26. 大薮新平 司祭杖に叫ぶ
異世界に召喚された大薮新平。そこは内乱が起きている国だった。踊ると魔法が掛かるという残念スキルを得ていた新平は、踊りを駆使して捕らわれの姫様を救出。王城で褒賞式が行われた。しかし、式典中に突然王女に天啓が降り、新平に仕えると誓約した為、会場は大騒ぎになったのだった。
えらい事になった……
もう頭を抱えるしかない。本当は式典が終わり金を受け取ったら、こっそり城から抜け出してウラリュス大神殿とやらに向かうつもりだった。それがここ一番の協力者だったアンジェリカ王女が、天啓とやらを受けて式典の最中に俺に仕えると言い出したのだ。
もちろん連れて行く気なんか無い。自分は碌にこの世界の事を知らず、明日はどこで彷徨ってるかさえ分からない身だ。抜け出すと云ってはいるが、肝心のウラリュス大神殿の場所さえ何処にあるのか知らない状態なのだ。そんな無計画状態で幼い姫さんを連れて旅をする訳にはいかない。というか一国の姫さんを連れて旅に出たらそれは誘拐じゃないか。俺指名手配されちゃうんじゃないの?
現在新平が宛てがわれた居室には当のアンジェリカ王女と近衛のラディリアとイリスカ。そして何故かカチュエラ王女とその近衛騎士達が憮然とした表情で居座っている。なんか喧嘩腰なのでこちらもソファーに胡坐をかいて憮然とした顔を返している。
関係ないけどカチュエラ王女、あなた随分元気になりましたね。式典で蹴られた恨み忘れちゃいないぞ。俺、頭は悪いけど恨みは忘れない性質だ。
「それで、私のアンジェをどうするつもりなの」
「カチュア姉さま。わたくしの主に対して、そのような言葉はどうかお止めください」
「なっ……くっ」
「こっち睨むなよ」
お前ら姉妹揃って、妹好き過ぎだろう。後、カチュアって誰。姉妹内の通称なのか。
実は昨日、式典が終わった夜半に、今迄見た事もない程動揺したフォーセリカ王女が、ミモザ婆ちゃん等宮廷魔道士のみを引き連れてやって来たのだ。そして使徒とアンジェリカ王女の天啓について確認をしたいと、有無を言わさず天馬王トリスのところへ同行させられたのだった。
◇
天馬トリスは王宮内の広大な空中庭園にある一角に設けられた湖畔に佇んでいた。並んで一礼した後、天啓について天馬トリスに確認したいので通訳をして欲しいと頼まれる。いいのだろうか。俺が嘘言っても誰も確認できないだろうに。
「そこは信頼しておりますので」
「坊は嘘をつけん子じゃからの、問題はありゃせんよ」
まあ別に嘘をつく気もないけど。天馬に向き合う。
『しかして、何用か』
相変わらず馬の癖に迫力がある。この国の名前にもなった何百年も生きてる神獣だと聞いたせいだろうか、前回よりちょっと腰が引けてしまう。あの褒賞式には天馬達も数多く出ていたが、この天馬は来てなかった。流石に政治ショーだから来なかったのだろう。
「ではまず、アンジェリカが天啓を授かった事の真偽を確認できますでしょうか」
「……えーと、今日式典があったんだけど、そこでアンジェリカ王女がいきなり光って、天啓受けたって言い出したんだけどさ……」
小声でミモザばあちゃんに「光っちゃおらんよ」と突っ込みを入れられた。失礼した。光は頭上に振ったんだ。蛍じゃないんだから。
『応。見えておった』
「……見えた。ってここから?」
『造作もない。神光が振ったので興味が沸き、一部始終覗いておったわ』
「遠くを透視できるんだ、凄え! じゃあ、あそこで何が起きてたか全部知ってるんだ。あれって本当に神様のお告げなの?」
『違いない。御神の神光であった』
「へえ。で、なんか知らんけど俺に仕えるよう天啓を受けたって言ったんだけど、なんで?」
『御神の意図は、我の知るところに在らず』
「まあ……やっぱ、そうだよね。えーと……」
振り帰って説明する。
「まこと神光であったと……」
「だから言ったであろう。あれは間違いなく天啓じゃと」
「でも、それでは……! それじゃあ、アンジェが。アンジェがっ!」
思い詰めた表情のフォーセリカ王女が、両手を胸元で掻き抱いてその場に蹲る。
「それも天啓じゃよ」
「王女殿下、ここは……」
「……」
どうやらミモザさん達、宮廷魔術師達は天啓だと理解しているが、王女が心情的に納得できないので、天馬王に確認して納得させたいという事らしい。俺は翻訳係なのね。
王女が悲壮な表情を俺に向け、軽く睨んでから天馬トリスに向きなおる。居心地が悪い。
「その……天啓は返上する事はできないのでしょうか」
「何を言うか!」
「王女、それは!」
青い表情で吐くフォーセリカ王女の失言を、即座にミモザばあちゃん達が嗜める。神の命令を断るのが不敬な行為にあたるのだろう。妹に苦労をさせたくない一心の姉馬鹿が透けて見える。とりあえず伝えてみる。
『それはぬしらが判断すべき事だ』
当然、突き返された。
泣き崩れる寸前という体で、うな垂れる王女をミズール導師が支える。
『何を嘆く事がある。御神の直令を受けたのであるぞ』
「あー、あんな小さな子に苦労させたくないという姉心ってやつでしょう」
天馬王には王女の落ち込みが理解出来ないらしい。何百歳生きてても所詮馬ということか。
『我からすれば皆赤子も同然』
そりゃあ、あんたから見ればそうだろう。
「それでもさ、少しでも自分の手の届く範囲にいて欲しいと思うものだよ人間って」
『解せぬ。それよりも御神の直令を誇るべきであろう』
駄目だこりゃ。
「分かり……ました。夜分御休みのところを、お邪魔致しまして、申し訳ありませんでした」
終わった? これだけで終わってしまった。本当に確認に来ただけ。俺本当に翻訳機。
ふらつきながらも頭を下げる王女をミズール導師が支え、ミモザばあちゃんが帰るそぶりを見せる。
折角トリス王に会えたんだから、大神殿に行けば本当に神に会えるかどうかを確認しておきたいんだけど、この連中と一緒にいる状況で聞く訳にはいかない。俺が大神殿の事を知っていて、こっそり出て行こうとしてる事がバレると邪魔をされる可能性がある。
とりあえずこの場所を知っただけで満足すべきだろう。機会があったら、また来ようと考え、新平は大人しくその場を辞したのだった。
◇
そして今朝早く、カチュエラ王女達がアンジェリカ王女達を引き連れやって来たのである。
「正直言うと、俺はもう金を貰ったら後は逃げ出すつもりだったんだ。このまま居たらずっと怪我人を治してくれと言われ続けるしな。断ったら蹴られるかもだし」
「あっ……くっ」
これ見よがしにカチュエラに蹴られた顎を撫でながら嫌味を言うと、怒りで顔を赤くして睨み返してくる。余計なお世話だが、あんたそんなに挑発に弱くて、騎士団の団長なんて大丈夫なのか。
「昨日の式でも仕官云々を匂わされて、なし崩しに取り込む気満々みたいだしな。そうは行かない。ミモザばあちゃんや、ミズールさんと会える機会があれば色々聞きたいところだけど、話しても口じゃあ負けるしね。残ってると嫌な予感するので、早いところ出て行こうと思ってたんだ」
「仕官に関してはセリカ姉さまと主さまとのお話しなので、わたくしには口出しはできませんが、出来ればきちんとお話しをして、了解を得た上で大神殿へ向かって頂きたいです。もちろんその際は、わたくしも主さまに連いて参ります」
「……色々突っ込みたいところだけど、まず呼び方から戻してくれ姫さん」
こんな幼女から『主さま』と呼ばれるなんて犯罪臭しかしない。言われる度に、焦って周囲を見回してしまう。事案が発生。違う。俺じゃない。俺は無実だ。
「そう言われましても……天啓を受け、お仕えする事になりましたので、チーベェさまはわたくしの主さまです」
「いや、俺は連れて行くつもり無いって。……って、そんな顔しないで。危ないよ。大体その天啓って何? 本当にあの神の声が聞こえたっての?」
「はい。初めてでしたが間違いありません。主さまのおっしゃっていた通り、白い御部屋に招かれて、アウヴィスタ御神からチーベェ殿を主として仕え、成すべきを果たす一助となれと命じられました」
「会えたの? あいつに?」
「……そのような言い方は、どうかお止めください」
「いや、ちょっと待て! 待て! そこ、詳しく聞こう!」
内容を確認すると確かに姿はあいつっぽい。じゃあ、本当にあいつがアウヴィスタ神なのか。姫さんに言うって事は今の俺の状況を知ってるのか。今迄ずっと俺を見てたのか?
……ふざけやがって。
じゃあ俺が全然言われた事を覚えて無くて、困ってんのを放置してんのか。何故だ。おかげで散々死ぬ目にあっただろうが。大体どうなってんだ。俺は奴に言われた事全然覚えてないんだぞ。何させるつもりだ。これからどうすれって言うんだ。
「待て、待て、待て。うーんとっ……」
怒りとショックで混乱しだした。正直新平は頭の回転が良くないので、まとめるのに時間が掛かるのだ。しかし周囲がそれを黙って見ているのにも限界がある。
「まず、少しづつ整理していきませんか。思いついた事を、ゆっくりでいいですから、おっしゃってみて下さい」
見かねたイリスカに勧められて、思いつく事を片端から話していくと彼女がまとめてくれた。
「……順に整理してみますね。
一つ、アンジェリカ王女がジンベイ殿を助けるよう天啓を授けられました。
二つ、ジンベイ殿の出会った方が、アンジェリカ王女の天啓の際に御会いになったアウヴィスタ神と同じであると確認できました。
三つ、それにより、ジンベイ殿は使徒であると確定されます。
四つ、天啓を授けて助力を命じた以上、ジンベイ殿の現状をアウヴィスタ神は把握していると確認できました。
五つ、つまり、アウヴィスタ御神はジンベイ殿が使命を忘れており反意を持っている事さえも把握したうえでジンベイ殿ではなく、アンジェリカ王女へあなたの行動を助けるように天啓を授けました。以上でしょうか」
「……助かったよ。ついでに言わせてもらえば、俺はジンベイじゃないけどね」
「あっ、し、失礼しました」
頭の良い人がいて良かった。一向に俺の名前は覚えてくれないけど。
ジンベイって、甚平着たおっさんとか連想するよな。昔姉ちゃんが学校の課題で作ってくれたので、喜んで夏祭りに来て行ったらクラスの奴らに大笑いされて喧嘩になったけど。今思えば、確かに中学一年生に甚平は渋過ぎだったと思うぜ姉ちゃん。
「おかしな話だな。アンジェリカ様を仕えさせようと天啓まで与えたのに、当のチンペー殿は使徒の自覚も成すべき事も理解されていない。このままでは何を成すべきか判らないではないか」
ラディリアの意見も、もっともだ。このままでは二人で浴衣を着て、扇子片手に盆踊りの普及に努める事になりかねん。
異世界で。内乱中の国で。幼女と。
……日本へ帰りたい。
黙って聞いていたカチュエラ王女が、疑う視線を向けてくる。
「実は使命を覚えていて、あなたが皆を謀っているという事はないでしょうね」
「そんな事して何の意味があるんだよ。大体俺はそんな話、受ける気ねえんだよ。とっとと国に帰りたいんだってば」
どうしてこの娘は、俺の考えと正反対の事ばかり言ってくるのだろう。というか、並ぶと全然似てない姉妹だな。髪も眼の色も違うし。なんでもアンジェリカは父親似で、その父親が金髪碧眼だったとか。
「使徒の命を断るとか……」
「それは不遜が過ぎように……」
「……本当は理解されている、という事なのではないでしょうか」
カチュエラの近衛達の小声を聞き流してると、アンジェリカが注目を集めるべく手を叩いて答える。細かい気遣いする十歳だな。
「主さまが使命を覚えておられなくとも、わたくしをセドリッツ子爵の城砦より助けだして頂けたように、アウヴィスタ御神の導きにより、そのまま道を歩まれるだけで、事を成されるのではないかと思います」
「そのような事が……」
「しかし、お導きとは確かにそういう面も……」
「それでも、お一人で歩まれるよりは、志を同じにする者達で助け合って進まれるべきと考え、わたくしに一助となれと命を下されたのではないでしょうか」
綺麗に全てはあの神のおかげと、まとめられるとイラっとする。自分は奴に恨みしかない。
「……それは何。えー、町を滅ぼしたいと思ったら、伝染病に感染してる奴を町に放り込めば、本人に何も説明しなくても、町中を感染させて全滅させるだろうみたいな話か。そいつの意思なんか関係ないってやつかい」
我ながら汚い例えに皆が顔をしかめる。
「例えはあまり関心できませんが、そのような事かと」
アンジェリカ王女が困った顔で首肯する。幼女困らしちゃった。まるで物扱いされてるので腹が立って口汚く言ったのだ。
でも納得いかないな。これまで行動を選んだのは全て俺だ。そして散々逃げ回る羽目になったのだ。導かれてるなんて、冗談じゃない。要は俺の意思なんて関係なく操られる人形、奴の目的を果たす道具って事じゃないか。ふざけんな、こっちは何度も死に掛けたんだぞ。
「くそっ、ちゃんと俺に言えよ。断る事もできねえじゃねえか」
「本当は伝えられているのですが、覚えていらしゃないとか……」
「ううーん……」
毎晩夢枕に立って説明受けてるんだが俺が覚えてないだけ。とか言われると、ありえる気がしてくるから困る。
修学旅行での宿屋が幽霊部屋だったとかで、霊感のある奴から、昨夜お前の枕元でずっと霊が座ってぶつぶつ言ってたぞ、とか言われた事があった。当然覚えは無くすっかり熟睡していた。周囲にイビキが煩かったと朝に文句を言われたくらいだ。霊感無いんだよな。
新平は霊感まで鈍かった。
「アンジェリカ様は彼の使命が何かを、具体的に聞いておられるのですか?」
「いいえ。わたくしは只、臣として仕え、使命を果たす一助となれとまでしか……」
「うーん……」
「……」
皆黙ってしまった。
「……天啓を頂く切欠となった、そのアンジェリカ王女殿下の司祭杖を使えば御言葉を賜えるとかは……ないのでしょうか」
唸っていたら横から声を掛けられた。カチュエラ王女の近衛騎士だ。何度かカチュエラと言い合いをしたので、彼女達の自分への態度はすこぶる悪かったのだが、こっちが使徒と断定されアンジェリカ王女も仕えるという話になった為か、急に静かになって今日は脇で大人しく控えていた。
「なるほど! それナイス!」
「あの司祭杖はヴィスタ教の司祭が持つ事に意味があるので、オオピャベ殿が持っても効果があるかは疑問ですが」
「いや! 試してみる価値はあると思う。ありがとう!」
「は、はい」
「……え、何?」
「いいえ、何でもありません。はい」
礼を言ったら戸惑われた。近衛同士で妙な目配せをしてる。俺が礼を言ったら何かおかしいのだろうか。
杖は自室に保管してあると言うので、アンジェリカ姫には取りに行ってもらう。場所も本当はヴィスタ教の神殿がいいのだが、自分は王宮から出てはいけないと言われており、其処へは行けない。仕方なく皆で王宮内のヴィスタ教の簡易礼拝堂に向かった。
簡易礼拝堂といっても一室が設けられてるという訳ではなく、小さな別棟が建っていた。殆ど小さな教会だ。十字架は無いが両手を広げた女性の白像が正面の台座に祭られている。
こんな顔だったかなあ……。
アンジェリカ王女が杖を持って追いついて来た。皆が集まって司祭杖に注目する。
「主さま。お持ち致しました」
「……チーベェでいいから、戻してくれない? 怖気が走るんだけど」
犬ころチーベェから一日で主さまだ。出世魚より進化し過ぎだろう。
「そうは申されましても……」
「じゃあ、もう二度と返事しなーい。喋らなーい。何言われても答えなーい」
耳を塞いでそっぽを向く。
「えっ、あっ……そんなっ……あの」
子供じみた反抗だと思うが、咄嗟に思いつかなかった。男のガキなら殴りゃすむんだけどな。女児は難しい。戸惑ったアンジェリカがおろおろと声を掛けるが全部無視する。
文句を言おうとしたカチュエラを近衛とイリスカ達が留めてくれた。助かる。
アンジェリカは何度か声を掛けたり、裾を引っ張って注意を引くが、全部無視されて涙目だ。おそらくこんな事を言われたのが初めてで、どうすれば良いのか分からないんだろう。周り全部物分かりの良い大人だもんな。この王宮で他に子供、見たこと無いし。
「わかりました。 ……チーベェさま」
「よし、よし」
速攻、妹をいじめるなとカチュエラに脛を力一杯蹴られた。ここまで苦労して犬ころ呼びを勝ち取るとは酷いマゾPLAYだ。
「で、その杖って持つと本当に神と交信できるものなの」
「いえ、今迄そのような事は聞いた事が……。私も初めての事です」
しかし、使徒と認められた自分が触れれば、何か起きるのかもしれない。
今迄散々捜していた神との連絡手段がここにあるのかも知れないのだ。言いたい事。聞きたい事は山程ある。掴んだ瞬間話が通って日本に帰れれば最高なんだが。
アンジェリカ王女から杖を借りた。すかさず片手で持ち、空に向かって挙げる。
ジュワッ!
……何も起きなかった。
周囲の目が痛い。
……別に普通の杖だよな。幼女の手にはちょっと重いくらいだろうか。どうやれば交信ってできるんだろう。
息を吸う。
「おい神! どういう事だよ! どうなってんだよコラ! ふっざけんなよ!」
いきなり杖に、いや神に向かって罵声を浴びせ始めた新平に周囲が青くなる。
「何を言っているのですか!」「シンペー殿。アウヴィスタ神に対して不敬が過ぎますぞ!」「だ、駄目です。そんな事を言っては」「不敬を受けますぞ」「非常識な!」
「え。そ、そう?」
一斉に抗議されて、びびった。実際、自分にとっては一方的に迷惑を掛けられてるので、この神を敬う気は欠片も無いのだが。あまりにも皆が気色ばむので、今度は仕方なく静かに訴える。
「もしもーし……聞こえますかー。もしもーし。こちらはあなた様に召喚された大薮新平君ですよー」
しゃがみこんで杖に向かって小声で問いかける。間抜けな光景だ。周囲も呆れてる。
……しばらく待ったが何も反応は無い。
「……」
更に周囲の視線が痛い。
杖をノックしてみる。硬いから指が痛い。
「……」
耳をすましたが何も聞こえない。
「……チンペー殿。祝詞を唱えてみては如何でしょう」
「のりと?」
気を利かしたアンジェリカ姫が提案してくれた。司祭が神と交信する時に唱える文言との事。アンジェリカ姫に聞いて祝詞を教えてもらい一緒に復唱して試す。
物覚えの悪い自分は何度も間違えたが、結局アンジェリカ姫が唱えるのに復唱する形で唱える事ができた。
……しかし何も反応は無い。
「…………」
持って掲げる。
構える。
乙女の様に祈りを捧げる。
向きが悪いのかと、四方に向き直しては試す。
滑稽な光景だが、新平にとっては切実な話だ。調子に乗ってどんどん試す新平の様子に周囲はドン引いていく。
後はもう踊りしか思いつかない。近衛さん達が嫌がったので、警備してる衛兵さんに頼み込んで正面に立ってもらい【睡魔の踊り】踊ってみる。立場的に断り切れない若い衛兵さんは、魔法を掛けられると聞かされ、蒼白でびびっているので非常に申し訳ない。
「ハッ、フッ」
なんか杖を持って踊ると、魔法少女のごっこ遊びしてるみたいで格好悪い。思わずバトンみたいにクルリと回してみたりして。横の近衛騎士さん達が眼を丸くしてるので、ちょっとほくそ笑んだ。バトンは小学校の授業で少しやったのだ。
「シュ、シュ、スリープゥ!」
パキン!
「ひっ!」「おおっ」「ああっ!」
……杖が…砕け散った……
「……」
「あ……ふぇ……」
全員が呆然としている中、アンジェリカ姫がフラフラと近寄って来てぺたんと座り込み、杖の残骸を拾って涙ぐむ。
戴杖して一日で、司祭杖は新平に壊された。
「わ、悪い! ゴメン姫さん。すまなかった。まさかこんな事になるとは」
土下座して謝る。
「……い、いいのです。ある…ちーべぇさまのお役に立てたのなら。お、御立ち下さいませ」
「おおっ、すまん! 本当ゴメン!」
べそを掻きながら、健気にも許してくれる幼女アンジェリカ。走って来たカチュエラが、許した妹姫の手前、引っ叩こうとした手を降ろせなくなって歯軋りしている。
「そういえば、ミモザ婆ちゃんの杖を貸して貰って、呪文唱えた時も杖壊れたんだったんだ。こうなるかも知れなかった。すっかり、忘れてた」
「何で、そんな大事な事忘れてんのよ!」
我慢出来なくなったカチュエラ王女に蹴り飛ばされた。
◇
「大丈夫です。事故ですから姉様に言えば代わりの杖をお貸し頂けると思います」
「大丈夫よ。私も頼むから。悪いのは全部この男だからね」
カチュエラ王女が俺を悪し様に責めながら妹姫を慰める。実際悪いのは自分なので言い返せないが、微妙なニュアンスの違いが妙に引っ掛かる。
「しかし、不思議ですね。司祭杖や宮廷魔道士の杖が砕けるなど初めて聞きました」
「使徒たるチンペー殿の魔力に耐えられなくなった……という事なのか」
「いや、ミモザ婆ちゃんは俺を見て……トドだっけ? 全然無いって言ってたぞ」
「……オドではないですか」
「そうそう、オド。オウオウって」
「……?」
新平は手を叩いて鳴き声の真似をするが、誰にも通じなかった。
この国は海に面しない内陸地。しかも異世界で、誰もその存在を知らず。しかも「オウオウ」と鳴くのはアザラシだろう……
「っ……いや、なんでもない」
しゃがみ込んでいるアンジェリカの横で、新平は同じくしゃがみ込み、赤面した顔を隠した。
「……オドも無いのに、魔術や舞踏を行使しようとすると、触媒たる杖が破壊されてしまう。原因は判りませんが、現象だけ見ればジンベイ様のなんらかの力に杖が耐え切れず壊れてしまったという事でしょうか」
「十本くらい杖を持てば耐えれるかな?」
「目的がすり変わっています」
「何本壊すつもりよ!」
懲りてない新平に容赦なく非難の声が飛ぶ。
結局、司祭杖も壊れてしまい、アウヴィスタ神への交信は試す事は出来なくなった。
判明したのは二つ。
司祭杖では、アウヴィスタ神への交信は出来そうに無いという事。
新平が杖を壊す迷惑な男だという事だけだった。
次回タイトル: 大薮新平 反乱軍の首魁を召還す




