11. 大薮新平 従者を得る
すいません説明回です。話が進んで無いのに無駄に長いです。
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。行き倒れた末に騙され、奴隷として売られたところをある傭兵団に救われる。実はこの傭兵団は王国への反乱軍。新平は仲間に勧誘されるも拒否。旅立とうとした矢先、火炙りの公開処刑に出くわす。あまりの非道に新平は激昂して会場に乱入。死刑囚を強奪したのだった。
目が覚めると昨日ずっと宥めていた筈の少女に膝枕をされていた。何が起きたのか訳がわからない。なんでも彼女が目覚めた際、俺が彼女を抱えたまま眠っていて、寝苦しそうだったので自然とそうなったとか。
子供相手に格好悪いところを晒してしまった。とにかく、無事に自分を取り戻せたようでなによりだった。
助けた死刑囚の男の方はこのままここの『解放軍』に参加する事になったそうだ。行く宛ても無く、街に出て見つかってはまた捕らえられるので仕方のない選択ではある。自分が後先考えずに助けた結果『解放軍』には迷惑を掛ける事になってしまいちょっと申し訳ない。
「いえまぁ、今更一人二人増えたところですしね……」
そう答えるミラジーノ副長の顔はパンパンに腫れていた。自分に殴られた後に、事の次第を知ったヴィルダズ団長に殴られたそうだ。自分が全力で殴った右側より左の方が倍近く腫れているのでなんとも言えない気分になる。
それでだが、やはり、今回自分を処刑場に連れ出したのは、勧誘を断った自分に対し、この国の惨状を認識させ反意を促そうとしていたらしい。以前、アウディ団長が絞首刑後をわざと見せて国の惨状を理解させようとしたのを生温いと感じ、もっと鮮烈に印象つけたかったようだ。迷惑な話である。
死体見て吐く様な奴に何見せてんだ。異国の若い者に、ここまで助けてもらっただけでもありがたいじゃないか。これは俺達の国の問題だ。俺達の力で成し遂げるべきなんだ。と啖呵を切ったヴィルダズ団長に皆は大いに湧いたそうだが、ミラジーノ本人はまだ不満そうだったらしい。
自分としてはヴィルダズ団長の考え方はありがたいし、公言してくれたことですっきりもした。
問題は少女の方だった。
「私は寄る辺も無い身。貴方様の旅のお手伝いをさせて下さいませ。この身全てを捧げ、誠心誠意御仕えさせて頂きます」
自分の従者になりたいとか言い出しやがったのだ。十二歳くらいの子供が。思い切り嫌な顔で拒否したのだが聞いてくれない。解放軍に世話になればいいじゃないかと言えば。
「彼等の思想は理解できますが、賛同する気にはなれません。現状では反乱軍を組織しても成功する見込みは薄く、また成功すれば更に多くの血を呼ぶは必定、まこと民の身を憂うなら国外への避難を促すべきでしょう」
と随分頭の良さそうな返答をされた。ちょっとびびった。
身なりを整え髪を切り揃えた姿はなかなかの美人さんで、小さいくせに一端の風格を構えている。世話をしてくれた女房さん達が、最初はしゃいで着せ替え人形にしていたのだが、途中から目を見張って最後には息を呑んだ程だ。聞けばルーベ神殿では司祭の地位にあったとか。説法や告解を受けたりもしていたらしい。名乗りを聞いた女衆が次々態度を改めて、立礼して崇めるのだから驚きだ。 ……こんな子供が説法して信者が聞き入ってる姿が想像できない。絶対飴とか配る方じゃなく貰う方だと思うんだが。
ルーベ神殿というのはヴィスタ教の分派の一つとのこと。
彼女は大神官の孫娘で、前回の戦争では父親を失ったそうだ。昨年神殿内で勢力争いが起こり、祖父と母を失い自身の身も危なくなり逃亡。あらぬ罪を擦り付けられて追われる身となったそうだ。結果捕まり奴隷の身に落とされたが逃亡。失敗。あの場所で処刑されるところだったらしい。
ただ大神官の孫だったというだけで、こんな子供が権力争いに巻き込まれ冤罪の末に火炙りに遭うところだったのだ。あの恐慌状態を思い返すにさぞ辛い目にあったのだろう。酷い話である。
復讐とか考えてないのかと聞けば、死者は戻りませんし、私一人で事を起こしても詮無き事ですから。と儚く笑った後にポロポロと涙を流し始める。デリカシーの無い事を聞いてしまったらしい。慌てて背中をさすり頭を撫でて宥めた。まだ情緒不安定なようだ。言葉には気をつけなければ。
ちなみにこの一幕を見ていた女性陣に『あんた、女の子は優しく抱きしめて、髪を梳く様に頭を撫でるもんだよ。太鼓叩くみたい頭や背中パカパカ叩いちゃあかんよ』と駄目だしを食らった。ほっといて欲しい。でも確かに最後の方は吐き気を催したみたいで青くなっていた。今度は加減を考えよう。
そもさ、どうしてこの地では、大した罪状でも無いのに、吊るし首や火炙りなんて蛮行が行われているのか。昔からずっとこうなのかと聞けば、やはり十二年前の敗戦後かららしい。全ての原因はこの国の敗戦にあったのだ。
敗戦で、戦勝国のドーマ王国によってオラリア王国の王族達は皆殺しにあってしまった。そしてド-マ国の王弟ギブスン・ドーマが唯一生き残った王女レイオーネ当時十歳と婚姻を交わし国王に即位。事実上の乗っ取りが起きた。
こうして国政は新国王ギブスン・ジラードの好き放題となった訳だ。圧政を敷かれ重税が課せられ逆らうものは容赦ない処罰が下ったそうだ。逆らった官吏達も皆処罰され、現在残っているのは頷くだけの者ばかり。今では完全な暴君政権と化しているという。
当然重税し続ければ耐え切れない者がどんどんでる。事実多くの死者が出て反乱も起きたのだが。ここ十年で軒並み潰されたらしい。
何故こうまでして圧政を敷くのか、それは国王の人也もあるのだが、重税によって吸い上げた資金を本国ドーマに送っているという噂だった。ドーマは今度は西のワウル共和国にも争いを吹っ掛けていて小競り合いが絶えないとか。その為の資金をこの国から集めている。敗戦した国民は、ひたすら搾取される立場となり、現在この国は奴隷国家となってしまっているのだ。
常識では考えられない税を掛け搾り取る。もし全ての民が死に絶えても奴は本国に戻るつもりだから、この国がどうなろうと構わないのだろうというのが反乱軍の男達の見解だった。
こうして国民からの恨みを一身に受け、国王ギブスン・ジラード討つべしが反乱軍の総意となっているそうだ。
そういえば思い出した。トリスタ王国で巡礼団の邪魔をしたアイズバッハ団長も『ドーマの横暴。オラリアの崩壊。ギブスン・ジラードの暴政』がどうとか言っていたのだ。隣国トリスタにも響く程の悪名だった訳だ。
この少女のいたルーベ神殿も、元はといえば旧王国派だった祖父達に対し、新国王派の後押しを受けて反乱が起こったのが原因らしい。
そして、この少女の扱いに戻る。さて困った。
アンジェリカ王女の時もそうだったが、こんな小学生くらいの子供に仕えると言われても困るだけだ。ここは治安が悪い。危険な道中となるので、付いて来られても正直面倒を見切れる自信がない。自分自身でさえ無事に済むか分からないのだ。だから従者なんか持つ気は無いと断ってみたのだが。
「であればこそ、私をお連れ下さい。必ずやお役に立ちましょう。多少はこの国の案内も出来ると思います。司祭位を頂いており多少の魔術も心得ております。必ずや御役に立ちましょう。戦いにおいては盾としてお使い下さい。この身を持ってお守り致します。もし、どうしても不要とおっしゃいますなら、どうか私を売り、路銀の足しとして頂いてかまいません」
「阿保か! お前みたいな子供が盾になんてなる訳ないだろ。第一どうして助けた子を盾にしたり、売り飛ばしたりしなきゃならねえんだ」
「ああ、私のような者に対して、その様に心配りをして頂ける。だからこそ我が身を賭して仕える価値があるというものです」
「あ……う」
言い負かされた。少女と思えない弁舌ぶりだ。神殿で説法をしていたというのも信じられる気になってくる。
たらりと冷や汗ひとつ。これは困ったことになったぞ。ただでさえ女には口で勝てないのに。
「俺について来たらろくな目に会わないぞ。実際ろくな目に会っていない俺が言うんだから間違いないぞ」
我ながら凄い自慢である。
「では、私が良い旅となるよう力を尽くしましょう」
「……うわおう」
頭を抱える。反論が思いつかない。困った事に上手く返されて嬉しかったのもちょっとマズイ。実際情も少し移ってるのだ。昨夜の慟哭が耳に残っている所為で、放っておけないという気持ちがこっちにもある。困ったな。今迄とは違って、身寄りも行く宛ても無い子だ。奴隷紋は再生時に消えたけど、顔と名前は手配されている犯罪者でもある。簡単に放り出す訳にいかない。
(……せめてあと五歳くらい年上なら、やる気も出るんだがなあ)
一瞬阿保な事を考えたが、仮にそうなれば旅の危険はもっと跳ね上がるだろう。今でさえ結構目を引く美人さんだ。守りきれる自信は無い。男としては情けない話なのだが、こんなにヤバイ国にいて見栄なんて張っていられない。
で、どうしようか。従者にするのか、連れて行くのか。本当に? ううむ……
「でしたら……この国を出るまでの案内人として雇って頂くというのは如何でしょうか」
「……それで良いの?」
頭を抱えていたら、少女の方で妥協案を出してくれた。今度は従者でもなんでも無い。期間限定にもなった。ずいぶんとあっさり諦めてくれたようで、正直助かった。
「はい。これでも神殿の勤めで何度か国内を巡っており、旅案内は出来ると思います。元々こちらに案内人を頼んでいたという事でしたし、私に代わりを務めさせて頂ければと」
「おお……」
これは嬉しい提案だ。正直ミラジーノ副長は懲りてないようだし、アルルカさん達との旅は道中の危険は少なくても、何に利用されるか分かったものじゃない。またぞろ火炙りの刑場みたいに、好んでもいない場所に連れ回されるのは御免である。この少女と二人旅というのは少し心配だが、今迄だって十分危ない旅だった。
「そうだな。それならまあ……問題ないけど」
「ありがとうございます。この身を救って頂いた恩を返す為にも、誠心誠意勤めさせて頂きます」
「う、うん」
「提案なのですが、出来ましたらこちらの傭兵団の案内は断り二人で参りませんか。あの副長殿の様子ですと、ご主人様が激昂されるような場所へ案内し、騒動を起こさせてる隙に部隊を運用するくらいはあるでしょうから」
自分と同じ予想を、より鋭く推測していた。囮にされるか……言われると確かにありそうか。
「というか、そのご主人様って何?」
「ええ、私の雇い主となる訳ですから、呼称は『主人』となります。お嫌でしょうか」
「……」
言っている理屈は分かる。分かるが………………正直気持ち悪い。
同じくらいの年の子がメイド服でも着ていたら、流行りもあるので、そういうプレイとして諦めもつくのだ。だが完全な異国の髪と目の小学生くらいの少女に『ご主人様』と呼ばれるのは凄い違和感を感じる。映画で見る様な洋画の世界に飛び込んで、赤毛碧眼の子供が俺を見て真顔で『ご主人様』と言ってくるのだぞ。なんか反射的に走って逃げ出したくなる。
では他の呼び名にしてもらうか。即思いついたのが『シャッチョウサン』
……これは流石におかしいと自分でも分かる。他に同じ意味で似たような呼び名だと……
「マスター、とか……」
「マスター?」
「へい、らっしゃい!」
「……?」
「……いや、なんでもない」
反射的に飲み屋の親父のような返しをしてしまった。駄目だなこれは。変な固定観念が邪魔する。
「道中において周囲には雇用関係か兄妹、師弟ということに偽装する様になると思います。雇用関係とするのがお嫌でしたら、兄妹の類と称する事ではどうでしょうか。年長の男性という事で『お兄様』とか……」
「うひっ?」
「如何いたしましたか?」
いかん。喜びのあまりに奇声をあげてしまった。
「そ、そうだな。ええとじゃあ …………お、おにいちゃんとか?」
照れながらも言ってみる。末っ子の自分として妹は憧れ。一度は呼ばれてみたい呼称だった。
「オニイチャン?」
「おほほう! ほう、ほーう!」
「……………………」
昂奮して両手を振り回した。しまった。浮かれてしまった。じっと真顔で見つめられているので恥ずかしい。
でも、妹がいない人ならこの喜びが分かってくれるのではないだろうか。一度は呼ばれてみたいよな。な。な。
「む、むむむ。しかし、実の兄妹でもないのに兄なんて呼ばれるのは……」
「其処はあまり気にされなくてもよろしいかと。この国では師弟や兄弟の契りを結んだ者同士で呼び合う場合もありますし、なによりこれからの道中で我々の関係を問われた場合、義兄妹として振舞った方が説明がし易いかと思うのですが」
「大丈夫かな。だって、俺はあんたらから見れば完全に外国人だし、どうみても俺達が兄妹だなんておかしいだろ?」
「……こういうのは如何でしょう。遠方より流れ着かれたオニイチャンが西方のヴィスタ神殿にて帰依された。しかし異国人である為、帰依の許しと得たいとアウヴィスタ大審神殿へ向かう事になった。そこで教会の司祭の娘であり義兄妹となった私と一緒に旅をしているという話です。これならば私がルーベで培った教義を振舞う事もできます。ただし信者でも無いオニイチャンには少し苦労をかけてしまいますが」
すらすらと設定を話すので呆気に取られた。この子、頭良いな。漫画家にでもなった方がいいんじゃないだろうか。
「いや……いいんじゃないか。というか『おにいちゃん』で決定なのか」
「『オニイチャン』とお呼びした時の方が嬉しそうに見えましたので……いけませんでしたでしょうか?」
見抜かれている。
やばい。お兄ちゃんが定着してしまう。嬉しいけどヤバイ。口元を覆うと鼻の下が伸びてるのが自分でも分かった。
「いやいや。そりゃあ、おにいちゃんは一般的な呼称だけど、実際には色々な呼び方があってだな」
「アニキ」
「ヘイ!」
「兄上」
「オウ!」
「にいさん」
「ううーん」
「兄様」
「おお。いいな」
「オニイチャン」
「うひひひっ!」
「……やっぱりオニイチャンというのが喜ばれそうですね」
「冷静に分析せんでいいから!」
駄目だ。淡々と観察されている。俺が馬鹿みたいだ。
結局、『おにいちゃん』と呼ばれると妙にリアクション大きく反応してしまうので却下。一番昂奮しなくて耳触りのいい『兄様』で当面は呼んでもらうことになった。
兄様だって。妹だよおい。姉ちゃん見てるか、俺達に妹できたよ。外人さんの妹だよ。凄い美人になりそうな綺麗な子だよ。くそ、絶対信じないだろうな。写メ撮って送りつけてやりたい。絶対もうあんたいらないとか言われそうだが。
「えっと、じゃあよろしく……え、えふりーらさん?」
「……あの、イェフィルリーダです」
「ご、ごめん。本当にすまん! すまんです!」
今迄散々自分の呼び名を間違えられて怒ってた癖に、あっさり相手の呼び名を間違えた。流石に申し訳なくて土下座して平謝りする。過剰な程に謝るので逆に慌てられた。
「よろしければ、リーダとお呼び下さい。親しき者にはそう呼ばれておりました」
「助かるわ。じゃあ、改めてよろしくリーダ」
「はい。兄様」
こうして新平は、少女を従者として迎えることになった。
◇
さて同行するとなると、ある程度こちらの事情も明かさなくてはならない。
部屋の外で聞き耳を立てている者がいないか確認。ベッドで顔を突合せ、自分のおおまかな事情を説明する事にした。もっともこんな酔狂な話を簡単に信じてくれるかはちょっと心配ではあったが。
話すにつれて、何故か彼女はどんどん顔色を悪くした。そんなに踊りで魔法が掛かるというのは怖い話だったのだろうか。
「異郷から来られた使徒様であらせられると……」
違うところに引っ掛かったようだ。
「いや、知らん。トリスタ王国の連中が勝手にそう呼んでただけで、本当はどうか分かんないぞ。現に当の神とやらからは何時までたっても連絡が無い。結局、こうしてこっちから会いに行く羽目になってる訳だし」
「そ、その様な尊い御方とは知らず、とんだ御無礼を致しました」
いきなり床に降りて平伏された。
「うわあっ! なんだおい!」
説得してベッドに戻す。小学生くらいの少女に床に平伏されるのが、これ程怖い事とはおもわなかった。室内なのに誰かに見られていないか見回してしまった。こっちの方がびびったよ。
「成る程。であれば納得出来ることも多々あります。その身に纏われた後光。只人では無いと思っておりました」
「後光……見えるの?」
「はい。これでも神殿にて司祭位を頂いた身。兄様は今迄見たことも無い神々しい光を纏われています」
あのトリスタの宮廷魔道士のミモザ婆ちゃんやミズールのおっちゃんが言っていたように神気とやらが見えるのだろう。映画やドラマで見る偉い人の背後が光ってる光景が思い浮かぶ。でも、モデルは俺なのだ。うわぁ……やだなあ。我ながら似合わな過ぎて気味悪いなあ。
「私の知るどの系統の付与魔術とも違うので不思議に思っておりました。これが神気なのですね。末世にてこの様な方に出会えて私は光栄です」
「いや、まずその堅苦しい言い方止めてくれない。ぞわぞわしてくるよ。なんとかならんの」
「え……」
持ち上げられ過ぎて気味が悪い。『使徒様。只人では無い。神々しい光。光栄です』誰だよそれは。全部自分自身の力じゃなくて、この世界に放りだされ時に勝手についた力なのだ。何の努力もせずに得た力なんぞ持ち上げられても嬉しくない。日本に居た時は毎日説教をされていた自分としては、むず痒いを越えて嫌気が差す。
小さいのにしっかりした言葉使いや態度をとれるのは良いことだとは思う。ただ、場所が王宮とかならまだしも、ここは只の客室で膝を崩して顔を突き合わせてるのだ。もう少し砕けて欲しい。こんなに堅苦しく話されては息が詰まってしまう。
「これから義兄妹としてこの国を出るまで一緒になるんなら普通に兄妹として接してくれないか。でないと正直こっちは神経が持たないよ」
「そのような畏れ多い……」
「頼むって。さっき言った通り、俺は自分の家では馬鹿息子で年がら年中、母親と姉貴に怒られてたんだ。偉い人みたいに持ち上げられても慣れてないんで気味が悪いんだよ」
「しかし……使徒様ともあろう方に」
「じゃあ、今迄の話は全部無しだ。旅の同行も断る。俺の神経が持たない。できれば町の兄妹みたいに気さくに接してくれないか。怒鳴ったり蹴り飛ばしてくれてもいいから。俺に助けられて恩を返したいと思うのなら、使徒の話は忘れて旅の仲間として接してくれよ」
「え、ええと……」
戸惑いながらも頷いてくれたので、何度か呼び捨ての練習をさせてみたが喋り難そうだ。これも時間が解決してくれるんだろうか。クリオ達も一緒になった時はしばらく他人行儀だったから気長にやるしかないんだろうな。
とりあえず話を戻し、トリスタ王国から飛び出してこの国に流れ着いたところまでをざっと説明しなおす。するとリーダに凄く同情された。
「報われないですね……」
「はい?」
「いえ、王女を助け、多くの兵を助け、反乱軍の首魁を捕縛という英雄たる行いを成したというのに。御自身の希望は叶えられず、逆に利用され続けて国を飛び出す羽目になったと」
「お、おおー成る程、そう見えるのか」
「……え?」
「いや、だってさ……」
元々最初に首を突っ込んだのは自分の方だ。成り行きでやった事も多いし、ある程度自業自得だと云える。自分達の命が掛かってる戦争中なんだから、便利な奴が居れば利用しようとするのは当然だとは思う。まあ、こう思えるのはアンジェリカ王女やラディリア達みたいに、こっちの心情を理解して同情してくれた人が居たというのが大きいんだけど。
自分の不満は早く先に進みたいのに進めないという一点だった。考えるより先に走り出す性分の自分は、とにかく困ったら走り出したいのだ。それが邪魔されていたので常に不満だった。でも、衣食住をあそこまで世話されておいて文句言うのは贅沢な話だろうとも思う。この国で彷徨って衣食住が確保される事が如何にありがたい事か身に染みた。向こうではもの凄く良い食事を貰っていたのが判ったのだ。実際、一人で飛び出していたら、盗賊デニスが言った様にすぐに路頭に迷ったと思う。
自分の恨みの対象は常に召還した神にある。おそらく要求を断ったろう自分を無理矢理召還したくせに放り出し、何度死にそうな目にあっても助けない。ふざけんなと大声で叫びたい。早く大神殿に行って殴り飛ばしたいと切に思う。
「……成る程。兄様はそのようにお考えられるのですね」
「ならないかな?」
「我々にとっては、アウヴィスタ神のなされる事に対し不満を抱くという事自体畏れ多い事ですので」
絶対神というやつなんだろうか。八百万の神をもつ日本人の自分には無い発想だ。
「じゃあ、神に対してこうして文句言っていたらマズイのか?」
海外旅行好きの親戚が、海外では宗教には気をつけないといけない。一神教の国でその神を冒涜したら本気で殺されても文句が言えないぞと脅されたのを思い出す。
「あまりよい顔をされないのは確かです。我等の国々では元々アウヴィスタ神を含めた三柱の神がおられました。しかし数千ウィヌ(年)以上前に二柱が身隠れになり、残られたアウヴィスタ神の下に我等は生活を得ています。その神を公然と冒涜するのは、とても薦められません」
「そ、そうか……気をつけるわ」
トリスタ王国で毎日文句言い放っていたのに良く無事だったものだ。たぶん陰で色々思われていたんだろうな。
「それで、舞で魔術が掛かるという事ですが」
「そう! この名前とか凄えおかしいだろ! 神の野郎、絶対ふざけて付けてるよな」
「……」
鑑定紙を見せながら愚痴ったら、リーダが硬直して、まじまじと見返された。
「何?」
「えっと……いいえ。なんでもありません」
「ああ! そっかゴメン」
「いえ……」
あっさり前言を忘れて神を罵倒してた。我ながら脳筋だった。リーダが薄く溜息をついた。これから同行する子供に早速呆れられてしまったようだ。
「えーと、これは確かに一般的な魔術とは一線を画すようですね」
見たことも無いスキル一覧を指してリーダが話題を変える。
「だろう。もうちょっとまともな名前付ける気ないのかと思うよな」
「……いえ、それはそうなのですが。舞で魔術が掛かる等、聞いた事がありませんでしたので」
「ミモザの婆ちゃんも初めて聞いたとか云ってたから、それは仕方ないんじゃないか」
百歳を超える偉い老魔道士が知らないんだから、リーダみたいな子供が知ってる筈もない。
「それはそうかも知れませんが……どれか一つ、実際に見せて頂く訳にはいきませんでしょうか」
思わず顔をしかめる。言ってる事は分かる。これから一緒に旅をするのなら、この珍奇な踊りについて知っておいて貰わなければならない。ならないんだが……
「いけませんでしたか。差し出がましいことを言いまして、申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだ。分かってる。俺も必要だと思うし、知っておくべきだと思う。分かってるんだが……本当に妙ちきりんな笑える踊りなんだ。正直恥ずかしいし情けないんで、見せるのに抵抗あるんだよ。今迄何度も指差して笑われてなー」
「わ、私は笑いなど致しません!」
「いや、俺も他人がやってたら笑う様な阿保な踊りだぞ」
「いえ、絶対笑いなどしません」
「は、ほほ~う……じゃあ、どれかやってみるか」
ちょっと面白い。絶対笑うと保障しよう。どれだ。どうせならやった事の無いこの【縦横無尽な招き猫】とやらをやってみようか。招くというくらいだから何を呼ぶんじゃないかな。どうやるんだろ。招き猫というからには……こうか? くいくいと片手を宙に上げて招き猫の真似をする。
――くん、くんっ
(……本当かよ)
あっさり誘導が来た。今迄で最速かもしれない。危険に陥った時もこれくらい簡単に新しいのが発現すればありがたいんだが。
はて、招く、招く……何を招くんだろう。招き猫というからには幸運を招くとかかな。ちょっと抽象的だぞ。踊る度に幸運値が上がって旅が楽になるとかなら今直ぐ回数使い切るまで踊ってみせるんだが。
そう思いながら誘導に従って寝転がる。ころころと転がる……そう。猫が転がるように汚れるのも気にせず石床を転がる。リーダが呆然と見下ろしているるのに気づいてちょっと恥ずかしい。
普通招くといったら物だよな。何か物でも召還すんのかな。
誘導がきた。声を出せって。そのまま叫ぶ。
「ニャーン!」
空に向かって猫招きをした。
「「……」」
なんだろうコレ。どう見ても只の猫の物真似になってるんだが……
さっと右に伏せる。左に伏せる。床を掻き毟る。どうしよう。リーダが凄く困惑した視線を向けている。『笑わせてやんよ』と意気込んだけどもう既に後悔してる。ちょっと勘弁して欲しい。これって、かなり情けない。
仮想の蝿を捕まえる様に空中で手を叩く。下段、中段、上段。
「ニャニャーン!」
空を掻き毟る。今度は四つん這いからのジャンプ!
「ニャン!」
はい、もう一度ジャンプ!
「ニャン!」
自分でも似合っていないのが判る。幼児や少女がしているなら可愛げがあるが、むさい男がしていれば只の変質者だ。しかし容赦なく踊りは羞恥プレイを要求する。右手で招き、左手で招き、小首を傾げてセクシー声で手招きだ。
「にゃにゃあーん?」
盗賊デニスが見てたら石を投げつけられたかもしれない。
「……ぶふっ!」
「……」
堪え切れずリーダが吹き出した。
「くっ……も、申し訳っ……ふぐっ……ふっ、ふーっ」
「……ホラな。笑ったろ」
踊りを中断して、笑いを堪えて痙攣するリーダに勝利宣言だ。勝ったな。
……なんか凄く空しかった。勝負に勝って、何かに負けた気がする。
「ちゅっ、中断させてしまいも、もうしわ……くっ、ふっ」
「……いやもう、普通に笑っていいぞ。無理して耐えてないで」
敬語使うな、尊敬するなとか言う必要は無かったかも知れない。踊りを二三種類見せれば呆れて口調が砕けていく気がしてきた。
「踊りってさー、こんなんばっかりなんだ。俺の苦労分かってくれる?」
「……はーっ……はーっ……た、大変だったのですね」
「行く先々でこれを披露して唖然とされたり、指を差されたりすんだぜ。双子の天馬騎士なんて爆笑した挙句、うずくまって痙攣するまで笑い転げやがったわ。あん時は殺意沸いたぞー。中断すればやり直しになるので止めれないしなー」
鳥のさえずる青空の下、俺はこんな異国で一体何をしているんだろうと思ったものだ。
「……御心中お察しします」
「こんな踊りで笑われてるのに、神と使徒とか言われても納得できない気持ちも分かってくれるか」
「えっと……たしかに少し奇妙な事かと……」
まだ擁護するか。信仰の壁は厚いようだ。
どうせだから最後までやってみようと再開する。
「にゃにゃあーん?」
「ふっ、くっ……」
同じところでリーダが顔を背けて笑いを堪えた。頑張ったな。
要求が来た。【天翔地鳥】の時と同じだ。何かを要求している。あれは遠距離を飛ぶ為の目的地を要求していた。これは招き猫というからには、おそらく召ぶ物を要求しているんだろう。召ぶ物、欲しい物。取り返したい物……。ふと自分のバックを思い出した。日本から持ってきた自分の背負いバック。トリスタ王国で巡礼団が一度王都に戻ると言い出した際に、勝手な事をしないようにと取り上げられた自分のバックだ。思い浮かべるとあっさり映像が正面に浮かぶ。誰かが背負っているようにも見える。手を伸ばすと実際にバックを掴む感触があった。
「ニャーッ!」
脳裏に新たな言葉が響いた。
【縦横無尽な招き猫】
「おう!?」
ドサリと腕の中に重量感が残る。そして……手の中には失くした筈のバッグがあった。
「お……おおおっ?」
「……これは……す、すごいです」
自分でもびっくりした。確かの自分のバックだ。リ-ダも驚いている。
「ホ、ホラな。こんな感じだ。トリスタで失くしたバックを取り戻したぞ……?」
自慢しながらも違和感を感じたのでバックの中を探る。変だな。重いぞ。石でも詰まってるのか。
開けて見る。着替え。折りたたみ傘と開封済みの飴。――誰だよ食ったの。トリスタで治療した連中から貰った金細工。そして見知らぬ高そうな生地の小箱。原因はこれか。重いな。開けてひっくり返してみる。
「うおお?」
「……こ、これだけあれば、路銀としては十分過ぎますが……どうされたのですか」
中には大量の白金貨が詰まっていた。金貨百枚分の白金貨がだ。
……誰の仕業だ。アンジェリカ姫か? それとも皇天騎士団の副長トルディアあたりが、治療した報酬金として入れておいてくれたのか。
一躍大金持ちになった。
小市民の新平は、泥棒になるんじゃないかと妙なところで心配し『ぬ、盗んだんじゃないぞ』とリーダに弁明を始めるのだった。
次回タイトル:大薮新平 東へ




