06. 大薮新平 地上を翔ける
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。行き倒れた末に騙され、奴隷として売られたところをある傭兵団に救われる。介抱を受け復活。改めて東を目指した矢先、今度は何故か領主の私兵団ドルア西方騎士団に襲われる。原因は彼等の正体にあった。彼等の正体は『新生オラリア解放軍』現国政への反乱軍だったのだ。
「解放軍?」
要は現行の政権に反旗を翻す反乱軍という事だろう。
反乱軍。
当然良いイメージがない。トリスタ王国では王国軍と反乱軍の政争に巻き込まれ、散々な目にあったのだ。死に掛けたのは二度や三度ではない。
「ああ、君もあの処刑場は見ただろう。この国ではもう何もかもが、おかしくなってしまっているんだ。この国を圧政から開放し、自分達の国を取り戻す為に俺達は戦っている」
「……」
気が付けばマークさんの口調が『俺』になってる。顔付きも違う。まるで人が変わったようだ。
気持ちは分らなくもない。敗戦国。高い税率。異常な罰則。襲う貧困。魔獣の増加。治安の悪化。当然国民の反発は出ているだろう。それでも反乱軍という名前には忌避感を感じてしまう。
「そんなの…・・・」
「無理だって思うかい? だけど、このままでは国が滅ぶ。年々凄い数で人が死んでいるんだぜ。この十年で幾つもの村が潰れた。遠からずここら一帯も全て死に絶えるだろう。そんな事を黙って見過ごす訳にはいかないんだよ」
「……」
少し疑う。流石に死に絶えるというのは大袈裟過ぎじゃないだろうか。
敗戦国が普通どんな末路を辿るのか、歴史に詳しくない自分はよく分からない。ただ、自分の居た日本は敗戦後豊かに復興した。それは、かなり珍しい好例だとは聞いた事があった。
敗戦し属国になって、この十年で次々と村が潰れているという事は、国全体が悪い方に向っているのだろう。それくらいしか想像がつかない。つくづく勉強不足な自分が情けない。
そして、反乱軍といわれるとテロリストのような悪いイメージがどうしても浮かんでしまう。
「……納得出来なさそうな顔だね。時間が無い。歩きながら話そう」
荷馬車のところに向う。
「お……僕等だって好き好んでこんな事をしている訳じゃない。だけどこのままでは皆、奴に殺されてしまうんだ」
まるで個人を指す様な言い方だった。
「……誰に?」
「ギブスン・ジラード。今の国王さ」
「……?」
国王が国民を殺そうとしてる。変な話だ。いや、そう思われる程の悪政を布いて国民に恨まれているのだろう。 ……どこかで聞いた名前だな。
街道に出た。相変わらず兵士達は倒れたまま。荷馬車も土手の茂みに留まったままだ。
先に行った騎士や兵士達はまだ戻って来ていないようだ。いずれにしろ、先に行った兵士達が不審に思って戻ってくるだろうし、眠らせた兵達も起きだしてしまう。早くここから逃げなくては。
荷馬車から急いで持てる荷物を抱え出して皆で分ける。マークさんは馬車から馬を放し鞍をつけ直した。騎乗する気らしい。
「僕はなんとかして奴らより先に町に戻り、この事を仲間に伝えなくてはならない。悪いが君を案内できるのはここまでだ。すまないね」
「あんた、あたしも……」
「駄目だ。お前は馬を扱えない。一刻を争う。お前はヴラーダに入って他の町の仲間に連絡を取ってくれ」
「だけどあんた。それじゃ……」
マークさんが剣を腰に付け直した。その重さに驚き、掌をまじまじ見ているので説明する。【癒しの女神のムスタッシュダンス】は本来その人がその年齢でのあるべき姿に治すのだ。鍛え上げた剣技や筋力は平均的なものに下がってしまっている。彼の今感じている違和感はその所為だろう。
話を聞いていた奥さんが、青くなってマークさんの腕に縋る。
「だ、駄目だよあんた。そんななりじゃ」
「大丈夫だよ。別に戦いに行くわけじゃない。なんとか逃げ回って辿り付いてみせるさ――達者でな」
そういって最後に抱き寄せた。
どきりとする。
甘いラブシーンでは無い。どう見ても死別を覚悟した夫婦の最後の抱擁だった。悲壮な言葉を交わす二人を前に声が出ない。
「オウバヤイ君。もしかしたら、ヴラーダの町でも僕等の事が伝わっているかもしれない。出来れば東に逃げる際、妻を守ってくれるとありがたい。――僕の最後のお願いだ」
「あんたっ!」
「ちょっ?」
馬上で薄く微笑むマークさんは、存在感が薄く溶けて空に透けそうだ。背中に震えが走った。この人、死ぬ気なんだ。死地へ向うんだ。俺は今、TVドラマみたいに死を覚悟した人に後を託されたんだ。
傍らには血に染まった荷馬車と倒れた兵士達。投げ捨てた血みどろの衣類。泣いて縋るミゼットさんと、漂う血の匂い。臨場感があり過ぎだ。ドラマなら感動シーンなのに、その場に立たされた自分は足の震えが止まらない。じじ冗談じゃない。そんな役、俺には無理だって。
「頼んだぞ!」
「いや、ちょっと待って」
「ああんたぁ! やあっ、ああああっ!」
奥さんを振り切って、マークさんの乗った馬は駆け出した。号泣し崩れ落ちるミゼットさんを呆然と見下ろしながら、自分はただ、彼の騎影が消えるまで立ち尽くしていた。
◇
ミゼットさんを宥めて、なんとか町には逃げ込めた。追っ手は来なかったようだ。
宿屋を取って一息つかない内にミゼットさんは立ち上がった。この町の仲間のところへ連絡に行くという。
「助けてくれてどうもありがとね。一生恩にきるよ。でも、もう大丈夫だから。あたしはこれから仲間に連絡しに行かなきゃならないけど、あんたは明日朝一番でこの町を出るんだよ。何があるか分からないからね」
そう言って、止める間もなく宿を飛び出して行った。追いかけようにも何処に行ったか分からない。聞いておくべきだったか。まんじりともしないまま宿で食事を取り部屋で帰りを待つ。しかし彼女は一向に帰ってこない。夜中になっても帰ってこない。待っても待っても帰って来ない。そして……そのまま夜が明けた。
「――!」
ベッドに背中を預けた格好のまま、うたた寝をしてしまったようだ。また寝過ごしたのか、なんて情けない。徹夜が出来ない子供か俺は。
部屋内を見回すがミゼットさんが帰って来た様子は無い。彼女は俺に朝一番で町を出れと言っていた。どうする。 ……どうすればいいんだろう。ミゼットさんを待つか。でも何時まで。じゃあ出て行くか。 ……おい待て、それはミゼットさんを見捨てることにならないのか。マークさんに頼まれただろ、お前。
(……)
宿の階下に降り、玄関周囲を伺っていると宿屋の女将さんがやって来て耳打ちされた。
「あんた、早く出た方がいいよ」
ぎょっとして理由を聞き返そうとするが、そんな暇も無く彼女は去っていった。
昨日、ここは紅の傭兵団の懇意にしていた宿屋と聞いた。きっと彼女は協力者なんだろう。このまま町に居ては危ないのだろうか。もっと詳しく話を聞けないかと思ったが、呼んでも出てこない。関わり合いたくないという雰囲気だ。懇意と言ってもその程度の仲なのかも知れない。
慌てて宿を後にする。しかし行く当てはない。いや、当てはあるんだ。俺は東を目指している。町を出て東に向かえばいい。しかし……
当てもなく町を徘徊する。ミゼットさんに偶然出会えないかという甘い幻想は叶う筈も無い。行き交う人々の視線が酷く気になる。俺達を襲った騎士団の仲間に見つからないかビクビクする。考えてみれば、自分はこの地では髪も目の色も違う異国人だ。普通に歩いていても目立つんだ。凄く落ち着かない。人が立ち止まってこっちを見ているのに気づくと走って逃げ出したくなってしまう。どこかに追っ手が来ているのかもしれない。自分を探しているのかもしれない。今度は奴隷商人じゃない、問答無用で切り掛かってきた連中が相手なのだ。
町の端まで歩いて、戻ってきて――悩んだ末、結局町を出てしまった。
「……」
どうするか。ミゼットさんを探す方法が分からない。いや、本当はもう分かっている。たぶん探しても見つからないだろう。だから俺は町を出たんだ。彼女は戻ってくる様子が無かった。当てがない自分には、彼女を捜す方法が無い。俺はミゼットさんに逃げられてしまったのだ。マークさん、ごめん。
では自分はこれからどうすべきか。東に向かおうか。
そうすべきだろう。俺の目的は東に進んでこの国を抜け、レンテマリオ皇国のウラウラ大神殿に行き、俺を召還した神をぶっとばして日本に帰る事だ。何も変わっていない。
しかし、このまま行って本当に良いのか。まるで世話になった皆を見捨てて逃げるようじゃないか。
今、傭兵団の男達は魔獣の討伐で町を出ている。騎士団が町に着けば、団舎に居るのはクリオを始めとした年寄りと女子供だけだ。兵士達は捕縛ではなく討伐と言っていた。団旗を立てていた荷馬車の俺達を問答無用で殺そうとした。ミゼットさんなんか女性なのに殺されかけた。このままじゃ皆も殺されてしまう。
傭兵団の男達の帰還は間に合うのか。魔獣討伐にはどのくらい日数が掛かるのか。分からない。傭兵団の男達が、どのくらい離れた土地に行ったのかさえ俺は知らないのだから判断しようがない。それにもし傭兵団の皆が戻って来て間に合ったとしても、完全武装のあの騎士団に敵うようにはとても思えない。連中は所詮町の荒くれ者という感じだった。あの軍隊相手に勝てるとは思えないのだ。間に合ったとしても戦えば皆殺されてしまう。
どうすればいいんだ。
町の入り口で立ち尽くす。
これはクリオ達が町に戻ると知って、見捨てるか悩んだ時と同じだ。どうする。いや、どうするって俺に何が出来る。ちょっとふしぎな踊りが出来るってだけで、軍隊から皆を助けられる訳が無いじゃないか。現に前回は失敗して牢屋に戻っただろう。今、生きてるのは単に運が良かっただけだ。俺一人の力で他人を助けるなんて、おこがましいにも程がある。
ふらりと足が東に向かう。
でもこのまま放っておけば、傭兵団の皆は殺されてしまう。クリオが、ヴェゼルが、おかみさん達が殺されてしまう。マークさんが間に合ったって一人じゃ相手にもならないだろう。
よろよろと足が西に戻る。
寝ぼけるな。お前の目的はなんだ。例えどんな事があっても。先に進むと決めたとか言って、仲間への誘いを断ったろうが。今更何を言ってんだ。クリオ達に関わって、無駄に日数が過ぎたぞ。これ以上時間を浪費するのか。懲りてないのかお前。
再度東へふらつく。
反乱軍なんてテロリストだ。ろくな連中じゃない。助ける価値なんて無い。お前が連中に協力するってことは、それはお前がテロリストになるってことじゃないのか。そんなことでいいのか。
建前ならそうだ。
でも俺が会ったのは反乱軍じゃない。傭兵団のみんなだ。傷を負った自分を助けて介抱してくれた連中だ。俺はあの人達に命を助けてもらった。声を掛けてもらい食事を貰い平穏を貰った。こうして東に向う旅支度まで助けてくれた。軍とか団とか関係なく『あの人達』に助けてもらったんだ。お前は恩を感じてないのか。
今更迷うな馬鹿。誰がどうなろうと、人でなしと蔑まれようと構わないんじゃなかったのか。先に進むんじゃなかったのか。
そうだ。そう決めたのだ。俺は決めた。何故今更迷う。
でも放っておけば死んじまう。殺されちまう。もう関係ないだろ。義理もないだろ。でも。それでも。
『――また会いに来てよ。絶対だよ』
脳裏に別れの際のクリオの言葉が過ぎる。
気がつけば歩き出していた。
西へ。
◇
西へ、西へ。
ひたすら西へと駆けだした。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
だけど、徒歩じゃ絶対間に合わない。走りながら考える。
何か手はないか。召還? 駄目だ、全員分の触媒がない。ヴラーダの町に戻って誰かを魅了で脅して馬をださせてっ……間に合わない。つか俺、馬に乗れないじゃないかよ。追いついたって軍隊相手にどうすれってんだ。策を練って全員【睡魔の踊り】で眠らせたって小一時間しか止められない。それじゃ意味が無い。
騎士団の連中より先に知らせられる方法は一つだけだ。トリスタ王国から飛んで失敗したあの瞬間移動。あれで遠く離れた団舎まで飛んで知らせるしかない。
(あれをやるのか)
あれは何処に飛ぶか分からない。今度こそ大失敗して見たこともない異次元みたいな世界に落ちるかもしれない。無事、移動出来たとしても、また身体を壊してぶっ倒れるだろう。今度こそ死ぬかもしれない。分が悪過ぎる賭けだ。また砂漠に放り出されて今度こそ野たれ死んだら元も子もない。痛かった。きつかった。辛かった。嫌だ。もうあんな目には会いたくない。
でも、それでも。
あいつらのところに行かなくちゃ。
くんっ!
(!っ)
足が上へ引っ張られた。踊りの誘導が来たのだ。クリオ達のところへ行こうとしたら誘導が来たのだ。
どうする。どうする。
(覚悟を決めろ! 賭けろ!)
例え身体を壊しても、辿りつけさえすれば連中が介抱してくれる。なんとかなる。
歩速を緩めて飛び上がって足を回す。
「ミミッ!」
鳥だろうとダチョウだろうと、なんだってやってやる。
(来いっ、来いっ、来い!)
くんっ! くんっ!
「ミッ、ミッ、ミミミミッ!」
(行けっ、行けっ!)
大きく飛び上って。バタ足しながら。手を伸ばす。何か要求が来た。邪魔すんな。いいからあそこへ行かせろ。
すると、想像してた団舎のロビーの光景が数m先に浮かび上がった。思わず手を伸ばす。中空で何かを掴む感触。そうか。これは行き先をイメージしてそこへ飛ぶ踊りなんだ! 一度行った場所をイメージして飛ぶ、ドラ○エのル○ラなんだ!
(これなら行ける!)
「ミッミィィー!」
掴んだ手を引き寄せると光景が近づいてくる。光の奔流が迫り来る。
「おおおっ!」
身体ごと飛び込んだ。視界が光に包まれ、今度は最後まで脳裏に言葉が響いた。
【天翔地走】
身体が宙に舞った。
「――ぐばっ!」
掴んだ視界の焦点が合ったと思ったら、目の前は壁だった。そのまま突っ込んで壁に激突。盛大な音を立て、壁板をぶち破って頭がめり込んだ。
なんだコレ、助走が効き過ぎだよ。痛えよ!
慌てて壁板を押さえて首を引っこ抜く。勢い余って床に転がった。見上げた視界に入ったのは見慣れた団舎の屋根裏だ。起き上がって周囲の光景を確認する。団舎のロビーだ。成功だ。ここまで瞬間移動で飛んできたのだ。
「よっしゃやああっ!!」
騒動を聞きつけ部屋から女房達が顔を出してくる。俺を認め、一様に驚いた表情で声を掛けようと集まってくる。良かった。皆未だ無事なようだ。間に合ったんだ。
俺は壁にぶつかって真っ赤になった顔で叫ぶ。
「みんな! 領主の騎士団が襲撃に来る! 逃げるんだ!」
次回タイトル 大薮新平 殺人を犯す
ル○ラ取得回でした。以降フットワークが軽くなります。




