12. 大薮新平 東へ
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。救われた傭兵団は実は王国への反乱軍。新平は仲間に勧誘されるも拒否。旅立とうとした矢先、処刑されそうになっていた少女を救い従者として迎える事になった。二人は一路、東に向かう事になる。
【縦横無尽な招き猫】で召び寄せたバックには大量の金貨が入っていた。
それも一生遊んで暮らせる程の大金であった。しかし新平の反応は鈍い。日本でなら良かったのになあと残念がった末に、あっさりと金貨を袋ごとリーダに預けるのだった。無頓着過ぎる新平の行動にリーダは顔を強張らせる。
「よ、よろしいのですか」
「いいよ。どうせ俺が持ってても、物価も知らないから使いこなせないし。一緒に行動するんだからそっちが持っててくれないか」
「……判りました。私が一時お預かりして管理させて頂きます」
「いや、好きに使ってくれて良いよ」
「は……え?」
扶養家族だった新平は、金のありがたみを分かっていない。彼が社会人だったなら、一部のみをリーダに預け、どうやってこの金貨を日本に持ち帰るようかと考え始めただろう。しかし、金銭の管理をしたこともなく、バイトの金さえ一度親に預ける様な男なので、持って帰ろうという発想さえ浮かばない。当然日本に持ち帰って換金できたら一生遊んで暮らせるということにも気づいてなく、道中路銀の心配がなくなった。良かった良かったと呑気なことを言っていた。
これ程の大金にも動じない。器が大きい方なのだと誤解も甚だしい尊敬の目でリーダが見ているが、新平が気づく筈も無かった。
「この資金を使ってよろしければ、かなり安全に旅を進められると思います」
「おお! それは凄いな。全部使っていいから頼むな」
「ぜ、……ええと。承知しました」
これは厳重に管理しなければ危ないとリーダは悟った。
◇
バックを取り戻すことができた。
中にある携帯やズボンをリーダに見せて、異世界人の証拠を示す。ポリエステル製の生地はやはり説得力があるようだ。ついでに飴のミルキーを二人で食べたら懐かし過ぎて泣きそうになった。リーダはこんな甘味は初めてですと頬を緩ませる。しまったな。雇い主としては、何かの報酬にした方が良かったのだろうか。
邸内でアルルカさんを探して、同行を止めてもらいリーダと二人で旅をする旨を説明する。彼女はリーダの回復を喜んだ後、子供二人での旅を渋る。こちらがミラジーノ副長の件で不安があることを話すと色々弁明を始めだした。誠実そうな話しぶりに少し決心が鈍る。実際彼女自身は信用出来る人なのだろう。しかし組織の一員として動いている以上、何か指示があれば自分と対立してしまう。現に処刑場では意見が合わず眠らせる羽目になった。そういえばその件を未だ謝ってなかったな。
改めて謝ったら苦虫を噛み潰した様な顔をされた。
説明に困っているとリーダが話を変わってくれる。嫌味にならない言い方で反乱軍に居て不要な問題に巻き込まれるのを懸念していること、心配してくれるのはありがたいが自分達だけでも十分安全の見込みがあることを、今後の予定を含めてなめらかに説明するのでアルルカさんと二人で目を丸くしてしまった。リーダの説得によってアルルカさんはしぶしぶ頷いてくれた。
リーダは女房達に金を掴ませて、一日でヴィスタ教の司祭服と装備を入手した。杖まである。本当ならこんなの簡単に手に入る筈がないのに金の沙汰次第ということだろうか。いやこの子の手際の良さを褒めるべきだろう。これで必要な準備は整った。
「外見はヴィスタ教の巡礼の旅に偽装します。これは治安の悪い国内において、国を越えて信仰されているヴィスタ教には一定の敬意が払われており、戦乱を回避し易い事。分派の司祭であった私なら話しても偽り易い為です。兄様にはご面倒かと思いますが、この法衣を纏い準司祭見習いとして行動して頂きたいと思います」
「わかった」
まさかあのユエル司祭と同じ服を、自分が着る日が来るとは思わなかった。男性用なのに何故か女性用と同じく胸元が大きく開いている。よく見ると背面、腰骨から尻の頭の方も菱形に開いていた。
「…………」
悩ましい衣装だ。この服は俺に何を要求しているんだろう。
「今晩ヴィルダズ団長が戻られるそうです。ご挨拶した後、明日朝にでも出立したいと思います。如何でしょうか」
「わかった」
リーダの完璧な秘書ぶりにこっちはYESマンと化している。予定を立て、準備を整え、周囲への説明も勝手に済ませてくれる。彼女はとても優秀だった。不満といえばずっと固いままの口調くらいだ。他にはどうみても中学生に満たない少女に、準備を全部任せてる自分が情けないことくらいだろう。
「あ、ジョンペエだ!」
「おう、クリオだ!」
笑いながら飛びついてきたクリオをぶん回す。ヴェゼルが後ろで苦笑いしていた。程なくしてクリオが脇に立つリーダを見つけ、慌てて降りて俺の背中に隠れた。少しだけ人見知りする子なのだ。クリオは丁寧に挨拶するリーダに硬い返事をした後で、上着の裾を引いてきた。
「怪我、治ってる?」
先日凄惨な状態で運びこまれたリーダを見た際、彼女はおびえて泣き出しヴェゼルと女房達に慰められていた。
「おう。俺が治した」
「はい。治して頂きました」
「ジョンペエ凄いね!」
「おお! 凄えだろ! 格好いいだろ!」
「格好良くないけど凄い。父上の方がずっと格好良い!」
「ひでえ!」
「「あはははは!」」
「……」
「ほらリーダ。これ、これが俺が欲しい反応だ! 兄妹だったら、やっぱこういう会話だろ。変な敬語なんか疲れるぞ」
「は、はあ……善処します」
反応はかなり鈍い。ううむ、リーダは真面目そうな子だし七、八才くらいの童女の真似をすれというのは酷な話なんだろうか。
その晩は夜更けまでクリオ達と一緒に遊んで過ごした。リーダは時々クリオの口調を小声で真似しているので、吹き出すのが大変だ。かなり生真面な子のようだが、この先大丈夫だろうか。ちょっと不安である。
翌朝。服を着替えて玄関に向かうとクリオ達を始め、会う人達全員にその法衣似合わないねと笑われた。ほっといてくれと言い返すが、自分でも仮装になってる気はする。こんなの姉ちゃんに見られたら、笑われて写真取られた挙句に正座説教コースだろう。
一度別れの挨拶はしてるので少しやりにくい。見送りは断ったのだが、団長がついてきたので結局皆も玄関前迄来てしまった。
「本当に馬はいらないのか」
「いりません」
この町から出れば、後ろから眺めてるミラジーノ副長の手の者が追って来るだろう。なので【天翔地走】で瞬間移動して、一度ザールの町まで飛んで逃げるつもりだ。少し西に戻ってしまうが、変な事に巻き込まれるよりは良いだろうとリーダと話し合った結論だった。
「色々すまんかったな」
「いいえ。こちらも世話になりました」
クリオを足に貼り付けた団長に肩を叩かれた。話し易くて気さくな人だった。巡礼団の団長がこの人だったら、凄く楽しくて安心できる旅になっただろうに。
「まさかこんなとこで、嫁を捕まえるとはなあ」
「違うってば!」
助けた娘を連れてい行くと言ったら、嫁に迎えたのかと誤解された。大雑把な人でもある。なんでこんな世界で、こんな子供相手に嫁とか言われなきゃならないのだ。俺ってロリコンに見えるのだろうか。
「あんた本当に荷物それだけでいいのかい?」
「はい。色々とお世話頂き、ありがとうございました」
リーダも女房達に挨拶をして回っている。何時の間にやらすっかり仲良くなっていたようだ。
荷物は最小限にしている。【天翔地走】は踊りで飛び跳ねるので軽くしないとならないからだ。金はあるので必要になったら買えば良い。
「お待たせしました」
「よし乗れ!」
「ハイ。失礼します」
おぶさって来たリーダを背に乗せて立ち上がる。自分のバックは胸の前に回している。リーダも荷物を背負ってるので、かなり不恰好な姿だ。見送りの皆が困惑した表情をしている。
「ジョンペエ何するの?」
「まあ見てろって。それじゃあ皆さん、世話になりました」
「お世話になりました」
「お、おう」「はあ……」
呆れた視線を無視しながら少し跳躍。うん。これくらいなら飛び跳ねられる。行こう。ジャンプ。
「ミミッ!」
(来い!)
くんっ! …・・・くん、ぐんっ!
(行ける!)
「ミッ、ミッ、ミミミミッ!」
「また変な踊りだ!」
クリオうっさいぞ。
飛び上がる。空中で駆け足をする。手を伸ばす。差し出すようにクロール。クロール。
「ミッ、ミッ、ミミミミッ!」
「あははははは!」
クリオの遠慮無い笑いにつられて、何人かがニヤニヤと笑い出した。しまった。別れてから踊るべきだったか。
赤面しながら大きく飛び上って、バタ足しながら手を伸ばす。脳裏に要求が来た。瞬間移動する先だ。目的地はあそこ。マークさん達と別れた町ザール。その門前だ。以前迷って西へ東へと、散々うろついた門前の光景が前面に浮かび上がった。手を伸ばす。中空で何かを掴む感触。
「ミッミィィー!」
掴んだ手を引き寄せると光景が近づいてくる。光の奔流が迫り来る。行ける。――行けっ!
「行くぞっ!」
「ハイ!」
身体ごと飛び込む。視界が光に包まれ、脳裏に言葉が響く。
【天翔地走】
身体が宙に舞って、光に吸い込まれた。
「すっごーい! 消えちゃった! ねえ、父上。ジョンペエ消えちゃった!」
「……お、おう」
「……おい」
「なんだよ今の……」
「嘘だろお……」
「もしかしてあいつ……、凄い魔道士だったのか?」
「「「…………」」」
その場には大はしゃぎで喜ぶクリオと、唖然として消えた後を眺める新生オラリア解放軍の者達が残された。
◇
「おおおおっ!」
空中から飛び出して地面を滑り降りる。今度の着地は上手くいった。振り返ると見覚えのある門の前。ザールの町の門前だ。
「よっしゃあああっ!」
拳を握ってガッツポーズ。振り返ってリーダの無事も確認する。背から降ろすと彼女は呆けたように辺りを見渡した。
「ザール……本当に。す、凄いです……一瞬でこんな遠い地に移動しました」
「おう。でも町中は危ないから、こっから次の町まで歩きだな」
「朝方なら問題ないかと思いますが」
「でも結構うろついて自分の顔を覚えられているかもしれないんだ。用心したいんだよね」
「成る程。わかりました」
町には入らずここから歩き始める。旅の再開だ。今度こそ、一路東へと。
二人旅は実に楽しい物だった。年下なのに物に詳しいリーダは、ここらの風土や見当たる山々の説明をしてくれる。教会で説法をしていたというだけあって、話も滑らかで実に判りやすい。
夕刻前に山賊が現れた。なんとかクエストみたいに、道を歩いてるだけで当たり前のように薮の中から出てくるのは心臓に悪いので止めて欲しい。男達二人は山刀を片手に舌なめずりしてニヤニヤと笑みを浮かべている。ヴィスタ教徒を襲うのに心理的に抵抗が無ければ、こっちは弱そうな俺と少女の二人だ。さぞ良いカモに見えるのだろう。
彼等が近づいて何か喋りだす前に、リーダが懐から小さな杖を取り出して身構えた。
「お任せください」
この意匠の凝った高そうな杖は、リーダの希望で【縦横無尽な招き猫】を使って召還した杖。彼女がルーベ神殿の司祭だったときから使っていた杖だ。
自分の想像した物だけでなく、他者の希望する物も召還できないだろうかと言われ、試しにリーダが望む物を試みたのだ。結果はこうして成功。彼女が逃亡の道中で失った杖を取り返す事が出来た。これで魔術が使えますと凄く感謝された。
もちろん簡単にはいかなかった。中途半端に誘導が効く所為で失敗を繰り返した末の成果だ。十回程失敗して、最後には二人揃って床に転がって踊るというシンクロナイズトスイミングに発展。イカレた状況で召還が成功した。
クリオ達に見られたら大笑いされたと思う。
『お仕えして最初の仕事が、一緒に踊ることとは思いもしませんでした』汗を拭きながら引き攣った笑みでリーダが感想を述べた。うん。なんて返事すればいいか本当困るわ。
リーダが杖を向けて詠唱を唱えると中空に火球が浮かび上がる。でかい。そして熱い。おおおファンタジー。
驚いた山賊達は血相を変えて薮へ逃げ戻って行った。魔術はやはり恐れられているようだ。結局山賊達とは一言も会話しないままである。あっけない結末であった。
「追い払いました。威嚇して頂き、ありがとうございました」
「いや、俺は横で突っ立てただけだし」
何故か礼を言われる。率先して前に出て敵を追い払い、立ってただけの雇い主にも配慮する。実に優秀な従者ぶりだ。
「変に気を使わなくていいぞ。立ってただけの俺に気遣いなんかしないでさ。旅の仲間なんだし」
「は、はい。その……ありがとうございます」
あれ、言っちゃいけなかったんだろうか。どうも彼女は従者として俺に接したいようだ。こっちはそういうの苦手なんで、もっと気楽にいきたいんだけど。
「それにこういう場合は、俺が眠らせた方が早いんじゃないかな」
杖を出せば、相手に魔術を使うと判ってしまう。度胸のある連中には効かないかもしれない。知っていれば、隙を見て襲い掛かろうとする奴もいるだろう。その点、俺の【睡魔の踊り】なら、間違いなく意表をつける。呆れているうちに眠らせる事ができるのだ。魔術は使うと疲れるだろうしな。
「ですが、その舞は回数制限がありますので、ならべく温存された方が」
「そうか。そうだけどなあ……うーん」
確かに回数制限があるので、彼女が対応してくれれば助かる。そうなんだけど……もやもやする。
結局、自分は能力のある無し関係なく、年下の女の子を矢面に晒したくないのだろう。自分のちっぽけなプライドが拘ってるのだ。
「まあ……程々に頑張ってくれ。何かあったら回数なんか気にしないで直ぐ俺を使うつもりでいてくれ。な」
「は、はあ……」
頷いては貰えたが上辺だけの言葉じゃ安心できない。踊りの種類を説明しながら咄嗟のサインを決めていく。こっちの本気ぶりを知っておいて欲しいからだ。でも自分でなんとかしようと考えちゃうんだろうなこの子は。どうしたもんだろうか。
夜半前に次の村に着いた。偽造旅券は持ってるが、リーダが説明役を買って出て門兵に挨拶したらあっさり通過。宿の場所を聞いて、見つけたの宿に手続きをする。邪魔をしないようにと喋らないでいたらあっという間に宿の部屋の中だった。なんかもう、俺は何もしなくても良い気がしてきた。
「私は案内人としての勤めを果たしているだけでです。お気になさらないで下さい」
「ううむ……」
人を使うのに慣れてないので、気にするなといわれても難しい。
宿に入ったら何故かベッドは一つしかなかった。二人部屋と聞いてたのだけど……まあいいか。
しかしリーダは顔を引き攣らせて訴えに降りて行った。そんなに俺と一緒に寝るのは嫌なのだろうか。まあ、いびきが煩いらしいしな。
しばらくして悄然とした顔で帰って来る。
「す、すいません。この部屋しか空いてないとの事で……お手数ですが、宿を変えようかと」
何故か謝られた。こっちとしては何かあった時に動き難いので、別室になったりするよりは一緒の方が安心なのだが。
「まあここでも良いんじゃないの。ちょうど良いよ」
「えっ?」
「なんか問題あるの?」
「問題……というか」
「知ってるかもしれないけど、俺って結構いびきが煩いらしいんだ。それは少し迷惑掛ける事になるかもしれないけど」
「いいえ。それは問題ありません。ありませんが、その……」
「?」
「な、なんでもありません……」
何故か顔を赤くして黙ってしまった。
少し町を歩くが、未だ手配が回ってるのかもしれないので長時間うろつくのは危険だ。早々に宿に戻る。
宿の一階の酒場で、夕食を貰うついでに情報収集。といっても話すのは口の上手いリーダだ。料理を褒めながら実に如才なくおばちゃんから情報を聞き出していく。大したものだ。俺はただ食べているだけの役立たず。資金が潤沢になったので、好きなだけ高い料理を食べれるのが実に嬉しい。何の肉か分からないけどアレもコレも上手いッス。 ……せめて褒美に肉をあげようと自分の分を取り分けたら、気づかれて押しつけ合いになってしまい、宿屋のおばちゃんに笑われてしまった。
反乱軍に壊滅させられたドルア西方騎士団の話は、やはり知れ渡っているようだ。プロナード子爵は他の部隊を呼び寄せ捜索に当たらせているらしい。しかし連中は隣の領の都市グランデールにいるので、そう簡単には見つからないだろうとはリーダの弁だ。仮に見つかったとしても、クリオ達は既にあの団長達に合流しているのでそう簡単に捕まることはない筈だ。どのみち親元に戻ったクリオを心配する立場に俺はもういない。
食事後部屋に戻って情報をまとめる。とりあえず近隣の治安は悪いままだが目立った問題は起きてないようだ。ランプの油も切れるし今日はもう休もう。ベッドの壁に寄ってリーダが寝るスペースを作る。狭いけど仕方が無い。寝相悪くてリーダを蹴飛ばさないかが心配だ。しかし、何故かリーダは暗がりの中で硬直して動かないままだった。
「……どしたん?」
彼女は息を荒くして、深呼吸をした後で羞恥を堪える様に声を絞り出した。
「よ……よろしくお願いします」
いきなり暗がりで服を脱ぎだした。おい。どんどん脱いでいくぞ、こいつ。
「…………どしたの?」
「は、はいっ! ……って、……え?」
「え?」
「「…………」」
そこで、ようやく何を誤解してるか想像がついた。
「え? まさか俺がエロいことしようとしてるって思ってたのか? しねえって!」
「え? え? ですが……」
「案内役として雇った旅の仲間相手に、なんでそんな事しなきゃいけないんだよ。それに兄妹って話だろ」
「ですが……」
「だいたいお前小学生くらいだろ。俺はロリコンじゃねえし、そんな気おきねえよ。身体だってつるんぺたんじゃねえか」
「……!」
「おいおい……。ちょっと一緒に寝ると言われて勘違いするなんて、自意識過剰だよ。うーん……女子って本当、どこの世界でもませてんだなあ、歳を考えれば判るだろ」
「……!!」
「いいから早く寝ようぜ。ホラこっち。狭いけど」
「…………」
「ホラホラ早く」
「…………」
ようやく隣に入ってきたリーダに毛布を掛ける。あーやっぱ狭い。背中を預け最後に声をかける。
「じゃ、お休みな」
「……」
何故かリーダは一言も話さなかった。勘違いしたのが恥ずかしいのだろうか。普通分からないかな。小学生に欲情なんかする筈ないだろうに。
「「……」」
まあ、いいや。もう寝よう。さっと寝よう……
「……」
「……」
「痛痛痛痛痛痛痛痛痛! つねるな! なんでつねる? 痛えって!!」
「……」
「痛痛痛痛痛痛痛痛痛! ギブギブ! 俺が悪かった! 勘弁! 許して! 痛痛痛!」
夜が更けていった。
◇
「おはようございます。とってもよくお眠りでしたね」
翌朝、少し寝不足気味な顔のリ-ダに挨拶された。昨日の恨みなのか少し声にも棘がある。はたまたこれは打ち解けてきたと喜んでいいのだろうか。試しに煩かったかと聞いたら引き攣った表情で「大丈夫です。慣れます」と答える。やっぱ煩かったらしい。明日からは金を掛けてでも別部屋にした方がいいようだ。
「け、蹴ったりしてないよな」
「……大丈夫です」
太ももを触ったら顔をしかめられた。やっぱ寝相悪くて蹴り飛ばしもしたらしい。辛い夜を過ごさせたようだ。
「……ごめんな。これからは別のベッドにしような。な」
とりあえずきちんと謝っておく。
「まあ、別の部屋にしとけば変な誤解もしなくて済むしな」
「……!」
余計な一言だったみたいだ。一瞬顔色が赤から青、無表情へと変化した。
あんた頭悪いくせに変な気配りしようとするから、的外れで頭にくんのよとは我が姉の弁である。クラスの女子に話したら揃って頷かれて、いたく傷ついた記憶がある。
こうして十日程東へ旅を続けた。途中の町で行商の一行に同行させてもらい、旅は更に楽になった。道中、話し上手で美少女然としたリーダはすっかり商人や傭兵達の人気者に。自分は何を喋っても笑われるという馬鹿兄貴と認識された。ことあるごとに義妹さん大事にしろよ。迷惑掛けんなよと云われ続けて憮然とした気持ちになる。なんかマーチス、マーチスと呼ばれたんだが、何か有名な代名詞なのだろうか。二人きりになる度に、リ-ダが申し訳なさそうに謝ってくるので逆に当り散らすこともできない。
夕日が目に染みる。ここはもう、開き直って馬鹿兄&しっかり者の妹路線で行くしかないんだろう。はあ……。
かなり東に進んだので奴隷商達や騎士団の連中の影は見えなくなった。これでようやく町中を気軽に散策できるようになった。王都が近い所為か街並も立派になって、人通りも多くなって来ている。こちらとしては人が多い方が人混みに紛れ易いのでありがたい。
それでもトリスタ王国に比べれば活気が無いように思えるのだ。原因のひとつは町や都市の広場に必ずある処刑場後だろう。幸いにして刑の執行に出くわす事はなかったが、アレの跡を見るたびに気が滅入る。聞けば数年前から王令により全領で施行されているとのこと。ここまでの旅先でも結構嫌な光景も見てしまった。苦い気分になるが反乱軍に参加する意思は無く、この国を通り過ぎると決めた以上気にするべきじゃないのだろう。しかし、どうにもやるべき事をしていないような苛立ちを感じてしまう。
買い食いするのにも慣れた。小銭を払って串焼きに被りつく。トリスタ王国に比べ暑い地域の所為か、少し辛味の強い食品が多いのが特徴のようだ。香辛料がきつい。
(――見つけた)
「……?」
誰かに声をかけられた気がした。しかし、辺りを見回しても誰もこちらを見ている人はいない。カラスみたいのが建物の屋根から飛び立ったが、まさかあれではないだろう。
(気のせいかな?)
そのまま歩くと、リーダが立看板を見ていた。険しい表情で張られた板に見入っている。
「何かあった?」
「兄様……これは、心当たりがありますか?」
張り板は人相書きだった。西部劇の指名手配みたいに男の顔が書かれている。その横に説明文。なになに捜索人。黒髪、黒目。ヤーパ族風の容貌。異国人。年は十代後半、髪が逆立っている。報酬……金貨一枚
大分凶悪な人相になっているが、この特徴はどっかで見た様な内容だ。良く知っている特徴である。
……俺じゃん。
顔を強張らせて振り返ったリーダと目が合う。
大薮新平は国内に指名手配されていた。
次回タイトル 大薮新平 指名手配




