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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
2章 奴囚王国オラリア騒乱編(全26話)
46/100

09. 大薮新平 火炙りに立ち竦む

 大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。助けられた傭兵団は実は国政への反乱軍。領主討伐軍の襲撃計画を知り団員達と逃亡を図るが、ついに追いつかれてしう。踊りを駆使して懸命に足止めを図る新平。力尽きて倒れる寸前『新生オラリア解放軍』本隊が救援に現れ、なんとか助けられたのだった。



「だから、お前も一緒に俺達と戦ってくれねえか」

「お断りします」

「オウバヤイ!」

「断るってば!」


 今日も男衆達に囲まれて勧誘を受けていた。何度もきっぱり断った筈なんだが、彼等も諦めない。困った事に今回の脱出行で自分は高評価されたらしい。実際には時間稼ぎしただけで最後には殺されるところだったんだが、やはり魔道士を逃すのは勿体無いとかいうことだろうか。

 もっぱら喋るのは傭兵の連中だが、後ろに副長のミラジーノさんが控えてじっと話に聞き入っている。彼等の言葉には熱意があった。敵が近くにいる。つい先日も家族の命が危なかったのだ。その切迫感がある。心境が分かるだけにこっちも断るのは辛い。


「俺達には力が必要だ。このまま手をこまねいていれば、俺達でけでなく更に罪のない者達が大勢死んでいく」

「……だから……断るってば」

「どうしてもか」

「考え直しちゃくれねえか」

「俺には、行かなきゃならない場所がある。帰る場所があるんだ。待ってる人がいるんだよ。急いでんだ。決めたんだ。もう迷わないで、まっすぐ行くって」


 断言した。言い切った。


「そりゃあ、俺もだよ」

「俺だって家族を、皆を守りたいんだ」

「手を貸してくれ」

「だっ、だから……だか……っ」


 駄目だった。聞く耳持たない風に断言したのに全然効かない。かまわず次々と嘆願されて、言い返す言葉に力が無くなってくる。悪役に徹しきれない甘い自分の地が出て言葉に詰まる。彼等の気持ちも分かるのだ。自分達の生死が掛かっている。皆も必死なのだ。でも、それでも――


「ごめん……ごめんな」


 手助けと戦うは全然別だ。

 ここで頷く訳にはいかない。情や正義感で協力すれば、きりがなくなる。また日本への帰還の道が遠ざかってしまう。


 時折落ち着くと無性に湧き上がる望郷の思い。家族に会いたい。話したい。また馬鹿を言って怒られたい。笑い合いたい。散々鈍いと言われてた自分なので、ホームシックなんて掛からないと思っていた。そんなやわな感性は持ってないと自分でも思っていた。 ……とんでもなかった。異郷にたった一人でいることを自覚する度に、締めつけられる様な寂寥感に襲われる。寂しい。寂しくて堪らない。戻りたい。帰りたい。そうなんだ。


「嫌だよ……俺……帰りたいんだよ……」

「「…………」」


 皆はやっと黙ってくれた。




 ロビーに戻ると声を掛けられた。


「おう。すまんな、うるさくて」

「いえ、こっちも頷けなくて…なんか、すいません」

「言い聞かせちゃいるんだがなぁ……」


 そう言って頭を搔く偉丈夫はヴィルダズ団長。この解放軍の団長である。あの集団逃避行で領主騎士団に襲われ、もう駄目だという時に来てくれた解放軍。それを率いていた人で、自分が気を失う寸前に会ったのがこの人だ。なんとクリオの父親だった。道理でクリオが女房達に妙に大事にされていた訳である。


「まあ、お前は皆の恩人だ。ゆっくり身体を休めてくれ」

「はい。ありがとうございます」


 『新生オラリア解放軍』に助けられてから十日。暁の傭兵団があった町、スウェンデールからブロナード子爵領を越え北東の都市グランデールにやって来ている。最初に行き倒れた集落から、かなり北東に来た。一応ウラウラ大神殿のある東方向には進んでいるので前進していると言っていいのだろうか。何度も死に掛けて全然進んでいる気がしないのだが。

 この街で暁の傭兵団の皆は、街のあちこちに潜伏して暮らす事となった。別れ際、何度も感謝される。正直、こっちの静止も聞かず目の前で殺人を起こされて複雑な心境なのだが、文句を言う訳にもいかず内心苦い別れとなった。

 クリオ達と自分は本隊の隠れ家たるこのアジトに匿ってもらっている。といっても場所は郊外の市長の別邸だ。ここの市長は『新生オラリア解放軍』の協力者なのだ。解放軍の兵達も多く、戦力的にも安心して滞在する事が出来る。

 

 どうやってこの解放軍本隊があの場に間に合ったのか。

 そもそも事の始まりは、北西の村エンデールの傭兵団が密告により解放軍の一党だと発覚したのが発端だった。

 ドルア西方騎士団が派遣されて襲撃を受け、生き残った団員達は散り散りになった。戦地を逃れ匿われていたクリオと護衛兼遊び相手のヴェゼルは、ここで町外に放り出されて奴隷狩りにあったのだ。

 捜索の末にヴラーダの奴隷牢に監禁されていると判り、父親のヴィルダズ団長が飛び出した。慌ててアウディ団長以下、暁の傭兵団が加わりこれを救出。自分もその時に一緒に助けられたのだ。

 ヴィルダズ団長は二人を暁の傭兵団に預け、内通者とドルア西方騎士団の動向を探っていた。そこで内通者を発見、暁の傭兵団にも襲撃計画がある事を知り、急ぎ部隊を率いて救援に向かっていたという。そして、運良く逃亡してきたクリオ達に出会えたという訳だ。途中で合流した暁の傭兵団男衆達と救出に向かっていた際は、既にドルア西方騎士団がスウェンデールの町に入ったという情報があったので、誰もが家族の生存を諦めていた。それだけに再会出来た喜びもひとしおだったとか。


 結局自分は領主の討伐隊と反乱軍の争いに巻き込まれた訳である。酷い目にあったものだ。

 どうせ巻き込まれるなら、男日照の女部族の村に迷い込むとかだったら良かったのに。


 しかし、これでもうクリオ達については心配する必要はなくなった。

 これだけの規模の軍と頼れる父親の元に保護されれば、もう自分の出る幕じゃない。

 父親の足や背中に貼り付いて甘えるクリオは完全に安心しきっていて微笑ましい。ヴェゼルは団長によく娘を守ってくれたと礼を言われ、感激して泣き出していた。どうもこっちも張り詰めていたものが緩んだらしい。彼の父親は団長の部下だったそうで、その縁でずっとクリオの保護役になっていたそうだ。

 ヴェゼルは落ちついた後に自分にも礼を言ってきた。そして『将来はヴィルダズ団長の側で騎士として剣を奮いたいが、一人の男として勇気あるジョンペイを尊敬する。男としてあなたのようにありたい』とか言いだした。思わず頭の熱を測ったら怒りだした。驚いたことに本気だったようだ。聞けば殺人を前にして吐いた後に、人一倍抵抗し、逃走時にはしんがりを勤めた自分に対して、いたく感激したと言う。う、うーん……

 なんか昔、姉の粘土を壊してべそをかいていたら、親父に格好良く直されて尊敬した自分を思い出した。……結局母親にはバレて親父共々説教をくらったのだが。

 自分が目立ったのは他に戦力が居なかっただけだし、頑張ったのは死にたくなかったからだ。正直こっちを無視して敵兵士に襲い掛かった男集には未だわだかまりがある。

 そして、あの【マイムマイム】を見ていたら、とてもこんな台詞は無かった確信がある。武器を掲げ怒声を上げる騎士達の前で、一人満面の笑顔で手を叩き【マイムマイム】を踊る自分。さぞ異様な光景だったと思う。まさか、あれ程緊迫したマイムマイムが世の中にあるとは思わなかった。日本に帰ったら曲を聴くたびに泣きそうな気がする。酷いトラウマだ。ぜひ損害賠償を請求したい。


 ちなみにマークさん夫妻は無事だったそうだ。マークさんは敵騎士団とほぼ同時に団舎のある町スウェンデールに着いたが、斥候の団舎への襲撃が失敗したのを知り、北進した騎士団の後をつけて進行の妨害工作をしていたそうだ。しかし途中で見つかってしまい。怪我を負ったがなんとか逃亡。近隣の町で療養している。奥さんのミゼットさんにも連絡がついたらしく、彼女は直接その町に向かっているそうだ。何よりである。



 そうして、この街に落ち着いた自分は連日『解放軍』への勧誘を受けていた。皆を救った英雄みたいに祭り上げられているのだ。真っ先に逃げようと言いだして、道中は皆の後をついて歩いただけなのに、何故か自分が脱出行を指揮したことになっていた。トリスタの時も思ったが、なんで毎回してもいないことで持ち上げられるのだろう。謎である。

 今日も今日とて勧誘を断っていた。随分と買われてしまったようだ。

 ヴィルダズ団長は無理強いすんなと言ってくれているが、基本首脳部達はいつも邸宅にはおらず留守にしている。故に残った連中は暇潰しを兼ねて俺の勧誘を諦めない。迷惑な話だった。


 自分の踊りについてもある程度説明せざるを得なくなった。この軍には一人魔道士が在籍している。ヘラルドという耳の大きい初老の男だ。当然聞いたことの無い話に彼は頭を抱えていた。可哀想に。トリスタ王国の宮廷魔道士ミモザの婆ちゃんでも聞いた事のない話なのだ。彼が悪い訳ではない。しかし、ここでミモザ婆ちゃんの名をすべらしたおかげで、トリスタでの事もある程度話すことになってしまった。もちろん使徒とか王族との関係は伏せたが、いっそう只者ではないという印象を与えてしまう。どんどん好評価されていくので居心地が悪い。


 そして今、自分の手には鑑定紙がおかれている。

 勧誘を断る理由のひとつで残回数について説明したら、確認の為に貰ったのだ。数ヶ月ぶりに残回数を確認できた。鑑定紙にはこう記されている。


 【名前】 大薮新平

 【人種】 人間

 【職業】 踊り子

 【Lv】  13 

 【スキル】睡魔の踊り・改        (十八/一〇〇)

      癒しの女神のムスタッシュダンス(七/三十)

      親愛なる魅惑のタンゴ     (七/一〇)

      失笑と失影のサイレントターン (八八/一〇〇)

      半熟英雄の大護摩壇招き    (十六/二〇)

      縦横無尽な招き猫       (二〇/二〇)

      天翔地走           (九八/一〇〇)

      愛と怒りと悲しみのマイムマイム(〇/一〇〇)



 不吉なレベル数である。スキルの踊りの横にある数値は残り使用回数/全使用回数だった筈だ。相変わらずネーミングセンスは皆無。【睡魔の踊り】の残回数が十八と怖いことに。いかに今迄コレに頼ってきていたのかが判る。これからはあまり頻繁に使えないと知ったので気が重い。

 【癒しの女神のムスタッシュダンス】も残り一桁だ。無駄に人助けをする訳にはいかなくなった。

 【縦横無尽な招き猫】……これ何だろ。回数も未使用なので何かの条件で発現したのだろうか。名前から察するに、ろくでもない踊りなのは間違いないだろう。


 改めて判った事は、とにかく残回数が少なくなっているので、無駄な寄り道は避けないといけないという事だ。余計『解放軍』に関わっている場合ではなくなった。また窮地に陥れば新しい踊りが発現するかもしれないが、あんな心臓に悪い状況はもう御免である。失敗したらそこで殺されてしまうのだ。

 とにかくクリオを仲間と親元に届けた段階で、自分の役目は終わった。ここはもう先に進むべきだろう。


 首脳陣が帰ってきた。団長、副長が三人、参謀役が一人。

 ロビーに落ち着いた団長に、明日にでもこの街を発ちたいと話す。廻りから一斉に不満の声が上がった。もう少し居てもいいじゃないかとの声の中、あくまでも団長を見て先を急ぐからと話す。団長はそうかとだけ答え了承してくれた。

 この団長さんは良い人だ。クリオの父親だからというだけではなく、見てるだけで安心するのだ。男らしく、覇気と愛嬌があって、見ていて気持ちが良い。ゲームとかでよく見る豪快で気の良い将軍に、迫力とカリスマを加えたらこんな感じなのだろう。クリオが貼り付いてる姿も微笑ましくて安心感が湧く。というか、この親子まったく似ていないのだが、クリオは母親似なんだろうか。


「二度も娘を助けてくれて感謝してる。世話になったな」

「いえ、こっちも世話になりました」

「えへへ~」


 父親の膝に寝そべったクリオが甘えている。離れていた時間が長かった所為か、父親が帰宅すると直ぐにクリオは飛んできて父親に甘えだす。微笑ましい光景である。ついてきたヴェゼルと思わず苦笑いを交わす。女房の何人かは団長の娘たる態度ではないと叱るのだが、当の親父が規律に無頓着な面がある為か効果は薄いようだ。団長の娘といえば、なんか勇ましい貴族風の娘というイメージなのだが、そんな教育は一切されていないようである。


「戦中だしな。俺だって上が居なくなったおかげで団長職を預かっているだけだ」

「団長……」


 団長は副長達の小言に肩を竦める。

 聞いたところによると、この人は元は北方の騎士団の百騎長だったらしい。オラリア敗戦後も北方を守っていたが、国の惨状を聞いて反乱軍に身を投じることになり、その後王国軍との戦いが続き歴代団長が倒れ数年前からこの人が長を継いだとか。

 それでも廻りの反応を見るに十分上に立てる人なんだと思う。話しいて楽しいし、苦労話を聞かされると咄嗟に手伝いたいと言いたくなる。人徳があるという奴なのだろう。

 欲しい物はあるかと聞かれて考える。


「この国を出るまでの金と案内人が欲しいです」


 以前イリスカに教えられた、傭兵団に案内を頼むという方法を思い出したのだ。異国を一人で歩くのはやっぱり危険だ。その人が信用できるかどうかという不安もあるが、それでも道を知っている案内が欲しい。金銭は少しずうずうしいかと思ったが、一応ここまで恩人扱いされてるので言ってみる。

 団長は少し考え込んだ後に、横の女騎士に声を掛ける。


「アルルカ、お前二人連れて国境まで頼めるか」

「……私がですか?」


 意外という表情で女騎士が言葉を返す。この人はアルルカさん。解放軍の副長の一人だ。先日の戦いの時に指揮をしていたのがこの人である。雰囲気としてはトリスタの皇天騎士団の副長トルディアさんに少し似ている。同じ副長という役職の所為だろうか。あの人が髪を伸ばして、もう少し勇ましくした感じだ。


「団長……別にアルルカ程の手を借りる必要は」

「ヒデックを通った方が早いだろ、ならこいつが同行した方が良い」

「書面を授ければ良いのでは?」

「娘や仲間の恩人にそんな半端が出来るかよ。何かあったらどうすんだ。アルルカ、ヒデックを抜ける迄でもいいからお前にも世話頼めるか」

「……分かりました」

「そうですか……仕方ありませんね」


 参謀役というミラジーノさんが諌めるが、団長の命令に二人が頷く。でもなんか二人が不服そうでちょっと気まずい。

 確かに戦いを指揮していた副長自ら同行してもらう程の事では無いとは思う。理由を聞けば、ここから東に行ったヒディック地方はアルルカさん個人の伝手があるらしい。道中を安全に進む為の気遣いだったらしく、ここは感謝して受けておくべきなのだろう。


 その日の晩はささやかな晩餐を開いてもらった。と言っても一皿空ける前に注がれた酒を無理矢理呑まされて、直ぐに記憶を失ったんだが。だ、か、ら、酒呑めないって言ってるのにこいつ等聞きやしねえ。


 なので、その自分をミラジーノさんがじっと見つめていたとは、当然知る由もなかった。



 

 翌朝。旅立つ前に、ミラジーノさんの部屋に呼ばれた。この人はどうも苦手だ。はっきり言えば得体が知れない。解放軍の参謀というか軍師的な立場にいるらしいのだが、どうにも自分に向けられる眼つきが冷たくて落ち着かないのだ。聞けば団員達も一歩引いてる。


「……オウバヤイ君。貴方、何か大きな犯罪を犯したとか」

「はい? ……いえ別に」


 なんだ、いきなり。人を犯罪者扱いしやがって。失礼なおっさんだ。

 ミラジーノさんはじっと俺の顔を見て真偽を計っている。やっぱ苦手だなこの人。変な疑いを掛けといて謝りもしない。


「……いえね、王都で振れが回っているのですよ。黒髪、黒目のヤーパ族風の異国の青年。年は十代後半、髪は四方に逆立ってる。……見つけた者に報酬が出るそうで」

「はあ……」

「心当たりが?」

「え……何。俺ですか!? なんで?」


 なにその偶然。報酬……って俺、賞金首なの? 狙われて殺されんのか?

 ぶるりと身震いする。

 冗談じゃない。犯罪って何だ。関所を通らないで飛んで来たから密入国とかか。それくらいで賞金首かよ。いや、違うだろう。そもそも何でここの王都の連中が俺を捜してるんだ。


「心当たりは無いと?」

「だって俺、トリスタ王国から来て、行き倒れのところを奴隷狩りで捕まってたんですよ。なんで王都で指名手配になるんです?」

「さて……私もそれが判らないのですが。貴方、王都に行かれた事は?」

「この国のでしょう? 無いですよ。何処にあるのかも知らんです」


 奴隷狩りの監禁場所から逃げたのが罪状なら、其処を襲った暁の傭兵団も同罪で手配されている筈だ。


「……ふむ」

「本当に俺なんですか? 罪状は何です?」


 マズイな。そんなのが出回っていたら一層旅が厳しくなる。


「実は手配書では無く振れなのです。探し人に近いですね」

「はあ……」


 それは一安心だが、結局賞金首との違いは殺されるか捕まるかくらいじゃないんだろうか。追いかけられる分には変わらない。


「あの……本当に俺なんすか? 人違いって事は」

「さて、私には判りかねますが。とりあえず、私がこの国で黒髪黒目の十代のヤーバ族風の男には一度しか会った事はないです。貴方です」

「……」


 回りくどい物言いに少しイラっとする。自分は体育会系。こういう腹の探り合いのような会話は苦手なのだ。顔をしかめるが向こうはピクリとも反応しない。なんなんだよもう。


「もう一度聞きますが、心当たりは?」

「さっぱりです」


 断言すると肩をすくめられた。つられてこっちも肩をすくめる。




 かなり後で聞いた話だ。

 ミラジーノさんは少し勘違いをしていたそうだ。この人は自分が曰くつきの人物で、何かを隠していると疑っていた。実際、自分は話がこじれたら困るのでトリスタ王国から流れて来たとしか話していなかった。

 トリスタ王国での活躍や使徒と認定されたこと。巡礼団の件を聞いていれば、また違う予想も立ったらしいのだが、当の本人である自分が全然関係あると思ってもいなかったので、嘘を看破しようと見構えていたこの人は見抜く事ができなかったそうだ。




「……とりあえず、王都方面には近づかない方がいいようですね。アルルカにも言い含めておきます」

「そうですね。教えてくれて、ありがとうございました」

(自分に似た男が王都周辺でうろついてるのか……)


 自分としては謎の不安要素が一つ増えたことになる。まあ一々気にしてても仕方が無いのだが。

 玄関に出ると、もう出立の準備は整っていた。見送りに集まってくれた皆に改めて別れを告げる。クリオはやっぱりまた泣き出して、何故かヴィルダズ団長が娘はやらんぞとか言って周囲がはやし立て場が盛り上がる。笑顔だったけど胸倉を捕まれ宙に浮かされたので、ちびるかと思いました。

 嫉妬まじりで睨んでいたヴェゼルも最後には目を潤ましていた。出来れば幻想が早く冷めることを祈っておこう。後で思い返すと自分が恥ずかしくなるからな。男衆達にも小突かれながら別れを告げる。中には女房を助けてくれた恩人と呼ぶ男も居てこそばゆかった。そんな気は欠片もなかったですとはちょっと言えない。


 案内はアルルカさんと、ギヤランといういかつい団員、イビーサという陰気そうな盗賊風の男だった。一人増えたがどっかで見た様な組み合わせだ。今度は珍走劇にならない事を切に祈ろう。

 自分が馬に乗れないから二人乗りなると聞いて目を輝かしたのだが、当然おっさんの後ろだった。うん。わかってたさ。

 トリスタの時に比べ明らかにラッキースケベの機会が激減したと思うのだが、そこんところどうにかならないのだろうか。


 皆に別れを告げて邸宅を発った。

 急に出立が決まったので、必要な荷を補充する為に街中に寄るという。

 この街はオラリアに来て見た中で一番大きい街だ。人口は五万以上いるとか。道は石畳で整備されており家屋も木造でなく石作りの建屋が多い。それでも隣国トリスタ王国との街並と比べると見劣りしてしまう。これが敗戦国の現実ということだろうか。


 雑貨屋で旅に必要な物を補充すると言って三人は店に向かった。自分は一度馬から降りると、上るのが大変なので乗ったまま。目立たないように頭を布で巻いて外套を被っているので怪しさ満載で周囲の目が気になる。馬上から周囲を見渡すと、やっぱり道を歩く人達の顔が暗いのが気になるな。敗戦国かあ……。


(ほんと……やっかいな国に来ちまったな……)


 税は重く、奴隷狩りがあり、魔獣はうろつき、治安も悪く。国民は貧困に喘いでいる。そして自分は成り行きで反乱軍のところにやっかいになった挙句、襲撃から逃げ回る羽目に。これではトリスタ王国の巡礼団で向かった方が、結果早く着いたのかもしれない。少なくとも安全な道中だっただろう。まあ、今更な話である。

 三人が戻ってきたので再び出発となったのだが、馬は街の外ではなく中央に向かう。何故かアルルカさんまでもが問うた。


「イビーサ。何故こっちへ?」

「中央広場に寄って行こうかと」

「広場……おい」

「……いえね。ミラジーノ様の指示でしてね」

「ミラジーノの?」

「へい」

「……」



 アルルカさんが苦い顔をした。嫌な予感がする。広場……まさか。


「あの……俺、変なの見たくないんだけど。絞首刑とか……」


 あれは衝撃的だった。この国がおかしいという象徴みたいなものだった。これまで何度も死体は見たけど、あれは二度と見たくない。


「……大丈夫さぁ、この街では絞首刑は無いさ。ひひっ」


 前で馬を引くイビーサが陰鬱に笑う。あ、なんかこの人、やばそうだ。

 近づくにつれて妙なものが見えてきた。広場に人だかりが出来ているのだ。腰迄の木杭に縄を張っただけの境界腺で、人々が『ソレ』を中心にぐるりと扇状に囲んで中央に見入っている。その背後に自分達四人は馬を止めた。

 異様な雰囲気だ。

 広場の中央に立つは二本の木柱。その下では萱を積み上げられ、高くくべられた薪。脇に立つかがり火。異様な風体の男達。

 そして、その木柱には……人が縛り付けられていた。生きている人である。


「……な……」


 イビーサの声が、いやに近くで響く。


「この街にあんのは……火炙りさぁ」

「なっ……」


 今まさに、火炙りの公開処刑が始まろうとしていた。



次回タイトル 大薮新平 リーダ邂逅

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