31. 大薮新平 反乱軍一派に襲われる
異世界に召喚された大薮新平。そこは内乱が起きている国だった。踊ると魔法が掛かるという三文芸を得ていた新平は、紆余曲折を経て神の使徒と認められる。そしてアンジェリカ王女を代表とする一団と共に王都を旅立つが、国境を越える前の宿場で事件に巻き込まれたのだった。
それは王都を旅立ち六日目の早朝、国境を越える前の宿場での事だった。
「うあああああ!」
新平の悲鳴が宿内に響き渡る。
近衛騎士のリプレとモーラが、階段上の廊下で血溜まりに重なり合う様に倒れていた。顔が白く生気が無い。一目で亡くなってると判る。部屋の中では侍女のマイヤーとエニシアさんが、胸と咽を突かれ、物みたいに部屋の脇に転がされている。こちらも既に息は無いだろう。
部屋内は蒸せ返るような血臭で蔓延しており、惨劇のむごたらしさに直面した新平は、悲鳴をあげて腰を抜かした。
発覚したのはつい先程だ。
王都を後に街道を南東に下った一行は、行く先の宿屋を貸切り、最上階をアンジェリカ王女と侍女達、警護の近衛騎士二名で使用し、その階下を新平と残りの近衛騎士、ヴィスタ司祭、騎士団長が宿泊する様になっていた。
五日目の逗留先の宿屋で、早朝に警護交代に起きたラディリアとイリスカが階上に上がり惨劇を目撃、四名の死亡と王女と侍女二名の行方不明を確認した。階下の新平達の安否を確認しに来たラディリアは、いびきをかいて寝ていた新平を叩き起こし事態を説明。新平は速攻飛び起きて階上に上がり、惨劇を見て、これまた速攻腰を抜かしたのだった。
階下からイリスカが上がってきた。
「団長は部屋におられない。外に控えの者が居たので伝言を頼んだわ。ユエル司祭は安全を確認。部屋に残って貰っているわ」
「やはり姫と侍女二人の姿は見つからない。一緒にさらわれたと見るべきだな」
ここ数日で仲良くなって来ていた侍女と近衛達の死体を見て、新平は耐え切れずその場に蹲って吐いた。吐きながらも床を叩きまくる。
「がはっ、ぁああっ! 誰がっ、なんでこんな事っ、お、おおおぶっ……」
「チンペー殿、気を確かに」
自分で吐いたゲロが顔に付くのも気にせず、新平は蹲ったまま怒声をあげる。恐怖と怒りで拳が震えてくる。
たった数日の仲だった。それでもここ数日話して、少しだけ打ち解けて仲良くなって来ていたんだ。話してみればリプレ隊長は優しいお姉さんだった。マイヤーはやっぱり馴染めなかったが、エリーゼさんとエニシアさんは結構笑い話もできて、気が合いそうな感じがしてた。それがなんでこんな事に!
死体はこの世界に来てから既に何度か見てはいる。しかし知り合った人が惨殺されたのを見るのは初めてだ。耐え切れず吐瀉したものの、新平はそれ以上の怒りで震えていた。
「畜生! なんでっ、なんでこんなっ!」
「どうする?」
「リプレ隊長の指示を受けれない以上、アイズバッハ団長の指示を受ける事になるわね。控えの方に捜しに行ってもらっているのだけれど、この時間に居ないのはおかしいわよね」
階段を兵達が上がって来る音がする。しかしその無遠慮な足音に不穏な空気を感じた。
「?」
一斉に顔を上げて、見合わせた。気のせいかと思ったがラディリア達も反射的に腰の剣に手を当てている。何だこの雰囲気。すると抜き身の剣を持った騎士二名が、階上に顔を出したと同時に叫んだ。
「其処の三名! 武器を捨てて投降しろ。貴様達には王女誘拐の嫌疑がある!」
「馬鹿な! 近衛たる我々が何故王女を誘拐するというのか」
「まず誰の名を持って、その命を発しているのか。お答え頂きましょう」
しかし反論は無視された。舌打ちまでした。答える気なんかないんだ。自分達がこの惨状を最初に見つけた筈なのに、上ってくるなり状況も確認せず誘拐と断じるのもおかしい。
「取り押さえろ。抵抗すれば切って構わん。捕らえろ!」
「……って、うおっ!」
「チンペー殿!」
迫ってくる騎士。ゲロを吐いて蹲っていたので、一番手前にいた新平は床を転がって逃げた。新平の頭を剣の平で叩こうと剣が振られたのだ。しかし新兵にとっては切るか、叩こうとしたかの区別はつかない。恐怖でぶわりと肌が泡立つ。
(こ、こいつ。俺に切りかかって来やがった)
見覚えのある連中だった。一団の護衛騎士だ。なのに賓客の待遇を受けている自分に対して、躊躇なく剣を振るった。
慌ててラディリア達が剣を抜いて前に出る。新平は転がりながら二人の間を抜け後ろに下がる。剣戟の音が響きわたった。
「チンペー殿! 奥へ!」
「避難を!」
「くそっ、防いでろ! すぐ眠らせる!」
速攻立ち上がる。二人の後ろで剣を合わせる騎士達に対して【睡魔の踊り】を踊る。
「ハッ! フッ! ハッ! ……シュ、シュ、スリィイィプ!」
「うっ?」「ぬっ」
騎士達が揺れだして剣を取り落とす。イリスカがすかさず剣を蹴り飛ばした。騎士達はそのまま床に倒れて昏倒する。ラディリアは咄嗟に倒れた一人の上に乗り、後ろ手に拘束する。そして相手の意識が無いのを確認し、息を荒げながら新平達に振り向いて頷く。イリスカも息を整えながら頷き返す。良い連携だった。今の新平は一度相手と目を合わせれば、数秒の踊りでどんな相手でも昏倒させる事ができるのだ。
「助かったわ。凄いのね……」
状況に追われているイリスカが、敬語も忘れ新平に素で礼を言う。初めて新平の【睡魔の踊り】を見た彼女は、その効果に驚いている。これ程素早く敵兵を無力化できるとは思いもしなかった。なんと恐ろしい魔術だろうか。
「おお、まかせろ」
「……まだ来るみたいだな」
階下で喧騒が聞こえる。
「何故だ。我々が本当に手を掛けたというつもりなのか」
「馬鹿ね。連中が本当の首謀者で、私達を拘束して責任を被せようとしているに決まっているでしょう」
「「!」」
「捕らえられる訳にはいかないわよ」
「そういう事か」
イリスカに習ってラディリアも転がっている兵から盾を奪って構える。
新たな兵がまだ上ってくる。こんな事をしやがった連中の仲間だ。新平もアドレナリンが出てきた。口内に残ったゲロを吐き飛ばす。
「頼む、上って来たら少しだけでいいから防いでくれ。今なら一度でも目を合わせれば直ぐ眠らせれる」
「了解した!」「分かったわ」
階段踊り場に向き合い、盾になる二人。【睡魔の踊り】は城砦からの逃走時は、相手に十秒以上目視されるのが条件だった。しかし、レベルアップした今なら、一度目を合わせれば数秒で完成だ。これなら敵に弓が無い限り、片っ端に眠らせられる。屋内の部屋に押し寄せる兵が弓を持って来る筈もない。勝敗はあっさりついた。
更に三人を眠らせ縛って転がしたところで増援が止まった。しかし時をおかず他の皆も起き出して来るだろう。誰が敵味方かも分からないこの状況で。
「イリスカ、この後どうする?」
「……うん、待って……」
「くそ……急ぐか。姫さんの身に付けてた服、荷物から幾つか出してくれ」
「なんだ?」
「……?」
いきなり変態っぽい事を言い出した新平を、二人は怪訝な表情で見返す。身近な人物の死を見て、恐怖でおかしくなったのだろうか。
……まさか、着るつもりなのか?
思わず二人は顔を見合わせて、新平から一歩下がった。新平は怪訝な表情で両騎士を見返す。
……違う? もしや……王女の下着を?
二人は更に二歩下がった。
「……いや、まず召還して姫さん取り返すんだろ?」
新平には召還魔法にあたる踊り【半熟英雄の護摩壇招き】がある。誘拐されたとしても、本人を召還して取り戻す事が可能なのだ。
「あ……ああ! そうか。その手があったか」
「ああ……よ、良かったわ」
「機転が利くな、チンペー殿」
「おう」
慌てて頷く二人。勘違いしたのが気まずいのか、共に少し頬が赤い。
二人からは感心されたが、吐いたばかりの新平は気持ち悪くてそれどころじゃない。
新平は基本頭が良くない。だからといって今迄何も考えていなかった訳ではないのだ。軟禁された王宮の一室で、来訪が無い時にする事は、今後の展開を想像したり、道中の計画を練るくらいしかなかった。治安の悪いこの世界で、旅先の詳細が見えてないのに、何も想定しないでいられる程、新平の神経は太くなかった。
幸い傍にデニスがいるので、相談は出来た。新平はこれからの道中で、起こりそうな問題とその対策をひたすら考えてはデニスに相談した。最初は面倒くさがっていたデニスも、他にする事もなく、新平の想定がこれまたアラが多過ぎて突っ込まざるを得ない内容ばかりだったので、つい何度も言い返し、気がついたら一緒に対策を立て合っていた。
『国境を越える迄に起こりそうな事件。その対応策』そして『国境を越えた後に起こりえる騒動』当然王子・元宰相派の残党に襲われる事も想定した。囲まれた場合。王女が殺害された場合、誘拐された場合、道中や宿屋で攻めてこられた場合等も考えた。
二人に一致していたのは護衛団の連中を味方と数えないで対応策を考える事だった。これはデニスは盗賊として一人でやって来た事、新平もこの世界において、本質的には誰も自分の味方では無いと理解しているからだ。情勢が悪くなれば一団から抜けて一人で旅をするつもりでさえあった。
・襲われたら敵と目を合わせてから一度逃げて、影で踊って眠らせる。
・こっちが劣勢なら視覚に入らない場所へ逃げて、踊って姿を消して隠れる。
・王女に害が及びそうになっていたら、近衛の誰かと一緒に姿を隠して逃げる。
そして。
王女が既に誘拐された時の対策は――――召還して奪い返すだ。
受け取ったアンジェリカ姫の服を床に置き、脳裏に彼女の姿を思い浮かべながら、新平は踊り始める。しかし笑顔が上手くできず顔が引き攣りまくる。もし殺されていたらと考えると胃が縮むのだ。
大丈夫だ。誘拐されたって事は生きてる筈だ。
「ドンドコ、ドンドコ……ホウ、ホウ、ホウ!」
緊迫した中、場違いな踊りが始まったのでラディリアとイリスカは少し苦い顔をする。
周辺は血だらけ。侍女と近衛の死体を脇に、襲ってきた兵士達を縛って転がした部屋の中、愛らしい幼女のピンクのフリル服を床に置いて、円を描くように奇声を上げて踊りだす少年、大薮新平。
事情が分かっていても、自分の中の常識がおかしくなる様で正視する気になれない。
「ヒヤッ、ヒャッ、ヒヤッ!」
新平が引き攣った笑みで奇声を上げ飛び跳ねる。
頭が痛くなって来た。
見ていられなくなってラディリアは近衛の死体の処置を始め、イリスカは増援の警戒を始める。新平は少し切なくなった。奇異な目で見られるのも嫌だが、こんなに苦労して派手に踊り回っているのに全スルーされるのも、それはそれでちょっと悲しい。
「ホウ、ホウ、ホウ! ホウ、ホウ、ホウ! アンジェリカ・フィウル・トリヌ・ラーヴェスタ・ヴェールルム! ハイヤ!」
脳裏に言葉が響く。
【半熟英雄の護摩壇招き】
パリンッ
現れた半透明の卵が割れたと思ったら、殻が中空に砕け散って消える。 ――そして床には、目と両手足を縛られ、猿轡と耳栓までされたアンジェリカ王女が現れた。
「アンジェ様!」
ラディリアが飛びついて拘束を解いていく。意識はあるようだ。抱き起こすと泣き腫らした真っ赤な目で健気にも微笑み返してきた。
「ぷはあっ……」
「アンジェ様ッ!」
たまらずラディリアが抱きしめる。
「はっ……はっ、はあ……あ、ありがとうございました。必ずたすけっ……助けて頂けるとっ……ぁあああっ!」
アンジェリカ姫が感極まってラディリアに抱きついて泣き出した。意識があったとなると、十歳の幼女が昨晩から今迄どれ程恐怖を味わったのか想像に難くない。イリスカもほっとしている。目が合ったので頷きあった。怪我も無いようでなにより。まず一段落だ。
姫が泣き腫らした顔を上げ、こちらとも目が合ったのでニヤリと笑い返す。親指立ててグッドポーズで決めてやった。
「……?」
「…………」
全然通じなかった。ここは日本じゃない。
新平は恥ずかしくなって顔を覆ってしゃがみこむ。構わず抱きつこうとしていたアンジェリカが、気勢を削がれて戸惑っているが気づかない。
タイミングの悪い男であった。
苦笑いしながらイリスカがしゃがみ込み、携帯の水筒を渡して話しかける。
「アンジェリカ様、ご無事で何よりでした。お疲れのところ申し訳ありませんが、さらわれた時の状況をお教え頂けませんでしょうか。先程この場を発見した私達を捕らえようと、騎士達が襲ってきました。全て倒しはしましたが、一刻も早く状況を把握し、対応しなくてはなりません」
「……はい」
アンジェリカ姫は驚いた顔でイリスカを見返していたが、受け取った水筒を貰って飲んだ後、何度か深呼吸して座りなおす。本当胆力ある姫様だ。十歳の俺だったら婆ちゃんの膝で、ずっと泣きじゃくっていた事だろう。
「昨夜遅くですが、突然賊が部屋に押し入って来たのです」
「……どこから進入してきたのか、覚えていらっしゃいますか」
「マイヤーが対応したので、ドアからだったと思います」
「……」
普通賊といったら、窓から侵入するとかじゃないのだろうか。三階だから無理だったのかな。
「普通にドアから入って来たと。どの様な連中か判りますか」
「すいません。暗くて良く分かりませんでした。それに直ぐに目隠しをされてしまいましたので…」
イリスカが脇に転がしている騎士達を一瞥してから、こっちに振り返る。
「……となると、やはり内部の者の手引きですね。今回の巡礼団の内部に内通者、いえ実行者がいるのでしょう」
「誰が……いや、それは後だな。まず……どうする? 誰が味方か分からないのは厄介だぞ」
「……王女を取り返した今、団長を捜して対策を一任し、指示を受けるべきなのでしょうけど、この状況で下手に集団の前に出るのは危険ね」
「いっその事、全員置いてこっから逃げるか」
戦いを好まない新平の思考は、まず逃げるである。危ないところからは即逃げる。すぐ逃げる。
困った主人公だった。
「何処に逃げるの。追っ手の実体も数も分からないのよ」
「ソ、ソウデスネ……すいません」
敬語の無くなったイリスカの舌鋒が鋭く、新平はびびって小さくなる。
襲って来た兵達を無力化し、さらわれた王女を奪い返しと大活躍してる筈なのに、気が付いたら彼は正座していた。
「あっ……、強い口調になり、申し訳ありません」
「ハッ、今はそれどこじゃないんで、そのままで良いス。どうぞどうぞ」
イリスカは気配りされてバツの悪そうな顔をする。少し気が昂ぶっているようだ。実際新平にとっても敬語は無い方が話し易い。ラディリアと一緒にいる事が多いので、片方にだけ敬語で返すのが、やり辛くもあるのだ。
「マイヤ……リプレ……」
アンジェリカ姫が部屋内で殺害されている者達に気づいた。堪えきれない嗚咽が漏れる。ラディリアとイリスカが視界を塞ぐ様に動くが、アンジェリカ姫の目に浮かんだ涙は止まらない。王宮勤めの長かった彼女達は、おそらく自分達よりも古くから、アンジェリカ王女と年を重ねてきてたのだ。
どう声を掛けるべきか躊躇した二人を他所に、なんと新平はアンジェリカ王女の頭を掴んで自分に向き直させた。
「姫さん。後だ! そっち向いてる暇ねえ。なんとかして敵を全員捕まえて、皆でぶん殴るぞ」
「っ……はい!」
アンジェリカ姫が浮かぶ涙を懸命に堪えて頷く。両騎士も小さく頷きあう。こういう時、遠慮のない彼の性格はありがたかった。乱暴な言い方だったが奮起する気力が沸いてくる。
「そうです。今は攻勢に出ましょう。姫様がこちらに戻られた事で、私達を拉致首謀者とする手は使えなくなりました。相手がそれを知る前に、こちららから対抗すべきです。問題は誰が敵味方か判らないという点ですが……」
「ふむ……」
しかし脳筋のラディリアや、近衛と侍女達の死に動揺しているアンジェリカに即妙案が出る筈もない。それが分かっているイリスカは、喋りながらも思索を巡らせている。
「……面倒臭いから、一度全員眠らせて縛っちまわないか」
新平の凄い暴論であったが
「……いいわね。その方針で行きましょう」
イリスカの目が妖しく光った。
新平はおもわず正座し直した。
◇
階下から喧騒が聞こえたので両騎士を先頭にアンジェリカ王女を庇い、新平はその後ろに立つ。いざとなったら一人で奥へ逃げて部屋内で踊る為だ。
アイズバッハ団長が部下を引き連れて階段に顔を出した時、ラディリアとイリスカを先頭とした一行はユエル司祭の部屋から現れた。
団長が階段から向きを変え、苦い顔をしながら二階の自分達に向って歩いてくる。
主動を取るんだ。相手に喋らせてはいけない。イリスカの目配せで二人の間からアンジェリカ王女が顔を出し団長に呼びかける。
「何の騒ぎですか、アイズバッハ」
「ア、アンジェリカ王女殿下!?」
団長だけでなく背後の騎士達も息を呑んだ。……こいつらはアンジェリカ王女が拉致された事を知っている。ラディリア達の緊張感が高まるのが分かる。
「はい。してその様子は何でしょうか」
「……近衛達が襲われ、殿下は何処かに拉致されたと聞き及びまして、捜索の手配をしておりましたが」
「その通りです。ですが、魔道士オーヤベェ殿と彼女達の尽力により、このとおり。先程無事助けて頂きました」
「……なんと」
団長が驚いた様子でこちらに視線を向ける。だから顔怖いよこの人。
「話は後です。まず急ぎ、全員を宿場前に集めて下さい」
「……いえ、それより」
「今回の件で、話さねばならぬ事があります」
「……割り込みまして申し訳ありません。ですが王女殿下の身の安全の為にも、私からもお願いできませんでしょうか」
俺達の背後から顔を出して意見したユエル司祭の顔を見て、団長が目を細める。そこへアンジェリカ王女が再度要求する。
「皆を集めて下さい。今回の件で一団の全員に話があります」
「……はっ」
団長が表情を消したまま部下に指示を出して降りていく。
新平達は宿からは出ず、一階の階段で座ったまま一団の集合を待つ。宿の外の天幕か命令が上がり皆が起き出す喧騒が聞こえる。新兵達は何度か宿前に出て待たれてはと声を掛けられたが、アンジェリカ王女に拒否してもらった。全員が揃っていない状況で広い場所に出るのは危険だからだ。いざとなれば階上に逃げる必要がある。
アンジジェリカ王女の横にはユエル司祭に座って貰っている。
彼女がキーマンだ。
ユエル司祭はヴィスタ教の正司祭。ヴィスタ教は国を跨ぐ一大宗教勢力だ。下手に彼女に手を出すとヴィスタ教自体を敵に回す事になる。今回の内乱でもヴィスタ教の人間に手を出す者はどちらの勢力にもいない。
だから彼女にはアンジェリカ王女の傍に立ち、敵対者が襲ってこないよう牽制役になってもらったのだ。
イリスカの指示で素早く二階に下りた自分達はユエル司祭に事情を説明し協力を依頼した。彼女としても自分が代表を務めるこの旅を邪魔されては困る筈だ。見掛けによらず頭の回転が速い人だったようで、イリスカの簡潔な説明に、即座に微笑んで協力を了解してくれた。というか、上階で人傷沙汰があったと聞いたのに、この落ち着きっぷりは凄い。結構な人物だったのかもしれない。
まずは一団の全員を一箇所に集める。突然背後から襲われてはかなわないからだ。集合する迄の安全をユエル司祭に担ってもらう。そして集まったら、即座に全員と目を合わせて、アンジェリカ王女が話してる隙に踊って眠らせる作戦だ。敵が何処に潜んでいるか、王女の救出を知ってどう出るか判らないので、誰にも喋らせず先制して勝敗を決したいというのがイリスカの作戦だ。
まず敵を捕らえて安全を確保する。それから、情報を引き出すなりしてこれからを考えよう。
首が苦しいと思ったらアンジエリカ王女に服の裾を掴まれていた。見下ろせば、幼姫さんのぎこちない笑顔が返ってくる。なんとか緊張をほぐしてやりたいが、気の利いた台詞が浮かばない。こっちもこれから敵の前に出るので、緊張して一杯一杯なのだ。震えている手で頭を撫でたら余計まずいだろう。
とりあえず放屁してみた。
全員から凄く責めたてられた。
緊張がほぐせればと思ったんだけど……っておい、最後に頭をどついたのは誰だ。あれ? ユエル司祭の方からだぞ。
しばらくすると騎士が呼びに来た。全員集まったようだ。
宿前に出ると一団の者達が並び平伏していた。前面に団長を先頭にして騎士達、横に伝令兵や御者達。デニス達は一番端に控えている。五…六…ほぼ全員……かな。なら狙撃や伏兵は大丈夫か。
今迄と同じ面子なのに、この場には妙な緊張感が漂っている。
……何故か騎士達が帯剣し、何名かが槍を地面に置いているのが恐怖を掻き立てる。何故槍まで持って来て完全武装してるんだろう。
「皆さん。集まって頂きありがとうございます。顔を上げて下さい」
膝をついた騎士達、随行人達が揃って顔を上げる。しかしせいぜい前を向いた程度だ。王女と目を合う迄顔を上げる様な不敬な者はいない。
「……皆様かまいません。顔を上げ私を見て下さい」
「…………」
◇
王女の珍しい指示に従った一同は、そこで妙な光景を見る。アンジェリカ王女のすぐ後ろに、異国の魔道士と云われた少年が立ち、自分達をぶしつけに眺め返しているのだ。更に奇妙な事には、その少年は皆を一瞥した後、顔を上げなかった者の近く迄歩き、屈みこんで顔を覗き込み始めたのだ。何をふざけているのかとも思うが、王女の前で声を上げれる者はいない。何かの道化なのだろうか。魔道士という人種から奇行を起こすのは判らなくも無いが、それにしては妙に強張った顔で、足も少し震えていた。
その後彼はアンジェリカ王女と頷き合った後、王女の元へ戻るかと思いきや、宿の軒下まで下がって行った。
「昨夜、わたくしの部屋に賊が入りました」
アンジェリカ王女の言葉に、皆が小さく息を呑む。
ざわめきを他所に、軒下で新平は踊りだした。
「残念ながら近衛のリプレ隊長とモーラ、侍女二名が殺害されました」
一同の顔に緊張感が増す。知らない者に取っては一大事だ。彼等はこの集まりの意味を初めて知った。知っている者達は王女が皆の前で事の次第を明らかにした事で対応を迫られた。騎士達の何人かは何時指示が来ても良いように、静かに身体に力を入れる。しかし一方で、軒下で踊りだした道化の少年の動向も妙に気に掛かかった。この状況で彼は一体、何をしているのだろうか。不謹慎にも程があるのだが……
「そして、わたくしも一度虜囚となりましたました」
「おお……」
「ハッ! ハッ! フッ! ハッ! ジョーケン、ジョーケン……」
一同のどよめきを他所に、彼は何やら掛け声を上げながらぶつぶつ呟きながら踊っている。気の所為か、手の周辺に何か光が舞っている様にも見えた。
「しかし、此方にいらっしゃる魔道士オーヤベェ殿と両騎士によって助けられました」
王女が掌で示した先では珍妙な踊りを舞っている少年。何をしているのだろうか。改めて見直した皆はその珍妙さに呆気にとられる。新平を魔道士と知ってる者達も、まさかあの珍奇な踊りがその魔法だとは思いつかないのだ。そりゃ、普通は思わない。
誰もが呆然としている間に新平の踊りは完成を迎えた。
「ハッ! ハッ! フッ! 王女の拉致に協力してるのはだーれだ! シュ、シュ、スリープゥゥ!」
「なっ?」「はっ?」
騎士が驚きの声を上げるのを他所に、台詞を唱えてポーズを決める。
そして新平の脳裏に、いつもの言葉が響き渡る。
【睡魔の踊り】
「あっ?」「うっ」「……ッ」
呻き声を上げて、多数の騎士達が急速な睡魔に襲われ一斉に倒れ伏す。即、新平は騎士達を見渡した。
効きやがった。しかも凄く多いぞ。騎士の半数以上が倒れたんじゃないか。眠らなかった者達は年配の騎士が多い。彼等は訳が判らず戸惑っている。料理人達も驚きうろたえている。しかしその中にも仲間はいたようで、眠っている者がいる。ここで判明していなければ道中どんな物を食わされたかと考えるとぞっとする。案内人や伝令、御者迄も倒れている。デニスは途中で俺の意図に気づいたのか、逃げ出そうとしたらしい。同じ案内人に捕まれたまま遠くでスッ転んでいた。悪い事したな。笑える姿だけど。
新平は呼吸を整えて、イリスカ達に頷く。
成功して良かった。条件付でもできるんだ。宿内でのイリスカの言葉を思い出す。
『同じ場所にいる私達には掛からない以上、あの眠りの踊りはジンペイ殿が相手を指定して掛ける事ができる筈です。それならば今回の首謀者達のみを指定すれば、選別して眠らせる事が出来るかもしれません。試してみて下さい。失敗したなら即、宿内に逃げ込み全員を対象に掛け直してください。あの魔術速度なら二回連続でも十分間に合うでしょう』
簡単な事だが自分には思いつかなかった。誰が犯人か分らないのに指定出来る筈が無いというのが自分の常識だったのだが 『では、何処が悪いのか分らないのに怪我を治せたり、どう話せば分らないのに相手を説得する言葉が浮かんだりするのはおかしな事ではないのか』というラディリア達の指摘に唸ってしまった。言われてみるとそうか。彼女達からすれば、自分の踊りは最初から常識外なのだ。
そこで『条件付け』と何度も考えながら動くと、長くはなったが手足の振りが少し違う踊りに変化した。【睡魔の踊り 応用版】の完成だ。
踊ってる最中、手の周りに小さな光が舞っていたのは気の所為だろうか。気の所為という事にしておこう。頼むから光球が乱舞したり音楽が流れ出したりと、派手にならないで欲しいところだ。
「今、魔道士オーヤベェ・チーベェ殿に、この件に加担した者達を眠らせて頂きました。彼等が今回の首謀者達です……」
残った者達は昏倒している仲間達を眺め息を呑んでいる。ふざけた踊りではあったが、こうして目の前で仲間達が昏倒しアンジェリカ王女に堂々と述べられては信じざるを得ない。腰を抜かしてあとずさる者もいた。既に四名が殺害されている。下手をすれば自分達も犠牲になったかも知れないのだ。その証拠に倒れた騎士達のみが足元に槍を置いていた。この場で反乱が起きる可能性があったのだ。
ラディリアとイリスカが、苦い表情で立ち竦んだままその男を見下している。アンジェリカ姫も言葉が続かず口元を覆ってショックを受けていた。
「こんな事が……」
「やはり……」
「…………」
昏倒する騎士達の中――というか一番先頭で、今回の巡礼団の団長、元東方守護騎士団団長カイル・バル・アイズバッハが倒れていた。
新平は両手で顔を覆って、思わず天を仰ぐ。
(フォーセリカ王女……一番間違えたらマズイ人を間違えてるじゃないかよ)
次回タイトル: 大薮新平 敵将と対峙す。




