閑話 大薮新平の真相
単発更新です。
「だから違うってば! 俺の名前は大薮新平! オオヤブ、シンペイ!」
「アバブ?」
「ケバブ?」
「ちげえええちゅーのっ! なんでお前等はまともに呼べねえんだ!」
「「「アハハハハ!」」
俺の絶叫リアクションに少女達がどっと笑う。
(こ、こいつらはっ! 俺は怒ってんだぞ。何で爆笑すんだよ)
まるで女子高生ノリでイラッとする。何処の世界も年頃の娘が集まると反応は似るということだろうか。
ここはオラリア王国の東部ヴラージュ山の中腹だ。隣国レンテマリオ皇国への関所まで十日程の場所に、俺達はキャンプを張っていた。今は朝食を終え休憩の場を設けたところである。
出発時間まで自然と各々が集まって歓談の場を設けており、自分はアンジェリカ王女率いる近衛隊の中に呼ばれていた。
これ迄落ち着いて顔合わせが出来なかったこともあり、改めてイリスカ達の部下としてオラリア王国へ入国した十人。近衛従騎士達の紹介を受ける。先に俺が名乗ると、当然の様に全員が俺の名前を呼び間違えて返した。全員間違える。もう、わざと言っているとしか思えない程絶妙に間違える。一体俺の名前はこの世界に何種類あるんだろうか。
唸る俺に対して、まず近衛騎士ラディリア配下の五名が自己紹介を始めた。
「アリシアです。お噂はかねがね!」
「ラヴィアンです。伺っておりますっ」
「ソノラです! よろしくお願いしますっ!」
「クーノン……です」
「プニニットと言いますっ」
噂って……どうせろくでもない噂なんだろう。
チラリと元凶であろうラディリアを半眼で見れば、澄ました顔で茶を飲んでいる。くそ、この前怒らせたばっかりだから、ツッコんだら倍になって返ってきそうで問い詰められん。
それにしても困ったな。俺って、今迄クラスの女子の名前を覚えきったこと一度もないんだけど覚えきれるだろうか。二日と経たずに間違え続けて怒られる光景が見えるようだ。
彼女達はアンジェリカ王女の近衛ということもあり全員が女性である。年齢層は若く俺と同年代。聞けばアリシアとラヴィアン、ソノラは十八、クーノンは十九、プニニットはまだ十五歳だとか。
なんでこんなに若い娘ばっかりなのか。トリスタ王国は内戦で人材不足なのか。他国に行く王女の護衛としてはマズイ気がする。
「この捜索部隊は、ヴィスタ神殿で未だ洗礼を受けてない者から選定したから若年層に偏っているの。率いる私とラディリアとの年齢差を考慮して頂いたということもあるわね。一番の理由は、速度優先の強行捜索隊として入国したので、無理の利く若い者を選んだのが大きいのよ」
合流時にキレてから、すっかり俺への口調が砕けた近衛騎士隊長、イリスカに説明される。
それにしたって、一人くらいは姫さんの侍女みたいな人がいるもんじゃないのかな。前回の巡礼団にはいたし。
「侍女達は国境を越えた迎えの陣内にいるわ。年長の方々もね。前回巡礼団に同行したエリーゼを含め、三名が姫様の帰参をお待ちしていますわ」
その言葉を受けて俺の右横に座るアンジェリカ姫さんがニコリと微笑む。
あ、やっぱりいたのね。
それにしても、いくら代表のユエル司祭がこの国の司祭長の縁戚だったとはいえ、国交を途絶してる国だぞ。そこに若い連中のみで、しかも王女を連れてくるなんて、かなり危険な行為だったのではないだろうか。
「それだけ貴方を捜索することが重要で急を要していたということだ。少しは自覚して欲しいものだな」
薮蛇だった。皆の下から逃げ出した自分としては居心地が悪い。
「本当はアンジェ様には国境を越えずに待機して頂く予定だったのだ。しかし捜索に関わる天啓を得る可能性があったので、御同行頂いたのだ」
ラディリアはそう言ったが、目を合わせた姫さんがいたずらっぽくチロリと舌を出す。どうも我侭を言って無理に同行したというのが真相のようだ。意外と頑固だからな、このお姫さん。
名を間違えて笑った従騎士達に対して、年長者の女性から叱責が入る。
「皆さん、使徒様に対し少し言葉使いがなっていませんよ。深く交流され、気安い会話を認められている隊長達と貴方達は違うのです。シッパイ殿は我が国の英雄なのですから敬意を払わなくてはなりませんよ」
「「はい」」
少女達が元気良く返事を返す。しかし、その顔には少し真剣味が足りない。シッパイ殿だしな。注意してくれたのはありがたいが、隊長たるラディリアやイリスカが、度々俺を怒っては小突いているのを見ているのだから、敬意を払えと言われても説得力が無いだろう。
皆を諌めてくれたこの女性は、イリスカ配下の人で名をイオネさんという。二十代半ばらしく隊では一番の年長さんだ。オラリア王国のヴィスタ神殿に詰めていた時は、彼女が九名をまとめていたらしい。目配りはしっかりしてるし皆も従ってる。聞けば、ラディリアとイリスカは前回の巡礼団の道中で、アンジェリカ王女拉致救出の功績で昇進。対してイオネさんは部下に宰相派への内通者がいたこともあり、監督不行届として降格となり立場が逆転したそうだ。結果部隊がこのような編成になっているとか。
最年少のプニなんとかちゃんが、唯一青い顔でかしこまったのを見つけて、つい言葉を挟む。
「別に言葉使いなんか気にしなくていいよ。実際こっちは英雄でもなんでもないし」
「それは違うぞ、チンペー殿」
「貴方は我が国の内戦終結の功労者。英雄たる功績を残したわ。故に賞されるのよ」
「英雄とは自称するに在らず。他者が評するものですからね」
ラディリア、イリスカに続いて姫さんにまで絶賛されるが顔をしかめるしかない。そう言われても、俺のやった事なんて全部追い詰められた勢いで踊り回った結果でしかない。凄かったのは踊りの効果であって俺自身じゃないのだ。それを挙げて功績とか云われても素直に喜ぶ気にもなれないのである。
(俺が召喚した元宰相達は殺されたって云うしなあ……)
道中自分が去った後のトリスタ王国内乱の結末を聞かされた。結構ショックな内容だった。
フォーセリカ女王即位の大義を示す為、俺が召喚拉致した反乱軍の王子と元宰相は斬首され王宮前で晒し首にされたというのだ。内乱終結を知らしめる為として政治的には必要なことだったのだろうが、なんとも苦い結末だ。もう二人の顔もろくに覚えていないが、先に進みたい一心で彼等を捕らえたのはこの俺だ。いくら貴方は内戦を鎮め無用な死者を減らしたと褒められても、自分が人殺しに荷担したのは変わらない。人殺しなんて俺には無理だとか云っておいて、実際には殺してもいるし、犯罪もしまくっている。こんな世界じゃ仕方ない。先に進む為だと自分に言い聞かせてはいるが、いざ立ち止まって我に返れば自分のしてきたことの数々に後悔しきりである。それで英雄とか言われても素直に頷けない。
「このオラリア王国でも、神獣ラリアを復活させた功績から、貴方は後世に渡って賞されることでしょうね」
「素晴らしいことです」
「うげえ……」
確かに神獣ラリアを復活させたことは、国土の回復にもなり良かったのだろう。しかし、それ以外はどうだろう。結局自分がこの国でやったのは、反乱軍の討伐に抵抗し、リーダの処刑に乱入し、王宮に忍び込んで神獣を勝手に復活、従えた末に王国を恐喝だ。挙句の果てに反乱軍頭目の処刑をめちゃくちゃに。王国側の視点で見れば、俺は現地の法を犯しまくった凶悪犯罪者だろう。道中と宿場で『反乱軍が活発になってきて物騒だねえ』なんて話を聞かされれば、どうにもやりきれない気分になる。結果として俺はこの国で散々騒動の元となってしまったのだ。
「もう、みんな忘れてくれんかなあ……」
情けない愚痴がでた。しかし、その言葉を聞いた従騎士の女性陣から何故か反発が。
「ええ。あたし凄い感激したのに!」
「あたしもですよ! 使徒さまがヴィルダズさんを生き返らせた時には皆と一緒に飛び上がっちゃいましたもん!」
「そうそう! 使徒さま凄いって思いました!」
なんだろうそれ。
「いや――というか、まず使徒さま呼ばわり止めてくんない。本当かどうか判ってないんだから」
「え……そんな」
「今更それ言うの……」
「あれで使徒様じゃなかったら、それこそ何者なんですかという話になるんじゃ……」
呆れ顔を見合わせる従騎士達。俺の横で姫さんも苦笑いしてる。
いや、知らんがな。だから確かめる為にも大神殿に向かってるんだろ。
彼女達も処刑場であの騒ぎを見ていたそうだ。でも一体アレのどこらへんに感動する要素があったのか。
こっちは恩人が目の前で火炙りにあって悲鳴あげてる前で、集団観衆の前で上手く行くか分からない阿呆な踊りをやっただけだ。我ながら凄い勇気がいる行為だ。足はガクガク震えるわ、眼前の火炙りは怖いわでずっと泣きそうだった。それを見て感動とか云われても返す言葉に困るってもんである。
あの場で結局俺がやったのは、処刑を王都中への見世物にしてその苦痛を体験させて苦しめ、処刑を切り上げさせただけだ。最後は治療の踊りがなんとか間に合ったが、その所為で『見殺しにしておいて助けて盛り上げる』という完全な自作自演になった。イリスカに指摘されて初めて気付いたよ。あの時はとにかく助けなきゃとしか頭になかったからなあ。
憮然としていると、イリスカに促された彼女配下の従騎士達も挨拶してくる。こちらの五名は若干平均年齢が高い。みんな二十歳前後だろう。
「改めて。イオネと申します」
「エルカさ」
「キルフィです」
「モルドレイ」
「レレイムと申します。お見知りおきを」
あかん。もう絶対覚えきれない。とりあえずモルなんとかさん以外は胸がおっきいと覚えた。
「まあ、うちらはイオネ副長さえ覚えてくれればいいさ。何か困ったことがあった時は副長に言えばだいたい対応してくれると思うよ」
途方に暮れた俺の表情を読んで、快活に笑ってくれたのはエルカさん。結構良い体格をしている。口調は悪いがイリスカとイオネさんをきちんと敬ってるし、歴戦の女兵士という感じだ。
「エルカ。貴方が一番言葉使いがなってないわよ。私まで同類と思われるから止めてくれないかしら」
「うっせ。他国内でこんな偽装して行動してんのに上も下もあるかって」
そう言って彼女はバサバサとヴィスタ神殿の法衣を待ち上げる。
あの。その法衣、下は素足なんで太腿が丸見えになるので止めて欲しいんすが……。
「あ、照れてる」
「意外! 純情ー」
アリシア達若年組が目敏く冷やかしてくる。
ほれ見ろ。女子の集団の中に居るとすぐこうなるんで嫌なんだ。つか意外ってなんだ。
「イリスカ隊長、チャンス、チャンスだ! ホラ、そこの薮に連れてっちゃって」
「キルフィ!」
傍観してたイリスカが真っ赤になって部下を叱りつける。結構フリーダムな部隊だよな。アリシア達なんかもヒャーッとか色めき立ってラディリアに注意されてる。
あーもう。話を戻そう。何の話してたんだっけ。頭を掻きながら左に座るリーダに顔を向けると即座に頷いた。
「話を戻しましょう。兄様のお名前を皆様全員が正確に発音できないのは、やはり不思議なことですよね」
「……」
すごいなこいつ。今、俺の表情で何を言って欲しいか理解したぞ。なんか日本にいる俺の姉ちゃんみたいになってきたな。
「そう。なんで皆、俺の名前ちゃんと言えない訳。そんなに難しい名前か?」
「そういう訳では……」
「こちらはきちんと発音しているつもりなのですが……」
戸惑ったように皆が顔を見合わせる。なんだと、アレで言ってるつもりだったのかお前等。
「「……」」
おかしい。おかしいぞ。考えてみれば今迄一度も正確に言われた記憶が無い。誰一人としてだ。
これはちょっと変過ぎないだろうか。そろそろ日本の名前は難しいで済む問題じゃない気がしてきた。
ふと、リーダと姫さんが横から声を掛けてくる。
「え……。もしかして私も間違っていました?」
「わたくしもですか?」
「そりゃそうだよ。こっちのあー、大陸に来てから一度としてまともに呼ばれたことねえよ」
ラディリアはチンペー、チンペーと落語家みたいに呼ぶし、姫さんはチーベェと犬ころ扱いだ。イリスカに至ってはジンベイと着物になっちまった。
「ええ。そんな!」
「が、頑張ります!」
二人は何やらショックを受けたようで何度も試し始める。なんだ。従者を自任してるプライドにでも引っかかったのだろうか。だいたいリーダは『兄様』と呼ぶので関係ないだろう。
「オオバブル ショッペイ! どうですか?」
「オラヤバイ ショッパイ! どうでしょう」
……塩味かあ。
向かいの従騎士の娘達も言い始める。
「アバブ?」
「ケバブ?」
「「あはははは!」」
何も変わってねえ。引っ叩くぞ、そこの小娘ども。
つられて皆も試し始める。
「オラバヤイシップ」「オオバヤイエッペイ」「オブオウブッペイ」「オオアベシンデイエイ」
当然全員間違っている。止めろ。そんな一斉に違う名前で呼ばれると、俺の方が間違っているんじゃないかって自信がなくなってくる。
その時、混沌とした場の空気を吹き飛ばすように、背後から子供の明るい声が響いた。
「父上、見てー!」
振り返ると、俺達の後ろでくつろいでいた元反乱軍団長ヴィルダズ一行の下へ、娘のクリオが駆けてきた。手には近くの野原で詰んだらしい大きな花を持っている。おお、あっちは平和だ。
しかし問題が一つ。彼女の肩には神獣ラリアが緩んだ表情で乗っているのだ。
アレ放置してて大丈夫なんかな。時々興奮して気が緩むのか、五mくらいの巨体になりやがる。クリオが触り心地が良いとして抱きつくのは仕方ないとして、その度にラリアの奴が恍惚とした声をあげて身をくねらせるのがとても気色悪い。神獣は化け物だ。もし間違って片手を振り回して当たりでもしたら彼女の頭なんて吹き飛んでしまうだろう。そんなことはしないと分かっていても、親父のヴィルダスと一緒に見ていてどうにも落ち着かない。
ヴィルダズが手に取った花をあらため、娘の頭を撫でて褒めるとクリオは得意満面となる。離れて暮らしていて寂しかったのか、彼女は何かにつけ父親の元へ走っては興味を引きたがる。微笑ましい話である。
気を良くしたクリオは他の人にも花を見せに行く。横に座るアルルカさんをスルーして、何故かその横の女傭兵デルタさんの下へ。
「へー綺麗じゃない。こんなのよく見つけたね」
「えへへー」
「いっぱい咲いてたかい」
「うん」
「じゃあ、花冠でも作ろっか」
「ほんと!?」
クリオは大喜びでデルタさんを引っ張って立たせ、手をつないで野原へと走っていく。あれまあ、すっかり仲良くなって。
神獣ラリアがこっちに来て俺と姫さんの間に蹲った。こいつは大人の女性には興味が無いので、クリオがデルタさんと遊びだすと自分への反応がおろそかになるから面白くないのだ。まんま子供である。
妙な視線に気づいて視線を向けると、スルーされた元反乱軍副長のアルルカさんが二人の背を羨ましそうに眺めていた。あれまあ何それ。驚いたまま顔を戻すとイリスカと目が合って苦笑い。
集団で旅をする様になって数日、一行の中で人間関係が形成されてきている。まず、何故かクリオがデルタさんに懐いた。まあ豪快そうな外見の割に結構な世話焼きさんなところが合ったのかもしれない。デルタさんも小憎らしい弟よりよっぽど可愛いよと喜んでる。
その弟は目の前の若手従騎士の女子達に一日中声を掛けてはけんもほろろに貶されてしょんぼりしているがな。こいつ根性あるよなあ。俺に『兄ちゃんの命令なら彼女達も聞くだろうから口利きしてくんない』と言われて蹴り飛ばしてやったけど。
もう一度振り向けば、ヴィルダズがしょんぼりしているアルルカさんの肩を叩いて宥めていた。
団長が好きでここまで追いかけて来たアルルカさんとしては、クリオとも仲良くしたいようなのだがイマイチうちとけられていない。あの人、口調は柔らかいんだけど怖いんだよね。戦闘の指揮とかもしてたし。女性というよりは完全に女指揮官なのだ。元反乱軍副長様だから行軍の管理もお手の物らしくイリスカやイオネさん達が何かにつけ相談し、いつの間にか旅程の責任者にもなっているくらい。貫禄もあるので、一見すればラディリア達の上司である。
しかしクリオからすれば、その威圧感が問題なのだ。貫禄がありすぎるので、人見知りするクリオは萎縮して逃げちゃうのだ。
トッポの奴がクリオに懐かれながらヴィルダズと話してるのを見ては「姉ちゃんに春が来たか」と、これまたいらんこと言って煽るので、その度にデルタさんとアルルカさんの間に微妙な空気が漂う。なんか見てるとドキドキする。
そのうち妙な愛憎関係に発展したりするのだろうか。大人同士の恋愛なんて俺の口出すようなことじゃないというか、何を言えばいいかさっぱり分からんけど、とにかく修羅場に発展しないで欲しい。俺には手がおえない。
顔を戻すとまだ姫さんとリーダは頑張っていた。
「オオバブル スッペイ!」
「オラヤイヤイ シュッパイ!」
酸っぱくなってた。発酵でもしたんだろうか。
「もう良いよ。止めとけって、無理だよ」
「待って、待ってください」
「もう少し、もう少しお時間を。臣として間違えたままではいかないのです!」
だれの臣下だよ。
『何を話しておるのだ』
神獣ラリアが聞いてきたので、誰も俺の名を正確に呼べないことを説明する。すると興味無かったようで、喉を鳴らして姫さんの膝枕を堪能しだした。止めろロリコン。姫さん硬直しちゃったじゃねえか。その自慢げな視線はなんなんだ。幼女の膝枕なんか別に羨ましくないっつの。
うんうん唸っていたリーダが、ふと顔を上げる。
「――もしかしてですが。この御名前は『真名』なのでしょうか」
「――あっ?」
「マナ?」
なんだっけ。この世界の魔法用語か。大気にある魔法の要素とかだっけ。オドが無い俺には使えないとかなんとか。
「いえ、この場合は少し違います。この大陸では公称の呼び名の間に『真名』と呼ぶ『名』を挟み、それを含めて正式な名とします。この名は地方によって『影名、忌名』とも呼ばれたりしますが。家族や夫婦間でしか知らせることはなく、公式な文書にも残りません」
変な話。
「例えば私の名はイェフィルリーダ・アルタ・ルーベンバルグですが、間に真名を挟んだものが正式な名です。「ルル」「ラウ」等、神や神聖にちなんだ名を挟み『イェフィルリーダ・ルル・アルタ・ルーベンバルグ』となります」
「なんで、そんなめんどくさいことしてんの」
「慣習ですね」
「古来から行われていると聞いていますが……」
TVの時代劇で、徳川家康の幼名が竹千代とか言われてた気がするけど、それと似たようなもんだろうか。
「はっきりした由来は判っていません。一説には遥か昔に存在した召喚魔術においては、真名を掴めば相手を服従させることができたと云われています。その対応策として正式名を潜める様に慣習化されたとも云われています。これが本当なら、兄様自身に召喚されない為の対策がアウヴィスタ神によって成されているのではないでしょうか。具体的には、兄様の真名を呼ぼうとすると、制約が掛かって正確に発音することができなくなるのです」
なんだよそれ。真名なんて知らねえよ。
黙って茶を飲んでいたラディリアが、ふと顔を上げた。
「……そういえば、チンペー殿が召喚魔術を行使する際に相手の真名を呼んでいたな。アンジェ様を召んだ時に我等も知らない陰名を含めて呼んでいたので驚いたものだ」
「そうだっけ?」
俺の踊りで【半熟英雄の大護摩壇招き】という召喚魔術のようなものがある。以前それで誘拐されたアンジェリカ王女を取り戻した際のことを言ってるのだろう。
「貴方はその名をどうやって知ったのだ」
「いや、知らないって。奇声や台詞とかは、踊ってる最中勝手に頭に浮かぶんだから一々覚えてないよ」
「自覚が無いと……」
「おかしなことね」
「それこそが、アウヴィスタ神の御助力なのかもしれませんね」
そんな半端な助力いらんから、一々踊らないで使えるようにして欲しいんですが。もっと言うと何も説明せずに、あんな内戦地に放り出さないで欲しかったんですが。
リーダが話を戻す。
「ですので、皆様が兄様の名を正確に発音できないのは、アウヴィスタ神によって兄様のお名前自身に召喚されない様に対策が成されているのではないかと思われます。簡単に言えば、兄様の真名を呼べない様にこの世界全体に制約が掛かっているのでしょう」
「……それは何だ。呪いみたいなもんか」
「か、加護です。兄様が召喚され強制的に使役されては問題ですから、召べない様に対処が成されたのでしょう。実際には召喚魔術は廃れ、使える者は居ない筈ですが、アウヴィスタ神からすれば、居る居ない等は些細な問題なのかも知れません」
あんな踊りが太古に行われていて今は無いというのなら、滅んだ原因は『恥ずかしいから』だろう。触媒を焚き火に見立てて拝んで、ソイヤソイヤ踊るんだからな。
少し考えてこめかみを揉む。えーと、要はなんだ。
「……じゃあ何だ。俺はこの世界じゃ絶対に正しい名前で呼ばれることって無いのか?」
「「「…………」」」
みんなが黙り込んだ。リーダが目を伏せて頷く。
「……おそらくは」
「うっそおおお!」
周囲が複雑そうな表情を向ける中、俺の絶叫が空しく響く。
「ちょっ、なんとかなんないの?」
「えーと。なんとも……」
「無理でしょうね」
「こればかりは」
「おいいーっ!」
そんな加護になんの意味があるんだ。世界で俺しか召喚魔術使えないのに、その俺の名前に制約掛けたって意味無いだろ。
頭を抱えて唸る俺を、皆はなんとも言えない表情になって見守り続ける。
姫さんの膝でゴロゴロしながら話を聞いていた神獣ラリアが、おもむろに立ち上がり、尻尾でぺしぺし叩きながら偉そうに何か告げようとする。
おお、腐っても何千年生きている神獣。なんか打開策があったのか。
『では、我が新たに相応しい通り名を付けてやろう。オーラブ・シンペドである』
「お前はどうしてそう、俺をロリコン仲間にしたがるんだよ!」
空は今日も青かった。
すいません。
本文の書き溜め全然進んでません……。
ちなみに『大薮新平』は以前参加してた同人サークルで発表した作品の主人公名です。
当時掲載してた漫画を手抜きじゃないかと云われ、奮起して描いた8P漫画の主人公の名前が大薮新平でした。
『大薮』は先輩から、『新平』は偉人名から語感で適当に。
当時はこんなにバリエーションが利く名前だとは思いもしませんでした……。
それでは、今年一年ありがとうございました。皆様も良いお年を。




