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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
1章 トリスタ森林王国内乱編(全33話)
31/100

29. 幕間 女騎士両名 新平の篭絡を命令される

 王宮の応接室にラディリアとイリスカは呼ばれていた。

 本来は国内外の要人を迎える場所だ。一騎士である自分達がこのような場所に呼ばれるのは初めての事で、二人共緊張した面持ちで立ちすくんでいた。

 フォーセリカ王女は二人に席を勧め、二人の体調と新平達も含めた近況を聞く。先日の北天騎士団との晩餐会で、新平が【癒す女神のムスタッシュダンス】を舞った事により、重症者含め引退した強兵達が軒並み復帰して王女は機嫌が良い。おそらく近年に類を見ない程、天馬騎士団を含む王女派は強力な体制となった。

 【癒す女神のムスタッシュダンス】は、その人物の体を本来あるべき姿で治療してしまう為、鍛えられた筋力は元に戻ってしまう。故に騎士達が最盛期の力を取り戻すのには時間は掛かるだろう。しかし、歴代騎士達の才を彼女は信じている。遠からず精鋭として復活してくれるだろう。病気等で引退した王女派の官吏達の復帰もありがたい。これで王宮内での自派勢力が安定する。

 騙された新平が、患者達に何度も感謝され、怒ることも出来ず憮然とした顔で帰ってきて毎日部屋で唸っていると聞いて、くすくす笑い出した。カチュエラにさり気無く助言したのは、もちろん彼女、フォーセリカ王女だった。

 ラディリアとイリスカは敬愛する王女の態度に、恐縮しながらも新平への同情を禁じ得ない。騎士だけにあらず、自派勢力の病気等で引退した官吏達をさりげに混ぜるあたり正直役者が違う。ひとしきり近況を確認した後に、王女は本題を話し始めた。


「二人にはアンジェリカの護衛団の一員として、アンジェリカとオオヤペ様の旅に同行して貰います」

「「ハッ」」


 既に内示は受けている。

 ラディリアはアンジェリカ王女に修道院時代から仕えており、今回の拉致で只一人生き残った近衛騎士だ。今は第一の近衛騎士として傍に仕えている。アンジェリカ王女が旅に出る以上、同行するのは当然であった。

 イリスカは北天馬騎士団の団員ではあるが、先日のゲルドラ帝国との戦いで天馬を失い、部隊への復帰が難しい。

 最近はラディリアに倣い、臨時ではあるがアンジェリカ姫の近衛を勤めていた。そして二人共瀕死の重症を負い、新平に助けられて縁があった。

 更にいえば、イリスカは現在居場所がなかった。

 彼女はゲルドラの飛竜部隊との戦闘の際、第二王女カチュエラを庇って、天馬ごと飛竜に食いつかれ、再起不可能な重症を負った。転落した町中で、イリスカの食いちぎられた足を抱え、カチュエラ王女がしがみついて号泣した光景はあまりにも有名になってしまった。

 その為、付近迄敵国兵が現われた事による王都民の動揺を鎮める目的で、吟遊詩人や講談師達にカチュエラ王女を救った一幕を英雄譚として広めてしまったのだ。まさかその時はイリスカが助かるとは誰も思っていなかった。当然その美談の中では王女を庇い死亡しているので、今更原隊に復帰させる訳にはいかなくなった。

 現在の医療では切断された足を繋ぎなおす等という事は不可能なのだ。国内の最高司祭の治癒魔法でも切断された四肢は繋げられない。死者の蘇生などはウラリュス大神殿での伝説に残っているのみで近年確認された事例も無い程だ。

 新平の奇跡を公にしていない以上、イリスカもまた公の場に出る訳にはいかない。現在彼女は自宅にも帰れず城内に部屋を宛がわれ半軟禁状態で勤めていた。

 もっとも、イリスカ自身はフォーセリカ、カチュエラ王女、新宰相からの説得を受けて納得しており、内々で報酬も受け、喧伝により家名も上がって満足していた。


「護衛団の団長は東方守護騎士団のカイル・バル・アイズバッハに頼みました。出立は五日後。仔細は追ってグランツ伯から連絡します。」

「「ハッ」」

 

 退席しようと起立した二人をフォーセリカが呼び止め、再度席に座らせる。


「もう一つ……これは二人にお願いがあります」


 王女の発言に二人は背筋を伸ばす。

 内示は受けていたので、改めて呼ばれた本命はコレなのだろう。しかも、こんな来賓用の席に向え、命令ではなく『お願い』と来た。かなり特殊な内容と予想できる。

 

「貴方達二人には、オオヤペ殿を篭絡して頂きたいのです」

「「………」」



 二人は石になった。



 ろ、ろうらく…



「彼の人を他国に渡す訳にはいきません」


 だから、ろうらく……自分達が……


「あの方の力は、使い方によって恐ろしい力となります」


 確実に相手を昏倒させる。どんな病気でも治す。姿を消せばどんな建物に出入りする事もできる。また召還魔法によって、どのような警護を受けている相手でも呼び寄せ捕らえる事ができる。

 治療を掲げて神殿を開けば、一大勢力を築けるだろう。要人を誘拐できるとなれば戦時中の国からこぞって仕官の要請がくる。敵対国は大騒ぎになるだろう。

 今回は試さなかったが、聞いた魅了の踊りを使えば相手の心を操る事さえできるかもしれない。各国代表をこぞって召還し洗脳すれば周辺国を一躍平定できる可能性もあるのだ。

 本人は自覚していないが、国を統べる、いや大陸を統べれる程の奇跡の力を個人で有しているのだ。知られたら最後、大陸中が彼の力に振り回される。

 極めつけは使徒だ。ヴィスタ神殿が身元を保障すれば、どの国も簡単に暗殺さえ出来なくなる。ヴィスタ教は大陸の主教で各国内に神殿が建てられ信者も多い。国を越えた一大宗教勢力なのだ。

 そして彼は、使徒としてなんらかの益をこの大陸にもたらす事は間違いない。誰もが彼を自国へ招聘したがるだろう。

 できればこの国に仕官して貰いたかったが「え、嫌だ」とにべも無く断られてしまった。

 現在彼はアウヴィスタ神と対話する事しか頭にない。その上で直ぐにでも帰国したがっている。金銭にも権力にも興味を示さず、一刻も早く大神殿に赴こうとしている。


 彼の持ち込んだ生地やケイタイデンワとやらも何度か調べさせたが、技術レベルが違いすぎて参考にできていない。あれは時間を掛けて調べたい案件だ。もし成果が出れば素晴らしい国益を得る可能性がある。しかし、彼はそれらを旅に持って行ってしまうので、そちらの方面での成果は期待できない。衣類の一部を譲渡してもらっただけでも良しとすべきだ。

 強固に引き止めて機嫌を損ねられてはならない。それこそ敵国に出奔等されたら大問題である。故に彼の行動に対し支援者という関係を持ち、できれば篭絡してこの国への帰属意識を持たせたい。最低でも我が国に敵対しないようにしなくてはならない。


「あの方が使徒である事、またその力を公に知られてはなりません。知れば全ての者が、彼を確保しようと押し寄せるでしょう」


 いっその事、不安定要素として殺してしまった方が良いのかもしれない。感情的な葛藤はともかく、次期王女としては当然その選択肢もあった。しかしアンジェリカが天啓を受け、新平に仕える事を宣言してしまった。天馬王トリスも使徒と認めた以上、トリスタ森林王国としては彼を殺す訳にはいかなくなってしまった。

 敵勢力を利用し新平を殺害させるという方法もあったが、情報を漏らす事自体が危険で、下手を打って敵側に寝返られたら眼も当てられない。なにより現状敵対していない状況で、彼の力を失うのはあまりにも惜しい。使い方次第では彼の力は最大の切り札となり得るのだ。国内の諸侯達や長年敵対している北方ゲルドラ帝国や周辺諸国を片っ端に従わせる事さえできる。フォーセリカは現在、侵攻への野心は無いが、隙を見せた隣国を放置するほど暗愚な王となる気も無かった。


 ラディリアとイリスカは予想外の指示に呆然としている。

 彼女達二人は完全な武人だ。言ってみれば脳筋だ。それを良しとし、これまで鍛錬し実績を重ねてきた。

 自分達が女であるという事さえ、あまり自覚もなかった。


『色仕掛けで男を篭絡する』


 自分達にとっては、ありえない命令に呆然としている。


「私達が……ですか」


 聞き返す事さえ不敬だというのに、イリスカは思わず確認してしまった。北天騎士団で『若くして冷静沈着にして謹厳たる次期副官候補』といわれた才女の影もなく動揺している。

 そのくらい現実味が無い命令だった。まだ敵地に単身乗り込んで敵将の首を取れと言われた方が現実味があった。


「本来この手の任務は宰相配下の外務省の管轄なのですが、機密保持の為にもあまり人を動かせません」


 復帰し始めた自派の者達は、先に派閥勢力を安定させる為にも動かせない。レジス元宰相、アルクス王子を捕らえて内乱は終息に向かっていはいるが、未だ戦時中でどこに内通者がいるか分からないので話は広められない。今からでも新平が敵の手に落ちて、今回の逆手を実行。自分が敵中に召還などされれば、簡単に形勢が逆転してしまうのだ。

 王女の手持ちの人材で内密に回せそうなのは天馬騎士団、近衛騎士団あたりからの人選になる。どちらも今回の戦いで大きく損害を出し再編中だ。未だ戦いが起きる可能性もある為、多くの兵は割けない。

 結果として今回同行が決まっている二人に、適役ではないと知りながらも命ずる必要があった。


「二人には難しい任務だとは思います。しかし他に適任者がいません。無理に市井の者を雇えばアンジェリカが警戒するでしょう」


 民間の者は金次第でどう転ぶか不明だし、新平の利用価値を知れば裏切る可能性が非常に高い。できれば王国に忠誠心の高い人物に頼みたい。しかし人選に費やす時間がない。新平は既に準備を整え許可を待っている。予定を前倒しできないかと毎日催促が来ている状況だ。既に一度、警護の目を逃れ一人城下に逃げ出した前例もあった。


「城内でも新たに若い侍女を何人か部屋に控えさせてみたのですが、殆ど相手にされなかったようでして……」


 今は逃亡予防としてデニスを配置してしまったが、実は見目の良い若い侍女を言い含めて部屋に配置してみたのだ。誰かお手つきにでもなれば責任問題を追及し仕官させるつもりだった。さり気に酷い小細工だ。

 この計画は対面時に何度も自分の胸を凝視したくらいだから簡単に事が進むかとも思っていたのだが、新平の反応は悪かった。彼の貞操観念は以外にも固かった。というか鈍かった。


 実際には入れ替わり若い娘が部屋に来たのだが、顔と名前を覚えるのが苦手な新平は何度か名前を間違った後、恥ずかしくなって必要以上に話しかけるのを避けたのだった。

 侍女達も立場的に一歩引いた形で傍に控えているので、積極的なアピールが出来ない。中には上手く誘い受けをするような者もいたのだが、その手の経験が無い新平には通じない。怪訝な表情で何度も聞き返したり、意味を問いただす。彼女達は王宮に勤めるだけあって、それぞれ家柄も良く自尊心も強かった故に、翻訳がおかしいのかと新平に真顔で何度も言葉の意味を聞き返され、いたく自尊心を傷つけられて泣いて帰っていた。

 新平からすれば、自分からならまだしも、異なる髪と目の色の人達が自分を性的な対象に見るという発想がない。日本でもクラス内の女子から『無神経、猿、猪、鉄砲玉、ガキ』と云われ、男子には『勇者』と呼ばれた。女子にもてる以前の扱いだったのだ。


 ちなみに『勇者』とは、小学校高学年時代にクラス内の女子達が『無視した』『してない』『啓介君に色目使った』『使ってない』と言い合いが起きた際。クラス男子全員がドン引いてる中、横の席だった新平が『何それ。イジメってやつ?』『啓介に直接聞けば良いじゃん』『俺、呼んで来てやるよ』『いや、そんなに騒いでたら隣のクラスに聞こえてるって。今更何言ってんの』『女って面倒臭え』『馬鹿みてえ』等と面と向かって言い返したからである。新平にとっては真横の席で騒がれ善意で声を掛けただけだ。男子達からは『勇者』と称えられ、女子達からは『ガキ』と言われ総スカンをくらった。


 ……彼は朴念仁というより、なんというか……全般的にデリカシーの無い子供だった。



「どのような手を使っても構いません。今回の道中で二人に彼を篭絡して頂き、トリスタへの帰属意識を持ってもらえるようにして頂きたいのです」


 王女の御前だというのに、おもわずイリスカとラディリアは顔を見合わた。二人共言葉を失って返す言葉が出てこない。 こうして篭絡する理由を説かれても、尚ラディリアとイリスカの困惑は隠せない。しかし


「この国の為にも、彼を手放す訳にはいきません――お願いできますか」


 敬愛するフォーセリカ王女直々にお願いされては


「「微力を尽くします!」」


 そう答えざるを得なかった。


                    ◇


 二人を見送った後、フォーセリカはソファーに寄りかかって溜息をついた。

 正直あの二人に篭絡が出来るかどうかは怪しいと思っている。あの二人は良くも悪くも武人で、色仕掛けと言われても裸で抱きつくくらいしか思いつかないだろう。それでもいい。一度抱けば少しは愛着が湧くだろう。男とはそういう物だと聞いている。もし情を交わさなくても、間違いを犯しただけでも、その事実を取って責任を糾弾し、トリスタに取り込む策にも使える。

 イリスカが天馬騎士に戻りたがっている事を自分は知っている。ラディリアも第一希望が天馬騎士で、もし天馬選で選ばれる機会があれば天馬騎士になりたがっている事も知っている。純潔を失えば、天馬騎士としての復帰は不可能となるのに、自分はそれを知りながらも、捨石覚悟で今回の件を命じ承諾させた。

 自分を慕ってくれている騎士達に対し、酷い事を命じてしまった自覚もあり、額を押さえてしばし自責でうな垂れる。

 政治的に必要な事はどこまでも非情に判断できるよう育てられているが、彼女の本質は未だ二十を越えたばかりの、天馬を駆る潔癖な女性に過ぎなかった。


 対面した限りではオオヤブシンペイに色仕掛けは有効だと判断できる。

 最初に対面した時、自分の胸元に目を奪われて赤くなって固まっていたのを思い出す。

 思わず笑みが浮かんだ。不思議に嫌悪感を覚えなかったのは、異性を意識し始めた純朴な子供のような反応だったからだろう。宮廷内や国内外要人達の下卑た視線を何度も受けている身からすれば可愛い反応だった。

 異国人との事だが美醜の価値観にそれ程違いはないようだし、ならば、美貌において周囲から抜きん出ている彼女達二人が適任だ。

 下手に美醜の劣る騎士を同行させて、現状親しくしている二人を押しのけて迫らせては、事態が混乱してしまう可能性が高い。命じるなら既に親しく、一番見目の良い二人に頼むべきだろうとの判断から彼女達へ命じたのだ。


 できればカチュエラも同行させたかった。というかカチュエラの夫に迎えたかった。トリスタは代々女王が政を行い王はその補佐だ。女王は神器を託される最強の矛であり象徴だ。王は常にその補佐をし内政を補助するのが通例だ。男尊女卑の激しい周辺国と違い、この国は男王に徹底した補佐役を要求する。それが数々の軋轢を生じさせ今回の内乱の一因にもなった。


 その点、オオヤブシンペイならば安心だ。彼は派閥を持たず、貴族位に興味を示さず、金銭や権威欲も薄い。気性は単純で扱いやすく、真っ当な正義感と倫理感を持ち、平民以上の知性も持っている。傀儡の王として最適だ。

 アンジェリカを救いゲルドラ帝国との関係悪化を防いだ。更には奪還作戦で起こり得た王国騎士団と皇天騎士団の激突を回避した。天馬騎士達の治療をして復帰不可能と思われた騎士を含めた多くの勇士を原隊に復帰させてくれた。――中でも一昨年負傷で引退した北天騎士団副長と、難病で退役した宰相補が復帰してくれたのは望外の幸運だった――そして反乱の首謀者レジスとアルクスを捕らえて一気に内乱を終息に導いた。この功績は計り知れない。予想された戦費と人材の損失が大きく防がれた。本来なら爵位と領地を与える必要がある程だ。

 そして何より、まだ使徒としての功績は始まってもいない。それがこの国の繁栄に寄与する事は間違いない。これまでの功績、これから起こる功績。王家に迎えるには問題なく、他国への喧伝効果も抜群だ。

 カチュエラには未だ北天騎士団長は荷が重いようだし、一行に同行させて見聞を広げさせても良かった。内乱は思ったより早く落ち着く様だし、一行に同行させてその間に仲が良くなってくれればしめたものだ。しかし往復で十ウィヌ(十ヶ月弱)は長過ぎる。旅先で何かあった場合、王族が自分しか残らなくなってしまうのも危険過ぎた。

 一応カチュエラに打診してみたところ、団長職に復帰したいとの事で固辞されたのだが、その後何度か会う度に、何か言いたそうにしてるところを見ると少しは気になっているのだろう。

 口ではかなり嫌っている風なのだが、あの手のは一度気を許すとコロっと気が変わり、自分から迫るようになると云って宮廷魔道士ミモザにも認められた。自分にはよく判らないが男女とは、そういう物なのかもしれない。


「なのだけど……」


 わかっている。本当はわかっているのだ。ミモザにも何度も諭された。

 彼が本当にアウヴィスタ神の使徒ならば、迎えるべき席はカチュエラの夫では無く、このトリスタ王国の次期国王だ。自分の伴侶に迎えるべきなのだ。

 今回の多大な功績。これから起きるだろう使徒としての功績と名声。そして言い方は悪いが傀儡としての適正。功績と利点をあげる程、次期トリスタの王として適任と判るのだが、どうしても躊躇してしまう。何度か考え直して、自分の心に認めたくない。否定したい気持ちがあるのに気づいてしまった。


「これから王たる者が、婚姻に私情を挟んでは、いけないとは思うのだけど……」


 彼を自分の婿として迎えたくない。

 前女王の崩御後の兄と宰相の反乱、ゲルドラ帝国の干渉という未曾有の危機に、自分はほぼ一人で立ち向かって来たのだ。

 平たく言ってしまえば『自分はこんなに苦労してるのに、あんな男を夫に迎えたら、これ以上の苦労を抱えて一生国政を振るわなくてならない。そんなのあんまりだ』という訳だ。

 敵対派閥ではなくても、せめて政を相談出来るくらいの仲間であって欲しい。ミモザやトルディアの人物評からするに、彼は政を行える素養がまったく無い。妙な正義感と行動力はあるので、事あるごとに突発的に走りだして周囲を巻き込む可能性だけは高い。そんな暴れ馬のような夫を抱えて、これから国政を歩むのは勘弁して欲しい。


 もう少し、まともな男性を迎えたい。それは、そんなに欲深い事なのだろうか。悪い事だろうか。

 知れず溜息が漏れた。


 未だ彼女も、男を知らぬ若い娘であった。



 異世界に放り出され、王国の次期女王に将来の伴侶として勝手に品定めされ、更には勝手に駄目だしされた男。

 その名も中間試験、主要五教科全て赤点の男、大薮新平であった。


                    ◇


 退席したラディリアとイリスカは、どちらからともなく声を掛け、ラディリアの部屋に集まった。正直二人共、途方に暮れている。


「どうしましょうか」


 イリスカに問われたが、ラディリアも返す言葉が浮かばない。


「どうとは……」

「その……篭絡とは、具体的にはどのようにすれば良いか、あなたは分かっていますか?」

「……」


 言われてみれば……裸になって抱きつくくらいしか思いつかない。その後何が起きるのか、どうすればいいかも想像外だ。流石に接吻ひとつで子を身篭ると思っている程無知では無いが、具体的な手順となると頭に浮かばない。

 というか、自分達の方が年上でこちらから迫るのだから、事の際はこちらがリードしなくてはならない筈だ。 ……リード。何をすればいいんだ? ……想像もつかない。自分はその手の知識はからっきしだ。

 戸惑いながら顔を上げると、珍しく固まった表情のイリスカと目が合う。駄目だ。この娘もからっきしだ。

 大体自分の様な女らしさの欠片もない武人に抱きつかれて男は喜ぶのだろうか?

 セドリッツ城砦からの逃亡時、馬に相乗りした時は確かに自分の身体を触って意識したようなそぶりがあった……たしかにあった筈だ。その後も何度か思い起こす様に、だらしない顔をして、いやらしく指を動かすので本能的に警戒した過去もあった。しかし、王都に帰ってきての祝宴の席で近衛の仲間達に訴えたところ、自意識過剰と一笑されたので自信がなくなってる。改めて自分のこの肢体が女の武器として使えるかと聞かれると全く自信が無い。

 脳筋で女性としての自己評価の低いラディリアは、考える程に自信を失っていく。


 イリスカも似た様な物だった。騎士団で副官補佐に居た彼女の専門は、もっぱら戦場での戦術を立てる事だ。しかし今回は、根本的に自分の容姿の価値を認識してなく、基本とする知識が圧倒的に足りていないので、対応する戦術が思いつかないのだ。そのくせ頭だけは回るので、迫るとは何処までか、子を宿した場合どうすればいいのか、家督は、認知は、親権は、相続は、親への説明は等、先回りして混乱している。


 幼少より一途に騎士を目指した二人は、殆ど男性との接点がなく生きてきた。その結果、色仕掛けで男を落とすという命題に、二人揃って立ち尽くしたまま、途方に暮れていた。


「……不思議なものね。まさか貴方と、男を巡って寵を競う事になるとは」

「寵って……た、確かにそうだが……いや、競う必要は無いだろう。それより今回は協力して……協力して一緒に寵を貰うように……なるのか?」


 自分で喋りながらも、その内容に眩暈を覚えるラディリア。自分達二人が半裸であの新平にしな垂れかかる光景が想像できない。どんな顔で自分がこの娘と一緒に男に侍るというのだ。彼だってそうだ。筋肉馬鹿に双方から腕を引かれ、なさけない顔で空を見上げて愚痴っている姿が脳裏に浮かんで来た。


 自分達は武人だ。そのような事とは無縁で今迄過ごして来た。

 二人は親友ではなかった。会えば話す間柄ではあったが、親しい友人でもなかった。

 イリスカの重症を治す為に、ラディリアが自分の為に新平に助けを求めたと聞いて驚いた程だった。後に礼を言われた際も、ラディリア自身も何故ここまで必死になったか、自分でも説明できなかったのだ。


「自分でもよく分からないのだ。只、貴方を死なせたくないと思ったら、彼のところに向っていた」


 何やら愛の告白みたいだが、自分にも彼女にもその気は無い。それだけ無意識にお互いを意識し合っていた結果なのだろう。

 なぜなら、自分達は共に蔑まれ、孤独のまま高みを目指した好敵手同士だったのだから。


                    ◇


 ラディリア・オーガスタは前々女王の夫が妾に生ませた子の娘として生まれた(女王制の為、王家と血縁も無く王位継承権は無い)祖母は王宮に出入りしていた訳でもなく保養地で強引に見初められて子を宿し、財産を受け放逐された。財産問題で揉めた為か、彼女は『下賎の孫』として蔑視されてきた。

 祖母は数年後に耐え切れずに自殺し、彼女たち家族は数多くの侮蔑を浴びて生きてきた。その中でラディリアは家名をあげるべく天馬騎士を志したのだ。


 イリスカ・ヴェローチェはゲルドラ帝国の亡命者となった将軍と、それを助けた天馬騎士団の女騎士……の親友の女騎士の孫にあたる。巷では『敵国の将軍と天馬騎士の禁断の愛』の美談として人気の活劇や読み物となったが、実際には捕らえた捕虜将軍と天馬騎士が関係を持ち亡命させ――まではよくある話だったが。結局、結ばれて子を産んだのは、何故かその騎士の親友だったという醜聞ものだった。しかも最初に助けた天馬騎士は、その事実に耐え切れず自殺してしまった。イリスカはその寝取った天馬騎士の孫にあたる。

 どのような経緯でそのような事態となったかは知られていないが、イリスカも同様『寝取り女の孫』として蔑視されてきた。


 ラディリアとイリスカ。二人は偶然にも同じ年、同じ月、同じ日に生まれた。家名を上げる為に幼少の頃から己を鍛え天馬騎士を目指し、同期で従騎士養成所へ入り首席を争った。この国は他国と異なり、女性でも家名を上げる方法がある。天馬騎士となって功績をあげれば大きな名誉が与えられる。周囲の評価を覆せるのだ。

 元々の才能もあり、養成所で二人は突出した成績をだした。周囲に蔑まれながらも二人は打ち解けないまま競い、主席を奪い合った。

 しかし転機は訪れた。

 天馬騎士の選考会でイリスカは天馬に選ばれたが、ラディリアは選ばれなかった。天馬に選ばれない者は天馬騎士へ成る事はできない。

 イリスカはそのまま天馬騎士となり北天騎士団へ配属、ラディリアは失意を堪え近衛隊へ転属しアンジェリカ王女の準近衛となった。


 そして互いに騎士として研鑽を勤める中、今回の内乱が起きたのである。


 今回の内乱において、ラディリアは捕縛されながらもアンジェリカ王女を最後まで守り助けた者として、イリスカはカチュエラ王女を戦場で庇った功績により、それぞれ大々的に評価され叙勲された。

 ラディリアは褒賞式で名を称えられ実家で歓待を受けた。イリスカも内密に呼ばれた母と再会し涙を交わした。これで一応の汚名を返上できた事になる。イリスカ等は市政で似顔絵板が売れまくり一部では時の人扱いだ。

 このうえは一層王家へ仕えるべく精進しようと志していたころで、次期女王から直々にこの命を受けたのだ。


 色掛けで男を篭絡しろと。


 二人はテーブルに向い合わせに座り、顔を突合せて嘆息する。

 事情を知る他者が、この状況を見たら噴き出した事だろう。全騎士団内でも類を見ない美女二人が、冴えない異国の少年を誘惑せよと命じられて、揃って途方に暮れているのだ。


「とりあえず……神殿に着くまでは五ウィヌ(五ヶ月)はあるわ。焦る事はないと思うけど」

「そ、そうだな。正しく計画を練るべきだ」

「貴方は大丈夫なの? ……その、あの人が相手で」

「そ、それは……命だからな。嫌も何もないだろう。貴方こそどうなのだ」

「わたしも……大丈夫ではあるけど」


 絶対に嫌だと拒否したいという訳ではないが、好んで応じたいかというものでもない。命令ならば自信は無くても実行する事に否はない。天馬騎士としての望みは絶たれるが、一度は死を覚悟した身だ。汚名を返上し家名も上げられた今、王女直々の命とあらば王国に仕える騎士として実行するまでだった。

 二人共新平に恩義はあるが、恋愛的な感情はもっていない。というより元々騎士の家に生まれた女達は通常の婚姻も家単位であり、市政の者達の様な恋愛婚は望むべくもない立場だ。更に彼女達は家名を上げる為にひたすら修練のみを積んできたので、初恋も知らず恋慕の感情というのをよく理解していなかった。

 色恋に憧れ夢想する事が一度もなかった訳ではないが、自分達には縁の無い、遠い別世界の話だと認識していたのだ。


 新平は善人だとは思う。多分に欠点はあるが真っ当な倫理観と正義感には好感をもてる。散々拒否していたのに病人を前にすると頭を抱えながらも治療してしまうあたり、分別は足りないが人として好ましい。しかしそれが色恋までの感情となるかというと違う。

 彼は恩人であり、善人であり、現在は困難な状況におかれており、他人の世話を必要とする危なっかしい年下の少年だった。


「……一応聞いておきたいのだけど、あなたには何か方針はあるの?」

「いや、私はこういう事は門外漢だったからな」

「そうよね……」

「なっ……そういう貴方こそどうなのだ。私とそう変わらないのではないか」

「わ、私は……少しは騎士団の先輩方に色々教えて頂いたわ」

「それを言うなら私だって、アンジェリカ王女殿下に仕える中、先輩方に淑女たる心得を多々指導頂いたものだ」


 実際のイリスカは、北国境の城砦で化粧気もなく毎日戦術と訓練のみに精を出す無骨者だった。これに呆れた先輩騎士達に色々からかわれ、弄られていた。

 ラディリアの方も修道院で同僚の近衛達と過ごす中、一番年少で素地は素晴らしいのにまったく化粧気の無いラディリアを、寄ってたかって皆で弄って遊ばれていただけだ。


 根本的に似たような二人だった。


 しかし長年成績で張り合ってきた間柄故に、軽口を言われるとつい対抗心が沸いて言い返してしまう。


「あら、私だって騎士団の諸先輩方にはお世話になったわ。一度言おうと思っていたのだけど、貴方近衛騎士として王女の傍に仕えているのに、碌に化粧もしていないじゃない」

「そ、それは。正式な席ではきちんと対応しているぞ。修道院では質素倹約を規範とする為、我々近衛達も過度な化粧は控えていたのだ」

「ここは王宮よ。何時要人と出会うか判らないのに、傍に控える貴方がその成りでは、いざという時にアンジェリカ王女の恥となるのよ」


 舌戦では頭の回るイリスカに分がある。


「それを言うなら貴方だって、ここ半ウィヌ殿下に仕えていたのに殆ど化粧等していなかったではないか」

「そ、それは……実家にも戻れず道具が揃わないからで」

「必要家財は揃えると言われていたではないか」

「そうではあるけど……戦時中でもあったし……」


 知識と常識で化粧の必要性を知っていても、いざ試してみたら酷い有様になったので、ラディリアに習いすっぴんで過ごしていたイリスカだった。


 言い合いは泥沼の様相を帯びてきた。お互い分の悪い言い合いだとは自覚しているのだが、長年対抗してきた意地があった。終には互いに化粧をしてどちらが上かを披露し合う羽目に。


 互いに化粧道具を用意して準備を始める。どちらも新品同様の化粧箱だ。

 イリスカは始めて紅の封を切った。ラディリアはマスカラを取り「これは何だったろうか」と首をかしげている。


「手が止まってるわよ。大丈夫?」

「あなたこそ。今、初めて封を切った音がしたぞ」


 牽制し合いながら化粧を進め。手が止まり……また動き……途方に暮れながらも続ける。化粧慣れしてない二人はどこまですれば終わりなのか判らない。


「「……」」


 凄い状況になってきた。

 一段落したというか、もう手の付け方が分からなくなった段階で、互いに声を掛け向き合う事になった。


「で、では行くぞ」

「……ええ」


 お互いに向き合った。




 魔物が二頭現れた。

次回タイトル:大薮新平 王都を発つ

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