20. 大薮新平 血まみれの謁見
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。出会った少女を従者に迎え、二人は東へと旅立つ。オラリア国の窮状を知り思い悩む新平に、リーダは神獣の復活を提案。一行は王宮に忍び込み神獣を復活させるも、王宮に捕らえられる。そして圧政を行い狂王と呼ばれる国王との謁見に臨むことになった。
ゴゴゴと地響きの様な音を立て、見上げるような扉が開かれていく。歴史が古い所為か、トリスタ王国の謁見の間よりも更に豪奢な広間である。幾何学模様が刻まれた大理石の柱や壁には宝石が埋め込まれ、上方のステンドグラスから落ちる光を煌びやかに反射している。見学で来たなら、さぞ見惚れている光景だったろう。
「アーヤベエ・シッバイ殿、御入場!」
……早速先行きが心配になる名前で呼ばれる。わざと間違えたんじゃないだろうなと聞き返したくなる見事さである。
眉を顰めながら前へと歩き出す。こんな仰々しい謁見は初めてだ。トリスタ王国の時も謁見はあったが、あれは式典みたいなもので、事前練習があったのだ。今回はぶっつけ本番で、何が起きるか分からない。緊張もするし、びびりもする。普通ならな。でも、今日の俺はちょっと違うぜ。うふふ。
誘導役の衛兵に習い、厚手の絨毯を踏み進む。なんでこういう時の絨毯ってみんな赤地に金刺繍なんだろうな。
左右に並んで迎えるは重臣らしいおっさん達。司祭長、大神官、騎士団長と威圧感ある男達。皆が自分を値踏みする様に眺めている。そしてその中央段上に豪奢な二つの椅子。座って鷹揚に見下ろしているのは国王ギブスン・ジラ-ドと王妃レイオーネ・ジラードだろう。
ギブスン・ジラードは思ったよりも顔色が悪く、年寄り臭い風貌だった。しかし、その風格は流石なもので、近づくにつれて緊張が増していく。王妃が二十一歳と若いので対比でそう見えるのかもしれない。
王妃レオーネも顔色があまり良くない。病弱な夫婦なのだろうか。綺麗な顔なのだが、目だけが妙にギラついてるというか、熱い視線を向けてくるのでちょっと気味が悪い。
誘導の両脇の衛兵が止まったので一緒に立ち止まる。
進行役らしい男が声を張り上げる。
「これよりアーヤベエ・シッバイの審問を執り行う。ひかえよ!」
謁見と聞いてたんだが、審問になったらしい。やばそうな雰囲気が伝わってきた。リーダよ、やばい方だったぞ。ふふふ。
『先方の出方は大きく分けて二通りあります。神獣ラリアを復活させた賓客として遇そうとするか、それを認めず不法侵入者として裁こうとするか。後者の場合は特に門答に気をつけて下さい。くれぐれも短慮は起さぬよう』
リーダの警告を思い返しながら、とりあえず片膝をつき、頭を下げてかしこまる。
短慮ねえ。しませんよ短慮短慮。うふふ。
「問おう。貴公、アウヴィスタ神の使徒と名乗り、騒乱を起すべく我がオラリア王宮に忍び込んだこと相違ないな!」
「……違います」
「誰の許可を得て面を上げるか。つつしむが良い!」
顔を上げて返答したら怒鳴られた。仕方なくうつむきなおす。
「虚偽を行った場合は罪状が重くなることを忘れぬように。改めて聞く、使徒と名乗り、騒乱を起すべく我がオラリア王宮に忍び込んだこと相違ないな!」
「違います。俺は使徒なんかじゃない。そんなのになる気もない」
「各所から貴様は使徒と主張しているとの報告を受けている。ならばそれは虚偽だと申すか!」
誰だよ。俺は言ってないぞ。左横で笑みを崩さない司祭長ファーミィと、その横で渋い顔をしているカリフ大神官。あのあたりかな。
「勘違いじゃないでしょうか。そう呼んだ人もいますが、お……私は自分から名乗ったことも、認めたこともないです」
「……では、貴公は自分はアウヴィスタの使徒ではないと言うか!」
「そう言ってます」
なんか一々怒鳴らないと物を聞けないのかな。あのおじさん威圧してるつもりなのだろうけど、全然怖くないぜ。
使徒を否定すると妙に広間がざわついた。何人かが当てが外れたような顔をしてる。その線で話を進めるつもりだったのか。残念だったな、ふははは。
ファーミィ司祭長が一歩前にでる。
「発言をお許し下さい。この方はまぎれもなくアウヴィスタ神により使わされた使徒様に相違いありません。不幸にも未だ十分に御自覚が足りず、このような振る舞いをなさっておられます。しかして自覚された暁には使徒として大いなる使命を遂げられるでありましょう。わたくしヴィスタ司祭長ファーミィ・オマーンの名において保障致します」
「……とあるが、貴公はどうか」
「違います。そのおばちゃんは人の話を一切聞かないおかしな人です。それどころかこっちの仲間を殺そうとしやがった下衆野郎です」
「アーヤベエ・シッバイ! 言葉をつつしみたまえ!」
おっと、話してるうちに熱くなってしまった。野郎じゃないよな。ふはははは。
しかし、ファーミィの笑みは一向に崩れないか。本当腹の立つ女だ。
「では、何故王宮に忍び込み騒乱を起したのか。答えるがよい!」
「……私は踊ると魔法みたいなのが掛かるという、よくわからんスキルを持ってます。そこで、小さくなった神獣を回復できるかもしれないと思い忍び込んで治しました。騒動自体は力が戻って浮かれたあの馬鹿が暴れた所為なので俺は関係ありません」
「なっ……国宝たる神獣ラリアに対し、不敬であるぞ! ひかえるがいい」
無礼、ひかえよ。時代劇とかの定番台詞が降ってきた。しかし、言われて見ると理不尽な話である。聞かれたことに対して答えたのに、ひかえよと怒られるのだ。じゃあどうすればいいのだろうか。
「なんだその顔は! 無礼であるぞ!」
しまった。黙りはしたが、顔をあげたままだった。思いっきり嫌そうな顔をしてるのを指摘されてしまった。しかし困った顔は戻せない。なにせそのラリアをさっき迄部屋で罵ってたのだ。不敬も糞もあの野郎、稚児は幼い程愛しいとか言い出しやがって、とんだロリコン野郎だったのだ。ただの変態だ。
「ひかえぬか、痴れ者が! そちは礼儀も知らぬのか!」
「えーと……礼儀は実際よく知らないんですいません。私のいた国は王制じゃないので王様なんていないし、こんなところに呼ばれたこともないので、正直何がどう無礼なのかもさっぱり判らないんです」
「……っ!!」
あ、顔を真っ赤にして固まった。頭の片隅で想像のリーダとアンジェリカ王女が揃って頬に手を当てて青い顔をしている。
でも、知らないことに文句言われても困るよな。厳しいことをいうなら、せめて謁見前に作法くらい教えておいて欲しかった。
「アーヤベよ」
「……っ!、はい」
国王が声を掛けてきた。なる程、流石の威圧感だ。怖い。声が腹に響いて胸が押さえられるようだ。心臓が早鐘を叩き出した。落ち着け、呑まれるな。さっきまで威圧感に呑まれない様に、巨大なラリアと練習しただろが。あれに比べれば大したこと無い。現におっさんの怒声は怖くなかっただろ。そうだ。怖くない。怖くないぞ。ふははははは。
「では、そちは使徒にあらず只人である。神獣ラリアを回復させるためだけに、罪を犯す危険を顧みず忍び込んだ旅人というか」
「はい。そうです」
おし、声は震えていない。大丈夫だ。
「では、その罪は神獣ラリアの回復をもって許してやろう。これより汝を神官補に命じる。離宮にて神獣ラリアに仕えるが良い」
「……?」
広間が少しざわめいく。
理解するまで少し時間が掛かった。なんとこの国王、俺を仕官させてやると命令してきたのだ。
意図が判らず思い切り怪訝な表情で見上げてしまった。問責官の男がまた怒鳴ってくる。
「アーヤベエ・シッバイ、返答はどうした!」
「……嫌です」
広間が音も無くざわめく。何人かは蒼白に、何人かは怒りで真っ赤になった。各騎士団の長らしい厳つい男達の目が座る。それよりも脇に揃って並び立つ衛兵達の緊張感が増した方が気になる。
「な……なんとう不敬か! 国王陛下直々の任命を拒否するとは。恥を知るが良い! お主の様な一介の異人に名誉余りある大任であるぞ!」
「……いや、困ります。聞いてると思いますが、お……私は隣のレンテマリオ皇国のウリャウリャ大神殿に行き、自分の国に帰る途中です。急いでます。何処かに仕官するつもりも留まる気もないんです」
更に広間がざわめいた。不敬とか不遜とかいう言葉が飛び交う。いや、そりゃそうかもしれないが、だからといって頷く訳にはいかないだろ。ここで頷いといて、後で飛んで逃げていいのか。そもそも謁見が終わったら国から出て行くぞと言ってる奴が、王様の一声で仕官すると本気で思っているんだろうか。俺は何度も言った筈だぞ。もしかして国王まで話が通ってないのかな。
「正直、この話が終わったら直ぐにでもここを出て、国境東に向かうつもりでした。そう話してた筈ですよ。何を聞いてたんですか。別に褒美も罪状もいらないんで、とっとと帰らして欲しいんですけど……」
「ああああ、アーヤベエ・シッバイ、無礼であるぞ! ひかえるがよい!!」
え……どうすりゃ良いの俺。
更に広間がざわめく。重臣達は顔を見合わせ、ひそひそ非難の声を囁き合う。
ゴン……ゴン。
急に静まりかえった。国王が右拳の裏で王座の手すりを叩いたのだ。問責官の横の男が一歩前にでる。目付きが暗い癖に、妙に口元が緩んでいる男だった。
「それではアーヤベェ殿。貴方は我が国王の招致を拒否すると、こう申されるか」
「……はい。何度も言いますが、こっちは急いでます。正直それどころじゃないです」
……それどころってのは言い過ぎたかな。ちょっと冷や汗搔いて見返すと、その男は微笑みながら壁際に立つ衛兵達に向かって片手を上げる。両脇から衛兵達が駆け寄って来た。
「?……ったあ!」
黙って見ていたら、両手を捻られ床に捻じ伏せられた。顔を絨毯に押し付けられる。
(な……やばい?)
失敗したか。失敗したようだ。脳内のリーダとアンジェリカ王女がソレ見たことかと頭を抱えてる。じゃあ、さっきの場合どうすれば良かったんだ。ハイハイと膝をついて頷けば良かったのか。そんな訳にいかないだろう。こっちは受ける気はないんだから。
男は妙に耳障りの悪い声を、囁く様に問いかけながら歩いてくる。
「……どうも、貴方は勘違いをされているようだ。貴方は現在市井で騒がれる英雄ではなく、アウヴィスタの使徒でもないという。であるならば、貴方は只王宮に無断で忍び込み騒動を起した罪人に過ぎない」
「……」
「その罪を不問して下さるとおっしゃった偉大なる国陛下の恩赦に対し、不遜にも貴方は泥を返したのだ。本来なら即座に打ち首だというのに。なんという嘆かわしいことであるか! おお、ありえない!」
打ち首。その単語を聞いて心臓が跳ねる。実際この国の道中で、何度も晒し首を見た。初めて見た時は訳がわからず、後で気づいて吐いたものだ。しかし、こんな王宮で、しかも国王の前でするっていうのか。脅しじゃないのか。というか脅しだろう。わざわざ謁見の席を設けて、断ったら即斬首って流石に無いだろう。縄文時代かよ。
「しかし、我等は寛大だ。もう一度だけ機会を与えよう、き……」
「嫌です」
「……っ!」
男と同時に周囲が息を呑むのが判った。
……あ、あれ、やっぱり本気が入ってたのか。どうみても脅しだろうし、嫌味な話を聞くなんて、やってられないので速攻で言い返したんだが。ここは言葉のかけひきとかをすべきだったのか。でもこの手の奴が相手じゃあ、俺なんて五秒でやり込められちまうだろ。
男は急に苛立たしげに足を踏み鳴らし怒声を上げた。重臣の一人のくせに、堪え性がないらしい。
「なんという。なんという無知蒙昧な男だ! 私は悲しい! この様な男をこの栄光あるオラリア王宮に踏み入れさせたことが。醜悪な息を吐かせたことが! 我が国王陛下の御前に立たせたことが!」
なんかポーズを決めて叫んでるみたいだけど、絨毯に顔を押し付けられているので見えない。
「かくなるうえは、一刻も早くその首を討ち、淀んだこの広間を清浄にすべきであろうぞ」
「お待ちください。この方は間違いなくアウヴィスタ神の使徒様であります。御身を害するなど許されないことです。我等ヴィスタ神殿にてその身を預からせて頂きたいと申しあげます」
この声はファーミィ司祭長か。阿保か。どんなことがあっても絶対お前の下には行かないって言った筈だぞ。
「私からもお願いしたします。神獣王ラリアを復活せしめた者を害したとなれば、周辺国家に礼を欠いた蛮国と罵られましょうぞ。礼儀を知らぬ故の無礼を咎めるは小人の器量というものでしょう。ここは王者の器量を示し、浅慮を諫め導くべきでありましょうぞ」
この声はカリフ大神官だ。俺を弁護してくれている。
でも、なんか台本通りというか、寸劇に強制参加させられてるみたいだ。わざとらしいというか、阿保らしい。ここは話に乗っかって追従すべきなんだろうか。脳内のリーダとアンジェリカ王女が、両手を上げてなんか訴えているのでそうなんだろう。
「ふむ、ふむふむふむ。なる程、ファーミィ司祭長、カリフ大神官の言は確かに聞くべきものがあるでしょう。しかあし! 彼は未だ自分を使徒とは認めず、不遜な態度を改める様子もない! これはどうしたことでしょうか! 我が国の重臣たる御二人がここまで言葉を掛けて下さっているのに、彼は一向に態度を改める様子が無い。貴方達の慈悲さえも聞こうとしていないのです! ……ですが我々は寛容が今一度だけ機会を与えようと思います。さあ、アーヤベェ殿。貴方はご自分がなんであるとおっしゃるのかな。今更変節されて、自らは使徒であると云われ……」
「だから、使徒じゃないってば」
会場が静まりかえった。
脳内のリーダとアンジェリカ王女が悲鳴をあげている。認めるべきだったのか。でも嘘でもあの司祭長の言葉に乗る気はないぞ。言うことをコロコロ変える男の言葉は誰にも届かない。とはうちの爺ちゃんの言葉だ。至言だよな。
「なんという、なんという不遜な男か! ここまで我等が礼儀を尽くし手を差し出したというのに、その手を跳ね除けるという! 無礼千万といえましょう! もう既に問責の行為は汚されました。その責任を負うべきなのです!」
男が叫ぶと同時に脇に立つ兵士からカシャリと抜剣の音がする。
流石にぎょっとした。
(え、やばいか)
「無知蒙昧なる男よ。我らの手で誅されることを光栄に思うが良い!」
「お待ちください」「お待ちくだされ!」
ファーミィ司祭長とカリフ大神官の言葉も無視された。やばい、いや、いくならんでも謁見の間で殺すのか。嘘だろ。でも本気でやばいか。なんとか顔を持ち上げて王座を見上げる。国王ギブスン・ジラードと目が合った。
「――!」
ぞくりと背筋が泡立った。
国王ギブスン・ジラードは
この国を征服し、圧政を行い、数多くの民を殺し、混乱させ、国民の恨みを一身に浴びる狂王と呼ばれる王は。
薄く微笑んだのだ。
あの目は知っている。あれは嗜虐に酔う笑みだ。
や、ば、い。 本気だった。
衛兵二人に押さえつけられ、首に剣が当てられる。やばい。やばい。本当にやばい。甘く見過ぎた。
「さあ、後悔するのです!」
「――っ、 ラリアァ!」
瞬間、辺りが光に照らされる。
巨大な存在感が間近に出現し、肌がぞくりと泡立つ。周囲の者達が息を呑んで俺の脇に立つ存在を見上げる。今この瞬間、何が起きたのかを知ってるのは俺だけだ。神獣ラリアが空間を越えて現れたのだ。
「グオオオオオオオ!!」
ラリアが地響きとも思える咆哮を上げる。暴風が謁見の間を襲い、各所から悲鳴が上がる。窓ガラスが割れる音が続く。
俺を抑える力が無くなり、顔を上げた瞬間ぎょっとする。廻りには俺を抑えていた兵士達の上半身が転がってたのだ。俺を問い詰めていただろう男の首もある。辺り一体は血の海だった。
「ちょっ……!」
「ウォオオオオオオオオオオオオオ!!!」
振り向けば天井迄覆う程の巨大な姿でラリアがそびえ立っている。遥か高みにある目が怒りに燃えていた。こいつ腕の一振りで兵士達を殺しやがったのか。まさかここまでするとは。
謁見の間は大騒ぎになった。ラリアが怒っているのは誰の目にも明らか。重臣達は腰を抜かし、祈りを捧げる姿勢で震えている。衛兵達も槍を放り出し壁際で縮こまっている。騎士団長達だけは気丈にも立ったまま見返しているが、神獣に対し剣を抜けず固まっている。
神獣ラリアが更に一歩前に出た。向かう先は……王座だった。
「――まっ」
神獣ラリアが巨大な手を振り上げる。国王ギブスン・ジラードが初めて顔に恐怖を浮かべた。
「グオオツッ!」
「待て、このバカ!!」
遅かった。王座の椅子が砕ける音が謁見の間に響いた。
「……グルル……」
「――何やってんだ、このバカ! 殺すんじゃねえよ!」
神獣ラリアが不承不承という雰囲気で腕を戻す。しかし、もう遅い。王座は砕け、国王はその中の血溜まりに沈んでいる。途中でラリアが手を止めた為か、ぺしゃんこにはなっていないのが救いか。まだ、間に合うかもしれない。
国王のもとへ走り込む。
血だらけだ。首も手もおかしな方向を向いている。
辺りに悲鳴が飛び交った。王妃は腰を抜かして悲鳴を上げている。重臣達も同じだ。我に返った騎士団長が衛兵達に担架を持って来るよう叫ぶ。王妃が椅子から転げ落ちる。国王を見て奇声を上げた末に、恐怖のあまりか笑い出した。でも構っている暇は無い。
「どけ。俺が治す!」
間に合うか。助かるか。即【癒す女神のムスタッシュダンス】を踊り始める。
「ヒッ! ハッ! ヒッ! ハッ!」
「……な、なにをしておるか貴様」
おびえて脇に蹲っていた重臣の一人が声を掛けてくる。
それはそうだ。血溜まりに沈んだ自分達の国王の前で、治すと叫んで異様な踊りを始めているのだ。笑顔で奇声を上げて両手を上下、タップを踏み、腰を回す男。それは異常な光景だろう。
「フッ、フッハッ、フッハッ、フッハッハッ!」
「何をしておるのだと聞いておる。きき、聞いているのか」
「お前は、何をしているのだ!」
神獣ラリアが止まったことにより、威圧感が納まり自分達の使命に気づいた重臣の一人が問い詰めてくる。傍に寄ってきた騎士団長も、どう声を掛けるべきか戸惑っているようだ。しかし、こっちは喋れない。踊りを止める訳にはいかない。中断するとまた最初からやり直しだ。瀕死の状態なのに悠長に説明している暇は無いのだ。
「待つのじゃ、これぞ神獣ラリア様を復活させた神秘の舞なるぞ!」
神獣ラリア復活を直に見ていたカリフ爺さんが周囲を呼び止める。
「おおお……」
「これが……」
「なんと……」
「ヒッ! ハッ! ヒッ! ハッ! 」
「……こんなのが……」
「本当なのか………」
「あんなのでか……」
感嘆の声が、段々疑ぐりを隠せない不審なものに変わっていく。おおおっ、や、やめろお、そんな目で見るなあ!
「ヒッ! ハッ! ヒッ! ハッ! ハチュ! ハチュ! ハチュ! ハチュ!」
大きく足を踏みしめ、両手でハートマークを作り病人に向かって決めポーズ! そして脳裏にあの言葉が響く。
【癒しの女神のムスタッシュダンス】
国王ギブスン・ジラードは一命を取り止めた。
◇
「……それで、国王陛下は一命を取り止めた訳ですね」
「それは、なによりでした」
「おお、まったく焦ったよ。この糞ライオン、余計なことしやがって……」
神獣ラリアと共に貴賓室に戻って来た俺は、安否を心配していたリーダとアンジェリカ王女に、ことの顛末を説明していた。
今回の謁見において、自分達は事前に二つ対策をしていた。
まず場に呑まれない練習だ。神獣ラリアに部屋一杯に大きくなってもらい、こちらを威圧してもらった。相手は狂王ギブスン・ジラードとその重臣達だ。謁見の場で呑まれない様に、威圧感に慣れようとしたのだ。ラリア本人はよく判っていないようだったが、基本的に構ってもらえるのが嬉しいらしく協力してくれた。怒りを含めて声を荒げてもらい、その威圧感と恐怖に耐える練習はかなり心臓に悪いものだった。脇で控えていた二人もびびりまくりだった。姫さんなんかはこっそり後で下着を取り替えていたくらいだ。面白いのでからかってやろうとしたらリーダに尻をつねられたが。
おかけで問責官の怒声や、国王の迫力にも気を乱さずに済んだと思う。
「どころじゃないよなあ……」
いや、多分やり過ぎたのだろう。怒られて殺されそうになったということは、俺の対応に問題があったのだ。思い返すと我ながら煽り過ぎだったと思う。何度も聞き返されたのに即否定すりゃ喧嘩売ってるのと同じだ。そりゃあ怒るだろう。
どうも恐怖感が麻痺し過ぎて、おかしくなっていたようである。なんか、ふははとか笑ってたしな。練習のし過ぎで、ただでさえ足りないねじが一斉に緩んじまっていたのだ。
もうひとつの対策は、万が一接見が失敗した時の為に、神獣ラリアに助けに来てもらうよう頼んでいたのだ。
怖い連中と会うので、殺される可能性もある。助けに呼んだら来てくれないかと言ったら、了承するだけでなく我が排除してやろうかと言われたのには驚いた。相手は国王とその重臣なのにだ。
『神獣は自分達と意思を交わせる人間とよしみを結びます。彼等は国家ではなく個人と好誼を結ぶのです。それ故に神獣と好誼を交わした者達は、その庇護の元に国を興します。国王となった一族はその血を持って血族契約を交わし国家を存続させます。血が近い者は好誼を結びやすいですからね。王女殿下のトリスタ王国等も、この例に含まれます。兄様は好誼を結ぶだけでなく復活させるという神の御業まで行使されました。結果、このようにラリア様にはお傍においで頂けるようになっています』
別に俺は頼んじゃいないんだが。
まあそんな話で、危険になったら呼ぶので飛んで来て周囲を一括してくれと頼んでいた訳だ。強引な手にリーダは最初渋っていたが、最終的には身の安全を優先して賛成してくれた。まさか現れるなり、血の雨を降らすとは思わなかった。
俺を弄っていた男はどうでもいいが、役目で俺を抑えていた衛兵達には申し訳なく思う。ああ、俺も図太くなってきちまったな。嫌だなぁ、人の死に麻痺したくないよなあ。
「チ-ベェさまの御身を慮ってくださったのでしょう。ラリア様に対しては御礼を申し上げるべきです」
「いや、やり過ぎだよ。あやうく国王殺すところだったじゃねえかよ。そりゃあ、助けてくれたのは感謝してるけどさ」
『ふむ、もっと賞賛するが良いぞ』
「はいはい。どうもありがとうございました。助けていただいて感謝しておりますよ」
普通の獅子サイズに戻ってる神獣ラリアは、ペカペカ光りながら俺達の周囲を歩き回る。まるで切れかかった蛍光灯だ。スキップすんな。ライオンの姿で飛び跳ねられると、気になって仕方ないだろが。
見るとリーダがこれからを考え、頭を抱えてる。そのうち胃を押さえだしたらどうしよう。
「やっぱ、色々間違ったよな。スマン」
これなら御一人でという言葉を無視して、最初からラリアを連れて行った方が良かったかもしれない。少なくとも死人は出なかっただろう。
「……今回の謁見で、兄様は陛下達に対し『ラリア様は御自分の味方だ。我の邪魔をすれば陛下であろうと命はないぞ』と脅迫を迫ったことになります」
「ええ?」
ぎょっとしてリーダを見返すと、その横でアンジェリカ王女が気まずそうに頷いた。
「謁見の席で問責しようとしたところ、煽り返され激昂して処断しようとしてしまった。待ち構えたように神獣ラリア様が呼ばれ、陛下を含めて暴威を振るわれる。しかも、即座に瀕死の陛下を助けられて恩まできせられてしまった。彼等からすれば、問責しようとしたところやり返された。見事策に嵌められたと頭を抱えていることでしょう」
「うそおう……」
俺はただ身を守っただけだぞ。頭を抱えてんのはこっちだよ。なんで互いに抱え合ってるんだよ。
「とりあえず、こちらに方針の変更は無く、即時退去を求めていると改めて要求しましょう。先方の余計な詮索を少しは抑えられましょう」
「大丈夫かな」
「……先方の高圧な態度を封じられた。こちらが優位に立てたと今は考えましょう。こちら主導で、先方から譲歩を依頼してくるという形に話を誘導させたうえで、まとめなくてはなりませんね……ちょっと難しいでしょうが」
「すまんのう。迷惑かけて」
「い、いえ。とにかく、お役に立ててなによりです。御仕えがいがあります」
答えるリーダの顔が引き攣っている。後で飴のミルキーでも渡してご機嫌をとっておこう。でも、リーダにやると姫さんが羨ましそうにじーっと見つめてくるんだよなあ。 ……姫さん。そこで自分も何か役に立とうと、拳握ってきょろきょろしなくていいからね。
「しかし、少し困ったことになりましたね」
「そうだなぁ……まあ少なくとも、これで俺達に喧嘩売ってくる馬鹿はいなくなったんだろうが」
「どうでしょうか……これは無理にでも話をまとめ、早々に国外脱出を計るべきですね」
「なんで?」
聞き返したところで扉を叩く音が部屋に響く。取り次いだ侍女さんが慌ててこちらに駆けて来た。どうやら偉い人が来たようだ。
……なんと訪れて来たのは、王妃レイオーネ・ジラードだった。
◇
王妃は側近らしい女官と侍女を引き連れて三人のみでやって来た。
なんだろう。俺の無礼を責めに来たのか。それとも国王と一緒に殺されるところだったので、文句でも言いにきたんだろうか。そういうのはラリアに言って欲しいんだが。
王妃が進み出て、神獣ラリアを見て一礼するとラリアが鷹揚に頷く。後で聞いことだが既に交流があったらしい。王家の血筋による契約者だから復活後会いに行っていたそうだ。
王妃はリーダとアンジェリカ王女を見て、人払いを頼んで来たがこれは断る。リーダは今や俺の頭脳だ。彼女を外して謁見の席みたいな失敗をする訳にはいかない。流石に学習した。
断られるとは思わなかったのか、戸惑う王妃達。アンジェリカ王女達の方が逆に気を利かせて寝室に移動してくれた。もちろんリーダからは、何か要望を受けた場合は即答せず後日返答とするようにと耳元で囁かれている。控えの侍女達にも下がってもらい部屋には俺と王妃様、王妃の女官と侍女のみとなった。
「「……」」
王妃は出された紅茶を手に取ったが一向に飲もうとはしない。しばらく迷った様子で座っていたが、女官の勧めを受け、何やら決意をしたのか立ち上がった。そして、自分の傍近くまで駆け寄ってきて……なんと膝をついて両手を組み、上目使いにおねだりポーズをして来たのだ。
なに。なんなの。課金はしないよ。
「私はこの国の妃、レイオーネと申します」
「は、はい。知ってます」
「この度はアラヤベエ・シチマッタイ様にお願いがあって参りました」
「……ぶはっ!」
やばい。我ながら吹き出した。笑わせに来たのかこの人。あんたら本当にバリエーション豊富だな。何しちまったんだよ俺。
一度きょとんとした王妃だが、気を取り直したのか俺の太腿に細い指を載せてくる。
「――!」
ぞくりと刺激が走って驚く。女性の指は麻薬だ。指で太腿をなぞるだけで男を反応させる。緊張して構えたこちらに、王妃は思いがけない言葉を投げかけてくる。
「どうか、ギブスン・ジラードを倒し、我が夫となっていただけませんか」
「――――――はい?」
大薮新平は王妃レイオーネ・ジラードに求婚されたのだった。
次回タイトル:大薮新平 見よ王都で火の手が上がる




