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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
2章 奴囚王国オラリア騒乱編(全26話)
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08. 大薮新平 限界を越えて

 大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。行き倒れた末に騙され、奴隷として売られたところをある傭兵団に救われる。そこで介抱を受け、改めて東を目指した矢先に今度はその傭兵団への襲撃計画を知ることになる。新平は団の下へ飛び凶報を知らせるが、残っているのは女子供ばかり。なし崩し的に一緒に逃亡するが敵騎士団に追いつかれてしまった。



「林へ逃げろ!」


 まともにやり合うつもりはなかった。相手は軍隊だ。踊る間もなく弓を射られたら自分も殺される。林に逃げ込んで一度姿を消す踊りで隠れ、やりすごしてから改めて逃げ出そうと思った。

 しかし、それは大きな判断ミスだった。同行者にいる老人二人の足が遅いのだ。

 トリスタでラディリアとデニス達と一緒の時は全員が健脚だったので走り回ることができた。睡眠不足もあり漠然と同じ様に対策を考えていた所為もあって気づかなかったのだ。老人二人と付き添う女房達は一向に林に逃げ込めない。戦いに慣れていない女達は馬や荷を置いて林に逃げるのを躊躇する人までいた。男達が怒鳴りつけて急かす。そうこうする内に騎士団の先頭が追いついてきた。


「待て! 逃げるなお前達!」


 そう言う騎士は既に剣を抜いている。生かすつもりなんてないのだ。こっちは連中の斥候九名を殺害している。ここで投降したってただで済む筈がない。

 懸命に老人達を背後の林に追いやろうとする中、近場に弓を射掛けられた。威嚇だったのだろうが、女房達が悲鳴を上げてうずくまる。


「わ、わかった! 投降する。待ってくれ!」


 咄嗟に嘘をついて顔を出し先頭集団と目を合わす。すぐさま木の陰に隠れて【睡魔の踊り】を踊る。目を合わせた先兵三人が昏倒して落馬。しかしそれを後続から来る騎士達が見ていた。焦って周囲を見ずに、更に悪手を打ってしまったのだ。


「どうしたお前等」「大丈夫か!」「ま、魔道士がいるぞ!」「警戒しろ!」


 バレた。ろくに寝ておらず、疲労しきったうえに殺人で動揺していた自分は、切り札を見せてしまったのだ。


「下がれ!」「弓を持て」


 しかし、追いついた後続の騎士達は、突然昏倒した魔術らしきものを警戒して、倒れた騎士達を庇って街道に引き戻していく。チャンスだ。


「今のうちだ。奥へ、早く!」


 林の奥へと老人達を追いやって一緒に逃げる。歩みが遅い。体制を立て直した騎士達が、弓を構えながらゆっくりと林に入ってきた。 


「オウバヤイ!」

「駄目だ。遠過ぎる」


 男の意図を知って言い返す。この距離では顔の判別さえつかない。レベルアップした【睡魔の踊り】でも一度相手と目を合わせる必要があるのだ。しかし近づけば弓の餌食になる。


(くそっ、どうする)


 歯を食いしばる。

 林の中で弓の命中率は落ちている。ここは賭けてゲリラ的に顔を出してヒットアンドウェイで踊って眠らせられてみるか。しかし追ってくる人数を見て諦める。多過ぎだ。次々後から来ているのだ。最初の数人を眠らせているうちに、剣を持って突っ込んで来られたら踊っている最中に切り殺されるだろう。

 自分の悲壮な顔を見て、踊りが使えない事を知った横の男が叫ぶ。


「これ以上来てみろ。森に火を放つぞ!」

「そうだ。こうなったら、ただでは死なねえ。全部焼いちまえ!」

「こっちには魔道士がいるんだ。あっという間に一面火の海だぜ!」


 男が叫べば近くの男達も次々追従する。

 デニス達との逃避行の際に、森での火の不始末について凄く注意された。森は獣や魔獣等も潜むが恵みを運ぶ大事な場所なので、火の不始末は絶対に犯してはならないと。放火はどこの国でも極刑だという。

 その森を盾に男達は脅迫している。自分達はそこまで追い詰められているのだ。


「ば、馬鹿な」「おい待て」「隊長に……」


 目に見えて追っ手が怯んだ。これ幸いと最前で目を合わせた五、六人を睡魔の踊りで昏倒させる。連中は更にびびって隊長へ指示を仰ごうと言い始める。

 今しかない。団員の一人が火をつけた布を足元に投げつけ、相手が慌てて消化しているうちに奥へと逃げる。


 ひたすら逃げた。 

 ……追っ手を振り切って、一時間か二時間か分からないまま体力の限界に達し、自然と皆の足が止まった。全員が地べたに座り込んだまま動かない。この一行は体力のない女子供が多い。山歩きに慣れていないので、みんな疲れきっている。自分も同じく地面にへたりこんだ。結局自分達は馬と荷を捨てて、山の中に逃げ込んでしまった。


「振り切ったか……」

「ああ……」

「でも荷物が……」

「助かった……」

「疲れたよう……」


 これからどうするか。

 あまり奥に行けば手持ちの魔香でも効かない強い魔獣が出るという。なら奥には進めない。道の分かる者が言うには、このまま北を目指せば半日かからず街道に出れるとの事。山越えになるので通常の街道北上よりも近道にはなるらしい。

 意見が別れた。ここらで少し隠れようとする者。早く街道に出て北の町に逃げ込もうと言う者。待ち伏せて戦おうとする者。

 どの意見にもメリットデメリットはある。こんな時、自分は有効な意見が出せない。正直どうすべきか判らない。対抗する力は持っていても、自分は只の高校生であり、圧倒的にこの手の経験が無い。手持ちの物を使って、どうやって逃げるかを考える事は出来るが、その前段階で引くか戦うかという判断になると想像もつかないのだ。


 結論が出ないままに休息して先に進むことになった。やはり山中に残る事は誰もが不安だったのだ。追っ手や魔獣に襲われる不安もあった。全員が泥だらけのまま身を寄せ合って進む。持ちきれない荷物は次々捨てて行く羽目になり悲惨な逃避行となった。

 すぐに暗くなる。

 夜営と言っても設備等はない。手持ちの衣類で床を作り、身を寄せ合って休むしかない。見張りは立つが自分だけはここでも眠れない。いざ外敵に襲われた時に対抗しなければならないからだ。魔獣も追っ手の兵士相手でも踊りの即対応力は欠かせない。気も張っている。今夜も殆ど眠れなかった。


 幸いにして襲撃は無く朝になる。 

 結局、山ひとつを徒歩で越えた。敵騎士団はどうなったのか。もう先に行ったのか。それともまだ此処等辺を捜索しているのか。情報も無く戦力もない。ろくな対策も思いつかないまま惰性で進み、ついに街道に出た。

 皆がほっと溜息をつく。やはり山歩きはひどく体力を消耗させていたのだろう。見渡す限り敵影が無いのを確認してのろのろと先へ進む。誰もが疲れきっていた。このままではマズイと知りつつも先に進む。


 北の町に近づくと、環境が更に悪くなった。

 街道の左右が平地なのだ。これではどこにも隠れる場所がない。追いつかれたら【失笑と失影のサイレントターン】で姿を消す事さえ出来ないのだ。いざとなったら、また林に逃げ込んで火事を手に脅すという手も使えない。そして【睡魔の踊り】を知られてしまっているので、今度は最初から弓で射てくるのは間違いない。これはまずい。追いつかれたら対抗できる手が無いぞ。黙ってる訳にもいかず、皆にも説明したが反応は薄い。

 しかし、ここまで来て戻ろうという意見は誰からも上がらない。まずい。まずいねと云いながら先に進むだけだった。

 限界に近づいた疲労により、皆が思考停止に陥っているのだ。


 このまま町に辿り着いても不安はある。匿ってくれる仲間はいるそうだが、一行の人数が多過ぎて断られる可能性がある。もし敵騎士団が先に町に辿り着いていれば、着いた時点で捕らえられて皆殺しになる危険もあった。

 疲れきった体からでる意見は『とにかく町の近くまで着いてから考えよう』という消極的なものだった。もう戻る事も山に篭る気力もないのだ。

 どうすればいいのか、誰もが良案を出せないでいた。



 ふと横を歩いていた男が顔を上げる。後ろを振り向いたまま動かない。誰もがついに来たかという思いを胸にしたが、喋りだす者はいない。黙って最後の通告を待つように静まり返った。

 男が低く呟く。


「来たぞ……」


 後方遠くに再び騎影が見えた。連中が追ってきたのだ。



              ◇



「ここまでか……」

「諦めちゃだめだよ」

「あたしゃもう駄目さ。先に行っておくれ」

「婆さん!」


 体力のない老人や女性数人が地面に座り込んだ。もう自分達に打つ手が無い事を知ってるのだ。なにより限界まで達した疲労によって、張り詰めていた緊張の糸が切れてしまっていた。

 一向全体に諦めのムードが広がっている。

 何人かが立ち上がろうと鼓舞するが、立ち上がる者はいない。自分の踊りでも既に対抗策が無い事を皆が知っている。クリオは座り込んだ女房に抱きしめられ不安そうな顔をしている。それを見るヴェゼルの顔も憔悴しきっている。

 そうした皆を俺は呆然と見ていた。


 終わりなのか。

 ここで。

 こんなところで。

 なんで。

 なんの為に俺は来たんだ。

 なんの為にここまで頑張ったんだ。


 諦めきった皆の顔を見てゆっくりと首を振る。


 だめだ。 

 駄目だ、駄目だ。

 ここで諦めちゃ駄目だ。


 正直、自分もフラフラだ。

 殺人のショックであれから何も食べていない。口に入れた物は全て吐いてしまった。殆ど寝てないので思考は鈍り、対抗策も思いつかない。あと数分立ち尽くせば騎兵が追いつき、おそらく弓矢で遠くから蜂の巣にされるだろう。対抗方法が無い自分達は射殺されて終わりだ。逃げようにも辺りは平原、少しだけ殺される時間が伸びるだけだ。


 いや、駄目だ。

 違う。違う違う。諦めたら駄目だ。

 こんなところで死ねるか。

 頬を張る。力が入らない。二度、三度。まだ駄目だ。

 貰っていた水袋を掴んで頭から全部被る。


「まだ。まだ。まだ! まだだよ!」


 声を出して自分を鼓舞する。

 死にそうな目には何度も会って来た。その度になんとかしてきたじゃないか。何か。何か考えろ。諦めるんじゃない。

 何か。

 何か何か……


「……先に行ってくれ。俺が食い止める」


 奇行の末の決断に、皆が驚きの声を上げる。


「あんた……」

「でも……」

「おまえ」

「……別に死ぬ気はないよ。あとは最後の手段だ。これ賭けなんだ。誰かが残ってても意味が無い。悪いが失敗したら終わりだ」

「……」

「……俺も残ろう」

「あたしも……」

「部外者のあんたが、こんなに頑張ってるんんだからね……」

「初めて人を殺して震えてた子が、諦めてないんだからね……」


 自分の台詞に刺激されたのか、何人かが言い出した。少し奮い立ったようだ。


「やめてくれ。居ても邪魔だ。手伝ってもらえることは何も無い……これ最後の手なんだ。ほんと失敗したら、そこで終わりなんだよ。残ってても一緒に殺されるだけだ」

「でも……」

「あんた……」

「正直居たら気になって集中出来ない。俺、未だ諦めてないんだよ。 ……あんたらも諦めないでくれよ」

「……」


 皆は黙り込んだ。


「……行こうかい」


 座り込んでいた老人がノロノロと立ち上がると皆もつられて立ち上がる。

 老人が、女達が自分に頭を下げて先に歩いていく。

 男達が俺の肩を叩いていく。


「ジョンペ……」

「……おう」


 久しぶりにクリオの顔を見た気がする。ああ……ひどいな。泥だらけで今にも泣きそうな顔だ。

 なんとかしなきゃ。

 そうだ。自分はこの子を守りたくてここにいたのだ。皆を守りたくてここにいるのだ。

 ならば頑張らねばなるまい。

 まだ限界じゃない。まだ限界を越えてない。できる事を、出来る以上の事を起こして、なんとかこの場をしのがないとならない。

 最後に残ったヴェゼルが引きつった顔で見上げている。

 苦笑いして拳を上げたら、泣きそうな顔で拳を上げて返してきた。最後の最後でジェスチャーが通じたようだ。

 頼むぞ、頑張れ。

 ヴェゼルは一度頷くと、クリオの元へ駆けだして行った。

 全員が去っていく。歩みは遅いが皆頑張って歩いている。必死に生きようと足掻いている。


 ……頑張れ。


 支え合って歩く姿を少し見送って、振り返る。

 土煙を上げて迫る騎士団達は、もう近くまで来ていた。ここでなんとかしなければ、自分が殺されて数分後には皆も殺される。


「はー……」


 動かない頭でずっと考えていた。周りは平原、今度は遠方から弓を射掛けてくる。睡魔を掛けるには遠く、見られてるので失影も使えない。絶体絶命だ。

 他の案もない。副案も無い。頭も回っていない。


 でもそんな事、何度もあったじゃないか。

 今迄自分が新しい踊りを閃いた時は、常に追い詰められた時だった。


 最初に召還された時に狼から【睡魔の踊り】を。

 翼竜に襲われて【親愛なる魅惑のタンゴ】を。

 町中で追いかけられて【失笑と失影のサイレントターン】を。

 反乱軍の所為で王都から出られないと聞かされ【半熟英雄の大護摩壇招き】を。


 常に状況に、精神的に追い詰められた時に、対抗出切る新しい踊りが発現したのだ。薄々気づいてはいたが、検証方法がなかったので確かめられなかった。だから確証は無い。それでも、ここで対抗できる新しい踊りを発現させなくちゃならない。もうこれに賭けるしかない。

 既に対策でもなんでもない。想像だ。笑ってしまう。これって最後の手段じゃねえ。ただの願望だ。


 馬蹄が次第に大きく聞こえてくる。


「は。はは……」


 足が震えて来た。考えが間違っていたら凄い間抜けな最後だ。なんという自殺行為。なんという危ない賭け。

 手足をゆっくり振る。踊りの誘導は……来ない。


「は……っ、はー……」


 声が震える。

 でもやるしかない。今迄の限界を越えるのだ。

 自分は強くない。強くない者は知恵と勇気を振り絞るしかない。

 しかし、自分はその知恵も無い。もう致命的に無い。親が泣いて叱られる程に無い。

 だから、せめて勇気を振り絞るのだ。度胸を決めるのだ。足りない分、全てを勇気で補うのだ。

 知恵の無い勇気は蛮勇だとは知ってる。しかし、今の自分にはこれしか無い。だから賭けるのだ。勇気を持って賭けるのだ。今あるもの全てを勇気に賭けるのだ。


(――よこせよ。新しい踊りを。奴等を止める踊りを)


 手足を振る。反応は無い。

 騎影が大きくなって来る。馬蹄が響いてくる。

 もう輪郭が分かる距離だ。先頭の人物が自分を指差してる。自分に気づいているのだ。


「はっ……ひっ……」


 手を振る。足を振る。反応は無い。

 歯が恐怖で鳴ってる。心臓がうるさい。喉から飛び出しそうだ。いいから。いいから耐えろ。


(早く、早くよこせ)


 近づいてくる。来る。来る。来る。


(早く。早く。早くよこせ。この状況を打開する踊りを――止める踊りを) 


 間に合わない。早く。早く。来る。先頭が動き出した。弓を出す気だ。早く。死んでたまるか。


(来いよ!!)




 …………くんっ!




「――っしゃあああ!!」


(来た!)


 手を振る。来た。 足を振る。来てる!


 歓喜の中で踊りだす。


 よくやった俺! よくやったぞ神! 今だけは褒めてやる!


「行くぜ!」


 手を伸ばした。足を振り上げた。左にステップ! ステップ! 手を叩き左右に広げる!


 来いよ! やってやるぜ!!





 そして、新平は踊りだした――――























 【マイムマイム】を























 一人で。



 たった一人で



 手をつなぐ相手はいないので、伸ばした手は宙に浮いたまま。


(のおおおおおお!! ふざけんなあああ!!!)


 踊りが要求する満面の笑顔の内で、はらわたが煮え繰り返った。


(なんだあああっ! なんじゃこりゃああああ!)


 よりによって、ここでこの踊りが来た。皆で手をつなぎ笑顔で踊るフォークダンス。脳内であの牧歌的な曲が掛かっている。


 寝ていなくて躁状態だった。疲労も限界だった。犯した殺人の罪悪感にさいなまれていた。

 もちろん死ぬつもりはなかったが、精一杯やった末なら仕方ないかと格好良い事も片隅で思っていたのだ。

 全力を尽くした末の最後の戦い、逃げれば自身と仲間の死という状況に、少しだけ酔ってもいたのだ。


 全部吹っ飛んだ。


 このふざけた曲のチョイスはあの神の仕業に違いない。間違いない。


(ちくしょおおお! ぜってええ死なねえ。ぜってえ生き残って、奴に会ってぶっとばしてやる!)


 先程までの悲壮な考えは吹き飛び、顔を真っ赤にして、怒り心頭で踊る。こんな踊りで死ぬ訳にはいかない。死ねない。死んでたまるかっ。


 踊りだして五秒程で敵騎士団の動きが鈍くなった。敵騎士達から戸惑いの悲鳴が聞こえてくる。馬が嘶いている。十秒程でもっと鈍くなった。

 これはスロー。スローなのか。相手の動きが遅くなるのか?

 表面的には微笑み、軽快な曲を口ずさみがら前に行進、両手を上げて足を蹴り上げる。


「……れっせっせいっ!」


 一小節の区切りで踊りが終わる。瞬間、脳裏に新たな言葉が響いた。



 【愛と怒りと悲しみのマイムマイム】



「うるせえよっ!!」


 思わず声に出して叫んだ。踊りの名前までふざけていた。愛どこにあんだよ。

 しかし、その瞬間、敵騎士と騎馬達が一斉に停止した。踊りの効果は効果は行動停止。ストップだったのだ。


「がっ……」「なっ……」


 騎士達は意識があるようだ。歪んだ顔から戸惑いと焦りの声が聞こえてくる。


「よしっ!」


 後は効果時間だ。止まるのは五分か、十分か、一時間か。

 足をもつれさせながら、その場を駆け出す。今のうちに逃げろ。ずっと左に行進してたので街道から降りてしまってる。慌てて駆け上る。

 しかし、駆け出して一分も経たないうちに怒声が聞こえた。


「うおおおっ!」「なんとお!」


 ぎょっとして振り返れば、騎士達がゆっくり、ゆっくり動き始めているのだ。


(五分も持たないのか)


 慌てて、もう一度踊ろうとする。 ――反応しない。手足の誘導が来ない。


(なんで。おい、なんでだ)


 焦る。連続は無理なのか。違う。連中はまだゆっくり動いてる。効果が切れてないんだ。終わっていない。だから続けられないのだ。

 どうするか。睡魔で眠らせて逃げるか。しかし敵の隊列が長い。後ろの兵士達の顔まで見るには一度こちらから近寄らないとならない。

 近寄ってる最中に効果が解けたら殺される。こっちはもうフラフラで全力疾走は無理だ。逃げられない。ど、どうする。

 そうこうしている内に、手足の誘導が戻った。


(ええいっ!)


 再度【愛と怒りと悲しみのマイムマイム】を踊り始める。

 

「こいっ……」「ぐおっ……」「またか……っ!」


 解け掛かったスロウがまた掛かり、対する騎士達の動きがゆっくりになった。


「はあ、はあ……」


 どうするか。これではこっちも逃げられない。そうこうしながらも踊りの二回目が終わる。


「……せっせっ!」


 【愛と怒りと悲しみのマイムマイム】


「がっ……」


 完了すると同時にまた騎士達が停止した。掛かり直したな。よし。

 でも、これでは逃げれない。近づくのも無理だ。踊りが馬鹿正直に左に行進させられるから、また土手に歩いて道の横に落ちた。


(耐久か)


「くそっ」


 急いで土手から駆け上がり逃げる――しかし、やはり一分もかからず効果が解け始めた。


「うおおっ!」「魔道士!」「てえめぇ!」「貴様あ!」


 罵声を聞いて振り返り、再度踊り始める。

 先頭の連中の顔が恕色で赤くなってる。こっちは踊りの要求で満面の笑みで手拍子してダンスしているのだ。行進して足を蹴り上げると先頭の兵士の額に青筋が立つのが遠目にも分かった。さぞ馬鹿にされてると思っているんだろう。気持ちは凄くよくわかる。自分がやられたら絶対激怒する。


 耐久が始まった。





「はあ、はぁ……」


 何回踊ったか分からない。何分経ったか分からない。十回か、百回か、三十分か、一時間か。

 しかしマズイ。これは踊りだ。使用回数制限がある筈なのだ。何回踊った。あと何回残ってる。

 足もフラフラになってきた。一度となくふらついて失敗し、掛け直す度に相手との距離が縮まる。百m以上伸ばした距離が半分近くになっている。怖い。ヤバイ。きつい。


「はぁ、はぁ……ちくしょう」

「おおっ!」「くそぅ……」「殺してやる、殺してやるぞっ!」


 対する敵連中も怒り心頭で、自由になった瞬間に罵声を浴びせてくる。距離を置いてにらめっこ状態なのだ。怖い。マジ怖い。生の殺意をずっと一身に浴びる恐怖。一度立ち止まって我に返ると恐怖でうずくまりそうだ。このままでは踊りの残回数が切れた瞬間に殺される。でも目は逸らせない。逃げる事もできない。笑顔でスキップしながら足を蹴り上げる。


 次はどうするべきか。このストップの踊り残回数が切れたら、速攻で睡魔の踊りにつなげて眠らせて逃げるしか思いつかない。幸い茂みが見える場所まではやってきた。逃げ込んで姿を消して休もう。

 

 疲れた。ふらつく。でも、出来る。出来る筈だ。やるんだ。


「はぁ……はあっ」


 そして


 フッ……と手が空を切った。


 ぞわりと最大の悪寒が全身を駆け抜ける。

 踊りの誘導が切れた。初めての経験だったが直感的に理解する。踊りの使用残回数が切れたのだ。


(ここ――でっ……?)


 続けて【睡魔の踊り】を続けようとしたが視界が傾く。見れば片膝が地面についていた。そのまま地面に倒れ込む。


「あっ……はっ、はっ?」


(立て。立て。寝るな馬鹿。立てよ!)


 しかし身体が動かない。既に体力は限界を超えていたのだ。膝が立たない。起き上がる力が残っていない。まずい。まずいまずい。


(馬鹿。立て。動くんだ)


「かっ……はっ、はっ、はっ……」


 動かない。足に力が入らない。上体さえ起き上がれない。


「うおおお!」「しゃああ!」 


 ストップの効果の切れた騎士達が、開放を知って次々と雄叫びを上げた。嬉々として剣と槍を掲げ駆け出して来る。今迄の怒りを晴らさんと、目は血走り舌舐めずりして我先にと競うように走ってくる。俺を殺す為に。

 くそ、殺される。幾多の剣に切られ、槍に突かれ、馬蹄に踏みにじられるのだ。


(やばい! やばいって!)


 地響きが近づいてくる。動けない。殺意が迫ってくる。動けない。


(くそっ、くそ、くそ。畜生!)


 騎馬が迫る。剣が、槍が。自分に叩き込もうと迫る。騎士達の血走った殺意の目が目前に迫る。


(くそおおお!)


 ……ここまで……


「があっ!」「ぐっ」「うぐっ」


 先頭の騎士三名が吹き飛んだ。




「?」




 何が起こったか分からなかった。突然馬上から騎士が転がり落ちたのだ。騎手を失くした馬が惰性で目前まで歩いて来て影になる。更に向こう側がよく見えなくなった。何が起きたんだ。


「うおっ!」「なんだ奴らは!」「隊長!」


 敵騎士達から怒声や戸惑いの声が上がっている。ひるんでいる。なんだ。なにが起きて……

 ひゅんひゅんと自分の上で風が鳴っていた。敵騎士達の反応から、頭上で矢が放たれているのだとやっと理解した。


(後ろ?)


 振り返れば騎影があった。こっちに迫ってくる。十、二十……もっといる。なんだ。なんだあれ。……味方?


「先頭二班整列! 突撃陣形! ……突撃!」


 よく響く女性の声と共に、先頭の騎馬達十名程が二列に並んで槍を構えた。そして号令に合わせて突撃してくる。


「おあっ?」


 街道の端に転がっていた自分の脇を走り抜け、彼等は敵騎士達に突撃していく。馬蹄の響きに身体が浮き上がる。なんだ、なんだこれおい。

 慌てて戦闘を見れば突撃した味方らしい連中が敵騎馬隊を蹴散らしていた。凄い。馬ごと街道脇に吹き飛ばしてる。


「続け!」「「おう!」」


 続けて後続の騎馬達が号令と共に走り抜けて参戦すると、状況は完全にこちら側に傾いた。剣戟と怒声と絶叫が響き渡る。もうこっちに迫ってくる騎馬はいない。


(助かった……のか。なんで。というか何だこいつら)


 気がつけば自分の周りを騎馬が囲んでいた。ふらつく腕でなんとか上体を起こし見上げる。ええと……


「大丈夫か、オウバヤイ君」


 騎馬の影から声を掛けられた。聞き覚えのある声だ。顔を向ければ暁の傭兵団の団長、アウディが顔を覗かしている。


「団長?」


 兜を被っているので分からなかったが確かにあの糸目はアウディ団長だ。ならこの連中は味方なのか。


「間に合ったようだな。無事でなによりだ」


 見ると後続からぞろぞろと見覚えのある暁の傭兵団の連中が顔を出してくる。


「おお。大丈夫だったか」「間に合ったか」「良かったな」


 やっと理解できた。どうやったのかは知らないが連絡が間に合ったのだ。アウディ団長達が増援と一緒に救援に来てくれたのだ。


「……みんなは?」

「……全員無事だよ。君のおかげだ」


 力が抜けて地面に倒れ込む。頬に泥がつくが気にもならない。

 助かった…のか。


 助かったんだ。

 

「そいつは、大丈夫だったか」

「「ハッ!」」


 意識が引き戻される。低くよく通った声だった。どこかで聞いたような気がする声だ。顔を上げると周りの者達全員が彼に対して立礼をしていた。アウディ団長まで立礼している。誰だ。でも、もう顔を上げている気力が無い。

 男達二人が馬を下りてきて抱き起こしてくれた。傭兵団の連中も下馬してきて介抱を手伝ってくれる。ああ、もう寝て大丈夫かな。大丈夫だね。ゴ-ルしても良いよね。



 

 ――意識を手放した。



次回タイトル:大薮新平 火炙りに立ち竦む

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