03. 大薮新平 虜囚の姫と出会う
異世界に召還された大薮新平。そこは獣がうろつき治安も悪く、やっと辿り付いた町でも身包み剥がされてしまう世界。踊ると相手を眠らせる事ができるというおかしなスキル(能力)を得ていた新平は尋問しようとする町長達を眠らせ町から脱出。急ぎ別の街を目指すが、道中でまた拘束されてしまったのだった。
自分を囲んでいるのは外套を被った二人の少女。背中に乗ってるのは中年のおっさんのようだ。意外と軽いのだが後ろ手に関節を決められているので動けない。おっさんがナイフを見せびらかせながら質問する。
「まず、お前の名、次にあの砦に来た目的や」
また身包み剥がされるのだろうか。今度は女の前でか。やだなぁ。
どのみち答えるしかない。自分に尋問の耐性がないのは分かってる。かといって本当の事を言っても信じてくれないだろうから最初に思いついた設定を少し使う。自分は旅の商隊の生き残り、商隊が襲われ一人取り残され彷徨っていました。灯り見つけたので城に行ったら追い返されました。
疲れと諦めで投げやりに答えたのが上手く働いたのか、内容には突っ込まれなかった。というか、どうも関心がないみたいだ。
「城の様子はどうやった。人の出入りは? 何か動きはなかったんか」
そんな事を言われても、日は落ちる寸前で暗かったし、門前払いされたので城の様子なんて分かる筈もない。しかし「明日を控えて今不審者を入れる訳にはいかないのだ」と云われたと事を話すと三人が反応した。
「それ本当?」
「明日何があるっての?」
「いや……そこまでは」
「何で聞いてないの!」
「だから追い払われたんだってば」
聞かれた相手が少女の為か、少し気軽に言い返してしまう。暗いし押さえ込まれてるので顔は見えないが、まともな会話が出来そうだ。
「もう一回行かせて様子探ってみる?」
「少し騒ぎ起させるとか」
前言撤回。言葉は通じても、常識は通じなさそうだ。
「他には何かない? 変に思ったとことか」
「変って…あー……もう夜になるのに、玄関を掃いてる人がいた。あれって変だね。城って大変なんかね」
下らない事を思い出して伝えたら、変な顔で黙り込まれた。
「やばいね……たぶんここだよ。連中明日には着いちゃうよ」
「行くとしたら今夜しかないね。連中に警護につかれたら、もう手が出せなくなるし」
「じゃあ、夜を待って忍び込み、お姫様救出劇と行くかい?」
《お姫様救出劇!》
なんか今、すごい魅力的な単語を聞いた。
「いやちょっと待って。忍び込むって何? お姫様って?」
散々酷い目にあった末に、やっと聞いた希望の単語。冒険活劇の代表。
【お姫様】【救出】異世界召喚と来たらこの手の冒険譚は外せないだろう。
冒険者の宛も外れ、宿にも困り食料も心もとないこの召喚劇。やっと嬉しい単語を聞き、新平は思わず食い付いた。
「あー……もう良いよ君。悪かったね」
「殺しはしないけど、悪いけどそこの奥で一晩縛られててね。明日になったら一日叫んでれば、誰か通り掛かったら助けてくれるだろうから」
殺すまでいかないとはいえ容赦ない扱いだ。
「いやいや、そのお姫様救出劇って何、何?」
押さえ込まれてるのに首だけ伸ばして聞きたがる新平。少女二人がばつの悪そうな顔を見合わせる。
「……なんでもないよ」
「忘れるのが身の為だよ君」
しかし背中に乗ったおっさんが調子にのってくれた。
「へへっ、俺達はアンジェリカ姫を救出に来た正義の使者なのさ」
「ちょっと!」
「話しちゃ駄目でしょ!」
「あー、どうせ縛って置いていくんだろ。じゃあ成功した暁には華麗なる立役者デニス様の名を残しておきたいじゃねぇか」
「こんな時に功名心ださないでよ」
「一応ボクら隠密行動なんだからね。バレたら身元残せないんだよ」
「俺ぁそんなの聞いてないぜ。ただ城内への調査と手引きを手伝う様、依頼されただけだからな」
何かおっさんと少女達では立場が違うようだ。姫を救出に来たのは女の子達で、おっさんは雇われって事だろうか。
「あの城に忍び込んでお姫様を助けるって事?」
「ひひひ」
「まぁ……そういう事」
「!!」
おおっ! 【お姫様】【救出】、そして自分の【睡魔の踊り】。キーワードが脳裏で繋がる。もし俺が助ければと脳内に夢の光景が広がる。
『新平様。助けて頂いてありがとうございます。どうかこのままわたくしと共にこの国を!』
『フッ、俺は異世界から呼ばれて来た男さ。この国が平和になった今、元の世界に帰らなくちゃいけないんだ』
『ああっ、ではせめて、せめて一夜だけでもわたくしに思い出をっ』
『むむ……俺のような流れ者にそこまで想いをよせてくれるとは。仕方が無い。い、一夜だけだがいひひひ』
新平の小鼻が広がって息が荒くなる。
こ、これだ! 俺がここに召喚されたのは、この為に違いない! そうだ違いない!!
目の前にはナイフが突き立てられています。
あなたは今、おっさんにボコられて、関節を決められ背中に乗っかられています。
……いや……違うかもしれない……違うような気がしてきた。町で身包み剥がされそうになって逃げてきた自分。この世界でそんな甘い話がある訳が無い。現実を見よう。
「俺に手伝わせてくれ」
しかし自分の口からでたのは真逆の言葉だった。
「あれ?」
自分で自分の言葉に驚く。
「はい?」「え?」
「はっ、手伝うって何だ? お前別に兵士でもなんでもないだろ。弱っちいし。ガタイは良いけど剣だって持った事ないんだろ」
剣ダコを確認するように指を触りながらおっさんが笑う。さっき掌を触られたのはそういう意味か。確かに町の憲兵達にも触られたな。皆ホモじゃなかったんだ。
「悪いけど足手まといを雇ってる場合じゃないの。この国の命運が掛かってるのよ」
「そうそう、ボク等子供の遊びに付き合ってる場合じゃないの」
「お、俺は役に立つぜ」
ついむきになって言い返してしまう。
「ふーん……」「へー」「ふはっ」
鼻で笑われた。完全に子供扱いだ。
「俺は十秒あれば相手を絶対に眠らせる事ができる!」
「へえ……あなた魔道士なの?」
「いや………踊り…子?」
自分で言っていて恥ずかしい。
「は?」
「なんだって?」
「もう一度言ってみろや」
おっさんが背中から退けたのでやっと起き上がる。人相の悪そうなおっさんはいかにもな盗賊風小男で、外套を被った小柄な女の子二人も意外と小柄だった。似たような顔で自分の発言を待っている。
どう答えたものか。踊る=眠らせる。という図式が自分でも紐づかないので説明が難しい。
「いや……うん。とにかく出来るんだ。どんな相手でも少しの時間で眠らせる事が出きる。俺は役に立つぞ」
「「「………」」」
……そんな、何を言ってるんだこいつはみたいな目で見なくても。
「踊り子って……あんた男…よね」
こっくり頷く。
「なのに踊り子なの。変じゃない?」
またこっくり頷く。確かに変だ。
「あまりの退屈さに皆眠っちまうってオチじゃねぇのか」
ヒヒヒと笑うおっさん。
「俺はこれで獣の群れや町の憲兵達から逃れてきたんだ」
「ふーん?」
「憲兵? あんた何したの! 犯罪を犯してきたの?」
「おおう! ち、違う! 言いがかりつけられて荷物全部取られそうになったんだ! んで仕方なくっ……」
「「……」」
「嘘じゃねえよ」
「ははは。おい小僧……」
「では見ててくれ!」
言葉を遮って意気揚々と踊りだす。怪訝な表情で眺めていた三人だったが、珍妙な踊りを見て、まずデニスが吹き出した。少女達二人も頬をぴくぴくと震わせていたが、踊りが終わると揃って崩れるように倒れた。
「って……あ!?」
……眠らせちゃった。
後の事を考えていなかった。当然ゆすっても起きる様子はない。女性相手では殴って起こすという訳にもいかない、声を掛けたり何度もゆすったが反応が無い。
「ちょっとあんた……え?」
肩が柔らかい。すこし触ってみる…このおっさん…おばちゃんだ。骨の形が男と違う。散々母親の肩揉みしてきた自分には分かる。おっさんならぶん殴って起こすという手もあったが、おばちゃんでは無理だ……どうしよう。。
新平は途方に暮れた。
◇
日が落ちた。
暗がりで眠る女性三名の傍に座り込んでるのに、微塵も浮ついた気分にならない。座りこんで起きるのを待つ新平。
ここから逃げるというのも選択肢の一つだろう。先程は勢いで手伝うと言ってしまったが、本当は関わらない方が良いに決まっている。しかしどこにも行く当てが無く、『姫を助ける』という気になる言葉を放って逃げ出す気にもなれなかった。
いや、これは建前だ。逃げてもまた、夜に木の上で一人震えながら寝るのが怖かったのだ。
正直寂しかった。
ボコられ馬鹿にされたけど。一応彼女達は身の心配をしてくれた。追っ手や獣に怯えてた自分にはそれだけでもありがたかった。
手持ちぶさたで女の子達の顔を覗く。こちらの世界の年頃の女の子を見るのは初めてだ。
日本人じゃ…ないよなぁ……でもTVとかで見る明らかな外人顔って感じでも無い。なんだろう。皆ハーフっぽい? ……流石に外人は顔立ちが綺麗だよな。
よく見たら意外と幼いかもしれない。背も小さかったし。歳は自分より下だろう。でも外人は歳取って見えるらしいからな。二人の顔を見比べるとかなり似てる。というか見分けがつかない。
外人って日本人には区別が出来ないっていうけど本当なんだ。いや、自分が鈍くて見分けがつかないだけかもしれない。『最近の若い娘は皆同じ顔に見えるわ』と、どっかのおっさんみたいな言葉が脳裏に浮かぶ。自分はおっさんと同じ感性なんだろうか。ちょっと悲しい。
小一時間程で三人が起き出した。
時間が無いのに邪魔をしたとおばちゃんに尻を蹴られる。でも【睡魔の踊り】に掛かると一時間くらいは多少の事では起きないという情報を得られたのは良かったかもしれない。
「で、どうだ。役には立つだろ」
「うーん……まぁ……確かに……変な踊りだけど」
「出会い頭にやったら結構使えるんじゃねぇか? 何人か眠らせれば潜入もやり易くなるだろ。変な踊りだけど」
「それは確かに……変な踊りだけど」
変な踊りを連呼すな。うるさいよ、お前ら。
「でもさ、うーん……」
「手は多い方がいいんだ。上手く使えば囮に使えるぜ」
「……そうだね」
凄く物騒な台詞が聞こえたぞ。
「じゃあ……ボク達を手伝って貰える?」
女の子の一人が気まずそうに頼む。彼女達からすれば捕まれば死の敵地へ、希望しているとはいえ状況をよく理解していない一般人を連れて行くのだ。
罪悪感を含んだ表情を向けられているのに、当の新平はきょとんとしている。
新平は町を出てから追っ手と獣の恐怖に苛まれ、寝不足もあり一種の躁状態であったので、そこまで考えてはいなかった。城に入ってから我に返って恐怖に震える事になる。
「良し。協力して貰う! じゃ、時間もないから行くよ」
「ひとつだけ聞いていい?」
「何?」
「その姫さん何で捕まってるの?」
「「……」」
「お前ぇ、アンジェリカ姫の噂を知らねぇのか」
首を振る。
今更かよと三人がげんなりした顔を向ける。
「あーもう。手短に言うね」
「このトリスタがレジス元宰相とアルクス王子の反乱で内戦状態なのは知ってるわね」
当然首を振って否定する。トリスタって何だっけ。……喫茶店でコーヒーを入れる人だったかな。
「「「…………」」」
三人から呆れた視線を受ける。
「そこからなの?」
「いくら商人の下働きの小僧でも、滞在してる国の情勢を少しくらいは知ってる筈じゃねえのか。そんなんでよくこの国に来たな」
「やっぱ縛っとこうよ、面倒だから」
「そうねこの子のせいで時間がなくなったし」
「いやいやいや、ちょっと待って、まず説明してよ」
少し長い説明を受けた。
まずここはトリスタ森林王国の首都から北西、ラオリーデ公爵の息子、セドリッツ子爵の城砦そうな。
……うん。悪いが説明いらなかったかも知れない。カタカナの名称をペラペラ言われても覚えられない。明日には忘れていそうだ。
新平は物覚えも悪かった。
この国は代々女王制を布いており、主戦力が王国建国の基盤となった天馬騎士団。東西南北の国境に天馬騎士団を配備し、第一王女が率いる北天騎士団は敵対している北方、ゲルドラ帝国との国境を守備していた。
半年前に女王が崩御し、追悼式典直後に第一王子アルクスがクーデターを起こした。
男王制度導入と男性の復権を掲げたクーデターだったが、なんと宰相レジスと国内四公爵の内、ニ公爵もが協力者に回り大勢力に。国は二分された。
更に王子派は北方から敵対国のゲルドル帝国を呼び込もうとし国境と王都の二箇所にて戦いが勃発。
北天騎士団団長の第一王女が王都に居た為、国境の北天騎士団は半壊の危機にまで陥ったがなんとか撃退に成功。敵対国を呼び寄せた王子派に対して宰相派が『聞いていない』『国を売り渡す気か』と意見が割れあっさり内部分裂。その隙を攻めて王女派は王都を守りきり二派は逃亡して結局西の地で再び合流した。
王子アルクス及び宰相一派は首都脱出時に要人を抱えて西部のラントリアに拠点を構え新政トリスタ森林王国を名乗り、徹底抗戦を崩さない。国境警備の天馬騎士団は動けない。天馬騎士団に拮抗する王国騎士団の多数が宰相に掌握されている為、軍事勢力図では王女派には不利に。
しかし、ゲルドアを呼び込んだ王子派への諸侯の反発は強くサルラール公爵が抜け中立を宣言。政治的には王女派、軍事的には王子派が優勢となり、現在膠着状態になっていた。
……要は国が内乱で荒れてるって事か。
第三王女アンジェリカは若年の為、西域のヴィスタ教の修道院に入っていたが、地理的位置から二ヶ月前に第一王子派に捕えられた。
しかし先月になって突然ゲルドラ帝国への亡命を表明。ゲルドラ帝国からの使者が六日後にナラントリムに到着し、亡命式を行いゲルドラへ向かう事になっていた。
「国内で亡命式? そんなのがあるの?」
「ある訳無いでしょ。もちろんゲルドラを公式に国内に呼び込む為の方便。王女派は駄目だ私は国を捨てて亡命しますって表明させたいのよ。北天騎士団が国境を塞いでるから、それ政治的口実あるぞ、連中を通せってしてるの。北天騎士団を動けないように追い込んで、王子・宰相派が国内の実権を握るつもりなのよ。当然そんな事したらゲルドラによる侵略が始まる筈なんだけど、連中は抑える自信があるのか自棄になって国を売ろうとしてるのかは知らないわ」
「阿片王子だからね……」
もう一人の少女が吐き捨てる。
王子と宰相が反乱? 敵国を呼び込んでる? やばいんじゃない。下手すれば乗っ取られて国が滅ぶ途中じゃないのか。
「普通ならゲルドラへ嫁がせたいところなんだろうけど、向こうには今、王と王女しかいないから苦肉の案なんでしょ」
「王子派には天馬が無く、少数の翼竜隊なのみなので制空権は甘いの。だから私達でずっと見張ってるんだけど、アンジェリカ姫がナラントリムに入ったのが確認できてないの」
「代わりに弩弓とか対空兵器がぞろぞろ入ってるけどね」
「天馬騎士団を呼び寄せて、あわよくば一戦してフォーセ…第一王女を殺害って腹なのよ。防衛しきれれば『女王派は亡命を認めず、国境を塞ぎ、外交大使を拒否した』と非難できるしね。でも罠が失敗した時の保険の為にも、アンジェリカ姫は絶対ナラントリム近隣。つまりここら辺にいる筈なの。王女の移動に部隊が動く筈だからここら辺を探っていたところ、ちょうどこの城に向かってる一団を見つけたので、先行して城の様子を伺ってたのよ」
ここは敵地で彼女達は偵察部隊。一人が連絡に走ってるらしいがもう時間も無い。姫が護送団の手に渡れば救出も難しい。なら城に忍び込んで救出するのは今しかないという訳だ。
「わかった。要は姫さんが敵国に売られてしまうから、助けようというんだな」
新平は要点のみ理解した。
「そういう事」
「このままでは亡命と称してゲルドラに連れ去られるのよ。敵国でどんな扱いされるか想像したくもないわ」
この国には王女は三名いて皆仲が良いらしい。指揮を取る第一王女は平静を装っているが、苦悩してるのは部下達には周知の事で、この娘達を始め率先して対策をうつべく調査に飛び回っていたらしい。政治的にもこのまま第三王女が人質となった場合、交渉材料にどれだけ要求されるか判った物ではない。見殺しにすれば国民の不満感情も沸くし。どのみち放置できない案件だらしい。
「じゃあ協力してもらうけど……あくまでも囮としてでいいから。何人かあちこちで眠らせて警備が甘くなればそれでいいからね」
「捕まらないようにちゃんと逃げてね。捕まったら尋問受ける前に死んでね」
「まぁ、俺様がついててやるから大丈夫だ」
「……」
色々云われながら城に向かう事になった。最後の本音が怖かった。
城門に近づいた段階で、進入用の縄を準備して別れようとする女の子二人に新平が声を掛ける。
「いや普通に正面からでもいいんじゃないの。眠らせれればいいんでしょ?」
町を脱出時に、簡単に門兵を眠らせた新兵には自信があった。
「そうだな。さっきのだったら逆に正面から行って、こっちから声掛けてやれば大抵引っかかるぜ。まさか踊りを見ると眠っちまうなんて誰も思わねぇからな。正面から荒らしてその隙に嬢ちゃん達の別働隊で救出だ」
「ん-……そうね。わかった」
「どっちにしろ、二方から忍び込む予定だったしね」
「んじゃ、行こか」
正面から門に向かいデニスが声を掛け、横で新平が踊りだす。
話しながら「何だこいつ」と新平を見ていた門兵が簡単に崩れ落ちる。隠れていた二人が駆け寄って来た。
「おー……凄くない?」
「確かにこれは……使えるかも。本当に変な踊りだけど」
「楽に行けば、それに越したことねえや。じゃ、俺達は正面から少しづつ声掛けては眠らせて行っから、そっちは裏から侵入してくれや」
「了解。頼むわね。……フラン」
「うん。行こうフラニー」
二人は裏手から入り込むべく、城の裏へ走っていく。
「小僧。こいつらの服着た方が良いぜ。兵士の格好なら敵さんも油断するやろ」
納得だ。装備を奪って着替える。皮装備に見えたけど一部に鉄が入ってた。
重い…臭い…
槍と剣も持つが一度悩んでから置いていく。どうせ自分には切り合いなんて無理だ。
「……良いんか?」
手ぶらで進もうとする新平に、怪訝な顔でデニスが確認する。
頷いて城内に入る。
救出開始だ。
◇
「……何だ」「何してんだお前」
「いやいや、ちょっと待ってくれ」
そう言いながら新平は踊り出し、呆れて見てる兵達が数秒で倒れる。
あえて手ぶらでいるのも良いのだろう。完全に油断されてる。これなら良いところまで行けそうだ。
玄関ホールに何度か顔を出しては一階、二階の兵士を門外へおびき出して眠らせる。
その後は城奥の西塔に向かって進み、出会う見回りの兵を片端に声を掛けて眠らせてく。一応順調には進んでいるが、帯剣した兵が歩いて来て目の前で倒れるのは凄く心臓に悪い。出会い頭に見つかって捕まられたらそれで終わりだろう。常に距離を取らないといけない。
「道が別れてるぞ、どっちに行く?」
後ろを振り向くと……デニスが居なかった。
「……」
先に行かれた。踊りが信用できなくて逃げた……。見捨てられた…とか。おいおい……
一瞬自分もこのまま城外から逃げようかと思ったが、ここで逃げても行く宛が無い。
今迄はもし踊りが間に合わなくっても、後ろのおっさんが声を掛けたり助けてくれるという安心感があった。一人になって心細くなった事で、深く考えずにここまで来た自分に気づく。
(あ、あれ? 俺ヤバくね)
剣を持った兵達のいる城内に、手ぶらで潜入してるのを今更自覚する。捕まったら拷問だ。死か。やばい。脚が震えだす。しかしもう戻れない。進むしかない。仕方なく西塔の上とやらを目指し――出会い頭に見回りの兵とぶつかりそうになった。
「うわわっ!」
「おっと悪いな……ん?」
やばい。まずい。気づかれる。殺される。いいいいっ
「すすんませんっ! おおお俺の踊りを見てくれしゃいっ!」
声を裏返しながら後じさって踊りだす。呆気に取られる兵士。
「……いいよ別に…なにす……ん?……お前……」
少し呆けた後、近づいて来て肩に手を掛けられる寸前で兵が崩れ落ちた。
「……はーっ……はーっ……」
危なかった。やばかった。
汗だくでその場にへたり込む。
改めて捕縛の、死の恐怖を感じてしまい、腰が抜けて立ち上がれない。しかし進むしかない。倒れた兵の近くにいたくないので、這ったまま壁奥迄進み、今度は慎重に進もうと気構える。
(し、慎重に。絶対に兵に近づかれないように…)
立ち上がれるようになった。塔らしい昇り階段を見つけたので登る。
角で見張りを確認して先に声を掛ける事。距離を取る事。手ぶらで安心させて敵じゃないのを認識させる事。そして踊って眠らせる。注意点を何度も確認する。新たな兵士を発見した。
「何だ貴様?」
「差し入れです」
「?」
拾った小皿を床に置いて一歩下がる。手ぶらを示す。これで距離をとる。
「……?」
訝しむ見張りに向かって睡魔の踊りを舞い始める。通路が狭くて踊りにくい。でもこちらを見てくれれば踊りは効く。
「何だお前……あ……?」
空の小皿と踊りを見比べていたが十秒程で崩れる兵士。
「はーっ……」
ため息をつく。
踊りが三十秒もあったら、まず捕まっていただろう。要は十秒。十秒呆けて見てくれれば効くのだ。それが勝負所だ。怒らせてはいけない。危機を感じさせてもいけない。馬鹿な兵がふざけて滑稽な事を始めたと十秒程呆けてくれればいいのだ。
……なさけない。
先に進み上階で二人目も眠らせた。よく見たら階段はここで終わりだった。つまり最上階。
あれ? じゃあこの扉の奥がそうじゃないのか? この兵士、扉の前に立ってたんだし。半信半疑ながらも兵士の腰から鍵を捜し、扉をなんとか開錠する。
今更だけど、姫さんが本当にこの城に居るとは確認とれてないんだよな。別人とかだったらどうしよう。俺、確認できないんだけどな。名前は確か……
「……アンジェリカ姫?」
「……はい」
心臓が飛び跳ねた。
聞いた事の無い綺麗なソプラノ声が返ってきた! 女性だ! これは絶対美人だ!
脳裏に先程の妄想がフラッシュバックする。
『新平様。助けて頂いてありがとうございます。どうかこのままわたくしと共にこの国を!』
『フッ、俺は風の旅人だ。ひとつ所にゃ居つけないのさ』
『ああっ、ではせめて、せめて一夜だけでもわたくしに思い出をっ』
『むむ……俺のような風来坊にそこまで想いをよせてくれるとは。仕方が無い。数日くらいはいひひひひひひ』
緊張の一瞬。
ドアを開けると、こちらの喧騒が丸聞こえだったのだろう。夜中だというのに戸口に少女が立って真っ直ぐこちらを見つめていた。
肩までのウェーブの掛かった金髪。金髪だ。実物初めて見た。そして王族らしく整った美しい顔立ち。色褪せているが高そうな中世貴族風のドレス。幼いながらも意思の強そうな目。
「……あなたはどなたですか?」
……そう……幼い……
(えー……確かにお若いとか言われたけどさぁ……)
……姫様はどう見ても十歳くらいだった。