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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
1章 トリスタ森林王国内乱編(全33話)
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28. 大薮新平 王国。内乱終結に向かう。

 異世界に召喚された大薮新平。そこは内乱が起きている国だった。踊ると魔法が掛かるという奇抜過ぎるスキルを得ていた新平は、王女に神の使徒と認められた。しかし大神殿に向かおうにも国内が内乱中で危険な為、動けない。そこで彼は、新たな踊りを駆使して内乱の敵首謀者達を召還。捕らえてしまうのだった。



 トリスタ森林王国。内乱終結に向かう。

 王子、元宰相派の首魁二名がフォーセリカ王女に捕らえられた事によって、事態は急転直下。情勢が大きく動いた。


 国内にはアルクス王子とレジス元宰相が投降した旨が伝えられ、王子、元宰相派に対し投降と恭順を示すよう布告がなされた。

 当然王子達の捕縛を信じない者達も多くいる。両者は先日まで部下達の前で指揮を取っており、王女派に領内に攻め込まれた訳でもないのだから、そう思われても仕方が無かった。一体誰が、遥か昔に失われた『召還魔術』を使い、強制的に二人を拉致したと思うだろうか。

 おそらく現地では突然行方不明となり混乱している事だろう。そこで此方から証拠を示す必要があった。王宮の厳重に管理された地下牢で、フォーセリカ王女は貴族諸侯達を順に同行させ捕縛を証明していく。この情報が先方に流れれば敵勢力の瓦解は一気に進むだろうと思われている。


 通常内乱は敵対勢力を討ち、指導者を倒す事によって鎮圧される。

 王子、元宰相一派は、未だ資金も戦力も残っているので、簡単には投降が進まないだろうとは予想されている。しかし旗頭の王族と指導者の二名を失ったのだ。近代戦争と違い代表者が居なくなれば大義は失われる。代わりの者など簡単には出てこない。どのようにせよ、これで内乱は終結に向かうだろうと思われていた。

 既に王女派の内陸側の都市では、戦時体制が解かれ景気回復の気運が高まっていた。


 表向きには二名は投降してきたと報じられた。

 まさか賓客として保護した少年が、伝承にしか残っていない『召喚魔法』という奇跡を起こし捕らえたと公表する訳にはいかない。仮に他の誰かが捕らえられたと公表すれば、その者にを公表し恩賞を与えねばならないからだ。

 もう新平を公表してしまった方がいいのではという意見も一部にはあった。公表し新平を持ち上げて英雄扱いし国士として縛り付けてしまうのだ。しかしそれには問題が多かった。まず新平本人に英雄たる素養が無く、この国に仕える気がまったく無いのだ。下手に公表して人前に出したら、本人が何を言い出すか分かったものではない。しかも現在、本人は国外に逃げだそうとしている。以前トルディアに対して、この国の民が死のうとも関係ない、故国に帰るのが優先だと言い放った人間でもある。懐柔ができていない現状、とても人前に出せなかった。

 更にはアウヴィスタ神の使徒でもあるとバレた場合、国内の派閥で新平の取り合いになるのが予想された。元宰相派等の手に落ちたりすれば内乱が再燃する。国外勢力の干渉も一斉に始まるだろう。

 結果として国内情勢が安定していない現在、新平の事は公にすべきでないと方針はまとまった。

 しかし、先日の褒賞式でアンジェリカ姫が天啓を受け、異国の魔道士に仕える事を誓った噂は王宮内に広がってきており、いずれにせよ新平という魔道士にについては、何処かで一度お披露目して説明しなくてはならなかった。


 数日が経過し、王子派の各騎士団勢力で投降が始まった。これは彼らが忠誠と支持を掲げる旗頭のアルクス王子を失った為だ。中でも王国騎士団が投降に応じたのは朗報だった。天馬騎士団と対を成す男性のみの王国騎士団は重武装の精鋭として知られ、権威、能力、影響力が大きい。天馬騎士団と戦う事になった場合、互いに多大な損害を出すと予想されていただけに両者の戦いが回避された事に多くの国民が安堵した。

 一方、元宰相派の背後には多くの反体制派の貴族諸侯達が残っている。政治的思想で反乱を掲げた彼等は簡単には矛を収める訳にはいかない。現在は指導者を失って混乱しているが、王都の貴族達から捕縛の事実が伝われば、何かしら動かざるを得ないだろう。問題は勢力が瓦解するのが早いか、貴族諸侯達が新たな指導者を掲げて勢力を掲げるのが早いかだ。その為にフォーセリカ王女は瓦解工作を急いでいる。


 残る敵主要人物や人質となっている要人も、新平に頼み片っ端に召喚する事も検討されたが、現在召喚されたのは首謀者の二名のみだ。これは召喚するのは簡単だが召喚魔法の事実を外部に漏らすのを極力抑える為と、降伏を宣言する人物を残さないと、敵勢力の武装解除が逆に遅くなるからだ。

 もちろん残された人物とは、政敵でもあり、アンジェリカ王女の拉致を主導していたラオリーデ公爵だ。フォーセリカ王女は溺愛する妹を拉致された恨みを忘れておらず、公爵に敗軍の責を取らせる様に仕向けている。

 捕らえた二名に【親愛なる魅惑のタンゴ】を施し説得するという方法も検討されたが、洗脳効果が何時まで続くか不明な事から新平に伝えられる前にそれは廃案となった。


 新平はデニスに散々諭され、護衛団一同で大神殿に向う事を了承した。

 せっかく敵首魁を捕らえたのに日程が繰り上がらないと新平は不満たらたらだったが、デニスに説教され、アンジェリカ王女に涙ぐまれ、ラディリアとイリスカに説得されては黙るしかなかった。

 例によって『留年する~』と意味不明な事を喚きながらソファーを転がっていたが、幼女のアンジェリカ姫に毎日慰められては、何時までも文句を言う訳にもいかず、彼女が帰ってから部屋の隅でふて腐れながら床にのの字を書いていた。宮廷魔道士ミモザはその様子を見て、もう逃げる事はないだろうと判断した。

 フォーセリカ王女は敵勢力への工作指示と同時に、アンジェリカ王女一行の同行者の人選に忙しい。

 こうしてやっと、新平に王宮外への外出の許可が降りた。


                    ◇


 王都は騒がしい。いつもこんな風なのかと聞いたら、内乱終結の気運を受け、浮き足立っているようだとの事。

 王都の街中へ出てきた新平は異国の喧騒に圧倒されていた。

 主な目的はこの異世界の見聞と、旅の準備の為だったのだが、従者を自認するアンジェリカ姫がついて来てしまった。するとデニスは姫様の相手が苦手なのか逃げだした。デニスが居なくては旅の準備たる店とかにも覗きに行けない。自然と王女と彼女の近衛達を引き連れての観光となった。

 ガイドを買って出た自称従者の幼姫さんが色々王都の説明をしてくれる。もう半月は動けないのは確定してしまったし、今日は開き直って観光すべきだろう。実際初めて見る異国の街中は、物珍しく見て回るのは楽しそうだ。


「へーっ、すげーな! アレ何? あのデカイの!」

「あれですか。あれは……」


「何これ。うめーっ! 甘い?辛い? 甘辛い?」

「ふふっ。これはですね……」


「ちょっ、なんだありゃ! でっけー!」

「でしょう! 凄いでしょう! あれは王都でも評判の……」


 新平が珍しい建築物や屋台を見て食べる度に大袈裟に驚くので、幼姫も段々テンションが上がり、大喜びで自慢して回り始める。所詮十歳の幼女である。

 アンジェリカにとって裏表のない性格の新平を相手にするのは実に楽しい事だった。

 政治的な立場を持たず、本人の礼儀が酷いので、こちらも堅苦しい礼儀で気を使う必要が少ない。精神年齢も近い。まして今は自分が仕える主と見ているので親近感も感じている。気が付けば町娘の様に声を上げてはしゃいでいた。それに対して新平は気にもせず、それどころか話易くなったとばかりにアンジェリカを近所の子供みたいに扱い始める。


「何だアレ! ステンドグラスか? すげー綺麗だぞ! 裏、裏どうなってんだ! おい、早く行こう!」

「待って下さい。走らないでって、きゃっ、あっ、あはははっ!」


 転びそうになったところを、手を掴まれて走り出す。誰かに手を引かれて走る等、何年振りだろうか。一緒に駆けるうちに、走る事が楽しくなって笑い出す。立場的な理由から、他者と打ち解けられず年の近い友人も居ない幼姫と、単純馬鹿の新平の相性は良かった。遊園地で速攻走り出す子供の如く、二人は王都を走り廻った。


 気がついたら近衛達は何処にもいなかった。どこかに置いてきてしまったようだった。


(王都とはいえ、一応まだ内乱中なのに王女一人連れて街中歩いてて大丈夫かな)


 連れ回した本人の癖に今更不安になる新平。しかし、かれこれ一時間近く誰も追いついてこなかった。これは俺に王女の護衛を兼ねろと任されてるのかな。俺が守らなきゃ。と鼻息を荒くしたが、実は影で近衛達が監視しているとは気づいていない。

 アンジェリカ王女の久方ぶりに見る満面の笑顔とはしゃぎっぷりに、近衛達が気を利かせて遠くから見守る事に変更したのだ。まだ幼いのに兄に裏切られ、拉致されて敵国に渡されそうになった。救出されても王宮内で自由は制限され、出歩くことも出来なかった。今回は良い息抜きにもなるだろうと彼女達は微笑ましく考えたのだ。


 大きな間違いだった。

 新平が珍しい物を見つけて元陸上部の全力ダッシュをする度に、ラディリア始め近衛騎士達が蒼白になって裏道を走って追い掛ける羽目に。提案者の騎士は、走りながら仲間達に散々責められ涙目になっていた。

 イリスカは更に酷かった。彼女は王都付近迄ゲルドラ兵が現われた事による王都民の動揺を鎮める為に、吟遊詩人や講談師達に『カチュエラ王女を救った英雄譚』としてその名と顔を広められているのだ。更に不幸な事には、彼女は美人だったので似顔絵板が出回り飛ぶように売れていた。そして当然その話の中では王女を庇い死亡している。今更姿を晒して街中を歩く訳にはいかなかった。その為、怪しさ満開の下手な変装をしてついて来ては、警邏中の衛士に捕まって悲鳴を上げられるという、悲惨な目にあっていた。


 夕刻、新平は王女と仲良く手を繋いで王城へ帰ってきた。 

 その夜は遊び疲れて笑顔でぐっすり眠るアンジェリカ王女を他所に、新平は近衛騎士達に押し掛けられ、部屋でこってりと説教された。

 特に近衛騎士の一人とイリスカは幽鬼の様になっていて、凄い怖かった。

 まさか異世界に来てまで、正座で説教を受ける羽目になるとは。新平はその夜、痺れる足を抱え思いを新たにし、日本に居た時と同様に長らく夜空を見上げていた。


(……早く日本に帰りてえ)


 怒られて、現実逃避していただけだった。




 翌日も王都へ出かけると、何故かカチュエラ王女迄ついて来た。アンジェリカ王女が楽しかった王都観光を話し、私室に篭り気味な姉に気を使い同行を勧めたのだ。彼女も気持ちの整理がついたのか生来の勝気そうな表情に戻っている。本人はゲルドラとの国境守護に戻りたいらしいが、失策挽回の為に無謀な突撃をしそうだとフォーセリカ王女に心配され、謹慎を命じられているのだ。現在は特にする事がないらしい。

 そしてデニスは逃げ去った。

 新平としてはデニスと傭兵団あたりを回って旅の準備を確認するのが外出の目的なので、新たな王女が増えて正直迷惑な話だった。つくづくタイミングが悪い第二王女殿下で、また彼女への新平の心証は悪くなった。

 そして街中を見聞きして話す度に、カチュエラは新平と意見が合わず口論をするという相性の悪さも判明した。その度にアンジェリカ王女が泣きべそをかくのだが、責任を押し付けあって更にヒートアップするので姉妹の近衛騎士達が慌てて抑える羽目に。更に新平は、アンジェリカの手を繋いだまま転ぼうがぶつけようが、かまわず引っ張り回すので、アンジェリカ王女の小さな手足が擦り傷だらけになってしまった。本人は楽しそうなのだが、妹LOVEのカチュエラには許し難い事だった様で、文句を言って掴み合いになるという一幕が、王都街で繰り広げられたのだった。


 帰宅後、新平はデニスに逃げた文句を言うが、簡単に言い返されて部屋の隅で唸りだす。

 デニスとしては実は王女達から、逃亡を計る可能性があるので、余計な情報はあまり与えるなと言われているのだ。故に付き合う気がない。それでも街で情報を集めようとする新平は哀れであった。


「もう巡礼団を組織して行く事が決まってるんだから、別にお前が準備するもんなんてねえよ」


 こう言われても、はいそうですかと旅程を全部丸投げしたままなんて、新平にとっては不安で仕方ない。この物騒な異世界は道中どんな目に合うか分からないのだ。


 新平のストッパー役として評価されたのか、巡礼団へはデニスも同行が決まっている。前金でかなりの額を貰ったらしく彼女は浮かれていた。旅の当てにはなるかもしれないが、危険になるとあっさり自分を見捨てそうな人物なので信用できない。入手したのが等高線も無い大雑把な地図一枚の状態で、新平の不安はなかなか消えなかった。


              ◇


 王都出立の準備が急ぎ足で進みだした。

 翌日は晩餐会が開かれた。名目はアンジェリカ王女救出を祝って、なんとかいう貴族が主賓となっての宴席を催した事になっている。しかし実際は先日の褒賞式の騒動の説明を兼ねての新平の顔見せであった。

 新平が使徒である事はまだ伏せるらしく、尤もらしい設定が作られた。


 『異国の魔道士の新平が、この国でヴィスタ教の教義を受けて、新たな治療魔法を発現させセドリッツ子爵の城砦から王女を救い出した。しかしこれは事故のような事らしく、今後偉大な治療魔法を興す事になるだろうとし、彼をウラリュス大神殿へ連れてくるように、アウヴィスタ神がアンジェリカ王女へ天啓を遣わされた』

 こんな設定になった。これならアンジェリカ王女が新平と一緒に国外のウラリュス大神殿に旅をする理由に成るだろうとの事だ。自国の王女が他国の一魔道士に仕えるという部分は誤魔化し、新平が病棟で起こした治療魔法の説明も付けた継ぎ接ぎの設定だ。どうして治療魔法を発現すると王女が救出されるのか意味がわからない。

 なんか強引な話な気がしたが、それよりも新平は朝から準備として豪勢な衣装を何度も着せ替えられた事にうんざりした。生まれて初めて化粧までされて、へろへろになったところで晩餐会に出され衆目を浴びる。そして好奇の目に晒された挙句、ろくに会話もしないうちに酒を呑まされ、あっさり潰されて部屋に逆戻り。

 実に酷い一日だった。


 状況を聞いたイリスカが説明するには『顔見せは必要ですが、あまり貴族達と接点を持たれたり、伏せて欲しい話がジンペイ様の口から漏れると困りますので、早々にお休み頂いたという事でしょう』


 新平は泣き崩れるように床にへたり込んだ。


 俺、何の為に朝からあんなに苦労したんだ……


 また政治ショーに良い様に使われたようだった。自分の顔見せと言われて一応緊張して色々受け答えを考えていたのに、どうりで会場での対話について指導されなかった訳だ。事情は分からなくはないが、振り回された当人としては面白くない。一度くらいあの巨乳に顔を埋めさせてくれるくらいの褒美があっても良いんじゃないだろうか。

 文句を言おうにもフォーセリカ王女は忙殺中で顔を出さず、アンジェリカ王女から逆に、姉様が御多忙で顔色が悪く心配ですと聞かされては、振り上げた拳の行き先が無い。

 こちらの不満が察せられたのか菓子の差し入れが更に増えた。菓子を与えとけば黙るとでも思っているのだろうか。女子小学生じゃないんだぞ。

 でもデニスが喜んで食べるので、つい奪い合うように菓子を貪り食べてしまう。なんだか血糖値とか心配になってきた。

 日本に帰ったらメタボ。家族も俺も泣いちゃうぞ。


              ◇


 翌々日にはアンジェリカ王女の護衛団との顔会わせが行われた。

 団長は東方守護騎士団のカイルなんとかアイズバッハという壮年のごついおっさんだった。

 これから道中世話になるので愛想良く頭を下げて挨拶したのだが、冷めた目で返された。怖かった。

 物語やゲームで団長といえば、豪快で快活な偉丈夫なのだが、実際は目元鋭く、声も低い強面だ。王国騎士団の連中と同様、物騒な雰囲気がぷんぷんする。判ってる。あれは殺人を生業にする人種の雰囲気だ。睨まれると身が竦む。自分は王女と一緒に警護される賓客扱いとなっているのだが、身元不詳の異国の男を値踏みするような怖い視線を向けてくる。笑いかけてもにこりともしない。

 新平にも一応その理由は判る。内戦中の国で殺伐としてる最中だ。自分みたいな出所不明の怪しい男は警戒するのが普通だろう。でも怖かった。正直近寄りたくない。


 一団の内訳はアイズバッハを団長とする護衛騎士が二十四名、アンジェリカ王女の身の回りを世話する侍女が四名、近衛騎士がラディリアとイリスカ含めて四名、ヴィスタ神殿から随行する司祭が一名、食事等の担当する料理人が従者含め四名、伝令や哨戒人員が四名、案内人がデニス含め三名、馬車の御者と世話役が五名、そしてアンジェリカ王女、新平の合計五十一名の大所帯だ。

 あまりの規模に開いた口が塞がらない。フォーセリカ王女の妹への溺愛ぶりが伺える。宿泊は基本野営で食事も料理人が用意するそうだ。町で宿が取れたら王女達のみ宿に泊まれるらしい。新平も賓客扱いなので一緒に泊まらせてくれるとの事。自分が使徒であり、本当は王女が仕える側という事実は団長とラディリア達近衛騎士と侍女、司祭にしか教えられていないとの事。秘匿遵守の為と謝られたが、こちらとしては一人旅の予定が王女一行に同行させてもらう形になったので別に気にもならない。

 確かに護衛騎士達から、一斉に誰だこいつは、という視線と顔を向けられたが仕方が無い。


 旅程や道順等も説明して貰えるかと思ったのだが、そちらは一切無かった。本当に顔合わせだけだ。どうもそういう実務対応は下々の仕事という意識らしい。アンジェリカ王女は平然としているが、それで良いのだろうか。もっとも言われても土地勘も長旅の経験も無いので、ふんふんと頷くくらいしかできないけどさ。それでも、どの国を経由して何日掛けて行くかくらいの説明は欲しいと思う。知らないのはどうにも不安が残る。


                    ◇


 一方、反乱軍の王子、元宰相派の解体は順調に進んでいるようだ。やっぱり王国騎士団が抜けたのが大きいようで、名のある騎士団は貴族諸侯の私兵を除き殆ど帰順したそうだ。カチェエラ王女が自慢していた。

 あんた何にもしてないじゃんと指摘したら顔を真っ赤にして怒り出した。なんで怒るのだろう。実際なんにもしてないよな、あの娘。

 何故かラディリアとイリスカが脇でこめかみを押さえている。

 敵勢力の実戦力たる王国騎士団の解体が進んだので、これで大きな会戦は実行不可能になったそうだ。それは一安心だな。残ったのは貴族諸侯の私兵達のみ。戦力比が明らかになったので、政治交渉に場が移りつつあるとの事。イリスカに言わせれば、内戦の落としどころを互い模索している最中だとか。


 時間が余っているので何度か乗馬の練習もさせてもらったが難しい。股が擦れてひりひりすりるし、足腰が筋肉痛で痛い。慣れるのに二ヶ月以上掛かるとの事で、これは先が思いやられる。

 天馬と違って普通の馬は知能が低いらしく話が通じない。『重い。不快。痒い。痛い。臭い。空腹』と二文字で喋る。三歳児よりも話が通じない。会話ができれば簡単に乗りこなせるかもと思っていたが、そんな事はなかったぜ。立ち止まる度に糞を垂れ流すので辟易した。そして馬糞は天馬と同じように臭かった。


 何度か王宮から街に出ようとした時、見た事の無い貴族風の男達に声を掛けられる。だいたいアンジェリカ王女が用向きを話すとすぐに道を開けてくれるのだが、どうも擦り寄ってくる雰囲気が嫌らしくて不快になる。

 どうやら自分の顔と名が売れた所為で、顔を繋ごうとする人が多くいるらしい。だいたいフォーセリカ王女が手を回して牽制してくれているので近寄って来ない筈なのだが、面の皮の厚い連中には効かない様だ。仲良くなったって、こっちはもうこの国を出て行くので関係ない筈なんだけどな。

 ラディリアに愚痴ったところ、『巡礼団を構成して送り出すのに、この国には二度と戻るつもりはない等と公言されては困る。我々の為に準備をしている者達の事も、少し気に留めてはくれないか』と言われてしまった。成る程。諦めて貴族達に捕まった時に愛想笑いだけは返すようにしたら今度は気味悪がれた。何を言っても無言で泣き笑いの顔で立ってるので怖かったそうだ。東洋人、表情の変化が判り難いってやつかよ。もう知らんがな。


 忙しくなってきた。

 何故この国の人間でもなく、これから出て行くのに、会った事もない人達と挨拶やら話し合いがこんなに必要なのだろうか。しかし、これでやっと先に進めるのだから我慢しなくてはならない。


 早く、早く行きたい。早く日本に帰りたい。

 日本で自分の事はどうなっているだろうか。

 心配しているだろう母親と姉を思い浮かべると心臓付近が痛くなる。


 家は母と姉、自分の母子家庭だ。親子、姉弟仲は結構良い方だと思う。祖母、祖父、父親が連続して他界しちまった為、それなりに協力し合って生活してきた。

 自分が親父と同じ猪突な性格で、度々大怪我で入院しては二人に泣きながら怒られる生活だった。最初は穏やかに経過に付き添ってくれていたのだが、二人っきりになった途端に怒り出し

 『あんたまでいなくなったら、母さんどうすれば良いのよ!』

 『新ちゃんが死んじゃうなんて。そんなの、そんなの絶対許さないんだからね』

 と泣きながら病室で責められた。思い出す度に申し訳なくなって、あらぬ方向に向って土下座して謝りたくなる。ひたすら迷惑を掛ける長男だったので、せめて早く大きくなって二人に孝行がしたかった。

 その自分がいなくなってしまい。二人がどうなってるか心配で堪らない。

 数ヶ月かけて神殿について神に会って戻されても学校は留年だろう。留年……なんと恐ろしい言葉。気がつけば部屋の隅で頭を抱え丸くなってしまう。

 いや、それより葬式とか挙げられてたらとても困る。

 帰れないとは考えてない。どれだけ掛かろうとも絶対に帰らないとならない。

 自分をここに召還したアウヴィスタ神がどんなつもりで自分を呼んだのかは判らない。奴が何を考えていようと、文句を言って殴り飛ばし、帰してもらうのだ。


(俺なんも悪いことしてないのに、何でこんな目にあってんだ……まぁ、ここでも少しは良い事ができたから良かったのか)


 アンジェリカ達を助けられた事。日本でも治せない重傷者を治療できた事、それをたくさん感謝された事。宰相達を召喚して、戦いが長引くのが回避され感謝された事を思い出すと少し溜飲が下がる。


 実際には少し役に立ったどころか、一躍今回の内乱解決の立役者となったのだが、本人にその自覚はまったく無かった。


                   ◇


 最後に、出立まであと数日というところで、天馬騎士団の方から晩餐会に招待された。

 晩餐会とは名目で、新平が旅立つ前に、是非一度会って正式に重傷者達を治療して貰った礼を述べたいので、席を設けたいとの事だった。

 新平はフォーセリカ王女の指示によって、許可の無い者との面会は認められていなかった。その為、イリスカ経由で礼を言いたいので、そちらから来て貰えないだろうかと何度かお願いされてはいたのだが、金はトルディアから貰うし、下手に会ってまた新たな怪我人の治療を頼まれてはたまったものではないので全部断っていた。それは王都街への外出が許可された後も同じで、警戒して近寄らないようにしていたのだ。

 礼品として、イリスカ経由で金細工や絵画を押し付けられた事もあったが、イリスカ本人の物も断ったし、こんなの本気で質に入れるしか使い道が無い旨を説明したら苦い顔をして引き取っていった。実際これから旅歩くのに、荷物になる物を貰ってもどうすれと言うのだ。

 そこまで知ってるのに今更会えというのかとイリスカと少し言い合いになったのだが、大恩のある上司からの頼みで断れなかったといわれて困ってしまった。最後との事でフォーセリカ王女への許可も降りてしまったらしい。同じ体育会系出身として上の頼みが断り難いってのは良く判る。仕方なくOKした。まあ、もう最後だから良いか。


 しかし連れてこられた会場は何故か以前来た病棟。まだ病人いるんじゃないのか。邪魔になるんじゃないだろうかと思ったら病棟横の広場に人が集まってる。どうもあの広場で立食形式で催す予定らしい。病院の横で食事会とは場違いな気がするが、もしかしてまだ病院から出られない負傷者達も参加させたいという心配りなのかもしれない。しかし複数のベットが野外に並べられているのが見えて、嫌な予感を感じた。


 会場に着くと百名以上が出迎えてくれた。先頭に北天騎士団の副長と名乗る女性騎士が、挨拶して来て中へ迎えられる。

 入り口付近には先日助けた患者さんと、その家族達。眼が合うとしきりに頭を下げたり感謝されたりする。奥にもたくさんいた。自然と人垣が分かれ道ができる。


「って……?」


 何故か正面にカチュエラ王女が立っている。しかも先日の褒賞式で見た様な王女の正装だ。彼女の周りには重傷者が勢ぞろい。

 直感した。

 態度と雰囲気から、おそらく彼女の部下達だ。北天馬騎士団の重傷者達なのだろう。ある時からカチュエラが一切治療を頼まなくなったと思ったらこういう事か。重傷者達を時間を掛けて、ゆっくりと北の国境の城砦から、王宮へ運びやがったのだ。

 他にも手足を失った壮年の元騎士らしい女性達や大きな古傷を負った人達も居た。既に退役した古参の連中まで呼び寄せやがったらしい。


 謀られた……


 振り返るとイリスカは口元を押さえ呆然とした後、俺の視線に気がつき首を振った。どうやら彼女も騙されたらしい。

 アンジェリカとラディリアがこの場に居ないのもそういう事か。手を回して来させないようにしたんだろう。潔癖なあの二人なら、ここに居たら文句を言っただろう。


『頼まれれば断るに決まってるだろ。本当に俺に治して欲しかったら、問答無用で病人の群れに放り込めば、俺なんか我慢出来ずに勝手に治すだろうに、あいつらも馬鹿だよな』


 いつかデニス相手に、笑い話として喋った事が現実になった。馬鹿は普通にこっちだった。


 カチュエラを睨みつけるが、逆に真剣な表情で見返された。彼女の眼には力が宿っている。若年ながらも団長として部下達を守ろうとする責任感と意思が彼女をこの場に立たせているのだ。見違える威圧感に足がずり下がりそうになる。


「オーナベ殿、このような卑怯な手法を用いて貴方様を招いた事を御詫びします。ここに居りますのは、国境で負傷しました我が北天騎士団の者達ならびに、之まで我が国に己の身を捧げて、不幸にも籍を離れざるを得なくなった勇士達です。この度私の一存で呼び集めました。厚かましい願いとは重々承知しております。しかし何卒、今一度貴方様の正しき御心に縋らせていただきたいのです。どうか、貴方の御力を今一度、我々にお貸し頂けませんでしょうか」


 言ってる事は今迄自分が何度も断ってきた内容そのものだ。しかし今日のカチュエラ王女は気迫が違う。呑まれる。こちらの返す言葉が喉で詰まって出てこない。


「……どうか、よろしくお願いいたします」


 カチュエラ王女が深々と頭を下げる。王女が頭を下げるのを見て、次々と他の騎士や家族達も一斉に無言で頭を下げる。


「……っ!」


(ち、ちくしょう! 狡いぞお前!)

 

 集団に一斉に頭を下げられ、新平は人前も憚らず頭を抱えてしゃがみこむ。

 こうなってはもう断れない。


 どうしようか。どうしようもない。この状況では自分には断れない。踊るしかない。


 王女の傍でベットに伏せる者達は、手足を失ったり手厚く包帯を巻かれて動けない者達ばかりだった。未だ呻いている者もいた。視覚的に断り難くなる連中を前面に置く策と判っているのに、見てしまうと辛くなる。この状態から断りの言葉を叫んで立ち去る度胸は自分には無い。

 それに実際に病人達とその家族から、怪我で絶望していたり、希望の視線を向けられるとやはり助けてやりたくなる。なるよな普通。顔を伏せたのに、皆の期待の表情が頭にこびり付いてしまっている。もう頭から離れない。


「汚ぇぞ、ちくしょうめ……」


 しばらくして、王女を含めた騎士達が頭を上げたが、未だ新平はしゃがみこんで丸まったまま頭を抱えて唸っていた。慌てて再度頭を下げる者、戸惑う者。ひそひそ話し合う者が出始める。脇に控えて立つイリスカも、応えるべき新平が頭を抱えてしゃがみ込むなんて非常識な事をしてるので、どう声を掛けていいものか分からず戸惑っている。


 傍で見ている宴席の手伝いの兵や女中達は、奇妙な光景に呆気にとられていた。

 第二王女の劇的な計略は、相手が新平だった為、滑稽な喜劇となっていた。


「なんじゃ、こりゃ……」


 呆れたデニスがぼそりと呟いた。



 …………



「ちくしょうめええ! ハチュ! ハチュ! ハチュ! ハチュ!」



 そして、慎重に移動させた北天騎士団の重傷者二十六名と、負傷や病によって引退した往年の騎士達や官吏の四十三名もが治療され、次々と部隊や国政に復帰した。




 出立の日が近づいて来た。


次回タイトル:幕間 女騎士両名 新平の篭絡を命令される

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