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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
1章 トリスタ森林王国内乱編(全33話)
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27. 大薮新平 反乱軍の首魁を召還す

「わかりました。オオヤペ様を使徒と認め……あ、アンジェリカが仕える事を許可いたします」


 苦渋の決断をしたような表情で、フォーセリカ王女が言葉を吐き出した。

 司祭杖で神への交信に失敗した翌日の事。フォーセリカ王女が近衛騎士達を引き連れ来訪し、ソファーへ座るなりの言葉だった。

 許可って……俺は頼んだ覚えは無いし、そんな悲壮な表情で言われると、こっちが悪い事してるみたいで困る。


「え、えーと……」


 別に俺は認めてくれなくていい。というか、正直あんな小さい子について来られても困るので、説得して止めさせて欲しいというのが本音だ。幼女で姫様だ。何かあっても責任が取れない。というか神の天啓を認めるかどうかって王女が一存で決められる事なんだろうか。


「それで、ウラリュス大神殿へ行かれるとの事ですが、二人だけで旅立たれるのは認められません。オオヤペ様とアンジェリカの護衛団を組織しますので、そちらに同行を願います」

「え、はい? いや、そんな」

「オオヤペ様が王宮を辞し、御一人でウラリュス大神殿へ向かわれ様と準備されている事は存じております」


 うわー。バレてーら。


「彼の場所へは二つ国を越え五ウィヌは掛かります。道中の安全の為にも、護衛団を組織する必要がありますわ」

「ちょっと待った! 五ウィヌって、五ヶ月?」

「はい」


 長い。

 そんなに掛かるのか。しかも二つも国を越えると来た。

 なんか早馬とやらに乗って、数日我慢すれば着くみたいに思っていた。

 自分の考えが凄く甘かった事を知る。速攻で行って、訴えて即、日本に帰る気だった。

 正直待てない。

 そこまで掛かるなら行く必要あるか? 他の帰還方法を探すべきではないか。でも、他に手掛かりなんて無いぞ。

 既にこちらに来てから一ヶ月近くが経っている。他の方法を探してるうちに二、三ヶ月くらいあっという間に過ぎてしまう可能性もある。急がば回れ。それなら我慢して神殿に向うか。行けば帰れると言う保障がある訳ではないが、まず高い可能性で神に会えるというなら行くべきか。当てもなく探す出すとキリが無いしな。


「五ヶ月か……」


 後ろで王女の近衛達が、そんな事も知らないで逃げ出そうとしてたのかこいつ、とでも言いそうな視線を向けているが新平は気づきもしない。


「どのように急ぎましても、四ウィヌ以上は掛かります。国政が安定していない国もありますし、対応も備え、綿密な旅程の計画を立てる必要がありますわ」

「いや。そんなに掛かるなら他の方法は無いかなと考えて……」

「……天馬で国境を越えて進入した場合は、侵攻と取られ攻撃される可能性が高いです。とてもその手段は使えませんわ」

「え? いや。そうか。空路って手があったのか。しかし他国への侵略とみなされるので使えないと。まあ、当たり前ですよね」


 先読みされて返答された。それより五ヶ月。五ヶ月か。行くしかないのか……ううっ。

 身悶える新平を見て王女が不思議そうな顔をする。新平の悩みは別にあった。


 既に一ヶ月近く経ってる。足して六ヶ月。半年。日本に戻れても留年は決定だ。


「おおう……」


 頭を抱えてソファーで転がる新平。先程からの王女への暴言と、この不遜な態度で近衛達がピリピリしてるが、それどころではなかった。


(また三年生をするのか。嫌だ。知らない後輩たちとの同じクラスで一年。拷問だ)


 実際には一ウィヌは二十キン(二十日)なので、本当は四ヶ月程度なのだが、その事を新平はすっかり忘れており、どのみち四ヶ月でも留年だろう。


 そもそも、未だ戻れるかどうかも判らないのに、阿呆な事で悩む男だった。




 護衛団の話に戻った。


「そうですね。外見としましてはトリスタ代表のヴィスタの司祭巡礼団を装いますので五十名程で」

「五十?」


 なんだ。大集団になってるぞ。行く先々でサーカスでも興行すんのか。宿とかどうするんだ。


「護衛と衣食住環境を整える為にも、それぐらいは必要です」

「ほ、本当……ですか。行くの二人なのに?」


 妹可愛さに人数を増やしてないか。どんな王侯貴族の旅だよって、あー、アンジェリカは王女様か……。

 自分のイメージは旅の商隊あたりに雇ってもらい、小間使いをしながら同行するものだったんだが、すっかり想像と変わってしまった。確かに金の心配もなく、身の安全も守れるなら安心だ。それに越した事はないんだが。ううん、なんというか……。


「何時出発できます。明日?」

「……一ウィヌ(一ヶ月)程は準備にかかります」

「待てる訳ないでしょが!」


 了解しかけたのをあっさり覆す。実は司祭杖が交信に使えないのを知って、もうアンジェリカ姫に内緒で逃げだそうかとも今朝の段階で考えていたのだ。道中が不安だったが、イリスカから案内人を雇えばいいのでは、と教えて貰ったので王都の傭兵団(この世界、冒険者やギルドは無い代わりに傭兵団があった)へ行って、誰か適当に雇って先に進もうと思っていた。

 もっとも王女はこっちの考えを知っていたようなので、実行してたら大捕り物になったかもしれないが。


「とりあえず国境まで天馬に乗っけてくれ。そっから馬を借りるよ。貰った金を金部払って早馬に乗っけてもらうから。姫さん達は後から追っかけて来ればいいから」


 当然の様にやんわりと断られた。


「何をそのように急がれているのですか」

「だから! とっとと帰りたいんですよ、こっちは! 一日も早く! 一時間でも早く! 国に帰りたいの!」

「そうですか……」


 ここでやっと、フォーセリカ王女は新平が本気で帰国を急いでいる事を認識した。認識はしたが理解ができない。正直未だそんな事を言ってるのかというところだ。帰れる筈がないのに帰れる気で焦っている。しかし指摘して激昂され関係が悪くなっても困る。早く現実を理解して、祖国にはもう帰れないと諦めて欲しい。早く頭を切り替えてくれないとこちらも話が進まないのだ。

 アウヴィスタ神が召んだ使徒が、使命を果たさずに元の世界に帰る等ありえないし、果たしたとしても帰れる筈が無いと彼女は考えている。使徒とは異界から来訪し、この大陸で英知を広める存在だ。用が済んだら帰る等ありえないのだ。

 彼女の計画ではウラリュス大神殿に着き、使命を再確認してから一度トリスタへ帰還。使命の内容によるが、出来るだけこのトリスタを動かず使命を実行してもらう気だった。

 一方、新平はこの世界に残る気は無い。使徒の役割を果たす気も欠片も無い。先が分からない旅に幼姫を連れ歩くなんて責任取れない事もするつもりだって無い。一日でも早く大神殿とやらに辿り着いて、神を問い詰め、殴り飛ばし、日本に帰してもらう気なのだ。


 二人の間には前提で大きな認識の違いがあるので、話が噛み合わない。


「明日! 明日行けなければ俺勝手に行きますから」

「それは困ります。まだ何も準備は出来ておりません」


 現在この国は内乱中なのだ。本来は一兵も割けられないところを検討し、割り当てないとならない。アンジェリカは一度王子派に拉致された身だ。何処にまだ敵が潜んでいて彼女を狙うかも判らない。その彼女を国外へ旅立さたせるには信用のおける兵を選び、護衛を配備し綿密な旅程を立てなくてはならない。非難を受けないように貴族諸侯達への説明も必要だ。当然日数が掛かる。


「そんなの俺には関係ないって! 姫さん達は後からゆっくりと来ればでしょう」


 頭より手足が先に動く気性の新平はとにかく走り出したい。フォーセリカ王女は立場として計画も無い無謀な行動等は認められない。当然話は平行線になる。

 言葉の荒くなってきた新平に対し、近衛達の目つきが厳しくなっている。


 話は膠着してしまった様に思えたが


「あの……お話中でしたか」


 アンジェリカ達が来訪した。


 そして新平がアンジェリカを置いていく気だったのがあっさりバレる。涙ぐむ幼姫を見て顔色を変える二人。泣く子に勝てない新平と、溺愛する妹の涙を見て抱きしめながらにこやかに新平を脅し始めるフォーセリカ。傍観していた近衛騎士達が慌ててとりなし――結局、出立は一ヵ月後で進めようとなった。


 ……幼姫の涙に、おもわず新平は頷いてしまったのだった。


                    ◇


「なんであんたが来んだよ……」

「うるせえな。お前が逃げ出すだの、ぎゃあぎゃあ喚くから俺様が呼ばれたんだろうが」


 そして、自分が王宮から逃げ出さない様にと、目付けとして呼ばれたデニスが部屋でふんぞり返ってる。


 確かに泣く幼姫に負けて一ヶ月を了解したけど、悪いがアレはその場凌ぎだった。正直待ってられない。こっそりアンジェリカ王女を置いて出て行こうと諦めの悪い事を考えていたのだ。

 しかし、その晩から目端の利くのこの盗賊が部屋に居ついてしまったので動けなくなってしまった。フォーセリカ王女の細かい采配は本当迷惑だ。何せこの盗賊、こっちの考えなんかお見通しで、ちょっと考えただけでも「お前今、隙を見て俺を眠らせようとか思ったろ」と心を読んだように牽制してくるのだ。試しに夜半にさっと踊って眠らせようとしたら、いきなり剣を投げてきやがった。死ぬかと思った。……鞘に入ったままだったけど。

 しかもずっと部屋に居る。正直落ち着かないというか、俺の分の菓子を食わないで欲しい。

 ついでなので、考えていた今後の予定を相談してみた。すると自分の計画の甘さを片端から指摘され怒られた。


「早馬に乗る? 阿呆か。あれは伝令用だぞ。乗り換え先に連絡行ってなきゃ馬が用意されてねえよ。だいたいお前馬に乗れないんだろうが」

「ぎゃふん」

「傭兵を案内人に頼む? 大神殿っていったら数ウィヌ(数ヶ月)も掛かる遠出だぞ。金出したって簡単に決まらねえよ。告示して参加者集め人選して準備して――何日掛かると思う? 大体お前なんか一人で行ったら、金目当ての雑魚に声掛けられて、王都を出たとたんに殺されて終わりだよ」

「あうっ」

「旅券無しで国境どうやって越えるつもりだよ。片端に眠らせて通ったらお前はお尋ね者だぞ。後から追いかける姫さん達まで犯罪者にするつもりかよ」

「はうっ」

「王子派達が攻めてくるかも知れねえんだ、境界の関所で小競り合いも起きてる。お前が我侭言って王女達を振り回して打つ手が遅れたら何百と死人でるんだぞ。それ判ってるか」

「いや…だって、そんなの俺には……」

「関係ねえって言い切るか。いいぜ。ここで会った連中がその所為で前線行って死んだって聞いても、お前その言葉ちゃんと吐けよ」

「……」


 ボロクソに言われまくった。口は悪いが言ってる事は理解できる。何が駄目って、反論できずこれで納得させられてしまう自分が駄目駄目だった。自分の頭の悪さと、腹が据わっていない事に悲しくなる。


 要は新平は、軟禁されている時間を無駄に感じて、焦っているのだった。

 話に来る人達は数日に一度で用件が終わったらいなくなってしまう。敵味方が判らず相談出来る相手も碌に居ない状況。元々頭が悪いのに、もて余した時間と、動けないストレスでどんどん視野狭窄になっていく中で考えた計画なんか穴だらけだ。

 その為、口は悪いがこうして常に話しを聞いて貰え、相談すると必要な事を説いてくれれば納得してしまうのだった。


「じゃあ内乱が落ち着くまで、旅の準備に掛かれないか。それまで待てって事なのか。冗談じゃないよ」

「仕方ねえだろうが。宰相派の動向が怪しい時に、お前なんかに構ってる暇ねえんだよ」

「だから。俺なんか放っとけばいいじゃねえか。勝手に出て行くからさ」

「阿保か。末姫さんが従者ってフォーセリカ王女が認めちまったんだろ。連れていくしかねえんだよ。もう国家事業になってんだ。逃げたらお前国内で指名手配だぞ、たぶん人相書きだって回す準備終わってんよ。王都で逃げ回りながらお前一人で案内人を探せると思ってんのか。何を準備すればいいかも碌に判ってねえくせに」

「く、おうう……」


 再度言い負かされて唸りだす新平。同時にフォーセリカ王女に文句を言えたのは、相手が自分を神の使徒として気を使い、新平の計画の粗を指摘しなかったからだと理解する。そんな事を気にしないデニスが相手だと簡単に論破されてしまうのだ。

 納得したくもない状況を納得さられて、新平は文句も言えず頭を抱えて唸るしか出来ない。


「とにかく一ウィヌ(一ヶ月)待てよ。まあ、その間に王子派が動きだしちまったら、また延びるけどな」

「!?」


 これ以上待つかもしれないという言葉に、新平は更に青くなる。ふらふらと歩き、部屋の壁にへたり込んだ。


 畜生、畜生。何が悪いんだ。俺か。何で? いつまでここに居ればいいんだよ。時間がどんどん経っていくぞ。しかも準備一ヶ月は保障がなく延びるかも知れないって。何でだよ。原因は内乱の所為か、誰だ。レジス元宰相や王子達の所為か。こっちは急いでるってのに邪魔しやがって! そいつらが原因か、畜生。会ってぶん殴ってやりてえ!


 新平は唸りながら、八つ当たりで壁を叩こうとした。その時…… 


 くんっ!


「!!」


 手が引かれた……これは……まさか……おい…


(会ってぶん殴ってやりたい……)


 考えながら再度手を上げる。


 くんっ……


「…………」

「……どうしたぁ」


 呆然としてる新平にデニスは怪訝な顔を向ける。しかし新平は返事をする事も忘れ、兵を呼びに部屋を飛び出した。


                    ◇


 王宮の迎賓館へ続く廊下で新平とデニス、衛兵四名が立っていた。

 見ているのは廊下の壁に飾られた歴代要人の絵画達。その中で新平は、反乱を起こしたレジス元宰相の顔を確認していた。


「この緑の服の人で間違いない?」

「ハッ」

「うん……ありがとう。ちょっと下がっててくれる?」


 訝しむ兵達を横に新平は腕を降り始める。


「ドンドコ、ドンドコ……って、やっぱできるぞ、おい!」


 奇妙な踊りを始めたと思ったら、慌てて振り向く新平。デニスが呆れてる。


「何がだよ」

「やばい、できるぞ召喚。ちょっと、誰か偉い人を連れて来てくれるか」

「お、俺に言うなよ」


 途端にデニスはびびり出す。彼女は新平には強いが、王宮の偉い人にはとことん弱い。盗賊の癖に何故か貴人に弱いのだ。視線を振られて兵達も困惑する。


「……そ、そう言われましても」

「どなたへ取り次げば……」


 レジス元宰相の顔を見たいと言って連れてきたら、いきなり踊りだして「できるぞ」と訳の分からない事を言い出して偉い人を呼べと言う。偉い人とは具体的に誰なのか。そもそも衛兵の自分達にそんな権限はある筈も無し。彼等は困惑した顔を見合わせる。


「どうしました。チーベェさま」

「部屋に居なかったので捜したぞ」


 そこへ、アンジェリカ姫がラディリアとイリスカを連れてやって来る。新平の所へ来たところ、不在だったので探していたのだ。


「お、おい姫さん。まずい。まずいぞ。できちまうぞ。それと俺は新平だぞ」

「チンペー殿! その言葉使いは」

「お前も違ってんだよ!」

「なんだと!」

「い、良いのですラディリア! この方は我が国の賓客なのですから」


 新平が魔道士なのも、アンジェリカ王女が天啓を受けて仕えると決定した事も、城内の兵士には未だ知らされていない。その兵士達が見ている前で、新平の言葉使いは看過出来ない。当然諌めたラディリアをアンジェリカ姫が慌てて誤魔化して抑える。新平よりアドリブの効く幼女であった。


「それで、どうされましたか」

「え? あ、はい」


 代わりにイリスカが聞いてきた。あまり親しくないイリスカに問われ、新平のトーンが下がる。自分との態度の違いに、ラディリアの額に小さな青筋が立つ。


「ちょっと試してみたんだけど……この宰相、召喚できそうだぞ」

「「「ショウカン?」」」


 三人の女性は声を合わせて首をかしげた。


                    ◇


「と……言う事は、レジス元宰相をここに呼び、捕らえる事ができるとおっしゃるのですか」

「お、おう。絶対の自信はないんだけど。……ちょっと試してみても良いかな? ラディリア」


 イリスカさん。その綺麗な顔で、一々人の顔を覗き込むようにして話すの止めてほしい。そして近い。顔近いって。恥ずかしくて、つい顔が逃げてしまう。


「……何故、私に聞くのだ」


 ラディリアは顔を背けてまで自分に声を掛けてくる新平を不審がる。今度は顔を背けられたイリスカが地味にショックを受けた。


「しかし、そんな夢のような事が……」


 敵の首魁を捕らえる。もしそんな事が起きたら、この数ウィヌ(数ヶ月)掛かっている内乱が、今ここであっさり解決に向う。そんな夢みたいな事がある筈が無い。

 イリスカの言葉にラディリアは考え込む。

 自分達が逃亡中に見てきた踊りはどれも夢のような効果を現した。ありえなくは無い。新平の魔法に自分達の常識は通用しないのだ。


「試すだけでしたら、よろしいのではないでしょうか」

「姫様?」

「物は試しと申しますし、確実な保障もなく忙しい姉さま達のお手を煩わせる訳にはまいりません。わたくしの責において許します。もちろん、わたくしはチーベェさまが事を成されると信じておりますが」


 天啓を受けて仕える気になっている幼姫は、最近すっかり新平の味方だ。自分でも半信半疑なので、こう言われると妄信されてるようでちょっと困る。幼女の教育上問題じゃないかとか、つい余計な事を考えたりしてしまう。


 戸惑う二人を他所に、アンジェリカ姫の快諾が得られた。怪訝な表情のラディリアとイリスカ。全然信じてないデニス。後ろでぼーっと立ってる衛兵達を呼び集め、新平は踊り始める。


「ドンドコ、ドンドコ……ホウ、ホウ、ホウ」


 小声で口ずさみながら上体と一緒に両手を上げ、下げ、片足を上げステップを踏む。壁際迄半円を描く様に踊りながら進む。思い浮かんだのは焚き火の周りを裸に腰蓑で踊る光景だ。


(こ、これモロに焚き火の周りで原住民とかが踊るやつじゃねえか)


 太鼓が無いので自分でドンドコと口ずさむ姿が非常に情け無い。どう見ても子供のごっこ遊びである。

 振り返り今度は反対方向へ、同じ様に両手を上げては下げ、片足を上げステップし飛び跳ねる。そう、飛び跳ねるのだ。

 壁の絵画の周りを半円を描くように何度も行っては戻ってくる。要求される表情が辛い。祭りでハイになったような浮かれた表情をしなきゃならない。傍目には酔っ払いだ。太鼓も無いので代わりに口ずさみながら小踊りする姿は、本当に酔っ払いみたいだった。


「ヒヤッ、ヒャッ、ヒヤッ!」


(おおっ、なんだこの掛け声。思ったより恥ずかしい踊りだぞこれ)


 多分絵を廊下の真ん中に置いたら、円を描いて踊り回るんだろう。ちょっと恥ずかしい。立ち尽くしている衛兵達と一瞬目が合った。……訂正しよう。凄く恥ずかしい。今後、あの衛兵達とはまともに目を合わせられそうに無い。


「ドンドコ、ドンドコ……ホウ、ホウ、ホウ!」


 衛兵の四人は、何が起きているのか理解できず顔を見合わせている。当然だ。

 デニスはくっくっと抑えた声で腹を押さえ笑ってる。ちちち畜生め。

 ラディリアはデニスの笑いが移ったようで、顔を伏せ自分の脛をつねって笑いを堪えてる。

 イリスカは表情に困った末、能面の様な顔になってる。

 アンジェリカ姫は何か楽しそうに見えるのか、一緒に踊りたそうにうずうずし始めた。


「おっ……」

「な、なんだ、これは……」


 絵画の前の空間に、半透明の白い壁が浮かんできた。ざわりと皆がどよめく。

 それは滑らかな曲線を描く大きな壁で、ゆがんだ球形状の形をしている。段々色濃くなって全貌が判るようになってきて……


(卵じゃねえか?)

「ヒヤッ、ヒャッ、ヒヤッ!」


 奇声を上げながら新平も呆れている。周囲もこんな踊りなんかで、巨大な卵らしき物が出てきた事に驚いている。何故かアンジェリカ姫だけは、目を輝かしてる。いや、食えないと思うぞ。


「ホウ、ホウ、ホウ! ホウ、ホウ、ホウ!」


 絵画に向かって何度も万歳する。幼姫だけは楽しそうに上体を揺らしてる。


「ホウ、ホウ、ホウ! ホウ、ホウ、ホウ! レイジス・ダウタ・ディア・レジス! ハイヤ!」


 頭に浮かんだ名を呼び奇声を上げると、脳裏に新たな言葉が響く。


【半熟英雄の護摩壇招き】


 パリンッ


 半透明の卵に亀裂が走った思ったら、殻が中空に砕け散って消えた。そして絵画の前に、豪奢な木製の机と、そこで書き物をしている――レジス元宰相が現れた。


「「…………」」


 沈黙が降りる。

 ゆっくりとレジス元宰相が顔を上げ……周囲を見回し……首をかしげる。対面で視線を合わせていたアンジェリカ姫も、何故か一緒に首をかしげる。 

 ありえない事に全員が呆然としている。何が起きているのか、理解できるが理解できていない。


「……おい」


 踊りを終えて息を継いだ新平が、ラディリアの腕をつつく。


「と、捕らえよー!」


 我に返ったラディリアの号令で衛兵が群がった。


「な、なんじゃお前らはー! なっ、これはっ! おおおおおっ」


 アンジェリカ姫は飛び跳ねながら、頭上で拍手して大喜び。


「さすがっ、さすがチーベェさまです!」

「これが……使徒の力……」


 呟いたイリスカは普段は見せない呆けた顔を新平に向けている。治療された時に意識の無かった彼女は、初めて新平の踊りの効果を目の辺りにしたのだ。

 使徒と呼ばれる名から到底かけ離れたふざけた踊りで、奇跡の様な事が起きてしまった。自分の常識が大きく揺れるのが判る。

 ラディリアは、その気持ちは凄く良く分かると言いたげに彼女の肩を数度叩く。デニスは自分が捕まえたかのように衛兵に威張り始めた。


 この内乱の敵対勢力。王子、元宰相一派の首魁、レジス元宰相が捕らえられた。


                    ◇


 反乱勢力の首魁、レジス元宰相が捕らえられた。

 フォーセリカ王女達が慌ててやって来たので事情を説明をする。流石のフォーセリカ王女も、同行して来た宮廷魔道士同様目を丸くしていた。アンジェリカ王女は我が事のように小さな胸を張り得意満面。微笑んだフォーセリカ王女によくやりましたねと抱擁を受けていた。アンジェリカの顔が巨乳に埋もれる。おおうふ。待って、召還したの俺。俺だよ。

 宮廷魔道士やラディリア達も笑みを浮かべ興奮している。

 レジス本人は最初呆然としていたが、フォーセリカ王女達と顔を合わせた途端、我に返って暴れ始めた。しかし既に遅い。王女の指示で兵に連行されて行く。何やら叫んでいたが、フォーセリカ王女は一言も返事をせず、異様に冷めた表情で指示を出していた。妙に怖かった。

 その脇で、一緒に召還された机から協力している貴族諸侯達の書状やら名簿やらが出てきてミモザ婆ちゃん達は、ほくほくしていた。こっちもちょっと気味悪かった。


 レジスは地下牢へ拘置され、箝口令が引かれたらしい。踊りの力は公にされていない以上、どうやって捕らえたのか説明が出来ないからだ。

 そして自分は部屋に戻され、外出しないよう再度厳命された。部屋前の警護の兵数は倍に増えてしまった。最近は同行者が居れば、城内の部屋周辺は歩けたのだが、悪化したので不満たらたらである。何をやらかすかわからないので、厳重に閉じ込めとけとでも思われたのだろうか。まあ実際やらかした訳だが。

 一度廊下の天井を見たら見渡す一面に網が吊ってあった。逃げようとしたら、落として捕らえる気のようだ。人をネズミか何かと思っているのだろうか。


 外出できない不満を兵に訴えると、高価そうな菓子を持参した侍女長達が現れ「お気を紛らわす為に芸人でも呼びましょうか」とか言われた。何様だろうか自分。元宰相を捕らえる手伝いをしたおかげか、待遇だけは更に上がったようだ。デニスは喜んだが当然断る。そんな事はいいから早く旅立たせて欲しい。現状を打破する為に敵将を捕まえたのに、更に拘束が厳しくなったとはこれ如何に。

 しかし部屋に居ても何もする事が無い。差し入れの菓子をデニスと二人奪い合い貪るだけの一日。異世界ニート物語が始まろうとしていた。


 デニスは言う。


「お前、本当とんでもない事ばっかやらかすな」


 犯罪者みたいに言うな。


 アンジェリカ姫が興奮した様子で話す。


「あれはどのような魔法なのですか。私にもできないでしょうか」


 お答えできません。仮に出来ても姫様が人前でするもんじゃありません。


 ラディリアが何とも困ったように聞いてくる。


「なんというか……最近姫が部屋で踊りを真似をされてな……教育上なんというか…せめて、もう少し優雅な踊りにはならないものだろうか」


 ……もし姫さんが貴族達の前で、あの踊りの真似を始めたらと思うと、想像するだに恐ろしい。一応謝っておく。


 イリスカが専門的な疑問を投げてくる。


「あの踊りと召還の因果が、どうしても判らないのですが」


 知らんがな、そんな事。



 そして改めてフォーセリカ王女が尋ねてきた。お付は宮廷魔道士二人のみ。傍仕えの近衛騎士達にも自分がレジス元宰相を召還した事は知らせてないのかな。

 王女の来訪に、デニスには飛び上がって侍女の待機部屋に逃げた。後で笑ってやろう。


「これでもう、大神殿に向って良いですよね」

「……もう少しお待ちください」


 さっそく聞いたら苦笑いされた。改めて礼を言われ、新たな褒賞云々と言い出したので止めさせて、いいから早く旅立たせてくれと頼み込む。王女以下ミズール導師達が呆れた顔をするが、知ったことじゃない。こっちの要望は変わってない。早く出て行く為にやった事なんだから、予定が早まらなかったら困るじゃないか。逆に拘束が強くなって悪化してるんだぞ。

 王女達は目配せをした後、検討致しますと引き下がり、どのような経緯で召還をしたかを聞かれたので説明する。

 聞いたことも無い踊りの発現方法にミズール導師達は頭を抱え唸った。なんでも召還魔法ってのは、この大陸では遥か昔に存在していたが、既に失われた魔術だったらしい。魔法を使っている自覚も無いから『あれって魔術なの』と逆に聞き返したら、こいつ何にもわかってないで使ってるのかと呆れられた。

 その横でフォーセリカ王女は微笑みを絶やさず話を聞いている。


「それは、誰が相手でも可能なのでしょうか」

「今回が初めてだったので、あまり確信はないんですが……その人物の詳しい姿が分かればたぶん」


 要は触媒に成る様な物を用意できるかだろう。姿がイメージ出来れば召還できると思う。


「では……この内乱を終結させる為に、今一度だけ御協力をお願いできますでしょうか」


 今更断る理由も無い。それで早く内乱の片がついて、俺が出て行けるなら願ったりだ。


「誰を召ぶんですか」


 新平の問いに王女はにっこり微笑む。




 反乱の首謀者、第一王子アルクスが捕らえられた。

次回タイトル:大薮新平 王国。内乱終結に向かう。

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