11.大薮新平 使徒の使命
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎなスキルを得て異世界に召喚された。原因を知るべくウラリュス大神殿に向かう中、皇都から来た使徒の一軍と相対する。自分は彼と間違えられて召喚されたのだ。確信を得た新平は、彼が召喚された経緯を聞くのだった。
オーシャブッチは俺と同じで、小説やアニメを見るような人ではなかった。だから異世界召喚なんて映画程度の知識しかなかったそうだ。
気がつくと彼は白い霧の漂う空間にいた。最初は死後の世界か、何処かで悪い連中に拉致られて、薬を飲まされたのかと疑ったという。流石アメリカ人は発想が違う。
そこへ白い衣を着た長い白髪の女が現れた。とても存在感のある女で、相対しただけで圧倒されたという。
「奴はこの世界を管理する神アウヴィスタだと名乗った。そして俺に『使命を授ける』と言ってきやがった」
そうだ。確かに俺もそう言われた。……どうも彼の話を聞くことで、おぼろげになっていた記憶が刺激されているみたいだ。
オーシャブッチは最初、アウヴィスタの話を信じなかったそうだ。しかし色々とこちらの世界を見せられ、頭に情報をつめ込まれて、現実だと思わざるを得なくなったそうだ。それでも最初は、自分はもう死んでしまったのかと考え、大いに嘆いたという。
「ええっ!? 俺達死んでるの?」
「いや『お主が眠りたる折に招いた』って言ってたしな。俺の勘違いだったみたいだ」
びっくりさせるなよ。大前提がひっくり返るとこだったじゃねえか。今更死んでましたなんてシャレにならんぞ。
「そこであいつから『我が使徒と為り、世界を破滅から救え』と言われたのさ」
こうして聞くと凄く俗な台詞だった。俺達はそんな恥ずかしい名目で召喚されていたのか。
「ああ『今、この世界では大地の守護精霊たる神獣が暴れている。他の神獣の力を食らい肥大化している。このまま放置すれば災厄をもたらす存在となってしまう。だから俺にそれを止めて欲しい』と言ってきやがった」
「!」
それはまさに、この前神獣達と話した事に通じる内容だ。本当だったのか。思わずリーダを振り返ったが、彼女は冷静に小さく頷いただけだ。口を挟む気はないらしい。神獣ラリアにも聞きたいところだが、奴は先程神獣ハヌマと何処かに消えたままだ。
「俺も聞いたぞ、『神獣ドムド-マが新たな神へと至り、大陸が統一される』って、ドーマ王国が掲げてるって」
「らしいな」
「そんなこと出来るのか。神獣って、ただ大地に恵みを与える大精霊だって聞いたぞ」
「出来ないらしいぜ。神獣を倒しちまうと、その土地の守護が失われて荒廃する。力を集めた神獣も自身を制御できなくなって暴走。最後には精霊の姿も維持できずに黒い嵐の塊みたいになって、天変地異を起こして回るらしいぜ」
これも神獣達が言っていた内容に通じる。『それほどの力を奪っても持たないだろう』と予想していたことが、裏づけられたのだ。しっかし嵐になって暴れだすのかよ。ドムドーマ自身はそのことを知らないのか。……知らないらしい。
「なんでアウヴィスタ本人がドムドーマに直接警告してやらないんだ」
「アウヴィスタは大神殿や神殿にしか降臨できないそうだぜ。だから神獣と直接会って伝える方法がないらしい」
「じゃあ、人を使えば良いだろ。大神殿で啓示出して、神獣が住む離宮の神官達に伝えればいいじゃん」
「ドムドーマの周りに居る神官は其処まで優秀じゃないらしい。あと神獣と話が出来るのは契約を結んだ王族だけらしいぜ。大神殿からドーマ王国へ使いを出したらしいんだが、一向に動かないんだってよ。大方無視してんだろうな」
「なんで」
「そりゃあ、ドーマ王国側にしてみりゃ、既に三国を手に入れて、このままいけば大陸征服も夢じゃないんだぜ。聞く訳ないだろ」
本当かよ。神獣が暴走したら真っ先に滅ぶんじゃないのか。
「こっちの人間も向こうと同じってことだ。目先の欲を手放せないのさ。ドーマの王宮は金銀財宝で膨れ上がってるらしいからな」
『神獣ドムド-マ様が新たな神と至り、大陸が統一される』か。
じゃあなにか。ドーマ王国が他国への侵攻理由として掲げていたのは、ドーマ王家の連中が、欲に溺れ気が大きくなった末の暴走だったっていうのか。
「アホな話だな」
「まったくだ」
もしかして、そいつらが自重していたら、オーシャブッチはもちろん、俺も召喚されることはなかったって話じゃないだろうか。今回の一番の悪者って、もしかしてそいつ等なのか。
「それであんたが使徒になって代わりに?」
「そういうこったな」
「どうして俺達が――じゃなくって、あんたが選ばれたんだ」
「ああ。俺の先祖がこっちの世界出身で、向こうで生まれ変わった者だとか言ってたな。よく分からんが向こうの世界の人間を呼べば、こっちの世界の制約に影響されない存在になるんだと。その俺を依代にすれば、アウヴィスタの力を現実で行使できるようになるんだとよ」
「なんだそれ」
「色々小難しい説明されたんだが、悪いがよく分かんなかったぜ」
「……」
苦笑いして頭を搔くオーシャブッチを半眼で責めてみたが、俺が聞いたとしても理解したとは思えない。俺達は揃ってその手の話に詳しくないもんな。理解した表情で小さく頷いているのは、脇に座るリーダだけである。
ひとまず棚上げして話を続けよう。
「じゃあ、あんたの役目はアウヴィスタの言葉をドムド-マに届けることなのか。世界を救う為のメッセンジャー」
「いいや。ドムドーマは既に理性を失ってる状態らしい。直接奴を封じて欲しいと云われたよ。得意なのは何だと聞かれて、職はダンサーだと答えたら、ダンスで奴から力を抜いて封じることが出来るようにされたのさ」
やっぱりだ。おそらくそのダンスで魔法が掛かるってのが、俺にも影響しているんだ。俺はこいつのパチもんなので『どのダンスでどんな効果がでる』という設定をされなかった。結果『おかしな踊りで、おかしな効果』が出ちまうようになったに違いない。間違いか何かで野原に放り出されたくらいだから、ろくに構われなかったんだろう。
「……そこであんたが、ダンスって言ったから俺が……」
「いや、俺の所為にすんなよ。俺だって武器か何か貰うのかと思ったぜ。まさか得意なの聞かれて、それがそのまま封印の手段になるなんて思いもしねえだろがよ」
「だからってさあ! その所為で俺は毎回へんてこな踊りで、毎回笑われまくったんだぞ!」
俺は如何に自分の踊りがへんてこなものかを力説して、実演してみせる。踊りにさえなっていないソレを、オーシャブッチは呆れた顔で見て「それはダンスに対する冒涜だ」とかまで言い出したが、結局は「俺の所為じゃねえだろ」と、ばっさり切り捨てた。ちくしょう。やっぱアウヴィスタ本人に文句言うしかないのか。
「それじゃあ、あんた。神獣と直接戦うのか。あいつら空を飛び回るし馬鹿みたいに大きくなるだろ。ぺちゃんこにされないか」
「いや。奴に俺達は殺せないらしいぜ。この身体実は俺達の記録を元に、こっちで作った身体なんだと。見てくれは同じなんだけど、死ぬことはないらしい」
衝撃の事実。やっぱりこの身体は日本での俺の身体じゃなかったらしい。道理で古傷が無いと思った。散々走っても膝崩れが起きなかったのはそういう訳か。いや、それよりも問題は
「死なないだって? うっそだあ! 俺はこれまで何度も殴られ蹴られて血達磨になったぞ。なんど死ぬかと思ったか分かんねえくらいだぜ」
「……そうなのか。おかしいな。……いや待て。アウヴィスタの奴は『神獣には害せない』と云ったんだ。もしかして……」
「あ、司祭達が言ってるよな! 俺達は神の魔力みたいなのを全身に纏って、身体が光ってるみたいだって。神の加護を纏ってるって。もしかして、それが神獣の攻撃だけを防ぐっていう意味なんじゃないのか」
「ってことはなんだ。俺は神獣相手には無敵でも、人間相手には不死身でもなんでもないってのか。おいおい、聞いてねえよ。今迄勘違いしてたじゃねえか」
オーシャブッチは目に見えて青くなった。どうやら彼も全てを知っているということではないらしい。やっぱアウヴィスタはろくでもない奴だ。説明が足りてねえよ。
彼は振り返って神獣を確認。未だ帰ってきていないのを知って舌打ちする。神獣ハヌマに真相を聞こうとしたらしい。俺も神獣ラリアが黙ってたことに気付く。あの野郎め、黙ってやがったのか。
今迄俺は怒らせたら危険だからと、神獣ラリアに手をだせなかった。最近はつい勢いで掴んだりすることがあるのでちょっと心配していたが、これからは遠慮なく引っ叩いてやろう。
「まあ、後で聞けたら聞いておくか。ああっと、どこまで話したっけ」
アウヴィスタからダンスで神獣を封じるようにされたってとこだな。カーリングやゲートボールだったら、もっと酷い絵面になっただろうって話だった。やだぜそんなので戦うの。
「そんな話だったか。まあいいか。で、ヴィスタ神殿と神獣ハヌマの御墨付きで国王に謁見し、使命を果たす為の支援をしてもらった訳だよ」
「国王って、ハヌマール王国だっけ」
「ああ」
「……それでこの軍隊? なんでこんなにたくさん音楽隊がいるの?」
「ああ? ダンサーがミュージック無しで踊れる訳ねえだろ」
……いや、そんな当然なように言われても。実際俺は一人で踊ってたし。
「苦労したぜ、こっちじゃ似てる職なんて、王宮の奏者と旅芸人くらいしかいなくてよう。国を挙げて公募して、楽器集めてオーディションから教育までしたんだ。全部一人でやらなきゃならなかったんだぜ。一番面倒だったのは、言葉が違うことだな。歌詞を覚えさせても勝手にこっちの言葉に翻訳される所為か、曲とタイミングがずれやがるんだよ」
あっけにとられる内容だ。つまり自分が踊り易い様に、曲を教えていたと。それがあの五百人に及ぶ音楽隊だと。演奏を教え込むだけじゃなく、歌い手まで育てていたと。なんて平和な苦労だろう。俺なんてしょちゅう露頭に迷ってたんだぞ。これが本家とパチもんの違いなのか。
「じゃあ軍隊は? 四万も必要なの?」
「ドーマ兵対策だよ。大神殿のお墨付きを得たから国内へ入る名目は得た。あとはドムドーマに会う迄に、ドーマの兵士連中が、邪魔しないように盾になってもらわなきゃな」
おう。このおっさんもろに盾って言った。少しくらい言葉を誤魔化さなくていいのか。
「ドーマの兵は五万以上で隣国へ攻め入っているって話だからな。これでも少ないくらいだぜ」
先日訪れた皇都でも、大神殿と交渉してジャンダルメーアの兵五千を集めたらしい。そんなに兵がいたら、逆に目立って全面戦争になっていくんじゃないだろうか。ドムドーマさえ封じれれば良いんだろ。俺だったらリーダを背負って少数で潜入するけどな。
「なんで俺が、そんな危険を冒さなきゃなんねえんだ。俺は使徒なんだぜ」
「あ、うん」
オーシャブッチは万全の環境を整えて正面から臨む気らしい。俺がラリア復活の為に王宮に忍び込んだなんて言ったら馬鹿にされそうだ。しかし他人を平気で盾扱いするのは『もやもや』するな。絶対使命を果たさなきゃならない以上、これが普通の考え方なのかもしれないけど……。
「じゃあこれからドーマに入って派手に戦いを始めるのか?」
「いや、連中は今、ワウル共和国へ攻め込もうと軍を動かしたところらしい。オラリア王国を縦断して、戦い始めて疲弊しているところを後背から突くつもりだ」
いやいや、戦い始まる前に止めないとまずくないか。
「ああ? だから。なんでそんな危険冒さなきゃなんねえんだっての」
それは使徒の使命を引き受けたからじゃないの。
だって、それだとワウル共和国の連中と神獣とで多くの無駄死にが出るじゃないかと責めたら「大した人道主義じゃねえか」と鼻で笑われてしまった。
「……」
この人は自分の命を優先する為に、他人の犠牲を割り切れるらしい。確かに戦い方としては間違っていない……。
考えの違いだろうか。それとも国民性の違いなんだろうか。甘ちゃんと言われればそうかもしれないが、俺には出来そうもない考え方だ。
言葉を濁しながら、そんなもんかねえと返したら、戦争も知らねえ国のお子様には分かんねえかと言われてしまった。そう言われるとその通りなので、二の次が言えなくなる。実際俺は戦争を知らない甘ちゃんだ。
話が止まってしまった。
でもまあ、とりあえず聞きたいことはだいたい聞けたと思う。ないよなリーダ。
リーダはそっと近づいて来て耳元で囁く。
「ラリアさまが仰った、ドムドーマさまと対峙した際に『贄となれ』という言葉の意味が不明です」
あ、そっか。
「いいかな。さっきいた獅子の神獣はドムドーマにやられたオラリア王国の神獣なんだよ。俺が復活させたんだけどよ。あいつはドムドーマに『贄になれ』って襲われたそうなんだ。これってどういう意味だろう」
オーシャブッチは少し驚いたようだったが、首をひねりながらも返答する。
「だからもう理性失くしちまってんだろ。神獣の力を奪って集めれば神に成れると信じ込んでんだ。狂っちまってるんじゃねえのか」
狂っているのだから、どんな変なことを言いだそうとおかしくはない。まあそう言われてしまえばそれまでだ。リーダは不服そうな顔をしてるし、俺もなんか釈然としないが仕方ないか。他にあるか?
「……この際重要ではありませんが、ドムドーマさまが他の神獣から力を奪う能力を得た原因と、他国へ攻め込むに至る動機が不明のままです」
おお。そうだった。肝心の事を聞き忘れてたよ。誰がドムドーマを唆して、力を奪うように仕向けたんだ。今回の元凶は、裏で糸を引いている黒幕は一体誰なんだ。
「……あー……そうか。いや、悪い。聞いてねえわ」
「うおいっ!? それ一番重要な事じゃねえの。誰がラスボスなんだよ」
「まあ普通に考えればドーマの王族だろうな。離宮の神官はアウヴィスタが啓示も落とせない程度だったらしいし。残るのは王族の誰かしかいねえだろ。まあ、それも俺がドムド-マ封じちまえば、守護獣を失ったドーマは滅びるだろ。誰が黒幕だろうが一緒さ。後のドーマの掃除は大神殿の連中に任せるさ」
と事もなげに言われてしまった。……いや、良いのかソレで。リーダに視線を向けると見事に固まっていた。めっちゃ呆れている。俺だったら昏々と説教されるパターンだ。
聞けたことをまとめよう。
彼が本来の使徒で、神アウヴィスタから使命を受けた。その内容は『ドーマの神獣が狂って、他の神獣を倒し力を食らっている。このままでは暴走し世界に災厄を招くので封じて欲しい』だ。オーシャブッチは使命を引き受けハヌマール王国に顕現。その際、職業がダンサーということでダンスを使って封印する術を授かった。ヴィスタ神殿とハヌマール王家。そしてウラリュス大神殿の後援を得て、ダンスする際の音楽隊を育成。今こうしてドーマ王国へ向かっている。
そして俺は、そのオーシャブッチと名前が似てるって理由で間違えられて召喚された。その影響か、ダンスで力が使えることになっていたが、ろくに設定もされていないので、半端に踊ればおかしな効果が出るようになってしまった。そしてなんらかの事故が起こり山中に放り出され、こうして自力で帰ろうとしていると……一応、筋は通ったかな。おい。これって俺は本当に巻き込まれただけの被害者じゃねえか。
「イヤ。お前には非常に重大な役目があるね。日本に帰ったら、行方不明になった俺が異国で英雄となったって話を、俺の地元連中に説明する役だ!」
すっごいドヤ顔で宣言された。アホだ。
露骨に嫌そうな顔を返してやったら、焦って説得してくる。大体俺は向こうに戻ったら英語さっぱりで、書けないし喋れないぞ。そう伝えると「手紙書くぜ」とか言い出した。見返してやりたい知人が何人かいるらしい。相当鬱屈した生活を送っていたようだ。まあ、預かるのはいいけど、手紙って持って帰れるのかな。この身体はこの世界で作られた代替品なんだろ。魂だけ召喚したってのなら物の転送は無理なんじゃないか。まあ来る時にバックを持ってこれたのだから、出来るのかもしれないけどさ。
でも手紙を貰ったとして、こんなヨタ話信じるかね。『自分は今、異世界の神様に召喚されて、踊って災厄を防いでます!』だぞ。頭がおかしくなったかと笑われるだけじゃないかね。
オーシャブッチは侍女を呼びつけて手紙を書き始めた。直ぐに俺に渡すつもりらしい。おお、外人が英語で手紙を書く姿は格好良いな。それを見てリーダが席を立つ。話の顛末を皆へ説明をしてくるそうだ。俺も一緒に行こうとしたら、オーシャブッチに引きとめられた。手紙を書いている間でも、向こうの世界の話を聞きたいらしい。いや、話せと言われても俺アメリカ国内の話なんて全然知らないぞ。TVでのチャンネル権は母親と姉ちゃんにあったしな。日本の高校生の日常なんか聞いてもしょうがないだろう。
それでも聞きたいと言う。次いで侍女達を呼び宴会を開くと言いだした。話が終ったのを知り、控えていたらしい司祭やエスパーダ達がやってきたが「こいつは俺の同胞だ。今日は宴会だ。歓待しろ」と命令を出した。
エスパーダは最後まで文句を言っていたが、オーシャブッチに怒鳴りつけられるとすごすごと引き下がった。なんであんな人を連れてるんだろう。
そのまま歓待される形で二人で宴となる。異郷での出会いを祝してというやつだ。
大勢の料理人を同行させているのか、膨大な料理が次々出て来た。しかもこっちの世界では見なかった物までだ。ハンバーガーには驚いたが、一番驚いたのがラーメンだった。カルフォルニアにもあって好きだったらしい。ちょっと味が違うが懐かしくて泣きそうになった。そして相手は大人。当然酒が出た。
「呑むぞ」「いや、俺未成年」「ここは中国じゃねえっての」「いや俺日本人。酒呑めない。呑んでも直ぐ潰れるから駄目」
必死に固辞したのだが結局呑まされた。速攻で潰れたが無理矢理叩き起こされ、また呑まされて潰れるという一人モグラ叩きみたいな目にあった。五回も吐いて死ぬかと思った。畜生、どうせ作り直したっていうのなら、酒に耐性ある身体にしてくれりゃよかったものを。
オーシャブッチの話は故郷の話に移ると文句ばかりだった。かなり鬱屈が溜まっていたようだ。こっちの世界の連中に言っても表面的な慰めで終るので、知識はなくても同郷の人間に愚痴れるというのが嬉しいみたいだ。俺としては酔って頭の回ってない状態で、半スラムみたいなところでの犯罪臭い半生を語られても、全然耳に残らないんだが。まあ苦労して生きてきたことは間違いないんだろう。
だからこそ、向こうで苦労した分、こちらで羽目を外しているのだと当人は言う。俺から見たら外し過ぎに見えるけどな。女性を侍らせてるとことかさ。一応言ってみたが馬鹿野郎と怒鳴り返された。彼はせっかく選ばれたんだ。今迄不遇だった分、楽しんでやらなきゃおかしいだろと言い放ち左右の美女に絡み始めた。しょうがねえなあとは思うが、本人が使徒の使命を受け入れ、ハヌマーン王国や大神殿も認めこの待遇を与えているのだから俺が言う筋合いじゃないだろう。俺はこいつのパチもんだった訳だしな。あー酔った。気持ち悪い。
ただ、言われるだけでは面白くない。こっちも負けじと何度も死に掛けた話をしてやる。しかし、酔っぱらったオーシャブッチは最後まで聞かず、だからお前は駄目なんだとゲラゲラ笑うだけで聞いちゃくれない。俺が喋り始めると『うるせえ、聞け』と自分語りを始める。呑み屋で嫌がられるタイプだった。大人の癖に。
それでも――楽しかった。
俺は楽しかった。
全然違う国の大人だというのに、同じ世界から来た人間と話しているというだけで凄く安心して騒げた。この世界の誰ともここまで打ち解けて騒げたことはなかっただろう。やっぱり俺は向こうの世界が良い。向こうに帰りたい。早く帰りたい。早くも二日酔いで痛む頭でそう思った。
翌日、というかもう昼過ぎ。別れの時間が来た。これから連中はドーマに向かい。俺達は皇都へと向かう。
俺は朝からの二日酔いが治まらず最悪な体調だった。気持ち悪い。ずっと世界が回っている。何も口に入らない。もう酒は嫌だ。
ようやく自分の陣に戻る。会談に行ったきりそのまま一晩戻らなかったことを大勢から責められたが、二日酔いが酷くて説教が耳に入らない。リーダも山程話したいことがあるようだが、俺の状態を知って渋い顔をしながら皆にとりなしてくれた。
皆も昨日、リーダからおおまかな状況説明は受けたようだ。俺達は敵対せず情報交換をすることができた。そしてこのまま別れて、皇都を目指すことになる。当初心配されていた衝突はなく、逆に親交を深めることができた。一晩大いに飲んで騒ぎ、無事に別れることになったのだ。
皆も一安心の筈だが、晴れた表情の者は一人もいない。どうやら、奴が本当の使徒で、俺が奴の偽者だということに納得がいかないらしい。強情だな。前から似た様なことを言ってた筈なんだけどなぁ。
オーシャブッチの軍が出立する。俺とオーシャブッチは互いの軍勢の先頭で握手をし、別れの挨拶を交わす。
「じゃあな」
「ああ。お前が無事戻れることを祈っているぜ。手紙忘れんなよ」
「分ってるよ。ありがとう。あんたも死なない様に頑張ってな」
使徒としての高待遇に調子に乗り、横柄な態度をとっているところもあるが、話が分かる男で助かった。とりわけ母親を大事にしろと言ってくれたのは嬉しかった。俺が召喚された謎も分かったし、この人に会えて良かったと思う。
「おう。お前も早く童貞卒業すれよ」
「うるせえよ! 手紙破り捨てるぞ!」
「フオゥ! そりゃ勘弁だ!」
互いに笑い合う。
和やかに別れることができそうだ。やっぱ司祭長ファーミィが予言した『敵対する』なんて杞憂だったのだろう。
「チーベェ様、よろしいでしょうか」
アンジェリカ姫が護衛達を引き連れながら声を掛けてきた。そうだな。こっちが本当の使徒だ。今後のことを考えると、外交的にも挨拶して顔を繋いでおく必要はあるだろう。
オーシャブッチにアンジェリカ姫を紹介する。オーシャブッチと姫さんは如才なく挨拶を交わし(女ばかりの護衛部隊ってそそるよな、とか俺に耳打ちしやがったが)離れようとして――そこで、オーシャブッチが停止した。
「お、おお。なんだ。なんてこった……これは美しい……」
奴がそう言って見つめる先には、姫さんの護衛として付き従うラディリアが立っていた。オーシャブッチが前に出る。
「其処の美しい女性よ、名はなんというのだ」
ラディリアは一度アンジェリカ姫と目配せを交わし「アンジェリカ王女殿下、近衛騎士隊隊長ラディリア・オーガスタと申します」と平坦な声で名乗った。
「ラディリアか。名も美しいな。俺の近侍にならないか。報酬は望むままにとらせるぜ」
「いえ。申し訳ありませんが、我は一命を掛けまして此の任を遂行しております。オーガスタ家の名に恥じぬ様生涯を掛けて王家に仕える所存であります」
「ちっ……じゃあ言い直そう。俺の近侍になれ。お前の国には俺が話をつける。いいな。いいだろ」
「いえ。言葉を繰り返して申し訳ありませんが、私はオーガスタ家の一員として王家にこの身を捧げ……」
「あ? だからいいんだよ、そんなことは。俺に関係ねえっつの!」
このおっさん堪え症がない。困った奴だなと俺が出る前に、イリスカが割り込んできた。
「使徒殿、失礼致しました。言葉が過ぎたことを御許し下さい。彼女は武人であり女性であることより騎士として仕えることを選び常にその身を戦地に置いている者です。家も彼女が次期当主となっています。その為女性としての行き方は既に除しているのです」
「何言ってんだ。だから俺が女としての喜びで満たしてやろうって言って――お、おおお?」
オーシャブッチは言い返す途中でイリスカの顔にも見惚れたらしく、驚きの声を上げて固まった。理由は分る。目がハートマークになっているから。いやあんた、惚れ易過ぎだろう。
「我々は王国に仕える騎士とし――」
「おお、神よ。こいつもスゲエ……なんて美しい。なんだこっちは。美女が揃い踏みじゃないかよ、もうここでエレクトしちまうぜ」
全然イリスカの話を聞いてない。しょうがないエロ外人だ。こら、舌なめずりすんな。凄え下品だぞ。
オーシャブッチは周囲を見回して、他の近衛騎士の女子達にも色目を送り『若い娘ばかりの王女の近衛隊か、しかもレベル高えぞ。やべえ。そそるじゃねえか』と舌なめずりしながら俺に向かって駆けてくる。目が血走っている。なんだろう。凄く嫌な予感がする。
「小僧、おい小僧」
「……何?」
「あいつら、は流石にマズイか。あの二人をよこせ」
……嫌な予感が的中した。




