17. 大薮新平 混迷する王都
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。出会った少女を従者に迎え、二人は東へと旅立つ。国の窮状を知り思い悩む新平に、リーダは神獣の復活を提案。一行は王宮に忍び込み神獣を復活させるが、逃亡途中で群集に囲まれてしまう。そして、その中に別れた筈の女騎士の姿を見つけるのだった。
服装は変わっていたが、その声と顔は間違いなくラディリアだった。トリスタ王国で出会ったアンジェリカ王女の近衛騎士、ラディリアだ。彼女は驚いて硬直する俺の顔を確認すると、声を張り上げた。
「チンペー殿だな! 私だ! ラディリア・オーガスタだ!」
「……なんで、あんたが」
「兄様、お知り合いですか」
「うひょう、すっげえ美人!」
デルタさんが愚弟を引っ叩く。
こっちが彼女の返事を待つ時間は無かった。
「捕まえろ!」「あいつだ!」「金貨だ!」
群集の中から声を上がったのを皮切りに、次々と人々が襲い掛かってきたのだ。
「ちいっ!」
「兄様!」
「ひいっ!」
「眠らせるっ! 持ちこたえろ!」
俺を庇って前に出る女傭兵デルタさんとリーダの後ろで【睡魔の踊り】を踊る。暗闇に灯りを手にした男達が血相を変えて襲い掛かって来る様はまるでゾンビ映画だ。うおおおっ! 怖いっ、ちびりそう! トッポが恐怖でしゃがみこむ。ちょっ、お前なにしてんだ。盾やってくれ。頼むっ、間に合え!
「待て、お前達っ! 駄目っ……チンペー殿!」
「おおっ! 来るんじゃねえっ! スゥリープウウッ!」
「「うおおぉぉ……」」
「だっ……くっ……」
飛び掛る手から逃れながら最後まで踊りきるのに成功。襲い掛かってきた連中が次々と意識を失い将棋倒しに倒れていく。慌てて皆で後ろに下がる。
「ま、間に合った!」
「た、助かったぁ」
「はあ、はあ……なんだってんだい、いったい」
「分かりません。みなさん御無事ですか」
リーダの言葉に皆が頷く。トッポ、そのポーズは……漏らしたか。怖かったよな。
襲い掛かって行った連中が次々と倒れたのを見て、群集達がどよめく。そうなのだ。顔を上げれば、まだ大勢残っている。
「っ、まだいるのかい」
「悪い、残した」
俺は咄嗟に襲い掛かって来る連中を対象にして眠らせた。だから襲い掛からず眺めていた連中は残ったままなのだ。
人々は暗がりに灯りを掲げている。暗くて目が合わせれるか判らないので、遠くの連中まで睡魔が利くか分からない。びびったようだし、ここは強引に突破すべきか。それとも今見える連中だけでも眠らせるべきか。ああくそっ、【睡魔の踊り】の残回数が心配だ。まだ回数持ったよな。
「なんじゃ、これは。いったい何事じゃあ!」
「げ!」
後ろの正門横の通用門から、カリフ大神官が出て来て声を荒げた。厄介な爺さんに追いつかれた。
「我が孫よ! これはどうしたことじゃ!」
「誰が孫だ! 俺の爺ちゃんは禿げてねえ! うちの家系はフサフサが自慢なんだよ!」
「その件は後で! カリフ様、それが、門前に出たところ、何故かこのように群集が我々を取り囲んで襲ってきたのです。そこで仕方なく兄様の舞踏で昏睡させたところです。怪我はさせておりませんのでご安心を」
「ぬうっ……どうしたことじゃ、これは」
倒れた人々を見渡して困惑するカリフ爺さんを余所に、デルタさんが近づいてきて声を潜める。
「左手の暗がりの通りから行けそうだよ」
確かに言われた辺りは人が少なそうだ。リーダに目配せをすると、彼女は頷き、懐から杖を取り出し詠唱を始める。
「万物に宿るマナの力よ、我が命のオドを介し現界に灯火を照らせっ……!」
向けた杖の先から真っ赤な火球が生まれ、前方の中空に浮き上がる。どよめきが広がって、火球の下の人垣が割れる。
「魔術だ」「火の玉だ!」「逃げろ!」
「行くよっ!」
火球は人々の上空を進み、建物にぶつかって弾けた。悲鳴と怒声が沸きあがる。
俺達は双剣を構えたデルタさんを先頭に、火球の下に走り込む。リーダが来ないと振り返ったら、魔術を使った反動でふらついていた。慌てて戻り、脇に抱えて走りだす。
「す、すいません」
「いや、助かった!」
「どきな! 死にたいのかい!」
暗がりに剣を閃かせ、立ち塞がる男達を蹴り飛ばして道を作るデルタさんの後を追う。
「火だ!」「魔道士だ!」「逃げるぞ!」「逃がすな!」
我に返った群集が、再び俺達を捕らえようと手を伸ばす。それを蹴飛ばし、掴む手を引き千切って前に進む。おお、怖ええっ!
「こりゃああ! 何処に行くか!」
後ろでカリフ爺さんが叫んでいるが、群集に呑まれてこっちに来れない。サラバ爺さん。フサフサになってから出直して来い。
「あっちだ」「そっちに行ったぞ!」「回り込め!」
あちこちの通りで声が飛び合う。逃げ切れるだろうか。そういえば、ラディリアはなんであそこに居たんだ。あの格好はなんだ。何が起きてる。というか、さっき一緒に眠らせちまった。スマン、ラディリアよ。
集団を突破し細道を走る。喧騒が追ってくる。
どこかの建物に入って、リーダを背負って瞬間移動で逃げるべきか。でもそれじゃあ、この傭兵姉弟を見捨てることになる。後ろにぴったり張り付いて走って来てるので姿を消すことも出来ない。眠らせるにしても次から次へと現れるので切りが無い。それに足を止めて来る相手を眠らせれば、残回数が切れたら時点で詰む。
考えがまとまるより先に、追っ手が目の前に現れた。
「現界に放て、紅蓮の炎よっ!」
リーダが俺に抱えられたまま杖を前方に振ると、火炎放射器の様に炎が吹き出る。慌てて悲鳴をあげてしゃがみ込む追っ手達。それをデルタさんとトッポが蹴り飛ばし、俺はその脇を駆け抜ける。うおお、蹴飛ばしたゴミの屑汁がズボンに掛かって臭ってきた。
「はあっ、はあっ……」
やばい、リーダが疲れてる。なんかさっきの炎も無理矢理出したって感じだったしな。皆も息を切らしてる。しかし追っ手は減ってない。このままじゃマズイ。
「広い道に出るか?」
「いけません。四方から襲われます。細道なら前方のみ突破すればいいのです」
それに横道という横道に人がいる。四方から喧騒が飛び交って、どこにどれだけ追っ手がいるのか判らない。畜生、ジリ貧だ。このままじゃ。
「明るいとこに出るよ!」
「止まりな! しまった、誘い込まれたよ!」
「なに?」
「うひゃあ!」
裏道から抜け出ると、そこは通りの交差する広場だった。群衆が囲む中に自分達は飛び出してしまったのだ。俺達を見て歓声を上げる群衆達。正面には明らかに武装した一団がいる。その姿は先程見たラディリアと同じだ。ヴィスタ神殿と思わしき法衣の下に、軽装の鎧を纏った女達。一体何なんだよあの連中は。なんで武装までしてる。
その先頭に立つ人物が前に出て来た。
「ここまです。ジンベイ殿!」
「?」
ぎょっとして、声の人物を見返す。
今の声。この声も知っている声だ。ラディリアと一緒にアンジェリカ王女の近衛として巡礼団に参加した女騎士。
「イリスカ……か?」
「兄様?」
「また美人だ!」
「エロしー様、知り合いかい?」
デルタさん、ちょっと今いいところなんだから、エロ司祭止めろ。
「ええ、私です。イリスカ・ヴェローチェ。オーヤッバイ・ジンベイ殿を御迎えに参りました」
奇抜な名前で俺を呼ぶイリスカ。喋りながら頭巾を取れば、夜闇に浮かぶ灯りに長い銀髪がきらめく。ラディリアと同じで、黙ってると人形の様な白い肌に整った顔、きらめく長い銀髪、丁寧で堅苦しい喋り方。間違いなくイリスカだ。
そうか。こいつは頭が良い。天馬騎士団で戦術を立てる副官補佐だったと聞いたことがある。ここに俺達を誘い込んだのはこいつの仕業か。おーヤッバイぞ、逃げれねえ。
「超美人!」
トッポうるせえ。
視界の端で、トッポが姉に尻を蹴飛ばされる。
「……迎えだって?」
「もちろんです。探しましたよ」
「……ちょっと待てよ」
リーダを地面に降ろす。後ろからも追っ手が追いついてきて、周囲が囲まれた。既に逃げ場は無い。
しかし、この集団は一体なんだ。良く見ればどう見ても只の町人の男女。こいつらはたぶん俺の手配書の賞金目当ての一般人だろう。街の衛兵達も混じっている。そして正面には見知らぬ格好の上に武装したイリスカ。
「何だよ、これは」
「何とは?」
「決まってるだろうが! この馬鹿騒ぎだよ! なんで俺達、殺されそうになってんだよ!」
「違います。それは……、貴方が逃げるからでっ」
苦々しそうに顔を歪めるイリスカ。
「阿保か! こんな大勢で襲ってきたら逃げるに決まってるだろうが! なんだこいつらは! この人数は!」
「違うのです! この方達と違い、我々はあなたを保護しようとっ……」
「どこが保護だ! こっちは死にそうな目にあってるだろうが!」
「それはっ……!」
横にいる一般人らしい男達は、既に話に聞き飽きたのか今にも襲い掛かってきそうだ。ヤバイ、こいつら全然統制がとれてない。
「なんだ、エセ兄ちゃんの女なのか。凄え美人じゃんか!」
「痴話喧嘩だったのかいエロしー様。だったら、とっととかまして説得しておくれ!」
「ちげえっ!」
トッポの頭を引っ叩く。イリスカ、なんでそこでお前も固まる。赤くなってんじゃねえ。
そこへ――
「兄様!」
「静まれ者共!」
「これは何事だ!」
右手の大通り側から騎馬の一団が現れた。今度は何だ。また違う連中か。
騎馬隊の怒声に一般人達がおびえて人垣が割れる。馬に乗ってるので威圧感が凄いのだ。騎馬隊の連中は、人数も多く鎧姿に槍を構え完全武装だった。
「――王宮騎士団です」
囁いたリーダの言葉に俺達は身震いする。王宮と王都を守る騎士団まで出てきやがった。ヴィルダス団長達反乱軍と敵対する騎士団。王都の守りを担う精鋭の軍隊だ。
「静まれ!」
「武器を捨てよ!」
騎士団の登場で一般人達はおびえて下がり始めたが、イリスカの集団だけは一歩も後ろに引かない。
「お待ち下さい。我々はヴィスタ神殿の憲兵団ジャンダルメーヤです。この度はそこにいる男性を保護すべく部隊を展開しております」
「貴様等がこの騒ぎの首謀者か!」
「違います。一般の方々は我々が呼び集めた者ではありません!」
イリスカの弁明にも騎士団の男は耳を貸さず、声高に怒鳴り返している。 ……ここは、今のうちに双方眠らせて逃げるべきか。イリスカまでがここにいる理由を知りたいが、まずはこっちの安全確保が第一だ。悪いがイリスタ達も一緒に眠らせちまおう。
「待って下さい。弓兵がいます」
ぎょっとして騎士団を見直せば、弓を取り出して既に手を掛けている騎士が数人いる。下手に動いたら射られそうだ。
「……くそっ」
「なんなんだい、この状況は」
「うう……もう駄目なんかなあ」
「王宮騎士団を害するのはいけません、彼等を害することになれば大事になります。ここを無事逃げおおせたとしても、追っ手は大規模になるでしょう」
リーダの言葉で動けなくなった。くそ、どうする。逃げれないぞ。このまま捕まるのか。それって誰にだ。
「其処の者達! お前等も武器を捨てよ!」
「動くでない!」
しまった。こっちの警戒を感じて命令してきやがった。流石精鋭、目敏いじゃないか。どうする。俺は関係ないがデルタさんの武器やリーダの杖を取り上げられたらこの先マズイ。いや、後から召還すればいいのか。しかし、逃げてる最中が手ブラになるぞ。
「どうした! 早くしろ! 反抗すれば、ただでは済まさんぞ貴様等!」
「お待ち下さい、彼等は!」
「貴様も黙れ!」
イリスカの声にも怒鳴り返す。なんだこいつら、精鋭の癖に短気過ぎる。まるで何かに焦っているようじゃないか。
騎士数名がこちらに弓を向けてきた。マズイ、マズいぞ。動いた瞬間に射られそうなくらい殺気立ってる。これじゃおどけて睡魔の踊りにもっていくことが出来ない。
「――?」
ふいに周辺が明るくなった。それどころか周囲一帯の空気が変わった。ぞわりと背筋に怖気が走る。
まだ何か起きたのか。なんだ。もう沢山だ。勘弁しろ。
俺達も、王宮騎士団も、イリスカ達ヴィスタ神殿の集団、街の衛兵、賞金目当ての都民、野次馬。全員が空を見上げ――息を呑む。
黄金に光り輝く神獣ラリアが、空に浮かびこちらを見下ろしていた。
◇
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
神獣ラリアの雄叫びに、その場にいた全員が震え上がった。雄叫びは轟音となって建物と地面を震わせ、その場に存在する者全てを威圧する。人々は頭を抱えてしゃがみこみ、腰を抜かして悲鳴を上げる。騎士団の騎馬達は全て怯えて倒れこみ、馬上から次々と騎士達が転がり落ちた。
「うわあああっ!」
「ひいいっ!」
半端じゃない威圧感だ。こっちも身体がすくんで動けない。
神獣ラリアがゆっくりと降下してくる。この場に降りてくるつもりなのだ。直下にいる人々が悲鳴をあげて逃げ出す。泣き叫んで引き摺られている人さえいる始末だ。
「なんでこんな時に……」
「まさか……」
リーダの呟きに答える様に、神獣ラリアが地上に舞い降りた。改めて見てもでかい。前足のひとつが、大人が手を広げたより太いのだ。頭は遥か上にある。高さだけでも十mは軽く越えるだろう。
いつの間にやら人々は、次々と平伏して頭を地面に摺りつけていた。王宮騎士団の連中まで平伏してる。神獣の威圧というやつだろうか。人間は圧倒的な存在に出会うと本能的に平伏すると、親父から聞いたことがある。親父にとってはそれが怒った時の祖母ちゃんだったらしいが。
気づけばリーダも膝をついている。傭兵姉弟も膝をつき頭を垂れている。しかし俺だけは動かず、立ちすくんで見上げたままだ。何故か。それはこの神獣が明らかに俺を見ているからだ。俺に会いに、ここに来たのが分かった。だから動けない。
『存じたぞ。其処の人の子よ。お主が我を治したのだな』
例によって、自分にだけは神獣の言葉が翻訳され、日本語で聞こえている。
肺腑に響く声だ。周囲の人々には嘶きとしか聞こえないようで、悲鳴をあげ震えている。自分も思わず膝をつきそうになったが、なんとか耐えられる。何故ならこの気配は天馬王トリスと同じで、その前に何度も身を晒した経験があるからだ。
そしてもうひとつはこの言葉である。相変わらず分かり難い言葉使いなのだが、田舎者っぽいなまりを感じるので、逆に話をすると緊張感がほぐれていくのだ。
「あー……そうだ。俺が治した」
『であるな。その神気。新たな使徒と見るや如何に』
「悪い。天馬王トリスにもそう言われたけど、正直自分じゃ分かんねえ。自覚もねえんだ」
『ふっ、あの様に若輩な浅薄者に解ろうものか』
……なんか鼻で笑ったぞこいつ。獅子のくせに。もしかして、神獣同士って仲悪いのだろうか。
『礼を下そう。よく力を貸してくれた。あのままでは幾万の時を待つ必要があった』
「別にいいよ。この国が少し良くなればと思ってやっただけだし」
『構わぬ。褒美を下賜してやろう。直望を許そうぞ』
やっぱり微秒に話が通じないな。なんか偉そうに褒美を取らせようとか言い始めた。さっきまで玉だったくせに。
「えー……というか、あんた正直邪魔なんだけど、とっとと帰ってくれないか?」
『…………ぬ』
いきなり左足が凄い力で捕まれた。見ればリーダが震えながら進言してくる。
「いいいっ……いけません兄様。神獣ラリアに礼を逸してはなりません」
どうも、自分の口調がまずかったらしい。でもこの連中って敬語に煩くないぞ。天馬王も一度も文句言わなかったしな。というか、会話が成り立たない相手なので、話せば話すほど敬語使う気が失せてくるんだけど。
「えー……悪かったデス。こっちは今、逃げ出してる最中なんデス。囲まれて、さあどうしようって時にあんたが降りてきまして、正直今あんたに構ってる場合じゃないんデス」
『如何に去る必要があろうものか。我が御前であるぞ』
「いや、だからさぁ……」
痛痛痛っ、リーダ握力強いって。俺の足を握り潰すつもりか。抗議の目を向けたら真っ青な顔で首を振ってる。涙目で訴えてる。見れば傭兵姉弟も神獣と平気で話す俺にびびっている。周囲でこっそり顔を上げた連中も、神獣と話している俺を怯えた顔で注目しているようだ。あ、あれ。
「わたっ……私の言葉をラリア様にお伝え願いますか」
「お、おう」
リーダがなんか必死だ。お前が喋るとヤバいから替われと顔に書いてある。ここは従った方が良さそうか。でも俺、伝言ゲームって苦手なんだけどな。小学生の時俺のところで変になるって、クラスの女子に泣かれた事があるし。
「ラ、ラリア様が身隠れになった後の事です」
「あー、あんたが負けた後の事なんだけどさ」
リーダ、何故速攻でそんな絶望した顔をする。あ、合ってるだろ。これでも駄目なの?
「我が国は隣国ドーマに敗戦し、あの時より十二トゥン(十二年)が経ちました」
「この国は負けて十二トゥンが経ってる」
「国の祭司たる王は一人を除き全て害されました」
「この国の王族は一人残してみんな殺されちまった」
「今は隣国の王の一人がこの国を制し、政を行っています」
「今は隣国の王族が国王になっちまってる」
そこまで話したところで、いきなりラリアは天頂向かって吠え立てた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
悲鳴が飛び交う。様子を伺っていた周囲の人々が、更に地面に頭をこすり付け縮こまる。あーこれは慟哭だな。自分が負けた所為で国が負けたのを知ったんだからそりゃあショックだろう。気持ちは分かる。でも晒し首や火炙りなど、悲惨な光景を見てきた自分からすれば、正直お前が負けた所為だろがという気持ちもあるので、同情しきれない。さっきまで建物壊して飛び回り、偉そうに威張っているので、ちょっと懲らしめてやりたい気分になってきた。
『なんという、なんということか! 驚倒であるぞ!』
おい、倒れるなよ。俺達ぺしゃんこになるぞ。
「兄様。貴方様が身隠れになった事により、大地の恵みが失われ民が苦しんでおります。我等は貴方様に御力を取り戻していただこうと、敵地となったこの地に忍び助力に参った次第です」
「……あんたが死んじゃったから、土地の収穫が減っちまって国民が困ってんだ。だから俺達はあんたを復活できないかと、この王宮に忍び込んだんだよ」
『……』
「そんで、あんたが無事復活して皆が大騒ぎになってるうちに逃げ出そうとしてたら、当のあんたがここに来ちまったんだ。おかげで、逃げれなくなっちまったじゃねえかよ」
『何故去る必要があるか』
「?」
『我はこうして力を取り戻した! 何を臆することがあろうか! 此度より我の来光の時ぞ! これより敵を打ち破り、彼の地に攻め入り、彼奴を撃ち滅ぼして新たな政を奉げるが良い!』
……おいおい。
「リーダ、なんかこれからドーマに攻め入って滅ぼしてやればいいとか言ってるぞ、こいつ」
「ぴゃっ!」
リーダが更に真っ青になった。もう青を越えて白い。
「い、諌めて、お止めして下さい。今から戦火が起これば、とんでもない事態となります」
そうだろな。俺にもこいつは暴走してる様に見える。いきなり体力全快で復活したんで、ハイになってるんじゃないだろか。
「それは勘弁してくれ。もう十年以上経ってて、この国の頭は皆あっちの国の連中になっちまってるんだぞ。あんたが攻め入っても誰もついて行かねえよ。そんなに兵も残ってねえ。仮にあんただけが勝っても、向こうもこっちもめちゃくちゃになって、一面焼け野原にあんただけ残ることになるぞ」
「ウィッ……ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」
神獣ラリアが更にデカく吠えて、衝撃で地面が揺れる。伏せている人々の各所から悲鳴が上がった。どこかで壁が崩れる音まで聞こえてきた。
『なんという……なんということか……』
「あのさ……悪いんだけど、もう少し静かにしてくんない。皆怯えてるし、あんたの声で今にも建物とか崩れそうなんだよ」
「この兄ちゃん、大物過ぎる。神獣様相手に容赦ない……」
いやトッポ、そう言うけどさ。左端の方で平伏してる数人が恐怖か何かで痙攣してんだ。正直さっきから目に入ってて、気になって仕方がないんだよ。
「ウオオオオォ……」
神獣が力なく呻くと何故かどんどん小さくしぼみ始めた。漫画みたいというか、風船がしぼむみたいだった。光もどんどん弱まり、最終的には普通のライオン並みの大きさになる。
「なんだよ、小さくなれるんじゃねえか」
となると、さっきまでデカイ図体でいたのは、やっぱり力が戻ってはしゃいでいたってことなんか。迷惑な奴だな。
光が納まったと同時に、漂う威圧感も減ったようだ。平伏した人々が顔をあげて様子を見だした。広場に立っているのは自分だけで、その前にラリアが頭を垂れるように座り込んでる。
……なんか指をさして拝んだり、平伏しなおす奴がいるんだが、それは神獣にだよな。俺と目が合うんだが俺にじゃないよな。
「うおおおお! 神獣王ラリア様よ。このようなところにおわすとは!」
人垣を掻き分けてラリアの足元にジャンピング土下座をかましたのは、王宮門で別れたカリフ爺さんだ。爺さん多彩な芸を持ってる。
「グロロロ……」
本人は全然見向きもしないで、落ち込んでる最中だけどな。
「これはどうしたことだ!」
「者共、道を開けよ!」
「どけるが良い!」
「なんだ、あそこに居るのは……ラリア様なのか」
「なんだと!」
また新たな王宮騎士団だ。更に増援が来たのか。
気がつけば辺り一面に明かりが灯っていた。寝入った王都の住人達も起き出してこちらを伺っているのだろう。そりゃあ、こんだけ騒ぎになれば起きるってもんである。
周囲は一面人だかりで、皆が俺達と神獣に注目している。威圧感が減った為か、遠くで眺めている連中が我に返りはじめたようだ。神獣ラリアの復活を実感したのか、次第に興奮しだして、万歳を唱え始め、歓声が伝播していく。
「神獣様だ!」「ラリア様だ!」「御復活されたのだ!」「なんということか!」
気がつけばそこら中で「ラリア万歳!」「復活万歳!」と歓声が上がりだした。
あれ、マズイぞ。こうなると簡単に逃げ出せそうに無い。なにせ当の神獣は、さっきから途方にくれたようにじっと俺を見つめているのだ。俺達が逃げると絶対ついてきそうなのである。
「これは……無理そうですね。一度捕まってから、瞬間移動する舞で逃げ出すしかないようです」
リーダが逃亡を諦める進言をしてくる。それを聞いた傭兵姉弟も肩を落とした。
「まいったねこりゃ」
「俺達どうなんのぉ……」
俺も大きく溜息を吐く。
新平一行は王都騒乱の容疑で、王宮地下牢に連行される事になった。
次回タイトル:大薮新平 天敵接見
また王宮にド○ドナされることになりました。




