04. 大薮新平 虜囚の果てに
ごめんなさい、一人称と三人称が混在してます。
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。行き倒れた末に騙され、奴隷として売られてしまった新平。踊り子スキルで無事牢を脱走して先へ進むも、幼い兄妹達が心配になり戻って同行する事に。しかしそこを男達に襲撃されて……
新平は最低限の手当てのみをされて、牢内の地面に転がされていた。
(う……)
散々殴られて手枷を嵌められた。地面は飛び散った血痕で汚れ、牢内の匂いと混じり異臭を放っている。腕の矢傷は浅かったが、全身は殴られて腫れ上がっており、仮に手枷が無かったとしても痛みで動けないだろう。
見知った牢内だった。以前入れられた牢屋だ。またあの町に戻ってきたらしい。
襲ってきた男達は奴隷商人の連中だった。道中に出会って倒した盗賊を、木々に縛って放置したのが不味かったらしい。助け出された連中が奴隷商人と通じていて連絡が渡り、捜索されて見つかったのだ。散々怒りをぶつけられた。
(詰んだか)
手枷で拘束されては踊りができない。手を使わない新しい踊りでも閃けば別だが、ろくに立ち上がれもしないこの状態では当分無理だろう。不幸中の幸いなのは、彼等が奴隷商人だという事だ。どれ程暴力を奮われても商品の価値がある限り殺される事はない。異国の魔道士だ、高値で売れると彼等は昂奮していた。迷惑な話だ。
ヴェゼルとクリオは向かいの牢に閉じ込められていた。泣きじゃくり何故かごめん、ごめんなさいと謝るので訳が判らない。油断したのは自分も同じ。逆に守ってやれなかったので申し訳ないと思う。
気の利いたダシャレや芸でも見せたて慰めたいところだが、起き上がる事さえできない。必死に放った三連発放屁をスルーされたのは痛恨の惨事だった。
まいったな。
このままでは奴隷の烙印を押されて売り飛ばされる。しかし、今の自分は抵抗する力が無い。
食事も自分だけ与えられていない。回復されてまた抵抗されては敵わないから、瀕死寸前のままで維持しようということらしい。彼等も自分の踊りを警戒しているのだ。心配したヴェゼルが鉄格子越しにパンを投げてくれたが、拾って食べる気力さえ湧かない。
クリオが奴隷商人へ泣きながら世話をさせてと頼んだが、当然の様に怒られて槍で突き飛ばされた。
幸い道具はここにはなかったようで、未だ焼印は押されていない。俺が動ける様になったら移動してそこで焼印をつけ競売にかけようと言ってる。まだ時間は少しある。問題はクリオだ。少女の買い手は多いらしく、前回も一番初めに彼女に手が掛かった。しかし、今の自分では助ける事ができない。
(諦めるな)
二人の髪の毛を千切って丸め、こちらの牢に放ってもらった。これだけはなんとか懐に入れた。後日召還で救出する為だ。もっともこの手が使えるのは、自分が安全地帯に逃げられたらの話だ。現状見通しは暗い。
(駄目だ、諦めるな)
体力が落ちれば気力も萎える。折れそうになる気持ちに何度も言い聞かせ、自分に発破を掛ける。
二人にも言い聞かせた。自分は召還魔法を使える。今バラバラに別れたとしても、自分が安全な場所に逃げこんだら、絶対に二人を召還してみせる。一緒に逃げだそう。最後まで諦めるなと。泣きながら二人が頷く。くやしい、俺にもっと力があったなら。いや、力はあったんだ。使いこなせてない俺も悪いんだ。訳の判らん踊りと忌避していないで、どんな踊りがあるのか調べて使いこなせるようにしておくべきだったんだ。悪いのは自分なのだ。 ……いかん、気がつけば俺も思考が後ろ向きになってる。
(畜生、諦めるな)
数日が立ち、明日クリオの買い手が来ると聞かされた。下卑た男達の笑いに怒りが沸くが、自分はまだ立ち上がることもできない。
落ち込んで泣き出すクリオと、それを懸命に慰めるヴェゼルに掛ける言葉が浮かばない。とにかく今は待ってろと言うしかない。希望を捨てるな。でも、誰に言っているのか。半分以上は自分に言ってるのだ。
自分達と反対方向に逃げた男達二人も東の町で捕らえられたと聞かされる。そうとう酷い目にあっているらしい。やっぱり逃亡なんて無理だったのか。このまま諦めるしかないのか。
夜半。泣き疲れ眠る二人の牢に一人の男が現れた。
何故か牢の鍵を空け、クリオを起こそうとする。助けてくれるのかと一瞬思ったがそうではなかった。鉄格子越しに、欲望に満ちたギラついた目と下卑た笑みを見て怖気が走った。
(な――)
寝ぼけていたクリオが恐怖を感じて悲鳴を上げる。即座に口を押さえつけられた。飛び起きたヴェゼルが蹴られて壁に吹き飛ぶ。彼も手枷を嵌められ、ろくに動けないのだ。男の腕の間から、クリオのか細い悲鳴が上がった。
クリオもヴェゼルも暴力を奮われるとしか思っていない。だが自分には判る。これは――
(八歳児を犯すつもりなのかよ!)
「ざっ……けんなっ!」
頭が真っ赤に染まる。
そこら中で殺し合っている世界だ。人心も荒んでいる。弱い者は人権も無く踏み躙られる。だからといって、やっていい事と悪いことがあるだろう。許されない事があるだろう。
「てっ…め!」
手枷を嵌められた腕で地面を叩き、鉄格子に向かう。足がおぼつかない。飛びつくように鉄格子にぶつかる。
「おまっ……えっ」
「あん?……うるせえな小僧。喚くなよ」
一瞥して俺をせせら笑い。クリオの衣類を剥ぎ取ろうとする。ここで始めるつもりなのだ。ここで――
「ざけっ!……」
怒りで言葉が出ない。クリオの悲鳴が牢内に響く。うずくまっていたヴェゼルが飛び掛ったが、あっさり蹴り飛ばされ地面を転がって呻く。鉄格子で隔てられた自分には何もできない。今の自分には踊る事も助けることもできない。
理性は言う。もう無駄だ。ここで体力を消費して回復を遅らせるな。ここは我慢しろ。無事でさえいれば何時か二人を助ける事ができるかも知れない。
ふざけんな。
「いやあああ!」
「……リオッ……」
「てぇえめえええっ!」
「ひぃひぃひ! うるせぇよ! お前ら!」
そんなのが今ここで起きている惨事を見逃す理由にはならない。目を塞ぐ理由にはならない。届かない。助けられない。だからといって黙る理由にはならない。
「やめっ……ろボケがあっ!」
鉄格子から伸びるのは、手枷で固められた両手だけだ。肩に受けた矢傷も打撲も裂傷も忘れ、怒りの限り両手を伸ばす。
鉄格子が軋む。ぴくともしない。だからどうした。伸ばせ。届かせろ。掴んで引き摺り降ろせ。
「あああっ!」
鉄格子が軋む。軋む。
「あああああーーーっ!!」
「うるせえって……?」
男に少し近づいた。もうちょっとだ。届け。届け。やめさせるんだ。こんな事を許すな。掴んで引き摺り倒せ!
鉄格子が軋む。軋む。軋む。
軋む。
頭が真っ赤に染まっていく。
◇
ゴォオゥン!
「なん……だ? うおっ!」
異様な音に男は振り向いて驚きの声をあげた。新平の怒声にではない。彼を遮る鉄格子が、目に見えて歪み凸状に膨らんだのだ。
「あああああーーーっ!!」
「な……ひっ?」
それだけでは無く、廊下を隔てた自分達の鉄格子迄が何故か軋み始めた。誰も触っていないのにだ。
おかしい。ありえない。こんな事が起きる筈がない。
「やぁめろおおお!」
「な、なんだお前……ひいっ!」
ゴォオン!
更に鉄格子が歪んだ。目に見えて、ぐわんと大きくたわんだのだ。
未知の恐怖に悲鳴を上げる中、男はこの男が異国の魔道士だと言う事を思い出した。何かが起きている。自分の知らない異様な何かが起きている。
怒声を上げる新平の頭は既に動いてなかった。怒りに我を忘れて、ただひたすら鉄格子を押し、男に掴み掛かろうと両手を伸ばしている。彼の手足が不自然にぴくぴくと痙攣している。まるで新しい踊りを誘導している様に。
バキン!
「あああああっ!!」
バキッ! バキンッ!
「うわあっ!……ひぃっ!」
バキバキッッ!! ガンッ!
鉄格子の蝶番が弾け飛んだ。その音に男は飛び跳ね、クリオを放り出して逃げ出す。
「一体なんなんだあいつ……うお?」
牢屋の入口まで逃げてきた男は、扉を開けて驚く。そこには見覚えのない男が立っていた。
「……」
「がっ……!」
暗がりに呻き声があがり、そのまま男は地面に崩れ落ちる。
立ち塞がった男の背後に新たな気配が複数立つ。男は彼等に命令を下す。
「……生かすな。全員殺せ。夜盗に偽装するのを忘れるな」
底冷えする声が通路に響いた。
「「ハッ」」
複数の声が応え、男達のくぐもった悲鳴が幾つも上がる。その音を背に男は歩きだした。
異様に存在感のある男だった。暗闇だというのに、近づいてくるだけで無視できない気配を放っている。牢の明かりに浮かんだのは、鎧を纏い炯々たる眼光を放つ偉丈夫。彼は牢を回り、半壊した鉄格子の中に目的の人物達を見つけ声を掛けれた。
「クリオ……居るか?」
「……父……上?」
呆然と暗闇に立つ男を見上げクリオが呟く。対する男は長い安堵の息を吐いた。
「………迎えに来た……よく頑張ったな」
「あ……あぁ……」
「だ、団長……?」
「ヴェゼルか。立てるか」
「あぁ……は…あ、あの人を。あの人をお願いします。僕等を助けてく……」
向かいの牢の鉄格子には、新平が張り付いて両手を鉄格子から伸ばしたまま固まっていた。何故か鉄格子は大きく歪み、嵌められていたらしい手枷は壊れて地面に転がっている。しかし彼自身はぴくりとも動かない。
既にその時、新平は意識を失っていた。
◇
気が付くと木造の家屋の一室だった。牢屋じゃ無い。普通の部屋のベットに手当てをされて寝かされていたのだ。
「……おおおお?」
「おや、目が覚めたい?」
そして、知らないおばさんが横の椅子に座り呑気に編み物をしていた。
「はいなっ?」
よいやさ。驚きでベッドで飛び上がった。まったく知らない場所で、知らない人だ。硬直したまま記憶を探る。えーとなんだ。何がどうなってるんだ。俺は確かええと、ええと……。頭が動かず目を回しているうちにおばさんの方が説明してくれる。
「変な驚き方する子だね、あんた。子供達を助けてくれたんだって? うちの人達がクリオ嬢ちゃん達を助けに行って、怪我してるあんたも一緒に連れて来たのさ」
記憶が繋がった。自分はクリオ達と一緒に奴隷商人に捕まり、牢屋に入れられていた筈だ。
「助…け……?」
誰、うちの人って。えーと……
混乱する自分に、中年女性はゆっくりと説明してくれる。
ここは自分達が囚われていた町ヴラーダから北にある町で、名をスウェンデールという。その紅の傭兵団の団舎の二階だそうだ。彼女の名はボーラ。ビーゴという傭兵の女房だと名乗った。西のエンデールで同じく傭兵業を営んでいたのだが、町で抗争があり預かっていた子供達クリオとヴェゼル達とはぐれてしまい、捜索の末にヴラーダの町で発見したという。
ビーゴ達が返して貰う様交渉したのだが、彼等は捕まえた奴隷として所有権を主張して決裂。多少強引な方法で奪還し、傭兵仲間を頼ってここで世話になっているそうだ。
何故自分がここにいるいかというと、救出の際に子供達を助けた恩人との事で一緒に連れ出され、ここで介抱をしてくれていたという。
「は、はあ……それはどうも…ありがとうございます」
嘘を言っている様には見えない。となると俺達が無事エンデールについたとしても、頼るべき彼女達がこうしてスウェンデールに移動していたので会えなかったのか。これは不幸中の幸いと言っていいのだろうか。
というか、傭兵団? 何だこの急展開。
トリスタ王国にいた時に、旅の案内役として探していた傭兵団という連中のところに、自分は今厄介になっているらしい。
この世界に放り出されてから、常に自分達だけでなんとかしてきた。せざるを得なかった。危険に陥った時に、誰かが助けに来るという想定が全然無かったので、どうにも混乱している。
口を菱形にして呆けてると、ボーラさんが笑って立ち上がった。
「どれ、二人を呼んでこようかね。凄くあんたを心配してたよ」
彼女が部屋を出ていくと、暫くしてヴェゼルとクリオが扉を開けて駆け込んできた。
「ジョンペ!」「ジョンペェ!」
誰だよそいつ。
二人共、顔の腫れが少し残っており、手当て後が痛々しい。しかし、目には生気が戻って輝いている。
「おお!……って、ハグッ!」
飛びついて来たクリオが腹にダイブ。腕も怪我の右手に当たり悲鳴を上げる。慌ててヴェゼルが引き剥がす。どうして子供って、腹とか脛とか痛いところを狙って突撃かますんだろうか。
「大丈夫?」
「お、おお。ナイスボディ」
意味は通じなかったが笑ってくれた。改めて見詰め合って三人で笑う。良かった、元気そうだ。もう大丈夫なのか。
助かったことを始めて実感する。
「……助かったんだな」
「うん!」
クリオの笑顔が眩しかった。
自分は三日も寝ていたらしい。二人は昨日から動ける様になったという。
「でも、外で遊んじゃ駄目って言われてるの。つまんない」
「仕方ないよ。あの奴隷商の男達が、もしこの町でうろついてて見つかったらまずいんだから」
「そしたら父上や皆がやっつけてくれるもん!」
「そうだけどさ……騒ぎを起こしたら、ここの人達に迷惑が掛かるんだよ。俺達は頼んでここに置いて貰ってるんだ。迷惑になるようなことは避けなきゃな」
「うう~っ。だって、だってさあ!」
クリオが子供らしく駄々をこねる。遊びたい盛りには辛いだろう。ヴェゼルは良い兄貴分として宥め役になっている。この子の方は現状を理解してるみたいだ。捕まってた時と違って険が取れて言葉使いが優しくなってる。こっちが地なのかな、いつもの二人の関係が判りそうな光景だ。
「そうだなあ。ここの中で出来る遊びとかあれば良いんだろうけど……」
屋内で遊ぶ事なんて早々思いつかない。ボーラさんが置いていった編み糸を少し拝借して綾取りを見せる。自分はあまり興味無かったが、姉や婆ちゃんがいたので、雨で外に出れない時は、よく相手をしたものだ。
早速幾つか披露したらクリオが目を輝かせた。おおし!……でも三パターン程であっさり詰まってしまった。二人綾取りばっかりだったから相手がいないと話にならないのだ……教えるんじゃなかったか。
うんうん言いながら続きを取り合うが失敗する。それでもクリオは珍しい遊びが楽しいようで、ヴェゼルと一緒にきゃっきゃっと笑って遊んでくれた。
夕食後にビーゴさんを含め何人か男達が現れた。それっぽい土木工事員の集団みたいなむさい男共だ。思ったより怖い連中じゃなくて内心ほっとする。改めて礼を言われたが、助けて貰って感謝しなきゃいけないのはこっち方なので居心地が悪い。
「あんた魔道士なんだって?」
「……」
にこやかに、しかし探るように男達に問い質される。
二人を見ればクリオは誇らしそうに、ヴェゼルは勝手にバラした事を申し訳なさそうにしてる。そりゃ話すわな。
「まあ……それに近いもんと思ってくれていいかと」
奥歯に物が引っ掛かった様な言い方になってしまうが、魔道士がなんたるかを知らないので断言する訳にもいかない。下手に認めて、あの奇天烈な踊りを見せたら、この連中もさぞ困惑した顔を見合わせる事だろう。
しかし男達はどよめいた。
系統は、所属は、流派はどこなんだ。杖や書はどうしたんだ。出身は何処なんだ。何故こんな地にいるんだ。
次々と質問攻めを受ける。
何時もの通り、知らん知らん判らんと返せば段々と怪訝な表情から疑う様な視線を向けられる。当然だろう。でも仕方ない。全部丸っと事情を話す訳にはいかないのだ。使徒だなんて言って通じるか怪しいものだし、通じたら通じたで、逆に大騒ぎになる可能性が高い。聞かれるままに全部話して利用価値を見つけられ、気がつけば要求を受けるまで軟禁なんて羽目にもう陥る訳にはいかないのだ。流石に自分もトリスタ王国で学習した。こっちの情報を晒す時は最小限に。助けて貰ったのはありがたいが、ここは軽蔑されても体力が戻り次第、出て行けるようにしておかないとならない。そうしないと
「うちの傭兵団に入らねえか」
「…………」
こういう面倒な目に会うのだ。
次回タイトル 大薮新平 異常な町




