02.大薮新平 同行者が増えていく
ワウーンの街に入った俺達は、引き渡した山賊の首謀者達の礼を受ける為。また、トリスタ王国の巡礼団としての来訪の挨拶を兼ねて、都市長へ挨拶をすることになっていた。
俺としては面倒な挨拶事なんて関わらないで先に進みたいのだが、俺達はトリスタ王国ヴィスタ神殿の巡礼団を称しており、王女まで随伴している以上、大きな街での都市長への挨拶はかかせないのだ。面倒な話である。
憮然としている俺をよそに、周囲は宿の手配やらで慌しい。五十人近い集団が街に入るのだから当然だ。つくづくヴィルダズに指揮を丸投げしててよかったと思う。そのヴィルダズだが、元副長アルルカさんとリーダを交えてずっと話し込んでいた。聞けば何か都市長へ恩を売るネタは無いかとワウーンの街へ人を放って調べているのだという。なんでそんなことを。
「ワウーンの都市長はこの一帯の領主も兼ねています。出来れば懇意になっておきたいところです。ウラリュス大神殿の大司祭への口利きを頼めれば、神アウヴィスタへの拝謁も果たし易くなります」
「ああ、そっか」
リーダの返答に納得する。考えてみれば、今迄俺は大神殿に辿り着くことばかり考えていて、着いた後にどうやって神に会うかを考えていなかった。お偉いさんへ伝手を作っておくのは確かに良い方法だ。オラリア王都のラリア離宮の時みたいに、こっそり浸入するなんてもう御免だからな。あの時は本当に酷い目にあった。
道中山賊達を退治した前後から、俺達に同行を申し出て一緒に街に入った商人達がいる。彼等を伝手にして領主への取り入り方法を探っているそうだ。病気の肉親がいれば【癒す女神のムスタッシュダンス】で治し、探し物があれば【縦横無尽な招き猫】で引き寄せ、会いたい人が遠くいれば【半熟英雄の大護摩壇招き】で召喚して恩を売ろうという訳だ。もう使える手(踊り)はなんでも使おうという話だな。ううむ。
「もちろん、兄様の舞踏の残回数は考慮しなくてはなりませんが」
俺が口元をへの字にしたの見て、すかさずリーダが補足してくる。この娘、もう俺の顔見ただけで、今何を考えているか分かるようになってきた。まるで姉ちゃんや母親みたいで少しびびる。そんなに俺って分かり易いんだろうか。
俺の踊りは何故か不思議なことに使用回数制限がある。漫画みたいな話だが、この世界には鑑定紙というものがあり、胸に当てて呪文を唱えると、本人の名前、職業やスキルが表示されるのだ。一般的には身分証等につける使われているらしい。それで俺を鑑定したところ、職業が『踊り子』で、今迄踊ってきた踊りの名前とその横に残回数/最大回数が表示されていたのだ。当然他の人はそんな表示は無い。そして実際に回数が切れた踊りは試しても発動しない。その為、何時も残回数を頭に入れて行動しないといけないのだ。というか、何で踊り子なんだろ本当。
まあ、今はアンジェリカ王女達が同行しているし、トリスタ王国ヴィスタ神殿の一筆もある。最後の手段として神獣ラリアをけし掛ける手もあるから、今回踊って回数が切れてもなんとかなるだろう。大司祭への面会が早くなるなら、それにこしたことはない。
宿に止まってしばらくしたら情報が集まってきた。どうも領主の息子さんの一人が少し前に大怪我をして、以来ずっと伏せているらしい。病気か。
「如何しますか?」
「ん……」
リーダは何かあった際、最初に俺に判断を求める。トリスタ王宮の連中みたいに選んだ情報のみ話して選択肢を誘導したりしないから助かるが、改めて聞かれるとやはり身構えてしまう。
【癒す女神のムスタッシュダンス】の残回数は『3』しかない。この踊りは万が一を考えると最優先で残しておきたい踊りだ。確かに四肢欠損どころか、火炙りで息絶えた男さえ治すこの踊りの効果は絶大だ。相手に大きな恩を売ることができるだろう。しかしもし道中で、仲間が大怪我をした際、これが使えなくなっているとすごく後悔することになる。今回減らすと残りは『2』だ。不足の事態が起きなければいいのだが……。
「でも、もう大神殿は間近だしな……やるか。恩を売るのを優先しようか」
迷ったら望む方向へ走るのが俺だ。詰まったらまたその時に考える。今は集団で移動しているし、リーダを始め協力してくれる仲間もいる。踊りが切れても早々追い詰められることはないだろう。ピンチになるとまた新しい踊りが発現するかも知れないしな。
俺が決めるとリーダがヴィルダズを通じて各所に指示をだす。この手の交渉は元オラリア反乱軍副将ウルルカさんにお任せだ。地方領主の娘だったらしく貴族やお偉いさんとの交渉が実に上手い。補給運用にも明るいし、戦いになったら部隊指揮も任される。その上美人と非のうちどころがない人物だ。苦手なのは幼女の扱いだけである。それがヴィルダズと結ばれたがっている本人には致命的な問題であるらしいが。
どの世界でも限らず、お偉いさんに会うには何日も待たされるのが常だ。しかし今回は治療の話を持ち出したおかげで、二日後には領主の館に招待されることになった。
◇
館の応接室に通されたのはアンジェリカ王女、護衛のラディリア、リーゲンバッハ団長、副長代理として交渉に強いアルルカさん、俺の五名だった。俺だけ浮いてる。
「これはこれは。初めまして。このワウーンを治めておりますミャーン・バウ・ワワウンと申します」
なんで名前だけ猫なんだよ。ちゃんと統一しろよ。
俺達を迎えたのは恰幅の良い領主と執事みたいな秘書が二名、背の高い女性司祭だった。領主はあまり威厳は感じられないのだが、胸元にずらりと付けられた勲章みたいなのが地位の高さを示している。顔立ちはやっぱり犬系。しかもブルドック系だ。その顔でミャーンか。納得がいかん。
「初めまして。トリスタ王国ヴィスタ神殿巡礼団団長ワルター・ブラン・リーゲンバッハと申します。そしてこちらにおられますは……」
「初めまして。トリスタ王国ヴィスタ神殿奉司祭が一人、アンジェリカ・フィウル・トリヌ・ヴェールルムと申します。此度の出会いに祝福を。また、トリスタ王国第二王女としても此度の出会いがお互いの幸運となりますことを、祈らせていただきます」
「これはこれは、勿体無いお言葉です。ミャーン・バウ・ワワウン、謹んでお受けいたします」
そう言いながらチラリと俺に向けた視線が猜疑心で光っている。今回これ程早く面会できたのは、まずアンジェリカ王女の母親が大神殿に訪れた際、この領主と面識があったのが一つ。使徒を同行させているという話で一つ。ヴィスタ神殿が使徒だと認めている事で一つ。その俺がどんな病気でも治す能力がある、という四つを交渉材料としたからだ。どんな凄い人物が来るのかと思いきや、部屋に迎えてみれば該当しそうなのが俺しかいないのだ。こんな視線を向けてくるのも無理はない。内心同情してしまう。
おそらくこれから堅苦しい挨拶が長々と続き山賊の扱いが纏まると、ようやく次に治療の交渉が始まる。そこでまず只の外国人小僧にしか見えない俺が凄い人物、使徒であると信じさせないといけない。長い話になるだろうなぁと少しげんなりしていたら、何故か領主の後ろで控えていた女性司祭が、昂奮した表情で前に出てきた。でかい。身長は百九十以上あるだろう。彼女は鼻息を荒くして、丸眼鏡の向こうから赤い目をギラつかせて俺に迫ってくる。
ええと……ああ、そうか。
「おお、叔父上! この方は凄いですよ。とんでもない魔力を纏っています!」
リーダを始め魔術の使える人には、俺に後光が射して見えるらしいのだ。彼女が領主に仕える程の高位の司祭なら見えるのも不思議じゃない。
「……キュビスター。失礼が過ぎるぞ。黙りなさい」
「いやいや、これはですね、あのですね。大発見ですよ! 私の見たことのない魔力。付与魔法ではみられない金色の魔力。しかも、とんでもない量だ! これはまさに神気と呼ぶに相応しいですね! おお、おおぉ、これが使徒様なのですか、なんとすばらしい!」
苦い顔で領主ミャーンが諌めるが彼女は全然聞いていない。たぶん本当に使徒か真偽を確認する為に、親しい司祭を呼んだのだろう。これは俺達にとっては幸運だったかな。
「なんということでしょう。これはですね、あのですね。大発見ですよ。歴代の使徒様の魔力は金色だったのでしょうか。新たな事実が発見された訳ですよ。歴史的な大発見ですよ、これは! はい!」
「まったく……困った奴だ」
うむ、困った奴だ。この人、大柄のくせに胸当てのない法衣で激しい身振りをするので、目の前で巨乳がぽよんぽよん揺れるのだ。この法衣は胸元が大きく菱形に開いているのでちょっと半端ない光景である。つられて目が泳ぐ泳ぐ。
(っ!……いや、分かってるって)
ラディリアに尻をつねられた。目敏い奴である。
「いやいや、ちょっと待ってください。なのに、この方に内在しているオドを感じませんよ。どういうことでしょう。御自身の魔力は少ないと。ではこれはなんですか。誰かが強力な付与魔法を掛けていると。なるほど! まさか、もしやこれは、アウヴィスタ神による直接の御加護なのでは!? ならばこの魔力も説明がつきますね。だから使徒と云う訳なのですか。なんということで……あ、ちょっと!……」
まったく大人しくならない様子に、叱っても無駄と悟ったらしい。領主が背後の秘書二人に目配せすると、彼等は強引に彼女を隣室へ引っ張って行った。ドナドナである。
「……姪が失礼しましたな。彼女は優秀なヴィスタ黄司祭なのですが、どうにも一つことに夢中になると他のこと気が回らなくなる悪癖がありましてな」
「まぁ、黄司祭となりますと準高司祭ともいわれます。大変優秀な方ですのね」
「いやいや、若くして司祭位を授かるアンジェリカ王女の足元にも及びません。碌な奉徳も積まず古暦の研究ばかりにかまける不徳者でして、まこと我が姪ながらお恥ずかしいことで」
「なにをおっしゃいますか。古暦の研究で黄司祭者を得るなど、すばらしく優秀な証ではありませんか。ワワウン家は様々な方面の人材の宝庫とお聞きしました。その一端を見せていただけたこと、大変嬉しゅうございます」
「おお。いや、これはお恥ずかしいことですな」
「丁度よかったです。私からも紹介させていただきますわ、黄司祭の彼女がお認めになりました。こちらがそのトリスタに光臨されました使徒様、その名も―-」
アンジェリカ姫さんは、十歳という幼さから信じられない程よどみなく話を繋げて俺を紹介する。大したものだ。
「――オオヤバイ・チーベェさまです」
思わずつんのめる。
「……大やばい・ちーべぇです」
そうだった。彼女を始めこの世界の住人は、誰も俺の名を正確に発音できないのだった。まさかその呼び名は間違いだと恥をかかせる訳にも行かず、偽名で名乗る羽目になった。なんということだろう。大やばいよ。
肩を落としながら自己紹介する俺に、領主ミャーンは犬系の目をぱちくりとさせた。
◇
ソファーに案内され、茶菓子と紅茶で一息ついたころ、キュビスター司祭が戻って来た。しかし席は領主の後ろで壁際、丸椅子だ。後ろで大人しくしていろということだろう。しかし彼女のテンションは一向に衰えない。
「使徒チーベェ様におかれましては、我が国で内乱鎮圧の功を治め、隣国オラリアでは神獣ラリアの復活にも尽力されました」
「ほう、神獣ラリアが復活されたと聞き及んではいましたが、この方が成されたのですか」
「なんですって、噂は本当だったのですか。しかも使徒様がですか! 神獣ラリアは隣国ドーマの龍神と戦い敗北し、神玉に戻ったと聞きましたよ! 復活するには数百トゥン(年)以上掛かる筈ですよ。どうやったんです。どうなったんです!」
とやかましく。
「今回引き渡しました、賊討伐の際にも多大なる協力をいただきました」
「ほう。そうでしたか。どのような活躍をなさったのか、ぜひお聞きしたいですな」
「賊討伐までされるのですか。現世救済ですか! ぜひその詳細と理念を教えていただけますか!」
と逐一口を挟んでくる。戦場で幼女と二人で足踏みしてた姿を見せたらどうなるんだろ。顎を落とすんじゃないだろか。
領主さんとしては、俺が使徒であるか審議を計る為、彼女を同席させているのだろうが、こうも煩くされては全然話が進まない。とうとう屈強な兵士二人が現れて彼女の口を押さえ、必要があった時だけ話をさせてやるという扱いになった。身内とはいえ領主さんも姪御さんに容赦がない。まあこちらとしては、彼女がいてくれるだけで俺が使徒という信憑性が高まるので良いんだけど。
話題は俺が隣国で起こした騒動で、ラリア復活の話が終わり処刑場の復活劇に移った。
「そこは聞き及んでおりますぞ。なんでも使徒様は死者を復活させたとか」
どうも俺がオラリア王都で起こした騒動は、近隣諸国へ大きく伝わっているそうで、この人も興味津々のようだった。息子の治療を頼めるか判断をしたいのだろう。目の光が少し変わっている。
「いや……正確には死に瀕した者を治しただけです。黒焦げになって心臓が止まってても、まだ生きてるところがあれば死んでるわけではないと思ったので」
「心の臓が止まって? ……失礼ですが、それは既に死者と同じではないのですかな」
「判断するのは俺じゃなくって、踊りのほうですからね。まあやってみたら上手くいったのでラッキーだった訳ですが……」
「幸運……なんですかな」
「いや、使徒様は果断の決意をされて処刑場を制されたとか。理不尽な処刑の非道さを、ギブスン・ジラード国王等高官達へ奇跡と共につきつけ、彼の国の暴虐さを大衆の前で暴いたと私は聞いておりますぞ」
「ほう、あのジラード王と対峙を。それは驚くべきことですな」
リーゲンバッハ団長が口を挟んできた。なんだよその英雄扱いした言い方。誰の話。
「使徒様は何故そのようなことを」
「え、いや。あの人が恩人だったので、なんとか助け……」
「いやいや。使徒様は彼の国で行なわれている暴政をなんとか正そうと、王都民に奇跡を示したのですよ」
「そうですね。私も傍で見ておりました。誰もが亡くなったと思えた罪人の身体が神々しく輝きだし、焼けた肌の下から新しい肌が現れて息を吹き返す。まさに生まれ代わりといえる奇跡で、刑場だけではなく王都中が大歓声を上げてあの奇跡に立ち会ったのです」
アンジェリカ王女も参加してきて俺を褒めそやす。お前等そりゃ言い過ぎだろうと顔を向けると、二人に笑顔で凄まれた。
俺が話すと使徒としての威厳が伝わらない。余計なことを喋るなと言いたいようだ。悪かった。でも持ち上げられ過ぎると虫唾が走るんだよ。言っちゃまずいとは知っているんだけど、そうじゃないよって、つい言い返したくなるんだ。俺って子供だよな。
仕方なく首をすくめて黙り込む。目の前に兵士に口を塞がれて黙らされている実例がいるので、アレと同じ扱いにされてはたまらない。振り向けばラディリアが両手をわきわき動かしているし。やだもー準備万端やん。このままでは凄い絵面の面会になるよ。
「ほう、王女殿下は直に奇跡を御覧になったのですか」
「ええ、私はアウヴィスタ神の天啓を受け、この方をウラリュス大神殿へ導くよう使命を受けた身なのです。これまで幾度も使徒様の奇跡をこの目にしております。その中でも治療の奇跡は最たるもの。こちらにいるラディリアですが、彼女は私を守る為に瀕死の重傷を負うことになってしまいました。しかし、立ち会われた使徒様が死の縁から救ってくださったのです。ねえラディリア」
「はっ」
ソファーの後ろに立つラディリアに声を掛けると彼女は短く同意する。そうか、その為にこいついたのか。俺が話す度につねってくるので監督役かと思ってた。
「ほう、失礼ですが見たところまったくそのようなことがあったとは信じられませんな」
「ラディリア」
「は。私は敵兵との交戦の結果、左手首を失い、負傷した右足も腐敗防止の為に切断され死を待つ身として病床にありました。そこへこちらの使徒様が参られて奇跡を行使していただきました。驚いた事に一瞬で失った手足が復活しただけでなく、その後直ぐに姫様の護衛任務を全うすることができました。まこと身に余る奇跡を授けていただき、感謝してもし切れぬ恩を感じております!」
「……なんと。い、一瞬で復活ですと? ……そんな馬…あ、いや。実に驚きですな」
途方も無い話に領主ミャーンは驚きを隠せない様だったが、俺達が平然としているので更に関心を深めたようだ。
「使徒様の奇跡は皆様が存じる治療とは一線を違えております。その為またたく間に効果は現れます。それは魔法ではなく、神の御力を現界へ行使する神の御業である故です」
「神の御業であると。ほうほう」
ラディリアが篭手を外して左手を掲げるが、そこに怪我の痕は一切見当たらない。領主はまじまじとそれに見入る。アンジェリカ王女が話を続ける。
「我々ヴィスタの治療魔法では患部を癒し、傷付いた箇所を塞ぐという治療を行ないます。しかし、使徒様の御業は、その人物が本来あるべき健康な姿に戻すもの。故に例え手足を失っていても元の姿に戻るのです。身体だけが生まれ変わるとといってもいいでしょう」
「……それは、すばらしいことですな」
領主ミャーンは驚きの声をあげながらも、ちらと姪に真偽を確認しようとする。その姪はふんふんと鼻息を荒く頷いているのを見て、再度疑わしそうな目で俺を見返す。(くそ、確認の人選誤ったか。本当なのか。こいつが。本当にか)という心の声が聞こえてきそうだ。そうだろう。俺だって、俺みたいな小僧がそんな奇跡を起こすなんて云われても信じない。迷うのは当然だ。
それでもミャーン氏は一応決断したようだ。
「……そういうことでしたら、御力を貸していただきたいことがあるのですが」
「まぁ、それは一体どのようなことでしょうか」
「詳しく伺いますわ」
そう言いながら、アンジェリカ王女の目配せを受けてアルルカさんが前のめりになる。事前打ち合わせに沿った台本通りの寸劇はここで終了。ここからは交渉に移る。彼女にお任せである。
先方の要求は床についたままの末息子の回復。こちらの要求はウラリュス大神殿への口利きだ。当初はトリスタのヴィスタ神殿が俺を使徒と認めているのに、口利きを頼むとはおかしな話だと不審感を持っていたようだ。まさか俺自身が使徒を認めてなく、真偽を確かめに行く途中なんだとは言えない。
けれど一国の王女が同席している状況と、アルルカさんの口の上手さによって、息子の回復次第によって協力を約束してくれた。
その間、長い話で飽きてきた俺は、眠気を感じる度に後ろに立つラディリアに背中をつねられ、目を覚ませばキュビスター司祭がギラついた目で俺を凝視しているので非常に居心地が悪かった。
◇
翌日俺達は都市外れにある領主別館に招かれた。息子さんはここで療養しているらしい。別荘か。大きいなあ。応接室無駄に広いなあ。いいなあ。俺子供の頃は、八畳を姉ちゃんと敷居で分けて使ってたんだよなあ。……いかん。ちょっと切なくなった。
先方は前回と同じ人員の他に、母親らしい人物と護衛の兵士が増えている。こちらもラディリアと交代でイリスカが来た他は、交渉補佐としてリーダと文官系騎士達が同行している。リーダがいるのは不測の事態が起きた時の保険だ。しかし、そのリーダが目立ってしまった。どうも使徒の従者としてお偉いさんと会うからと、気合を入れて着飾ったのがやり過ぎたようだ。
俺の横で元ルーベ神殿の司祭よろしく、堂に入った挨拶をこなす姿はどうみても俺より『らしかった』おかけで領主夫人に「話には聞いておりましたが、使徒様がこの様に御若く美しいとは」と間違えられてしまった。まったく動じず、相手に恥も掻かせることもなく訂正したリーダであったが、逆に其処も領主夫人に気に入られしまい、身元を確認されたり、決まった人はいるのかと息子の嫁候補の調査をされると戸惑う羽目に陥ったのだ。めっちゃ困ってた。珍しい光景である。
「ひひひ」
「何を笑っているのですか」
「いや、なんにもー」
「……!」
足を踏んでこようとしたのでかわした。むむっとふて腐れる頭を叩いて落ち着かせる。俺が贈った大きな原色ピンクリボンではなく、儀礼用の白レースリボンだったので触っちゃマズかったかな。まあせっかくはりきって挑んだのに、予想外の事態に陥ったところを笑われちゃ腹立つよな。でも最近この娘は歳相応の反応をしてくる様になったので俺は楽しいのだ。
リーダは街で購入した分もあるが、基本はアンジェリカ王女の衣装を借りて手直ししている。十歳女児の衣装が着れてしまったことにいたく落ち込んでいたのだが、気を持ち直したようで何よりである。
「絶対成長してみませます」
意気込んでいるが、大神殿から日本に帰れば俺がその姿を見ることはないだろう。少し残念だ。でもこの娘が傭兵デルタさんみたいな長身爆乳になるとは、とても思えないけどな。断言するが無理だろう。
「まあ、どんな高望みでも、諦めないのは大事だよな。うんうん」
「兄様!」
睨まれた。
応接室で打合せを行う。先方としては手ぶらで来た俺が何をするのか気になるようだ。
俺は昨日と同じ面会用衣装で、いつもより少しだけめかしこんだ服装だ。領主達に踊りを見せるのが避けられなかった時の為、少しでも豪奢な衣装に着替えておくべきだとアルルカさんは主張したのだが、ひらひらの多い踊り子っぽい衣装を着ても実際行なう【癒す女神のムスタッシュダンス】はズンドコ踊るヒゲダンスもどきである。逆に酷い絵面になるのは間違いない。実際に踊りを見て知っているアンジェリカ王女とラディリアが引き攣った笑顔で擁護してくれたので今回は身に着けなくて済んだ。助かった。でも事情を理解したアルルカさんの「そんなになのですか」という言葉には地味に傷ついたが。
「治療といいましても息子さんの前で神の舞踏を行なうだけです。一切の危険もございません」
踊りで魔法を行うと云われ、夫人は戸惑った表情で夫を仰ぐ。昨日説明しているのでミャーンは仰々しく頷くのだが、内心何だそりゃと思っているのは間違いない。大丈夫だ。俺達も全員そう思っている。
「おおお! 神の舞踏!? なんと素晴らしい!」
いや、昨日も聞いてた筈なのにキュビスターだけが食いついてきた。やめろ、リーダがびくついたじゃないか。あんた背がでかいから怖いんだよ。
「と、投薬や肌に何かを塗ることもありません。御身には一切触れないことをお約束します。危険はありませんので、皆様には別室で御待ちいただくだけでかまいません」
「そんな! 私には見せていただけないのですか!?」
やっぱりキュビスターは文句を言ってくる。
「……いえ、このようなせっかくの機会。ご迷惑でなければ、ここは奇跡の瞬間を是非立ち会わせていただきたいところですな」
「ええ是非とも同席させていただけないでしょうか」
領主ミャーンや夫人も同意してくる。言葉は飾っているが内心何をされるのか不安なのは間違いない。こちらも本音では両親だけは仕方ないと考えている。最初に同席を断っているのはあくまでも交渉の前振りである。でも
またあれを見せるのかぁ……
イリスカが遠い目をしている俺に気付き、くくっと震えている。お前、この状況でウケてんじゃない。また笑いを止められなくなって、うずくまったりするんじゃないぞ。
「そうですか。されど病人の部屋に大人数が押しかけるのはよろしくありません。此度は御家族である御両親のみの同席とさせていただきたいと思います」
「なんですって、そんな無体な!」
「人数を減らすというならそちら随員を減らせばよろしいのでは」
「そうです。私共も任務上席を外す訳には参りません」
秘書達どころか息子の警護の兵達まで文句を言ってくる。兵達のは演技も入っているだろうが、こっちも簡単には譲れない。特にキュビスターなんかは踊りの最中も騒ぐだろうから集中ができなくなるのは間違いないのだ。もし踊りの実況をされようものなら、夫妻にとっては感動的な息子の全快劇が地獄絵図と化してしまう。おおーっとここで使徒様がリズミカルに両手を上下させ始めたあ、さあどんな意味があるのか。患者は未だ身動き一つとっていないぞおーっ!
交渉の結果、領主夫妻と警護の兵二名が同席に、俺はリーダのみ引き連れて入ることになった。アンジェリカ王女が心配そうな表情をよこすが、特に失敗するとも思えないし、まあ大丈夫だろう。それより横で笑いを堪えて見送っているイリスカをいさめて欲しい。
息子さんの部屋へ案内された。
「ウォージェン。気分はどうですか」
真っ先に夫人が息子さんに声を掛ける。親父さんそっくりの小型ブルドックだ。
床に伏している息子さんは、親父さんゆずりのつぶらな視線をこちらに向けるが何も答えない。体力がないのか気力がないのかは分からない。力なく投げ出した両手は細くなっており体力が落ちているのを感じさせた。よくない兆候だ。
息子さんは半年前、山賊討伐を指揮して失敗。矢傷が悪化して片足を切断することになったらしい。一命は取り留めたものの、以降ずっと寝たきりになってしまったという。おそらく足を失ったことによって基礎体力が落ち、気力も尽きてしまったのだろう。このままではマズイ。風邪でもひいたら一発だ。
爺ちゃん婆ちゃんを長期入院の末に病院で亡くした俺は知っている。日本の医療は成功率が高くて、手術は高い確立で成功する。けれど、術後の落ちた体力では他の病気に掛かりやすいのだ。難病手術は成功したのに、術後体調を壊して亡くなるなんて話は病院では山程転がっている。俺の婆ちゃんがそうだった。手術成功後の一週間後に熱が下がらず逝ってしまい『なんでだよ、手術成功したんじゃなかったのかよ』と、小学生だった俺は泣き喚いたものだった。
治療しただけでは落ちた体力や気力は戻らない。このままでいたら普通の風邪でも一大事となる危険性がある。しかし俺の【癒しの女神のムスタッシュダンス】は違う。あれはその人の本来あるべき正常の姿へ問答無用で身体と精神を作り直す。失くした手足が戻る代わりに、鍛えた筋肉等は元に戻ってしまうという弊害はあるが、それはまた鍛えなおせばいいのだ。
改めてリーダから領主に注意を説明が入る。息子さんはまったく反応しないで宙を見上げたまま。婦人は涙をこらえてその手を握っている。大丈夫、このくらいなら大丈夫だよ。全身黒焦げから復活したヴィルダズに比べればなんてこともない。
一応周りから見えないように衝立を立ててもらった。それでもあのけったいな奇声と足音で異常性は伝わってしまうだろうがそこは仕方ない。興味津々という領主と兵士の視線をリーダにたしなめて貰って衝立の中で立つ。一度深呼吸。伏せる息子の顔を見直す。うん、やばいな。治さないとまずいな。心底思える所為か、指先には踊る時の前兆である引き吊られた感触がある。よし、できる。
構えて中間に立つリーダに目線で頷ずき返す。説法で鍛えたらしいリーダの声が凛と部屋に響いた。
「――それでは始めます。皆様におかれましては、何卒ご静粛にお願いいたします」
いやリーダ。できればこっちに気にせず騒いでてくれた方が、視線を感じなくてありがたいんだが。まぁ仕方ないか。
「……フッ!」
俺はベッドの横でステップを踏み始めた。昔流行ったヒゲダンス崩れのように、ペンギンダンスよろしく両手首を上下させながら足を踏みしめる。
「……フッ、フッフンッフンッ」
タラララ、タン、タタ、タン、タタ、タッ、タッタァ……
困ったことに俺の踊りは最後に効果が現れるまでまったく前兆がない。格好良い光が湧き出たり、周囲の空気が変わったりとかなんにもないのだ。傍目には只の異国人が、頭悪そうなふしぎな踊りをしているだけだ。周囲にならべく見せない理由は俺が恥ずかしいというのが大半だが、あまりに酷い光景なので、途中で物言いがついたり、制止されたりしないにようにする為でもある。実際ラリアの離宮では、神官の爺さんに『そんな魔術があるか』と殴り飛ばされたことがある。
タタタタ、タン、タタ、タン、タタタン…
敷居の向こうから領主夫妻が覗こうとして、リーダに笑顔で制止されているのを感じる。
「フッ、フッハッ、フッハッ、フッハッハッ!」
一方俺は両手首を上下し、掛け声を挙げ、腰を回している。踊り中は笑顔が必須。ひきつった笑みを浮かべたまま、くるりと一回転。ふはは、そーら変な踊りだーい、畜生。誰からも見えてないだろうな。
「ヒッ! ハッ! ヒッ! ハッ!」
俺の高まった声に興味を引かれたのか、患者がチラリとこちらに視線を向けた。しかし覇気の残っていない彼は、それ以上の反応を返さない。ハッ、待ってろよ、今に大騒ぎさせてやる。
(お、おおおおっ! くる。くるぞ!)
あきらかに身体を動かしてるせいだけではなく、身体が熱く、力が沸いている。
「ハウッ! ホウッ!」
バンバンバン! シュババンッ! ドン!!
リズム良く足を踏みしめ、両手でハートマークを作り心臓に当てて決めポーズ! 脳裏に言葉が響く。
【癒しの女神のムスタッシュダンス】
「う……あ?……がぁ、ああああっ!!」
患者の身体がまぶしく光り、彼は驚きの叫び声を上げた。
◇
息子さんはあっさり全開した。
一番騒いだのは寝込んでいた本人だった。いきなり身体が五体満足になった上で気力も全快したのだ。文字通り泣き喚きながら飛んではしゃいでの大騒ぎ。まるで興奮した室内犬だ。顔がブルドック系だけに妙な既視感を感じる。聞けばまだ二十歳前だそうだ。若さから功を焦って失敗し、足を失い将来に絶望していたところでの復活だったから、喜びもひとしおだったのだろう。一緒に喜んでいた領主夫妻も途中から落ち着かせるのにひと苦労したくらいだった。そのまま俺の珍妙な踊りについて言及しないでくれるのを願う。
家族で喜びを噛み締める時間も必要だろう。俺達は再度翌日の来訪を約束し、早々に館を辞去した。
翌日領主館に行くと、同席者が増えていたらしい。兄弟や親戚が現れて散々礼を言われたそうだ。領主夫妻も昨日までの猜疑に濁った目が随分と変わっていたと言ってた。
聞きかじった言い方になっているのは、俺が現地に行っていないからだ、正確には全員に止められた。
何故か。
それはもちろん、俺がのこのこ出て行ったら言いくるめられて予想外の追加要求を受ける可能性があるからだ。信用ないなあと思いつつも、じゃあもし病人が並んで待ってたら、お前拒否して帰ってこれるのかと云われると自信がない。似た様なことをトリスタの王宮でもやられたしな。実際挨拶した中に知らないお偉いさん達がいたということは、皆の予想が当たっていた訳だ。ここでそんな連中に捕まったら、また滞在が長くなる。冗談じゃない。
実際俺の仕事は終わった。後は姫さんとアルルカさんの担当だ。必要な時だけ出て後は引っ込む。なんか便利アイテムになっているという気もしないでもないが、こっちの方が話が早く進むのだから其処は仕方が無い。適材適所である。
「領主ミャーン様は随分とお喜びのようでした」
戻ってきた姫さん達とリーゲンバッハ団長に報告を受ける。
「随分と方々から声を掛けていただいているのですが、勿体無いことですな」
「仕方ありません。こちらは先を急ぐ身なのですから」
「それはそうかも知れませんが、立っているだけで随分と懐が潤いましたぞ」
どうやら一生寝たきりだと思っていたウォージェンが全快したのを知り、重病者を知古に抱える者や、利に聡い者達が次々現れ挨拶と称して小金を握らせていくらしい。団を預かる者として資金が増えるのが嬉しいらしく、しばらく逗留してもいいかと思っているようだ。
「それはあちらの事情ですから、私共が関知することではありませんね。ただ、言質だけは取られませんように注意してください」
対して俺の内心を優先してくれる姫さんは、早々に切り上げて旅立とうとする姿勢を見せてくれている。団長では立場上断り難い面会依頼も、彼女が王女の権威で断ってくれているらしい。偉い人が仲間だと頼もしい。
「ようやくチーベェさまの従者として、お役に立てることができて嬉しいです」
齢十歳にて交渉の矢面に立ち、対応しているアンジェリカ王女の顔には疲れが見える。それでも俺の役に立っているということで気力が高まっているのか声が弾んでいた。
『従者としてリーダ嬢が活躍されているからな。姫様も何か役に立ちたいと常々気にしておられたのだ。きちんとねぎらって差し上げろよ』
先程護衛として姫さんに付き従っているラディリアから忠告を受けた。トリスタ王宮で俺の従者となれと神託を受けたという姫さんは、自分も従者として役に立てないだろうかと心を痛めていたらしい。俺としては一国の姫さんを従者扱いする訳にもいかず放置していたのが、それはまずかったようだ。ここは素直に褒め称えよう。
「ありがと。凄く助かる。早く先に進めるよう頼むよ」
「はい!」
会心の笑みでうなずくアンジェリカ王女と、苦笑いするリーゲンバッハ団長だった。しかしそこで。
「――それを言うなら、姫様を守り補佐する私にも感謝の言葉があってしかるべきではないかな」
なぜか脇に立っていた当のラディリアが、二歩前に出て俺に対して胸をそらした。
「――あら、表に出ている貴方が苦労している訳ではないのよ。色々と探りを入れてくる周囲に目を光らせる一方、接触を計ろうとする連中に、隙を見せまいと隊内の綱紀も引き締めている私にも感謝の言葉があってしかるべきではないかしら」
そして同じく脇に立っていたイリスカ迄が二歩前に出て俺に対して胸をそらした。
「「……」」
突然の自己主張に、同席している近衛副長イオネさんが苦笑いしている。なんだろう。
「……いや、そりゃあ大変だったろうが、お前等を褒めるのは姫さんだろ」
なんで俺に向かって自慢してくるんだ。まるで中学時代の俺を思い出すような空気の読めなさっぷりに戸惑っちゃったじゃないか。
「……う、うむ」
「あ……そ、そうね」
「ラディリア、何時も傍にいて見守ってくれて感謝しています。イリスカ、内実の功は確かに見え難いですがいつも感謝しております。二人共大変ですがこれからもよろしくお願いしますね」
「は、ハッ! この身命に掛けまして!」
「はいっ。勿体無い御言葉です。今後もより一層奮わせていただきます」
姫さんのフォローに飛び上がって感激するも、我に返ったのか恥ずかしそうに隅っこに下がっていった。
なんだったんだあいつら。
横を見ると、リーダが何やら口元をむにむにと歪ませていた。なにがおかしいのお前。耳を寄せて聞いたら二人は俺に褒めて欲しかったらしい。なんでだよ。最近あの二人は妙なことを言い出すのでようわからんな。お前等近衛隊長だろう。なら上司は姫さんだ。俺に言ってどうすんだ。
「――そこで、大司祭への口利きですが、なんとかなりそうですわ」
「おお」
「それは朗報ですね」
こちらは空気を読んだアルルカさんの言葉に、俺達は話を再開させた。
◇
交渉がまとまるのに五日掛かった。しかし、俺の外出禁止が解かれたのは旅立ちを明日に控えた更に三日が過ぎてからだった。面会を取り付けるより日数が掛かったのは、それだけ注目を浴びてしまい、俺達への面会依頼が殺到、捌くのが大変だったかららしい。
「もっとも、チーベェさまの舞踏の治療残回数から、こちらは交渉の余地無く断るしかありません。その意味では、対応自体は難しくはありませんでした」
今回一番活躍しているアンジェリカ姫十歳が頼もしい。
「うん、ありがとう。助かる」
俺はボギャブラリーが少ない。毎日同じ礼で芸がないが、良い台詞が出てこないのだから仕方がない。ついには面倒くさくなって、抱え上げてくるくると走り回ったら凄く興奮して喜ばれた。なんだ、やっぱ子供はこれが一番じゃないか。ラディリアやイオネさんが、王女に対してあるまじき云々と文句を言ってきたが、本人が喜んだので良しとしよう。
一息ついて振り向いたら、何故かリーダが両手を広げて期待した表情で立っている。お前……いつも子供扱いしたら怒るくせに。
ようやく外に出られた俺は、明日に備えて移動準備をしている連中を見て驚いた。何故か商人の一団が増えているのだ。なんだこれ、倍以上に膨れ上がってるぞ。連中を指差して聞けばリーダが苦笑いして答える。
「後で順に挨拶に来るそうです。どうやら賊討伐の噂が広まったようですね。また、使徒の名やアンジェリカ王女の噂を聞き、懇意になりたいという意図もあるのでしょう。私達の一行に加わりたいという方々が多いのです」
今更同行者を増やしてどうすんだ。しかしリーダに言わせれば、大人数で押しかければ使徒の信憑性も高まる。大神殿側も無下に扱えなくなるだろうから意味はあるらしい。故にある程度人選したうえで同行を認めたとか。さもありなん。
「もちろん間諜が混ざっている可能性については警戒しなくはなりませんが」
「ちょ……居るのか?」
「予想以上に話が広まったようですからね。警戒はしておくべきでしょう。ヴィルダズさん曰く、専門の人物はいないとしても、子飼いの商人を紛れ込ましておくくらいは当然だそうですから」
問題はどの勢力かだ。ここの領主やオラリア王国関係は、情報収集が目的だろうからたいしたことはない。しかしレンテマリオ本国や他国の密偵には注意が必要だとか。大神殿到着を待って横槍を入れてくる可能性があるらしい。人数が増えると面倒が増えて大変である。
「後は噂を聞いた商人達が【癒し】を求めてくる可能性があるので、兄様は極力彼等の前には出ないようにお願いします。話しかけられて下手に言質を取られたり、揉めたりしては問題ですから」
おおい、この一行は俺が頭になったんだよな。なんで、俺が自由に出歩けなくなっちまうんだ。
「おおおおっ、使徒様! ご機嫌麗しゅうううー!」
「「!?」」
でかい声に揃って飛び上がる。なんだ、もう揉め事か。
振り返れば領主館で出会った司祭、キュビスター・バウ・ワワウンだった。高い背で飛び跳ねながら迫ってくるので、胸がぶるんぶるん揺れて周囲の注目を浴びている。男所帯に来られると目に毒だなぁ、この人。横でリーダも唖然としてるぞ。
「お久しぶりでございます!」
「えと……何故ここに居るんですか?」
「それはですね。あのですね! あれから何度も面会依頼を出したのになしのつぶてじゃないですか。こちらは聞きたい事、調べたい言が山程あるのですよ! なにせ二百トゥン振りに降臨された使徒様じゃないですか。その方が目の前にいらっしゃる。こりゃなんですか、幸運ですか、奇跡ですか! それなのに一度も顔を出されないまま旅立つとおっしゃるじゃないですか。そんないけずですか、悲劇ですか。別離ですか。こりゃあ行くしかない! となった訳ですよ!」
全然分からない。
というか、一々話すたびに両手を振り回して跳ねないで欲しい。すっごく揺れるんで目が釣られて困る。菱形に開いた胸元から、溢れんばかりの実がはみ出しそうになるので、すごく気になる。い痛痛っ。リーダ、尻をつねるな。余計話が頭に入らない。
「えーと……要は色々話し足りないので同行したいと」
「はいです!」
話し足りないとついて来た神獣ラリアと同じ理由かよ。嫌な予感しかしないんだが。
「使徒様を記した書物は検閲が厳しく、中々閲覧できる機会が少ないのですよ。その為、使徒様の生態についての研究は遅れているのです。市井の冊子では娯楽性を高くしているせいか研究書物としては使い物になり得ません。でも今回は御自身が目の前にいるのですよ! こんな機会を逃すなんて出来ません。いけません。研究者としてあってはいけないことですよ!」
生態とか言われちゃった。俺は昆虫じゃないぞ。リーダにどうしようかと顔を向けると、ポニテのリボンが何故かぴんと立つ。
「……同行につきましては領主ミャーン様の承認が得られているのでしたら構いません。こちらとしても、大神殿出身の黄司祭様に、大司祭様への接見を協力していただけるのはありがたいことです。もちろん、後日書面にて確認できる物の提示をお願い致します」
こいつ凄い。何気に大司祭への接見協力を前提として話している。というかそのリボン、今どうやって動かした。
「だってさ」
「おお! ありがとうございます従者さま。もちろん協力させていただきますよ。これはですね、あのですね。歴史的出会いなのです。私がこの方について記録し後世に伝えよと云うアウヴィスタ神の啓示なのですよ!」
リーダの両手を取って上下に振り回すキュビスター。ほらな。目の前で巨乳がぶるんぶるん揺れるとお前だって見ちゃうだろ。これは自然なことなんだよ。
「た、ただし、使徒様はお忙しい方です。面会はきちんと面会依頼を挙げて日程を組んでくださるようお願いいたしますね」
ここ数日は部屋からでられず、ずっと暇でクリオ達と遊んでたとは知られてはいけない。まあ確かに釘をさしておくのは必要だろう。この勢いで近くに入り浸られたら困るからな。
「相わかりました!」
多分絶対分かってない。やがて従者というか、お目付け役らしい護衛兵士二人が現れ、俺達へ無作法を詫びながら彼女を引っ立てて行った。ああ、一番苦労してんのはあの二人か、合掌。
「……本当に同行認めて良かったんかね」
「あの様子では断っても付いてくるでしょうし、騒ぎを大きくするだけでしょう。ならば最初から目の届く場所に配置しておくべきかと」
「なるほどな」
「おそらく頻繁に言葉を交わすことになるかと思われます。その際、アウヴィスタ神についての言葉にはお気をつけください」
「何、言葉遣い?」
もう今更なんだが
「いえ、具体的にはアウヴィスタ神に対し、不敬な言葉を投げかけることです」
「……え……いや、だって」
「はい。ご苦労されました兄様のお気持ちは分かります。しかし、彼等にとってアウヴィスタは唯一の至上神なのです。司祭位にある彼等はそれこそ一生を捧げて今の地位にいます。ヴィスタ教上位である使徒の兄様から、神への否定的な言葉を聞けば悪い印象を与えます。果ては大司祭への謁見の障害となる可能性も」
「むう……」
「同行させると決めた以上は、接見への有効なカードとなるよう配慮が必要です。御不便をお掛けしますが、注意をお願いします。話す際は私も傍におりますので」
「……わかった」
オラリア王国のヴィスタ神殿司祭長、ファーミィ・オマーンに指名手配された件もあって、俺がアンジェリカ王女以外の司祭を毛嫌いしているのを彼女はよく知っている。というか一緒に逃げ回ったこの娘も良い印象はないだろう。その彼女にこうまで言われて俺がぐずる訳にもいかない。
すまなそうな表情をするリーダの背を軽く叩いて話題を変える。
「まったく、司祭って禄な奴がいないよな」
「まず、あの方には、もう少し身なりを正して貰う必要がありますね」
「あれ凄かったな! 周りの連中も全員二度見してたぞ」
「御本人にそのような意図はまったくないのは分かるのですが、あれでは周囲の者の気が散じて困ります」
「まったくだ」
「まるで誇示するように見せつけていると疑い、不快になる方もいるかもしれません」
う、うん? そんな奴いるか?
「中にはそのことについて悩みを抱えている方もいるやもしれません。その方にとってはどれほど心を痛めることになるか……」
日頃から胸の小ささを気にして、コンプレックスを刺激されそうな奴? ……あ、そうかそうか。
俺は理解したとばかりにリーダの肩を叩いて慰める。滔々と語っていたリーダが我に帰って焦って否定する。
「わたしのことではありませんよ。違いますからね!」
「わかってる、わかってる」
「違いますからね! 何でそんな哀れんだ目で笑ってるんですか!」
「うん、大丈夫。お前はこれからだ。 ……あー、たぶん」
「やめてください。その言い方、余計癇に障ります!」
確かに。口の上手くない俺は、この手の話で上手くフォロー出来た試しがない。だけど良いよな、こういう会話。もし妹がいたら、こんな会話をするのだろうか。お兄ちゃん気分に浸れるのって嬉しいな。なので、もう一言だけ。
グッと親指を立てて一発。
「俺はどんなお前でも気にしないからなっ」
「もうっ! 絶対成長してみせるからっ!」
駄目かー。良いキメ台詞だと思ったんだが。
真っ赤になって怒鳴り返すリーダは、なかなか面白い。
こうしてまた、なんともうるさい同行者が増えることになった。
今後の説明要員キュビさんの追加話でした。




