16. 大薮新平 神獣と舞う
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。出会った少女を従者に迎え、二人は東に旅立つ。そこで新平は自分が指名手配されてることを知り、傭兵姉弟を雇うことになる。国の窮状を知り思い悩む新平に、リーダは神獣の復活を提案。一行は王宮に忍び込み神獣の眠る離宮へと辿り着いた。
意外と小さな神殿だった。トリスタ王国の離宮は、湖畔の横に屋根と柱だけの建物が立ち並び、その一棟に天馬王トリスがいたが、ここは一見普通の神殿。屋根も壁もある建屋だ。あの中に神獣がいるのだろうか。
まず近くの物陰に潜んで神殿正門を探る。
「さて、どうするね」
神殿前には警備の兵士が二人立っていた。正面の扉も閉まっている。あれでは姿を消したまま進入という訳にはいかない。
神殿前は広く開けてもいるので、隠れながら近づいて不意をつくのも難しいだろう。他の建物からは距離が離れてはいるが、あまり騒ぎを起こしたくもない。殺人等は論外だ。
「……兄様。お願いできますか」
「まかせろ。 ……付いてくんなよ」
リーダも自分と同じで、踊りで片付けるのが早いと思ったのだろう。
【失笑と失影のサイレントターン】のポーズを解除して降ろしてもらい、一度皆を見回して深呼吸してから立ち上がる。大丈夫、今まで散々やったパターンだ。危機感を感じさせないように一人で向かうこと。武器を持っていないことを知らしめること。ならべく呆気にとられるような馬鹿っぽい対話をすること。
近づいていくと兵士達が俺に気がついた。
「待て。止まれ!」
「はい。止まります! そして、あなた達を称える踊りを見せて来いと言われました」
「「……は?」」
「ハーッ! スゴイゾ、スゴイゾ! シュッ、シュッ、シュッ」
兵士達に予想外の言葉を返して速攻踊りを始める。 ……三、四、五。
「スゥリィィイプ!」
「お……」「う……?」
崩れ落ちる兵士達。
「ふう……」
戦いはいつも空しい。例え後ろで仲間達が呆れた様な、疲れた様な半笑いの顔で固まっていたとしても……
一人で黄昏ていると、デルタさんにさっさと兵士を隠すの手伝えと尻を蹴り飛ばされた。
建物の中は明るかった。かなりのランプが掛けられているようである。大きさは教会の礼拝堂より少し大きいくらい。 ……奥から声が聞こえる。読経? 違うな。誰かが祈りを捧げているのだ。
「ちっ、誰かいるね」
「神官が復活を祈願し、交代で祈りを捧げているのでしょう」
「交代って……一日中か?」
「はい。神獣の復活は、加護を失ったこの国において、何よりも優先すべきことでしょうから」
「すっげー……疲れないのかな」
だから交代なんだろうトッポよ。
近づくと一人の神官が神殿奥の祭壇みたいな場所に向かって、膝をついて祈りを捧げていた。大柄な男である。明かりを照り返す禿頭で年寄りだと判る。
「どうする」
「殺害はなるべく……」
「……分かった」
今度はデルタさんがゆっくり忍び足で近づき。首を締め落とそうと背後から飛び掛かった。
「!……ぬおっ!」
「なっ!?」
突如デルタさんがFRY HIGH。宙に舞い上がった。 ……いや違った。飛び掛ったデルタさんの首根っ子を掴んで、宙に放り投げたのだ。とんでもない膂力と反射神経である。
「姉ちゃん!?」
「やばっ!」
呆けるトッポの首を掴んで一緒に飛び退る。やばいぞあのハゲ。めっちゃ強い。こっちに来たら瞬殺される。
「ぐっ……ちいっ!」
受身に失敗しながらも反転して飛び掛ったデルタさんに対し、なんと神官は足元に置いていた大振りな杖を掴み、逆に殴りかかった。
「何奴か!」
「とおっ!」
「痴れ者め! ここを神聖なるラリア様の寝所と知っての狼藉か!」
「ちっ……!」
反射的にデルタさんが双剣を抜き出して迫る杖を弾き返す。しかし男は怯まず更に踏み込んで攻め立てる。凄い。あのデルタさんを押してる。しかも良く見たらアレってかなりの爺さんだ。
「姉ちゃん!」
「ちっ、嬢ちゃん無理だ。本気で倒すよ!」
「なっ……待って。お待ち下さい! カリフ様!」
リーダの叫び声で神官の爺さんが飛び下がってこちらを見返す。え、知り合いか。
「お待ち下さい。私です。ルーベ神殿のイェフィルリーダ・アルタ・ルーベンバルグです。乱暴をお詫びいたします。どうか杖をおさめ話を聞いて下さいませ!」
「……ルーベの、イェフィルリーダじゃと?」
カリフと呼ばれた爺さんが、ぎょろりとしたデカい目玉でこっちを凝視した。
「……と、この様な事情で、我々は神獣ラリア様の復活を成す為にこちらに忍んで参りました」
「ふうむ……このような小僧がのう……」
祭壇前に円を描く様に座って皆で顔を付き合わせる。
この爺さんの名はカリフ・マラーティと言って、神獣ラリアに仕える神殿のトップ。大神官らしい。神獣没後に神官達が交代で復活への祈りを捧げており、今晩はこの爺さんが当番だったとのこと。年寄りのくせに随分と大柄で覇気に溢れ、顔も声もでかいゴリラのような爺さんである。リーダとは彼女が幼少時に数回会ったことがあるそうだ。互いによく覚えているものだ。
「ごらんの通り此の方は神気としか思えない気を纏っておられます。それは御覧いただけますよね」
「ふうむ……これが神気のう。たしかにラリア様と似ておるようじゃが……」
「そしてアウヴィスタ神の御力を顕現させたとしか思えない巨大な力を行使されます。隣国では神獣トリス様と語り、使徒と認められたと」
「何故そのような御仁が、このようなところへ忍んで来るのじゃ」
「それはこの国の現状と、この方がトリスタから来られたからです。後はカリフ様のご想像通りかと」
「うむ……」
隣国トリスタとこの国は絶縁状態にある。それを察してくれということだろう。頭の良い者同士はみなまで説明しないでも勝手に想像してくれるから話が楽だ。
「だからと言って、どのような影響が起きるか判らぬ魔術を勝手に行わせる訳にはいかぬの」
「そこをどうか。この国と民と大地の為と」
リーダと姉弟の母を重症から治した実績を話すが、実際に自分が見た訳ではないので信じられぬとカリフ爺さんは渋る。仕方なく適当な踊りを見せて説得する羽目に。
一番害が無く、残回数もある【失笑と失影のサイレントターン】で一度姿を消して現れようとしたところ『何をするのか判らぬのに目が離せるものか』と怒鳴られた。短気な爺さんである。面倒だ。もう【睡魔の踊り】で眠らせちまおう。
「ハッ! ハッ! フッ! ハッ!」
踊りの冒頭で、自分が眠らせるつもりだと察知したデルタさんがニヤリと微笑み、トッポが呆れ、リーダが慌てる。しかし。もう遅い。もう終わ……
「ふざけているのか貴様!」
「ぐほあっ!」
……殴り飛ばされた。
「痛え……なっ……」
「兄様!」
「なんじゃ今のは! そのような魔術等ありはせぬわ! わしを年寄りとして愚弄するつもりか!」
「違います! この方は我々の与り知らぬ未知の魔術として、舞踏にて魔術を行使されるのです」
転がった自分にリーダがしがみついて、カリフ爺さんに言い返す。
俺の踊りには今迄色々な反応をする者がいた。驚く者、呆れる者、笑い出す者。そして、いつかは現れるだろうと思っていた怒る者が現れた。まさかそれが爺さんで、速攻殴られるとは思わなかったが。
「その様な魔術聞いたこともないわ!」
「先程申しました! 此の方は見たことのない異郷の魔術をされると! それがあの舞踏なのです」
「舞踏? あれが舞踏だというのか。 下町の娘子の方がよほど優雅に踊りよるわ!」
思わず頷きそうになったが、納得してしまう訳にはいかない。
「仕方ねえだろが、こっちだって好きでこんな踊りになってんじゃねえよ」
「なんと! どのような門派に属する者かはしらぬが、神聖な御前にてなんという不敬をしたか分かっておるのか、この痴れ者が!」
「うるせえよ! 一度頷いた癖に、結果も見ないで殴りかかってくるんじゃねえよ! そっちこそ筋が通ってねえだろうが!」
「に、兄様」
「なんだと、言いよるかこの若僧が! 」
怒り出した爺さんというのは、一旦体力が切れるまで怒鳴らせるのが良策とは分かっている。でも、殴られた以上は黙っていられなかった。
「聞くぞ爺! 知らない流派の魔術を見て、自分が気に入らなかったら殴り飛ばすのが、この神殿のやり方か!」
「ぬうっ?」
「いきなり殴ったことを謝まるってのは後だ。まずは最後まで目玉ほじくって最後まで見やがれってんだよ!」
「抜かしよるか、小僧! ならばそのふざけた舞を、もう一度踊ってみせい!」
飛び上がって爺さんの正面に移動、再び踊り始める。
半身を向け、両手を円を描くように広げ小刻みにステップを踏む。
(くそ、くそ、見てろ爺い!)
横の姉弟とリーダが目をぱちくりとさせる。そう、今度のは皆にも見せたことの無い踊りだ。誘導が来た。叫ぶぞ。
「ジャジャーン! そう、私は知っているーっ! 貴方が本当は誰よりも高潔な神官であることをーっ! 誰よりも神獣ラリア様を敬愛しーっ、真摯に御復活を望み日夜励んでいることをーっ!」
「?」「……?」
訳の判らないことを喋べってヨイショし始めた自分に、皆が目を点にする。喧嘩越しだったのに、いきなりベタ褒めされるのだ。そりゃあ爺さんも眉を顰めている。しかし、これでいいのだ。見てやがれ爺。これが魅了、チャームの踊りだ。【親愛なる魅惑のタンゴ】をくらって糞黙りやがれ!
「おおお! この様な道理の判る若人に会うたのは初めてじゃあ! なんという導き会わせじゃろう!!」
「ちょっ、近い、近い。掴むな! 離れろって爺さん!」
昂奮した爺さんが抱きついてくるので必死に引き剥がす。やばい、効き過ぎた。『貴方の孤独や苦しみは判ります。大変ですね』という内容を、思い浮かぶままに話して煽てたら、涙を流して喜ばれ、懐かれてしまった。感情の起伏が激しい爺さんである。マズイ。この爺さん力が強い。引き剥がせない。うおお……加齢臭がきつい。
ドン引くリーダと姉弟に何をしたか説明したら、こっちにもドン引かれた。
「魅了の魔術う?」
「怖っ、あんた、もうあたしに近寄るんじゃないよ」
「リ、リーダ……」
「ええと……自業自得かと」
見捨てられた。
なんとか爺さんを引き剥がし、神獣ラリアの眠る壇上に向かう。やばい。本番前に疲れきってしまった。ええと……これか。
壇上にはそれっぽい綺麗な台座に、手の平大の金色の玉が淡い光を持って鎮座している。おお……。生きてるな。光が少し脈動してるぞ。ニワトリの卵の内部映像みたいに、玉の内で熱が動き、その中で何かが蠢いているのが判る。一見してまんま光る卵だ。
本当に効くんかいなと思いつつ、息を整え【癒す女神のムスタッシュダンス】のポーズ。
「またアレやるのか……ぷっ」
「笑うんじゃないよ馬鹿。 ……くっ」
「おお!! 我がラリア様の復活の時じゃあああ! 励め、唸れ、轟け若人よ! 見事復活を果たした暁には、我が孫との婚姻を考えてやろうぞ!」
「え、ええと……頑張って下さいね兄様!」
後ろのギャラリーがとっても煩くて、緊張感がガリガリと削られてく。もう、とっとと済まそう。
王宮内が侵入者捜索で大騒ぎになってる中、神殿内の台座に置かれた小さな玉を相手に、珍妙な踊りを舞うという異様な光景が始まった。
「ヒッ! ハッ! ヒッ! ハッ!」
(な、なんだれっ)
踊りだしてすぐに戸惑った。いつもと勝手が違うのだ。身体が玉に引っ張られるような。違う、自分の身体から何かが抜けて、向こうに流れてるみたいな感覚がある。
「ヒッ! ハッ! ヒッ! ハッ! ハチュ! ハチュ! ハチュ! ハチュ!」
足踏みしながらも身体が引っ張られ、滑って転びそうになる。うおお、なんか内臓持って行かれてるみたいで気持ち悪い。
――ドクン!
(わ、なんかヤバイ)
玉が鼓動を打っている。力が流れて繋がっている所為か、俺にもそれが分かる。
――ドクン、ドクッ!
(力が抜ける。やばい)
――ドクン、ドクッ! ドクン!
(持っていかれるぞ。耐えろ、耐えろっ)
気がつけば玉は台座から溢れ、見上げる程に大きくなって鼓動を繰り返していた。
「おおお! ラリア様よ! 御顕現あれ!」
後ろで爺さんが狂喜して叫んでる。うるせえ爺さん。こっちはそれどころじゃない! 引っ張られる。くそ、負けるか! 大きく足を踏みしめ、両手でハートマークを作り心臓に当てて決めポーズ! 脳裏にいつもの言葉が響く。
(いけっ!!)
【癒しの女神のムスタッシュダンス】
――ドクンッッ!!
円球が光輝くと同時に、大きく膨れ上がった。
「うおっ!?」
最後に何かが大きく抜け出てすっ転んだ。同時に球体が裂けて光が溢れ出る。眩しいっ、やばい、潰される?
身構える間もなく、膨らんだ光が俺を通り抜け神殿内を覆い尽くす。いや、これは神殿内にも納まりきらない。
「うわあああっ!」
「おおおっ! ラリアよ!」
「ちょっ! 何だい!?」
轟音が響き渡る。おそらく神殿の屋根が吹き飛んだのだ。自分達は巨大になった光の下にいるので怪我はなかったが、瓦礫や石材が周囲に落ちてくるのが分かる。慌てて丸くなって、必死に弾け飛ぶ石材から身を守る。ちょっと、やばい、痛い。怖い。
「「うわあああっ!」」
「ひいっ!」
「おおおお!」
一分か、二分か。どれだけ経過したか分からない。ようやく光が収まってきた。すると眼前に二本の巨大な柱があった。違う。これ、足か。なんだこれ。見上げる。振り向く。後ろにも足。四足? 巨大な四足の獣の腹の下に俺はいるのか。
「リーダ! ラリアってどんな姿なんだ?」
「獅子です!」
「――はあっ?」
「うおおおっ! ラリア様よっ! 偉大なる黄金の大獅子よ! 今此処に復活の時でありまするぞ!」
「グオオオオオオオオオオオオ!!」
神殿内が振動する。頭と耳と腹に轟音が響いた。地震か。いや、違う。このでかい獣が吼えたんだ。蘇ったのだ。
神獣ラリアが復活したんだ。
神獣ラリアと呼ばれる巨大な黄金の獅子が、雄叫びを上げて空に舞い上がっていく。例によって重力を無視した映画みたいな飛び方である。お前ら助走って知らないのか。大事なんだぞ、元陸上部の俺の話をちょっと聞け。
「下がりなっ! 集まるんだ!」
「うわあっ、姉ちゃん、姉ちゃん!」
「兄様!」
「おおおおお! やったぞ! やったのだ! ラリア様が御復活されたのだ! うわははははは!」
空に手を広げ大声ではしゃぐ爺さんを放って、俺達は降ってくる瓦礫を避けながら集まる。
「大丈夫ですか、兄様! やりましたよ!」
「ああっ、やったなエロしー様。おまえさん凄いよ!」
「うわあっ、怖い、怖いよ!」
「つかデカイって! なんだよアレは!」
この建物よりデカかった。天馬王トリスなんて普通の馬より二回り大きいくらいだったのに、なんであいつはあんなにデカイんだ。危うく皆揃って踏み潰されるところだった。
「判りません。恐らくあれがラリア本来の姿なのかと!」
「なんだ、それ」
「ラリアはこの地に顕現されて十五バクチュ(六千年)以上経っています。多くの戦によって力が減されてきましたが、これが本来バクチュを越す神獣の姿なのでしょう」
「すっげー…… 光ってる。かっけー!」
トッポは頭上で光りながら吠えている神獣を眺めてる。
「そんな話は後だよ! 兵が集まってくる! ずらかるよ!」
「「そうだ、忘れてた!」」
トッポと二人揃ってデルタさんに叩かれた。
「急ぐよ!」
天屋根が抜けたので、どんどん壁が崩れてくる。床もひび割れたのでここで姿を消したら抱えて走れない。仕方なく神殿の外まで一緒に走る。上空では神獣ラリアが雄叫びをあげなら空を飛び回っているようだ。復活した歓喜の舞いというところだろうか。それにしてもデカイ。空に浮かんでいるので縮尺を間違えそうになるが、全長なら三十mは越えるだろう。そんなのが金ピカに光りながら雄叫びをあげて飛び回ってるのだ。雄叫びはもう騒音レベル。建物を震わせ地上の人間の肺腑に響き渡っている。あれはもう大怪獣だ。王宮の方からも戸惑いと叫び声がひっきりなしに上がってる。大騒ぎになってるようだ。
「しめた! この騒ぎに乗じて逃げるよ」
デルタさんの意見に皆が頷く。当初の計画ではどこかの建屋に隠れて、一晩やり過ごすつもりだったのだが、ここまで大騒ぎになってるとなれば好機である。誰もがこんなところに何時までもいたくない。
しかし、走ってる最中に後ろから声が飛んきた。
「こりゃああ! 何処へ行くのか。我等が恩人よ! 我が孫よ!」
カリフ爺さんが走って追いかけて来た。早い。誰だよ孫って。もしかしなくても俺か。俺を指してるのか。どこでそんな話になった。魅了の効果よ早く切れてくれ。
「逃げるに決まってんだろ! 俺達ゃ忍び込んで来たんだぞ!」
「そのようなもの、このラリア様の御復活によって免罪されるにきまっておろうが! 罪状を問う者がおれば、わしが説いてくれようぞ!」
「いけません。最終的にそうなったとしても、無断で王宮内に侵入したことに変わりないのです。間違いなく投獄され、過酷な尋問を受けます」
当然信じるのはリーダの弁だ。全員一瞬もスピードを緩めずひた走る。
「というか、邪魔だ爺さん! あんたがいたら消えれねえだろうが!」
姿を消す【失笑と失影のサイレントターン】は他人が見ていたら掛けられない。このまま進めば王宮の廊下で兵士達と出くわしてしまう。
「何を言う。この様な偉大な功績を成し遂げた者達を黙って帰す訳にはいかぬ! それにお主には我が孫の婿になってくれなくてはならぬのじゃあ!」
「勝手に決めんな!」
「入るよ!」
開け放たれていた扉を抜け、王宮の建屋に飛び込む。中は思っていた通り兵士達が大騒ぎだ。空を見て驚く者、呆ける者、揺れる地面に恐怖してうずくまる者。これ幸いとその横を皆で走り抜けるが、当然気づいて誰何する兵士達もいる。
「待て! 何者だ貴様達は」
舌打ちして襲い掛かろうとするデルタさんを制し、眠らせてしまうべく踊りを構える。しかし後方から怒声が飛んできた。
「何とはなんじゃ! この者達こそあの神獣ラリア様を復活された我が孫と、その客人であるぞ!」
カリフ爺さんが堂々と怒鳴りつけたので、兵士は逆にびびって敬礼を返した。デルタさんがそれを見てニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「トッポ!」
「あいよ!」
デルタさんとトッポが爺さんの両腕を抱えて前面に押し出して走り出す。そうか、この爺さんを盾にして突破だ。リーダと二人でその後を追う。
「兄様説得を!」
「爺さん! とりあえず王宮前まで一緒に頼む! 俺達は捕まったら尋問を受ける。そんなのに付き合ってる時間はねえんだ!」
「ぬううっ! なんということだ! ならばこのまま、わしの邸宅まで来るが良い!」
「いけません、カリフ様。貴方がここを離れたら、天空におわす神獣ラリア様を誰がお世話するというのですか」
「ぬおおお! そうであった!」
阿保だこの爺さん。いや【親愛なる魅惑のタンゴ】で魅了された影響でハイになってるのだろう。頼むリーダ、上手く誤魔化してくれ。
「落ち着いたら必ず御自宅に伺います。今はどうか私達の退去にご協力下さい」
「なんと、忙しないことよ!」
なし崩しに協力を取り付けた。カリフ爺さんに近道を聞き、先導させて駆け抜ける。トリスタ王国でもそうだったが、夜間の巡回の兵士は階級の低い平兵士だ。問い詰めてくる兵達もいたが全てカリフ爺さんの一括でびびるのでそのまま横をすり抜けられた。助かった。この爺さん王宮内ではそれなりに顔が知れているようだぞ。そりゃあ大神官なんだから当たり前か。
思っていたより遥かに早く、王宮の玄関前へ戻って来た。
正門大扉は当然夜で閉まっている。横の通用門を守る門兵にカリフ爺さんが怒鳴りつけている間に、デルタさんが勝手に扉を開けて滑り込む。しめたとばかりに続いて兵士横を擦り抜ける。このままずらかるのだ。さらば爺さん。魅了を掛けたのは悪かったが、俺も殴られたからそれでチャラとしてくれ。正気に戻った後で罪に問われるかもしれないが、大神官という地位から無事に済むことを祈っている。
「出たよ!」
「やったぜ!」
「やりました!」
「おっしゃあ!」
王宮外の正門前に出た。無事脱出した喜びで、皆の顔が歓喜に溢れる。しかし――
「出て来たぞ!」
「「うおおおお!」」
王宮前は人だかりで溢れていた。人々が手に掲げた灯りで辺りは昼間のように明るい。まるで刑事ドラマで建物から出て来たところを、警官隊に囲まれライトを浴びせられた感じだ。
「……え?」
「……なんだい?」
「これは……?」
俺達は正門前の広場で立ち止まり、辺りを見回して呆然とする。
……囲まれてる。なんだこいつらは。なんだこの人数は。軽く二百人以上はいるぞ。
「待ち伏せかい?」
デルタさんの言葉にぎょっとする。そうだ。こいつら皆、俺達を見ている。
「あいつだ!」「あいつだ!」「間違いない!」「手配の男だ!」
俺を指差す者達がいる。知っているのだ。俺を見ている。ということは、手配書の俺を探す賞金目当ての連中なのか。
リーダが俺の外套を戻して隠そうとするがもう遅い。見つけたぞとの声が辺り一帯に広がっていく。
「いったいどうして……」
リーダの呟きにハッとする。
そうだ。こいつらは待ち伏せていた。何故俺達がここに出てくるのを知っているんだ。まるで、俺達が王宮に忍び込むのを知っていたかのようじゃないか。そんなことはありえない。この計画はここにいる四人しか知らないし、成功しなかったらここに戻ってくることも出来なかったのだ。
「どうするね?」
身構えたデルタさんが苦い声で伺いを立てる。腕利きの傭兵デルタさんでも相手がこれ程大勢じゃ戦いにならない。
暗がりに浮かぶ群衆に裂け目は見当たらない。突破しようにも突っ込むには人が多過ぎだ。ならば踊りだ。注目されているなら逆にチャンス。睡魔の踊りで眠らせ切り崩すんだ。
一歩前に出て、踊りの構えをとる。誰かが動き出す前にこっちから専制して倒す。俺が身構えたのを見て、デルタさん達も意を汲んで身構える。
しかし、その時――
「チンペー殿!!」
「――!?」
どきりと心臓が跳ねた。リーダと傭兵姉弟が硬直した自分を急かすが、それどころじゃない。
(――なんだって?)
俺はこの声を知ってる。この声を忘れない。何度も聞いた声。何度文句を言っても直らなかった呼び名。この世界で俺の名前を初めて呼んで、しっかり間違えた最初の人。
(馬鹿な、なんでこんなところで!)
彼女がこんなところに居る筈が無い。こんな場所で会う筈が無いのだ。
見回す。
どこだ。どこに居る。違う。違う。あいつでもない。俺をあの名で呼ぶ奴は、この世界で一人しかいない。
――あれだ。
自分が知っている何時もの鎧姿ではなかった。ヴィスタ神殿のと思わしき法衣の下に、軽装の鎧を纏った女性の一団。
その先頭に立つ女性が、更に一歩前に出て声を張り上げた。
「チンペー殿だな! 私だ!」
トリスタ王国で出会い、逃避行を共にし巡礼団にも同行。最後まで一緒に旅をした女性。その巨乳は掌から溢れるほど大きく、堅物で融通が利かなく、一方で友人の命の危機に、頭を下げて頼みにくる女。すませば精巧な蝋人形の様に整った顔でいて、意外と短気で怒りっぽく、何度と無く俺を叱りつけた金髪美女。
トリスタ森林王国、第三王女アンジェリカの近衛たる女騎士、ラディリア・オーガスタが何故か其処に立っていた。
次回タイトル:大薮新平 混迷する王都
別れた仲間と敵で再会? 定番ですね。




