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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
3章 邪神王国ドーマ 使徒大戦編
73/100

08.大薮新平 女騎士に迫られる

今回長いス

「ラディリア達が、俺を誘惑しようとしてるって?」


 新たな宿場町へ着き、夕食を終え、さあ今日はもう休もうかとしたところ、リーダが俺に訳の分からないことを言ってきた。


「はい。もうこの護衛団内で知らないのは兄様のみです。流石に動きがあからさまになってきたので、忠言させていただきました」

「なんで、そんなこと……」

「何故とは……もちろん、兄様を篭絡して、トリスタ王国が使徒への影響力を高める為です。彼女達を妻と娶らせ血縁となれば、兄様はトリスタ王国の一員となる訳ですし」

「はあ、結婚!? なんだそれ!」

「はい」

「……いや、はいじゃなくって。俺はこのまま大神殿行って、神さんと直談判したら日本に帰るんだぞ。なんで今更、そんな意味の無いことすんだ」

「彼等はそう思っていないのです。まず兄様が使徒の御力を有しているのは紛れも無い事実。ならば、今はその使命を事故で忘れているだけの筈。大神殿にて改めて天啓を受ければ、正しく使徒としての使命に目覚める筈だと、考えられているのです」

「またそれか。そんな訳ないじゃん。ここまで散々迷惑かけられて、何度も死に掛けてんだぞ。今更説明されたからって使徒なんかになる訳ないだろ」

「彼等はそう考えていないということです」


 ……アホじゃねえの。

 ああ、そうか。一人しかいない神さんに不満を言うのは、不敬というのが常識だから、実際に俺も神に会えば『ははーっ』とひれ伏して、使徒の使命を受け入れる筈だと思っているのか。そんな訳ないだろうに。


「……で、今のうちに俺を誘惑?」

「はい。兄様を女色に溺れさせ、トリスタ王国に帰属させようと画策しています。彼女達が選ばれたのは元々旧知であったのと、その容姿からですね」

「なんとまぁ……」


 たしかに二人共、美人さんだけど。


「……はー」

 

 と言われてもなぁ……溜息しか出ないぞ。結婚だってよ。

 正直ラディリア達と、そういう関係になる自分が想像できない。確かに二人は美人だ。あんな美人には日本で会ったことがないし、おそらく日本に帰れば一生縁はないだろう。でもさ、そういう話は俺がこの地に満足して、定住したがっている前提での話じゃないのか。


 はっきり言おう。俺はこの世界が嫌いだ。


 最初に辿りついた町では、尋問され身包み剥がされそうになった。戦いに巻き込まれ、何度も殺されそうになった。戦争が続いている所為か人々の心も荒んでいて、王族でさえ俺が便利な魔法を使えるってんで、利用しようとしてくる。オラリアに移ったら更に誰も信用できなくなった。まさか助けて貰った人達に、奴隷として売り飛ばされるとは思いもしなかった。

 こんな世界にいつまでも居たいとは思う筈がないだろう。

 確かにラディリア達個人は、生真面目な性格で好感は持てるし何かと世話にもなった。でもトリスタ王国は俺を利用しようとしか考えていないし、其処に属している彼女達は結局信用が出来ない。迫られたってそんな関係になる訳にいかないのだ。

 だいたい皆外人なんだぞ。差別かよと言われるかも知れないが、いくら美人だからと言っても髪も目も骨格も常識も違う女と恋人になりたいと思うか。あの二人なんか俺と等身さえ違うぞ。背え俺より低いのに、腰が俺より高いんだぞ。気付いた時のショック分かるか。

 エロい意味でなら分かる。以前逃避行してた時に、ラディリアの胸を偶然掴んだ時はえらい感激したし、天馬騎士の丸見え背中には興奮した。今も近衛騎士達のふともも丸出しの軽鎧姿には目を引かれてしまう。俺も正直男だから性欲はあるし、そういう目で彼女達を見てしまう時もある。

 でも、それで恋愛感情を持てるかというと別だ。なにせ常識が全然違う。彼女達はこの弱肉強食の世界で生きており、民と己を守る為に日常的に戦っている。人殺しは仕方ないと誰もが言う。そんなの俺には受け入れられない。こっちの世界がそうだから仕方ない、と言われても慣れることが出来ない。今迄の常識を捨て去って『ヒャッハー。敵は皆殺しだぁー』なんて、俺がなれる筈がないのだ。

 そりゃあ異世界に来て美女とねんごろになるなんて、夢みたいな話だと思う。でも実際には戦争中で殺し合いをしてる世界。それを日常として生きる女達と恋人になりたいかと言われると断じて否である。そんな女怖いよ。超怖えよ。毎日刃物の手入れしてんだぞあいつら。放っておくと鍛錬とか言って剣で切り合い始めるんだぞ。傍にいて落ち着かねえよ。

 そういうのは漫画や映画の世界で十分だ。俺はとっとと自分の世界に帰って安心して暮らしたいのだ。

 たしかに良い人もいたし、助けられたりもしたが、ここに居つきたいとは欠片も思わないし思えない。そんなのはゲームや漫画の世界の主人公達がするべきことであって、俺みたいな凡人がするもんじゃないのだ。


「そうですか……たしかに兄様はこちらでたくさんの危険に巻き込まれましたので、平穏な自分の世界に戻りたいというのも分かります」

 

 リーダが淡々とした表情で頷く。ああ、面と向かってお前達の国も人も嫌だと言われたら傷つくか。配慮が足りなかった。


「いや、お前には感謝している。世話になったよ。はっきり言って、お前がいないと俺が死んでた可能性すげえ高いし」

「私など」

「いやいや。本気で感謝している。でも、同じくらいこの世界に嫌気もさしてるんだ」

「そう、ですよね……」

「悪いな」


 俺は平和ボケ日本の平和ボケ日本人だ。人権という考えが深く根付いている。だから、人の命の安いこの世界が居心地悪くてたまらない。地球の扮装地帯でも同じ様に人権が軽いところがあるだろう。だから俺は間違いなくそこでも生きられないだろう。こう言うと、どこまでヘタレなんだと自分でも思うけど、何度も死にそうな目にあった今では『どう言われても構わないから、早く帰してくれよ』と叫びたいのが本音なのだ。

 俺は帰りたいのだ。自分が落ち着ける場所に戻りたいのだ。

 甘えだとか、逃げだとか見捨てるのかとか言われようが、もう知ったことか。責められる覚悟はした。誰だろうと好きに言え。いくらでも罵声を浴びせろ。どう言われようと俺は帰ると決めているのだ。

 俺を懐柔しようとしている連中は、そこが理解できていない。

 ずっと戦乱が続いていた世界で生きているから、平和ボケした世界から来た人間が、その平和ボケ思考を考え直せないということを理解できないんだろう。連中にとっての常識は、俺にとっては非常識なのに。


「話を戻しますね。動きが活発になってきた理由ですが、トリスタ王国としては大神殿で兄様が使徒の使命に目覚める前に、二人を兄様と親しくさせてしまいたい訳です」


 目覚めないっちゅーに。前提おかしいだろ。

 

「もし兄様が大神殿でヴィスタ神と対話され、使命に目覚めたとします。即座に大司祭からの御触れが各国へ回って大騒ぎになるでしょう。その時にトリスタ王国としては、彼の使徒はトリスタ王国の市民権を得ており既に妻帯もしている、自分達が後援国一位の座を既に占めていると、周辺諸国へ触れ回る準備をしているのです。おそらくミモザ宮廷魔道士等の主導と思われます」


 それはなんだ。取らぬお猿と皮算用だったか。徒労に終わるのに、まぬけな話じゃないか。はぁー……。それで二人は上司らにせっ突かれ、大神殿に着くまでに俺と関係を結べと追い込まれていると。


「女王が来訪された時、御二人が叱責を受けたと聞きました。たぶんこのことです。兄様の篭絡が進行していないことで、お叱りを受けたのでしょう」

「うっそ」

「先日宿場の湯場で二人と鉢合わせしましたよね。実はあれもその計画の一環でした」

「うっそお! あれわざとだったの!?」

「はい。計画としては、私とトッポ君を排除して兄様お一人を呼び出し、二人で迫ろうとしたのでしょう」

「マジかい!」


 あの二人って、俺の世界のクラスメイト女子よりよっぽど貞操観念しっかりしてるぞ。好きでもない男に裸を見せるのなんか死んでも嫌だったろうに。それを無理矢理やらされたんか。なんてこった。俺、こっちに来て唯一凄い思い出できたぜラッキーとか浮かれちゃってたよ。


「そりぁまた……二人も大変だな。酷え命令受ける羽目になって」

「はい?」


 心底同情するわ。せっかく美人に生まれてきたのに、異世界から来た小僧を誘惑して結婚してしまえと上司から命令され、裸で迫らせられるのだ。それで、もし成功して結婚する羽目になっても、一生好きでもない男と一緒なのだ。ブラックな職場なんてもんじゃない。転職雑誌でも差し入れてやった方がいいのだろうか。持ってないけど。


「え、いえ。御二人自身に問題はないというか……」

「あーっ、そういや部下の連中が、なにかとはやし立てていたのはそれが原因か。なんかのネタかと思ってた。なんだよ、あの連中全員で、俺と二人のどっちかをくっつけようとしている訳か」

「あ、はい。そうですね」

「うわー、それじゃあの二人逃げ場ないじゃねえか。せっかく美人に生まれたのに、こんなとこで人生詰まされようとしてんのか」


(どうしよう。部分的には合っているのに、肝心なところを全然理解してくれない。なんでこんなに色面疎いの。もう、このまま話も進めちゃっていいのかな)


 なんかリーダがぶつぶつ言ってる。


「それで、リーダとしては俺に警戒するようにってことか」

「あ、はい。そうですね。これから護衛団の方達に、数人は常に身近に控えていただくよう手配しましたので、了解いただきたいと」

「ふうむ……」


 相変わらず手回しが早い。こいつがいるだけで本当に身辺は安心だ。でもそれに甘えてちゃ駄目なんだよな。こんな無駄なことにあの二人が苦労してるのも可哀想だし、この娘にもいらん心配ばかり掛けさせるのもなんだ。護衛団のおっさん達にひっつかれるのだってうっとうしいし、俺もなにかしないとな。



               ◇



「で、俺を誘惑させる羽目になってるんだって? お前等も大変だな」

「ぶごおっ!」「ごほっ、ごほっ!」


 色々考えたが、良い案が浮かばなかったし段々と腹が立ってきた。面倒臭くなってきて、皆が集まってる食事の席で、対面に座ったラディリアとイリスカに直接言うと、二人は盛大に飲み物を吹いた。


「!!!」

「気付かれたっ」「あああーっ」「ついに……っ!」「いや、時間の問題だったって」「遅過ぎっ」「今頃ですか」


 同席していた部下の近衛女子達が凄いリアクションして身悶えている。みんな動きが派手だ。こいつらすっかりコミカル集団になったなあ。

 横を見るとリーダも『直接この場で言っちゃうかー』と目を×にしていた。ぶっちゃけたのは、この子にも不評なようだ。


「いやでもさ、こんなことで揉めるなんて馬鹿らしいだろ。とっととミモザの婆ちゃん呼び出してもらって、俺が話をつけた方が早いよ。違うか」


 俺が出した結論はこれだ。命令している連中に直談判して解決だ。

 女王さんは厳しいけどミモザ婆ちゃんは優しいから言えば判ってくれると思うのだ。女王さんへは馬鹿なことすんなと文句を言えば良い。近衛達は本国と連絡用の水晶で定期的に連絡を取っているから、俺もその席に混ぜてもらって話せば早いだろう。ばれたぜ、もうこんなの止めてくれ。わかったぞい。お国の為とはいえすまんかったのう。ほら、終わりだぞ。ぞいぞい。


(そのミモザ様が指示してる筈なんですがー。なんで兄様はあの方だけは信用しているのー)


 リーダがぼそぼそ叫んでる。


「あ、あの。それは……我々の一存ではっ……」


 一番しょっぱい表情をしていたイオネ副長が、近づいて反論してくる。あ、この人がこっちで監督しているボスなんだっけ。でも、ここでしらばっくれるとかしないのなら話が早い。


「じゃあ、誰に聞けばいいんだよ。言っとくけど何日もたらい回しにして話を引き伸ばすんなら、こっちの姫さんに直談判するぞ」

「ちょっ! お止めください!」


 おお、効いた。リーダの予想通りアンジェリカ姫には秘密で行なっていたようだ。確かにあの潔癖な姫さんが知ってたら黙っていないだろう。あの娘、使徒の俺に仕えるとか言ってるんだから。それなのに、自分の近衛達が俺を騙して篭絡しようとしているなんて知ったら、そりゃあ怒るだろう。


「あ、明日……いえ、明後日の夜に席を設けますので。この件はアンジェリカ王女には内密に願います」


 なんか百面相して身悶えていたイオネさんが、がくりと肩を落として頭を下げてくる。お、勝った。交渉勝ちだ。どうだリーダ。これって俺も少しは成長してるだろ。……なんでお前も一緒にがっくりしてんの。駄目だったの。

 顔を戻すと正面のラディアリアとイリスカが何か言いたそうに口をパクパクしているが言葉になってない。お前等もか。はっきり言え。好きでもない小僧を誘惑する羽目になっているのを助けてやったんだぞ。ここは感謝してもらっても良いところじゃないか。


「なんだよ。こんなのは俺がミモザ婆ちゃんに話をつけたら終わりだろ。そしたらもう、変な苦労しなくても済むんだぜ」

「それはっ……」

「確かに、そうかもしれませんがっ……」

「なら変な駆け引きなんかやめようぜ。せっかく一緒に旅してんだから、騙すとか懐柔するとかなんて関係ヤダよ。腹の探り合いしながら進むなんて疲れちまうよ」

「「……」」

「敵なんか山賊とかでもう十分だって。せめて仲間内では仲良くやろうぜ。……俺、間違ってる?」

「……いや」

「間違っては……ないわ」

「じゃあ良いだろ。俺がミモザ婆ちゃんに話つけて終わりだよ」

「う……うむ」

「そう……ね」


 ほら了解した。どうだリーダ。これで解決だって……なに口をむにむにしてんの。

 他の連中はどうなんだ。ん、ん?と部下の女騎士達にも顎を突き出して催促すると、了承した雰囲気で苦笑いが広がる。十代中心の女子達らしく「あーあ」とか「残念」とか言ってるので遊び気分でもあったのだろう。調子の良い連中だ。責任者らしいイオネさんだけは肩を落としているが。

 ラディリアとイリスカも納得しきってはいない様子だが、これで変な命令に従わなくて済むのだ。そうなれば肩の荷も下りるだろう。二人には世話にもなってるし、少しは借りも返せたかもしれない。この話はこれにて解決だ。


 ――でも、俺の話はここからが本題なのだ。


「でさ、俺は怒ってるんだけど」


 俺なりに今回の対応策を考えていくうちに、だんだん腹が立ってきたのだ。だって、そうだろう。表では協力しておいて、裏では女を使って騙そうとしてたなんて気に入らないに決まってる。少しは文句を言ってやらないと気が治まらない。ここは釘をさしておく必要があるだろう。そう、俺の話はこっちがメイン。これから俺の、説教タイムが始まるのだ。

 顔を引き締めて、ひとつ大きくテーブルを叩く。びくりと皆が目を見張った。


「馬鹿にされたもんだよな! ちょっと美人が寄ってきたら、鼻の下伸ばして飛びつく男だと思われてたんか!」

 

 俺の怒りを感じたのか。女騎士達が一斉に硬直する。よし、出だしはOK。遠くの席で爆乳傭兵デルタさんが、ん、ん?と俺の話に首を傾げているが見えない聞こえない。


「俺は最初からずっと言ってる筈だよな。使徒なんか知ったことじゃないし、なる気もないって。これから大神殿行って神さんへ直談判したら帰るんだって。アンジェリカ姫は、それを聞いた上で同行するって言ってくれて、これはそれを納得した上での一行の筈だぞ。本当は違うのか!」


 俺の怒り具合が伝わったのか、皆が顔を強張らせる。関心を得なくてはいけない筈の相手を、怒らせている事実にようやく気付いたようだ。責任者のイオネさんなんか青くなっている。


「これは裏切りじゃねえのか! 表では従って裏では騙す。それがあんた達トリスタ王国のやり方なのか」


 皆がうつむく。ああ、なんか気分が良い。これは乗ってきたぞ。


「そんな連中は信用出来ない! 当たり前だよな。 ……あー。やっぱ、皆とは別れてリーダと二人旅に戻った方が良いかもな。そうしようかリーダあ?」


 わざとらしく首を傾けて、リーダに問い掛ける振りをする。

 今の俺には金とリーダがある。こいつらと喧嘩別れしてもなんとかなるのだ。その自信がこの強気の言葉を引き出させる。以前は保護してもらってる身分で言いたいことも言えなかったが、今の俺は対等以上に物を言えるのだ。


「も、申し訳ありませんでした!」

「「申し訳ありません!」」


 イオネさんが肩膝をつき頭を垂れると、慌てた部下達が一斉に駆けてきて、上司に倣って謝罪のポーズをとる。もちろんラディリア達もだ。自分達のしてきた意味がやっと判ったのだろう。

 おーっ……。おお、やばい。気持ち良い。これが他人に説教するってことか。快感だ。なるほど。なにかと酔っ払いが他人に説教したがる気持ちが判った気がする。これ楽しいわ。


「ふむふむ…………ん?」


 先頭のイオネさんが真っ青な顔で震えていた。ちょっと言い過ぎたかもしれない。彼女は責任者だ。俺を怒らせたなんて王国へ報告したら、どんな処分が下されるのか判ったもんじゃない。


「……」


 この世界は物騒だ。失敗した=説教ではなく。体罰や降格、追放なんてざらにあるかもしれない。あの女王さん結構ドライだからな。

 そう気付いた途端、急に罪悪感が沸いてきた。しょせん自分は小物である。人に説教するのもこれが初めてだ。自分で言い出した話なのに、相手を震わせる程怖がらせていたと気づいたら急に居心地が悪くなってきた。

 正直、怒っているといっても激怒している程じゃない。ラディリア達個人には騙されたというよりも、ひどい命令を受けて可哀想だなという同情の気持ちの方が強いのだ。別れるかと言ってみたが、道中山賊が闊歩する以上、皆と一緒の方が安全なのは間違いない。正直本気で飛び出す気なんて無い。もちろん釘を刺す意味で怒る必要があったとは思う。でもずっと責め立てる気も俺には無いのだ。


「う……ま、まぁ……お前等も上からの命令で仕方なくやったんだろうし。そこはな。考えんでもないし。気持ちもわからんではないけどな」


(甘っ)(ちょろっ)


 部下の小娘達から、なんかぽそぽそ聞こえた気がする。

 急にトーンを下げた俺を見て、リーダが代わりましょうかと視線で問うてくる。しかし彼女に相談無しにぶちまけておいて、言葉が続かなかったからと後を任せるというのも格好悪い。


「あ、あーっと……だ、だからな。お前等も立場があるだろうが、一緒に旅してるんだから仲良くしようぜってことだ。ただでさえ賊が襲ってくるような物騒な道中だ。少しでも安心して旅したいんだよ。だろ。な」

「「……」」


 皆は神妙な顔をしてうつむいているが、なんか尻すぼみの説教になってきて、締まりの無い空気になった。

 リーダも小首を倒してしょんぼりしちゃった。すまんのう頼りない兄貴で。

 いかん。もう駄目だ。

 パンパンと手を叩き話題を変える。


「はいはい。説教終わり。座れ座れ。明日にミモザ婆ちゃんと話してこれは終わり。もうこんなことすんなよ~」


 駄目だ。耐えられなかった。説教失敗した。ここは明るい話題に変えよう。なんかないか。二人をからかって明るくしよう。

 皆を席に戻らせて、食事を再開させる。微妙な空気なので俺は声を張りあげた。


「はははっ。しっかし、人選おかしいよな。いくら美人だからって、こういうのには向き不向きってのがあるだろー」

「「ぐっ……!」


 年少の護衛女子達は切り替えが早い。小さく吹きだした。ホラ、食いついた。

 元々同じことを考えていたのだろう。他の女騎士達も口元を押さえて、肩を震わせている。そりゃそうか。いくら美人だからって、この脳筋二人が男を誘惑なんて無茶振りだって誰もが思うよな。


「お前等騎士馬鹿二人に男を誘惑すれだなんて、上もよくそんな無茶な命令したもんだよな。向き不向きってのを無視し過ぎだろ」

「「くっ……!」」


 自覚があるところを突かれたのか二人は口篭った。調子に乗った俺は、殊更ふざけた口調でからかう。


「なんか妙に絡んできては殴ったり蹴られたりするから、処刑場からの後始末を押し付けた恨みが、まだ溜まってたのかと思ってたんだけどさ」

「そ、それは!」

「確かに……そういう気持ちもありましたけどっ」


 おい、あったんか。まだ根にもってたんか。


「そう言えば最近妙に絡んできたりしてたよな。もしかしてあれで迫ってるつもりだったのかお前等。アレがお前等流のオトコの落とし方ってやつなんか? 凄いなおい。俺は痛いとか、怖え、としか思わなかったぞ。効果出てないじゃねえか」

「「……っ!」」

「こないだめし食べさせようと、匙をよこしたのもあれか。あれが誘惑だったんか。お母さんかお前等は」

「「くうっ……!」」


 真っ赤になって唸る二人に、近衛女子達のくすくす笑い声が重なる。自分達が煽ってたくせに勝手な連中だ。


「いやー。本当、命令とはいえ好きでもない男に迫るなんて、騎士って可哀想っつーか。馬っ鹿だなー」

「「…………」」


 いきなり室内の空気が変わった。

 ラディリア達二人は、顔をあげて呆けた表情をする。 


(……?)


 なんか急にしーんとなったぞ。見回すと全員が白けた表情で俺を見ている。静けさはさっきまで説教を受けてた時と同じなんだけど、俺へ向けてる空気が違う。

 あ、あれ。えー……っと、なんか妙な感じなんだけど。なんで俺、全員からそんな目で見られてんだ。


「どしたん……?」


 もういいから、終わりましょうとリーダが袖を引いてきた。


(信じらんないっ……)(やっぱり)(二人のこと分かってないよ)(全然通じてないよ)(アホじゃないのこの人)


 いやいや、リーダ。終るにしてもこっちの気持ちは伝えておかなくては、な。


「ないわー 俺がこっちの世界の女と結婚するなんてないわー、あははは。なんでこんな殺伐とした世界の女とねんごろにならんといかんのさ。しかも相手がこの二人だぜ。確かに美人だとろうけどさあ。こんな脳味噌筋肉の女と一緒になりたいと思うかっての。なんでこんな無駄なこと考えるかね。怖え。怖えよ」

「………………」


 ぎりりっと歯軋りの音がした。見るとラディリアとイリスカがフォークを片手に歯を食いしばって震えている。


「無駄だと」「無駄ですって?」


 怒りに押し殺した声が響いた。


(遅かったー)(火いつけちゃったー)


 俺は日本へ帰ることを諦めないのだから無駄だと言ったつもりなんだけど、なんか変なところに引っ掛かったようだ。


「……いや、だって無駄だろ。お前たちだって自分に似合わないことさせられてんなって思ってたろ。嫌だろこんなの」

「そうだがな!」

「だからと言って、それを貴方が言いますか!」

「は?」

「私たちは女だぞ!」

「国に忠誠を誓った騎士ではあるが、一人の女でもある!」

「……そりゃそうだろ?」


 男にゃ見えんよ。なんだよ。俺って今更そんなことを見間違いする奴だと思われてんの。流石に心外だぞ。


 さっぱりわからなくて呆けていると、二人はイライラしだした。何か言おうとしたラディリアをイリスカが抑えて耳元に何か呟く。頷くラディリア。

 二人が机を叩いて立ち上がった。その形相は怒りの表情だ。


「え、なんで怒ってんだ?」


 理解できない俺が気に入らないのか、二人は俺を睨んだまま目を座らせた。


「――わかりましたわ」

「覚えておくが良い!」


 なんか格好良い捨て台詞を言って、二人は肩を怒らせ颯爽と去って行った。おいおい。説教してた筈が、逆に怒られて捨て台詞吐かれたぞ。追いかけていって尻蹴飛ばした方が良いのか。

 指を差して何あれ? とリーダに聞いたら、目を×にしたまま固まっている。残された近衛騎士の女部下達の視線もめっちゃ冷たい。あれ。

「あーあ」「ないわー」「残念一代男だわー」とか無茶苦茶言ってる。お前等さっきまで俺の説教受けて神妙にしてたのに、なにその変わり身の早さ。

 いやだって、本人達も無理矢理だって嫌がってただろ。俺は助けてやろうとしてんだよ。なんで。なんで怒るの。

 またなんか外したのか。 ……えーっ。女ってわっかんねえな。



               ◇



 事件はその夜に起こった。

 いざ就寝となった夜半に、ラディリアとイリスカが部屋を訪れてきたのだ。

 何の話かと腰を浮かせたところ、リーダに話があると彼女を誘って廊下に連れ立って行った。

 しばらくして、二人だけが戻って来る。リーダの姿はない。聞くと話があるので席を外してもらったという。


 昼間の件で怒りがまだ治まっていないのか、二人から妙な気迫を感じる。なんだろう。やっぱ昼間の話の続きなんだろうな。なんでも的は得ていたが、女心への配慮が足りなかったから怒ったとかリーダが言っていた。ここで改めて女心が判らないのかって説教されるんだろうか。まいったな。当たり前だろ、俺は男だから分かんねえよって言い返しても通じないんだろうな。実際高校のクラスで女子達は怒りだしたしな。理不尽だよなぁアレ。


「リーダ嬢には許可を貰った」

「一度きちんと話しておきたいと、正直に説明したのよ」

「やはり私達に謀は似合わないな」

「ええ、最初からこうすればよかったのよね」

「……はあ……そんで?」


 椅子に座った俺の前で、姿勢良く並んで立ち、こちらを見下ろす二人。ランプの明かりに照らされて彫像みたいな美貌が浮かんでいる。黙っていると本当に人間離れした外見だよなこの二人。


「まず…謝罪をしよう」

「ええ、そうね。貴方を騙して謀を立てたのを正式に謝罪するわ」

「……確かに恩人である貴方を騙し姦計を迫ろうというのは、騎士の道理にも劣る。謝罪しよう。すまなかった」

「私もです。命令とはいえ、こんなこと受けて良いものではなかったわ」


 騎士の謝り方なのか、胸に片手を当て、肩膝をついて頭を垂れる二人。これは真面目に返さないといけないんだろうな。


「……そうか。まあ別に。上からの命令じゃ従うのは仕方ないとは思うけどさ。だからといってこっちも絆される気はないからな」

「そうだな。貴公の考えはそうであろう」

「今迄見てきたから、貴方のその気持ちは分かるわ」


 まあ、明日ミモザ婆ちゃんに話せばそこで終わる話だ。

 うんうんと互いに頷きあったのでこれで話は終わりの筈だ。しかし、何故か二人は更に緊張感を高めて顔を強張らせた。

 二人は何度も深呼吸を繰り返し、目配せをして、まるで勇気を分け合う要に手を握り合った。あれ、この二人こんなに仲良かったっけ。あ、手を離した。そして拳を握り直し、裏拳をこつこつぶつけ始めた。互いに鼓舞するように発破を掛け合っている……のか? ……なに俺の前で盛り上がってるんだろうこいつら。

 首をかしげて眺めていると、突然キッっと顔を引き締めて俺を正面から見据えてきた。


「正攻法で申し込むわ」

「引けない戦いがあるのだ」

「女の矜持が掛かっているのよ」

「ああ……うん?」


 なんか盛り上がっているらしいが、何が言いたいのかさっぱり分からない。


「貴方に理解してもらうには、本当はもっと手順を踏むべきだとは理解している」

「でもそれでは何時伝わるのか判ったものではないの」

「それに貴方の様な朴念仁には、きちんと言葉にしなくては通じないと分かった」

「私達が何とも思っていない男に対して、唯々諾々と迫る女だと思われるのは心外なのよ」


 なんだよ。前置き長えよ。バラエティ番組じゃねえんだから早く先に進めろよ。


「み、みみみ認めよう! 私は貴方に懸想している!」

「っ! わひゃっ、私もです! 私イリスカ・ヴェローチェは貴方を好いている!」




「………………………………………………………………………は?」




 二人の顔が赤い。白磁の様な顔が夜のランプだけでなく赤く染まっていく。ついには俺の怪訝な視線を受けて真っ赤になった。唇が震えている。

 なんかのネタ。ギャグ。どっきり? いやいや、この二人がこんな状況で嘘をつく筈もない。

 本気で言ってる。は、え? 


 はえ?


 んんんん?


 ちょっと待て!

 

「いやいやいや! ちょっと待て! 何暴走してんだ。落ち着けって!」

「おおお落ち着くのは其方だ!」

「ええぅえっ、落ち着きなさいっ!」


 いや、絶対こいつらも落ち着いていない。その証拠に何故か拳を握って身構えている。なんだそのファイティングポーズ。誰と戦う気だ。


「わ、私は好きでもない相手に身を任せようとする女だと思われては心外なのだ」

「私もよ! 王家の命だとしても、不実な行動をするような女と思われてはヴェローチェ家の名折れ!」

「オーガスタ家の、いや私自身の女としての矜持がある!」

「「其のような考え違いを起こされるのは、我慢できないのだ(よっ)!!」」


 え、なにこれ。これ告白。告白? 俺告白されてんの? なんでこんな喧嘩腰なの。怖いんだけど。全然嬉しくないんだけど。

 違う。絶対違うぞ。こんな告白する奴なんている筈がない。

 こいつらムキになってるだけだ。自分達が迫ったのに上手くいかなかったんで怒っているんだ。

 女のプライドってのを傷付けられて怒ってるんだ。それでファイティングポーズか。やっぱ騎士馬鹿だ。脳筋だ。


「まて落ち着け。ゆっくり! スローリィ! スローリィ!」

「何を慌てているのだ」

「貴方の方こそ落ち着きなさい」

「じゃあその構えを止めろ! 怖えんだよ!」

「これは私の本気を見せる為なのだ!」

「乙女の本気を知るがいいわ!」


 胸倉をつかまれた。ラディリアの真剣な顔が間直に迫る。

 火花が散った。

 鈍い音と共に俺とラディリアの顔が飛び跳ねる。頭突きをくらったのだ。痛え。


「下手糞ね! 代わりなさい!」

「う、うりさい!」


 霞んだ視界の端で真っ赤になったラディリアがイリスカに抗弁している。

 くそ、なんだ。頭突き下手も糞もあるか。イリスカがラディリアを押しのけて強引に俺の前に割り込む。そして俺の両肩を掴んで顔を寄せる。再度火花が散った。今度は頭じゃなく鼻骨がぶつかった。


「……っ!」

「馬鹿者め、お前も失敗したではないか。それ見たことか!」

「ちっ、違っ!」

「――痛えんだよっ! この野郎共!」


 いくら怒っているのだとしても、二連続で頭突きを喰らっては俺も我慢できない。掴まれた腕を振り払う。


「畜生、やるのか。やんのかコラ!」


 ウルト○マンポーズで構える。


「違っ!?」

「そうではなく、本気をっ!」

「本気を見せようとしたのだ!」

「本気で喧嘩するってえのか。いいよ。やってやろうじゃねえか!」


 こっちも血が昇ってきた。じんじん痛む額と鼻。おお、鼻の頭がつんとしてる。鼻血が出る前兆じゃねえか、ふざけんなよこの野郎!

 殺気立って身構えた俺を見て、何故か二人は身構えるのを止めて頭を抱えだす。


「ああもう! 通じない!」

「どうすれば伝わるのよ!」

「なんだこら! 今更びびってんのか!」

「違うって言ってるのに!」

「くそっ! こうなったら!」


 ラディリアが上着に手を掛け、勢いよく脱ぎ去った。


 ――?


 突然の奇行に俺は唖然とした。

 なにすんだ、こいつ。

 続けて彼女は服のボタンを外し始める。

 それを見たイリスカが負けるものかと同じく上着を投げ飛ばし、同じくボタンを外し始める。


 ――???


 意味がわからない。二人してストリップを始めやがった。

 怒りで頭がおかしくなっただろうか。二人揃って? そんな訳ないよな。

 なにかに着替えるつもりかと足元に目をやるが、特に着替えは無いようだ。プロレスの変身衣装でもあるのかと思ったんだが違うようだ。じゃあ、なんだ。

 呆気に取られているうちに、二人は上半身に纏っているものを全て脱ぎ去った。


「見ろ!」

「見なさい!」

「「これが私達の本気よ!」」


 真っ赤な顔で二人は肢体を晒す。ランプの灯りに照らされて美しい裸身が浮かび上がった。

 間近で見るとラディリアの胸は本当に巨大だ。そしてイリスカも結構あった。

 普通なら見惚れて鼻を伸ばすところだろう。しかし、今の俺はそんな余裕はない。

 やっと理解できたのだ。

 これはアレだ、好きだという本気を裸になることで示しているんだ。

 何だ。俺は今、女に迫られているのか。

 女が男に迫ると言うと、学校の校舎裏でつきあってください的な告白シーンしか頭になかった。あまりにもそれと違うので俺は気付けなかったのだ。

 じゃあさっきの頭突きはアレか。キスしようとしたのか。失敗して頭突きになっただけなのか。二人揃って失敗するって漫画かよ。なんだよそれ。あ、ということはなんだ。俺は今、女に誘われ――違う違う。誘惑なんて甘いもんじゃない。なにせ二人の目が違う。気配が違う。迫力が違う。これから殴られ、倒され――押し倒されて組み敷かれる自分が脳裏に浮かぶ。


 (怖えっ!)


 襲われようとしてんぞ俺!?

 反射的に身体が動いた。俺は逃げだした。


「ちょっ」

「何を?」


 隣室へと続くドアへ向かった俺。しかし焦ってドアノブが掴めない。

 振り返って目を合わせた瞬間、二人が俺の怯えに気が付いた。


「こっ……!」

「逃げるの!?」


 紅潮した顔を羞恥から怒色へと変えてこちらを追いかけてくる。あ、そうか。今の俺は女の意地とやらを無視して逃げようとする非道な男か。いやだって無理だってば。怖えって!

 なんとかドアを開けて隣室に逃げ込んだと思ったらそこは寝室たった。ヤバイ。逃げたつもりが逆に襲われやすい状況になった。葱しょって鍋に飛び込んでどうすんだ大鴨新平!

 どうするか、どこかに隠れるかと動いた瞬間、我に返る。そうだ。俺には踊りがあった。

 両手を大きく広げ、足を交差、アヒル口でスピンターン! そして素早く両手を屈伸!!

 脳裏に踊りの言葉が響く。


【失笑と失影のサイレントターン】


 この踊りは俺が指定した人物の姿を周囲から見えなくするものだ。体が半透明になって存在が気薄になる。

 二人がドアを開けて飛び込んできて部屋を見渡す。


「いない? 消えた?」「なんだと!」


 いぶかしむイリスカ。しかし俺と一緒に旅をしていたラディリアが直ぐに気付く。


「……違う。踊りの魔法だな。チンペーは例の姿を消す魔法を使ったのだ。姿を消して隠れているのだ!」

「隠れ……っどうして!」


 やばい。イリスカも怒ってる。裸で迫って逃げられたらそりゃあ怒るか。でも無理だって、お前ら怖さが半端ないって。


「おのれチンペー! なぜ隠れる!」


 ラディリアが責める様に叫んだ。そりゃ怖いからだよ! 心臓バクバク言ってるよ! 脂汗かきまくってるよ!


「どうすればその魔法は解けるの?」

「そうだな。アレは姿を消し続ける為、不自然な姿勢を維持しなくてはならない。動揺して少しでも動けば魔法は解ける筈だ……剣でも振ってみるか」


 とんでもねえことを言い出すラディリア。俺を殺す気かお前。


「動揺ね……わかったわ」


 どうするかと思ったら、なんとイリスカはベッドに腰掛けてブーツを脱ぎ始めた。


 ちょっと! おい! ストリップ始める気か!?


「おい……」

「これが男性には一番効果がある筈よ。何……貴方はいいわよ。そんな度胸なんて――」

「……っ!」


 一瞬でムキになったラディリアが、対面のベッドに腰掛け、同じくブーツを脱ぎ始めた。


 ちょっ、やばい。み、見たい。

 こっちが止まっている状態で服を脱ぎだされると、男の欲望が刺激される。いけないとは思いつつも、横目を限界まで動かして視界に入れようとしてしまう。そんな場合じゃないとは分かっている。でも仕方ないじゃん! 俺、男の子だもん!


 ブーツが転がり、次いで太腿まで覆っていたタイツが部屋を舞った。


(……!)


 彼女達の肢体はギリギリ俺の視界の端で見えない。見たい。見えない。いや見るな俺!


(動いちゃ駄目だ。動いちゃ駄目だ。動いちゃ駄目だ!)


 でも男の本能が首を曲げて正面から見たいと叫んでいる。恐ろしい。なんて危険な罠だ! うおぉ、さっきの鼻血が垂れてきた!

 それでも姿を現さない俺に対し、二人はショートパンツにも手を掛けた。

 挑発するように寝室に舞う二つのショートパンツ。

 

(ううおおおおっ! 見えねえ、ちくしょおおっ! いや、駄目だ。見るな。気にすんな!)


 とうとう下着一枚のみとなったらしい二人。そして両手を広げて部屋内を駆け出した。目の前に裸で迫れば俺が動揺して動いて姿消しが解除されると考えたようだ。そこまでは気付けたがこちらに対抗策はなかった。彼女達の行動は正解だ。文字通り裸で迫ってくる光景に、俺は動揺してスッ転んだから。


「おわあっ!」

「「いたああっ!」」

「掴まえた!」

「逃がさんぞ!」

「犯人みたく言うな!」


 折り悪く倒れたのはベッドの上。二人はそのまま俺の上に圧し掛かる。


「だだだ大丈夫よ。直ぐによくなるわわわ」

「男女はそういう風に出来ているのだ。ほほほ本能に身を任せるのだ」


 言葉だけ聴けば初々しくて可愛らしいのだろうが、実際に迫る二人の目はギラついて鬼気迫っている。何故俺の手足を押さえつけるお前ら!

 怖い。怖え。普通女に迫られるなんて、男にとっては嬉し恥ずかしの夢のイベントの筈だ。しかも相手は超美人の女二人。俺には一生縁のないイベントの筈なのに、そのまさかが起きている。奇跡が起きている。でも全然嬉しくない。いや怖い。耳元で『ヤバイ! ヤバイ!』と危険信号が大音量で鳴っている。身の危険を、生命の危機を俺は感じている! 泣いていいか、叫んでいいか俺!


「うおおおおおお!」

「「きゃああっ!?」」


 滅茶苦茶暴れ、二人を押しのけてベットから逃げ出す。寝室を飛び出し、部屋のドアを開けて宿の廊下に出る。二人が追いついて来たので慌ててドアを押さえた。


「どうして逃げるのだ!」

「開けなさい!」


 やばい。二人の方が力が強い。これじゃドアが開く。もう一度消えるか。駄目だ。消えるだけではもう逃げられない! どうすりゃいいんだ!


「来るな。来んなぁ!」


 くんっ!


「!!!」


(なんか知らない誘導が来た!)


 腕が勝手に引っ張られる感覚。既知のどれとも違う。これは新しい踊り発現の現れ。追い詰められ、身の危険を感じた状況で、新しい踊りが発現したのだ!


「うおおおおおっ!」


(これぞ天の助けええっ!)


 扉に向かって掌を叩きつける。左右で何度も。叩く。叩く。押し出すように。


「ああああっ!」


 今度は両手を上下に構えてひねりをつけ叩く。

 諸手がり。

 よりきり。

 突き落とし。


(これって、これってアレなんか。どこに関係あんだ)


 どすこい。どすこい。どすこいいいいっ!!

 そこには、木製扉に向かって、ひたすら相撲の技をかける俺の姿があった。相撲ファンの母親が見たら何と言っただろうか。


「おおおおっ!」


 脳裏に新たな踊りの名が響いた。


【恐慌の横綱封印】


 踊りの名前にも俺の動揺具合が反映されてる。どんだけ怖いんだ俺。


 パキンッと大きな音がして扉の色が白胴色に変わった。まるで石にでもなったような変化。扉の材質も変わったのか、伝わる音も凄く小さくなった。


(開けなさい!)(開けるのだ!)(こら!)(女の本気を無下にする気か!)


「はっ、はあっ、はあっ!」


 聞こえない、聞こえない。怖い。本当に怖いっ!


 俺はその場を逃げ出す。もうリーダに助けを求めるしかない。二人を部屋に通したといっても、あの娘なら警戒して近くに居る筈だ。事情を説明してあの娘に場を治めてもらうしかない。助けてリーダえもん。


「うぽおおおあお!」


 俺は宿を飛び出して、外へと駆けだすのだった。





 大薮新平 封印魔法を取得しました。


えっと………………………………なんだこれ。

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