15. 大薮新平 王都潜入
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。王国の反乱軍に救われ、仲間に誘われるも新平は拒否。出会った少女を従者に迎え、二人は東に旅立った。そこで新平は自分が国内で指名手配されてることを知り、傭兵の姉弟を雇うことにする。国の窮状を聞いて思い悩む新平にリーダはひとつの提案を出すのだった。
「ひとつ考えがあります。身隠れになった神獣ラリア様を、兄様が復活させるのです」
リーダの案に自分を含む傭兵姉弟も息を呑んだ。
「神獣ラリア様が身隠れされた為、土地が痩せ衰えました。逆に言えばラリア様が復活すれば大地の力が戻り、収穫が期待できるようになります。西で広がっている砂漠化も戻り、神獣の加護により魔獣の跳梁も軽減されます。これは国民にとって大きな救いとなるでしょう」
横で聞いていたデルタさんの表情が改まった。
「確かに土地の力だけ復活しても、この国の政体が変わらなければ搾取される量が増えるだけです。しかし、十の収穫を搾取され一残るのと、百の収穫を搾取され十残るのでは後者の方が助かる者が多い道理です。国の崩壊自体は止められませんが、速度を緩める事はできます。各地に潜む反乱軍も力を蓄えることが出来るでしょう。また、大地の実りが戻った事により、安定した収益が見込めると知れば、ドーマからの統治の方針転換指示があるやもしれません」
トッポの顔に喜色が沸く。
「一度倒れた神獣が復活するのは数百トゥン(年)以上掛かると云われています。そこまではとてもこの国は持ちません。兄様の癒しの魔術にて復活すれば、少なくとも早年起こりうる崩壊は止められます」
「いや、ちょっと待て。復活って……アレでか?」
「はい。あの治療の舞です」
「あれって神獣相手に効くのか?」
リーダ本人がアレで助かったからって、誰にでも効くとは限らない。自分でやっといてなんだが、俺自身があの珍妙な踊りを信じきれていないのだ。なにせ踊り終わった時もMPが抜けた。達成した。という感触が何も無いのだ。毎回サイコロをひっくり返してるというか、蹴飛ばしてゾロ目が出てるだけな気がしてる。
「兄様の舞にはマナの動きが見られません。つまりマナに働きかけない魔術なのです。これは本来魔術ではありえません。それなのにあの様に強力な現象が起こせるのは、おそらく神の御力が現界に顕現されているのだと思います。魅了、姿消し、召喚、瞬間移動。どれも現状の魔術体系に無い強力なものです。兄様が神の御力を御自分の身体を通して行使されているのだとすれば、神獣をも癒せる可能性は高いと思います」
物理法則も理屈も無視して、手足を失った人間の身体が元に戻る。精神まで復調する。確かに神の創造の力が働いてると考えれば説明ができる。なんでもありだなコレと思っていたのも、創造神たる神の力が働いているとなれば説明出来てしまう。
「いや……でも本当か?」
あんなキテレコな踊りの裏で神の力が動いてる? しかもそれが、あのおっかない神獣相手に効くという。
「残念ながら確信はありません。ただ、あの『本来あるべき姿に戻す』という効果であれば十分に可能性はあると思います」
いや、その『本来あるべき姿に戻す』ってのは、俺が勝手に想像してるだけだし。
「その予想が正しいことは私がこの身で立証済みです。私は兄様に治療された折、昔の怪我が治っただけでなく身長も伸びていました。これはあの治療の魔術が単に治すという効果だけではなく『その人物がその年齢で成長した本来の姿に治す』という兄様の仮説を裏付けているといえます」
「え? 伸びて無いじゃん」
「伸びたのです! 少し!」
「そっか……伸びてそれなんだ。すまん」
貧しくて成長不良を起こしてるから小さいと思ってた。というか、測る程に身長を気にしてたんだな。
「……っ!」
あれ、謝ったのにリーダの表情が引き攣った。余計な事を言ったようだ。
「確かにちっちゃいね」
「ちっちゃいよね」
「そこ、うるさいです!」
姉弟にまでツッこまれてリーダが切れた。珍しい。本筋から離れると判っているのに、言い返さずにはいられなかったらしい。
「というか、神獣って死んだんじゃないのか。あの踊りは【癒し】だから死人に聞かない筈だ。治せるのかな?」
「神獣は神々が直接生み出した不死の存在で死滅する事はありません。ただし、同じ神獣や神器等により大きな負傷を受けると、掌くらいの小さな御玉となってしまうと言われています。その状態では本来の力を発揮出来ず、納める土地の加護は消えてしまいます。彼等はその状態で神気を蓄え心身を癒すのです。一度その状態になると、復活するには数百トゥン(年)以上掛かると云われています」
成る程、大怪我すると小さくなって力を蓄えるのか。なんかゲームみたいな話だが、それなら踊りの効果で あるべき姿に戻る=無理矢理復活というのも理解できる。手足が無くなった人間が戻るのだから、力を失った奴だって同じだろうという話だ。
「……わかった。やろう」
「本当によろしいのですか。かなり大変な道程となりますが」
「もう決めた」
自分は反乱軍に加われない。殺し合いに巻き込まれるのもごめんだ。それでもこの国の窮状を少しでもなんとかしたいと思う。今迄見てきた光景はそれ程に酷過ぎた。このまま無視して去るのはきつい。自分に出来る、自分にしか出来ないことがあるならしておきたいと思う。
「兄様はお急ぎの身。今回のことに関われば、更に大神殿への到着が遅れますが」
「……っ、良い。もう決めた」
「わかりました。その決断に感謝致します」
畜生。言ってしまった以上、もう引けない。クリオ達の為だ。割り切ろう。ちょっと行って復活させて、直ぐに東への旅を再開しよう。うん、今度こそ割り切ろう。うん。畜生め。
「リーダは……」
「提案したのは私です。もちろんお手伝いします。国民の一人として、この窮状を救うお手伝いができるのは栄誉あることです」
「そっか。悪いな」
「とんでもありません」
腹を据えたらお腹が減っているのに気づき食事を再開する。リーダが微笑みながらデルタさんに話しを振る。
「デルタさん。このように我々は予定を変更することになりました。出来ましたら門を出るのは北門からとしたいのですが」
「あー、ごめんな。予定勝手に変えて」
「……それはいいけどさ、良いのかい。二人だけで、どうやって神獣ラリアの御所まで行くつもりだい」
「え、あの魔術を見せれば神官達だって一発で通してくれるんじゃないの?」
「トッポ、この子達はなんで人目を避けて逃げてると思ってんだい。指名手配されてるのを忘れたのかい」
「あ、そうか」
「あの姿を消して忍び込む方法だよな」
「はい。それが一番有効でしょう」
リーダが頷く。見込みが無ければこの子は提案してこなかっただろう。トリスタ王国の城で、警備兵を眠らせて城外に逃げ出した話とか、姿を消して逃げ回ったという道中の話を何度かしている。それから勝算ありとして提案してきたのだろう。
「まー……なんとかなるか……なれば良いけどなぁ」
建物内から逃げ出すのは大丈夫だった。入るのもなんとかなると思いたい。自信の無い顔をしているとリーダに苦笑いされる。
「そうですね。二人で行くのは流石に心許ないです。ここは国状に憂える勇士にお力添えをお願いしたいところですが」
「その勇士なら心当たりがあるんだけど、どうさね」
「そうですね。しかし、残った路銀も心許無く、無償でお手伝いして頂く方がどちらに居られないものかと」
「……?」
なんだ? 金ならあるだろうに、何を言ってるんだろ。口に物が詰まってるから今はツッこめないが。
「それはちょっと欲張り過ぎないかい。逃げ隠れする今迄とは訳が違うんだ。危険手当として倍を出してもバチは当たらないと思うよ」
「ああ、ですが先程も申しましたように我々は力があっても限られた資金で許される時間も無い身です。真の勇士ならばこの国の窮状を聞けば必ずや無償の愛と勇気を持ってお力を貸して下さると信じております。さすれば神獣を救った英雄として後世までその栄誉は称えられることでしょうに」
「いや……しかし、いくら憂国の勇士だってね――」
「もぐ……一緒に来んのか?」
「おいら行く! 手伝う! 神獣様が助かって皆が豊かになるんなら俺、何だってするよ!」
「トッポ! 台無しにするんじゃない!」
「兄様!」
「「おわっ」」
二人揃って怒られた。なんだろう。下手な寸劇が始まったようで、見ててポカーンとしてしまったんだが。邪魔しちゃ駄目だったんだろうか。
トッポと二人で顔を見合わせて首をかしげたら、デルタさんとリーダが肩を落とした。
結局、苦虫を噛み潰した様な表情で二人が金額交渉を再開し、日当銀貨五枚で折り合いがついた。
そこまでは良かった。
そこまでは。
交渉を台無しにされたリーダは、少し苦い顔をしてたが。
希望が見えたことにより皆の食欲も刺激されて、皆で大いに飲んで食べる。自分も気分が良くなっていた。
「それでリーダ、その神獣って何処にいるんだ」
「王都です」
ぶほおっ!
口の中の物を全部吹いた。
「……!!」
慌ててリーダを見返せば彼女はニッコリと微笑む。
「神獣ラリアの住まう離宮は王都の王宮内にあります」
「!!っ……嘘」
「この様なことで冗談など申しません」
「嘘おっ!」
「そして、この国のヴィスタ神殿の本殿も同じく王都に存在します」
「ちょっ、待てい!」
「兄様の決断に二言はないと信じております。歴史に残る様なこの偉業にお手伝いできるなど私は幸運です」
「いやお前、なんか意地悪になってない? ちっちゃいとか話し合いを台無しにしたこととか、怒ってんのか?」
「とんでもない。国民の一人として兄様の勇気に心より感謝を申しあげます」
「うおお……」
あまりの事実に頭を抱える。
そういえばトリスタ王国の天馬王トリスも王宮内の離宮に住んでいたのだった。俺達、これからこの国の王宮に忍び込むのかよ。
こうして俺達は、敵地のど真ん中かもしれない王都に向かうことになった。
◇
王都へ入るのには結構苦労した。
流石に王都だけあって検問の警備も厳重だ。全員顔を晒して確認しているというので変装だけでは心配。【失笑と失影のサイレントターン】を使って、リーダと一緒に馬車内に姿を消して隠れ、デルタさんが応対して検問を抜ける。
あまりにも厳重な警備なので、これが普通なのかと聞けばデルタさんも異常だという。リーダが反乱軍が暗躍し警戒を高めている可能性を指摘したが、彼女が街中で聞き込んできた話によれば違ったらしい。
俺を捜しているというのだ。
何故か王都で大人気らしい。サインでも書いて配れば売れるのだろうか。
しかし、これは一体どういう事だろう。デルタさん達を雇ってから自分達は誰にも見つかっていない。最後に見つかったラィールの街から王都は二十キン(日)近く歩いた距離だ。普通に考えれば手配された人間が手配元の王都に来るなんて思う筈が無い。
なのに王都では、まるで俺が居るのが判っているかのように捜索が大規模に展開されているという。
自分と似た顔の誰かがうろついているのではと疑ったが違うようだ。何故なら俺と同行していることで目をつけられたらしく、リーダの手配板まで一緒に張り出されているのだ。恐らくデルタさんを雇う前に二人で逃げていた時の情報からだろう。奴らが探しているのは間違いなく俺達だ。一体どうなってんだ。
「まるで私達がここに来るのが判っていた様な感じですね」
リーダの言葉に身震いする。捕まったらどんな目にあうか分からない。
でも此処まで来て計画を止める気も無い。デルタさん達に神獣の様子や居場所を調べてもらうと、思った通り神獣ラリアの離宮は王宮内だそうだ。しかし、詳しい場所迄は判らなかった。王宮内なんて誰も入ったことが無いからだ。
トリスタ王国の時は王宮奥の空中庭園といわれたところに離宮があって、そこの湖畔の庭園に天馬王トリスが居た。今回も同じ様な感じではないだろうか。そう伝えると三人が驚いた顔で振り返る。
「実際に会ったことがある様な口振りだね」
「兄様、もしや天馬王トリスに拝謁されたことがあるのですか?」
そういえばリーダにも天馬王との絡みは話してなかった。姉弟二人にはトリスタのことさえ、ろくに話してない。ここまで来たんだからもう隠すこともないだろう。話しておこう。
「天馬王とお話をされたのですか?」
「エロ司祭様、トリスタの王宮で過ごしてたって?」
「すげえ! すげえ人だったんだなエセ兄ちゃん、どんな美味い物食ったんだ?」
デルタさん、エロ司祭は止めて。俺あんたに何かしたの。そしてトッポは蹴り飛ばしておこう。
神獣ってもなあ。実際に話は出来ても常識が違う為か、ろくに会話が成り立たない相手だったけどな。まあ今回その神獣も弱って玉になってるんだから話すことはないだろう。
出来れば王宮の見取り図とか欲しいところだが、地元民でもない傭兵デルタさんは今回伝手が無い。金を使って情報屋とかを探そうとしたのだが、一傭兵がそんな連中を探すには、かなりの伝手と時間をかけて辿っていく必要があるとの事。
自分は思い立ったら即行動のタイプだ。そんなの待っていられない。今迄と同じく姿を消す【失笑と失影のサイレントターン】を使って明日にでも忍び込めば大丈夫だろうと提案するが全員に軽率過ぎると怒られた。更には、王都街での自分達の捜索は厳しく、街中の警戒も厳重だ。あの姿を消す踊りは凄いものだが、ちょっと動いたり建物にぶつかったりすると解けてしまうので頼り過ぎるのは危険だといさめてくる。トッポ等は王都の広さと王宮の大きさにすっかりびびってしまい留守番してるとか言い出した。来てくれないと姿を消した俺の身体を運んでくれる人がいなくなるので皆で宥めすかす。
結局、潜入準備として王宮内の建屋の配置くらいは調べようということになった。王宮の門を通過するのは姿を消せば簡単だが、王宮内で延々うろつく訳にはいかないだろうからだ。
それから数日は一歩も外に出ず部屋の中に篭って隠れる。宿は大部屋を取ってもらった。後から姿を消して入り込んだので宿の連中には自分は気づかれていない筈だ。それでも一度ならずも、宿に憲兵が確認に来た。なんと一軒一軒宿を確認しているのだ。姿を消してやり過ごしたが、かなり捜索は大規模なのが判った。建物がボロいので誰か来たのを確認したら速攻姿を消して隠れるので気が休まらない。【失笑と失影のサイレントターン】の使用残回数がガンガン減っていくのも気になる。
そうして十日程経ってようやく王宮の簡単な見取り図を入手。残念ながら離宮の位置までは記載されていなかったが、待ちきれない俺は即潜入を提案。篭っているのも限界かということでリーダと姉弟も頷いた。
◇
決行は夕刻過ぎで王宮の正面門が閉じる少し前だ。これは日中より夜の方が王宮内の人も減っているだろうとの判断からだ。正門前の物陰で【失笑と失影のサイレントターン】を踊って姿を消す。上半身をデルタさん。下半身をトッポが持ってリーダが先導しながら進む。ここに来るまで散々やった定番である。まず城壁正面門と王宮正門を簡単に通過。
「見つかったらどうなんのかな?」
「まあ、縛り首は間違いないね」
「ひいっ!」
おい、姉ちゃん驚かすな。トッポがびびって俺を落としたら姿消しが解けるじゃねえか。
「覚悟決めなトッポ。国を救う男になるんだろう」
「ううぅ……」
「トッポ様、貴方の協力無しにして事は成しえません。頼りにしていますね」
「ふえ? は、はい。おいら頑張るよっ」
おい小僧、リーダに変な色気を向けるな。兄様として許さんぞ。
王宮内をひたすら奥に進む。俺を掴んだ腕を通じて姉弟がかなり緊張しているのが伝わってくる。既に慣れた行為の筈だが、見回りの兵が歩いてくると、認識されていないと分かっていても、息を止めて歩き去るのを待ってしまう程だ。途中、階段の角で俺の掌がぶつかって姿隠しが解けた。落下。驚愕。踊り直す羽目となって皆で大慌て。うおお、びっくりした。四人全員が無言で大騒ぎするので、昔のサイレント映画みたいになってしまった。
これが逃亡なら睡魔の踊りを使いまくって眠らせて逃げるところだが、今回は潜入なのでそうもいかない。休憩しようにも姿を消している最中はドアを掴めないので、閉まっている部屋に潜むこともできない。
長い廊下から広大な中庭が見えたので降りて神獣の離宮を探してみる。しかし、周囲には見当たらない。
「見当たらないね」
「もっと奥なのかな?」
「兄様、分かりますか?」
そう聞かれても真横に抱えられ空を見上げている自分の視界は悪い。第一【失笑と失影のサイレントターン】をしている最中は喋れない。目だけを左右に振ってNOを示すが、流石のリーダも解析してくれなかった。
改めて俺を抱え直し、長廊下に戻って奥に進む。物陰を見つけて俺を降ろして相談の再開だ。
「兄様、分かりますか?」
「えーと……悪いがさっぱりだな。建物の形が全然違う。でも普通は奥にある筈だから一度一番奥迄行ってみるってのはどうだ?」
「エセ兄ちゃん……」
「相変わらず大雑把だね、エロしー様」
だって入手した見取り図には神獣の離宮は明記されていなかったじゃないか。幾つかある庭園に見当をつけて進むしかないだろう。
「というか、そのエロしー様って止めてくんない?」
「フッ、だってあたしがこう、上半身抱えて頭が胸にあたる度にすんごい嬉しそうに鼻の下伸ばすじゃないか。ねえエロ司祭様」
「ちょ、ちょちょっ。変なこと言うなよ。ちち違うぞ、濡れ衣だ。二人とも変な目で見んな」
「「……」」
リーダ、その溜息は止めろ。呆れた時の俺の姉ちゃんを思い出す。
「おいらが代わって上半身持とうか?」
「あんたじゃ背と力が足りないよ。仕方ない。母さんを助けて貰った恩もあるしサービスするさね」
「兄様」
「ちちち、違っ……どうも、すいません」
咄嗟に誤魔化そうとしたが、全員の目を見てどう足掻いても無駄だと理解した。もう素直に謝っておこう。ついでに、意図せずセクハラしてるデルタさんにも謝っておこう。
「ごちそうさまです」
何故か三人が吹き出した。口元に手を当て必死に声を出して笑うのを堪えた後、顔を真っ赤にしたデルタさんに引っ叩かれた。何が悪かったんだろか。
「でも、兄様のおっしゃることにも一理あります。無駄に徘徊するより、一度奥を目指しませんか」
「トリスタの王宮は奥の庭園に離宮があった。たぶんこっちも庭みたいな広い場所に建物が建ってるんじゃないかな」
「庭や広場を探しましょう。ここは中門の中庭でしょうから、この廊下を真っ直ぐ進み奥殿に入りましょうか」
「……おい、誰かいるのか?」
「「「「!」」」」
立ち上がって速攻踊る。両手を大きく広げ、足を交差、アヒル口でスピンターン! そして素早く両手を屈伸! 脳裏に踊りの言葉が響く。
【失笑と失影のサイレントターン】
すぐ後に警備の兵が顔を覗かせたが、既に自分達は半透明になって彼からは見えない。
「……気のせいか?」
「どうした?」
「いや……話し声が聞こえたんだが……気のせいか」
あたりを見回した兵は首を傾げて戻っていく。しばらくして俺以外が揃って息を吐く。危なかった。
「もう大丈夫なようだね。まったく息が抜けないね」
「助かったあ……」
「兄様。お見事です」
我ながら反射的に踊るようになった自分が悲しい。日本に帰った後でパブロフで踊ったりしないだろうか凄く心配だ。
再び自分を抱えて王宮奥へ進む。
前方から巡回の兵士が二名やって来たので立ち止まってやり過ごす。しかし、運の悪い事に自分達の立っていた場所が、兵士の巡回範囲の端だったらしく真横で反転しやがった。眼前で槍が振られ、トッポは驚いて俺の下半身を落としてしまう。
「うわあっ?」
「バカッ!」
「っ! な、なんだお前ら!? 何処から!」
突然現れた侵入者に兵士達が驚きの声を上げる。とにかく応援を呼ばれてはマズイ。俺を放り出したデルタさんが、飛び掛って回し蹴りで一人を蹴り飛ばすが頑丈な鎧越しで気絶させるまではいかなかった。リーダの魔術詠唱は時間が掛かるし、トッポは腰を抜かしている。
「こっち見ろ!」
飛び上がって叫び、兵士達と視線を合わせる。そして速攻踊りだす。
「「?」」
よし、あっけに取られてる。我に返った一人が懐から笛を取り出そうとするのでデルタさんが飛び掛る。もう一人にはリーダが詠唱途中の杖を向けてびびらせた。良し、間に合った。
「スゥリィィイプ!」
糸が切れるように崩れ落ちる兵士達。
「……はー……焦った」
「助かったよ。随分手馴れてるじゃないか」
腕の良い傭兵に褒められたのが、誇らしいと同時に少し悲しい。まあ一応ここは胸を張っておこうか。
「ただのエロ司祭様じゃなかったんだね」
「すいません。そろそろ勘弁してください」
リーダ、無言で肩をすくめんな。フォローしてくれ。
「ホラ立ちな、トッポ。もうびびるんじゃないよ」
「うう……ゴメン。みんな」
「まあ彼は未だ経験の少ない子供ですからね。でも二度はしないで下さいね」
「……は、はい」
弟に甘い姉ちゃんと、厳しく諌めるリーダ。リーダが一番年下には全然見えない。発言も決断もこいつが主導してるしな。
デルタさんが眠らせた兵を殺すか聞いてきたので首を振る。俺達は人殺しに来た訳じゃない。リーダも自分達が捕まった時の事を考えれば、殺害すべきではないと止めてくれた。兵士二人を物陰に縛って隠し先に進む。
しかし、これで連中が見つかるか起きだすまでの最大約一時間がリミットになった。急がなくては。ところが此処にきて王宮内で道に迷ってしまう。どうやら建物が段になっていたようで、三階まで上がった場所が奥殿の一階に繋がっていたのだ。見取り図には階差の説明がなかったので、時間を無駄にしてしまった。ようやく奥の間に入ったと思った途端、建物内で鐘が鳴り出した。皆で顔を合わせる。
「知られたようだね」
「そうですね。急ぎましょう」
笛も鳴り出して兵士の足音があちこちで響いてくる。周囲が慌しくなってきて、こっちの気も急いていく。
「トッポ、焦るんじゃないよ。連中からは見えないんだからね」
「う、うん……」
トッポの声が緊張で擦れている。この子にとっては自分の国の王宮に忍び込むなんてとんでない大罪だろう。自分なら日本の国会議事堂や首相官邸に忍び込むようなものだ。緊張するなというのも無理な話である。でも今は彼に頑張ってもらうしかない。
「上手くいったら、また一緒に風呂に入ってやっから」
「う、うん」
「!!!! 」
なんと、なんだと。こいつ十五になってこのデカパイ姉ちゃんと一緒に風呂入ってるのか。なんとうらやまけしからん! 不純である。不潔である。非常識である。許せないのである。お姉ちゃん、おおおオレもご褒美欲しい。
「兄様。興奮して動かないでくださいね」
先頭のリーダが立ち止まり、凄く冷たい目で見下ろされた。だから、なんでお前はそう俺の思っていることに気づくの。全然こっちを見てなかっただろ。怖いぞお前。
疾走中に壁面に飾られている絵画を見て恐ろしいことに気づく。
(もしかして、神獣の絵画を手に入れて、それを触媒に【半熟英雄の大護摩壇招き】で召喚すれば良かったんじゃないだろか)
姿が玉に変ってるので成功しないかもしれないが、試す価値はあっただろう。もしそれが成功していたら、今こうして必死に潜り込む必要はなかった。
(バ、バレたらぶっとばされる)
脂汗が吹き出てくる。俺の動揺に気づいたデルタさんが、疲れたかと問いかけてくるが喋れない。アヒル口のまま必死に平静を装う。
(リーダも気づかな……そういえば絵画を触媒に召喚できるって説明しなかったかも。よく覚えてないな)
そこ等へんは、説明してる最中に賞金狙いに見つかって、話が途切れた様な記憶がある。どっちにしろ今更話す訳にもいかない。
通路の前や後ろから慌しく兵が掛けて来た。デルタさんがトッポに注意を促し、自分達の傍を走り去るまで立ち止まってやり過ごす。
「どうも西側に兵達が移動しているようですね。おそらく王族の寝所等があちらにあるのでしょう」
「成る程、普通侵入者って言ったら暗殺者だからね」
「逆に言えば、あちらには離宮は無いということです。このまま東沿いに進みましょう」
「あいよ」
こんな時でもリーダは落ち着き、並ならぬ洞察力を見せている。頼りになる子だ。
「あれだ! 急げ!」
突然デルタさんが声を上げた。前方の通路の奥扉を開いて兵が出てきたのだ。そして、その向こう側に見える地面は石畳ではなく草原だ。庭があるのだ。扉を閉められたら、姿を消している自分達にドアは開けられない。掛け声を上げて隙間を目指して走り込む。い、痛い。床に指先が当たって痛い。
「よっしゃ!」
なんとか間に合った。痛かった。
抜けた先は裏山かと思うくらい広大な庭だった。即座にトッポとリーダが、少し離れた北の奥の建物に顔を向ける。
「あれかな?」
「あれでしょう。兄様と同じ神気を感じます」
お前らレーダーついてるみたいだな。というか、お前等の感知で俺はあの神獣と同類なのか。地味にショックだ。
建物の付近まで近づく。
こじんまりしているが豪奢な造りの神殿だ。少し寂れている。デルタさんが廻りと様式の異なる建築物だと指摘する。リーダがおそらくこの王宮が出来る前からずっと存在している為だろうと推測を述べた。
此処に間違いないようだ。
神獣の眠る離宮に辿り着いたのだ。
次回タイトル:大薮新平 神獣と舞う




