。
一番上手いのがクリオで、一番下手糞なのがリーダなのは何故だ。お前羞恥心が消せてないじゃん。年頃の中学生女子のラジオ体操みたいになってんぞ。
「す、すいません……」
こういうのは言っても簡単に直るもんじゃないからな。リーダは無理か。
一方めっちゃ上手かったのはクリオだった。運動神経が良く、ノリも良い。この珍妙な振りにも受けて、ケラケラ笑って楽しみながらついてくる。親父のヴィルダズと一緒に褒めたら鼻高々。対抗してビノも頑張っている。時間もないし、この二人と一緒にやってみるか。
俺達はもっとも重症者のいる中心地で【癒す女神のムスタッシュダンス】を踊った。しかし、どうも今回は一緒にやっても効果は無かったようだ。めっちゃ俺の身体は重かった。二人はノリノリで踊っていたが、完全な賑やかしと化した。負担軽減には欠片も効果がなかった。単に一緒に踊るだけじゃ駄目だったのだろうか。なにか別の法則性があったのかもしれない。
ヒイヒイ言いながら【癒す女神のムスタッシュダンス】を踊りきる。周囲が光に包まれた。
「……え」
「お。おおっ?」「これは」「そんな」「凄いぞ!」
「「うおおおおおおおっっ!!!!」」
大歓声があがった。
死に瀕していた者達が息を吹き返し、重症を負った者達の怪我が一瞬で再生したのだ。
俺の踊りの効果を直に見ていなかった憲兵団の連中が、奇跡を眼にしたと大興奮している。助かった者達が仲間達と抱き合って歓声を挙げている。眺めていた商人達も大騒ぎ。やはり治る筈がない重傷が、一瞬で完治するというのは衝撃的な光景なようだ。
助けられなかった死者は……十六人いた。流石に首を失った者達まではどうしようもなかったようだ。それでも事切れていたとしか見えなかった者や、手足を失った者達が次々と復活した姿は奇跡と彼等に映ったようだ。
「使徒様!」「神の使徒よ!」「奇跡よ!」「万歳!」「万歳!!」
万歳の大合唱が始まった。憲兵団の千人長リッジラインと副長が、大いに感激して膝をついて感謝を述べてくる。十倍以上の敵を相手に敗北、総崩れとなったのに、この被害状況は奇跡だ。感謝しかないと言う。苦い気分になる。今回の騒動を引き起こしたのはこいつらの上司である司祭長ファーミィなのだ。素直に言葉を受ける気にはなれない。
そして【癒す女神のムスタッシュダンス】の残回数も遂にゼロになった。一番重宝していたこの踊りが無くなったのだ。これでもう誰も大怪我は出来なくなった。今回の様な戦いに巻き込まれれば即、死に繋がってしまう状況になったのだ。
無事を実感した皆が、各々抱きついたりへたりこんだりしている。リッジラインはすぐさま怒声をあげて整列、点呼を命じる。人員確認が始まった。
◇
急いで立てた天幕の中で俺達主要メンバーは改めて顔を付き合わせた。今回は矢面で戦う羽目になった憲兵団のリッジラインと副長もいる。リーゲンバッハ団長が始まりの声をかけた。
「さて。改めて状況を整理しますぞ」
まずは今回の事態になった経緯の再確認からだ。
昨日俺とオーシャブッチが歓談し、彼が本当の使徒で、俺が奴と間違えて召喚されたパチもんだと確認できた。
「いや、ちょっと待ってくれ。それ本当なのか大将」
「うん、まず間違いない。俺はあいつと名前が似てるってだけで、この世界に召ばれたんだ。あのおかしな踊りで魔法が掛かるのは奴がダンサーだからだ」
「いやいや」
「そんな馬鹿な、それでは……」
「とても信じられませんが」
「……使徒の是非は後にしませんか? 色々な意見が出て、長い議論となってしまうでしょうから」
リーダの勧めで、とりあえずその件は棚上げになった。皆が色々言いたそうな表情のまま頷く。
「とりあえずあっちの使徒とは友好を結べたんだ。生まれも育ちも全然違う人だったんだけどね。向こうもやっと会えた同じ世界の人間ってことで喜ばれたんだよ。そのまま夜中まで一緒に酒を呑んで騒ぐ羽目になったからこっちには戻れなかったんだ。それは悪かった」
「皆さん心配されていましたよ」
リーダにちくりと嫌味を言われる。
俺が戻らないと動けないもんな。リーダから状況説明されていたとしても、何時まで経っても俺が戻ってこなければ、そりゃあ心配にもなるか。悪かった。でも無理矢理酒を呑まされ潰されていた俺も、結構酷い目にあっていたんだけどな。
「で、今日の別れ際に挨拶している途中、奴がラディリアとイリスカに目を付けた」
「まさかこの様なことになるとは……」
アンジェリカ姫が悔しげに幼い顔を歪める。
いや流石に姫さんに責任はないだろう。非常識なのはオーシャブッチの奴とその周りだ。
「で、その後は皆知っての通りだ。金司祭まで出てきて二人をよこせって言ってきやがった。権力も人数も向こうが上なので、とりあえず二人には向こうに行ってもらい、こっちが離れた後で召喚で取り戻すことになった」
「召喚とは。あの召喚魔法ですか?」
「ああ」
「そんなものまで……」
「なんとまぁ……失われた太古の魔術と聞きましたが」
「流石ですな」
今回会議に初参加の憲兵団代表、リッジラインと副長が驚嘆している。なにやら急激に好感度が上がっているようだ。兵達を治療されたのがよっぽど嬉しかったのだろう。こんなおっさん達にモテても嬉しくないが。
「して、その二人は?」
「ああ、今腕輪を探して貰っている」
召喚で召び戻すにはその人物を連想できる触媒が必要なのだが、先程の瞬間移動で荷物が崩れめちゃくちゃになった。近衛騎士の女子達が大騒ぎで捜索している。
「そして別れ際、街道方面からファーミィ達が攻めて来た。オーシャブッチは俺に裏切られたと勘違いして、こっちに攻撃してきた。俺達は対抗しながらもなんとか逃げてきた訳だ」
皆が渋い表情で押し黙った末に、ファーミィの姪でもあるユエル司祭が肩身狭そうに告げる。
「まず、あれはオラリア王国ヴィスタ神殿の本隊で間違いありません。確認した旗からも私が断言しますわ」
「ええ、我々も確認しました。あれは我が軍です」
「……彼等はどうして攻撃を仕掛けてきたのでしょう?」
アンジェリカ姫が当然の疑問をあげる。
「……申し訳ありません。私には見当もつかず」「我々もです」
「内々で皆様に連絡等は」
「ございませんでした」「ええ」
実動部隊の隊長であるリッジライン達にも、何も連絡はなかったようだ。
「向こうの軍と我々は相対する形で陣を敷いておりました。彼等も斥候を放っておれば気付いていたでしょう。そこで連絡なく攻め込めば、我々が窮地に追い込まれることは想像できた筈。なのに昼日中に奇襲を実行し我々は窮地に追い込まれた。一体どういうことでしょうな」
忌々しげに唸るリーゲンバッハ団長。ファーミィ軍を知らない彼にとって、今回は振って沸いた災難だ。自然と口調も攻めるものになっている。
「私は軍事には疎いのですが……偵察をしておらず、ハヌマール王国使徒軍の旗を見て突発的に攻め込んだ可能性はありますでしょうか」
「流石に其処までの無能者は、我が軍にはおりません。と、思いたいですな」
アンジェリカ王女の質問に、憲兵団副長が苦笑いしながら答える。
つまりファーミィ軍は間違いなく俺達が窮地に追い込まれると予想した上で、あえて攻めてきた訳だ。
「ではどなたか、彼女等の行動における意図に心当たりのある方はいらっしゃいますかな」
皆が黙った。誰もファーミィ軍の目的が想像つかないということだ。まあ味方が窮地に陥るのも構わず襲ってくるなんて普通ありえないしな。
本隊に見捨てられたも同然の扱いを受けたリッジラインと副長は固い表情のまま押し黙っている。仕方なくリーゲンバッハ団長が話を続ける。
「ではこの件はひとまず置いておくしかないようですな。さて、我等が去った後、戦場はどうなったでありましょうな」
「……遠からずファーミィ様の方が引いたとは思いますが、双方それなりの損害を受けたのではないでしょうか」
「ファーミィ司祭長の本軍はおそらく五千ですよね。皇都の使徒軍の方が、遥かに兵数が多かったのにですか?」
「狭い街道側の局地戦となっていましたので、包囲陣を敷くのは難しいでしょう。混成軍でもありますしな。本陣が御殿を掲げており小回りが利かない以上、本格的な殲滅戦は実行出来ないでしょう。結果小競り合いで終始したと思いますが」
俺も片手を挙げて、一番の懸念を聞いてみる。
「もしファーミィが意固地に軍を引かないで最後まで攻めたとしたら、オーシャブッチの奴まで届いたと思うか?」
「無理でしょうね。向こうのあの踊りの効果を受ければ蹴散らされるでしょう。我等本隊の部隊長達も無能ではありません。どのような目的があったにせよ、遠からず撤退したと思いますよ。伏兵や挟撃ができるような立地でもなかったですし」
たとえファーミィが強行に突撃を命じたとしても、部隊長達は情勢を見て撤退を計っただろうとリッジラインは答える。狂信者っぽいファーミィならあり得るかと思ったけどそんな展開にはならないか。
「使徒殿は何故ファーミィ様がそのような行動に出ると思われたのですかな」
逆に聞き返され、俺は口をへの字にしながらリーダに説明を頼む。
「ユエル司祭はファーミィ司祭長より『使徒を守る為に、計略を持って皇都から来る使徒と対立する様に仕向けよ』と命じられていたとか」
「ええ。内密の指示でしたが」
「ファーミィ様が……」
長い時間をかけて説得したルーテシア司祭がショックを受けている。
「なぜ対立するように仕向けるのか、その理由は説明してはいただけなかったそうですね。そこでファーミィさまは皇都より来る使徒が悪を為す者だと定義したとか」
「はい。皇都を手中にした偽使徒が乱を起こし、ドーマにて災厄が起こり世界を暗黒へ落とすと説明を受けました」
「偽使徒。ファーミィさまは彼の使徒を偽者と断定されているようですね。そして戦うつもりであったと」
「はい。我等先遣隊は使徒チンペコ殿に合流後、偽使徒軍と対峙する様に命じられ、叶わぬ場合は計略を掛けてでも戦端を開くよう指示を受けておりました」
「以上により、私達は今回の戦い、ファーミィ司祭長が皇都より来た使徒軍と我々が交戦する様に仕向けたのではないか。そう疑っているのです」
「なんと……」
リッジラインは動揺している。この件、彼は関与してなかったのかな。リーゲンバッハ団長が其処を指摘する。
「リッジライン殿は今回の遠征について、どう聞かされておったのですかな」
「……我々はオラリアに現れた使徒により世界の命運を掛けた戦いが始まる、我等はその尖兵と成れと言われておりました」
「皇都の使徒軍については、どう対処すべきかとの指示はなかったと」
「ええ」
追い討ちを掛けるように、ユエル司祭がファーミィ司祭長より脅迫を受けていたことを教えた上で俺も声を掛ける。
「悪いが俺はファーミィの奴が大嫌いだ。こっちの意見は一つも聞かず、自分の要求のみ押し付けてきて言い返せば信心が足りないと笑う。はっきり言って頭がおかしいと思っている」
どう聞いても暴言と言える台詞に皆に顔をしかめられたが、俺は婉曲な言い回しが下手だ。そして、この場に呼んだ以上はリッジライン達にも俺の気持ちを知ってもらいたい。
「奴は俺に自分の思う通りに動けと言い、邪魔になるリーダや姫さんを殺そうとした。だから俺は奴が信用できないし、奴の軍がどうなろうと……全滅しようと本当は知ったことじゃない……んだけど、あんた達はここまで一緒にやってきたし、今回も矢面になって戦って貰った。だから死者を出したくないと思って協力したんだけどー……あー……と」
「――つまり、使徒さまは去就を問うておられるのです。今回は共闘した件でもあり、善意で貴方達へ手を差し伸べました。これから貴方達はファーミィ司祭長と合流されるのか、それとも彼女の配下を離れ我等と共に行くのかと」
上手くまとめられない俺の心情を、リーダが最後まで言い切ってくれた。悪い。自分でも分かってなかった。こんな言い難い内容だったんだな。
「そうだ。皆にも聞いて欲しい。ファーミィの話はあっちの使徒、オーシャブッチに聞いた話と全然違ったんだ。奴は神にこう言われて召喚されたらしい。『この世界で一体の神獣が他の神獣の力を食らって暴走している。このまま放置すれば神獣の姿を失い黒い嵐の塊みたいになって、天変地異を起こして回るらしい。だからそれを止めて封じて欲しい』ってな」
「それはドーマの神獣ドムド-マを指しているのですな」
「ああ、ラリアがいるだろ。ロリ神獣。あいつもドムド-マに負けて力を奪われたと言ってた。言っていることは合ってる」
「ほう……」
「へえ……」
「つまり奴は暴走した神獣を封じるっていうまっとうな理由で召喚されて、今それを行おうとしているんだよ。世界のためにもなっている。確かに女好きでどうしようもねえところはあるみたいだけど、ファーミィが言う様な『奴が世界を暗黒に落とす』って話はかけ離れてるとしか思えない」
「現に彼等はそれを公言し、進軍しておりますしな」
「となると、おかしいことを言ってるのはファーミィの方なんだ。奴はオーシャブッチを偽者と決め付けて、今回も俺達のことを無視して攻め込んできた」
「大将はファーミィ司祭長一人が騒動の元になっているって言いたい訳だ」
「そうだ。奴の目的が俺と戦わせるってことじゃなくって、とにかくオーシャブッチを殺したい。って理由だったなら、俺を騙してぶつけさせようとしたことも、今回俺を無視して襲ってきたことも説明できるんじゃないか」
「――なるほど。彼女の目的は貴方ではなく、ハヌマーンの使徒の殺害だったと」
「そうだ。ファーミィの奴は、俺にじゃなくってて奴に用があるんだ」
ファーミィの奴が何を考えているのかさっぱり分らない。しかし、奴の最終目的は何なんだ。オーシャブッチを倒すことか、と考えればつじつまは合ってくるのだ。これはリーダと話していて彼女が気付いた。
奴は俺達を強制的に争わせた。俺が倒せれば良し、そうでなくても隙が出来ると踏んで襲ってきたんじゃないだろうか。
「断言するのは早いかもしれませんが、少なくとも彼女は我等の知らない真意の下で、行動しているということですか」
「そうですね。現状はここまででしょう」
「とりあえず危機は脱した。流石にオーシャブッチ達もここまで追ってはこられないだろう。ファーミィの考えは分らないから今は放っておくしかないとして、それじゃあ次にどうするかって話になる。これからあんた達とどうすれば良いかだ」
俺達は暫定的な同行者だ。今回彼等の上司と本隊が来てこちらを窮地に追い込む事態を起こした。ならばこれからどうしようとするのかを彼等に問わないといけない。
「……私はファーミィ司祭長に反意を持っています。家族を人質に捕られていたからです。現在の代表は私となっていますがあくまでも名目のみ。実際に兵達は貴方達の命を聞くでしょう、千人長リッジライン」
ユエル司祭が明確に俺達への賛意を示した上で、リッジラインに答えを迫る。リッジラインはむすりとして顔で副長と目配せして俺に向き直った。
「……まず、我等もヴィスタの信者です。使徒殿に向ける刃は持ち合わせておりませぬよ」
「まして使徒殿には先程多くの将兵が助けをいただきました。貴方様と敵対するなど兵達が聞かぬでしょう」
副長も追随する。回りくどい言い方なのは、初めて参加した会議で自分達の去就を疑われた不満があるからだろう。本隊に裏切られて切り捨てられた不満もあるだろうしな。
「悪い。俺は姫さん達とは仲良しで信用できているけど、あんた等は上司がアレで千人もいるから、どうしても警戒しない訳にはいかないんだ」
「まあ、仕方ありませんな」
「これ以上は行動で示すしかないでしょうな」
皆が少し安心した表情になる。これで当面リッジライン達は味方でいると考えて良いのかな。視線を向けるとヴィルダズが気乗りしなさそうに首をすくめた。……そうだな。命令の伝え方でどうにでも兵は動くから、今の言葉をそのまま信じる訳にはいかないか。当面の対立が防げただけでも良しとするべきなのだろう。リーダを見るとうなずいたので、ここらで話を済ますしかないようだ。
「ただ、状況を確認する為にも連絡員を本隊へ送ることは御許しください。必要ならばこちらの居場所や動向は伏せさせますので」
黙って控えていたルーテシア司祭から提案される。それは確かにこちらの状況が向こうに伝わるという危険なものでもあったが、ずっと放置しておく訳にもいかない。事態が急変して後手に回ったら大変だ。どの道この人数で移動すれば、遠からず状況は伝わるのだ。彼女の提案は皆に了承された。
話が一段落したところで点呼の報告が来た。欠員はいないようだ。良かった。千人以上の集団瞬間移動は成功だった訳だ。あとここにいないのは、引き渡されたラディリアとイリスカだけだ。
「ありました! 使徒様ーっ! ありましたよー!」「早く、早く隊長達をお救いください!」
近衛女子ソノラとプニニットが腕輪を二つ掲げて駆け込んで来た。ラディリアとイリスカの髪の毛を収めている腕輪だ。焦る気持ちは分かるが、突撃してくんな。立場上無作法を注意する羽目になる姫さんが気の毒だぞ。
その姫さんに切迫した表情を向けられる。向こうに明け渡してしまった二人が心配なのだろう。その気持ちは俺も同じだ。
「よし。じゃあ続きは二人を召び戻してからにしようか」
踊る為に外へ出ると、兵士の他に商人の代表が何人か待ち受けていた。彼等への対応をアルルカさんへ任せ、天幕の裏手に回る。人を召喚する【半熟英雄の護摩壇招き】は奇声を上げて一人で踊り狂うもので、とても人に見せられるようなものではない。
「大丈夫です」
「大丈夫じゃねえよ!」
自分達の隊長を召喚すると聞いて、近衛女子達が全員集まってきた。そのまま視線避けの人垣になってくれたのは良いが、何故か全員こっちを向いている。いいから向こうを向け。
騒ぎを聞きつけ、また俺が何かするのかと、手が空いている兵達まで集まって来た。商人達もまた奇跡を見れるのかと期待した視線を向けている。いや待て、俺この集団監視の中であの阿呆踊りすんのか。「ヒヤッ、ヒャッ、ヒヤッ!」とか叫ぶんだぞあれ。
文句を言ったが今更と云われ、近衛のイオネさんやアンジェリカ姫には早く救出をと急かされた。
……仕方なくそのまま【半熟英雄の大護摩壇招き】を踊り始める。
先程奇跡を見せられて大いに盛り上がり、凄い期待感をもって集まった観衆達。実際見せられたのは、焚き火の周りで原住民が腰みの姿で踊る様な珍奇な踊りだった。
「ドンドコ、ドンドコ……ホウ、ホウ、ホウ」
小声で口ずさみながら上体と一緒に両手を上げ、下げ、片足で跳ねながらステップを踏む。地に置いた二人の腕輪に対し、円を描く様に踊りながら進んでは跳ね、戻っては跳ね。ウホッ、ウホゥ、ウホホウッ。
周囲がしーんと静まり返ってしまった。
「「……」」
しかし俺は踊りを止める訳にもいかない。
「ヒヤッ、ヒャッ、ヒヤッ!」
奇声を上げながら踊り回る俺を見て、物凄い失望感とうめき声が周囲から溢れだす。殆どブーイングの波である。俺はそれを一身に受けて泣きそうになった。
(仕方ねえだろうがあっ! 俺の所為じゃねえわあっ!!)
「ドンドコ、ドンドコ……ホウ、ホウ、ホウッ!」
【半熟英雄の護摩壇招き】を発動。無事、二人の召喚に成功した。突然何もない場所に人が現れて、驚きのどよめきが上がった。
「!!」
「くそ――……っ、!?」
「いっそ殺し――っ!?……あ!?」
歓声で迎えようとした姫さんと近衛女子達が、現れた二人の姿を見て言葉を失う。
「……ここは……ああっ! やったのか!」
「た、助かった。助かったの!? 助かったわ!」
大声で喜び合うラディリアとイリスカは、物凄い格好をしていた。
なんと身包み全てを奪われて、官能的なスケスケのスリップ一枚を纏っているだけだったのだ。オーシャブッチとの会談時に侍ってきた女達。彼女達が身に纏っていたあのすけすけスリップ姿になっていた。尻が半分出ている。しかも両手は後ろ手に縛られていた。美しい肢体が、ほぼ全部丸見えである。時刻はもう夕刻。赤い夕日を浴びて、あらわな姿が官能的に照らされていた。
「はぁ……はあ!?」
あっけに取られた俺の視界を塞ごうとリーダが走ってくるが、目の前のラディリアとイリスカが飛びついてくる方が早かった。
「あああっ! 助かった! 助かったぞ!」
「アアアアアッ!!!」
二人が歓喜の声をあげる。そのまま押し倒され、感動の再会劇と思いきや、二人に頭突きを食らわされた。
「あ痛ぁっ!」
「遅いではないか!」
「遅いわよ!」
そうだ。こいつらは囚われのヒロイン属性じゃない。逆ギレお姉さま系なのだ。
聞けばオーシャブッチは戦いが不完全燃焼した後、一通り周囲をなじって発散。すぐさま捕らえたこの二人を楽しもうとしたそうだ。抵抗空しく二人は裸にひん剥かれ、エロいスケスケのスリップを着せられ化粧をされ香料を塗りたくられ寝所に放り込まれた。そして欲望丸出しで現れたオーシャブッチに面と向かって散々言葉で弄られ、おぞましい逸物を見せられ、貞操の危機に追い詰められている只中で召喚が発動したという。まさに金髭銀髭危機一髪であった。見ると脚には縄の痕まである。
「だって……未だ夕方だぞ。あれからまだ三時間くらいしか経ってないだろ」
あっちは未だファーミィ軍と戦ってたんじゃないのか。早目に決着が済んだとしても襲われるのは夜だろう。だから余裕を持って召喚したのだが、そんな下半身野郎だったのか。まさか俺達がいなくなった後、名目上は客人として迎えた女を、速攻で襲うとは思わないだろ。何、あのおっさんエロ漫画の主人公かなんかなの。女を捕まえたら、次のページではもう襲ってるの。
「そんなの知らないわよ!」
「何故もっと早く助けなかったのだ!」
駆け寄った部下達に拘束を解かれた二人は、未だ怒り収まらず俺の胸倉を掴んだまま放さない。この気丈な二人が完全に涙目になっているのでよっぽど怖かったのだろう。そこに気づいてしまうと流石に怒鳴り返す訳にもいかない。おい、お前等、部下達が生暖かい目で見てんぞ。いいのか。
部下達は俺達に背を向け、周囲の視線から壁になりつつ、にやにやしながら耳だけ大きくしてる。
「いや、こっちだって全滅の危機だったんだぞ」
「そんなことっ、お前なら絶対になんとかしただろうが!」
「事実こうして皆、無事に撤退しているじゃないの!」
無駄に信頼が厚い。こっちも超ギリギリだったんだ。死人も出ているんだけどなあ。
とりあえず何か着ろ。その格好で掴みかかるなと言った段階で、二人は我に返って悲鳴をあげた。そのままラディリアの右フックとイリスカの左アッパーを受けて、俺は意識まで吹き飛ばされた。
肋骨にひびが入ったそうだ。
負傷者をみんな治したので、本日の戦いで俺が一番の重症者へ仲間入りとなった。




