表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
2章 奴囚王国オラリア騒乱編(全26話)
40/100

03. 大薮新平 虜囚達と逃亡す

 大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎな踊り子スキルを得て異世界に召還された。行き倒れた末に騙され、奴隷として売られてしまった新平。牢内で脱出を画策するが、虜囚の少女が暴力を奮われ逆上。踊って眠らせてしまい計画はあっさり破綻した。行き当たりばったりで逃亡が始まる。



「くそっ! 逃げるぞ! ついてくる奴はいるか?」


 自分が叫ぶと同時に、体調が悪く横になっていた筈の少年が飛び上がり、牢の外に飛び出した。止める間もなく外に向かって走って行く。早い。鼠みたいだ。


「待っ……」


 やばい、向こうに誰か居たら鉢合わせる。捕まるぞ。

 慌てて追いかける。自分が牢の外に走り出ると、他の皆も慌てて追いかけてきた。


「てめぇ。今、何したんだ?」

「後だ! 其処にまだ居るかもっ」


 おっさんが声を掛けて来たが、答えている場合じゃない。先にある部屋に飛び込む。部屋には奴隷商人が二人居た。しかし、タイミング悪く、先に逃げ出した少年が彼等の脇をすり抜け、外へ出ようとしていた瞬間だった。望まずして自分達は少年の囮になったのだ。


「うおっ! な、なんだこいつら!」

「げ!」

 

 脇を抜けていく少年より、次々やってきた自分達に驚いて立ち上がる男達。


「やばっ!」「おいっ」「うわっ」


 慌てて戻ろうとしたが、後ろから来た皆にぶつかる。狭い。やばい、これじゃ踊れない。おっさんと青年に押されて奴隷商人の目の前に突き飛ばされた。


「このっ!」

「うわあっ!」


 地べたに伏せた瞬間。頭の上を拳が走った。ぶわりと背筋が粟立つ。自分は特に喧嘩が強い訳じゃない。暴力が本職の連中に、殴り合って勝てないのはこの世界に来て散々身に染みている。

 咄嗟に相手の片足を掴んで持ち上げた。


「つあっ!」

「うおっ」


 奴隷商の男は後ろの男を巻き込んで転ぶ。俺は倒れた男を放って、横のテーブルに飛び乗る。そして両手を振り上げ


「踊らせりょぃ!」


 と、叫んで踊り始めた。


「な?」「?……おおっ」


 この状況下で踊らせろと叫び、テーブルに飛び乗って踊りだす男。そんな俺を何だこいつという目で、奴隷商人達は見上げるが、目の前に脱獄したおっさんと青年がいるのに気づいて構え直す。そして俺を無視しておっさん達に掴みかかった。青年が椅子で殴ろうと掴むと、そうはさせじと相手も椅子を捕み、揉み合いになる。その脇で自分は、テーブルの上でシュシュシュと奇声を発しながら踊っている。追いかけてきた幼い兄妹が、異様な光景に驚いて入り口で固まっている。おお、違う。俺はおかしくないんだ。そんな目で見るな!

 しかし均衡も長くは続かない。いち早く踊りが完成する。


「スゥリィィイプ!」

「……う」「おっ……」


 相次いで奴隷商人達が昏倒する。組み付いていた相手が勝手に倒れ、驚くおっさんと青年。心当たりはそりゃあ一人しかいないだろう。皆がテーブルの上で踊っていた自分を奇異な目で見上げてきた。


「はぁ…はぁ……どうだ」


 テーブルの上で汗を拭う。ああ、びっくりした。間に合って助かった。


「兄ちゃん。これも……おめえか?」

「……ああ」


 頷いてテーブルを降りる。おっさん達は相変わらず戸惑った表情を向けてくる。踊ると男達が昏倒するなんて意味が分からないだろう。俺も分からない。普通は分からない。歩いてたら溺れましたくらいの意味不明だ。

 兄妹は未だドアの入り口で呆けていた。

 見回せば先に駆け出した少年はもう姿が無い。一人でとっくに屋外に逃げ出したようだ。もう追いかけても見つからないだろう。つくづく昨夜、協力体制を段取れなかったのが悔やまれる。


「なんなんだ、てめえは。魔道士かなんかか」

「あー。まぁ、似たような者だと思ってくれ」


 その言葉に全員の顔が強張った。ちょっと傷つく。


(そうか。魔道士って、この世界は恐れられているんだっけ)


 頭を掻く。でも今は細かい説明をしてる場合じゃない。


「出よう」

「ああ、そうだな。 ……だがその前に」


 おっさんが倒れた男達の所持品を漁りだした。そうか。手ぶらで外に出る訳にいかないか。畜生、泥棒すんのかよ。

 それを見て青年ももう一人の男の懐を漁る。自分は部屋内を見渡して見つけたパンを片っ端に懐に入れる。泥棒だ。完全に犯罪だ。

 相手は自分を売ろうとした奴隷商人だから同情する気は無いが、結局悪事を働かねばならない自分が情けない。非情な現実が心に痛かった。

 一度戻って、牢で昏倒している男達からも小銭を漁る。

 軽く縛って最後におっさんが男を蹴り飛ばした。あーあ。まぁ、確かに俺も槍で突いてきた男の顔を踏んづけてきちゃったけどさ。

 起きるぞと脅したら慌てて飛び退る。同じ事をしようとしてた青年も慌てて下がる。ちょっと面白い。おっさんには散々小馬鹿にされたので、少しすっきりした気分だ。

 おっさんが先程の二人を引き摺って来たので、まとめて全員牢に入れて懐を探って鍵を掛ける。これで一安心だ。

 でも長居はできない。連中も少ししたら目覚めるし、ここに誰か来ないとも限らない。

 逃げ出す準備を整えた状態で玄関の鍵を掛け、集まって今後の話をする。


「さて、これからどうすっか?」


 年長者らしくおっさんが仕切った。


「俺は東に行く」

「ザールにか?」

「知らん。とにかくこの国を抜けてレンテマリオ皇国に向かう」

「知ら……抜けて?」


 即答した自分におっさんが怪訝な顔をする。予想外の話を聞かされた様な顔だな。そんなに常識外れな内容だったのだろうか。


「レンテマリオ……こっからか?」

「遠いのか?」

「東の国境まで三ウィヌ(三ヶ月)は掛かるんじゃねえか」

「そうか。あんがと」


 二つ判った。東に向かえばレンテマリオ皇国に行き着くので当ってる事。徒歩で三ヶ月の旅程な事。良し、一歩前進した。こっそりガッツポーズ。

 ここまで来たら一人で逃げるとしよう。正直この胡散臭いおっさんと、面倒臭そうな青年とは同行したくない。冷たいようだがこっちも必死なのだ。逆に幼い兄妹の方は心配なので、できる事があれば協力してあげたいとは思うが。


「おっさんは?」

「俺はまー……適当にトンズラさせて貰うさ」

「こ、こんな事して、僕達追われるんじゃないかな。殺されるんじゃないかな」

「ここに居て売られても同じ様な目に会うだろうさ。嫌ならお前だけここに残ってろよ」


 泣き言を言い出す青年をおっさんが切り捨てる。悪いが同感だ。そんなの酷いとか言い始めたが、悪いが構ってられない。最後にはここの町長に掛け合ってくると言い出しすので、慌てて自分達が町を出る迄待てと釘を刺す。一瞬、眠らせてやろうかと黒い考えがよぎった。


「僕達はどうする?」


 自分の質問に、幼い兄妹はコソコソ話し合っていたが、結論が出たのか向き直って答える。


「村に戻る」

「戻るって……自分の居た村にか?」


 こくりと二人が頷いた。詳しく聞けば西に戻って北上したエンデールという村に戻るという。ここからでは十日程の距離だとか。そこで火事にあって焼きだされ、彷徨っていたところを奴隷狩りにあったらしい。


「馬鹿かおめえら」


 おっさんが吐き捨てた。そりゃそうだ。捕まった近くの村に戻るなんて凄く危ない行為だ。連中の仲間がいるかもしれない。現におっさん達はここらを離れ、人の多い街側の東に逃げようとしている。心配だ。膝をついて目線を合わせて聞き直す。


「当てはあるの?」


 こっくりと頷く。なら一応安心だが。


「お父さんか、お母さんが居るのか?」


 二人共うつむいて黙ってしまった。 ……聞いちゃいけない事を聞いたようだ。


「ハ! ガキ二人じゃ、辿り着く前に魔獣の餌になるのがオチだな」

「『魔獣除けの香』を焚けば、大丈夫なんじゃないのか?」


 壁の棚に旅道道具はある程度揃ってる。『魔獣除けの香』もあるので拝借して行こう。


「それは夜だろ。日中だって街道をちょっと外れりゃこの辺は危ないぜ、夜盗も多いしよ」


 おっさんの言葉に兄妹が身体を強張らせる。それでも聞き返せば戻ると言い張る。一緒に住んでいた仲間達が居る筈だというのだ。


「……本当にそのエンデールという村に着けば大丈夫なのか」


 これにはしっかりと頷く。当てがあるのは本当らしい。問題は道中の危険か。

 かといって、自分は東に向かう身だ。逆方向の西に向かうこの子達の世話は出来ない。そもそも付いて行っても俺が何処まで力になれるか判った物じゃない。実際デニスとラディリアとの逃避行で、自分は完全にお荷物だった。しかし、ここで別れるのは子供を見捨てるようで気が引ける。


「それでも行くのか」


 再度聞き返すと、変わらず揃って頷く。仕方ない。付いてこられても自分に面倒がみれる訳じゃない。幸運を祈ろう。


 部屋内で旅に使えそうな物を物色し等分に分ける。おっさんがかなり渋ったがじっと睨みつけると、しぶしぶOKしてくれた。魔道士という肩書きにびびってくれたようで助かった。盗賊デニスだったら容赦なく持っていかれただろう。


 外に出る。朝方なのでまだ人通りも少ない。やはりトリスタ王国の人達と違って、少しアラブ系の感じがするな。肌の色が浅黒い人が多い所為だろうか。家や牢があったということは、町の中は奴隷商達の地元なのだろう。ならばこの町に長居するのは得策じゃない。日の高い内にさっさと次の町に向かうべきだろう。おっさんに追加の食料や道具を買って貰い、皆で分けてまっすぐ外門を目指す。

 当然門兵が立っていた。どうするか。彼等は出入りする人の顔を覚えるのも仕事だ。檻に入れられていた自分達の顔を覚えているだろうか。覚えて無かったとしたら、今度は知らない奴らが町を出ようとするのを止めるのではないか。おっさんに聞けば、まず問い質されるだろうと言う。

 前回トリスタで村の検問を突破した時は、姿を消す踊りを使って、デニスとラディリアに協力してもらった。今回もそうすべきだろうか。後ろの面子を見る。今から説明し、協力頼んで作戦を練るか。小屋で結構話し込んだから時間が足りない気がする。【睡魔の踊り】は子一時間程で効果が切れて、目が覚めるのだ。もうじき眠らせた連中が起きだして来るだろう。

 悩んでいる時間は無い。門兵を眠らせて突破しよう。

 任せろと言い残し一人で門へ向かう。気付かれたのでお疲れさまですとだけ挨拶して逃げ戻る。手近な家屋の影に入って【睡魔の踊り】を踊ればあっさり門兵達はその場で昏倒。傍目には彼等が突然倒れただけなので、自分の所為とは判らないだろう。

 建物の影で唖然としている虜囚達の元へ戻って声を掛ける。


「眠らせた。今のうちだ、行くぞ」

「……お、お前何者だ?」

「あーう……なんだろね。踊り子、らしいんだけどな……」


 活躍してちょっと気分が高揚してたのだが、返答に詰まって萎んでしまった。日本人だ、高校生だと返したいが、そいつらも皆踊るのかと聞かれたら返答に困る。日本人は誰もこんな事しないしな。以前、鑑定紙に記載された【職業】踊り子を思い出して、とりあえず【踊り子】と説明。一応間違っちゃいないだろう。


「踊り子って何だ? そいつらは皆こんな魔術が出来るのか?」


 乾いた笑いしか返せない。自分でもつくづく変な話だと思う。信用できないおっさんに細かく説明したくないので、笑って誤魔化したまま皆で門の外へ。

 自分は東に向かう、子供達は西に。別れようとする子供達に声を掛ける。


「じゃあ、元気でな」

「……うん」


 心配だ。不安になって、分配した自分の分のパンをひとつ兄貴に押し付ける。


「頑張れよ」

「……うん」

「あ、あの……」


 行こうとしたら、か細い声を掛けられた。振り返れば兄の背から妹のクリオが顔を出していた。叩かれ腫らした顔が痛々しい。


「……あ、ありがとう」

「……元気でな」


 最後にやっと話しかけてくれた。ニヤついてグーパーで掌を振るとちょっとだけ笑ってくれた。そして手をつないで二人が掛けて行く。ああもう、子供が掛けたってすぐに途中でバテるぞ。遠距離走るにはペース配分が大事なんだからな。

 元陸上部の性分が教えてやりたいと疼く。



 …………無事に戻れれば良いんだけど。


「行こうか」


 おっさんに声を掛けられた。うん。というかなんでお前ら俺を待ってる。おっさんと後ろに青年まで居るじゃないか。


「いや、なんで一緒に行くの?」

「てめえと行った方が、助かりそうだって俺の勘がいうのよ。」

「……あんたと一緒に行ったらヤバイ目に会いそうだって、俺の勘は言うんだが……」

「フッ、細かい事は気にすんな」


 ふ、じゃねえよ。漫画かよ。


「ぼ、僕はこの人が町長に掛け合っても無駄だっていうから……」

「当たり前だろが」


 青年がごねり始めたので面倒になって先に歩き出す。すると二人は揉めながらも付いて来る。嫌な一行だな。


「……あいつら、無事に着けるかな」

「無理に決まってんだろ」

「……?」


 少し進み心配になって聞いたら、おっさんに断言された。


「あんなガキ、あっという間に魔獣の餌だ。手が足りなくてここら辺は討伐が進んでねえって聞くしな。エンデール迄の間には夜盗が出るって話もあるし、餓鬼二人なんざ良いカモだ。夜中に歩くとかよっぽど運が良くねえと抜けれねえだろうさ」

「……」

「普通ならすぐ捕まって、またあそこに転がってるな。六日以内ってとこだろ。賭けてもいいぜ」

「……」

「っておい。どうしたよ」


 立ち止まった。


「……」


 足が動かない。


 いや、進まなきゃ。あの子達を気にしてる場合じゃない。こっちだって危ないんだ。戻ってどうする。俺が行ったって、力になれるか怪しいもんだ。


 でも、足は動かない。


「おい」「どうしたんだい?」

「……」


 人に構ってる場合じゃない。こっちも追われる身だ。先を急ぐんだ。しかし。でも。だって。


 先程の光景が頭によぎる。クリオが連れて行かれ、ヴェゼルは地面にボロボロで転がっている。奴隷商人の男達が下卑た笑い声を二人に浴びせかける。ヴェゼル達は顔中を泣き腫らし、どれだけ叫ぼうが誰も助けてはくれない。伸ばした二人の手は二度と触れることは無く、その先には絶望しか待っていないのだ。


「……!」

「ちょっ、お前何処行くんだ?」


 気がつけば、走り出していた。


「戻る!」

「ふざけんな。おらぁ、お前の魔術を当てにしてたんだぜ! あんなガキ共に構ってどうすんだ!」

「頑張れ!」

「……!ッ」


 何か叫んでいたがもう聞こえない。


 二人の下へ駆け出した。



             ◇



「ジョンペエ。行った。行った!」

「っしゃあ! って、あれ? おおい!」

「バカ、後ろ! ああもう!」

「あはは。ダメだ。またダメ-!」


 町を逃げ出して三日目。新平とヴェゼル、クリオは川辺で魚を取っていた。

 食料は節約しなくてはならない。道中に川を見つけたので、少し上って周りから見えない茂みの中で新平達は魚を取り始めた。川にはヤマメみたいのがいた。新平は良いところを見せようと張り切ったのだが、道具がなくては役立たずな現代人。散々な醜態を晒していた。


(なんで、こいつら素手で捕まえられるんだよ)


 野生児達の器用さには脱帽しかない。結果はヴェゼル五匹。クリオ一匹。新平……ゼロ。八歳児にさえ負けてしまった。ならば知恵を練ろうと大きな岩に石をぶつけ、寝ている魚を出そうとした。結果、何も浮いてこず川が濁っただけで散々文句を言われて笑われる新平。あ、あれえ。



 最初、追いかけてきた新平を二人は警戒した。先程は助けてくれたが、いざ同行するとなると、やはり信用できるか不安なのだ。髪も目の色も違う異国人。悪名高い魔道士という先入観もある。あからさまな警戒に新平は当初がっかりしたものだが、次第に二人と打ち解けていった。

 なにせ新平は火打石で火を点ける事さえできない。枯れ枝を集めるのも下手糞。寝床の作り方も判っていない。山草といって得体の知れないものを取ってくる。街道でも茂みに隠れやすい脇ではなく真ん中をのうのうと歩く。やることなすことヴェゼル少年に文句を言われ教わる羽目に。本当、何しに付いてきたこの男。

 しかし、新平が何かポカをする度にヴェゼル達の硬さは取れていった。新平としては格好良いところを見せて見直されて欲しいのだが、何故か逆方向にのみ進展していく。


(おかしい。こんな筈ではなかったのに)


 結果オーライと言うには情けない話だった。親が見たら泣いただろう。



 二日目にあっさり盗賊が出た。想像まんまの姿の男達、剣を抜いた強面の男二人に道を塞がれる。


「ちょっと待ってくれ。まず、これを見てくれ」


 そう言って【睡魔の踊り】で即行倒す。驚きから呆れ、鼻で笑った強面の男達があっさり昏倒する様に、二人は初めて新平に対して尊敬の表情を示した。

 その夜半には、林の中で焚いた『魔獣除けの香』が消え掛かったところで、以前会った狼に似た魔獣達にとり囲まれた。しかし新平がこれも【睡魔の踊り】であっさり眠らせたのを見て、ようやく顔を輝かせて感謝し始める。もちろん、そのまま見張りを買って出た筈が、朝方居眠りしてたのを起こされ幻滅されるというオチまでついた。あれえ。

 こうして三人は段々と仲を深めていった。






 ヴェゼルは十二歳、クリオは八歳。実は兄妹じゃないそうだ。幼い頃から親同士の交流があって、ずっと一緒にいるらしい。今は親元と離れ、一緒に知り合いのところに世話になっていたという。幼馴染って奴か。しかもずっと同居か。実はリア充カップルだった訳だ。くそっ。思わず草をかじってキーッと唸る。子供相手に僻んでる場合じゃないんだが。


 今では歩き疲れたクリオを背負って歩ける仲だ。ヴェゼルが疲れてもムキ向きになっておぶさろうとしないところは好ましい。やっぱり男の子はこうあるべきである。

 十二歳と呼ぶには少し小柄なのだが、騎士を目指しているというだけあって棒切れ持って向き合ったらコテンパンにされた。十二歳に。剣術って凄え。というか小手狙うのは絶対ずるい。ムキになってやり返したら、もっとコテンパンにされた。クリオ大喜び。ヴェゼルも鼻息荒く意気揚揚。


「じゃあヴェゼルが牽制してる隙に俺が踊って眠らせるな。任したぜ!」と格好良く宣言し二人も賛成したが、手首を叩かれ真っ赤になった両手を隠しながらじゃ格好がつかなかった。


 もうすぐ村に着く。長居して追っ手に見つかったら危険なので、路銀で食料を手に入れたら直ぐ通り抜ける予定だ。異国人の自分だけだったら危なかったが、二人が協力してくれれば適当に誤魔化せるだろう。


「……あの人達、追いかけてこないかな」

「こっちは街と逆方向だ。連中もまさか捕まった村に戻るとは思わないよ。たぶん追っ手も来ない筈だ」


 不安がるクリオに、安心させたい一心で慰める。安心したのかほっとした表情になる。宙に浮いてる足が少しだけ陽気に揺れ始めた。いいな。守るべき対象と一緒にいれば、力が湧いてくるというのは本当のようだ。子供の笑顔は力になる。ラディリア達との逃避行の時よりも、状況は悪い筈なのに何故か心は軽い。


「来ても俺とジョンペがやっつけてやるよ」

「おう」


 クリオが花の様に微笑んで頷く。美少女という訳ではないが、十分愛らしい。最初俺が踊りで活躍できるのでムキになって張り合おうとしていたヴェゼルも、自分が役立てれる事を知って自信を持ち返してる。問題なく村に着けると誰もが思っていた。



 甘過ぎた。



 果てしなく甘過ぎた。





 その夜。寝床に襲撃を受けた。


 一応見張りはしてたのだが、警戒が不十分だった。焚き火を囲んでいたヴェゼルが気配を感じて顔上げた瞬間、自分の腕に熱を感じた。見下ろすと――右腕に矢が刺さっていた。


「――な?」

「「「うおおお!」」」

「わあっ! クリオォ!」


 痛みを感じる間もなく、藪の中から男達が襲い掛かってきた。戦いに慣れていない自分達は簡単にパニックになった。


 ヴェゼルが棒切れを持って立ち上がろうとする前に、男達は襲い掛かり滅多打ちにした。そこに飛び掛かろうとした自分にはもっと多くの男達が襲いかかってきた。叩かれ踏まれ蹴り飛ばされる。地面に転がった。対人戦は上を取られたら壊滅的に不利になる。後はもうやられ放題。こうなっては、もう踊るどころじゃない。


「きしょおお!」

「やああっ、ヴェゼェ!」


 クリオの悲鳴が聞こえる。まずい。まずい。森に逃げろ。隠れるんだ。今助ける。そう叫んで押し返したいのに、圧倒的な人数の暴力に為す術もなく叩きのめされる。


「逃げっ――」


 頭に大きな衝撃を受けた。 






 そして――そのまま視界が暗転した。



次回タイトル:大薮新平 虜囚の果てに

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ