06.大薮新平 女王襲来
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎなスキルを得て異世界に召喚された。原因を知るべくウラリュス大神殿に向かう中、ユエル司祭が一軍を率いて現れる。そこには司祭長ファーミィの策謀が隠されていた。謎を抱えたままの深夜。新平と神獣ラリアは異様な気配を感じで飛び起きる。その元凶とは一体。
俺の肩にいる神獣ラリアが、虚空を睨みながら苦々しそうに唸った。
『望まぬ来訪であるぞ』
来訪……って何だ? 敵じゃないのか。
聞き返す間もなく、周囲が真っ暗になった。今晩は雲が無く、神門と呼ばれる月の代わりに浮いている岩石群が地上を照らしていた。その明かりがなくなった。つまり何かが上空で明かりを遮ったことになる。
「!?」
直後、周囲一体に暴風が巻き起こる。各地で天幕が跳ね上がり、一気に周囲は騒然となった。飛び起きた騎士達が何ごとかと声を上げ、王女を守れとラディリアの声が響き近衛達の足音が駆け回る。飛び出してきて突風をまともにくらったリーダは、俺の服の裾を掴みながらバタバタとふしぎな踊りを舞っていた。首根っ子を掴んで引寄せる。
暴風は直ぐに治まった。俺は神獣ラリアと共に、頭上を見上げたままだ。神門の青い輝きを背に、何かが浮かんでいるのに気が付いた。
何だ。何が浮かんでいる。翼、いや馬? 天馬だ。天馬? でもデカい。通常の倍以上の大きさだ。あれ。あれは。間違いない。え、なんで。
考えがまとまる前に回答が頭上から降ってきた。高らかな女性の声が周囲に響き渡ったのだ。
「さぁさ、アンジェリカ! 貴方の愛する姉が、誕生日を祝いに来ましたよ!」
「……っ!」
緊張感が一瞬で砕け散る。がくりと力が抜け、膝から崩れ落ちた。裾を掴んだままのリーダが、目を白黒させて俺と上空を交互に見比べている。
珍しいことに、今の一言だけで、俺は全てを理解した。
フォーセリカだ。今や女王となったトリスタ森林王国のフォーセリカ女王が、何故か上空に留まって、俺達を見下ろしているのだ。
どうやって此処へ。飛んできたのか。女王が国から飛び出してか。妹の誕生日を祝う為だけにか。今は真夜中だぞ。ああ違う、たぶん日付が変わると同時に祝おうと時間を合わせて飛んで来たんだ。なんだ、天馬は空を飛んで国境を越えられるから国際問題になり易いと法規制されてるんじゃなかったか。なんで女王自らソレ破ってんだ。国境の検閲も受けてないよな。不法入国だよな。領空侵犯だよな。一国の女王様相手に不敬かもしれないが、あえて言うぞ。
……馬っ鹿じゃねえのか。この真夜中に。
「お姉……女王陛下、でしょうか」
アンジェリカ姫さんが、夜着の上に上着を羽織ったまま集団から前にでてきた。
「ああっ! アンジェッ!」
なんと女王は地上十mに浮かぶ天馬の背から槍を片手に飛び降りた。神門の光を背に、美女が大の字で飛び降りるその姿は、アニメの主人公かくやという無駄に美しい光景だ。しかし、その手に持った神器たる神槍が物騒過ぎて、俺とラリアは怖気づく。
女王は重力を無視したかのようにヒラリとアンジェリカ姫の前に降り立つと、即座に彼女を抱きしめた。あの非常識な動きは槍の能力か。持ち主に重力制御でも掛けてるのだろうか。しかしその神槍も、用無しとばかりに脇に放っぽられて転がっていく。
「ああ、アンジェ。ここは王宮ではなくてよ。何時ものように私を呼んで頂戴!」
「お、お姉、さま?」
「ああおっ、アンジェッ!」
ひしと抱き締め合う姉妹。いや、良く見ると一方的に鯖折りされて、アンジェリカ姫が苦しそうに喘いでいる。幼女が真夜中に叩き起こされて鯖折りは辛かろう。俺は集まってきて次々平伏する近衛騎士の一団に声を掛ける。
「……おい、ラディリア。宝珠で本国に連絡した方が良いんじゃねえのか」
無断で国境侵犯だもんな。この女王、絶対臣下達に話さないで飛び出して来たに違いないぞ。何日掛けて飛んできたのかは知らないが、王宮が大騒ぎになってるんじゃねえのか。
俺の言葉を聞いた耳聡いイリスカが、イオネさんと確認すべくすっ飛んで行った。
俺は肩の神獣ラリアに確認する。
「お前感じたのアレ?」
『うム』
目の前に光る神槍が転がっている。俺が感じたのもアレだ。久しぶりに見ると槍から凄い威圧感を感じる。ただの槍なのに、なんであんなに存在感があるんだろう。
「ラリア、お前もあんな武器持っているの?」
『……ふむん。あのような物は不要』
「なんだ。ないのか」
『あの器は神アウヴィスタが生み出した神獣に下賜するもの。偉大なる父神オーヴィスタから生まれし我には縁なきものよ』
「ふうん……」
どうやらあの神槍は、アウヴィスタが作った神獣からしか王族へ渡されないらしい。なんでだろ。砦ひとつ吹き飛ばせる兵器なんだろ。他の神獣達と比べて不公平じゃね。
『……』
なんかラリアがずっと槍を睨んでいる。やっぱり本音は欲しいのか。
『ム、否。何やらあの器の気配、身覚えが在る……』
持ってないと言ったくせに、なんかおかしなこと呟いてる。もう歳なんだろか。5千歳だっていうしな。
そこへゆっくりと、トリスタ森林王国の神獣である天馬王トリスが地上に舞い降りてきて――俺の目の前に降り立った。うわー、やっぱこっちに来たか。面倒くさいな。
と、思いきや。奴が声を掛けたのは俺じゃなかった。
『獅子か、何故ここに在るか』
こいつは同じ神獣であるラリアを見つけて、声を掛けてきたのだ。
『貴様に伝える必要に在らず』
『ほう』
「……おい」
あっという間に険悪な空気になった。
予想した通り仲が悪かったよこいつら。会って五秒で喧嘩って闘犬かよ。周りの迷惑考えろ、しかも夜中だぞ。
俺の不安を余所に、天馬王トリスはラリアを見下す様にあざけ笑った。
『ふふむん。竜に手鞠の如く叩かれ、存分に地を舐めたと聞いたが、厚顔にも意気盛っておるではないか』
『……』
痛痛痛痛痛っ、ラリアっ、俺の肩で爪を立てんな、肉が千切れるっ。
『……応よ。しかし、此の使徒の奉仕により我壮健に至りよ』
『ふうむ……』
いや、天馬。余計なことしやがってみたいな目で俺を見んな。会話に俺を巻き込むな。つか、その背中に山と積んだカラフルな箱達は一体何。もしかしてアンジェリカ姫への誕生日プレぜント積まされてんのお前。イキっててもすっごく格好悪いんだけど。
『しかし、半眠明けの別れ身風情では、その矮小が似合いかの』
『ほう。我が合力を拝したいと申すかよ』
地面に飛び降りた神獣ラリアが、ぐぐっと大きく膨れ上がり四mくらいになった。対抗する気らしい。まあ幼女クリオに可愛いと思われたいから、小さくなってるだけだからな。しかし、いつもの通常の獅子サイズではなく、相手よりふた周りも大きくなるあたり狡すっからい。普通の馬と獅子じゃ馬の方が視点が高いから、見下ろされたくないんだろう。
でも……おお、凄いぞ。ラリアの方が圧倒的に光量が強いじゃないか。60Wと100Wくらい差がある。
『ぐふっ。全盛期の力を取り戻した我に挑もうというか若輩』
『ぬう……何故に』
光の差で圧倒されたトリスが後ずさる。俺の踊りにより全盛期の力で復活したラリアが調子に乗っている。どうしよう。……あれ、俺は関係ないよな。帰って寝てもいいんじゃねえかな。
数歩下がったところで周囲の様子に気付く。
いつの間にか、俺と神獣達の周りに人垣の輪が出来ていたのだ。深夜故に発光して見つめ合う神獣二匹の姿は凄く目立ったようだ。何時の間にやら女王の周辺ではなくこっちに皆集まっている。というか、女王が狂喜して妹を振り回している姿を直視する訳にもいかず、騎士達は皆こっちに来ただけのようだ。あっちはあっちで、近衛女子達が揃って膝をついて女王の乱行の前で控えるという異様な光景になっているな。みんなも可哀想に。
こっちはこっちで手を合わせて祈りを捧げる騎士達が出て来た。身体を光らせている神獣達が神聖に見えるのだろう。更に言えば、本来国元を出ない神獣達が会するシーンをなんて、一生に一度見ることが出来るかどうかというレアな光景だからな。
「ぬほおおおおっ! なんですかぁ! 高貴ですか、光貴ですか。神恵ですかああ!」
キュビさんが大声を上げながら走って来て、神獣達の脇にジャンピング土下座して拝み始めた。声がデカイ。凄いな。一発で神聖な雰囲気をぶち壊したよこの人。拝んでる騎士達が気分を台無しにされて嫌そうに睨んでるわ。
しかし、当の神獣達は俺達なんか眼中にないようだ。相変わらず醜い舌戦を繰り広げている。
そうした神獣同士の睨み合いを終わらせたのは、なんと幼女クリオの歓声だった。
「わあ! 翼がある! すごーい! 天馬、天馬だ! 父上、天馬さんだよ!」
「お、おう。そうだな」
おっとり駆けつけてきたヴィルダズの手を引いて、人垣からクリオが飛び出してきた。あんだけ人見知りで騎士達とも満足に話せないくせに、こういう場ではしゃげるクリオの感性が俺にはイマイチ理解出来ない。
そして、幼女の声に衝撃を受けた奴がいた。天馬王トリスと我が物顔で対峙していた神獣ラリアが、クリオの歓声に振り返ったのだ。そして奴は、クリオが目をキラキラさせて天馬を見上げているのを目撃する。
「fgA△kリポ◇イytッ!!」
ラリアが意味不明な叫び声を上げた。下半身がすとんと落ちた。腰を抜かしたらしい。
ああ、なるほど。敵対しマウントとった神獣の方に喜声をあげられたらショックか。そりゃあ、まあ。あっちの方が女子受けするもんな。
『な、の……んな』
しおしおと身体がしぼみ、縮んでいく獅子神獣ラリア。まるで空気の抜ける風船のようだ。ラリアの覇気にビビッていた天馬王トリスも呆気に取られている。
「……ぅくっ!」
口を押さえて爆笑するのを堪える。なんとなく状況を理解したリーダが「不謹慎です。我慢してください」と背中をつねってきた。いや、やばい。これ面白れえ。さっきまで偉そうにしてただけにざまあない。
(笑っていい。笑っていいか。爆笑していいか?)
(駄目ですってば! この場を治めて下さい)
(だってさあ)
(だってじゃないです! 兄様にしか出来ないんですよ!)
リーダに小声で叱られる。
気味悪そうにいぶかしんだ天馬王トリスが、声を掛け、次いで足先でつつくが、ラリアはまったく反応しなくなった。もう小型サイズにまで縮んでしまった。まるで塩を振られたなめくじである。
歓声を上げているクリオを呼んで、お前が天馬凄いと褒めそやすから、やきもち焼いてスネちゃったぞとひそひそ訴える。
「えー!? もー、仕方ないなあ! ラリアちゃん、大好きだってば! じゃあ今日は一緒に寝てあげる!」
クリオが手を差し出したのを見て、ラリアが尻尾と一緒にピンと立ち上がる。ラリアはその手に飛び乗るや肩まで駆け上がり懸命にクリオの頬を舐め始めた。尻尾はぐるんぐるん回っている。おお、必死必死。完全に媚を売る犬ころだ。脇で呆気に取られている天馬王トリスに見向きもしない。
周囲は全員呆気にとられていた。キュビさんが拝みながら迫ってクリオが怯える前に、俺が口を出さないと駄目か。ラリアは聞いてないだろうから、話しかけるならトリスだな。
「あー…トリス、悪いけど夜中だ。俺達は寝てたんだ。こいつも調子が万全って訳でもないから、今は収めて話は明日にしてくんないかな」
『……ふむ。善かろうぞ』
気勢の削がれた天馬王トリスが、不承不承うなずいて背後の主を見やる。なんとまだ女王はアンジェリカを抱き締めたまま、くるくる回ってた。大丈夫かな姫さん。なんかぐったりしてんぞ。
天馬王トリスはそれを見入った後、あからさまに溜息をついて歩き出した。
「……あんたも苦労してんね」
思わず同情して声を掛けたが、鼻息で返事しやがった。そしてカッポカッポ女王の下へ戻っていく。困惑しているヴィルダズに目配せして娘とラリアを連れて行かせる。
そして俺は。
見詰め合う神獣二匹と対等に会話し状況を治めたことを理解され、周囲から賞賛の声を掛けられるのだった。
やめろ! 嬉しくねえよっ!
◇
翌朝。クリオに抱き締められて朝までを過ごし、完全にハイ状態になった神獣ラリアに顔の上を駆け回られ俺は起こされた。この興奮と喜びを会話のできる俺に是非聞いて欲しいらしい。この糞神獣。土に埋めてやろうか。
リーダと一緒に食事場で朝食を取りながら、事細かに幼女と過ごした夜が如何に素晴らしかったかという話をハイハイと聞き流す。あ、クリオ達がやってきた。おお、すっ飛んでいくぞ。早い早い。
朝食後に外に出たら、天馬王トリスが待ち構えいて、近寄ってきた。うわ。今度はこっちか。関わりたくねえ。
『うむ……使徒よ』
「えっと…なんでしょうか」
神獣連中はどんな言葉使いでも気にしないので気安いが、トリスとはあまり親しくなかったでの一応下手に話す。リーダはかしこまって横で拝礼している。
『この一行は何だな。善き乙女がおらぬな』
「知らねえよ! あんたの好みに合わせて集めたんじゃねえよ!」
あっさり敬語はなくなった。リーダは俺の豹変ぶりにぎょっとしている。
思い出したぞ。天馬は皆女好き。しかも処女限定の処女厨。この糞馬、もしかして朝まで好みの処女を捜してうろついてたのか。
『異国の乙女は如何様かと、楽しみにしておったのだが』
「それで女王さん乗っけて、ウキウキ一緒に不法入国してきたんか、あんた!」
とんでもねえエロ神獣とシスコン女王だ。
『何処かに乙女の園があるや知らぬか』
「知らねえってば! なんで俺がそんなの知ってると思ってんだよ!」
『フッ……獅子を還したからよもやと思うたが、やはり使えぬ使徒で在るか』
「フじゃねえっ! なんの基準なんだよ! お前楽しませる為に旅してんじゃねえんだよ俺は!」
『ふム……契約乙女と離れる訳にも往かぬし、なんとしたものか……』
溜息混じりに愚痴りながら離れていく天馬王。なんだ、本当に用それだけかよ。
怒鳴り返す俺を必死に小声で諌めていたリーダに、今の会話を説明してやる。聞け、責めるべきは俺じゃねえ。あっちだ。
「……私の神々への信仰が、今改めて試されている気がします」
リーダが歳不相応の遠い目をして虚空を眺めだした。止めて、お前まで何処かに旅立たないで。俺はリーダの肩を掴んで必死に揺さぶった。
近衛の女子に声を掛けられて、本部へ呼ばれた。俺達が寝ている間、妹を一通り愛でた女王は、あれからずっとリーゲンバッハ団長とイオネさん達から状況報告を受けていたらしい。連絡用の宝珠を通じて定期的に連絡を受けてはいたのだが、直に顔を会わせた以上、改めて報告を受けるのは当然のことなんだとか。どちらも大変なことだ。
今日の出立は中止になり、個別に女王と話し合いの席を設ける日になったと謝罪される。先に進めないのは不満だが流石に仕方がない。トリスタ王国には旅の旅費を全額出してもらっているしな。それにこっちもユエル司祭やファーミィ司祭長への対応については確認しておく必要があるだろう。
本部の天幕へ入ったら当の女王はおらず、アンジェリカ姫とラディリア、リーゲンバッハ団長、副長、ヴィルダズ達が待っていた。イリスカがいない。聞くとこの一団で唯一天馬に乗る資格を有していたイリスカは、天馬王トリスの世話の為に搔け回っているらしい。隊長転じて馬屋番である。可哀想に。
女王は今、ユエル司祭と面談しているそうだ。話が早くて助かる。
「女王陛下に現状を御報告申しあげまして、使徒殿へもその結果を御報告しておくべきかと」
「成程」
代表してリーゲンバッハ団長から話を受ける。
この一団の行動方針は俺が決定すると認めさせている。しかし、同行者の殆どがトリスタ森林王国の人間である以上、先程の会見で、女王からどのような指示を受けたのかは聞いて同意する必要がある。後で揉めてはお互い困るからだ。
まず、道中の進行速度には問題なく。各地で山賊狩りや病人回復をしたことについては承認を受けたとのこと。まあ今更であるが報告、承認をするのは儀式的な事なのだろう。他にも立ち寄って挨拶して欲しい領地が二、三あるらしく要求を受けたとのこと。一応最終判断は俺に任せるとは言われたそうだ。うん、じゃあ拒否しよう。まっすぐ大神殿へ行こうか。
俺が即答すると皆が苦笑いした。
他にはドーマ王国の動向と、それに対する皇国の対応をもっと探れと追加指示を受けたそうだ。トリスタ森林王国もドーマ王国と国境を接している。攻めて来る可能性があるのだから、情報収集するのは当然だ。
それから神獣の扱いや、大神殿に着いてからについては、俺と直接話したいと言っているそうだ。やっぱり俺も面会するのか。なんか苦手なんだよな。あの人。
じゃあ一応情報交換の場だ。俺も皆に昨夜の天馬王トリスと神獣ラリアのやりとりの詳細を話してやろう。あんな迷惑な揉め事、俺とリーダの胸だけにしまったおくのは忍びない。
「「……」」
……みんな幻想を打ち砕かれたかのような表情になった。いや、知らせた俺が悪いみたいな雰囲気になるな。うらめしそうに聞きたくなかったとかつぶやかれたって知らん。情報共有は大事。うん、大事。俺だけ絡まれて、愚痴を言いたかったって訳じゃないからな。
ふとアンジェリカ姫さんを見ると、真新しい衣装を着ている所為かニコニコしていた。女王さんの誕生日プレゼントのようだ。
「姫さん、背骨大丈夫?」
「ええ。お気遣いありがとうございます」
意外と丈夫な子だったらしい。慣れているのだろうか。
しかし、何故か俺の発言に周囲はズッコけた。リーダが袖を引いて目配せしてくるが、意味が分からない。何、どうしたの。
きょとんとしていたら、リーダは溜息をついて、御誕生日おめでとうございますと代わって姫さんに挨拶。おお、成程。そう言ってくれよ。気付かなかったよ。
俺の取って付けたような祝い言葉は、皆に笑われた。
「大将、女の扱いわかってねえなあ」
ヴィルダズが呆れた声で言う。
自慢じゃないが、今迄モテた事は一度もないぜ。
◇
「使徒オオヤベ様。お久しゅうございます」
「どうもです」
フォーセリカ女王に挨拶。
ユエル司祭と入れ替わりに俺が呼ばれたのだ。最初は俺一人とのことだったが、聞き漏らしたり答えられないと困るのでリーダも連れて来た。受付に立ったイオネさんは渋ったが、女王は私も挨拶をしたかったと許可してくれた。何故かアンジェリカ姫まで一緒に付いてきたので、寛容な姉の姿を見せつけたかったのだろう。
悠然と座るフォーセリカは、戴冠し女王となった為か貫禄が増したようだ。ただし、その膝に妹姫を抱いたままでなければである。俺が見ている限りは、女王様昨夜から一時も経たず妹姫さんを離していない。とんだシスコン女王である。アンジェリカ姫は健気にも笑顔で付き合っているが大丈夫だろうか。愛が重いと大変だな。
「貴方も色々と、御苦労されたようですね」
「あっはっは」
目を逸らして乾いた笑いで返す。今更だが、俺は女王が準備してくれた巡礼団を飛び出し、一人で隣国に逃げだした男だ。こうして面と向かって言われると非常に居心地が悪い。罰せられたりしないだろうな。少し言い返しておくか。
「女王様も妹の為に国境ぶっちするなんて相変わらずですね」
「おっほっほ。文字通り、愛は国境を越えるのでしょう」
凄え。堂々と開き直った。俺とは役者が違う。
女王がちらりとリーダを見た。
「うん。紹介するよ。オラリアで一緒になった仲間、リーダだ」
「女王陛下に御目にかかれまして恐悦至極に存じます。使徒様の従者を勤めております。イェフィルリーダ・ル・アルタ・ルーベンバルグと申します」
リーダが立ち上がり、膝をつきながら惚れ惚れするような一礼をする。女王はまあと微笑んだが、何か目踏みするようにじっと見ているので妙にむず痒い。しかしリーダも平然と笑みを返したままだ。流石である。
さて、下手に別れた後のことを話しだせば、再会した時のラディリアとイリスカ同様説教される可能性が高い。こっちから聞きたい話を振ろうか。
「で、ユエル司祭とはどうなったんですか」
「――と、申されましても。彼女はヴィスタ神殿の司祭であって、我が王国の臣下ではありませんので」
「でも話はされたのでしょう」
「ええ、もちろんです。彼女も大変な目に遭われたようですね。そして使徒殿が御協力を申し出たとか」
「あ、はい。まあ。肉親さえ取り戻せれば、あの人も従う必要はないそうだし」
「そうですわね。無事解決することを願っております。そうそう、此度の遠征が終了後は、トリスタのヴィスタ神殿に戻られると聞きました。私も帰国後に神殿に話を伝えておかなくては」
「なるほど。根回しの取引をしたと……でも元凶は残ってます。ファーミィの話も聞いたんですよね」
「ええ、一通りは」
「どうするつもりですか」
「逆にお聞きしたかったのですが、使徒殿はどうなさるおつもりですか」
「……俺としては、腹は立つけど、もう大神殿が目前に迫っている以上、構ってやる気はないんですよね。奴の手が届く前に大神殿に着いて帰っちゃえばもう関係ない訳だし」
「帰る、と」
女王が意外そうな表情をする。
「あー、女王様も皆と同じですか。俺は神に会えれば日本に帰れると考えてますよ。この旅はその為のものだし、そこでこの旅は終わりです」
「……そうですか」
信じてない顔だ。そりゃあここまで俺を後援しているのは、利益の為だもんな。俺が大神殿で使徒と認められた後、後援国として名乗り出て利益を得ようという腹つもりなんだろう。
「もし、彼等に対抗する為に、兵が必要でしたらイリスカに御命じください。準備は進めておきます」
「あっはっは。ないない。必要ないですよ」
俺は帰るんだってば。物騒なこと言うな。俺の取り合いでオラリアのヴィスタ神殿と戦争でもするつもりか。
「とりあえず女王さん自身は、ファーミィ達と事を構えるつもりはないんですね」
「ええ、当面は」
即仕掛けるつもりはないが、物騒なので兵は集めて準備はしておくよと言いたいらしい。
「でもあいつ、オラリア王宮で姫さんを排除しようとしましたよ」
「……そのようですね。そのことについては、相応の対処をしなくてはならないでしょう」
あ、笑みが怖い。ゴゴゴ……という音が聞こえてきそうだ。やだなあ。俺とは関係なしに戦争起こす気なんじゃないだろうなこの人。俺を大義名分に使って、ファーミィの軍に襲い掛かったりしないでくれよ。
「お姉さま。わたしはこの通り無事なのです。御国の御負担になるようなことは、なさらないでくださいね」
「ええ。貴方は本当に優しい子ね。皆も喜ぶことでしょう」
妹姫が姉の見上げて説得するのだが、話は噛み合ってない。絶対聞いてないぞこの女王。
「さて、こちらからも一つお聞きしたかったのですが……」
それは前回のオラリア王国とドーマ王国の戦争の詳細だった。神獣ラリアがどのようにしてドーマの神獣と戦い敗れたのか、その詳細を知りたいらしい。なるほど。次は自分達の番かもしれないもんな。
一応間諜等から戦争時の概要は聞いているのだが、どうにも他国へ攻め込んでいる理由があいまいで理解できないらしい。俺には神獣同士の戦いについて、神獣自身の話を聴きたいと言ってきた。とりわけ土地神たる神獣が何故隣国へと攻め込んで来たのか、その理由を知りたいそうだ。
成程。この大陸で神獣と会話できるのは、召喚されて万能翻訳機能を持っている俺だけだ。適した依頼だろう。
「でもあいつ、なんかその話すると逃げるんですよね」
実は俺も興味があったので、聞いてみたことがあるのだ。しかし、ラリアには綺麗に無視された。言いたくないらしい。神獣は長年誰とも喋らない所為か、会話が下手で嘘をつかない。反面、言いたくないことは頑として言わないのだ。
「是非お願い致しますわ。御礼はもちろん考えさせて頂きますので」
だからもう帰るんだってば。この世界に長居する前提で話さんでくれ。
それからオラリアで神獣ラリアを復活させた経緯をだらだら話した後、大神殿についてから大司祭にどう面会を求めるかの想定をリーダから説明をしてもらった。流石リーダは俺と違って説明が上手い。色んな状況を想定しているらしく、すらすらと十種類くらい説明する。姫さんも関心したように聞き入っていた。
「――時に、イェフィルリーダさん。ルーベ神殿の司祭でいらしたとか」
「はい、陛下」
リーダ個人に話が振られた。
「その若さで大変優秀で、素晴らしいことだと存じます」
「ありがとうございます。祖父達の素晴らしい指導のお陰でした」
「トリスタ森林王国 ルーベ神殿に仕官するおつもりはありませんか」
以外なことを聞かれたのか、リーダの顔が強張った。
「オラリア王国に比べれば多少小さいですが、皆信仰厚く勤まれています。貴方の話をしたところ、是非おいでいただきたいと司祭長ブワン氏より言葉を承っております、その際は司祭長補の席を――」
「い、いいえ! 既に私は破門を受け、司祭の位を剥奪された身。今更ルーベに帰依しようとは考えておりません。今は誠心誠意、使徒様の従者の任を全うすることが全てと考えております」
なんと女王さん、リーダを取り込もうとしてきやがった。
「おいおい、女王様、リーダ取っちゃ駄目だよ」
「あら、そのようなつもりはなかったのですが」
目は笑ってるが雰囲気は変わってない。ここはキチンと釘を指しておかねばならないようだ。横に座るリーダを抱えあげて膝に乗せる。
「あ、えっ? に、兄様!」
「いいから、いいから」
妹姫さんを膝に乗せてる女王さまに対抗する形になった。
「悪いけどリーダを引き抜こうったって、そうはいかないよ。こいつには俺の旅が終わるまでは、一緒にいてくれないと困るんだから」
「では、使徒オオヤベ様が大神殿に着かれた後でも構いませんわ。是非一考くださるかしら」
「い、……いいえ。も、申し訳ありませんが、兄様の旅が終るまでこの身を掛けて付き従う所存でございます。その後のことは、今はとても考える余裕はなく。も、申し訳ありませんが」
「兄様?」
「あっ……!」
「オラリアを旅した時、兄妹ってフレコミで旅してたんですよ。で、今もその習慣で呼ばれてるんです。俺、妹がいなかったから地味に嬉しいんですよね」
「ええ、妹は良いものですわね、それはとても良く判ります」
「だから、こっちは俺の妹です。女王さまにはあげない」
抱えたリ-ダを抱きしめて所有権を訴える。
「ひうっ……っ!」
「あら、御可愛いいこと。少し妬いてしまいますわね」
「アンジェリカ姫さんとどっちが?」
「ッ!。それはもうっ。申し訳ないですが、私のアンジェは大陸一です。その魅力は比べ物になりませんわ!」
言い返しながらぎゅっとアンジェリカ姫を抱きしめる女王。姫さんは恥ずかしそうに身じろぎしている。
その後も女王さんはあの手この手で引き抜き話を続けてきた。俺は話を逸らす為に、アンジェリカ姫の話を振ってみる。するとあっさり食いついた。そのまま語りだすので、どんどん話が逸れてきた。……助かったが良いのだろうか。
アンジェリカ姫が、話が逸れていることに気付き姉を諌めるのだが、妹愛を語りだした女王は止まらなかった。自分を絶賛する姉王に、あわあわと制止していたが、三歳くらいの愛らしいおねしょの失敗談まで語りだされると、真っ赤になって顔を覆ってしまった。ちょっと悪いことをしたかもしんない。
……あれ、これいつ終わるんだろう。仕方ないな。話を切る為に、リーダが如何に役に立つか滔々と説明して対抗しようか。
俺は同じ幼女としてリーダの優秀さを熱弁し始めた。びっくりしてリーダが制止してくるが、ここは我慢してもらおう。
俺と女王の舌戦は、イオネさんが見かねて仲裁に入るまで続いた。初めてやったが、なんか人を褒め合うのっては凄く気分が良くなる。何か通じ合った気がして、俺と女王さんは心地よい疲労に笑顔で頷きあった。真っ赤になって固まっている幼女達を、互いの膝に抱えたままなので、横でイオネさんは頭を抱えて呻いていたが。
最後に大神殿に着いた後の挨拶先と段取りを再確認し、女王様との会談は終わった。
「っも、もうっ……恥ずかしかったですっ!」
会談後、リーダが袖を掴みながら抗議してきた。最後まで膝から降ろさなかったのが、恥ずかしかったようだ。未だに顔が赤い。
「せ、せっかく女王と面会が出来。色々お聞きして、向こうの意図を確認しておきたかったのに、みんな飛んじゃいましたよ!」
「おお、悪い。なんか引き抜きの話が出たし、ここは話を切る為に、と」
「対抗してどうするんですか!」
「あっはっは。俺は女王さんの好意を台無しにして飛び出した身だからな、面と向かって話すとちょっと立場弱いんだわ。これでもなんとか誤魔化そうとしたんだぞ。悪かったよ」
「う、うう~……っ、ううう~っ!」
口元を歪めて、袖を掴んだまま手をブンブン振り回す。いや、破けるから止めて。
「どうせ繕うのは私です!」
いや、だからって良い訳じゃないだろ。




