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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
2章 奴囚王国オラリア騒乱編(全26話)
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21. 大薮新平 見よ王都で火の手が上がる

 大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。王国の窮状を知り思い悩む新平に、リーダは神獣の復活を提案。王宮に忍び込み神獣を復活させるも捕らえられてしまう。そして謁見を終えた新平の下に訪れた王妃。彼女は新平に国王を倒し自分の夫になって欲しいと願い出るのだった。



 王妃レイオーネ・ジラードは不遇の人である。

 十二年前の敗戦で、戦勝国のドーマ王国によりオラリア王国の王族達は皆殺しにあってしまった。そして血統存続と名目上の傀儡として、只一人残されたのが彼女、レイオーネである。なんと当時十歳。彼女と婚姻を交わし国王になったのが戦勝国ドーマの皇太子であった現国王ギブスン・ジラードである。彼女はろくな抵抗もできず悲運を受け入れるしかなかったと思われる。以降、主だった式典以外では顔も出さず、謁見の席でもろくに言葉を掛けることも無い。ただ悲しそうな表情で王座に座るだけだとか。国民達は生きる人形として囚人同然の扱いを受けているのだろうと噂し、同情の声は絶えない。しかし、一方で彼女に希望を見出し、この国を救って欲しいと願う国民も多いのだ。

 その彼女も現在はトリスタ王国のフォーセリカ王女と同じ二十一歳。現国王ギブスンとの間に既に二児を設けている。おぞましい世界だ。もし間違えればアンジェリカ王女達の身にも、似た様なことが起こり得ると考えるとちょっと身震いする。




「現国王ギブスン・ジラードを倒し、我が夫となっていただけませんか」


 呆けたまま固まった自分に対し、王妃は再度訴えてくる。聞き間違えじゃなかったらしい。もしかして、これってプロポーズか。

 生まれて初めて女性からプロポーズをされたが、突然過ぎて全然嬉しくない。クラスのイケメンが、バレンタインの夜に突然見知らぬ女性に飛びつかれ、叫び声と共にチョコを叩きつけられた話が脳裏を過ぎった。というかこの人、人妻じゃん。


 レイオーネ王妃は美しい女性である。情熱的な赤い髪、琥珀の瞳、少し浅黒い肌は身に着けた宝石と上等な絹に飾られて全身を宝石の様に輝かせている。しかし、美人顔というだけなら、フォーセリカ王女、ラディリアとイリスカに一歩及ばないだろう。

 まて、落ち着け。美女の接近に現実逃避してる場合じゃない。まず言われたことを理解してみるんだ。

 ……さっぱり判らない。

 自分も動揺してる。頭が上手く回ってない。というか、太腿に押し付けられた柔らかい胸の感触に、意識が引き込まれそうになってる。

 ギブスン・ジラードを倒してってことは、俺に奴を殺させてこの国を乗っ取れって言ってるのか。


 なんだ、それ。


「わたくしはこの身を救っていただける方をずっと待っておりました。そして、とうとう貴方様に巡り会うことができたのです。神獣ラリア様を復活せしめ従えた勇者。貴方こそアウヴィスタ神がこの国に遣わされた真の救世主。どうかその御力をもって、この国に巣食った悪逆非道なる蛮族共を討ち滅ぼし、わたくしを救っていただけませんでしょうか」

「…………はい?」

「貴方様がこの地を立ち去られようと考えておられることは存じています。しかし、この国を救えるのは、もはや貴方様しかいないのです。神獣ラリアを蘇らせた勇者様。どうかわたくし共をもお救い願えませんでしょうか」

「…………」


 聞き間違えじゃ無いらしい。確かに俺に国王や仲間達を殺してくださいと言ってるぞ。どうすればいいんだ。


「……嫌ですよ。なんでお……私がそんなことしなきゃならないんですか」

「お願いです。もし救っていただけるのでしたら、この身も、この国も差し上げます。存分に栄華を極めていただいてかまいません。どうか、わたくし共をお救いくださいませ」

「嫌ですって。そんなの別に欲しくないし」

「!?」


 日本でならまだしも、こんなところで栄華とか言われても困る。国は酷い状況で、周りは全員外国人だろ。どーしろってんだよ。それより、こっちは早いところ日本に戻って姉と母親に失踪を謝り、就職して世話になった分の恩を返さなきゃならないのだ。


「……っ、アラヤベエ様。其処をどうか。どうかわたくしをお救い願えませんか。わたくしはもう堪えられないのです」


 あっさり断った自分に王妃は言葉を詰まらせたようだったが、諦めきれないようで何度も頼み込んでくる。

 ……待て、なんか違和感がある。なんだ。変だぞ。


「堪えられないって、何です?」

「あの男の暴虐にです。多くの忠臣達があの男によって殺されました。既に王宮はあの者の手の中にあります。逆らう者、異を唱える者は全て処分され、残された者は佞臣のみです。わたくしは恐ろしくてならないのです。子を成して用済みとなったわたくしも遠からず暗殺されるでしょう。どうかその前にあの男を討ち、この国をお救いください!」

「……でもあいつが死んでも、次の国王がまたドーマから来るんでしょう?」

「……!? ……そ、そのようなっ……」

「うちのリーダが言ってたよ。いまの国王は確かに悪人ではあるけど駒の一つだって。殺しても次の国王がドーマから送られて来る。結果何も変わらないだろうし、もっと酷くなるだろうって」

「そ、そんな……そのようなっ……」


 王妃は蒼白になって震えだした。

 見れば侍女さんも青くなっているが、女官さんは思い当たる節があるのか唇を噛んでいる。なんで教えてないんだろう。

 俺じゃ上手く説明できない。リーダの説得力が必要だ。

 制止を振り切って強引にリーダ達を呼び戻す。そして聞いたことを話して『現国王を討っても宗主国であるドーマ王国が健在である限り、代わりの王が送られて来るだろう現状』を説明してもらった。


「……ということですので、レイオーネ陛下が暗殺される可能性は低かったと思われます。そして神獣ラリア様が顕現された今、王家の者がラリア様と友誼を結べるかは重要案件となりました。少なくとも王子殿下と王女殿下がラリア様と友誼を結ばれるか確認されるまでは、陛下の身は逆に最重要待遇として保護される筈です」

「そんな……どうしてっ……」


 蒼白で顔を振る王妃、肩を抱いて震えている。

 やっぱりなんか変だ。見るとリーダも眉を寄せている。俺と同じ違和感を感じてくれているようだ。アンジェリカ姫さんはと見ると、何故か悲しそうにうつむいている。


「それでは……未だこのような状況に耐えねばならないのですか……」

「……」

「ああぁ、嫌、嫌です。もう耐え切れないのです。もう嫌なのです。このような生活は嫌なのです」


 だんだん違和感の正体がわかって来た。


「いや、嫌、嫌、嫌あっ!! もう我慢できないのです!」


 人前だというのに頭を振って声を荒げる王妃。とりあえずその王妃の――


 ぺしんっ!


 頭を引っ叩いた。


「!?」


 女官やリーダ達が真っ青になって固まった。リーダとアンジェリカ王女も俺の不敬に唖然としている。王妃本人も何が起きたのか分からないという風に呆けて見上げてきた。とりあえず、拳じゃなかったので血が出たりすることはないだろう。


「あんたさ、何で自分のことだけ言ってるの?」


 そうなのだ。この王妃様、自分のことしか目に入ってない。国民のことも、この国のことも何も言ってない。国がこんなに酷い状況なのに。


「なんか聞いてると国の為とかじゃなくって、自分が嫌だから旦那を殺してって言ってるようにしか聞こえないんだけど」

「っ……いえ、わたくしは……」

「だって、あんた自分が嫌、怖いから助けてしか言ってないじゃん。この国を正したいとも、どうしたいとも言ってない。こんなに国がヤバイ状況にあるのにだよ。あんた王妃さまだろ。なんで?」


 俺が言うのもなんだが、王妃さまが自分だけ良ければってのは駄目だろう。


「そりゃあ、あんたの境遇は同情するけど、この国にはもっと酷い状況の連中が山程いるんだよ。ここはあんた頑張らなきゃ駄目だろ」

「そ、そんな……わたくしにあの男に歯向かえとおっしゃるのですか!」

「そうだよ。王妃のあんた以外、誰が国王を止められるの。残ってるの全部佞臣なんでしょ」

「そ……そんな、無理、無理です。わたしには。わたしにはとても出来ません」

「でもやんなきゃ。あんたが頑張らないと、この国はもっと酷くなるぞ。リーダなんか滅びるって言ってる」

「それでも無理です。わたくしには。わたくしにはとてもっ!」


 もう一度引っ叩こうと手を掲げたら、リーダとアンジェリカ王女が慌ててしがみついて止めてきた。


「あの恐ろしい男に反抗等、わたくしにはとても出来ません! どのような目に合わされるか!」


 ……その恐ろしい男を、俺に殺させようとしてるんですが。俺はどんな目に合わさせるの。


「いや、だからあんた殺される筈が無いって聞いたろ。何なの、毎日殴られたり、蹴られたりでもしてるの?」

「まいっ……いえ、それ程ではありませんが、暴力は振るわれております。身の危険を感じております。とても恐ろしいのです!」

「どのくらい?」

「……」


 王妃様口篭った。


「……この前、殴られたのはいつ?」

「……その……房事を断った時に」


 房事って何?

 リーダに顔を向けると察してくれて、耳元で解答をくれた。夜の営みのことらしい。

 ちょっと待て。この人、子供二人居るって云わなかったか。


「それ何年前の話?」

「……」


 黙ってしまった。随分前のことらしい。


「もしかして、あんた結構大事にされてんじゃないの」


 考えてみれば王国最後の血縁者だ。政治的には死なれたら凄く困るだろう。


「そのようなことはありません! 絶対にそのようなことは!」 

「いや、でもさ……」

「男の方には判らないでしょう。父母を殺した男のもとに嫁がねばならなかったわたくしの絶望を! あの卑しい男に肌を許さねばならなかった絶望を! 望まぬ子を産まされる恐怖を!」


 そう言われると可哀想だと思う。凄く可哀想な境遇だ。昔の少女漫画ならお涙だ。悲劇のヒロインだ。でも、それでも。

 ――脳裏に道中で見た子供の頭蓋骨の山が浮かぶ。



 ……殺されるよりいいだろう。


 女性からしたら酷いと言うかもしれない。俺が男だから冷めて見えてるのかもしれない。

 でも、俺は見てきたのだ。

 悲惨な村々を見てきた。吊るし首の刑場があった。火炙りの後があった。広場の前に首が並んで晒されていた。子供の首まであった。罪状は税の未納と兵役からの逃亡だった。廃村はどうみても誰かに襲われた様にしか見えなかった。病気でも医者にかかれない人達が大勢いた。みんな苦しいと言っていた。死にたくないと言っていた。

 吐いた。酷いと思った。おかしいと思った。でも国を立て直せるのは、政治をしている国王達のすべきことだ。政治のセの字も知らない、珍奇な踊りしか出来ない他国の高校生のできることじゃないのだ。

 それなのに、その一番上にいる当の王妃さんが、自分のことしか見てないのだ。自分の安心の為に、政治も知らん異国の小僧に国を乗っ取れと唆してくるのだ。そりゃないぜと言いたい。

 囚われた当時は子供で、恐怖が身についてしまったのかもしれない。でも今は違う。

 

「……あんたもう二十過ぎの大人で、子供もいるんだろう」

「好きで生んだ子供ではありません」


 反射的にぶっ叩いた。クイズの早押しに出れる速さだったと思う。


「もしかして子供も嫌ってるのか? 子供に罪はないだろ。そいつには親はあんたしかいないんだぞ」

「あのような男の子を、どうして愛せましょうか」

「……こっ!」


 もう一度振りかぶったら、今度は止められた。

 王妃は涙を浮かべ、頭を庇いながら文句を言ってくる。その姿はもう自分にはヒステリー女にしか見えない。


「何故そのような無体ばかりおっしゃるのですか! わたくしにはとてもそのようなことは無理です。国政に口を出すことも、恐ろしい男の子を愛することも!」

「子供って……!」


 再び脳裏に子供達の頭蓋骨が過ぎる。気がつけば叫び返していた。


「どっちも当たり前のことで、お前にしかできないことだからだろうが! 何を甘えてんだよ!」


 立ち上がる。窓を見ると夕方だ。未だ間に合う。


「リーダ、この人に現実を見せるなら、どこの町が一番良い?」

「兄様……それは……」

「ちーべえさま、お待ちくださ……」

「どこ!?」

「……フランベージュの廃村が一番かと。ですが……」

「良し、覚えてる。王妃さん、ちょっと来て」


 抱えて瞬間移動しようとしたら逃げられた。女官や侍女さんも止めてくる。触るのはまずいか。

 髪飾りを無理言って貸してもらう。そのまま瞬間移動【天翔地走あまかけるランドランナー】で現地に飛ぶ。踊りを初めて見た女官さん達が呆然としていたが今はそれはいい。現地に着いてから王妃の髪飾りを触媒に【半熟英雄の大護摩壇招き】で無理矢理王妃を強制召喚。突然召喚されて唖然と周囲を見回す王妃様。さぞ向こうでは大騒ぎになっているだろう。

 そして廃村になった町の惨状を見せて回った。俺とリーダが逃亡中に宿代わりにしようとして、その凄惨さに逃げ出した廃村だ。王妃は吐いた。逃げた。泣き出した。でも何処にも逃げ場所は無い。彼女が逃げた広場の先には子供の髑髏が小山になっていた。俺も見た時に吐いた場所だ。王妃は泣き崩れて地面にうずくまった。

 泣きながらもう勘弁してくださいという王妃を尻目に更に瞬間移動で飛ぶ。そして強制召喚。俺が見て衝撃を受けた場所を見せて回った。そして数時間後、青を越えて白い顔色で震える王妃を、王宮の自分達の貴賓室に召び戻す。当然消えて心配していた女官と侍女が慌てて王妃を支える。

 王妃様は胃の中の物を全部吐いてフラフラだ。こっちも一度もらいゲロした。そのくらいに酷い場所ばかりだった。本当にこの国は酷い。腐ってる。


「……これが現実だかんな。怖いとか嫌だとかじゃなくって、今どんどん死んでいってるんだ。あんたはその上に居るんだ。あいつらを守る立場にいるんだよ」

「……」


 王妃様は女官に支えられて、ぐったりしたまま動けない。


「見ただろ。あの連中にはあんたしかいないんだ。あんただけが希望なんだよ。あんたが嫌だと言っても、出来ないといっても、関係ないとは言えない。連中はあんたを希望にして生きてるんだよ。それは知っておかないと駄目だよ」

「……」


 王妃は何かうわ言の様に呟いて、女官達に抱えられる様に部屋から出て行った。俺の言葉に疑問を感じたリ-ダが、廃村以外に何処に行ったのか聞いてくる。


「いや、火刑場跡で王妃さんの顔を知ってる連中が居てさ、人が集まってきたんで物見塔の上に逃げたんだ。そしたら塔を囲まれて町民全員に土下座されて王妃様助けて下さいの大合唱が始まったんだよ。俺も焦った」

「……」


 リーダとアンジェリカ姫さんにドン引かれた。

 ちょっとやり過ぎだったかも知れない。王妃様途中からうずくまって耳を塞いで泣き叫んでいたからな。


「まずかったかなぁ……不敬罪とかで罰せられるかな」


 謁見でやらかした挙句、王妃を連れ回して吐かせるなんてことをしてしまった。またやらかしたかもしれない。今の俺は一人じゃないのだ。逃げる算段を考えるにしても、アンジェリカ王女達の安全も考えなきゃならなかったのだ。


「どうでしょう。お忍びで来た様ですので、国王陛下や重臣達には知られまいとするでしょう。罪に問われる可能性は低いかと。少なくとも当面、兄様に求婚してくることはないと思います」


 それには苦笑いを返すしかない。頭に血が昇ってすっかり忘れていたわ。


「驚きました」

「ごめん、勝手に。腹が立って我慢できなかった。相談してから行くべきだったよな」


 それに対し、何故かアンジェリカ王女は首を振る。


「相談されましたら私は絶対にお止めしたでしょう。リーダさまも同じだと思います。あまりも不敬な行為でしたから」

「うっ……ごめん」


 やっぱりやらかしたようだ。脳筋反射ダメ。絶対。


「しかし、それでは結局誰もあの方に現実を見せることはできなかったでしょう。女官達は如何に心安らかにさせるべきかを優先していました。周囲の重臣達は論外だと思われます。幼少の折から、政に関わらないようにされていたようですし」

「……」

「チーベェさまだからこそ、成せたのだと思います。確かにやり方は性急過ぎたかも知れません……それでも、誰かが教えて差し上げなくてはならなかったことだと思います。王妃の責務から、逃れることは許されないのですから」


 アンジェリカ王女の寂しそうな声が耳に残る。王族として身につまされることがあるのだろう。彼女は俺達が戻った時、王妃の女官と侍女に対し見守るという意味を履き違えてはいけないと説教をしていた。驚きの光景だった。


 幼い時に一人囚われ、以後傀儡の王妃として担がれた彼女には酷な話かもしれてない。同情して慰めてくれる人は居ても、一緒に立ち上がろうと言ってくれる人は居なかったのだろう。俺みたいな馬鹿な小僧に説教されるなんて業腹物だったかも知れない。

 しかし、去ろうとしている俺達はこの国の政治に半端に口を出せないし、出すべきじゃない。神獣の復活は俺にしかできないと聞いたからやったが、あれはイレギュラーなことなのだ。

 あんなやり方で彼女が王妃の責務に目覚め、政治に関心を持ち国王と張り合ってくれるとは流石に思っていない。でも現実は知っておいて欲しかったのだ。自分の名を希望にして生きている人達がいることは、知っておいて欲しかった。こうしている今も、誰かが飢えて死んでいるのだろうから。



            ◇



 数日後、謁見の間でのことについて話し合う席を設けたいと云われ、別室に呼び出された。呼び出された理由はどうも神獣ラリアが寝転がっている部屋には怖くて入りたくないということらしい。怖いか……あいつ、さっきまで俺が渡した手鞠を夢中になって転がして遊んでたけどな。姿が似ると猫の本能が呼び起こされてくるのだろうか。

 リーダを連れて訪れると、謁見で見た重臣二人と騎士団長等数名が待っていた。先方は低姿勢だ。謁見の間でのあちらの無作法を詫び、国王を助けたことについて礼を言われる。そう来たか。神獣ラリアが暴れたのがそうとう堪えたようだ。良かった。ラリアを使って騒動を起こした責任取れとか言われたら困るところだった。リーダ曰く国の象徴たる神獣が他国の人間に使役されている事実を簡単に認めるわけにはいかないので、その展開は薄いと言っていたが、悪い状況に転ばなくてなによりだ。

 ならば日本人、こちらも言葉使いの無礼を詫びようとするとリーダに止められる。ここは強気交渉で行くべきらしい。


 彼等の提示した内容は神獣ラリアの復活の報酬として白金貨百枚。国王ギブスン・ジラードの治療で白金貨二百枚という破格のもので、その他にも神殿関係のなんとかいう官位を送りたいと言う。実際にはこちらが国外へ退去したいという要望も汲むので書面的なもので終わるそうだ。名誉職みたいなものか。そして王都からの退去を認めるから日程を組ませて欲しいと言う。

 要は金と名誉を与えるのでさっさと出て行け。さあ話を進めようじゃないかということだ。願っても無い話である。リーダの事前交渉のおかげであろう。


 ただし、こちらは金も名誉も別に要らない。既に資金は十分にあるし、大金なんかあっても移動に困るだけだ。なによりこの国から金を貰うということは、あの異常な税の取立ての末に集まった金を貰うということだ。ちょっと受け取りたくない。それはそれという考えがあるかもしれないが、王妃と一緒に村人に囲まれ助けてくだされと大合唱された声が今でも耳に残っている。潔癖かと笑われるかもしれないが、やっぱり嫌なものは嫌なのである。

 少し表現を変えて言い返してみる。この国の現状を知っている。税は五割とか異常な話だ。村々に出たら生活が苦しい、助けてくだされと大合唱された。この国は異常だ。そんな方法で集めた金など欲しくないと。

 口に出してみると我ながら青臭い話だなと思う。それでもあの光景を見たら言わずにいられなかった。

 応対する重臣達は、奇異な目を向けて来ると共に一様に苦い表情になった。金などいらないという返事が余程以外だったのだろう。それでは何が報酬足りえるのかと聞いてくる。別になにかが欲しくてした訳じゃないんだが、分かってはくれないのだろうか。

 試しに税率を下げてと言ったら、税については各領主の管轄なので管轄外だと断られた。それでも食い下がればそのような税率は異常なので確かめて指導するとは一応言ってくれた。手を叩いて喜んだが、リーダの顔を見る限り建前で言っただけのようだ。そうか、口先だけだったか。

 再度報酬の希望を求められるが何も思い浮かばない。さて困った。とりあえず茶を飲み直す。ぬるい。


「こういうのはどうでしょう。神獣ラリア様の復活を成した功労者として、再建している神殿に貴殿の銅像を立てる計画があります。そこへの予算を倍額し、黄金像とするのは」


 吹いた。ふざけんなオイ。

 ヒゲダンス姿の俺の黄金像。これ以上酷い嫌がらせはないだろう。母親と姉に見られたら悶死するぞ。

 ちょっとリーダ。何故今、満足そうに鼻を膨らました。何故断ったら残念そうな顔をする。おねだりするみたいに裾を引っ張ってくるな。お前も少しアレだよな。俺は絶対認めないぞそんなの。まったく、どいつもこ……お!


「……金はいらない。名誉職はどうでもいい。代わりに一つ頼みがあるんですが」

「何でしょうか」

「……ファーミィ司祭長を捕ま……拘束して欲しい」


 ファーミィ司祭長のおかげで自分達は自由に動けない。ラディリア達一行との連絡もままならないのだ。ヴィスタ神殿は大陸を跨る宗教派閥なので本来口出しできる関係にないだろうが、謁見の席でファーミィ司祭長の訴えも無視して俺を殺そうとしたここの国王なら対抗出きる筈だ。

 毒を持って毒を制す。

 横でリーダが呆れた顔をしているがスルーする。本当にまずかったら止めてくれるだろう。それが無いということは強引に行っても大丈夫な筈だ。 


「俺達は彼女の所為で非常に迷惑しています。彼女の妨害によって、外の仲間との面会も出来ない状態です。殺人は嫌だし望まないので、どうか自分達がこの国を出るまで彼女を拘束して頂きたい」


 凄い人相の悪い笑みを浮かべていたらしい。しかし、今までの怒りを果たせるならそんなの構わない。何を言い返しても自覚が足りないからだと笑ってるあの女に、俺は対抗手段が無いのだ。ならば対抗できる連中をぶつけるのが一番良い。


「先日、彼女達が湯浴みの為に別れたところ、見知らぬ兵に連行され王宮外へ無理矢理放り出されたそうです。そして暗殺の危機を感じて夜の王都を逃げ回ることになりました。この王宮にはあの女の手が回っています。俺達は今とても身の危険を感じてます」


 これには重臣と騎士団長達も驚いた顔をしていた。しかし困った表情で対応役を押し付け合おうとする重臣を見るに、やはり彼女の権勢は王宮内に及んでいるのだろう。対面の男など額に汗を浮かべて困惑している。もう一押しか。


「俺達は大変な身の危険を感じています。そう、神獣ラリアに頼んで怪しい者達を排除して欲しいと頼みたいくらいです。でもアレは人の区別がつかないようなので、王宮や王都で盛大に暴れそうでてて痛痛痛痛痛っ……!」


 リーダにつねられた。言葉を盛り過ぎたらしい。いや、脅迫になるのが駄目なのか。

 重臣達は更に青い顔を見合わせ汗を拭いている。


「それはその……私共の一存では……」

「では国王様を含めて検討して頂きたい。言っておきますが、彼女がいれば俺達の退去はどんどん遅れますよ。邪魔されているんですから。今日も呼んでないのに喧嘩売ってきて、そのうえ仲間との連絡は取れないままなんです。こちらとしても、退去の準備が出来ずに凄く迷惑してます」


 男は困惑した顔で検討しますと頷いた。それを見てリーダが毒を食らわばみたいな嫌そうな顔でそっと手を上げる。


「……できましたら、司祭長のみではなく、側近の侍祭長等もお願いします。実動は彼等のようです。また、私共への報酬と考えられている予算は、そのまま彼等への賠償金に当てていただいて構いません。あくまでも何らかの嫌疑の為の一時的な拘束ということにし、我々が国外退去後に問題無しと解放して賠償金を払えば、問題も最小に抑えられると思います」


 そうか、実動はあの女じゃなくって、横に居た人相の悪いあの男達だったか。気づいてなかった。そして、金を払いたい重臣達と、汚い金をもらいたくない俺の折衷案も出してくれた。流石リーダである。

 結局国庫から金が払われてしまうのでは意味が無いことに途中で気がついて渋ったが、リーダからもそこは了承して貰えないと話がまとまらないと云われ不承不承頷く。


 こうして最初の話し合いは終わった。次回以降は重臣の部下の官吏とリーダで話をまとめることに。


 部屋に戻ると幼女大好きの神獣ラリアにひっつかれて困っているアンジェリカ王女に助けを求められる。この変態の糞神獣。呑気に幼女と戯れおって。犬みたいに蹴り飛ばせないのが腹立たしい。


 二日後、ファーミィ司祭長と侍祭長二名が王宮の地下牢に幽閉されたと報告が来る。

 思わず高笑いでガッツポーズをしたら、リーダとアンジェリカ王女に窘められた。



            ◇



「司祭長達が幽閉され、ヴィスタ神殿は大騒ぎになっていますよ」


 騒動を伝えるアンジェリカ王女の近衛騎士、イリスカは苦笑いをしている。ファーミィ司祭長達の妨害が消え、やっと王宮に入れるようになったのだ。満面の笑みでVサインを返したらアンジェリカ王女に窘められた。でも止める気は無い。自分が絶対正しいと思ってる狂信者なので、幽閉された意味は一生理解しないと思うがそれでも良い。精々辛い目に会えば良いのだ。リーダ達を王宮外で殺そうとした恨みを俺は絶対忘れない。後で牢屋に行って、なあ今どんな気持ち。犯罪者ってどんな気持ちと煽ってこようか。うひひ。


「それで、そっちの準備はどうなんだ」 

「問題ありません。明日には出立できます」


 よし、これで準備完了だ。

 官吏とリーダとの話し合いにより後の話はサクサク進んだ。俺達の王都無断浸入の罪は神獣復活で不問にされ、謁見の大騒ぎはなかったことになった。謁見は滞りなく行われ、オラリア王国としては神獣ラリアを復活させた旅の魔道士に報酬を与え、名誉職を送ったが、彼は固辞して風の様に立ち去ったという話だ。

 対外的には無難な話に落ち着くようである。 


 明日俺とリーダが都市アイールに瞬間移動したのを確認した後で、アンジェリカ王女率いる一行も合流すべく王都を立つ。助祭補に偽装した者達は全員近衛騎士なので騎馬で後を追う。少なくとも十キン(十日)程で追いついて合流出来るとはイリスカの計算だ。そして合流後は一緒に国境を目指す。ドーマとの国境に待機していた巡礼団の一団は既に国境東の向こう側へ移動しているという。俺達の国外退去を確認する為の監視団は飛竜で先行し、東の国境で待っているそうだ。


 ラリアはついてこないように言い含めたので、道中それほど目立つ事もないだろう。一応王妃さんの安全を見といてくれと頼んだら了解してくれた。神獣にとっても血統契約している子孫を見守るのには異存がないようだ。あの後王妃はまったく接触を持ってこないが、こっちに出来るのことはもうない。少しでも頑張ってこの国が良くなるのを祈るだけだ。

 一方、国王との面会要請も無かった。健康状態は問題無いそうだがリーダ曰く、下手に面会して話がこじれた際、またラリアを召喚されて危害を加えられたら敵わないと思っているのだろうとのこと。もう面会することはないらしい。素直に喜んでいいのかはよく判らない。


 俺達も出発の準備は終えた。アンジェリカ王女達の準備も完了。王宮側との話も済んだ。よしよし、もう問題残ってないぞ。リーダが進めてくれたおかげで準備は万端だ。この部屋に軟禁された時は、また何ヶ月も拘束されるかと頭を抱えたものだったが、今回は短く済んだ。少し成長したな俺。失敗繰り返していないぞ俺。 ……やったの全部リーダだけどさ。出来る人に任せるのもありだよね。


「あー……やっとこさ、こっから出て行けるのか」

「お疲れさまでした」

「いや、俺何もしてないしな。リーダこそお疲れ様」

「はい。ありがとうございます」

「普通は王宮での暮しに慣れると、物の無い外へは出たがらなくなるものですけどね」

「チンペー殿にとっては念願の逃亡生活ということなのだろう」

「人を変な趣味持ちみたいに言うな!」


 どっとみんなが笑う。やっと先に進めるとあってラディリアとイリスカ達の表情も明るい。リーダの笑みも柔らかくなっている。最近この娘は妙に俺にくっついて座る。どうもアンジェリカ王女達に少し対抗意識を持っているらしい。可愛い奴である。追われたルーベ神殿の件はいいのかと聞いたが、既に家族も残っていないので吹っ切れているようだ。それこそ神獣ラリアを追い立てて暴れさせてやろうかと言ったら他の祭司達の迷惑にもなるので騒動を起こすのは止めて下さいと逆に窘められた。その上で、今の自分は一従者イェフィルリーダでありますからと胸を張って言われるとこちらも黙るしかない。


「あとは――……」


 ズン……


 いきなり地響きを感じた。

 地震か? ……この国で地震って初めてだな。と思ったが違ったようだ。リーダと女騎士二人の顔が険しい。

 ラディリアが素早く窓際に寄って外へ目を走らせる。イリスカとリーダも後に続く。残された俺と姫さんは不安な面持ちで追いかける。


「どうしたのですか?」


 アンジェリカ王女の問いかけにも答えずに、三人は険しい顔で王都城下を見下ろしている。既に夕刻で日は落ちる寸前だ。各所で点きだした町の明かりが王都城下を彩っている。別になにも変わらない、いつもの風景に見えるが……。


「……あそこだ!」


 ラディリアが右手の丘を指差した。一際豪奢な建物群、あの辺りは高官の邸宅等が立ち並ぶ高級住宅街と聞いた記憶がある。


「あちらにもです」


 イリスカが別方向を指差す。


「イリスカ、何が起こってるのですか?」

「アンジェリカ様、火の手が上がっています」

「火事か?」


 言われてみると細い煙が見える。でもなんだ。何で皆こんな深刻な顔をしてる。いや待て、二箇所で同時に火事? ふとリーダを見ると、彼女は蒼白な顔をしていた。


「お、おい。大丈夫か。どうした」

「……始まってしまいました」


 なんだ。何が起きてる。説明してくれ。

 リーダは俺を見上げ、その小さな身にそぐわない重い声を吐き出した。


「……反乱です。クーデターが起きたのです」




 次回タイトル:大薮新平 王都騒乱


 肉親を殺され、傀儡を強制され、長年恐怖に怯え、助けを求めてきた王妃様を張り倒す回でした……。

 果たして読者様の同意は得られるのか、かなり心配。

 そして、ここから話は盛り下がって行きます。(何それ)


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