24. 大薮新平 処刑場に舞う
二話ばかり三人称で表記となります。
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。国の窮状を知り思い悩む新平に、リーダは神獣の復活を提案。彼等は王宮に忍び込み神獣を復活させる。国王との謁見を終え、出立を明日に控えたその時にク-デターが勃発。新平は命の恩人であるヴィルダズ団長が捕らえられ、公開処刑されることを知るのだった。
ゴォウウゥン……。ゴォウウゥン……。
王宮前の広場に設けられた処刑場に、銅鑼の音が鳴り響く。
処刑場には大勢の観衆が集まっていた。広場の王宮門側には国王、王妃をはじめとした王国重臣達の席が設けられている。左手には高官達、右手には賓客達用の席。そして、刑場の外周を王宮騎士団が警備を固めていた。
広場の中央には巨大な台座に櫓が組まれ、立てられた一本の木柱の下には萱が高く積み上げられている。そして広場を覆い隠さんばかりに集まった群集達。強制参加させられた者達もいるが、娯楽と捉えて集まり興奮している者達も多い。彼等は少しでも良い景観を得ようと広場に押し寄せ、近隣の建物を埋め尽くしている。
そして、群集の中に反乱軍が混じっていないかと、王宮騎士団の騎士達が目を光らせている。
新平達はその右手の最前列に席を設けられて座っている。今回の公開処刑に同席するにあたって、新平達は刑の執行の邪魔はしない。騒動を起こさない。神獣ラリアを処刑場に呼ばない。と誓約書にサインをしている。
リーダやアンジェリカ王女達が懸命に止めた『妨害をした場合は命を差し出す』という一文を入れて。
罪人の知己であり、拷問の邪魔をしていた新平を処刑場に置くことは本来なら避けるべき事態である。しかし、神獣ラリアを復活させた魔道士と報じた彼が、この処刑に同席することは、王国側の正当性を大いに高めることであり、反乱軍や大衆に対しても喧伝効果が高いとして、国王及び重臣達より参加許可が下りたのだ。
集まった観衆達に向かって進行役の官吏が呼びかける。
「皆の者、良く集まった。これより先日王都にて騒乱を起こした賊徒の刑を執り行う」
大小の銅鑼が鳴り響き、群集から喜びとも非難とも取れる歓声が沸く。ひとしきり歓声が沸き終わったのを見越して官吏が叫ぶ。
「では罪人をこれへ!」
再び銅鑼が鳴り響き、下手から警護の騎士と執行人達に囲まれて、半裸の男が連行されてくる。元はかなりの体格であっただろう肉体は、たび重なる拷問を受けたのか赤黒く腫れ上がっていた。
野次る者、同情の声を上げる者。罵声を浴びせる者と様々な声が飛び交う。小石を投げる者には近くの警備から鋭く注意が飛ぶ。放置すれば暴走する危険があり、反乱分子一党が投石に紛れて警備の邪魔をする可能性があるからだ。
罪人が刑場正面の前に引き出され、顔を観衆に向けさせられた。既に顔は血と痣で膨れ上がっており、暴行の悲惨さが露呈される。観衆からは一斉に不快と同情の声が上がった。
罪人が執行人達によって引き立てられ木柱に繋がれる。途中に焼け落ちては見栄えが悪いとのことで、両手を頭の上で重ね木柱に釘で打ち付けられ始めた。罪人が苦痛の叫びを上げる中、官吏が罪状を読み上げていく。一文毎に観衆達から怒声が沸きあがる。最後に官吏が国家反逆の暴徒首謀者として処罰する旨を告げると、大きく観衆が沸いた。
その様子を新平はじっと見つめていた。
賓客席の最前列で、無作法にも肘の上で両手を組み、口元を隠しながら無言で見続ける。左右と背後からアンジェリカ王女達が気忙しげな視線を向けているが、新平はじっと刑場を凝視したままだ。
暴れ出さない新平を不審に思って覗き込み、状況を知った王女達は不安な表情を合わせる。思ったとおり、新平は爪を食い込ませんばかりに拳を握り締め、歯を食いしばっていたのだ。
官吏が叫ぶ。
「これより、過日王都ににて王国転覆を狙い騒乱を起こした一党の首領。ヴィルダズ・アーデの処刑を執り行う!」
重臣の一人が挨拶し刑の執行を命じる。
激しく鳴る銅鑼と大鈴の音と共に、萱に火が点けられた。油が染み込まされていたのか、あっという間に火の海が広がる。
「「おおおおおおっ!!」」
火が燃え上がり、罪人ヴィルダズが身動きする度に、広場には異様な歓声が沸き上がる。
ゴッ!
「ぐっ……おおっ!」
一際大きく燃え上がった炎に、耐え切れずヴィルダズが顎を上げる。観衆達は昂奮し歓声を上げた。肌が焼かれ、血が燃え立ち、脂に火が渡る。火刑の苦しみは火の熱さ、痛み、煙による呼吸困難である。どれほどの戦士であろうと、痛みは我慢しても呼吸出来ないのは苦しい。酸素を求めて顎を上げる姿に観客は興奮し沸き立つ。肉が焼け異臭が辺りに漂いだした。刑場は異様な熱気と昂奮を帯びていく。まるで、上がる悲鳴と肉が焼ける異臭に酔う様に、観衆達は腕を突きあげ出し、次々と罵声を投げかける。先頭の観衆達が小石を拾って競って投げつけ始めた。
新平がゆらりと立ち上がる。
その顔色は青白く、幽鬼の如き表情だった。アンジェリカ王女達が息を呑んで新平を見上げる。
「……行ってくる……」
新平はボソリと呟くと、危なっかしい足取りでフラフラと歩き出す。極限の緊張と荒れ狂う心情で身体が硬くなっているのだ。吐き潰したスニーカーの代わりに履いた皮ブーツが、石畳を擦り不快な音をたてる。
処刑場がざわめく。
賓客席で座っていた男が突然立ち上がったこともだが、彼等は知っているのだ。立看板の人相書き通りの男、この男がヴィスタ神殿が報じた『神獣ラリアを復活させた異国の魔道士』であると。その魔道士が何かをしようとしているのだ。
反乱派に与する者達は処刑の中止を期待し、賛同する者達はその動向に注目する。近くの建物屋上に待機していた騎士団の弓手が、弓を取り出して構える。執行の妨害をした場合に、殺害の合図が来たら射殺するつもりなのだ。衛兵が慌てて駆け寄り新平を止めに入る。しかし、新平が国王や重臣も知ってる予定通りだと嘘をつくと戸惑いながらも道を開ける。その横を通り過ぎた新平は、燃え盛る火壇の正面に立つ。
じっと立ち上る炎とその段上の男を見上げ続ける。
炎の上ではヴィルダズが苦悶の表情で耐えている。正面に立ち竦む新平に気づき、彼はこんな時だというのに、なぜ出てきたとばかりに新平を睨みつける。その視線を新平は真っ青な顔で震えながら受け止めた。
ぱちりと焼けた藁が飛び散る。
火にあぶられて蒼白かった新平の顔が赤く染まり、その火の合間に新平の血走った目が浮かび上がった。彼の息は荒く、拳は震えていた。緊張と怒りと恐怖で、先程からずっと歯が鳴っていた。
新平は大きく足を踏み出し顔を上げる。そして、国王に向かって大声を張り上げた。
「陛下! 此度の執行をより広く多くの観衆に知らしめる為、私に『見せしめの舞』を贈らせて頂きたい!」
処刑場に新たなざわめきが広がる。
まず火刑に際して『舞を贈る』という意味が判らない。群集達は新平が踊りで魔術を使うという事を知らないので、話に関連性が見いだせないのだ。
国王ギブスン・ジラードは黙って眉をひそめた。その横で王妃レイオーネが、緊張した表情で国王の顔色を伺う。重臣達も揃って国王の裁可を伺おうと顔を向ける。
しかし、新平は国王の返答も待たずに両手を広げ踊り始めた。彼は式典の体裁を整えただけで、断られても止める気はなかったのだ。狂王と呼ばれる国王に対し、不遜極まりなく命知らずな行為であった。
新平は踊りだした。奇妙な踊りである。腕を回す。飛び跳ねる。腰をひねる。全然法則性が見られない。それどころかリズムもテンポもバラバラな珍妙な踊りだった。珍奇であり、滑稽であった。はっきり言ってしまえば下手糞である。酒場の娘でさえもっと綺麗に踊るだろう。
呆気に取られていた群集の中から失笑が湧き出す。指を差して笑いだす者まで出始めた。そのくらい下手糞だった。
しかし、近場で踊りを見ている者達は、眉をひそめて視線を交わし会う。踊る新平の形相が酷いのだ。彼は一層青白い顔に汗を浮かべ必死の形相で踊っている。何か特別な意味があるとしか思えないのだ。新平の踊りの力の一端を知る重臣達は一様に緊張した顔でことの成り行きを見守っている。その緊張が周囲の群集達にも移り、次第に処刑場には異様な緊張感が広がっていった。
新平が稚拙な動きで踊り回る。まるで何かに請う様に。何かに助けを求める様に。リーダが、アンジェリカ王女が腰を浮かせ、小布を握り締め息を呑んで見守っている。執行人や衛兵達は止めるべきかを上司に問うが、最上位の国王ギブスン・ジラードが黙って見入っているので手出しが出来ずそのまま踊りを眺めることしかできない。
突然、びくんと新平の片腕が跳ね上がった。次いで肘が、足が跳ね上がる。
「う、うおおおっ!!」
新平は雄叫びを上げ、いびつな笑みを浮かべて高く飛び跳ねた。足が打ち下ろされる。
カン! カカカッ、ガン!
硬質な音が処刑場に響き渡った!
どこからか。
靴だ。踊る新平の靴底が石畳に当たる度に、聞いた事も無い硬質な音が鳴り響くのだ。新平は高速で足を交互に打ち下ろす。
ガン、ガッ、ガガガン! ガン、ガッ、ガガガン!
まるで踵に鋲でも打ってあるかの様な甲高い音が鳴り響く。
シャン、シャン、シャ、シャ、シャン!
周囲の小銅鑼と大鈴が新平のステップに合わせて勝手に鳴り始めた。奏者と近くにいた者達がぎょっとしておびえる。まったく手を触れていないのに勝手に鳴り出したのだ。しかも一定のリズムを取っている。風などでは絶対ありえない。その証拠に手で押さえても音が鳴り止まない。奏者たちの悲鳴を覆わんばかりに小銅鑼達の音は更に大きく鳴り響いていく。
新平の踊りが先程とガラリと変わった。稚拙な動きが消え、完璧なリズムに乗ったダンスとなっていた。両手が流れる円弧を描き、硬質のタップ音が変則五拍子を打ち鳴らす。踵が石畳を叩く度に硬質なリズムが刑場に響き渡る。
ガン、ガン、ガッ、ガガガン!
シャン、シャン、シャ、シャ、シャン!
官吏の男がアンジェリカ王女達に詰め寄って来た。あれは何をしているのだ。契約違反ではないのかと。
「……契約通り執行のお邪魔はいたしておりません」
内心の動揺を押し殺し、アンジェリカ王女が毅然と言い返す。
「逆にこの行いを王都全土に知らしめる協力をさせていただくと、我が主はおっしゃっていられました」
先程国王に向かって語った新平の言葉を使い、リーダが話をつなげる。
そうしがらも、彼女達は青い顔で自分達の主に視線を戻す。実は彼女達も新平の真意を知らないのだ。執行の数日前から彼は相談してこなくなり、自分の殻に閉じ篭ってしまった。何をするつもりなのか最後まで自分達にも教えてくれなかった。ただ処刑に同席できるよう協力を頼み、今日この場に挑む際には一言しか説明をもらっていない。
『何かあったら手伝ってくれ』
たったそれだけである。
もちろんその態度には不満も不安もある。しかし、新平はむやみにそのような態度をとる人物ではない。何か意味がある筈だ。目的は判っているので予想もつく。彼は今新しく顕現させようとしている踊りで、ヴィルダズを助けるつもりなのだ。ならば自分達は彼の従者。事ここに至った今は、臣として彼が存分に動ける様に支援するだけである。
カッ、カッ、ガガガッ!
新平は両手を広げ回転しながら、高速で踵を石畳に叩きつける。まるで火の海で飛び跳ねるような荒々しい踊りだ。只の皮ブーツから、タップシューズの如きスタッカートな音が鳴り響く。変則的な五拍子と銅鑼が観衆達の心臓をかき乱していく。
「ハッ、ハッ、クッ……」
燃え盛る火の海に悶えるヴィルダズ団長を視界に入れ新平は青冷めている。泣きそうな顔をしている。吐き気をもよおしている。それでも彼は踊りを止めない。
新平のその表情に気づいた国王ギブスンジラードが首と腕を小さく振って続けさせろと伝える。覇気も敵意も無い、今にも泣き出しそうな新平の悲壮な表情と目を見て、警戒する必要が無いと判断したのだ。
この奇妙な異人に対して気をつけるべきは神獣ラリアの召喚だが呼ぶ様子は無い。こんな踊りにどんな意味があるのか判らないが、本当に異国の葬送の舞とやらを踊っているようにも思えなくもなかった。しかし――
ガガガッ、ガガガッッ! ガン!!
「オオアッ!!」
新平が右手を伸ばして真っ直ぐに天を指した。
刑場がどよめく。
新平の指差した先。王都の上空に巨大な白いもやが急速に浮かび上がったのだ。
「雲……?」
「違う。なんだいあれ……?」
もやはどんどん大きくなる。ついには刑場の上空。いや、王都上空に数キロにも及ぶ巨大な球形の雲が浮かび上がった。
「おお……」
「うおおぉ……な、なんだ」
「なんだおい、あれは」
人々はざわめきだす。何かが起ころうとしている。
ガッガッ、ガガガッ!
シャン、ジャン、ジャ、ジャ、ジャン!
「ハアッ! アッ! アッ! アアアッ!!」
新平は大きく円を描く様に両手を振りながら踵を打ち鳴らし回転する。力強く石畳を叩くと同時に、新平の脳裏に新しい踊りの言葉が響き渡った。
【衆目のシギリージャ】
ゴウッ!
突然刑場を突風が襲った。各所で悲鳴が上がり、小布や帽子が竜巻にでもあったように上空に舞い上がる。
その喧騒の中で、一人が空を指差して声を荒げた。
「おい、あれはなんだ!」
「え……?」「おお……」「なんだあれは!」
喧騒が広がる。王都上空にあった巨大な球形の雲の中に景色が現れたのだ。それはよく知ってる光景。今、目の前にある光景だ。火炙りの光景が空の雲の中に映し出されているのだ。
「ここだ……」「この場所が写ってるぞ!」「どうやってだ」
間違いなく、この処刑場の様子が上空の雲の中に大きく映しだされている。それも現在のだ。自分の姿を見つけた観衆の一人が思わず手を振って動かす。当然のように上空に映る自分も手を振った。
「おおおお!」「すごいぞ!」「どうなっているんだ!」
何が起きているのか。誰が起こしているのか――いや、誰かは考えるまでもない。あの男がこの事態を起こしているのだ。観衆は息を呑んで新平に視線を戻す。そこへ問い詰めた官吏に返すべくアンジェリカ王女の言葉が響き渡る。
「お判り頂けましたか。我が主は執行のお邪魔はしておりません。逆にこの行いを王都全土に知らしめる協力をさせていただいているのです」
おおお……
踊る魔道士を主と呼ぶ高貴そうな娘の言葉で、この事態を引き起こしているのがあの男だと確信が得られた。周囲の者達は初めて見る魔術とその光景に驚きざわめく。
そして、それ以上のどよめきが背後から聞こえてきた。驚いて背後や周辺を見渡せば、王都街の建物から人々が外に出てきて空を見上げているのだ。彼等は皆、空の映像を指差し騒いでいた。
次から次へと誘い出される様に人々が家屋から外に出てくる。そして一様に空を見上げて騒ぎ立てる。喧騒が四方から伝わってくる。今や王都中の人々が空を見上げ、その光景に見入り始めていた。
「ほ、おおぅ。見事じゃ! これなら王都中に、この処刑を知らしめることが出来ようぞ!」
「まったくじゃ! 良い喧伝になるであろう!」
重臣の一部が、気の利いたことを話して目立とうと声高らかに叫んだ。
国王ギブスンがそれに小さく頷いたのを見て、歓心を得たい重臣達が次々と賞賛の声を上げる。
王都街では人々が手を止め、空に浮かんだ光景を見上げている。しかし、映し出されているのは罪人の火炙りだ。歓声を上げる者は少ない。目を背ける者、痛ましげに顔を歪める者、両手を組んで祈りを捧げる者達が相次ぐ。それでも王都の人々は、誘い出されるように、次々と野外に出ては上空の光景に見入っている。
新平は息を荒げながら呟く。
「違う……」
新平の顔は晴れていない。一層切羽詰った形相で舞い踊り、足を打ち下ろす。
「違う、違う……違うぞっ!」
ガガガッ、ガガガッ!
「違うっ!」
新平は叫び、足を打ち下ろした。
ガン! ガン! ガンッ!!
「ぎゃああっ!」
突然悲鳴が響き渡った。
ぎょっとして重臣達を始め観衆の視線が悲鳴を上げた男へ向く。その男は執行人だった。ヴィルダズの手を木柱に打ち付けた執行人の一人が悲鳴を上げて倒れたのだ。
観衆達は何が起きたのかと一斉に注目する。
新平は意に介さずそのまま踊り続けている。
その時、国王ギブスン・ジラードが見下ろした視線と、新平の視線が一瞬だけ交差した。国王は我知らず息を呑む。相変わらず新平は青白い悲壮な表情で踊っていた。しかし、目だけが変わっていた。気弱そうな迷いは消え、何かを成し遂げようと決意した、強い意志を宿した男の目となってた。
新平は上空に向かって声を限りに叫ぶ。
「きやがれええっ!」
上空に浮かぶ処刑場を映す雲海が、一瞬輝いて膨れ上った。
次回タイトル:大薮新平 処刑場の奇跡




