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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
2章 奴囚王国オラリア騒乱編(全26話)
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23. 大薮新平 クリオの懇願

どん底回です。


 大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。国の窮状を知り思い悩む新平に、リーダは神獣の復活を提案。彼等は王宮に忍び込み神獣を復活させる。なんとか国王との謁見を終え、出立を明日に控えたその時にク-デターが勃発。新平は命の恩人であるヴィルダズ団長捕縛の報を聞くのだった。



「理は王国側にあります。あの方は今回の反乱で捕縛した最上位者です。王国側としては首謀者として処罰せねば事態が収まりません」

「なんとか助けられないのか」

「公的にはまず不可能です。王国側としては王都にて反逆を企てた者達の代表を捕らえた以上、公開処刑としなければ体面が保てません」


 なんてことだ。今回の反乱軍撃退を国民に知らしめる為、襲撃してきた者達の最上位者であるヴィルダズ団長を公開処刑するという情報を得たのだ。

 俺達はなんとか彼を助ける方法がないかと模索する。

 アンジェリカ王女達も、俺が命を救って貰った恩人だと説明すると、表情を改めて話に参加してくれた。ラディリアがリーダに問う。


「強引な話だとは思いますが、神獣ラリア様の名を使って助命を願うことはできないのですか」

「……難しいでしょう。少なくとも捕らえた捕虜の代表は必ず公開処刑となります。王国側としては、これをしないということは反乱軍の行為に理があると認めることになるからです。例えラリア様を暴れさせて、今回の処刑を中止させたとしても、日程が先延ばしになるだけで、いずれ刑は執行されるでしょう。公開できなければ地下牢で処刑し首が王宮前広場に晒されます。王国側としてはなんとしても処罰しなければならないのです」


 イリスカが頷く。


「同感ですね。どれほど我々が強硬に出ても、政治上これは断らざるを得ないでしょう」

「くそっ!」


 こんなことになるからクーデターなんか止めたかったんだ。でも俺は何もしなかった。できなかった。おろおろと部屋で縮こまっていた結果がこれだ。俺は選択を間違ったのか。失敗か。もう黙って見ているしかないのか。 ……ヴィルダズ団長を見殺しにするのか。


「団長の代役を立てさせるとかはどうだ?」


 言ってみて酷い案だと自分でも分かる。俺は団長さえ助かれば、その他の奴が死んでも良いと言っている。そしてそれが本心なのだ。俺は自分勝手だ。


「それですと交渉相手は国王配下の重臣達になりますよね。無理をして代役にすり替えても実情はいずれ漏れるでしょうから、彼等も簡単には認めないでしょう。助けた団長の処遇も問題です。反乱軍へ戻ると分かっていれば解放しないでしょうし、我々が引き取るといっても簡単に承諾はしないでしょう」


 駄目か。


「無理な要求である限り、先方もそれなりの代償を要求してくるでしょう。それこそ交換条件としてジンベイ殿に配下となり鎮圧に協力しろと要求してくるとか」


 それは受けられない……ちくしょう。向こうの要求は嫌でもこっちの要求を飲ませたい。俺の要求してることは、子供が駄々をこねてるのと同じだと思い知らされる。


「神獣ラリア様を盾にして交渉を迫ったとしても、彼等はまず断るでしょう。ならばラリア様の協力を仰いで処刑場で騒動を起して脱出させた方が簡単です。または兄様の召喚魔法を使った方がもっと簡単でしょう。そうです。助け出すだけならラリア様のお力を借りなくても可能なのです。しかし、それでは事態が悪化します。事の次第が既に公開されてしまっているのが問題です。大規模な捜索隊が組まれ国内各所で反乱軍狩りが行われるでしょう。王宮に足を踏み入れて名を馳せた敵将を逃したとあっては事態が収まらないからです。結果、息を吹き返しつつある各所の反乱軍が掃討されることになります。下手をすれば勢力の弱体を懸念した他の反乱軍や領主達からヴィルダズ団長を差し出せと要求してくる可能性も高いです。賞金も掛けられ、解放軍内での裏切りも懸念されます。そうして国内の反乱勢力同士で抗争を始めると、結果喜ぶのは王国側です。そして手を下した我々も完全な敵対者と見られ対立することになります。そこまでの被害と騒動を起こしてまで助ける覚悟はおありでしょうか」


 きつい意見だ。でも状況予測が出来ていない自分には、ここまで言ってくれた方がありがたい。彼女は俺が助けることで、双方に新たな死人が出るが、その覚悟はあるかと聞いているのだ。反乱軍は引いたのに、俺が……俺が新たな殺し合いを引き起こすのか。


「くそっ!」


 話に参加はしてくれているが、イリスカ達は微妙な表情で俺を見ている。彼女達の立場からすれば、姫さんと俺さえ無事なら、会ったことのない反逆者等はどうでもいいのだろう。当然だ。俺達は王宮に、王国側に滞在している。団長は反逆者だ。テロリストだ。裁かれることに違法性はまったくない。俺はそれを無視して皆を巻き込んで法を犯す方法を探している。間違っているのは俺の方なのだ。


「……会いに行こう」


 王宮の地下牢は自分達も入れられていたから場所は知っている。神獣ラリアとリーダのみ引き連れて向かう。

 ラリアを褒めそやして先頭を歩かせれば、事情の分かっていない兵達はこぞって拝礼し道を開けるので、道中は何の問題もなかった。後で官吏達に知られて、勝手に出歩くなと探りや文句が来るだろう。

 地下牢の衛兵の何人かは自分達が捕まった時の顔見知りだ。神獣ラリアを連れて歩けば皆が引き下がる。リーダが事情を話し、騒動は起こさないから話だけさせてくれと無理矢理言い含めて押し通った。

 途中俺を発見したファーミィ司祭長が嬉々として話しかけてきたが、こっちはそれどころじゃない。ガン無視する。

 ヴィルダズ団長は一番奥の鉄格子の中に居た。


「団長……」

「――おう」


 本当に居た。 ……居てしまった。

 多少怪我はしていたようだが、結構元気そうだった。ベッドに寝転んでいたのだが、頭の後ろでを組んでいた腕を解いて起き上がり、普通に会話を交わすことが出来る状態だ。話しだす前に、俺の脇にいる神獣ラリアに気づき目を丸くする。そのまま流れる様な仕草でベッドから降りて、片膝をついてラリアに一礼。

 誰もがこの礼をするな。神獣への挨拶なんだろうか。されてる本人はどうでもいいみたいなんだが。

 団長はしみじみと俺とラリアを見比べた後、苦笑いしながら無精ひげを撫で回した。


「お前等、やっぱりここにいたのか」

「……」


 無言で頷く。


「じゃあ、神獣ラリア様をこうして蘇らしたってのは本当にお前だったのか」


 再び頷くと、口笛一つ吹いて愛嬌のある笑みでニヤリと笑う。


「まさかと思ったんだがな。ミラジーノの言う通りだったか」


 反乱軍の市長別邸でリーダを治す為に見せた癒しの踊りとその結果。王都での俺の手配書。神獣復活後のヴィスタ神殿からの立て看板での告知。つなぎ合わせて王都で情報収集すれば、俺がラリアを復活させて王宮に居るだろうと予想するのはたやすい。少なくともミラジーノ参謀は、俺達が神獣を復活させ王宮にいることを掴んでいたのだろう。


「たいしたもんだ。 ……じゃあ、一国民として礼を言わせてもらおう。感謝する。これで多くの者が救われる。本当にな」

「……どうして、こんな……団長が捕まる筈なんて」


 今更だとは分かっていたが、言わずにいられない。この人はもの凄く強いと聞いている。俺が見ても分かるくらい雰囲気や振る舞いが普通の兵士達と段違いなのだ。そんな簡単に捕縛されるとは思えない。


「昔の同僚と会っちまってなあ……」


 団長は思い出に耽る様に宙を見上げる。

 聞けば、撤退時に最後尾を守っていたところ、追って来た王宮騎士団と戦闘。その時出会った騎士団長が、自分が中央の騎士団に居た時の親しい同僚だったそうだ。何度も剣を交わし戦ううちに周囲の警戒を怠って囲まれ、馬を射られた末に四方から網を掛けられ捕まってしまったとのことだ。


「抜けたもんだよ。昔話に夢中になっちまった。全部俺のミスだ。まあ、他の連中を逃がせたのは不幸中の幸いだったがな」


 返す言葉が無く歯軋りしていると、リーダが口を挟んで来た。


「私達は貴方がたが我々に会いに来るのではと考えていました」

「ああ、そういう話もあったな。とても信じられねえし義にも劣るんで俺は却下したが、神聖の連中は信じてたみたいだな」


 神聖……神聖オラリア王国軍とかいう奴か。北東の反乱軍だったかな。じゃあ、昨日廊下で俺の名を呼んでいたかもしれない連中は、その神聖オラリア王国軍の連中だったのだろうか。


「兄様は貴方を救おうと考えられています」

「リーダ!」


 制したつもりだったが、リーダは首を振って話を止めようとしない。


「しかし現状では難しいです。捕らえられた中で唯一高位の代表者。王国側は貴方を処罰しないと対面が保てない。逃せば大規模な捜索網が引かれ、捕まえて処罰するまで矛を収められない。結果、反乱軍同士で抗争が起きて犠牲者が増えてしまうと説明しました。しかし、兄様は聞き入れて下されず打開策を模索されています」

「ん、なんでお前が?」


 団長は俺が助けようと考えているのを知ると、何故か不思議そうな顔をした。


「だ、だって世話になったじゃんか。助けてもらったじゃないか」

「お前は解放軍の一員でも無い只の旅の一般人だぞ。関係ないじゃねえか。これは俺のミスで、俺の責任だ。お前等には関係ない。余計なこと考えんな。お前等まで巻き込まれちまうぞ」

「……だって」

「その嫁さんの言う通りだな。ここで俺が逃げれば捜索が始まる。反乱軍同士で抗争に発展するか。なる程、そりゃあマズイな。ミラジーノあたりはもう撤収して次期団長を決めてるだろうし、今更俺が戻れば余計な火種となる訳か……」


 嫁さんじゃねえよ。って、そうじゃないだろ。


「クリオ、クリオどうすんだよ!」


 団長はうっと言葉が詰まらせる。しかし少しして肩を落とし頭を搔く。

 

「あー…そうだな……ちっと心残りだ。まあ……アルルカ達がなんとかしてくれっだろ。ヴェゼルも付いてるし。あいつもあれで一応アーデ家の娘だ。親父が何時居なくなるか教えてはいたから大丈……」

「そんな訳あるかよ! あの子八歳だろ。判ってる筈無いじゃないか!」


 そうじゃない。そうじゃないんだ。俺が言いたいのはそんな話じゃない。このままじゃ殺されるんだぞ。


「――おれ、俺っ、瞬間移動出来るんだよ。見ただろ。召喚だって出来る。やろうと思えば、今でもここから抜け出せ――」

「黙れ小僧」

「……っ」


 一言で呑まれた。流石団長だ。殺気を向けられると、威圧感に息が詰まる。


「……これは俺達の問題だ。王国と俺達の闘いだ。お前は部外者だ。関わってくんな」

「……」


 助けるどころか、関わるなと言われてしまった。


「ラリア様を復活させて王宮に居るってことは褒賞得たんだろ。良かったじゃねえか。でも、この国は長居しても良いことはねえ。早いとこ発つんだな。先を急いでんだろ」


 凄んだかと思えば一転して、ニヤリと微笑む。それがまた愛嬌があるので似合っている。

 鈍い俺にも判る。この人は俺を助けようとしてる。関わらせまいとしてる。自分が死ぬかもしれないって時に、俺を気遣って遠ざけようとしている。優しい人なんだ。

 ……死なせたくない。

 この人がクリオと一緒に助けてくれなければ、俺は奴隷に売られていた。部隊を率いて飛び出してくれなければ、討伐隊に殺されていた。クリオだけを助けて俺を見捨てる方が簡単だった筈なのに二度も命を助けられた。それでいて恩に着せず、逆に仲間を助けてくれたと旅の協力までしてくれた。そうだ。俺はこの人が、凄く気に入っているのだ。だから法を犯すと分かっていても、なんとかして助けたいのだ。


 その時、新たな来訪者が地下牢に現れた。


「―-なんだ?」


 降りてきたのは騎士が二人と裸同然の格好に黒皮を巻いた厳つい男達が二人。どこかで見たことありそうな格好だ。


「兄様、尋問官です」


 小声でリーダが囁く。

 そうか。あの厳つい男達は拷問吏か。団長達をここか、拷問部屋へ連れて行って反乱軍の情報を得るつもりなんだ。

 尋問官たる騎士達は俺の横に佇む神獣ラリアを見て反射的に肩膝をついて拝礼する。俺達のことも知っているようだ。この方がとかなんとか言いながら、挨拶をして質問を投げかけてきた。


「何故このような場所に?」

「この人は俺の恩人だ」


 即答したら騎士達はぎょっとして顔を見合わせた。リーダは物言いたげな表情で見上げ、ヴィルダズ団長は舌打ちをひとつ。


「俺はこの人に二回も命を助けられてる。だからこの人に危害を加えようとするのを見逃せない」

「兄様……」

「あー、騎士様違うんですよ。どうもこの方は勘違いをされているようでしてね……」

「勘違いでもどうでもいい! 絶対危害は加えさせない!」


 庇おうとしてくるヴィルダズ団長の言葉に、言葉を重ねて言い放つ。戸惑ってひそひそ話し合う騎士達。団長はまいったなとばかりに頭を搔いている。ふと見下ろせば神獣ラリアは興味なさそうに後ろ足で顔を搔いていた。

 

「あの、道士様。そうは仰られましても……」

「……ラリア、頼みがある。分身を一つここに置いて、この人が拷問されないように見張りを頼めないか」


 ラリアは嫌そうに見上げてきた。

 この前知ったのだが、こいつ分身というか自分を何体かに分けられるのだ。それでいて同時に物を考え別個に動けるというアメーバみたいな奴だった。腐っても神様が創った不死の神獣様ということらしい。なので暗殺におびえていた王妃レイオーネに、既に一体ついて貰っている。阿保な要望は蹴ったが、あの人が心理的に安心できるようにはしておきたかったからだ。王家の血縁契約で多少の意思疎通ができる相手だし、復活直後から何度か会ってもいたらしく、ラリアもそれには問題なく了解してくれていた。

 ラリアは今回渋ったが昔話に一晩付き合うことで納得させる。本当こいつだけは話が簡単で助かる。既に待ち遠しそうに尻尾振ってるくらいだ。


「坊主、止めろ。お前まで巻き込まれる必要はねえんだ」

「大丈夫です。俺って国王との謁見の場で暴言吐いて一度殺されそうになったんですよ。そしたらこいつが助けに来て一面血の海になりました。今では俺に手出ししようとする奴はいません。実は王宮内なら敵無しなんです」


 引き攣った笑いをする俺に団長は呆れた表情を向けて来る。流石にこの情報は聞いていなかったらしい。リーダが何か言いたそうにしているが、騎士達との交渉が先だ。手で制する。


「道士様、それは……」

「文句あるなら、あんたらの上司に言ってこい。でも、絶対譲らない。誰が何と言おうとも、この人は俺の命の恩人だ。拷問なんてさせないからな」


 多少の睨み合いのうちに彼等は去っていった。後で彼等の上司から文句がくるだろう。


「……そんなことしたって、時間稼ぎにしかなんねえぞ」


 苦々しそうに団長は吐き捨てる。怒っている。分かってる。でも黙って見過ごす訳にはいかなかった。リーダが促すのもあって俺達は地下牢を後にする。

 俺達はどう助けるかと話したかったのに、助けること自体を断られてしまったのだ。

 


            ◇



 対応策が浮かばず焦る数日後の朝、枕元に見知らぬ紙切れを発見する。拾ってみて何かメッセージの書かれたメモだと分かった。


『召喚を待つ。――ヴェゼル、クリオ』

「!!」


 心臓が飛び出すかと思った。

 クリオ達のメッセージだ。慌てて辺りを見渡すが俺達の他には誰もいない。誰かが忍び込んでメモを置いていったのだ。そういえば昨日来た侍女さんは初めて見る顔だったかもしれない。あの人が内通者だったのだろうか。


 召喚を待つ――【半熟英雄の大護摩壇招き】で自分達を召喚で呼んで欲しいということだろう。

 彼女達と三人で奴隷商人の牢屋に引き戻された時、俺は召喚魔法が出来ることを教えている。無事安全なところに逃げおおせた時には二人を召喚して助けてやると約束した。それを覚えていたのだろう。

 クリオ達の髪を編み込まれた腕輪は未だ身に着けている。召喚で呼び出すことは可能だ。


 ――どうする。


 迷った自分自身にも驚く。

 隠れ家としていた邸宅の持ち主が捕まったと聞いた時から、彼女達の安否が心配だった。連絡が来たということは無事だったということだ。ひと安心すると同時に、一刻も早く会って無事を確かめたいと思う。なのに身体が動かない。

 呼び出せば何を言われるか分かっているからだ。こんな危険なことまでして、俺に連絡をとろうとする理由。父親を。ヴィルダズ団長を助けるのを手伝って欲しいと言われるに決まっているのだ。だがその方法は見つかって無い。何度も何度も考え、皆にも協力してもらったが方法は見つからなかった。なによりも本人が拒んでいるのが致命的なのだ。助けようが無い。それを言うのが怖い。でも……。



            ◇



「ジョンペエ!」「ジョンベ!」


 召喚された直後、突然見知らぬ場所に移動したことに腰を抜かしたクリオとヴェゼル。目の前にいる自分に気づいて飛び上がり、一早くクリオが俺の腹に飛び込んでくる。


「ジェンペエエッ!」

「うおおっ、危ねえよ。突っ込んでくんなよ!」

「ジョンペ、ジョンペエ!」

「お、おう」

「すごい。なに今の? 本当にジョンペエだ。ねえヴェゼ! ジョンペエだよ!」

「そ、そうだな……こ、ここ何処だい?」

「え? うわあーっ、ほんとだーっ! 凄い部屋だー!」

「お、おお。そうか?」


 二人は初めての経験に昂奮しているらしい。怪我も無く元気そうだ。召ぶ前迄は気が重かったのだが、二人の表情が明るいのでこっちも明るくなる。ああ、嬉しい。無事な顔を見れて良かった。会えて本当に良かった。


「お城、お城の中なの? 本当だ! すごーい!」

「窓から城下街が見えるよ!」

「本当? うわああーっ、凄い凄ーい!」


 俺達が居るのは王宮の貴賓室だ。二人は目を輝かせて豪華な部屋を走り回る。寝室に連れて行くと総レースに囲まれた天蓋付ベッドにダイブして飛び跳ねだした。バンバン叩いて俺も呼ばれたが流石に混ざる気は無い。一回だけだぞ。


「そりああああ!」

「うひゃあーっ」

「うわわっ」

「……兄様」


 リーダがドアから顔を半分出して、酸っぱい物を食べた時みたいな表情で唸っている。

 応接間に戻って来るとアンジェリカ王女とラディリアの姿を見つけてクリオが固まった。すぐさま俺の背中に隠れる。そういえばこの子は人見知りさんだった。近寄って挨拶させるが緊張しているらしく、下を向いたままだ。見るとヴェゼルも緊張している。考えてみればアンジェリカ王女は一国の王女様だ。上品そうな笑みできちんと姿勢正しく座っているし、傍には近衛然としたラディリアも立っている。煌びやかな衣装ではなく司祭衣を着ているのだが、言われなくても高貴な人だと直感したのだろう。これが庶民の正しい反応なのかもしれない。俺も最初フォーセリカ王女に会った時は緊張したよなあ。凄かったよなあ ……あのおっぱい。



 気を利かせてくれたのか、アンジェリカ王女達は挨拶の後、侍女さん達を引き連れ別室に下がってくれた。

 改めてテーブルを挟んで向き合う。紅茶と菓子の美味しさに驚いてるので、ヴェゼルのポケットにあるだけ菓子を詰め込ませる。


「――それで、あれからどうしてたんだ」


 聞いた途端クリオが黙りこくった。ヴェゼルが俺と別れた後で撤収が始まり街を転々としていたと話す。市長が捕まったと聞いて焦ったと話すと、自分達も焦ったと笑い話になった。結構逃げ隠れしながらの移動をしていたらしい。俺の心配は杞憂だったようだ。

 こっちの事情も話す。町を転々として東に向かっていたところ、ヴィスタ神殿から手配書が出回った。そして顔を隠しながらの逃避行になったのだ。


「そ、それでどうなったの?」


 リーダから神獣ラリアの復活を示唆されて王宮に乗り込んだら、復活は成功したのだが懐かれて逃げられなくなったことを話すと。


「やっぱりジョンペイが復活させたんだ。凄え!」


 とヴェゼルは興奮した。最後に謁見で国王ギブスン・ジラードに会ったことを話す。


「会ったの? あの男に!」

「おう。やっぱ、怖かったわー。偏屈そうなおっさんだった」

「す、すげえ……やっぱジョンペイって凄いんだ」

「いや、凄くねえよ。会いたくなかったよ」


 ラリアが乱入して国王殺害手前まで行ったとは話さない方が良いだろう。何故そのまま殺しておかなかったのかと責められそうだ。


「それで――」

「ジョンペエ! 父上を助けて!」

「……」


 我慢しきれなくなったのか、クリオが立ち上がって叫んだ。一瞬で場が凍る。皆が息を呑んでクリオを見つめる。


「……」

「……クリオ、それは……」

「だってっ……!」

「いいんだ……分かってた」


 クリオの様子が変わったことで気づいていた。でも話題にしたくなくて他の話に逃げていた。びびってたんだ。

 俺の表情を見て返答内容を察したヴェゼルが泣きそうな顔になる。そうだ。俺は凄くない。凄くなんかない。こうして助けを求めてきたお前達の頼みも断ることしかできないんだ。でもクリオは判っていない。今も懸命な表情で俺を見上げている。それに対してちゃんと話をしなければばならない。


「話を聞くよ……」


 彼女達はその為に来たのだから。





 今回の反乱の主導は北東の反乱軍、神聖オラリア王国軍だったそうだ。彼等の協力者は王都に多く、神獣復活を目の当たりにした連中が大騒ぎをしたらしい。そして当然の様に今が好機だという話になり、王都へ攻め込むの際の協力要請が『新生オラリア解放軍』にも来たという。

 ミラジーノ参謀は協力に応じようとしたのだが、ヴィルダズ団長は最初断ったそうだ。


「神獣ラリア様を復活させた魔道士が、王宮に囚われているから、救出すれば協力してくれる筈だなんて信じられるか。裏が取れてないじゃねえかよ、賭ける価値無いって団長は言ったんだ」


 なる程。団長は分かっているな。リーダが眉をひそめている。そうだな。お前の予想した通りに俺は王宮に囚われのお姫様扱いになってたよ。実際には腫れ物扱いで、やっとトンズラしようとしたら、お前等が邪魔しやがったんだぞと、その反乱軍の連中に言い返してやりたいな。


「色々あって後方支援みたいな形で協力することに決まったんだ。けど結局、神聖軍は失敗しちゃって、そこで撤退を援護してた団長が罠にかかって捕まっちゃったんだ」

「……」


 その時の話は地下牢の団長に直接聞いている。昔の同僚に出会って話し込んで気を取られている隙に、兵達に網を掛けられたそうだ。不幸中の幸いなのは、後方にいたヴェゼル達の解放軍の被害は殆ど無かったということだろうか。しかし唯一の被害が最悪だったのだ。

 地下牢で団長に会って来たことを話すべきだろうか。しかし、言えばクリオは会いたいとせがむだろう。会わせれば彼女は絶対泣き叫んで離れないだろうし、衛兵達や官吏達に死刑囚の娘と知られたら、ただではすまない。ならば言う訳にはいかない。二人を召還する前にリーダにそう釘を刺されている。

 返事をしなきゃならない。

 俺は助けられない。助ければもっと多くの人の血が流れるんだ。そうなのだ。言わなくちゃ。


「そっ……っ!……あっ……」


 胸に何か詰まったようで言葉が出ない。俺が言い淀んだのを見かねて、リ-ダが代わって話し出した。


「捕まったのは我々も存じています。しかし……」


 団長位にある者が一度捕まった以上、逃げれば大騒ぎになり、王国側は大捜索網を張って捕らえるまで引かないだろうこと。それに煽りを食らえば他の反乱軍が自分達可愛さに引き渡せと要求してきて反乱軍同士で抗争になると説明する。

 ヴェゼルは青くなった。


「……だから皆が止めたのか」

「何って聞いたんだ?」


 捕まったと判明した直後は団内は大騒ぎになり救出部隊を出すとかの話もあったそうだ。しかし王宮の警備とこちらの勢力を見比べて断念せざるを得なかったそうだ。こうなった場合の決まりは既にあり『新生オラリア解放軍』としては団長の救出は諦め、副長の一人を新たな団長とし、再起するよう決定したそうだ。たった一日でだ。

長年戦ってるだけあって、ミラジーノ参謀達の決断は早かったらしい。

 しかし、それでも納まらなかったのはヴィルダズ団長と親しかった団員とクリオ達だ。救出作戦を陳情するが参謀達は了承してくれない。反乱直後で王都の警備は厳重になっており、見込みのある作戦が立てられないのだ。元々今回のクーデターに『新生オラリア解放軍』としては後方支援役として参加した為に集まった人数が少ない。既に自勢力圏に戻るべく撤収中でもあった。そんな中、ヴェゼル達はミラジーノ参謀に声を掛けられたそうだ。


「君達はあのオウバヤイ君と親しかったよね。今彼は王宮にいるようだ。もしかしたら協力してくれるかもしれないよ」


 その言葉を頼りに大人達の協力を得て、王宮内に通じている協力者に文を伝える様に手を尽くしたという。以前牢に捕まった時に渡した髪の毛を俺が未だ持っていれば、なんとか伝言を届けるだけで活路が見出せると思いつきミラジーノ参謀に相談すると協力してくれたのだ。

 クリオ達は一縷の望みを、この俺に賭けたのだ。


「……でも、仮に助けられても、もう団には戻ってこれないだろうって皆は言ってたんだ」

「……そうか。連中も気づいてたんだな。助けても騒ぎになるから戻れないだろうって」


 黙り込む俺達を見てクリオが不安がる。


「どうしたのヴェゼ、ねえジョンペエ。何で黙ってるの。父上助けてくれるんでしょ」

「……」

「だって、だってみんなジョンペエに頼めば助けてくれるって」


 クリオが席を立ち、走り寄ってきて俺の袖を引く。


「ねえジョンペエ。助けてくれるんでしょ。こんなお城に住めるようになったんだから、偉くなったんだよね」


 違う、違うんだ。


「偉くなった訳じゃないんだ。リーダを治した治療の踊りが神獣ラリアにも効いたので、少しここに居るだけなんだ。お医者さんみたいなもんだよ。偉くなった訳でもなんでもない。もう直ぐここを出て行くんだよ」

「だってみんながそう言って……ジョンペエだけが助けられるって」


 勝手なことを。

 膝の上で拳を握る。

 違うな。おそらく皆、この子に父親が殺されると言うのが辛くて俺に話を振って誤魔化したんだ。こうして俺に辿り着けるとは思ってなかったんだろう。でも彼女は必死に伝手を探し、ここまで辿り着いてしまった。だから、俺は言わないといけない。


「――ごめん。俺にも助ける方法が無い」


 違う。

 方法はある。でもそれは使えない。それでは団長の逃亡後に、より多くの血が流れてしまう。当の団長がそれを知っていて脱出に頷かないのだ。反乱軍への悪影響を考え彼は救出を求めない。ここで無理に助けても、騒ぎの拡大を抑える為に、自分から出頭してしまいそうな潔ささえあの人にはある。


「――なんで」

「…………」

「なんでえ!」

 

 クリオが叫ぶ。


「……父上、殺されちゃうの?」

「……」

「もう会えないの?」

「…………うん」

「……やだ」

「……」

「やだよ」

「……」

「やだよおっ!」

「……っ!」


 拳を握り締める。


「あーーーーーーーーっ!!」


 クリオは棒立ちしたまま、宙を見上げ泣き出した。


「うあああーーーーーーーーっ!!」


 壊れた人形の様に立ち尽くし、大きな瞳から涙をボロボロ落として、只ひたすらに泣き叫ぶ。


(……っ!!)


 きつい。ただ子供に泣かれるだけが、こんなにきつい。


「やだーーーーー! やだああーーーーっ!」


 そうだ。そうだよな。やだよな。


「どうしてえーーっ!」


 もう一度説明するべきか。無理だ。さっきの話も理解できてなかったろう。八歳の幼児に政治の問題で助けられないと言っても理解できるはずがないのだ。俺だって納得できてない。仮に本人に断られたと白状すれば、自分が説得すると言い出すだろう。そして絶対離れないで騒ぎになる。


 クリオが俺の袖を滅茶苦茶に引っ張る。


「なんでーーーっ! なんでなの。わかんないよっ!」


 見かねたヴェゼルが説明してくれるが、クリオには届かない。


「大丈夫だよ。父上が守ってくれるもん!」


 子供には理屈なんて通じない。ヴェゼルも耐え切れずに泣き出した。


「なんで! なんでえ! だってジョンペエ奇跡起こすんでしょ! 困った人助けてくれるんでしょ!」

「お願いっ、もうわがまま言わないから! 良い子になるから! ギーミールだって食べるからっ。!」

「父上助けてよおおおおーーー!!」





「……ごめん。ごめんな」




 気がつけば頭を下げていた。

 クリオの希望に応えられない。応える方法が無いのだ。

 しかし、クリオは泣きじゃくり、首を振って俺の謝罪さえも拒否する。


「やだ……やだあっ…・・・!」

「……」

「おねがい…………おねがいします。ど……どうか、父上を助けてください」

「……っ!!」


 胸を抉られるような痛みが走る。

 クリオが敬語を使うのを初めて聞いた。顔を上げれば、慣れない敬語を一生懸命使って自分に頭を下げて懇願している。こんな幼い子が親を助けてと俺なんかにすがって頭を下げているのだ。

 息が詰まった。胸が締め付けられそうだ。


「……っ!」


 貰い泣きしちゃ駄目だ。俺はこの子を見捨てようとしている。そんな資格は無い。この子を抱きしめる資格もない。それは誤魔化しだ。ただクリオを正面から見返して、彼女の涙から目を逸らさないことしかできない。くそ、くそっ。どうしてだ。


「おねがい……します……っ!」

「――っ!」


(クリオを連れてトリスタ王国に飛んで、そっから団長を召喚しよう!)


 咄嗟に思いつき、立ち上がろうとして右手が動かないのを知る。

 見ればリーダが脇に座り込んで、両手で俺の拳を押さえ込んでいた。目が合う。


「――っ!」


 言葉もなく、リーダが泣きそうな顔で懸命に首を振る。こいつは分かってる。俺が何をしようとしてるのか分かって止めているのだ。確かにあのヴィルダズ団長は無理矢理召喚しても、部下達や皆の噂を聞いたらオラリアに戻って出頭しようとするかもしれない。でもそれじゃあこの子はどうなるんだ。父親を失ってこの子はどうなるんだ。


 この子は……どうすればいいんだ。


 力無くソファーに沈み込む。

 クリオは泣きじゃくる。ヴェゼルも泣いている。リーダも涙を浮かべている。

 俺は見ているしかできない。


 見ているしかできない。


 泣き続けるクリオを、俺は黙って見続けることしか出来なかった。



           ◇



 クリオとヴェゼルはラディリアに王宮外へ送ってもらった。もちろん反乱軍の一味と知られたら捕らえられるので、司祭補の衣装を借りて変装を施した上でだ。

 最後の挨拶は交わしていない。散々泣いてクリオもヴェゼルもボロボロになっていたからだ。第一掛ける言葉も浮かばない。後はラディリアに託すしかできなかった。


 俺とリーダはソファーにうな垂れている。


「……おそらくミラジーノ参謀の手引きなのでしょう。対応が早過ぎますし、子供二人が簡単に王宮への伝手が作れる筈がありません。本人達は気づいていませんでしたが、召還のことも知っていて誘導したのでしょうね。兄様を刺激させ団長を取り戻して帰還したら、神獣ラリアを復活せし新国王ここにありと、兄様を反乱軍の旗頭として喧伝し巻き込むつもりなのでしょう」

「……俺の意見は無視して、反乱軍の人間だと仕立て上げるつもりなのか?」

「ええ。復活したラリア様を従える者が仲間にいるとなれば強力な大義となります。反乱軍ではなく新たな『王国軍』を名乗れるのです。彼の目的はヴィルダズ団長ではなく兄様でしょう。団長を助けて合流すれば、振れ回って否定できない状況にしてしまう。もし、自分達の下に来なくても、他の反乱軍に追わせ新たな国王候補として持ち上げ、国内反乱軍全体を盛りたてれれば良いという腹づもりでしょうか」

「……なんだよそれ」

「神獣ラリア様を復活させた魔道士が、王宮に囚われているという話も、おそらく彼が他の反乱軍に流して煽ったのでしょうね。彼は兄様が反乱に参加する意思が無いのを知っています。ですから、参加せざるを得ない状況に追い込もうとしてるのだと思います。見込まれましたね」


 とんだ策略家だな。リーダがいなかったら、あっさり嵌められただろう。

 会ったら必ずぶっとばすだろうが、何度殴ってもあの男のやり方は変わらない気もする。俺に恨まれようがどうしようが、反乱を成功させる為には何でもやるという考えなんだ。腹黒参謀極まれり。ある意味尊敬する。

 怒りは湧かない。今の俺達はそれどころじゃない。クリオの泣き声がずっと耳から離れないのだ。


 きつかった。


 腹立ち紛れに物に当り散らしてやりたいが、立ち上がる気力さえ沸かない。あの子の気持ちは分かるのだ。それだけに辛い。もし自分が母親や姉ちゃんが同じ目にあっているとしたら泣き叫ぶだけで済むだろうか。駄目だと言われても一縷の望みがあればと何時間も縋って泣き叫ぶだろう。それが分かるだけにやるせない。


 助ける方法はある。あるのだ。後先考えず騒ぎを起こしていいというのなら何通りも出てくる。しかし、それは団長の逃亡後により多くの血が流れることを意味する。反乱軍がどれだけ死のうと知るもんかと言い捨てたいが、実際にアウディ団長や反乱軍が何人死んだと聞かされれば、俺は耐えられないだろう。

 それになにより、当の団長が脱走を承服していない。自分が原因で団に被害がでることを認めていない。それ以前に俺に関わるなと門前で拒否しているのだ。


 ……助けられない。


 クリオの叫び声が聞こえていたのだろう、戻って来たアンジェリカ王女の顔も暗い。それでも俺を元気づけようと、横に座って俺の手を握ってくれている。十歳の幼女に気遣われて申し訳ないが、人の体温は安心する。ありがたいことだと思う。


「チーベェさま。お気を落とさないで下さい。どのような力があろうと、限りというのはあるのです」

「うん……」


 王族である姫さんは、権力者でも救えない者がいることを知っている。この世に何でもできる奴なんていない。


「兄様、クリオさんに断った以上、この地にもう滞在する必要はありません。これ以上滞在していても不快な思いをするだけ。ここはもう発つべきでしょう。反乱軍の処遇等、本来兄様が背負うことではありません。我々は反乱軍では無いの……」

「リーダ」

「はい」

「……いいよ。お前が悪役にならなくていい」

「……申し訳ありません」


 言いたいことは分かっている。この子だって本心は助けたいのだ。さっきの顔を見て痛い程分かった。頭が良いから俺よりたくさん考えて、たくさん諦めたのだろう。それなのに、俺の気が楽になる様に悪役になってこれ以上辛い目に合わせまいとしているのだ。


 旅立つ準備は終わっている。アンジェリカ王女達も既にこの地に残る必要が無い。彼女達はただ俺の我が侭で一緒に残っている。王女達にとっては無縁の犯罪者のおかげで滞在を強いられているのだ。王宮側の了承だって終わっている。


 でも、自分は立ち去る決断ができないでいる。



           ◇



 食事に毒が盛られていた。

 アンジェリカ王女が配膳された食事に解毒の魔術を行使すると反応があったのだ。公然と俺達と敵対すれば神獣ラリアが出て来て殺されてしまう。王宮内の強硬派の一派が絡め手で俺を排除しようとしたのだろうとリーダが説明する。ぞっとする話だった。足に震えがくる。


「ようやくお役に立てて嬉しいです」


 王族であるアンジェリカ王女は司祭を目指すに当たって、最初に解毒の魔術を覚えたという。母親や姉達を守ろうと必死に覚えた魔術が初めて役にたったと顔をほころばせた。切ない話だ。感謝と巻き込んだ謝罪の土下座をする。


「私達が滞在していることで悪影響がでてきています」


 俺達が滞在してることは王宮内の派閥を刺激する。排除しよう、又は仲間にしようという動きが活発になってきたのだ。見たことも無い連中からの面会依頼等も増えてきて全部リーダ達が追い払っている。

 何時までもここに長居は出来ない。


 官吏の方から退去の予定日が過ぎたのだがどうなっているのかとの問い合わせが来た。対する答えは恩人であるヴェルダズ団長の処遇が決まるまでは出立できないだ。官吏達との話し合いが持たれたるが、当然こちらの要求である団長の解放を受け入れてくれる筈も無い。彼等としては恩人だからと言われても処罰しないわけにはいかないのだ。しかし下手にこちらを刺激し過ぎて神獣ラリアに暴れられても困る。俺達は建前では国王の命を救った相手。なので裏から刃物が出て来た訳だ。退去推進派に教えれば青くなり、裏で派閥争いが激化するだろう。


 イリスカから十数個の腕輪を渡された。これは何かと問えばアンジェリカ王女と一緒に来てヴェスタ神殿に滞在している近衛騎士達の髪の毛を入れたものだという。あとで交代で顔見せにも来るそうだ。理由を問えば彼女達が拉致された時の対策だと言った。

 神獣ラリアが近くにいるので俺達には手がだせない。だから親しい者を誘拐し交渉材料にしようする可能性への配慮だった。


「……そこまですんのか」

「相手は一国を担う官僚達です」


 神獣ラリアをヴィルダズ団長の警護に置いたのは愚策だった。俺は地下牢にラリアの分体を置いて団長の拷問を阻止してもらっている。それは重臣達の一部にとっては完全な敵対行動と映ったのだ。そうだ。今の俺は一人じゃないのだ。

 拉致には予防策を打てたが直接の危害は防げない。向こうには解毒の魔術を使える者がいない。直接暗殺の手が及んだ時にも防ぐ方法が無く自分達で身を守って貰うしかない。ヴィスタ神殿内は治外法権で確かに少しは安全だろうが、司祭長達が地下牢に幽閉されているので体制が緩んでいると聞いている。

 もしここで彼女達の誰かが死んだら俺の所為だ。アンジェリカ王女達に危害が加われば俺の所為なのだ。俺はそれを聞いたらどうする。助けられる見込みの無いヴィルダズ団長の警護に固執して、別の誰かを死なせるのか。自問して悩んだ末に結局ラリアを地下牢から戻してしまった。下がらせる際にヴィルダズ団長に謝ったが苦笑いされた。俺の対応は全部間違っている。間違っているのは判っているのに正解が判らない。


 日数が無駄に過ぎる。俺が残ってるのはヴィルダズ団長の所為だと分かり、官吏達が団長の処刑の日程を繰り上げていく。道理は王国側にある。国政の反逆者を処罰するだけのことだ。違法性はない。俺の言ってることがおかしいのだ。

 処刑日が近づく。

 どうする。

 どうすればいいんだ。


 焦燥感に追い立てられる。しかし光明が見えない。



           ◇



 地下牢に下りてきた。

 例によって元気良く話しかけてくるファーミィ司祭長を無視してヴィルダズ団長の下へ。

 鉄格子越しに声を掛けたが、団長は起き上がってこない。掛けられたボロ布の下に傷だらけの身体が見える。そして血の匂いが濃い。神獣ラリアをどかしたので彼に対して拷問が始まったのだ。それでも団長はまだ一言も情報を漏らしていないらしい。

 来る度に暗い顔を深めていく俺を見て団長が苦笑いする。


「何しけた顔してんだお前」


 クリオ達が来たと告げると、ぎょとして起き上がった。彼女達が来た経緯と目的を、そしてそれを断ってしまったことを話す。


「ほう……そうか、そうか」


 何故か団長は嬉しそうだ。


「王宮に潜り込んで来るなんて凄えじゃねえか。あいつにそこまでの行動力があったとはな。こりゃあ驚いた。この行動力はアレ譲りかな、いやこの無鉄砲さは俺に似たのかねえ……」


 クリオの行動力を褒めだす。気性が死んだという奥さんか自分ゆずりかで悩んでいるのだ。


「……親バカだ」

「くっくっ、そう言うなよ。嬉しいもんだぜ。あんな小さかった娘が大きくなって想像以上のことをしでかすってのはよ」


 そうなのだろうか。子供のいない俺には判らない感覚だ。





「…………………………………………ごめん。助けられない……」

「だからお前の所為じゃねえって、言ってるだろうが。まだ言ってるのかよ」

「でも」

「お前さ、神獣を蘇らせたからって、自分が何でも出来るとか増長してねえか。魔術使えるからってただの人間だろ」

「でも……でもさ、このままじゃ」


 力なく牢の前にうずくまって頭を抱える。

 殺されるだろうとは言えない。言いたくない。

 助けるだけなら簡単なのだ。しかし肝心の当人がそれを望んでいない。たとえ無理矢理助け出してもこの人は王宮に出頭してしまうだろう。それでは意味がないのだ。

 何度も頼んだがガンとしてこの人は逃亡を承諾しなかった。本人がその気にならなければ話にならない。一番の説得理由になり得たクリオ達についても既に割り切って仲間達に託してしまっている。

 彼は既に自分と仲間を天秤に賭けて、仲間を選んだのだ。決意してしまっているのだ。この人は大人だ。戦士だ。俺みたいな部外者な小僧が、何を言っても、もう届かない。


「人間なんだから、出来ねえことあんのは、あたりまえだろ」

「……でもさあっ……」

「なんでお前が泣くんだよ。男の癖にみっともねえぞオイ。神獣ラリアを復活させた英雄様なんだろが」

「……」

「……」



 黙りこくった俺を見て、団長がため息をつく。

 しばらくして、団長が壁を見上げながらぽつりと呟いた。


「…………そうだな。もしまたクリオに会えたら、すまんって伝えてやってくれや」

「……うっ」


 やばい。我慢してた涙があふれて来る。

 

「……それで、もしあいつが望んだら、お前が国外に連れ出してやってくれねえか。神獣様が復活なさったとしても、まだまだこの国は生き難いだろさ。あいつはこの国に縛られる必要はねえんだ。もっと自由な土地で笑って暮らせるようになっていいのさ」

「……くっ……う……うぅ……」


 ちくしょう、ちくしょう。


 堪えろ、堪えろよ。辛いのはお前じゃない。この人だ。娘を残して死ぬのはこの人だ。死の恐怖におびえて、大事な人を置いていかないとならない恐怖に耐えてるのはこの人なんだ。

 歯を食いしばる。膝を握り締める。

 でも嗚咽が止まらない。


「……しょうがねえさ」

「…う……うぅ……」


 幼児の様に泣いてうずくまる。

 なにが使徒だ。なにが英雄だ。なにが奇跡を起こすだ。


 なんにも凄くない。



 俺には助けられないんだ。






 公開処刑の日がやってくる。



 次回タイトル:大薮新平 処刑場に舞う

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[一言] おねがい…………おねがいします。ど……どうか、続きを書いてください
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