22. 大薮新平 王都騒乱
さあ、ここから盛り下がっていきます。
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。国の窮状を知り思い悩む新平に、リーダは神獣の復活を提案。彼等は王宮に忍び込み神獣を復活させる。なんとか国王との謁見を終え、出立を明日に控えたその時、突然王都の城下で火の手が上がるのだった。
王都城下の各所で火事が起こっている。ここは貴賓室なので窓は厚い嵌め殺しだが、そのガラス越しにも城下街の喧騒が聞こえて来る。各所でパニックが起こりつつあるのだ。リーダはそれを見て反乱が起きたと断定した。しかも、始まってしまったと青い顔で言ったのだ。ならば、彼女はこれを予見していたということか。
「大きな要因は神獣ラリア様が顕現され、御復活を示したことです。王都上空にその身を現わされましたので、国内各所にその話は知れ渡ったと考えられます」
「それがなんで反乱になるんだ」
俺の所為じゃねえか。
「俺達が神獣ラリアを復活させたのは、アイツが復活すれば大地の加護が蘇り、農作物の実りが戻ったり跋扈している魔獣の活性化を抑えられると聞いたからだぞ」
だから、指名手配されてるなか、危険を冒してまで王都にやって来たのだ。
「はい。ですが、ラリア様の御復活は別の面でも影響を与えるのです。景気の回復だけでなく、今度はドーマ王国との会戦に勝利できるかもしれないという希望を国民に与えます」
「……あー」
確かにラリアも言ってた。前回の戦いの時は力の多くを失っていたが、本来の力を取り戻した今ならばドーマの神獣には絶対に勝てるのだと息巻いたのだ。また巻き添えで村々を滅ぼす気かと叱りつけたら、ふて腐れていたが。
「国民は敗戦で困窮し、心が折れ希望を求めています。神獣ラリア様が雄々しく復活されたと聞けば、現状打開への希望を持つことは止められません。民が希望を持つということは、各地の反乱軍が活性化するということでもあります」
「だからって……」
そんな短絡的な。俺の頭じゃないんだから。
「私もそう思います。実際反旗が上がるのは、もう少し先と考えていました。ですから巻き込まれないように、早々に国外へ退去しようと考えてもいたのです。しかし、事態は思ったより早く動いてしまったようです。おそらく彼等の後援となっている領主や市長の要求を抑え切れずに、実行に至ってしまったのではないかと」
「じゃあ、失敗覚悟で特攻してきたってのか?」
「そこまでは判りません。すいません、戦略的なことは私には……」
うつむいたリーダの横で、北天騎士団で副官補佐だったイリスカが言葉をつなげる。
「夜半前に王都各所や高官等の住宅街を襲撃しています。これは警備を分散させ、夜に掛けて王宮に強襲を掛ける策だと思います。少なくても反乱軍は正面突破できる程の人員を動員できなかったことが解りますね。しかし、これだけでは成功するか否かまでは判りません。肝心の第二第三の案は未だ見えていませんので」
「では、反乱軍はここに来ると」
「当然でしょう、ラディリア。彼等の最終目的は国王の首なのだから」
それにはリーダが異を唱える。
「それは……分かりません。彼等がどこまで本気なのか。そう見せかけて、親ドーマ派の重臣達の首を取って今回は良しとするのかも知れません。あまりにも時期が早過ぎますから準備も万端では無い筈です。後援者の要望にある程度応え、損害を抑えて撤収するというのが今回の目的のような気もしますし」
「なる程、落としどころですか。反乱軍自体も政治で動いた訳ですからね。早々に撤収しても、成功したと放言で煽り、反乱の気運が全土に高まれば良しと考えているなら価値を見出すでしょう」
泥臭い話だな。というか、お前等二人だけで分析していくな。残った俺の頭がついていかん。
「もしかしたら、兄様との謁見の席で、国王陛下が重体となった事実が、婉曲されて伝わったのかも知れません。国王重体、今が好機という訳です。実際には即時兄様が治療された訳ですが、事実が捻じ曲がり、今が好機と反乱軍の士気を高めてしまった可能性があります。人は信じたいものを信じるものですから」
また俺が原因。なんですか全部俺が元凶ですか。
「ここにも来るとなれば対策を打たねばな。神殿から応援を呼ぶべきか」
王女の近衛として警護を考え出すラディリアに対し、リーダは首を振る。
「難しいです。王宮でも襲撃に対して警備体制が整えられるので、出入りが制限されるでしょう。無理して外に出ると、王宮の門が閉じられ戻ってこれなくなるかと」
「私達だけでここを守らねばならない訳か……」
ラディリアの守るという言葉がしっくりこないので、不思議に思った理由を考えてみる。そうか、自分は反乱軍側の立場で考えていたんだ。クリオ達に感情移入していたんだな。
「兄様。まずお気持を確認させて下さい。彼等に賛同し反乱に参加しますか?」
ドキリと心臓が跳ねる。心を読まれたかと思った。
俺は殺し合いなんかゴメンだ。ラリアだけは俺にしか復活出来ないと云われたからここまで来たが、本当はこの国の情勢に巻き込まれるのはゴメンなのだ。そりゃあどっちに付きたいかと聞かれれば反乱軍になるだろうけど。いや、ちょっと待て。
「お前はヴィルダズ団長達が……俺に参加しろと言いに来るっていうのか?」
「分かりません。国内の反乱軍は大きく三つ、北東と東南、そし西の『新生オラリア解放軍』です。その何処が来たのかは未だ分かっておりませんから」
「……」
「問題は彼等の目的に兄様が含まれている場合です」
「連中が俺なんかを知ってるのか」
「お忘れなく。ヴィスタ神殿が喧伝した為、王都近隣では神獣を復活させたと英雄として、兄様の名は知れ渡っております」
そうだった。ろくに王都街に降りてないから、実感が無くて忘れてた。
「反乱軍が来た場合、神獣ラリア様を従える協力者として、または新たなる王として、兄様を担ごうとする可能性が高いです」
「はあ、王様?」
いきなり話がぶっとんだ。これにはイリスカ達も驚いた顔をする。アンジェリカ王女がいち早く頷くのを見てリーダが続ける。
「神獣と友誼を交わす者が、その力を行使できる者です。国を率いる資格ともいえます。今迄お話しませんでしたが、兄様を新たな国王に迎え体制を変えようと考える者もいるのです。追い払いましたが、今迄接触もありました。王妃レイオーネ様が来られた理由もいうなれば同じ件です。彼等は現政権を廃し、兄様を旗頭に新たな国を興そうと考えています」
「んなアホな。なんで日本人の俺が、国王にならなきゃなんねえんだ」
「国籍はさほど重視されません。大地を守護する神獣と友誼を結べるかの方が重要なのです。兄様が神獣を復活せしめ居室にて従えていると聞けば、心動く者も多いでしょう。神獣を従える者が旗頭となった瞬間、反乱軍は大義を得て『新国王軍』を名乗れるのです」
「……俺を」
「はい。これが今回の襲撃の目的が、兄様である可能性です。 ……申し訳ありません、考える時間は余りありません。どうされますか」
「…………そりゃ断るよ」
俺の目的は一刻も早くこの国を出て、ウラウラ大神殿に行って日本に帰ることだ。ラリアの復活は終えた。後は何があろうと逃げるのだ。迷っちゃ駄目だ。
「それにこの反乱が成功したって、いずれ宗主国になったドーマが攻めて来るから、結局もっと酷い目に会うってお前が言ったよな。なら協力すべきじゃないだろ。無駄に死人が増えるだけだ」
「はい。ですが兄様が参加され、陣頭で神獣ラリア様と共に進むとなれば、少なくとも国内の平定は予想以上に早く果たされるでしょう。ド-マと開戦になったとしても神獣同士だけを見ればこちらに分があります」
「……どういうことですか」
口を挟んできたイリスカにざっと説明する。理解したイリスカは眉を顰めて首を振った。
「その開戦は無謀です。確かに神獣ラリアの御力を借りれば、こちらは一拠点で勝利できるかもしれません。ですが国力が違いすぎます。その他の各所では敗戦し国内が火の海となるでしょう。それこそジンベイ殿が神獣ラリア様をひきつれ、ドーマの王都本陣を強襲し壊滅させるくらいのことをしないと勝てないかと」
「冗談じゃねえよ」
攻め込んで王都を壊滅させるだって。俺に虐殺魔にでもなれって言うのかよ。人殺しなんてゴメンだって言ってるじゃねえか。
「そもそも神獣は国同士の戦争には基本的に関与しません、正しく言えば国家という概念に関心を持たないのです。友誼を結べる人間以外は彼等にとって塵芥と同じ有象無象。前回の開戦でどうやってドーマの神獣を戦陣に引き入れたのか疑問視されている程ですから」
俺みたいに話せる奴が騙くらかして神獣を引っ張って来たのかな。話しさえ出来れば連中は簡単に騙されそうだもんな。ろくに会話をする相手がいない所為で、話術には極端に弱そうだし。
「とにかく、このクーデターが成功しようが、俺が神獣引き連れようが、最後にはどうにもならんってことか」
現国王ギブスン・ジラードを殺せたとしても、ドーマ王国に通じてる重臣や各領主の内乱が起こる。それを制しても本国のドーマが攻めてくる。そこまで対抗できる戦力は国内に無い。悲惨な敗戦しか見えない。結局、長い目で見れば人死を抑える為にここで反乱を食い止め、狂王ギブスン・ジラードを守るべきだという話になる。
酷い話だ。
今、目の前で起きているクーデターは暴政を止めさせ、国民に平和を取り戻そうとしている戦いなのに。国王を害すれば逆に戦火が広がり平和が遠のくのだ。なんともやるせない。
城下の火事を見下ろせば喧騒が聞こえてくる。被害が広がっているようだ。
「馬鹿みたいな話じゃねえか……」
「ではリーダ嬢。この部屋の警備だが……」
「はい、ラディリア様。王宮の方々も私と同じ考えに至る方がおられるでしょう。しばらくすれば、衛兵が増員されて部屋の前を固めると思います。王宮内ではこの部屋に神獣ラリア様が滞在されていると思われていますから、私達を反乱軍に渡すくらいなら害すべきと考える方は少ないでしょう。逆に見知らぬ兵に外出を誘導された際は警戒すべきでしょう」
「ではこの部屋で篭城とし、専守防衛に徹するのだな」
「その方がよろしいかと思います。兄様と王女殿下を死守しなくてはなりません」
「わかった」
いつの間にかリーダが皆の軍師みたいになってるのだが、誰も疑問に思わない。完全に立ち位置を確保している。ラディリアは万が一を考えバリケードを作るつもりらしく居室内を物色し始めた。イリスカは地図を広げ、城下で火の手の上がった箇所をチェックしている。リーダが改めてこちらに向き直り、言いづらそうに話を続ける。
「兄様、この度の反乱に与しないとのことでしたら、心構えをお願いします」
「なんの?」
「ヴィルダス団長等『新生オラリア解放軍』一党がこちらに来て、参加を要請しても断る心構えです」
「!」
「ここの警備は厳重になるでしょう。そこを突破し兄様に協力を頼みに来る者達は負傷している筈です。ですが協力しないと決めた以上は、その覚悟で来た者達の要望を断って衛兵達に引き渡さねばなりません。その心構えです」
「……」
言われた状況を想像して息が詰まる。
「神獣と兄様の協力を得られさえすれば、状況を一気に打開できると目論んで突入してきた彼等に対し、そのつもりはないと拒絶の意思を示さないとなりません。断わられれば彼等に死しか残されていないと分かっていてもです」
「……んな勝手なっ!」
「はい、勝手ですね。本来は先に通しておくべき話なのです。しかし、我々の姿は王宮内深くにあり外部からは簡単に届きません。ですが、神獣を復活させた方が現状の国政を憂えていない筈がない。協力してくれない筈がないと見込みで突入してくる可能性はあるのです」
「え、じゃあ突入してくるのはヴィルダズ団長達じゃなくって他の反乱軍か?」
その言い方じゃ、まるで俺の事を知らない風じゃないか。
「彼等が来る可能性は実は低いと思います。ヴィルダズ団長は我々の参加拒否に理解を示して下さいました。少なくともあの方は、このような見込みに頼る作戦を甘受しないでしょう。ですが、参謀達が兄様の情に訴えることを良策と考え、あえて実行してくる可能性はあります。兄様の善意につけ込んで、なし崩しに旗頭に持ち上げてしまおうという強行策です。想像してみてください」
「うあ……」
血だらけの決死の突入をきめて、俺が情に絆されて助けるのに賭ける。俺を確保出来たら引けないように参加したぞと内外に騒ぎ立てる。博打な話だがミラジーノ参謀あたりは平気でやりそうで怖い。アウディ団長達が血だらけで突入してきたら確かに俺は見殺しにできないかもしれない。
こんなクーデター。俺には関係ない話だと思ったのに、思いっきり関係ありかも知れなくなってきた。
「くそっ……!」
考えがまとまるより先に、衛兵の上官が説明に現れた。リーダの読み通り、万が一に備え貴賓室前の警備を増やすので外出を控えるようにとのことだ。ドアの外が急に騒がしくなる。かなりの人数が集まってきているようである。
ラディリアが奥の部屋からタンス等を運んで入り口にバリケードを作ろうとしてるので協力する。その間もどんどん外は暗くなる。闇夜に多くの火が浮かぶ。喧騒は未だ絶えなず、城下は大騒ぎになっているようだ。戦っている。死人が出ているのだ。
出入り口に椅子とテーブルを積んで封鎖。警護の衛兵が外にいて連絡がとれなくなるかも知れないが気にしない。連中も状況次第で敵対しないとは限らないのだ。
絨毯に皆で輪を描いて座り込み紅茶を呑む。しかし全然落ち着かないし味も分からない。窓の外から殺し合う喧騒が聞こえるからだ。
どうする。
情報を得たいが外には出られない。いっそのこと城下に瞬間移動で飛んで様子を見てこようかと提案したが、危険過ぎると皆に止められる。敵味方が判らず危険だと言うのだ。
アンジェリカ王女だけでも、どこか遠くの街に避難させるべきか。イリスカ達も装備を軽くしてもられば、なんとか一人づつなら背負って移動できるかもしれない。最悪召喚でも召べる。
しかし、姫さん本人に拒否された。自分は従者なので絶対俺の傍を離れないと言うのだ。ならば全員で非難すべきではないかとイリスカが提案してくる。これには皆が賛同する。ここに居ても巻き込まれるだけで得は無い。今の俺はやろうと思えば一気にトリスタ王国の王宮内にだって避難が出来る。反乱から離れ、向こうで呑気に数日休んで沈静化を見計らってから交渉に戻ってくる方法も可能なのだ。
黙って決断を問いかけてくるリーダに俺は……
「……」
答えられない。
皆が顔を向けてくるのだが答えられない。
確かにそうするのが一番安全なんだろう。しかし、アウディ団長やヴィルダズ団長達がここに来るかもしれないと考えると、この場を離れる気になれないのだ。一緒にバリケードを築いといて矛盾していると自分でも思う。
それでも彼等が来るかもしれないなら、自分は逃げ出すべきじゃないと思う。待っていなくちゃ駄目な気がするのだ。
「みんな、悪い……」
なんと言えばいいか、上手く説明できない。おかしな理屈だと自分でも思う。俺が残ればリーダは当然、アンジェリカ姫さんも残るだろう。王女の護衛たるラディリアとイリスカも当然残る。結局皆を巻き込んでしまう。
「チンペー殿、今更だぞ」
「まったく、困ったお人に仕えることになったものです」
いや、お前等の主は姫さんだろ。
「兄様、もう一度確認しますが……」
「わかってる。相手が誰でも反乱軍への参加は全部断る。それは変わらない」
「すいません……。でも心構えは必要だと思いました」
「いや……嫌なこと言わせて悪い。お前も嫌だよな」
こんな小さい子に気を使わせてる。年上失格だ。リーダの背を軽く叩くと半泣きの笑顔が返ってくる。歳相応の幼い泣き顔だ。『新生オラリア解放軍』にはこの子も世話になっていた。俺にこんな進言をするのは辛いだろう。
こちらからは動けない。今の自分達は、いずれ突入してくるかも知れない、反乱軍達の動向に耳をすますことしかできない。
数時間が過ぎた。何処かでうろついてたらしい神獣ラリアが戻ってきたが、俺がろくに構わないので拗ねて寝室で転がっている。クーデターの説明をしたが理解できないし興味も無いようだった。夜中なのに窓の外はいつもと違い明かりが溢れている。未だに各所で断続的に火の手が上がり、消火と争いで騒動がおきているのだ。窓辺に寄るだけで怒声や悲鳴が聞こえてくる。特に悲鳴は堪らない。聞く度に肝が縮みあがる。そして――喧騒は王宮内にも広がって来ていた。
「南門へ増員だ。二十班の兵を回せ!」
「突破されただと。西門の兵は何をしてたんだ!」
ラディリアとイリスカはバリケードの一部を崩し、ドア越しの声を聞き取って情報をまとめている。既に一部は王宮内に入り込んでいるらしい。現状はなんとか倒すか押し返すことが出来ているようだ。
自分は窓から真っ暗な城下を見下ろすことしかできない。リーダとアンジェリカ王女がその脇に立つ。深夜も近いというのに誰も眠ろうとしない。
「……ラリアを王都の上空で暴れさせて、反乱軍を引かせられないかな」
「逆に血気づく可能性があります。神獣ラリアの復活は彼等にとって希望ですから」
「……駄目か」
幾つか思いついて提案してみたが、反乱軍を引かせる策に結びつかない。こっちが閉じ篭っていて、情勢が見えていないのも原因だ。だから明確な対応策も考え付かない。
これは無駄な争いだ。成功すればもっと多くの血が流れる。でもそれを伝える術はなく、伝えられても聞き入れられる可能性はもっと低い。そもそも俺達は部外者だ。連中の目的が俺じゃなかったら、出張ってもアンタ誰とばかりに切り掛かってくるだろう。
「チーベェさま。お気を休めてください。今の我等に出来ることは結果を見守ることです」
「そうかも知れないけどさ……」
アンジェリカ王女の気遣いに応えられない。
王族たる彼女には似たような経験があるのかもしれない。でも俺としては、ただ待っているだけというのが、どうにももどかしい。飛び込んでいきたい。何かできるんじゃないか。何かすべきじゃないかと胸の奥で誰かが急き立てる。
その時、目前の窓の外を何かが落下していった。
「「「!?」」」
ぞくっと背筋が凍った。二人を抱えてとっさに窓際から後ずさる。
「……今のは」
「……わかりません」
「人の様に見えましたが……こちらの兵かどうかまでは」
俺達が濁した部分をアンジェリカ王女があっさり言葉にする。見間違えであって欲しかったが、やっぱり落ちて行ったのは人だったようだ。幼女でも王女様、俺より肝が据わっている。ここは三階。でも王宮の三階だから実質普通の建物の五階以上の高さだろう。落ちて無事ですむ高さではない。
「――様は――こかー!」
「――!」
ドキリとしてドアの方を振り返る。
廊下の彼方から叫び声が聞こえた。遠い所為か、はっきり聞こえなかったが、俺の名を呼んでいた気がした。ラディリア達に顔を向けると首を振る。気のせいか。 ……本当か? 気を使って嘘を言ってないか。いや待て。
自分もドアに耳を傍立てようと近づけば手で制される。壁際に近づくのは危険だというのだ。一瞬ムキになりそうになったが、二人の表情を見て考え直す。駄目だよ落ち着くんだ。彼女達は俺も守ってくれようとしているんだぞ。そこは疑うな。
「……っ」
もどかしい。
このまま何もできず、ただ結果を待つしかないのか。
確かに飛び出しても俺を捜しているんじゃなければ、危険なだけで、王宮側の鎮圧の邪魔になる。これは王国軍と反乱軍の戦いだ。
考えた案は全て使えない。明日には出て行こうとして、王宮側と話もつけている自分達は、騒動に関わってはいけない。でも攻めてきている連中の目的が、もし俺ならば応じないとならない。知っている連中が来るなら。ヴィルダズ団長達が来るなら俺が応じないとならない。ああ、さっきから同じところでグルグル回ってるぞ。くそっ。
「――!」
ぞくっ
叫び声が聞こえた。内容はよく分からなかった。そして、それと共に剣戟の音も聞こえた。近くで戦闘が起きている。ドアの遥か向こうで戦いが起きているのだ。
……殺し合いをしているのだ。
息苦しさに胸を押さえようとして両手が塞がっているのに気づく。左右からリーダとアンジェリカ王女が俺の手を握っていた。二人の顔色も悪い。何か気の効いた台詞で和ましてあげたいが、とても頭が回らない。
畜生、なんだよ。なんでこうなるんだ。
「――!」
また叫び声が聞こえた。
「呼んで――」
「待て!」「駄目よ!」「駄目です!」「いけません!」
こぞって皆が俺を止める。そうか。またドアにふらついてきてたのか。足の力が抜けてへたり込む。足の震えていたのに初めて気づく。ムキになって叩いて直す。
「くそっ……!」
外で殺し合いをしている。俺は耳をすまし隠れることしかできない。それが凄いストレスになって息をするのさえ苦しい。
何だよ。どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがって。俺が何したってんだ。勝手に巻き込むな。俺は帰る。帰るんだ。日本に帰るんだ。お前等なんか知らない。どうなったって知らない。酷い男なんだよ俺は。だから巻き込むな。俺を巻き込むな。
立ち上がってフラフラしながらも手足を振って踊ってみる。
みんなが奇異な物を見るような目で問い質してくる。声が少し震えている。
「……何を……なさっているのですか」
「チーベェさま……」
「……踊りだ。新しい踊りだ。こんなに追い詰められているんだ。解決する新しい踊りが出る筈だ……」
「そんな」
「まさか……」
「出る筈だ。こんなに追い詰められてんだよ。ヤバイんだよ。なんか新しい踊りが出てパパッと解決してくれなきゃおかしいよ。ドラ○もんみたいになんか出てくるって。そうだよ。出る筈なんだ!」
ラディリア達は顔を見合わせ、一番詳しいだろうリーダに視線が集中する。リーダは痛ましそうに顔を歪め否定の声を上げる。
「兄様……それは、ないでしょう。現在は兄様自身に身の危険が及ぶ程追い詰められている訳ではありません。周囲が騒乱状態になっているだけなのです」
「じゃあ、迫ればいいんだな! ちょっと廊下出てくる。戦ってる中に突っ込めば踊りが出るだろうさ」
「駄目です!」
「いけません!」
「落ち着くのだ!」
「チーベェエさま!」
しかし
「があっ――!」
「あああーっ!」
みんなの声に続く様に、遠くから悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。
俺達はビクリと硬直して耳をすます。しかしそのまま次の声は聞こえてこない。
状況が判らない。声の主が敵か味方か判らない。でも味方ってどっちだ。王国軍か、反乱軍か。やめろってば。何故戦う。なんで殺し合うんだ。こんなの無意味な戦いだっていうのに。
「――殿――!」
叫び声が聞こえる度にぶるりと震える。俺を呼んでるのかは判らない。ただ堪えているだけなのが、何故かとてもつらい。こんなにも辛い。
「――ああ――!」
呼んでいる。声が遠い。違う。聞こえない。聞きたくない。
なんで呼ぶ。誰だお前らは。知るか。知るものか。俺を巻き込むな。
うずくまる。頭を抱える。
ちくしょう。ちくしょう。 ……ちくしょう。
気がつけば人肌に包まれていた。右側をアンジェリカ王女が、左側をリーダが、そして頭をラディリアとイリスカに抱きしめられていた。
それでも震えは止まらなかった。
俺は込み上げる叫び声を懸命に抑えながら、ただひたすらに廊下の喧騒におびえ、震えるしかなかった。
朝方騒乱は収まった。
結局自分達の貴賓室迄辿り着いた反乱軍兵はいなかったのだ。目的が違ったのか、途中で防がれたのかは分からない。扉の外に詰めていた警護の者達が挨拶をして帰っていく。交代で戦ったのか、彼等のうち数人は怪我を負っていた。
勝ったのは結局王宮側らしい。国王に被害はなかったようだ。反乱軍は撤収したが、城内は依然騒然としており被害の程は判らない。
自分は結局何もしなかった。出来なかった。ただ部屋でおびえて震えていただけだった。なんて間抜けな話だ。
状況が落ち着くまで休もうという話になり、崩れ落ちる様に眠る。夕刻に起き出し状況を聞いたが、あまりはっきりとした情報が無い。俺達は部外者だ。伝手がないので簡単には聞き出せないのだ。
廊下に出て通りすがりの衛兵を呼び止めて部屋に引っ張り込む。脇で眠る神獣ラリアを見せて怖がらせ、リーダとイリスカが情報を引き出した。悪党の所業である。
現在判明した点では、高級住宅街の襲撃で謁見の場にもいた重臣の一人が死亡、市外での抗争で更に一人が死亡したようだ。王宮外と王宮内にて二百を越える反乱軍と抗争。双方共に死傷者多数。それでもなんとか撃退に成功したらしい。
そして最後に戦果を、凶報を知る。
「……嘘だろ」
足元がぐらりと崩れた。
「兄様、しっかり」
「チンペー殿?」
「そんな筈……そんな筈ないじゃないか……」
王宮側は多数の反逆者を掃討、逃がしもした。捕縛された者達の一部は自害もしたそうだ。しかし反乱軍一党の指揮官を一名、激戦の末に捕縛したというのだ。
その者の名はヴィルダズ・アーデ。
新平の窮地を二度も救った命の恩人。クリオの父親でもある『新生オラリア解放軍』代表、ヴィルダズ団長の名であった。
次回タイトル:大薮新平 クリオの懇願




