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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
1章 トリスタ森林王国内乱編(全33話)
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33. 大薮新平 一人、大神殿を目指す

 異世界に召喚された大薮新平。そこは内乱が起きている国だった。踊ると魔法が掛かるというゲームでも碌に使えねえスキルを得ていた新平は、アンジェリカ王女一団と共に王都を旅立つが、宿場で敵対勢力の王子・元宰相派に襲われる。新平達は踊りを駆使して反乱軍一派を捕らえる事に成功。更には王宮から宮廷魔道士ミモザを召還した。



「それで、わしを召んじゃのか……」


 宮廷魔道士ミモザが重い溜息をついた。

 巡礼団の団長アイズバッハが捕縛した反乱一派の代表だった。指揮をとる者がいなくなった為、新平は団長位より上位に位置する宮廷魔道士ミモザを【半熟英雄の大護摩壇招き】にて召還し、協力を頼んだのだ。

 アンジェリカ王女とイリスカより事情を聞いたミモザは、アイズバッハを一瞥した後、捕縛した騎士達を確認しに行った。その後、人払いをして一人でアイズバッハを尋問し、あっさり情報を引きだした。


 あの強面のアイズバッハからどうやって情報を引き出したんだろう。凄い。そっとアイズバッハを覗いたら、目の焦点を無くし、うわ言を繰り返していた。……こ、怖え。何をしたのか聞けねえ。流石百歳を越える宮廷魔道士様だ。


「近くにおる様じゃの。応戦の準備が必要じゃ。皆の者、手を貸してもらうぞ」


 戻ってくるなり指揮を取り出した。彼女は戦場で将の経験もあるらしい。誰も拒否する者はいない。望むところだ。

 伝令をあちこちに飛ばし、何時の間にやら知らない兵が出入りして、それらにも命を下してる。聞いたら地元の兵だそうだ。やるな婆ちゃん、手配が早い。

 さあこっちもどうするかと意気込んだところ、新平はアンジェリカ王女、ラディリア、イリスカ、ユエル司祭と一緒に宿屋の最上階に戻され、出てくるなと命令された。出番は終了。


 俺達、用無し? ……それはまぁ、ありがたいけどさ。


 考えてみればミモザ婆ちゃんが来た以上、賓客扱いの自分が戦いに引っ張り出される筈もなかった。姫さんや司祭も同様だ。でも人手が足りないんだろうからラディリア達二人くらいは必要じゃないのかと聞けば、万が一に備えて皆を警護する者を置くのは当然とラディリアに諭された。

 でも当のラディリア達も不満そうだ。大丈夫なのかと聞けば、まず大丈夫でしょうと答えるので戦力としては安心して良いみたいだが、実質ミモザ婆ちゃん一人に任せるのはやっぱり心配だ。実は襲撃って少人数だったのかな。ミモザ婆ちゃんの戦場での逸話を聞かされたが、あの外見とイメージが重ならない。炎獄の魔女ねぇ……嘘臭いよな。本当だろうか。


 手が空いたので、残りの侍女のメリアージュ、エリーゼさんの服を探し【半熟英雄の大護摩壇招き】を舞って召還する。

 揃って二人が現れた。二人は訳が分からず呆然と周囲を見回した後、イリスカの説明を聞いている途中で取っ組み合いを始めた。慌てて引き離せばメリアージュさんの方は反乱派だった。アンジェリカ王女を拉致した時の世話役として二名を確保したいので年少だったエリ-ゼさんが一緒に拉致されたそうだ。メリアージュはそのままミモザ婆ちゃんに尋問され、捕縛された騎士達の部屋に放り込まれた。

 新しい情報を得られたのはありがたいが、勝手な事をするなと叱られた。


 同僚の死を知って泣き出すエリ-ゼさんを宥めながら、部屋の掃除をした後に夕食を貰う。もうする事がなくなった。部屋を出るなと言われているのでミモザ婆ちゃんの様子を見に行く事も出来ない。一応臨戦態勢なので、湯を借りたり和やかに雑談という雰囲気にもならない。朝から立ち回りした事もあって、皆疲れている。あっさり眠気に襲われて沈没。朝になった。


 起きたらベッドでアンジェリカ王女に腕枕をしていた。自分にしがみついて、すやすや眠る金髪の美幼女。うわ、何コレ艦コレ可愛いぞ! でも普通掴むのは上着の胸元とかだと思うんだ。どうして両手でズボン引っ張ってるのかな貴方。半分脱がされパンツもろ出しになってて恥ずかしい状態だったんだけど。

 既に他の皆は起床済み。これは何事と眠れるお姫様を指差せば、最初は別に寝かせ様としたのだが、アンジェリカが珍しく駄々をこねたそうだ。実際傍に寝かせたら、凄く安心した顔で眠りだしたので一安心したとか。

 照れ臭くなって「俺、いびきするらしいんだよね~。うるさくなかった?」と聞いたら。「うるさかったです」と、アンジェリカを除く全員に真顔で返された。


 ……ほんと、すいません。



              ◇



 呼ばれたので皆で階下に降りると既に決着はついていた。凄いよミモザえもん。

 新しい別室には夜半に攻めてきたらしい十六名に及ぶ者達が縛られていた。しかも全員手足に大火傷を負ったまま拘束されて転がっているのだ。婆ちゃん何やったんだろう。心強いがめっちゃ怖い。


 周辺の部隊戦力としては、ほぼこれで全員との事。何はともあれ、これで一安心だ。


「それは良かったです。ありがとうございます、ミモザ老師」

「うむ」

「いやー助かったよ」


 ミモザ婆ちゃんは疲れた様子で苦い顔をしている。無理矢理召還されて徹夜で戦闘指示だものな。疲れているんだろう。年寄りに悪い事したな。


「ごめんなお婆ちゃん。まさかフォーセリカ王女様を呼びつける訳にはいかなくてさ」

「当たり前じゃ」


 なんか反応が冷たい。仕事中だったのを勝手に召還したので怒ったかな。いや、疲れているんだろうな。


 アンジェリカを始め、ラディリアとイリスカは心配そうに二人を見比べる。傍で見てれば一目瞭然なのだが、新平は未だにミモザに嫌われているとは思ってもいなかった。


「でも、このお守りのお陰で、ミモザお婆ちゃんと繋がりが出来て、召還できたので良かったよ」


 出立時にミモザから貰った、お守りと云われたペンダントを示しニッコリ笑って礼を言う。コレを触媒にミモザを思い浮かべ召還が成功したのだ。いや本当に助かった。


 一方、ミモザは苦虫を噛み潰したような表情で唸る。確かにこの状況下なら、団長位の者を抑え込める自分を召ぶ事は効果的だと判る。しかし、宮廷魔道士筆頭ともあろう自分が、こんな簡単に物扱いで召ばれた事が許せないのだ。しかもこの小僧、全然悪びれてない。未だ自分を仲の良いお婆ちゃんと慕い、謝れば許してくれると思っている。

 相手は使徒と判明しており、未だ懐柔出来ていないので、怒鳴り散らしたり邪険に扱う訳にもいかない。なんとも腹立たしい。


「……以後、連中の処遇はわしが預かろう」

「おねがいします。ミモザ」

「頼みます。ミモザ老師」

「よろしくお願いします」

「ありがとう、お婆ちゃん!」


 最後の新平は満面の笑みで礼を言った。


「……っ!」


 何故か歯軋りされた。詰まったのかな。年寄りは歯が丈夫じゃないんだから、気をつけて欲しい。


「しかし、まさかアイズバッハがアルクスに通じていたとはのう……」


 ミモザ婆ちゃんが小言を呟いたところで宿が揺れた。外から兵達のどよめきが聞こえる。突風か。びくりとイリスカが飛び上がって窓辺へ走り寄る。驚いた表情で振り返った。


「フォーセリカ王女殿下です!」

「なんじゃと!」

「ええ?」


 唖然とするのもつかの間、玄関の方から凄い音がこちらに向ってきた来たと思ったら、ドアが開いてフォーセリカ王女が飛び込んできた。


「アンジェ!」


 呆然とする皆を尻目に、妹姫を見つけたフォーセリカ王女が、飛びついて抱きしめる。


「アンジェ! アンジェ!! 嗚呼っ、大丈夫。もう大丈夫よっ!」

「ね、姉さま、どぅ、あぶっ……んっ」


 アンジェリカ王女を抱きしめて頬擦りし、揉みくちゃにし始めた。

 あ、顔がデカイ胸に埋まった。あ、出てきた。あ、また埋まった。大丈夫じゃない。大丈夫じゃないぞ。

 しかし何時知ったんだ。王女が誘拐されたが分かったのって昨日の朝だぞ。まだ王都に連絡だって届いていないんじゃないのか。


「馬鹿たれめ、わしが居るから大丈夫だと言ったじゃろが。何故来た」

「そんなっ! 私にただ吉報を待てとおっしゃるのですか」

「ぷはっ……」


 ミモザ婆ちゃんが知らせたようだ。宮廷魔道士とか言うからには、水晶みたいなのを持っていて王宮と遠隔で連絡をつける方法とかがあったのだろうか。


「待っておれと言ったじゃろうが。この一件、主を誘い出す罠だったのじゃぞ」

「その様な些事に、構ってはおられませんわ!」

「むぎゅ……ね…」

「まったく……よくトリス王が許したものじゃの。それで、出会うたか」

「ええ、ただ全速で駆けていたので、よく見ておりませんでした。イムドラで蹴散らしたので仔細は覚えておりませんわ」

「……それはトリス王が、さぞ御疲れじゃろうの」


 ミモザ婆ちゃんの目配せを受けて、イリスカが慌てて手拭いをかき集めて外に走って行った。どうやら天馬王の汗を拭きに行ったらしい。馬も汗をかくんだよな。

 聞けば昨夜、ミモザから知らせを受けたフォーセリカ王女。居ても立っても居られず、神槍イムドラを掴んで天馬王トリスに頼み込み夜を徹して飛んできたそうだ。一団で五日の工程を一晩で飛んできたのか。とんでもない早さだ。というか、天馬と会話出来ない筈なんだがどうやって頼み込んだろう……ちょっと怖い想像をしてしまう。


 アンジェリカ王女を誘拐してフォーセリカ王女を誘い出す。妹を溺愛しているフォーセリカ王女は必ず飛んでくる。しかも騎乗する天馬は天馬の王、ずば抜けて早いから一騎突出してくる。そこを翼竜の群れで殺害するってのが、ミモザ婆ちゃんがアイズバッハから聞き出した罠だったらしい。


「連中も愚かじゃのう……王を乗せた天馬王に翼竜程度で敵う訳ないじゃろうに」


 文字通り一蹴されたそうだ。城砦だって吹き飛ばしたという神槍を持ってたらそうなるか。ほんとチート武器だよな。ラディリアに聞いたら、別に神槍を出さなくても天馬王はアウヴィスタ神が直接生み出した不死の神獣なので、翼竜程度が何匹いても勝てないだろうとか。奴もチートなんかよ。なんだか連中が可哀想になって来た。

 で、王女様そろそろアンジェリカ姫を放してやってくれないだろうか。すっかり目を回してるんだが。


「まあっ、アンジェ! やはり怪我をしていたのっ! こんなにぐったりしてっ!」

「「「…………」」」


 どうしよう。俺がツッコんでも大丈夫だろうか。


                ◇


 結果としてヴィスタ教のユエル司教を巻き込んだ事になった。フォーセリカ王女がユエル司祭へ不手際を謝罪している頃から、続々と近隣から兵達が集まってきた。

 ミモザの指示で次々と反乱軍の騎士達が拘束され、何処かへ連れ出されていく。それを三階の窓から見送りながら、これで一段落かと安堵したところで、最悪の話を聞かされた。

 一度王都に戻ると言うのだ。


「一団の再編をしなくてはなりません。一度王宮に戻って頂く事になります」

「……」


 団長の人選を間違えた事について謝罪を受けた後で、文句の一つも言ってやろうかと思っていたのだが、それどころじゃなくなった。しかも、道中の警護の兵が足りないので一度近隣の領主邸に寄って、兵を補充してから王都へ戻るという。更に日数は増える事になる。

 あと数日で隣国ドーマとの国境だったってのに、戻るっていうのか。これから、また王都に戻って人選し直しだってのか。それじゃあ、再出発できるのにどれだけの日数が掛かるんだ。


「ご不便をお掛けしますが、安全の為にも、今一度王都に戻って頂けますね」

「……」


 新平は答えられない。


 今迄と違い反論せず黙り込む新平の様子に、フォーセリカとミモザは警戒を強める。今迄は瞬間沸騰して怒り出すので都度宥めて丸め込む事ができたが今度は違うようだ。返事が無く黙り込まれたが、その顔を見れば不満はありありと感じられる。だからといって、フォーセリカ達としてはこんな崩壊した一団でそのまま先に進ませる訳にはいかない。彼女達の判断は至極当然なものだった。


「チーベェさま。お一人で行こうとしないで下さいね」「駄目だぞ」「駄目よ」

「…………」


 黙り込む新平に対して、アンジェリカ王女達も声を掛ける。アイズバッハに激発した時に、新平の本音を知ってしまった。彼はもう待ちきれない程に追い詰められている。隙あらば自分達を置いてでも躊躇無く出て行くかもしれない。

 危険な兆候を感じて何度か説得を試みるが、新平は生返事ばかり、心此処にあらずという体で言葉が届かない。ラディリアがちゃんと聞いているのかと、頬を張ろうと身構えたのだが引き戻した。新平の目が正気のまま据わっている事に気づいたからだ。

 アンジェリカは姉に、なんとかこのまま進められないだろうかと提案してみるが断られた。フォーセリカ王女としては幾ら可愛い妹の頼みでも当然の話だ。それにいくら新平が無謀でも、ここまで来て一人で飛び出したりはしないだろうとも考えた。仮に逃げ出したとしても、予備対策として既に周辺兵舎と、向かう国境の門には彼の似顔絵を配備済みだ。直ぐに確保できる。逆に一度逃がしてから捕らえた方が、新平の頭も冷えるかと考えているくらいだった。


 新平の荷物は隠された。さり気に監視も付いた。常にアンジェリカ達の誰かが近くにいる。

 

「チーベェさま……」


 窓の外を睨んでいるとアンジェリカ姫が訴える様な表情で服の裾を掴んでくる。引き攣った笑みで幼姫の頭を撫で返すが返事は出来ない。


『大丈夫だ。黙って、出て行かないよ』


 相手が望んでいるその一言が返せない。


 アイズバッハに叫んだ自分の言葉が脳裏をよぎる。


『てめえらの事情なんて知るか! 俺はこの旅の邪魔する奴は、全部ぶっとばして先に進むんだよ!』


 そうなのだ。自分はそう叫んだ。あれが本音なのだ。

 この世界の何を犠牲にしても帰るのだと自分は決断してしまった。例え彼女達に返しきれない恩を受けているとしても、それを全部仇で返すことになっても目的を叶えると決めたのだ。もう迷ってはいられない。

 どうする。逃げれない。皆も気づいて警戒してる。荷物は返して貰えない。仮に身一つで出て行けたとしても碌な事にはならないだろう。路頭に迷うに決まっている。それは分かっている。でも我慢できないのだ。もう立ち止まっていられないのだ。


 ちくしょう……。

 握る拳が痛い。歯軋りが抑えられない。頭が熱い。頭痛がする。痛い。頭の奥で何かが荒れ狂う音がする。耳鳴りもする。目の奥が熱い。

 我慢できない。

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 先に進みたい。早く、早く。もっと先に。俺は早く行きたいんだ。


 くんっ


(!?)


 足が引っ張られる感覚がおきた。


「…………」


 これは何だ。足か。知らない踊りの誘導だ。もしかして、もしかして大神殿に行ける踊りなのか。先に進める踊りなのか。


 振り返ると何故か部屋に誰も無い。確かアンジェリカが降りていったのは覚えている。でも直ぐに戻ってくるだろう。チャンスだ。おそらく今しかない。

 どうする。たぶん遠くへ移動できる奴だと思う。やるか。でも、アンジェリカ王女達はどうするんだ。置いていくのか。何も云わずに?


 でも、でも。でも。


 せめて一言断って――駄目だ。言えば絶対に阻止される。そして話せば口下手な俺は丸め込まれて説得されてしまうのだ。荷物だけでも回収――駄目だ隠されてる場所を知らない。言っても返してくれる筈が無い。逆に不振がられて詰問されれば、この新しい踊りに気づかれて対策を打たれるかもしれない。そうなれば、おしまいだ。


 アンジェリカ姫達の顔が浮かぶ、ラディリア、イリスカ、デニス、フォーセリカ王女、ミモザ婆ちゃん。


 しかし、続けて浮かんだのは家族の顔だった。母の顔、姉の顔だった。

 二人が自宅の狭い居間で、自分の身を案じて塞ぎ込んでいる姿が思い浮かんだ。

 瞬間、心は決まった。


(ごめんっ!)


 これは裏切りだ。ラディリア達は怒るだろう。呆れるだろう。話してくれなかった。相談のひとつもなかった。信用してくれてなかったと悲しむだろう。それは辛い。でも。でも、俺は。一刻も早く帰りたい。帰りたいんだ。

 悪いと思う。すまないと思う。でも、もう待つのは御免なんだ。先へ、先へ。家族のもとへ。

 先へ進みたい。


 飛び上がる。空中で駆け足をする。また飛び上がる。空中で駆け足をする。


「みっ、みっ、ミミミミッ!」


 (またこんなのかよっ)


 ここに至っても、しょうもない踊りなのは変わらない。シリアスなのは首から上だけだ。


 飛び上がる。空中で駆け足をする。手を伸ばす。差し出すようにクロール。クロール。


「ミッ、ミッ、ミミミミッ!」


(俺はロードラ○ナーかよっ!)


 踊りの誘導が鈍い。何か中途半端だ。ここまで来て、何か要求されているみたいなのだが、それが分からない。部屋の外から足音が聞こえてくる。誰かが昇ってくる。見つかる。まずい。急げ。急げ。早く。早く。

 いいから先に生かせてくれ。進ませてくれ。行きたいんだ! 先に進みたいんだよ!


 大きく飛び上って。バタ足しながら。手を伸ばす。


「ミッミィィー!」


 空中で手が何かを掴んだ! 行けっ! いいから先に進ませろ!

 昇って来た誰かが扉を開く。間に合え!


 視界が光に包まれる。


【天翔地鳥(あまかけるランドラン―……】


 脳に響いた言葉が途中でぶつ切れた。


(失敗?)


 言葉の最後が潰れたかと感じた直後、目の前が真っ赤に染まる。ぞわりと怖気が走った次の瞬間、全身に激痛が走った。


(ぐ、ああああああっ?)


 体がねじれ、へし折られるような圧迫感。視覚の端に一瞬自分の靴の裏が見えた。そんな。ありえない。


(なんだ! やばい。死……)


 体が潰されるような圧迫感に恐怖が沸く。悲鳴も上げれない。骨がある筈なのに皮の裏側同士が当る感触がした。


(ああああ!!!)  












(―――!)













 急に視界が開けた。



 世界が光ったと思ったら大気を感じた。そのまま転げ落ちる。


「……があっ!」


 落ちた? 

 そうだ。数センチくらい空中から落ちたらしい。

 助かった。変な空間に飛んだと思ったら、死ぬ前に地面のあるところに出る事ができたようだ。


「がっ、はっ……はあっ、はあっ……っ!」


 仰向けに転がって息を荒げて空気を貪る。

 地面は思ったより柔らかい。何処だここは? あの国を離れたのか? ウラウラ大神殿とやらに着いたのか。

 立ち上がる。腰が痛い。腹が痛い。そして顔を上げて呆然とした。


「なっ……?」










 何も無い……





 何も無いのだ。建物も、山も、森も、人気も何も無い。赤っぽい地面しかない。

 ザクリと地面に膝がめり込む。砂だ……砂……? 手に取ると赤黒いが砂だ。


(ここは……何処だ……砂漠なのか?)


 右を見る。振り返る。見渡す限り砂漠しかない。前も後ろも見渡す限り砂漠だ。


 ……何処に来たんだ。


 遠くの空にあの神門が見えた。日本に戻ったんじゃない。ここは同じ世界の別の場所だ。


「ぐはっ……」


 吐き気が沸いて堪らず吐いた。頭が痛い。視界が揺れる。腹が痛い。力が抜ける。やばい。意識が落ちる。なんだ。体が痛い。重い。苦しい。まるで血が全部抜けた様だ。

 あの踊りの副作用か。それとも一瞬変な空間に入った所為なのか。踊りの後に気持ち悪くなるなんて初めてだ。これってそんなヤバイ踊りだったのか。

 駄目だ。こんな砂漠の真っ只中で倒れたら……野垂れ死……にたく……ない。



 新平の意識は闇に呑まれた――



               ◇



 異国ニッポンから来訪したという魔道士、オオヤバイシッパイこと大薮新平。


 トリスタ森林王国にて拉致された第三王女を救出し、天馬騎士団等多くの重症者を奇跡の力で癒し、内乱の首謀者達を捕らえ終結に導いた救国の英雄。


 アンジェリカ王女とユエル司祭を代表とする、ウラリュス大神殿へ向う巡礼団と共に旅程中、隣国ダーマ王国との国境付近でその姿は忽然と消え失せた。幾日もの捜索にも関わらず、彼の行方は様として判明しなかったという。








 ――――――彼の現れた場所は、巡礼団一行のいた宿場から国境を抜け北東に約三百キロ。

 オラリア王国の砂漠地帯に、新平はたった一人、身体一つで放り出されたのだった。



 新平の新たな旅が始まる――――








第一章 トリスタ森林王国内乱編 終了


第二章 奴囚王国オラリア騒乱編 へ続く




ここまで読んで頂きありがとうございました。


早々に旅を始める筈が当初のプロットが大幅に崩壊。30話以上費やしたのに、旅の一行メンバーさえ揃わず、それどころかヒロイン枠も今迄の積み重ねも全部ぶん投げて、すんごい形で一章が終わりました。なんだこれ……。

 で、すいません。ストックが0なんです。20行くらいしか書けてない……一章は常に10章くらい書き溜めあったのに。どうも当分更新できそうにないんです。出来ましたら気長にお待ち下さい。

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