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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
3章 邪神王国ドーマ 使徒大戦編
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12.大薮新平 奇襲を受ける

 大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎなスキルを得て異世界に召喚された。原因を知るべくウラリュス大神殿に向かう中、皇都から来た使徒達と出会う。彼が本当の使徒で、自分は彼と間違えられて召喚されたのだ。確信を得た新平。しかしその別れ際、ラディリアとイリスカに見惚れた使徒オーシャブッチは、新平に彼女達を譲れと迫るのだった。

「あの二人をよこせ」


「いや、別に俺の物じゃないし。そんなこと言われても困るって」

「じゃあ誰のなんだ」


 オーシャブッチの目が血走っている。このおっさん、本当女に見境ないな。


「本人も言ってたろ。彼女達はこの姫さんの近衛騎士団だよ。所属はトリスタ王国」

「いやな。ハヌマールは南欧系が濃くてな。美人がいないわけじゃねえんだが、どうも俺の好みと一致するのが少ねえ。だがあの二人はバッチリ北欧系だ。まさに極上品だぜ」


 全然わかんねえよ。北欧と南欧ってどう違うんだよ。


「知らんって。連中は俺の旅の仲間だ。俺に命令する権利なんかないし、する気もないよ」

「はあ? お前偽でも使徒なんだろうが。こいつらお前の為の軍だろ!」

「違うって。言ったろ。姫さんが俺の旅に協力を申し出てくれて、トリスタは使徒かどうか判らんけど、放置できないって理由で同行してくれてんだよ」


 オーシャブッチはハヌマール王国から公式に使徒と認められ、彼がトップになり一団の代表者となっている。この様子を見るに一番偉いのも彼なのだろう。だが俺は自分を使徒だと信じられなかったので認めていない。俺達は対外的には姫さん代表の巡礼団なのだ。行く先の主導権は俺にあるが、同行者である彼女達に命令なんてできない。


「なんとかしろ!」

「なる訳ねえだろ!」


 俺が使えないと知ると、オーシャブッチは頭を掻き毟りながら二人に直接交渉へと走る。しかし返事は当然変わらない。


「我等は王国の騎士。終生この身をトリスタ王家に捧げる所存です。どうかご寛恕ください」

「今も故国では隣国との戦いに家族同胞達が赴いていおります。栄光ある勝利の為、当家も微力ながら身を捧げるつもりです」


 そう断るのだが。


「くっ、いいな。いいぜ。そういうとこも良い。こういう堅い女を従わせるのは最高だ。絶対俺のモノなしではいられなくしてやる!」


 と逆に興奮してセクハラ発言を飛ばしている。なにエロ本みたいなこと言ってんだろうこのおっさん。思考が全部エロ方面に振り切れちゃったのだろうか。

 流石にラディリア達も困ったのか、俺に助けを求めるような視線をよこしてきた。こっちは二日酔いで立ってるのも辛いんだけどなあ。うっぷ。


「無茶言うなって。彼女は姫さん直属の護衛だよ。他国の王女さんと揉め事起こす気なのかよ」

「ええ。申し訳ありませんが、彼女達は私の大切な臣下。手放すつもりは毛頭ありません。この度はご寛恕くださいまし」


 俺が口を挟むと、すぐさまアンジェリカ姫さんが言葉を繋げてきた。次いでラディリア達も頭を下げ、周囲の近衛騎士達も礼を示す。見事な連携で拒否の空気を押し付けられ、オーシャブッチは言葉を失って地団駄した。

 こいつのお守りは誰がしているんだろう。誰に言えばたずなを引いてくれるんだ。そう思って先方を見渡すのだが、何故か司祭も騎士達も目を背けた。他の連中は遠巻きに眺めているだけで近寄ってもこない。あれ。と思い指で指して、こいつどうすんだと問うてみるが誰も動かない。エスパーダ達なんか、ギラついた目でニヤついている。なんで喜んでんのあのおばちゃん。お前等大将を抑えろよ。

 ……どういうことだろうこれ。俺が同じ様なこと言ったら、直ちに四方からどつかれるんだが、こいつは放置されてんのか。とんだ我侭親父じゃないか。ああ、行く先々で起きた揉め事ってもしかしてコレか。羨ましい待遇だな。こっちなんてラディリアは直ぐアイアンクローしてくるし、イリスカはどっからでも肝臓突いてくんだぞ。しばらくうずくまって悶絶すんだかんな。

 二日酔いの吐き気を抑えながらも、仕方なくオーシャブッチにまた声をかける。


「堪えてよ。……あのさあ、男の欲望丸出して格好悪いぞ」

「なに言ってんだよ。どストライクなんだぞ! ここまでの美女を見て引ける訳ねえだろ! 俺はもうエレクト寸前なんだよ!」

「いや、なに切れてんだよ。他の国の人間だぞ。しかも王女さん付き。国際問題起こしたいのか!」

「そんなもん知るか! 俺はこの世界で救世の英雄を約束されたんだぞ! 世界の良い女は全部俺の物だってあいつは言いやがったんだよ! こんな美女を見せられて許されねえなんて話があるかよ!」

「アホか! 間違えて俺を召喚するような奴の何を信じてんだよ! そんなもん奴の口先に決ってるだろが!」

「ふざけんなよ! 俺はそういう契約でここに来たんだぞ!」

「知らねえよ! あの馬鹿神に言えよ!」


 オーシャブッチと俺が顔を突き合わせて怒鳴り合う事態になって、慌てて司祭達が寄ってきて奴を引き離す。気が付いたら俺もヴィルダズ達に抱えられていた。無意識に熱くなったみたいだ。わかった。わかったから放せ。おい、ここは『どうどう』と言いながら宥めるとこだろう。何故『よしよし』と言いながら尻を撫でる。気色悪いから止めろ。


 向こうも大人しくなったかと思いきや、オーシャブッチは未だ喚いていた。あ、司祭の頭を殴った。あれもう暴君だな。連中も可哀想に。

 騎士達に連れられてあの半裸の美女たちがやって来た。なにをするのかと思ったら、よってたかってオーシャブッチに引っ付いて奴を宥め始めた。寂しいとか疼くとか耳が赤くなるような台詞を言い立てて、奴を御殿の方へ引っ張っていく。美女で大人しくさせようというつもりらしい。まともに取り合っていないあたり、ある意味俺より酷い扱いを受けているな。


「大将、雲行きが怪しい。今の内にずらかるに限るぜ」


 ヴィルダズに耳打ちされる。本当か。天下の大神殿の司祭達が、一国の王女率いる巡礼団に対し横暴を働くとはちょっと思えないぞ。でも、こういう時のヴィルダズの判断は間違いないだろうし。

 問題はこの場所だ。俺達は街道横の広場に展開しているから、街道を埋めつくしている連中がどいてくれない限り道に出られないのだ。憲兵団一千や、足の遅い商人達も同行しているので強引に突っ切る訳にも行かない。

 道を開けてもらえるよう交渉する前に、向こうから使者の一団がやって来た。謝罪かな、と考えた俺達は甘かった。なんとラディリアとイリスカをこちらに客人として迎えたいと言いだしたのだ。オーシャブッチの要求に応えようとしている。

 アンジェリカ姫は小さい身体を真っ赤にして激怒した。当たり前である。客人と言っているが、実態はオーシャブッチの情婦だ。しかも彼等は高額を提示し金で解決しようとしてきた。年幼く潔癖な性格のこの娘に対しては逆効果だ。


「高潔なる大神殿の司祭様方が、なんという破廉恥な行いをなさるのですか! そのような恥知らずな要求には、断じて応じることはできません!」


 とまで彼女は言い放った。

 ラディリアは以前、姫さんを救おうと重傷を負った忠臣だ。片腕と足を失い俺が助けなかったら死んでいた。イリスカはアンジェリカ王女の姉、カチュエラを庇って瀕死の重傷を負った女性だ。そこまでして自分達に尽くしてくれた者を、姫さんが差し出す筈がない。

 この場には彼女より高位の者がいない。だから姫さんを抑えられる者が少ない。なんとかリーゲンバッハ団長が諌めて爆発を抑えたが、姫さんは全身で怒りを表したまま黙ってしまった。


 対する使者達も困った様に顔をしかめている。その様子から自分達が無理難題を要求している自覚はあるようだ。中には不本意なことをさせられていると顔に出ている者もいる。何故奴の言いなりになっているのだろうか。こちらがはっきりと断っているのに、彼らは引かずにそこをなんとか、本当は近衛隊全員を渡せというのを説得したのだから、と勝手な理屈で妥協を促してきた。ラディリア達二人は全てを姫さんに任せますとばかりに直立しているが、聞き耳を立てていた近衛女子達は自分達も欲望の対象になってると知り震え上がっていた。リーゲンバッハ団長の救いを求める視線を向けられて俺も口をだす。


「いや、普通考えれば受け入れる筈ないでしょこんなの。あんたらあいつを甘やかし過ぎじゃないのか」

「使徒殿……」


 俺が口を挟むと、何故か司祭達は妙に動揺を表す。


「貴方様がいらしていたら……」

「何故神はこのような無体なことを……」

「もしやすると彼の方ならば……」

「おいっ、やめるのだ」


 と揃って意味深につぶやきながら口ごもる。なんだよ『なんか言いたいことあるのならハッキリ言えよ』と問い詰めようとしたら、リーダに襟を引っ張られ『今は素早く話をまとめ、退去する方が優先です』と耳打ちされた。ヴィルダズ同様彼女も不穏な予感を感じているようだ。そんなにヤバイ感じなのか。まいったな。どうすれば良いんだ。


「そちらの使徒殿の言い分は、とても受け入れられるものではありませんよ。貴方達はトリスタ王国と紛争を起こすつもりなのですか!」


 そこへ大声で援護に入ってきたのは、ワウーン市から同行している大神殿の司祭キュビスターことキュビさん。お、なんか初めてキュビさんが頼もしく見える。


「キュビスター・バウ・ワワウン司祭か……其方は口を出すな」


 更に相手の司祭とも知り合いらしい。これは頼りになるか。


「使徒殿も聖人ではないのです。神に選ばれたとはいえ、別の大陸に参られて不見識な部分もあるでしょう。其処を導くのが我等大神殿に務める者の役割ではないでしょうか、どうでしょうか!」

「だから黙っておれと言っている!」

「あ、なんですその顔、なんか裏がありますね。裏があるんでしょう。なんなんです。どんな事情なんですかガウヴェーン司祭!」

「……」


 腹芸の通じないキュビさんの言い方に、司祭達は苦い顔をする。もうひとりの司祭が言い返してきた。


「大司祭ソゴス様より、我等に使徒殿へ最大限の便宜を図るよう指示がなされてるのだ。御主も大神殿に仕える司祭であるならば、我等と共に命に従うべきであるぞ」

「あ、やっぱりそうなんですか。そうなんですね。でも駄目ですよ。こちらも同じ使徒殿なのですから、立場は対等なのです。私は畏れ多くもこちらの使徒殿にヴィスタの教義を伝える役目を仰せつかりましたので、当然こちらの御味方なのです。異議がありましたらソゴス様の御前にて互いに申し立てましょう。ええ、そうしましょう!」

「くっ……」

「こ、この不埒者め」


「貴方達、何時まで話をまとめられていませんの。我々に代わりなさい!」


 キュビさんが話を混ぜっ返しているところに現れたのは、小物役人のエスパーダ女史の一団であった。彼女等は司祭達を押しのけて俺達の前に立つ。


「あの御方の申し入れを断る等、有り得ないことですわよ! これから大陸を救い救世の英雄となる御方の傍に、人材を置けるという至高なる幸運! これから始まる新しい国々の有り様を考えれば、感謝すべき筈であるのに、畏れ多くも拒否を示すとは常識を疑いますわ! これはトリスタ王国の反意とみなされますわよ!」


 国を持ち出されて姫さんとリーゲンバッハ団長が初めて口ごもった。

 確かにこのまま奴が神獣ドムドーマを封じて使命を果たせば、一躍大陸の英雄になる可能性はある。そこに情婦を送り込めるとなれば、女王フォーセリカは喜んで二人を差し出すことに同意するかもしれない。なにせ俺を篭絡させようと二人に命令してたくらいだからな。言い方は悪いが内容はほぼ同じだ。


「……だとしても、其れを判断するのは国元の尊き御方達です。それを前にして我等が勝手に要求に応じる訳にはまいりませんな」


 いち早く落ち着きを取り戻したリーゲンバッハ団長が鷹揚に返答する。なるほど。もっともだ。ここで二人を引渡すのは確かにおかしいか。

 どちらの言い分にも納得してしまいそうになる俺は、本当にこういう時は役立たずだ。


「何を言っていますの! ゆくゆくはあの御方の下にこの大陸は統一されるのですよ! 自覚なさい! 貴方達は率先して献身すべき立場であるということを!」


 それにしてもこのおばさん、なんでこんなに偉そうなんだろう。


「……いや、そもそもアンタはなんなの? なんで口を出してくんの?」

「……!っ わっ……私はハヌマール王国党外遠征部外相エスパーダ・ランギーニですわよ!」


 あれま。外相って……外務省の代表みたいなもんか。

 なら口を出してきてもおかしくないのか、と横を見やると通じたらしいリ-ダが頷く。そうか、人は見掛けによらないな。


「それを言うなら、貴方こそなんですの! 使徒を騙るなど不届きな……な、なんですの!?」


 俺に暴言を吐こうとしたのを感じたのか、周囲の司祭達が凄い勢いでエスパーダ女史を抑えこんだ。エスパーダから見れば俺は只のガキだが、神気が見える司祭達から見れば俺は使徒なのだろう。俺を軽視する彼女を看過できないようだ。

 なにするの、非礼を働くな、貴方達こそ、と揉める司祭と女史達。それを見ながらどうしたものかと頭を掻いていたら、更に新たな一団がやってきた。


「交渉は未だ、まとまらないのですかな」

「!?」


 今度現れたのはふくよかな体躯の老人を中心とする一団であった。豪奢な服装と雰囲気から、かなり偉い人物のようだ。

 司祭達は驚き、一斉に頭を垂れて道を開ける。キュビさんまで驚きの声を上げて其の名を叫んだ。


「金司祭キャバリエ様ではありませんか! 何故貴方様がこのような場所に!」


 その名にどよめいたのはアンジェリカ姫を含め周囲の者達だ。リーダが速攻で耳打ちしてくる。


(金司祭は大神殿において、大司祭様を補佐する二名の御方です。次に偉い方と考えていただいて構いません!)


 なんと大神殿のナンバー2がここに現れたのだ。



               ◇



「……そうでありましたか。トリスタ王国の言い分もよく分ります。しかし此度は聖戦に向かわれる崇高なる使命を帯びた使徒殿の申し入れ。何卒、意を汲んでもらえないであろうか王女よ」


 双方の意見を聞いた後、何度も頷き鷹揚に考え込んだ末に出た言葉はまさかと思える内容だった。


「き、金司祭キャバリエ様……?」


 信じられないという表情で、アンジェエリカ姫は声を失う。背後に立つラディリアとイリスカも顔色を青くした。あまりの返答に俺達も呆然。まさかこんなお偉いさんまでが、奴の要求を叶えてくれと言いだすとは思わなかった。

 金司祭キャバリエは老人特有の鷹揚な笑みを浮かべたままだ。その下から覗く目が妙に笑ってないのが気になるが、雰囲気は好々爺然としている。それだけに発せられた言葉には凄い違和感を感じる。

 こいつら全員同じ意見なのかと見渡せば、控える司祭達は神妙な面持ちでうつむいたままだ。そのうちの何人かは口惜しそうに唇を噛んでいる。何だ。まだなにか事情があるのか。

 聞くなら同じ司祭から。こんな時に口を出せるキュビさんは何処だろう。――なんであんな遠くで、司祭達に囲まれて押し問答してんだあの姉ちゃんは。

 矢面に立ったままのアンジェエリカ姫は戸惑いを隠せない。


「な、なぜ、そのような……」

「此度の使徒はこれより大陸を救うという尊き定めを受けた御方。ヴィスタ神殿は神アウヴィスタの啓示を受け、全面的な協力を行なうことを定めております」

「そ……」

「いや……なに言ってんの爺さん。ちょっとおかしいだ――」


 大神殿のお偉いさんと司祭である姫さんが喧嘩しちゃ駄目だと思い、俺が代わろうとしたら、リーダが飛びついて引き倒された。慌てた声で耳元でささやれる。


(駄目です! ここで金司祭キャバリエ様の心証を悪くしては、大神殿での面会にも障ります)

(いや、だからって黙っていられねえだろ)


 誰も言い返せないなら俺が言わなくちゃならないだろう。こんなことで二人を渡す訳にはいかないのだ。情婦だなんて冗談じゃない。


(召喚で取り戻せばいいのですから)

(!?)


 そうか。二人を引き渡してずらかった後で、二人を召喚で取り戻すのか。なんで気づかなかったんだ俺は。二日酔いで頭が回ってなかったか。


 金司祭キャバリエはゆっくりと俺に顔を向ける。


「オヤベ殿。我等が使徒オーヤビッチ様より話は伺っております。事故により迷いの中にあるとか。大神殿にて御神アウヴィスタより正しき道を示されますよう、私も力添えさせていただきますよ」

「え、あ? う、うん。ありが、とうです?」


 思いがけない言葉に喜ぶべきか攻めるべきか戸惑っていると、首にしがみついたままキャバリエを見つめていたリーダが、再び耳打ちしてくる。


(『それではお聞きしますが、オーシャビッチさまがエルカミーノさまを御所望された場合も、金司祭さまは同様に応えるというのでしょうか』と、聞いてみて下さい)


 意味は分からなかったが、その通りに聞いてみる。


「「!!」」


 ざわりと周囲の司祭達がざわめいた。凄い問題発言だったようだ。おじいちゃんの娘さんなのかな。

 金司祭さんはしばらくぼーっと俺を見据えていたが、次第にひくひくと顔をひくつかせ始めた。

 それは妙な動きだった。顔の右半分のみ痙攣したように動いていたのが、やがて治まると何事もなかったかのように笑みに戻ったのだ。なにやら作り物めいた動作に少しぎょっとした。映画の特殊メイクが崩れたような光景だった。

 金司祭キャバリエはゆっくりと何度も頷いて答える。


「……そうですね。それはとても衝撃を受けることでしょう。しかし、同時に大変な名誉でもあります。私は喜んで彼女を使徒オーヤビッチ様の元へ送ることでしょう」


 周囲の司祭達が一斉に呻く。

 なんだ。様子おかしいぞ。何がおきてんだこいつらに。爺さんはおだやかな表情なのに言動が怖いし、周囲の司祭達の様子もおかしい。なんなんだ。


 リーダは(二人を引き渡して退去しましょう。話を引き伸ばしてください)と俺に無茶なことをささやいて飛び降りた。そのまま彼女は姫さんへ駆け寄って耳打ちをする。たぶん召喚で取り戻すから、ここは堪えてとでも言っているのだろう。彼女は姫さんの後でラディリアとイリスカ、リーゲンバッハ団長やヴィルダズにも耳打ちして回る。そして最後には後ろに控えた者達の中に入り、何故か女傭兵デルタさんを連れて来た。


 その間俺は、会話の引き伸ばしに悪戦苦闘していた。おじいちゃんの好きな食べ物とかを聞いたりしていたので、周囲の司祭達に奇異の目を向けられていたからだった。



               ◇



 話は一応まとまった。こちらの不本意な方向に。

 ラディリアとイリスカは客人として向こうに行くことになった。アンジェリカ姫さんは沈痛な表情で二人に声をかけ、二人は平然とした声で応えていた。一時とはいえ実質情婦扱いで向こうに差し出されるのだ。不安じゃないのだろうか。


 遠くに見える御殿の上では、オーシャブッチが飛び出してきて歓声を上げている。半裸で腰を突き上げて小躍りしている様子には流石に不愉快になった。金司祭の件もあるし問詰めてみようかと身を乗り出したのだが、リーダ始め皆に止められた。揉めて争いになった場合、戦力差があり過ぎると言う。今はここから去るのが先だと諭された。


 心配する近衛の部下達にも平然と別れを告げていた二人であったが、流石に卑猥な踊りをする奴に貞操の危険を実感したようで顔を強張らせた。そして揃って俺のところに来るや


(くれぐれも頼んだぞ)


 ラディリアにはがっちりと肩を掴まれた。


(頼むわね)


 イリスカには耳朶を噛まれるかと思った程、顔をぶつけられて囁かれた。

 押し殺した声と態度に、二人の怒りと恐怖が伝わった。俺は預かった髪を収めている腕輪を掲げて頷き、そのまま二人を見送る。司祭と思われる男達が申し訳なさそうに彼女達を迎えている。まいったな。やっぱ俺の目は節穴だよ。


「そこで甘い言葉でも掛けてやれば、一発なのによ」


 ヴィルダズがニヤつきながらちゃかしてきた。凄えな。モテる男っては、こんな状況でもそんな軽口を叩かなきゃいけないのか。俺には絶対無理だ。

 途方に暮れた顔をヴィルダズに返していたら、リーダが苦笑いしながらフォローしてくれる。


「兄様はそのままで良いのですよ」


 こいつに言われると、おばあちゃんに『あんたはそのままで、ええのよ』と慰められているようで空しい。そのリーダの言葉である。


『司祭さま方もそうですが、金司祭キャバリエさまの様子は異様です。目の動きに違和感があり、洗脳されている可能性があります』

 女傭兵デルタさんからも『薬じゃないかもしれないが、正気じゃない可能性は高いよ』とお墨付きがでたらしい。金司祭を見守る司祭達の様子もおかしいしな。もしかしてキャバリエが洗脳されてしまい、司祭達が不承不承従っている構図なのだろうか。

『エルカミーノさまはキャバリエさまが溺愛する姪御さまで、前大司祭さまがその身を求められた際、皇都を二分する政争を起こした程なのです』

 隣国の子供でも知っていた程有名な話らしい。凄い爺さんだったんだな。それなら使徒相手だとしても、あのような返答をしたのはおかしいか。返答までの様子も違和感があったし、普通の状態でないのは間違いないだろう。『司祭達にはその原因に心当たりがあり。公然と抵抗することが出来ず、口惜しい心情にあるのではないでしょうか』それがリ-ダの推測だ。

 俺達は内心騒然としている。使徒オーシャブッチが大神殿に対して強権を振るっている可能性が高い。少なくとも何らかの問題が起きているのは間違いないようだ。オーシャブッチがやらかしたのか、別の要因で立場が弱くなっているのかは判らないが。

 なんとか金司祭を捕まえて【癒す女神のムスタッシュダンス】を使えないだろうか。アレは肉体と精神をあるべく正常な状態に戻す筈だ。金司祭が正常に戻りこちら側についてくれれば立場が逆点する可能性は高い。問題は残回数が『1』になっていることだ。失敗して戦いになった時に負傷者を治す術がなくなってしまう。

 リーダに一言告げてみたが『賭けの要素が強過ぎますし、後事の展開が読めません』と速攻却下されてしまった。

 連中は四万もの大軍を擁しており、まともにやり合うことはできない。状況を見極める為にも、ここは二人に我慢してもらって、俺達はこの場を離れる必要があると皆が言う。


(あいつに直に会えれば、事情が分るかもしれないのにな)


 オーシャブッチのところへ確かめに行きたいが、奴は女達に呼ばれて奥に引っ込んでしまった。よろしくやっているんだろう。強引に潜り込んで確かめようかとも意見したが、騒動になるといけないと皆に止められた。結果この場は二人を差し出すことしかできない。どうにももどかしい。


「兄様、この場はこらえてください」


 リーダが手を握ってきて慰めの言葉を掛けてくる。今気付いたが俺は拳を握りこんでいたようだった。


「チーベェさま、よろしくお頼みしますっ……!」


 もう片方の拳をアンジェリカ姫さんが口惜しそうに握ってくる。取り戻せると分っていても辛いのだろう。小さな手を握り返して励ましてやる。

 俺達は黙って司祭達に迎えられて進むラディリア達を見送ることしかできなかった。




 さて、二人を取り戻す為にも、早くこの場を立ち去らないといけない。

 先方に話しを付け、道を空けてもらい俺達は移動を開始した。エスパーダ外相が小馬鹿にした表情で、司祭達は申し訳なさそうに俺達を見送っている。そこで――


「なんだ…? おい、前方の確認を」


 ヴィルダズが何か異常に気付いたのか、護衛騎士の中から斥候を走らせたようだ。段々と周囲がざわめきだして、馬車の中にいた俺とリーダも気になって小窓から顔を出す。

 

「どしたの?」

「いえ、確認中です。使徒殿は中へ、くれぐれも外へ顔を出されませぬよう」


 併走している護衛騎士にたしなめられる。このパターンは知っている。山賊とかに襲撃を受けた時と同じ雰囲気だ。

 俺とリーダは顔を見合わせた。こんなところで襲撃だって。馬鹿な。四万の軍がいるんだぞ。困惑しているうちに馬車が止まった。我慢できずに外に出ると、慌ててリーダも追いかけてくる。


「何が起きてんだ?」

「前方のようですね」


 困ったことに喧騒は俺達が抜けようとしている街道方面から聞こえてくる。だから歩みを止めざるを得なかったのだろう。


「リッジラインに伝令! 陣形を取れ! 王女と使徒殿を守れ!」

「半円陣で構わない! 急げ! 商人達を中へ!」


 先頭の方からヴィルダズとアルルカさんの緊迫した声が飛んできた。事情を確認する間もなく俺達は護衛騎士達に馬車に戻され姫さん達の下へ。一箇所にまとめた方が護衛し易いと考えたのだろう。憲兵団の連中が駆け足で周りを囲みだした。陣形を組んでいるのだ。


「チーベェさま、何事でしょうか」


 アンジェリカ姫が馬車の小窓から不安そうに顔をだしてくる。頼りになる女騎士二名がいないので、姫さんも心細そうだ。俺とリーダも同様に小窓から顔を出して応じる。


「わからん」

「突然移動する場合もあります。とりあえず王女様は、馬車からお出になられないでください」


 リーダ、話すのいいけど窓枠小さいんだから乗り出してくんな。枠に顔が押し付けられて痛い。

 そうこうするうちにも喧騒がどんどん大きくなってきた。おまけに地響きまで聞こえてくる。これは大勢の人間が動いている証拠だ。眺めようにも、俺達は護衛対象として人垣に囲まれているので外の様子が分らない。


「どうした」「戦闘だ!」「敵襲を受けているぞ!」「なんだと!」

「「!?」」

 

 俺達を囲んでいる憲兵団達の更に向こう側、オーシャブッチの兵達の方でヤバイ台詞が飛び交っている。どうやら俺達が抜けようとした方向から、襲撃を受けているらしい。


「開戦だ!」「応戦だ!」「軍を引け!」


 どんどん勇ましい言葉がオーシャブッチの軍から聞こえてきた。兵達が移動している。大騒動になっている。でも俺達は状況が判らず、固まったまま動けない。

 四万もの軍に戦いを挑んでくるなんて、どこの馬鹿だろう。いや、対抗できる程の大軍が来たのか。じゃあ、ここに一緒にいる俺達も巻き添えを食うことになるんじゃないだろうか。

 どう転んでもろくな事態にならない予感がするので、俺とリーダは頭を抱える。しかし、ここまではまだ他人事だった。


「チンペコ様、チンペコ様はいらっしゃいますか!」


 張り倒したくなる名で俺を捜す声が響く。小窓から手を振って呼ぶと、白馬が人混みを押しのけて駆け寄って来た。血相を変えて馬を走らせて来たのは憲兵団代表のユエル司祭だった。


「大変です! あれは、あれはファーミィさまの軍です!」

「はあ!?」

「あれはオラリアのヴィスタ神殿 憲兵団の本隊です! 彼等がこちらの軍と交戦しています!」

「なにしてんだ! あの婆あ!」

「分りません。ただあの旗は見間違いありません! ファーミィ様が我等に追いついて来たのです!」

「……あの方は兄様と使徒軍を争わせようと画策されていました。我等の状況を窮地と勘違いしたか、又はなし崩しに交戦状態に追い込むつもりなのでは」


 リーダのつぶやきに俺達は真っ青になった。


「あの婆ああああっ!」


 よりにもよってこんな時に最悪のことを仕掛けてきやがった。



               ◇



「何処の軍だ!」「同じヴィスタだぞ!」「所属は何処だ!」「オラリアだ」「オラリア王国の軍だ!!」


 どんどん俺達を追い詰める怒声が、オーシャブッチの軍から聞こえてくる。

 俺達は進むことも引くことも出来ずに、姫さんと商人達を囲んだ陣形のまま動けない。そして最悪な事に目の前にオーシャブッチの本殿がある。俺達は敵本陣の真ん前で動けないでいるのだ。

 これはどういうことかと先方から使者が幾人も問い詰めて来ている。窮状に蒼白になったユエル司祭が弁明しているようだ。憲兵団のルーテシア司祭も必死に抗弁しているが、もはや一触即発の状況になってきた。やばい。戦いになる。


「貴方達は我等が使徒を害し、自分達が使徒として成り代わるつもりなのでしょう! 皆の者、戦うのよ! この者達を誅するのです!」


 エスパーダ外相の一団が大声で周囲の兵達を煽っている。向こうの騎士達が俺を呼んでいる。釈明しろと要求している。俺は進み出ようしたのだが皆に止められた。


「いや、俺が出れば話が早いだろ。ファーミィの勝手を話して戦いを止めさせるんだ」

「駄目です! ファーミィ司祭長が此方の言葉を聞くとは思えません。危険過ぎます!」

「そうです。チーベェさまが向こうの手に渡れば、彼等はどのようにでも話を作れるのです! チーベェさまの生殺与奪を渡す訳にはまいりません!」

「使徒殿、絶対に出向いてはなりませぬ!」

「本当にオラリアのヴィスタ軍だとした場合、帰属する我等の弁は一切役に立ちませぬぞ!」

「じゃあどうすんだよ! 俺達は連中の真ん前で立ち往生してんだぞ。黙ってたって、囲まれて引き摺りだされるだけだろうが!」


 なんだってファーミィは俺達が不利な状況下で攻めてきやがったんだ。俺達を殺すつもりなのか。合流して懐柔する予定じゃなかったのか。

 大混乱の最中、今となっては一番聞きたくなかった奴が出て来た。


「小僧おおお! 裏切ったのか! 裏切ったのかお前えええっ!」


 何か拡声器でも使っているのか、オーシャブッチの怒声が辺り一面に響き渡った。やばい。怒っている。激怒している。最悪だ。


「違う! ファーミィの婆ぁが勝手にやってるんだ! 俺じゃねえ!」


 咄嗟に叫び返したが、周囲の喧騒に呑まれて全然響かない。畜生、どうする。向こうに聞こえてないぞ。

 リーダが杖を取り出してぶつぶつ唱え、俺にマイクよろしく差し出してくる。何だよおい。


「拡声の術を掛けました。話しかけると声が大きく響き渡ります」


 拡声器らしい。こんな魔術あったのか。向こうがやっているのもそれか。


「違う! 違うぞ!! 俺達は知らない! あの婆あが勝手に攻めてきやがったんだ!」


 今度は大声になった。突然声が響き渡り、そこら中から衆目を浴びる。

 杖を借りようとしたら、リーダが手を放すと効果が切れると云われる。仕方なくリーダを抱えて馬車の上によじ登る。

 見えた。向こうの兵達の奥に御殿があり、その前で半裸のあいつが叫んでいた。飛び上がって奴の注目を引く。


「俺だ! 俺達は関係ない! 連中が勝手にやってんだ!」

「ふざけんな! そんなの信じられると思ってんのか!」

「奴等が勝手に襲ってきてんだよ! 俺達は関係ねえ!」

「寝ぼけるな小僧! お前の軍だろうが! お前等と同じ旗じゃねえか! 聞いてみろ! 奴等はお前の名を叫んで襲ってきてんだぞ!」


 驚いて耳を澄ますと、かすかに(使徒オヤベ)(真の使徒)(偽使徒に天誅)という声が聞こえる。


(あ、あの婆あああっ、勝手に人を巻き込みやがってえ!)


 俺は必死に抗弁する。


「違うって、連中が勝手に俺の名を使ってるんだ! 俺は奴と関係ねえ! 俺達ゃここで囲まれてるのに、戦いを吹っ掛けるなんておかしいだろ!」

「そんなの知るか! あれを見やがれ! お前等に襲われて今何人も死んでんだぞ! 俺の兵が死んでいってんだぞ!」

「使徒様! やはり彼奴は簒奪を図っていたに違いないのですわ!」

「違う! そんな訳ねえだろ!」


 何処からかエスパーダの奇声が状況を煽る。


「これは連携です! 連中が注意を引きつけ、軍を減らした隙に、彼等が使徒様を謀殺する予定だったに違いありません!」

「ある訳ねえだろがああ!」

「お前、お前え! 本当は俺を殺すつもりだったのか! 俺を羨んで、取り変わろうとしてやがったのか! あんなに親身になってやったのに! あんなに歓迎してやったのに!」

「そんな訳ねえだろ! ありがたかったのは本当だ。こっちの話聞けえ!」

「させねえぞおおっ! させねえぞ、この糞ガキが! 俺の夢を、俺のハレムを。お前みたいなガキなんかに渡す筈ねえだろうが!」


 ああ駄目だ、頭振り回して暴れてる。ドレッドヘアーが振り回されて獅子舞みたいになってる。全然こっちの話聞いてねえ。


「そうだ。もう許さねえ! 絶対許さねえ! ああ攻撃、攻撃だ! そうだ攻撃だお前等! 攻撃を許可する! 奴をぶちのめせ!」

「聞きましたか! 大将軍! 全軍攻撃の許可が出ました! 使徒を詐称する偽使徒軍を撃滅です! 偽者達を殲滅するのですわ!」

「やめろ馬鹿! 俺達関係ねえっていってんだろうが!」

「そうだ! 王女の近衛の娘達だけは殺すな! あいつらは俺の前に連れて来い! 殺すんじゃねえぞ!」


 あ、あの野郎! この期に及んでまだ女を欲しがってるのか。そんなことに目が眩んでるのか、馬っ鹿野郎め!

 周囲のオーシャブッチ軍が包囲網を作り始めた。憲兵団千人長リーゲンバッハは呼応するように陣形を整えさせる。逃げ場は無い。迎え撃つしかない。


「軍令発令!」「軍令を確認!」「指揮権の委譲確認!」「第二軍、陣を引け!」「前方の集団を敵勢勢力と決定!」

「来るぞ!」「全軍戦闘態勢構え!」「警戒せよ!」

「止めろ、ちくしょう止めろ、馬鹿共がーっ!」


 逃げ場のない場所。万の軍に前と左右を固められている。俺達の兵数は連中の十分の一以下。そんな最悪の状況で、俺達は戦う羽目へと追い込まれた。


では次回予告 大薮新平 使徒VS使徒

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