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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
3章 邪神王国ドーマ 使徒大戦編
75/100

10.大薮新平 使徒邂逅

 大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎなスキルを得て異世界に召喚された。原因を知るべくウラリュス大神殿に向かう中、皇都から来た使徒の一軍と遭遇する。彼が本当の使徒かもしれない。新平達は面会を要求。そして、その時がやってきた。

 皇都から来た使徒との面会は、こちらの拠点に場所を設けて迎える事になった。リーゲンバッハ団長とリッジライン千人長は首をひねっている。使者達の態度を見るにこちらを下に見ている筈だ。なのに、わざわざ向こうが来るのは少しおかしいと言う。単に先を急いでるだけじゃないのかな。


 拠点に会談用の天幕を設営して彼等の到着を待つ。向こうは四万という大軍だ。直ぐにはやって来られない。俺達は商人達から食材を買い、歓待の準備を進めている。アンジェリカ姫達は万が一という理由で後方へ遠ざけられた。姫さんは不満そうだったが、国元の女王さんから指示が出ていたらしい。過保護だなとは思うが気持ちは分かる。うちの一団、対外的な代表者は彼女だけど、今回は俺の話だしな。

 姫さんから離れられないラディリアとイリスカが、俺に警戒するよう注意を促し護衛騎士達に後を頼んで去って行く。心配してくれたのはありがたいが、正直お前等は過保護なお母さんかと言い返したかった。ほら、護衛騎士のおっさん達がにやにやしてるじゃないか。なんか恥ずかしいぞ。

 残ったユエル司祭を含め一部の者達は警戒の態勢を敷いている。彼等は何かあった時に戦い俺を守る気らしい。兵千人が物々しい雰囲気を出していてとても物騒だ。そんなことをしても兵数差的に意味がないだろうと言ってみたのだが、聞いてはくれなかった。正直最悪の時はリーダを背負って二人で逃げちゃうつもりなので、頑張らないで逃げ散って欲しいんだけどなあ。

 遠くから音楽が聞こえてきた。聞けば向こうの軍には大勢の音楽隊が同行しているとのこと。その数はなんと五百人にも及ぶという。彼等楽隊員達が改造された屋根無し馬車に乗り込み、青空の下で演奏しながらこちらに進んで来てるのだ。まるでお祭りの行列である。リッジライン団長等は五百人という数に驚きを隠せないようだ。

 はて、連中はドーマ王国へ向かっている筈だよな。なんであんな連中を連れているのだろう。神獣を止める為に音楽隊なんかが必要なのだろうか。


(……あれ、なんか聞き覚えある曲だぞ。懐かしい。そうだ! 結構昔のヒット曲だ!)


 外国の曲だからよく覚えてないが、ヒットした映画かなにかの主題歌だった筈だ。CMで聞いて耳に残っていたのだろう。


(おおっ……、ちょっ……おおおおーっ!)


 拳を握りこむ。テンションが上がってきた。凄い。間違いなく地球の、同郷の奴がいる! この世界じゃない、向こうの世界の人間がいるのだ。これは嬉しい。両手挙げて歓声挙げたいくらいに嬉しい。


「少し落ちついててください」


 リーダに注意されるが、上がってきたテンションが止まらない。


 先日会ったエスパーダ・ランギーニ女史が、数名供を引き連れてやってきた。どうやら向こうの使徒が如何に偉大で、会うことを許されるのが光栄なことか肝に銘じなさいとかなんとか。悪いがこっちは気が急いていて聞いちゃいない。何を言っても俺が喜んで頷いているので、気勢を削がれたのかぶつぶつ言いながら帰って行った。

 

 お、来たな。

 先頭を進んで来るのは、見目華やかな大神殿の旗を掲げたジャンダルメーヤの一軍だ。しかし次に続くのは


(神輿?……いや宮殿…館。じゃないな…これ、御殿か)


 足の進みが遅いと思ったら。建物、というか……どう見ても御殿を運んでいた。しかも荷車とかではなく、大勢のいかつい男達が神輿みたいに担いで歩いているのだ。どうやら向こうの使徒はあの中で暮らしているらしい。なんてこった。移動式住居だよ。おそらく使徒の為にわざわざ作ったのだろう。それが御殿を含め幾つもある。なんだありゃあ。ステージみたいなのまで見えるぞ。なんとも人と金の掛かることをしてるな。


「むむ、少し負けていますかな。私共も用意すれば良かったでしょうか」


 司祭キュビさんが対抗心をあらわにしている。少しどころじゃないだろ。つか、あんな目立つ物に入れってのか。冗談じゃねえよ。

 御殿群の後ろに続くのは五百人以上に及ぶ音楽隊。そしてハヌマール王国 ヴィスタ神殿ジャンダルメーアの旗、後方にはハヌマール王国騎士団の旗もあるが、続く輜重隊にはかなりの規模の商人団が、同行しているように見えるという。信じられないことに旅芸人の一座までいるそうだ。


「なんともおかしな軍編制ですな」


 リーゲンバッハ団長の言う通りである。全軍の三割近くが非戦闘員。あれでは軍隊ではなく大名行列だ。しかし大名行列や護衛と言うには兵の数が多過ぎだ。なんとも妙な編成である。まさか国を挙げて使徒の物見遊山をしている訳でもあるまいに。

 先頭が広場に入って来たので、ユエル司祭配下ジャンダルメーアの兵達が待機場所へ誘導していく。こういうのは軍隊である彼等の専門だ。

 俺達は会談用の天幕前に陣取り、緊張した面持ちで向こうの使徒登場を待ち構えた。次々とやってくる軍勢約四万。全部が入り切れなくとも、その数の多さには圧倒されてしまう。もしこれが全部敵に回ったら――


 ――彼の者はこれより世界を暗黒へ落とす為に乱を起こします。我等が使徒、オラハ・シッパイ様にはそれと対峙することが命運づけられているのです――


 以前、洗脳されていたユエル司祭が口走った言葉が脳裏を掠めた。思わず首を振る。馬鹿馬鹿しい。そんな筈はない。そんなことにはならない筈だ。何が起きるか分らないからと避けて、後で問題が起きる方が面倒だ。ここで会うのは正しい筈だ。


 音楽隊の演奏が変わり、大小の銅鑼が鳴り響く。王様へ謁見する時みたいな壮大な曲だ。登場シーンの演出なのだろう。

 人垣が割れ、御殿を乗せた一団が前に進み出てくる。おいおい、アレに乗って登場かよ。凝っているなおい。


(おお……)


 俺達はどよめきで出迎える。

 先頭になったステージみたいな舞台の奥に、キンキラの王座が乗せられ、一人の男がふんぞり返って座っていた。まるで王様扱いだ。状況的に奴が使徒で間違いないだろう。明らかにこの大陸の人間ではない風貌だった。

 長身で手足が長い。彫りの深い浅黒い顔立ちの男性。年代は二十代半ばくらいか、短く顎髭を生やし、髪は真っ黒で長く、しかも細かく編みこまれていた。この世界でも初めて見る、驚きのドレッドヘアーである。


「フーッ! AH、HaHa! こいつ等がそうなのか!?」


 男が高みから俺達を指差して笑った。


(誰だよ日本人だなんて言ったの……)


 其処にいたのはドレッドヘアーの外国人だった。



               ◇



 彼は何処の国の人だろう。日本から出たことがなく、外国人に殆ど会ったことのない俺には、彼が何処等辺の出身なのかさっぱり判らない。


(ドレッドヘアーって黒人じゃなかったっけ。けどあの人、肌は浅黒いけど髪は長いし黒人じゃないよな。おしゃれなんだろうか)


 悪いがこの程度の知識しかない。


「それで使徒ってのはどいつだ」


 横柄な物言いに、背後の一部が気色ばむ。いやいや、あの台詞はここまでの登場の仕方で十分予想できただろう。または俺達を偽の使徒だと決め付けて挑発しているのかもな。まあどれだけ居丈高に迫られようが気にならない。偉い奴、偉そうな奴にはいっぱい会ってきたのだ。そんなことより同郷の人間に会えた事の方が嬉しい。今にも頬が緩みそうだ。


「俺だよ」


 喜色を抑えたまま、前に出る。


「あん?……」


 今の俺は分かり易い様にと、日本で着ていた服に着替えてる。見れば一発で違いが判る筈だ。

 彼は座上から何度か首をかしげて俺を見下ろしていたが、すぐに立ち上がった。ひょいひょいと身軽に地上に降りたつと、真っ直ぐ俺に向かって歩いてくる。軽快な動きだ。慌てて左右にいる騎士達が護衛に駆け寄るが、彼は煩そうに手を振って道を開けさせる。大らかな性格なのか、警戒心が薄いのかは判断がつかない。

 彼は俺の前で立ち止まり、そのまま怪訝そうな表情で俺の顔を覗き込んだ。


「なんだよ、おい……チャイニーズか?」

「日本人だよ!」

「OHーッ……OH、OH? ……OH-ッ! ソニー、ニンジャか!」

「なんだそれ! あんたこそ何処の人間だよ! アフリカ人なのか!」


 どうやらこの男、外国人への知識は、俺と似た様なレベルらしい。マズイぞ、これ話に苦労しそうだ。

 相手も似た様なことを思ったのだろう、大袈裟に両手を広げて天を仰いだ。


「なんてこったあーっ!」


 彼の口と、聞こえる声が合ってないことに気付く。どうやら翻訳機能はこの外国人相手にも効いているらしい。「マイガー」とか叫んでいるのが小さく聞こえたが、同時にめっちゃ流暢な日本語も聞こえたので変な感じだ。


「で、なんだ。チャイニーズの小僧。お前も使徒なんだって?」

「好きでなったんじゃないぞ。使徒かどうか知らねえが、司祭達皆が言うんだよ。あんたも使者達から聞いたろ。つか、こうして言葉が勝手に訳されてるじゃないか。ホラ、口と声が合ってない。これが召喚された証拠だろ。俺ずっと日本語で話してんだよ」

「お……おお、おお。確かにな。ってことは何か。お前もアウヴィスタの野郎に頼まれた口なのか?」

「それが、わかんねえんだよ。それを確かめに大神殿に向かってんだって」

「なんだ、そりゃあ!」

「俺もそう言いたいよ! 誰かに会って少し話したのは覚えてんだけど、気がついたら野原に放り出されて魔獣に囲まれたんだよ。速攻で死にそうな目にあったんだぜ!」


 俺達は周囲の心配を余所に軽快に会話を交わす。前置きなしで話せる相手だったので、次々と言葉が出てくるのだ。話したいこと、聞きたいことは山程ある。ついでに言うと、俺は遂に出会えた同郷の人間に、この世界での愚痴を言いたくてたまらなかった。

 奴はケラケラと笑って


「そりゃぁ面白れえ。詳しく話そうぜ兄弟!」

「おお!」


 彼は握手の手を差し出して名乗る。


「――俺はオーシャブッチ。オーシャブッチ・シペット・アレクサンドルだ」

「!?」


 俺はその手を取ろうとしてギクリと硬直する。何かが引っかかった。

 オーシャブ――大薮?

 

「アーヤベェ殿」「オーヤベイ」「アラヤベエ」「オーナベ殿」「オーダディ」


 今迄散々呼ばれた呼称が脳裏を過ぎる。わかる。わかるぞ。これは……これはっ!


「お、おおおおおおおお! お前が原因かああああ!!」


 直感だが間違いない。俺はこいつと間違えて召喚されたのだ。こいつと中途半端に名前が似てるってだけで。ただ、それだけで俺は間違って召喚されたのだ。絶対間違いない。俺が、俺の今迄の苦労は。何度も死にそうになった原因はこいつだ! こいつが原因だったのだ!


 俺は絶叫と共に奴に殴りかかった。



               ◇



 あっさりかわされて俺はすっころんだ。

 リーダが真っ青な顔で悲鳴をあげる。オーシャブッチ背後の護衛達と、俺の背後の護衛達が剣を抜いて一斉に気色ばむ。俺はそんなことにも気付かず、地面から起き上がりざま奴を指差して叫んだ。


「どちくしょおおおおっ! お前のせいかああああっ!!」

「なんだあ?」


 オーシャブッチは驚いたというより戸惑っているようだった。それでも流石外国人、おどけた表情でポーズをとるのは忘れない。


「俺は大薮新平だっ!」

「……あん?」

「オ・オ・ヤ・ブ・シ・ン・ペ・イ!! お前がオー・シャ・ブッ・チ! 俺がオオヤブなんだよ!」

「……だから何だ?」

「オ・オ・ヤ・ブでオー・シャ・ブッ・チ! 俺はお前と間違われて召喚されたんだよ!!」

「ああ?」


 奴には突拍子もないことに聞こえたのだろうが、間違われた側の俺からすれば確信できる。


「オ・オ・ヤ・ブでオー・シャ・ブッ・チ! 新平でシペット! あの神の野郎は最初『間違えた』って言いやがった! 俺はあんたと間違われて、この世界に召喚されたんだ!」


 あの野郎、ふざけやがって! こいつ外人じゃねえか。見た目全然違うじゃねえか。どうして日本人と間違えるんだ。どうやったら大薮新平とオーシャブッチ間違えるんだ。俺の名前のどこにアレクサンドルあんだよ!


「HOOーーッ! HOOO-ッ!! ……やるな(COOL)!」


 ようやく理解したらしいオーシャブッチが、両手を広げてカカッっとステップを踏む。なぜ喜ぶ。なぜ受ける。このっ、お前人事だと思って!


「……いや、ちょっと待て。今なにをした、あんた」

「なんだ(WHAT)?」

「そ、その動き。そ、それ。なんだ今のは」

「AH、Haーッ! 見蕩れたかい。俺のステップに!」


 そう言って奴はまた、軽やかにステップを踏む。びよよん。


 す・てっ・ぷ? 


「俺はプロのダンサーさ」


 ダ…………


「それかああああああああああああああああああああっ!!!!」


 俺は声も枯れよと絶叫しながら、頭を抱えて天に吠える。涙が浮かんできた。もう慟哭と言って者良い。

 オーシャブッチはもちろん、背後で仲間達もぎょっとしているが知ったこっちゃない。落ち着かせようとしていたリーダなんか、すっころんで転がっていく。

 今、確信した。俺が召喚されたのはこいつと名前が似てたからだ。踊ると魔法が掛かるのは、こいつの職がダンサーだからだ。俺が『踊り子』になったのはこいつの所為だ。なんでダンサーを召喚すると、踊りで魔法が掛かるのかはさっぱり判らないが間違いない。これが偶然な筈が無い。俺が素っ頓狂な踊りで魔法を掛けるのは全てこいつが原因だ。俺はこいつのパチもんだったのだ。


「くそう……ちくしょうっ……こんな、こんな馬鹿な話があるかってんだ……」


 今迄先々で驚かれ笑われ羞恥に身悶えしながら踊った光景が頭を過ぎる。ああ、今迄の素っ頓狂なふしぎな踊り。全部こいつがダンサーだったのが原因だったんかよ。


「……Hei、少年。大丈夫かい、どうした?」

「ふ……ふざけやがって、あの糞野郎……こんな間違いってあるかよ……」


 泣いて喚いて転がって打ちひしがれる俺に、流石に心配そうに声を掛けてくるオーシャブッチ。意外と良い人なのかもしれない。


「くそう……」


 俺はゆらりと立ち上がった。


「……全部話してやる。全部愚痴ってやる! あんたにとっては八つ当たりかも知れねえが聞いてもらうぞ、こん畜生め!」

「お、おう。……まあ……まあ、落ち着け兄弟(BOY)」


 涙目で指を差して激怒する俺に、奴は両手を広げてドウドウとあやし始めた。




 会談は俺達の天幕ではなく、奴の御殿の一つに呼ばれた。迎賓館があるらしい。朝から歓待用にと頑張っていた料理人や、手伝っていた近衛騎士隊のプニニットがショックを受けていたが申し訳ない。

 会談に向かうのは俺とリーダだけだが、何故か神獣ラリアが肩に、天馬王トリスが頭に乗って付いてきた。敵地かもしれないところにほぼ単身で乗り込む事に皆が難色を示したが、俺は今それどころじゃない。ラリアとトリスを指差して黙らせる。俺が殺されるのをこいつ等が黙って見ている筈も無い。オラリア王宮の謁見時には、制止が間に合わず国王を叩き殺してしまうとこだったからな。俺の身は絶対安全だ。だいたい今の会話から殺し合いになる筈がないだろう。


「いえ、あの。少し落ちついてください、兄様」


 リーダの制止が入るくらい俺は今、気が逸っている。分かっているが自制できない。奴には聞きたいこと、言いたいこと、聞いて欲しいことが山程あるのだ。場所なんかもうどうでも良い。

 オーシャブッチにリーダを紹介すると、じろじろ見た挙句「十年後だな」とニヤついた。リーダが表情を変えずにムッとしたのが分かったが、意味が分からなかったので肩を叩いて宥める。歩きながらぼそぼそとリーダに解ったことを話す。俺はこいつと間違えられて召喚されたに違いない。名前とダンサーから断言してもいい。俺はこいつの劣化コピーだ。ダンスなんか出来ない俺に無理矢理使徒の力を与えたから、意味不明の踊りでおかしな効果が出てるんだ。

 リ-ダは最初、まさかそんな……と半笑いしていたが、俺が確信をもっているのを見て、言葉を失って考え込み始めた。

 会談用に使う御殿は先頭から三つ目だ。地上に降ろされた御殿に向かう。俺に護衛がいない為か、奴も護衛騎士や司祭達が同席しようとするのを断ってくれた。使徒同士で存分に話し合おうという訳だ。あれ、なんだ。御殿を担いでいたこの連中。兵士とはなんか違う雰囲気だな。運搬用で雇った作業員なのかな。

 入口で例のエスパーダ女史達が、先程殴りかかった俺を指差して非難してきた。オーシャブッチが顎で命じると、騎士達が群がり連れ去って行く。……扱いが雑だな。あんまり重要人物じゃないのかなあの人。使者の代表でやって来たくせに。


 御殿の中は王宮内かと見紛う程の豪勢な造りだった。金銀細工が溢れ、王宮で見る様な壁紙や絨毯が敷きつめられている。まんま王宮の迎賓館を持って来たかのようだ。うわー……凄えな。目がチカチカする。

 オーシャブッチは呆気にとられる俺の顔を見てニヤニヤ。小鐘を振って鳴らし奥の間に控えていた侍女を呼びつける。


『難と不快で在る事よ……我は去ぬ』


 ここで何故か天馬王トリスが飛び上がって消えていった、どうしたんだろ。豪華な部屋が苦手なのかな。


「ミュージック変更だ。んー……十三番だな」


 オーシャブッチが差し出されたリスト表を眺めてに命じると、侍女は一礼して去っていく。やがて外に居る楽団が違う曲を演奏し始めた。おいおいバックミュージックかよ。今度のはなんだ。クラッシックか。聞いたことがあるぞ。


「……凄いな」

「大変だったんだぜ。教え込むのがよ」


 苦笑いまじりだが、実に自慢気だ。

 いや褒めてねえよ。呆れてんだよ。俺が死にそうな旅の連続だったのに、あんたは音楽隊作って遊んでたのかって言いたいんだよ。ちっくしょう、羨ましいことだなおい。


 妙な存在感を感じて奥に目をやると、調度品の上に真っ白い猿がいた。随分と手が長い。手長チンパンジーって奴だろうか。


「……神獣か?」

「おお、気付いたか。神獣ハヌマだ。お前もライオン(LEO)連れているじゃねえか。俺もそっちの方が良かったな。こいつ醜いし煩いんだよ」


 オーシャブッチが忌々しそうに舌打ちする。いや、でもこいつ真性のロリコンだぞ。それでも羨ましいか。一緒にいると精神ゴリゴリ削られていくぞ。

 一方、ハヌマは話したがりの神獣らしくもなく、ゆらゆらと上体を揺らしているだけだ。一向に話し掛けてくる気配が無い。しかし顔に浮かべたニヤニヤ笑いが気味悪く、とても善良な性格には思えなかった。アレも変な神獣なのは間違いないだろう。肩の神獣ラリアを見れば、こちらも顔をしかめたまま黙ったままだ。珍しいことだ。今迄は他の神獣と会った途端、闘犬みたいに喧嘩を始めてたのに。

 オーシャブッチがテーブル上にある、さっきとは異なる小鐘を鳴らす。鐘を鳴らせて侍女を呼ぶのか。なんか大富豪みたいだな。


「「……失礼致します」」


 部屋奥から控えめな声が複数上がり、新たな侍女達が入ってき…うわっ! ……物凄い格好した美女達が入って来たぞ。スケスケだ。半裸、いや全裸だ。

 漫画か映画で見る、ハーレム宮殿にいるような、透明レースに身を包んだ色気ムンムンのお姉さん達が、飲み物片手に現れたのだ。腰を浮かしたまま指差して、口をパクパクさせたら爆笑された。


「いいだろ」


 とニヤけながら答える。いや、何してんのあんた。男の欲望全開かよ。やりたい放題じゃねえか。羨む前にびびったよ。

 オーシャブッチがでかいソファーのど真ん中にふんぞり座ると、娼婦らしき美女達は前後左右に侍って身を寄せる。すぐさま俺に見せ付ける様に左右の美女を抱き寄せ、臆面も無く耳朶にキスをする。あ、ああ、酷い。駄目だ。見るなリーダ。お前の教育に良くない。


「あ、あんた、まあ……」

「なんだよ。お前もやってんじゃないのか」

「してる訳ないだろ! なにやってんだあんた!」

「イヤイヤ、俺が要求した訳じゃないぜぇ。救世主となる使徒への当然の待遇って言ってな、国王陛下が用意してくださったのさ。そう言われちゃあ、断るのも悪いしなぁ」


 と笑いながら右の娼婦の耳朶を甘噛みし、左の娼婦の乳を脇から差し込んで直揉みする。女達は陶然とした表情のまま頬を赤らめキスを返す。ハヌマールの王様、なにしてくれたんだよ。使徒だからって甘やかし過ぎだろ。

 リーダは下がらせた方が良いかもしれない。そう思って振り向くとリーダは


「お気遣い無く」

 

 と、にっこり即答してきた。俺の心情はお見通しらしい。まあ、万が一を考えるといてくれた方がありがたいが……この光景は見せたくないなあ。


「なんつーか……好き放題だなあんた」

「そうでもないさ。ここまで来るのに、随分と苦労したんだぜ」


 本当かあ。全然信じられないぞ。

 娼婦の一人が飲み物を俺にも差し出してきた。あれ、色が黒い。いや待て、この匂いは……


「未だ昼だしな。コーヒーさ」

「……あったの?」

「捜したんだぜ。これも結構苦労してよ」

「凄え……」


 呆然としたまま褒めたら、首を仰け反らしてイヒヒヒと笑う。自慢しいだな。まあ確かに凄いけどさ。

 コーヒー懐かしー。……砂糖とミルクないの? 聞くと「意味ねえじゃねえか」と爆笑された。いや、だってコーヒーめったに飲まないし。「お子様だなお前」と笑われたが、その通りなので言い返す気にもならない。というか、なんかガキ扱いされて逆にほっとする。今迄持ち上げられたり、頼られたりしてきたが、本来日本での自分はこういう立場だったのだ。年齢差的にも、この男にガキ扱いされるのは当たり前のことなので、すんなりと受け入れてしまう。

 いかん。なごんでいる場合じゃない。


「いや、とにかく。とにかく、話を進めようぜ」

「おう、そうだな」

「……その前に、このお姉さん達に下がってもらってくんない。正直、目のやり場に困って集中できないんだけど」


 なんせ身に纏う透明レースに局部があちこち隠れ……いや隠れてないので、薄く見えている。しかも実に気になる絶妙な透け具合。どうしても男の好奇心が引き寄せられる。これを見ないように頑張りながら、話をする精神力は俺にはない。


「お前もしかして童貞なの?」

「うるせえな! いいだろなんだって!」


 オーシャブッチは「信じらんねえ」とか笑いながらエロい娼婦達を下がらせてくれた。あー、びっくりした。あ、後ろの神獣ハヌマが上体ぶるんぶるん揺らしてぐふぐふ笑ってる。感じ悪いなぁ。あ、天馬王トリスが消えたのはコレが原因か。あいつ処女厨だもんな。この光景見たら発狂して暴れだしたかもしれん。

 とりあえず気を取り直して深呼吸。


「と、とにかく、話を戻すぞ!」

「おう」


 俺は強引に話を進める。オーシャブッチは苦笑いしながらも同意してくれた。

 まず俺が召喚された時の経緯をざっと説明。

 気がついたらこの世界のどこかの丘の上で転がっていて、魔獣に襲われ逃げ回っていたら手足が動いて踊りが出たこと。すると魔獣が眠ったので、踊りで魔法が掛かることを知ったこと。神みたいな人物と話し、そいつは『違えた』『主でもいいか』と言ってたのを思い出したこと。


「さっき分かった。俺はあんたと名前が似ている。踊りで魔法みたいなのが出てくる。こんな偶然がある筈が無い。だから俺はあんたと間違えられて、この世界に召喚されたと思ったんだ」

「はーん……」


 やつは興味深そうに聞いてはいるが、手持ちぶさたらしく少し落ち着きが無い。女が傍にいないと物足りないのかな。

 俺は話を続ける。その後さまよって砦に辿り着いたら、王女様が虜囚になっていると聞き、成り行き助けることになった。


「おお、王女救出! やるじゃねえか! やっぱそうじゃなきゃな! で、どうだった。やったのか。美人だったか!」


 凄く食いついてきた。さっきから男の欲望丸出しだなぁこの人。


「十歳でした」

「……ケッ!」


 あっさり興味を失った。俺も落胆したところだったので、その気持ちは分からんでもない。大きく頷いて同意したら、リーダから冷たい視線の攻撃を受けた。右側が寒い。


 その後王宮に招かれ、宮廷魔道士達に使徒と認められたこと。状況が分からず混乱してたら、この世界では神に会うことが出来ると聞いたこと。召喚された理由を聞く為に。また、帰る方法を聞く為に大神殿へ旅することになったこと。道中一度逃げ出したが再会し、こうして一緒に旅をしていること等だ。


「勿体ねえな。……ダンスでとんでもない魔術が使えるって知ったんだろ。使命もなかったんだろ。なら何処へ行こうが何しようが好き放題じゃねえか。良い身分だぜ。なんでわざわざ帰ろうなんて思うかね」


 オーシャブッチには帰ろうという俺の気持ちが理解出来ないらしい。


「いや、別に万能じゃないだろこの踊り。俺自身が強くなった訳じゃないし。ぶん殴られて意識飛んだら捕まって終わりじゃないか」

「へったくそめ」

「そう言われたってさ。望んで得た力じゃないし、原理もさっぱりわからんしで、使いこなせないの当たり前じゃないか。未だにわからんことばっかりだぞコレ」

「あー……まあ、そうか。お前は授かった力について、説明を受けたことも覚えてないんだっけな」


 オーシャブッチは納得声で天井を見上げる。


「確かにこの踊りの力は凄いのかもしれない。これを使えば今のあんたみたいに夢みたいな生活ができるのかもしれないよ。でも俺はこの世界が嫌いなんだよ。あっちこっちで殺し合いしてて、殺伐としてて、物騒で落ち着かないんだ。この力を知った途端、利用しようという奴がたくさん寄ってくるしさ。それを捌くのは俺には無理だ。だからさっさと戻りたいんだよ」

「ハンッ! 要は使いこなす度胸も根性もないってことだろ」


 あからさまに馬鹿にされた。流石に少しはムカつくが、相手は大人だし実際その通りなので仕方ない。


「そうだよ。俺は度胸も根性もないヘタレ野郎だ。それでも良いから、とっとと帰りたいんだよ」


 俺の返事にオーシャブッチはあからさまに不快そうな表情になった。開き直りも謙遜も通じないタイプらしい。


「お前それでも男かよ。本当にチ〇コついてんのか。お前が持ったのは救世主となる力なんだぜ。なら上を目指すのが当たり前だろうが。元の世界に戻ればただのエキストラじゃねえか! なんの為に生きてんだ! なんでここで一国の王に成らんと考えねえんだ! 上になって全てを手に入れようとしねえでどうすんだ!」


 そうか。この男は今、自分がやっていることを、否定されたようで面白くないのかな。言い方を変えた方がいいな。こっちも本音で言うか……。


「……十一の時に婆ちゃんが死んだんだ。十二の時に爺ちゃんが死んだ。十三には親父が事故で死んだ。家の中は明かりが消えたように真っ暗になっちまったよ」


 急に重い話になってオーシャブッチは目をぱちくりさせた。


「親父の葬式に消防士の仲間がいっぱいやって来て、揃って敬礼する姿に格好良い、俺もなりたいって言ったら、母親と姉貴に『お前は絶対危ない仕事するな。自分達より先に死んだら許さない』って泣いて怒られたよ。だから俺は先に死ぬ訳にはいかないんだ。いつまでもこんなとこに居られない。俺が消えて二人は泣き喚いている筈だ。だから一刻も早く日本に帰る。生きてたんだって、心配かけて悪かったって、謝んなきゃならないんだ」

「…………」

「俺は昔っからスゲー馬鹿だった。成績も悪い。気も利かない。運動は少しできたけど、怪我してもう使えねえ。今迄、散々家族に迷惑掛けてきたんだ。だから早く大人になって、なんとか恩を返したい。ありがとうって言われたいんだ。ここで大勢の奴等が踊りを見て、仕えろとか、仲間になれとか、助けろとか言ってきたけど聞いてなんていられねえんだ。そんなの知ったこっちゃない。誰になんと言われようと、俺は帰りたいんだよ!」


 オーシャブッチは頭を搔きながら息を吐く。


「あー……悪かった」

「……うん」

「俺もパパはどうしようもない男だった。その分、ママが苦労してた。俺がステージに上がるのを誰よりも喜んでくれたのはママだった。病気で死んじまったけどな。……ああ、ママは大事だな。うん、大事だ」


 オーシャブッチは自分に照らし合わせて納得してくれたうようだ。この人にはもう両親がいないらしい。天涯孤独なのかな。だからこの世界で生きていこうとしているのだろうか。でも俺は御免だ。

 しんみりした雰囲気になったのだが、それを奥にいた神獣ハヌマがぶち壊した。


『喜喜ッ! イヒヒヒヒヒュッ!』


 吹き出して大声で笑い出したのだ。


『馬ッ鹿! 馬ッ鹿! 神の使いとして招かれたってのによおお!』


 使徒らしかぬ流暢な言葉で罵声を上げる猿。


『違えて召集されたのも馬鹿、その対応も馬鹿、生き様が馬鹿。馬ッ鹿、馬ッ鹿。馬ッ鹿糞えええっ!』

「おい猿。黙れ」

『流石違えられし者。どんな愚者かと思いきや、とびきりの愚者であるや。喜、卑、キヒヒヒヒッ!』

「黙れ猿。母親を大事にして何が悪い!」


 オーシャブッチがコーヒーカップを投げ付けて、ようやくハヌマは黙った。しかし未だに楽しそうにニヤニヤしながら身体を揺らめかせている。


『猿よ』


 俺の肩に座っていた神獣ラリアが、地に下りると同時に獅子の大きさに戻る。ようやく喋ったなこいつ。


『此奴は我を蘇らせし者也。此者を笑するは我を笑うと知れ』


 珍しく、いや初めて格好良いことを言った。なんだ。お前いつの間にか俺に仲間意識を感じてたのか。悪いんだが俺の方はお前に仲間と言われるとすごく微妙な気分になるんだ。ごめん。


 神獣ハヌマは答えずニヤニヤしたままフッと姿を消した。そういえば神獣ってのは姿を消したり表したりできるんだった。するとラリアも追いかけるようにフッと消える。どこか別の場所で二匹で話すのだろうか。戦いとか始めなければいいが。


「悪いな。躾がなってなくてよ」

「いや、神獣って躾ようがないよな。別に俺達の命令聞く立場でもないし」

「まあ、奴はアウヴィスタから一声掛けられて同行してくれてんだ。しかし、どうにも性格が悪くていけねえ。なんにでも口出して、煽って引っかき回して喜びやがる。快楽主義っつうかよ。王宮内でも盗み聞いたこと勝手に言いふらして対立煽るんで酷え迷惑こうむってたらしい」


 そりゃ迷惑な奴だ。大地の守護神がそんな性格じゃ、国民も大変だろう。っていうか、随分流暢に話すなと思ったら、あいつは普通の人間とも喋れるのかな。どうやったんだろう。凄いな。


 話を戻すか。でもだいたい話終えちゃったが。


「俺の方の事情はこんなとこだよ。今日俺があんたと間違えられて召喚されたって確認できて良かった。予想はしてたけど、確信が持てなかったからずっと不安だったんだ……これで安心して大神殿に行って、文句言って帰れるよ」

「そっか……。俺が少しアウヴィスタに口添えしてやろうか。まぁドーマの件が終ってからになるけどよ」

「いや、一人で大丈夫だよ。それに一日でも早く帰りたい」

「……そうだな」




 話はオーシャブッチの方になった。


「俺はステイツのロシア移民三世だ。わかるか?」


 さっぱりだと首を振る。翻訳はされているんだが、こっちには基礎知識が無い。住んでいたのはカルフォルニアだと言われて、アメリカの人だったのかと初めて理解した。


「まあいい。俺はそのオークランドの掃き溜めにいた」


 そこのライブハウスで踊るダンサーだったそうだ。


「それなりに才能はあったんだがな。だが、運が無かった。移民だしな。同じ様な奴はゴマンといる」


 要は売れないバックダンサーだったと。


「お前学生、だよな?」


 うなずくと小馬鹿にしたようにフンと息を吐く。働いてない子供にはこの苦労は理解出来ないだろうがな、と言い出した。む、なんか酔っ払いの愚痴吐きみたいになってきたぞ。

 思った通りそれから如何にダンサーは苦労の多い職なのか、愚痴と罵声まじりの高説を受けた。長かった。居酒屋のバイト経験がなければ上手く聞き流せなかっただろう。こういう時にツッコんで、相手の話を止めてはいけないのだと俺は散々失敗して知っている。上手く流せなくて皿洗いに回された男だからな。


「……で、そこで俺は奴に召喚されたんだ。あの神と名乗るアウヴィスタにだ」



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[一言] 猿は死すべし、慈悲はない
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