04. 大薮新平 女騎士を助ける
事情を話し、直ぐに脱出を促したが、困った事に幼姫は脱出を拒否した。
「助けて頂けるのはありがたく思います。しかし、わたくし一人で城を出るわけには参りません」
「はい?」
子供の割りにしっかりした言葉使いと関心してる場合ではない。
理由を聞くと、なんでも生き残った近衛の一人が重症を負って伏せているそうだ。事ある毎に「あの近衛騎士の命が惜しければ」と云われ、抵抗する訳にもいかず軟禁状態を受けていたとか。まあ十歳じゃ抵抗しても、たかが知れてと思うけど。
「いや、そう言われてもね……」
王族なのに部下を見捨てて逃げないとは偉いと褒めるべきかも知れないが、それではこちらも逃げれない。映画とかなら映える決意シーンだが実際に言われると非常に迷惑だ。
「でしたら、申し訳ありませんが同行できません。わたくしが去れば、彼らは彼女を、ラディリアを害するでしょう」
彼女。女性なのか。それは可哀想だ。
普通の子供なら殴って連れて行くという手もあるが、相手は姫様だし、人が殺されてしまうから逃げれない。とか言われると困ってしまう。
(う-ん…ここまで凄い順調だったから、行ってみても問題ないかなあ。でも怪我人連れて脱出か。大丈夫かね)
甘い考えだとは思うが、説得も折衷案も思いつかない。時間を掛けても思いつく自信が無い。悩む時間が勿体無い。迷うならとにかく動こう。
新平は自分が脳筋馬鹿で口の回らない男だという自覚はあった。
「わかりました。とりあえずその人を助けに行きましょう。場所はわかりますか」
あっさり承諾してくれるとは思わなかったのか、アンジェリカ姫が驚く。
「本当ですか! 西塔の一階が病人の収容所なので、そこにいる筈です」
幼い女の子が喜ぶ姿は気分が良い。
幼い…幼いよなぁ……畜生。
がっくりと肩を落とす新平に幼姫が小首をかしげながらついて来る。
廊下で眠りこけてる兵士達に驚く幼姫。それを自分がやったと説明しながら先へ進む。
「あの……武器は?」
「ないでス」
「……大丈夫なのですか?」
「……」
幼姫を通路から隠しながら、会う警備兵を踊って眠らせる。
「待て、こんな時間にどこに行く」
「見ない顔だな」
身構える兵士の前で、手ぶらを示してから珍妙な踊りを始める新平。
兵士は怪訝な表情>顔を見合わせる>首をかしげる>あきれる>剣を持って脅しに……途中で崩れ落ちる。
「……ふーっ」
危ない危ない。相手の判断が少しでも早ければ即切られていた。常に首の皮一枚の世界。心臓に悪過ぎる。呆気にとられていたアンジェリカ姫も二回、三回と敵兵士を眠らせるうちに関心して喜びだす。
「すばらしい技です」
褒めて貰えるのは嬉しい。しかし通路では大きく振舞えないので小刻みに手を伸ばしながら、より珍妙に踊ってる自分。それを後ろの曲がり角から顔半分出してじーっと覗かれるのは、非常に居心地が悪かった。
「お若いのに優れた魔道士なのですね」
「あー……ははは」
自分で疑問に思うのも何だが、これは魔法なんだろうか。敵味方に不審な目で見られ、自尊心を傷つけながらかける魔法。嫌過ぎる。
階段から降りる途中で窓の外を見ると、別塔で火事が起きていて兵が向かってるのを発見する。あの少女二人の仕業だろう。火事で騒ぎが起きると兵が起き出してくる。城内に忍び込んで見張りを眠らせて廻ってる自分には迷惑な話だ。
どうにも潜入作戦が矛盾というか、行き当たりばったりでヤバイ。きちんと打合せしておくべきだったのだろう。
でも自分でもここまで踊りが上手く効くと思ってなかったので、これはこれで仕方なかったかも知れない。
二人が来るまでここで待った方がいいのかな。……無理だ。怖くて待てない。そもそも自分は囮だった筈だ。何で姫を連れてるんだろう。んでデニスは何処へ行ったんだ。
後ろを振り向くと幼姫がきょとんとした顔を上げる。後ろで自分が踊ってるの見てるのに姫さんが眠らないのも不思議だ。
【睡魔の踊り】は自分が対象と考えた相手のみに掛かるのだろうか。正面で見てる人のみとか……正面は角度何度までとか制限が無いだろうな。判らない事だらけだ。
首をかしげながらも新平は先を急いだ。
「確かこの部屋だった筈です」
アンジェリカ姫が走りだそうとするのを制止して、一応扉に耳をそばだてて安全を確認し戸を開く。広い部屋にベッドらしき影が八つ程ある。良かった。誰もいない。
大部屋の奥に扉があり、暗い中そっちへ姫が走っていく。だから確認してからじゃないと危ないってば。罪人扱いとして奥の部屋に入れられてるのかな。続いてその部屋に入る。 そして幼姫の要求に安易に応えた事を激しく後悔する事になった。
その部屋ではランプ一つの暗い小部屋で誰かがベットに寝ていた。確かに女性のようだった……が
「………」
状況を理解した瞬間、顔から血の気が引いていく。
生々しい病臭……違う。これ死臭か? 左手首が包帯で包まれてるが、明らかに手首より先が無い。そして吊るされてる右足も膝から下が無い。なにより顔がどす黒くなってて息も浅く……や、やばい。
(……じゅ…重症だ……というか、これもう死ぬ寸……)
姫さんを脅迫する為に、治療はされてるだろうと思ったら全然違った。これは絶対禄に治療を受けていない。先程聞いたが修道院で姫が捕縛された時に、近衛騎士四名のうち二名は殺害され、二名は侍女に変装し投降。連行されたこの城で脱出を図ったが失敗。一人は殺害され、この人が只一人の生き残りなんだそうだ。妙齢の女性近衛騎士も助けて一緒にウフフの脱出劇ー! なんて甘い妄想が吹っ飛ぶ。
「ラディリア!」
幼姫がすがりつく。病状を知らなかったのか、それとも死相を感じたか、みるみる泣き出した。泣きじゃくる姫に気づいたのかラディリアが薄く目を開ける。
「……ひめ…ご無事でしたか」
息も絶え絶えなのに、気丈にも微笑んで答えるラディリア。
体はピクリとも動かない。映画みたいに手を伸ばす事もない。
というか出来ないんだろう。首さえ動いていない。
(やば過ぎるだろこれ……こんなの連れて脱出なんて無茶だし、動かしたら死ぬぞ)
助けられない。見捨てないといけない。でも泣きじゃくるこの姫を俺に説得できるのか。殴って気絶させて連れて行くか? この病人の前で。
時間もない。眠らせた敵兵も子一時間くらいで起きだす。ここに来るまで眠らせた兵は全部廊下に倒れて放置している。交代の兵が来たらすぐバレる。最初に眠らせた兵達はそろそろ起き出す頃だ。跡を辿れば追っ手もここに辿り付くだろう。別れた三人だって心配だ。この人はもう駄目だ。十分な治療も与えられず切断部の壊死は進行してて、身体も衰弱しきってる。
見捨てるしかない。
「…………」
泣きじゃくる姫を抑えなくちゃいけないのに、腕が上がらない。説得の言葉が浮かばない。手足が切断され死臭を漂わせる女性を見るなんて、生まれて初めてなのだ。正直腰が抜けそうだ。嫌だ。ああ嫌だ。俺だって見捨てたくない。俺達が去ればこの人はすぐに死ぬ。やつれきった表情の中で、姫を案じる目だけがすごく優しい。きちんとした格好すれば美人だったろうに。なんで暗いのにそんなところに気づいちまったんだよ俺。
あまりにも凄惨な状況に涙が浮かんでくる。
くそ、何かないのか。何か。瞬間移動して町の医者に連れて行くとか。治療するとか。
(そうか!)
踊りで眠らせられるなら、治療もできるんじゃないのか?
治療。治療。治療の踊り。この重病を治療する踊り。何かないのか!?
わさわさと両手を広げ踊りを要求する。
階上で人の足音が聞こえる。夜中なのに兵が動き出してるんだ。
やばい。時間が無い。焦る。でも見捨てられない。死んじまう。ちくしょう。何かないのかよ。
「!!」
くんっと身体がひっぱられる感覚。
来た!
本当にあったのか。治療できる踊り。
(やるぞっ!)
一歩下がってベッドの周りでステップを踏み出す。
「……フッ、フッフンッ」
タタタタ、タン、タタ、タン、タタ、タン、タッタ……
急に踊りだした自分に、姫が泣き止んで不思議がる。
「……どう……したのですか」
「治療する! 離れて!」
「は……え?」
治療すると叫んで、病室で不思議な踊りを始める男。そりゃ驚くだろう。不謹慎にも程がある。
「いいから、離れて!」
「は、はい」
強く言うと幼姫は離れてくれた。
先程迄踊りで次々と兵を昏倒させた為、もしかしたらという希望が幼姫の目に浮かぶ。
タタタタ、タン、タタ、タン、タタタン…
しかし、これまた酷い踊りだった。
(なんだ、なんだよ。これ踊りかよ。こんなんで治るのかよ?)
はるか昔に流行ったヒゲダンス崩れのようにペンギンよろしく両手首を上下させながら足を踏み鳴らす。凄い場違いだ。
「フッ、フッハッ、フッハッ、フッハッハッ!」
(本当にこれで治るのか? 治らなかったら只の変態だぞ畜生!)
幼姫は呆然と踊りを見ている。希望に浮かんでいた瞳が曇りだした。浮かぶイメージ通りにタップを踏み、両手首を上下し、掛け声を挙げ、腰を回す。踊り中は笑顔が必須だ。ひきつった笑みを浮かべたまま、くるりと一回転。
「ヒッ! ハッ! ヒッ! ハッ!」
幼姫が小さな口を△にしたまま、少しづつ仰け反っていく。おおおおドン引きされてるぞ。おい!
(普通に呪文唱えさせろよ!ベ○マとか、レ○ズとかっ、畜生!)
「ヒッ! ハッ! ヒッ! ハッ! ハチュ! ハチュ! ハチュ! ハチュ!」
踊りは絶好調。タップも激しく、両手でパンツの紐を肩まであげるように引っ張り上げる。本当にやったら変態だ。いやゴメン、今でも十分変態だった。
(なんだ。力が。力が沸いてくる)
あきらかに身体を動かしてるせいだけではなく、身体が熱く、力が沸いている。
(お、おおおおっ! くる。くるぞ!)
「ハウッ!」
バンバンバン! シュババンッ! ドン!!
大きく足を踏みしめ、両手でハートマークを作り心臓に当てて決めポーズ! 脳裏に言葉が響く。
【癒しの女神のムスタッシュダンス】
ラディリアの身体が光る。
「……ぅ……ああぁっ!」
ラディリアが悲鳴を上げ、包帯が弾ける。幼姫が慌てて振り返る。
光が消えた後には…………
傷一つ無い、手首と素足が。
「あ……」
「ああっ、ラディリアッ! ラディリアアアッ!」
飛び込んでいく幼姫。
ラディリアの顔には既に血色が戻ってる。
「う…げほっ……姫…え…あ? ……手が……これは……あっああ」
「ラディリアッ! ラディリアアッ!」
「姫っ! ああ手がっ! 私の足がっ! アウヴィスタの神よっ! 感謝致します!」
治したの俺なんだけど……
「おい、何だこれは」
「お前達どうした」
感動してるのも束の間。大部屋の方から声が聞こえる。眠らせた廊下の警備兵が見つかったか。
「やばい、姫さん。連中が来る!」
「ラディリア。立てるか?」
あ、幼姫の口調が変わった。臣下相手だとそうなるのか。
「はい……う……む?」
何日も寝たきりだったのだろう。ラディリアが慎重に起き上がろうとして……途中で首をかしげる。
「……これは」
途中から普通に起きて立ち上がった。なんだそれ。
人間の身体は風邪で二日寝込むだけで、筋力等が衰え動きが鈍くなる。それが全然感じられない普通の起き上がり方だった。
「ラディリア、大丈夫か。動けるのか?」
「はい姫様。問題ありません……本当に……こんなことが……すごい」
掌を握り直し握力を確認する。足踏みして足腰の力を確認。
顔にどんどん生気が沸いてきてるのが分かる。にやりと微笑んで上げた表情は、既に女兵士の顔だった。