25. 大薮新平 褒賞式で天啓を受ける
異世界に召喚された大薮新平。そこは内乱が起きている国だった。踊ると魔法が掛かるという、美少女でこそ意味があるのに、なんでお前が――的なスキルを得ていた新平は、踊りを駆使して捕らわれの姫様を救出、王城に招かれた。そして彼等への褒賞式が開かれる。
銅鑼が鳴り響き、荘厳な管楽器の演奏が奏でられる中、大扉が開き新平達は王宮の大広間に通される。並ぶは五名、何故か自分が真ん中で、右手に正装した天馬騎士のフランとフラニー、左手にはデニスとラディリアだ。五列で並んで歩いても、迎える王座に向う赤い絨毯にはまだ余裕がある。広い。そして人が多い。兵の他にも百名以上が両脇に控えてこちらに注目している。
そもそもどうしてこんなに盛大な式になっているのか。
新平のゲーム知識では、囚われの姫とかを救出した場合は、御礼とアイテムと資金、次の旅先の情報を貰って先に進む。今回も似たような状況だから同じかと思っていたので、こんな謁見の間で盛大な式を催されるとは考えてもいなかった。
イリスカに説明を受けたところ、今回の式は政治的な喧伝が多く含まれているとの事。王子と宰相が反乱するという厳しい事態に、国が割れ王女派の内部にも動揺が走っている。そこでアンジェリカ王女が救出された事を大々的に公表し、まず不安要素が減った事を伝え動揺を抑える。一方で姫を拉致し国外へ売り渡そうとした先方の非道を挙げ、彼等の主張に道理が無い事を知らしめる。そしてこれからどう攻めていくかを公表し戦意高揚を煽る場となったらしい。
要は政治ショーに使われる為、時間の掛かった盛大な式になったようだ。現実はゲームと違って世知辛い。とっとと金を貰って先に行きたいので迷惑な話だった。
開け放たれた天蓋から騎士を乗せた天馬達が次々と舞い降りてくる。彼女達は音楽に合わせ優雅に広間を一周すると赤い絨毯脇に降り立ち、新平達の行進の道を賑やかす。
天馬達は皆一様にすまし顔。式の最中に糞を漏らさないか、凄く心配だ。
その間をゆっくりと歩き王女達の前に向かう。何様だ俺達と思いつつも気分は良い。フランとフラニーはうっすらと紅潮し興奮している。何でも今回の功績で昇進、転属するらしい。デニスは緊張して青い顔でカクカク動いている。ラディリアだけは平然と胸を張って歩いてる。彼女が真ん中なら良かったろうに。そういう自分は、楽団や天馬の動きにきょろきょろ目を奪われている。本当ならデニスと同様緊張しまくっていただろうが、気持ちは既に式の後にこの国を出てウラリュス大神殿へ行く事に向いている。だからこの状況でも、例え恥を掻いても直ぐ居なくなるからいいやと開き直れていた。
正面の王座には豪華な椅子が二つ備えられているが誰も座っては居ない。おそらく国王と女王の席なのだろう。国王は既に無く、先日女王が崩御したので共に空席なのだ。内乱終結後に第一王女フォーセリカが女王として戴冠する予定になっていると聞いた。
その前段右手に三つの椅子があり、フォーセリカ、カチュエラ、アンジェリカ王女が並び座っている。褒賞を与える役は長女のフォーセリカ王女と聞いている。さらにその下段左手には四つの席がありミモザさんとミズールさん。後は知らないおっさんが二名。一番右が新たな宰相で、残り三名が宮廷魔道士の席らしい。
何故知ってるかというと、何度も予行練習をさせられたからだ。正直学校の卒業式じゃないんだからとも思ったが、国内の高官や貴族諸侯達への誇示もあるので失敗はできないと何度も練習させられた。やっと部屋から出れたと思ったら毎日式典の練習でへこんだものだ。ウラリュス大神殿に向かうという目標が出来た今、とっとと先に進みたかったのだが、金も欲しいし、相談に乗ってくれたアンジェリカ王女達の顔を潰す訳にもいかず、結局式には出る事にしたのだった。
両脇から貴族達や観客の好奇の視線を浴びながら先へ進む。ようやく王女達の顔が見えるところまで来た。
微笑を浮かべていた第二王女のカチュエラと目が合う。一瞬だけ口元を締めて睨まれた。あの後も彼女は何度か自室を訪れていた。そして先日引っ叩いた事を謝罪した後、再び北の国境へ招き治療を依頼したいと言って来た。こっちとしてはもう直ぐにでもウラリュス大神殿へ向かうつもりなので寄り道する気は無い。冷たいがキリが無い以上断らざるをえない。どちらも引かず、再び話しは平行線のまま終わった。
そもそもあんた団長代理なら、なんでまだここに居るの。とっとと国境へ戻って指揮を執るべきじゃないのと言ったら、涙ぐみながらまた引っ叩かれた。涙を見せられ罵声を浴びせられ理不尽な罪悪感だけが残った。アンジェリカ王女達に話したら微妙な顔をされたが、傍付の侍女さんが皆に何か耳打ちしたら、それはチンペー殿の言葉が足りないと一斉に非難された。断るべきを断り、疑問に思った事を聞いただけなのに何故か俺が悪い事になる。納得いかん。
中学校一年の時に、同じクラスのイケメンが告白した女子をうまく振るのに失敗し、クラスの女子達に吊るし上げられ「責任取って彼女とつきあいなさいよ」と、意味不明な事を言われていたのを思い出した。とかく女子ってのは何が原因で怒り出すのか分からず、怒り出したら言い分が訳分からなくなる。何処の世界も同じだ。彼女と俺は相性が悪いんじゃないだろうか。
第一王女のフォーセリカは余裕の微笑を浮かべ座っている。なんか威圧感あるな。
第三王女のアンジェリカは畏まって座っている。ここだけ微笑ましい。
ミモザおばあちゃんと目が合ったと思ったら視線を逸らされた。何故。嫌われたのか。俺なんか悪い事したかな。心当たりが無いぞ。
指定位置迄来たので立ち止まる。演奏が止まり、司会役の宰相補の一人が緊張した声を張り上げる。
「これより、アンジェリカ王女の御帰還の祝辞と、救出を行った勇者一同への褒賞を行う。一同、控えよ!」
教えられたように自分達は一斉に片膝をつく。
「清廉なる我がトリスタ森林王国の教義に反し乱を起こした賊将達。その悪逆非道なるアルクス王子とレジス侯爵の陰謀に捕らえられたアンジェリカ王女を、勇敢にもセドリッツ城から救い出した英雄達に、これより皇翼輝叙勲を行う」
一斉に拍手が沸き起こる。酷い通称とこっ恥ずかしい美辞だ。何度聞いてもよく分からなかったんだけど、皇翼輝叙勲とは要は勲章みたいな物らしい。そんなの貰っても即質屋行きなんだが。
「女王不在の折、代理としてフォーセリカ王女殿下より叙勲を行う」
新しい演奏が始まる中、フォーセリカ王女が優雅に席を立ち階段を降りて来る。傍に黒箱を持った侍従達が控える。箱の中は菱形の金メダルだ。勲章と言ったらバッチみたいなイメージなんだが要は金メダルをそれぞれ首に掛けて貰うらしい。こっちの方が周囲から見栄えもいいからだろう。同様に金銭贈与は見栄えが悪いので後で別室に持って来る事になっている。
まず右端のフランが呼ばれ二歩前に出て再び膝をつく。しかし今度は少し顔を上げたままだ。フォーセリカ王女が対面に立ち、黒箱から勲章を受け取る。
「よくぞ我が妹、アンジェリカを助け出してくれました。その勇気と行動に大いなる感謝を贈ります」
祝辞は特に凝った内容ではなかったが、フォーセリカ王女が声を掛けメダルを首に掛けると大きな拍手が沸く。フランは顔を上げ、全身に歓喜と興奮を滲ませて、口元を震わせ一礼する。
同様にフラニーも呼ばれ勲章を受ける。こっちは何故か涙ぐんでいる。感激の涙なのだろうか。そういえば姉のフランが城に忍び込もうとしたのを最初は止めたが、暴走するフランを抑えエルダも増援も来ない中、城砦に忍び込む段取りを仕切ったのはフラニーだったらしい。一歩間違えば命令違反で大罪。そして失敗すれば捕らえられ殺される不安もあったのだ。自分の心労はかなりのものだった――と本人が言ってた。俺が見た時には二人共イケイケ状態だったんだが本当だろか。
そして次は自分――と思ったのに何故か抜かされデニスが呼ばれる。
(あれ? 打ち合わせと違うぞ)
デニスは緊張し過ぎたのか真っ青で倒れそうだ。練習中は散々軽口を言っていてのに、このザマかと笑えるんだが、顔色が悪過ぎて貧血で倒れないか見ててハラハラする。これでも式が終わったら軽口言いまくるんだろうな。
ラディリアは流石堂々としたものだった。しかし、その後に三名の近衛騎士の名が読み上げられ、場内に静かな拍手が沸く。本来ならこの叙勲はアンジェリカ王女の近衛四名で受けるべきものだったのだ。アンジェリカを逃がす為に戦い、捕らえられて殺され、只一人生き残った彼女は彼女達の分もアンジェリカ王女に仕えると言っていた。
「そして、今回の救出劇を指揮し成功させた英雄……」
俺が首謀者になってる。確かに命令違反して城砦潜入したフラン達を公的に首謀者とする訳にはいかない。盗賊のデニスは論外なのでオヤベ殿が指揮しフラン達はその協力者という形にして欲しいと言われた気がする。
「遥か遠方の大国、ニポンより参られた魔道士、オーヤバイ シッパイ!」
……こっそり逃げ出す時になったら、絶対あの男、殴ってやる。
いきなり重くなった足を持ち上げ、二歩前に進み再び膝をつく。少し顔を上げるとフォーセリカ王女の美しい微笑みを受ける。わー、流石王女様。式典での煌びやかな装いもあってキラキラしててまぶしい。目がチカチカする。胸元も開いてて、目が行きそうになるのを我慢するのがすごく辛い。こんなに間近で折角のチャンスなのに。くそっ、勿体無い。勿体無い。おおう勿体無い。
「貴方の勇気と行動に、大いなる感謝を贈ります」
勇気と行動。正面きって言われると恥ずかしい。正直あの時はイベント気分が抜けてなくて、多分に勢いだった。寝不足でハイになっていたのも大きい。
そのまま頭を下げてメダルを受け取る。メダルを貰うなんて中二の陸上の県大会以来だ。その後、直ぐに大怪我をして陸上は辞めただけに妙な感慨が沸き上がる。
「そして、オーヤバイ殿には現在、我が国の国府と魔道士協会から仕官を要請し検討して頂いております。オーヤバイ殿。皆様に御挨拶を願います」
ざわりと 観客がどよめく。
(うわー。 ……そうきたか)
外堀埋めて仕官を断り難い状況へ追い詰めておこうという細工だろう。イリスカが予想した通りか。確かに日本に帰る見込みがなかったら慌てただろう。しかし今はウラリュス大神殿に向かうという目的が見えている。式が終わり金を貰ったらもう逃げ出す心積もりは完了しているのだ。無駄だったな。邪魔する奴は全部蹴散らして、すっ飛んで逃げるぜ。フォーセリカ王女の微笑みに、笑みを返して振り向き、観客を見回してから一礼をする。拍手が沸いた。
自分達の出番は終わった。後はそのまま膝をついて式が終わるのを待つだけだ。
「続きまして、アンジェリカ王女の御帰還の祝儀を行います」
また拍手が沸く。アンジェリカ王女が呼ばれ自分達の前に立ってフォーセリカ王女と向い合う。流石幼くてもお姫様。全然緊張しているように見えない。幼いのに動きが堂に入っていてちょっと格好良い。
「悪逆非道なるアルクス王子とレジス侯爵に捕らえられ、苦難を耐え、希望を捨てず生き抜き、生還した事をここに称えます」
拍手が沸く。どうにも分からない理屈だが、要はよく耐えて頑張ったねと言いたいらしい。
それで祝って貰うとか。姉バカらしいフォーセリカ王女が理由をつけて祝ってるようにしか思えない。アンジェリカ王女は可愛いとは思うが、正直子供をあんまり甘やかすものじゃないと思う。俺なんてあのくらいの年の時は、毎日母親とじいちゃんとばあちゃんと姉ちゃんに怒られていたもんだ。……お、多いな。
「更に、この苦難を耐え生還した栄誉を称えアウヴィスタ神殿より司祭位を与えられる事になりました」
強い拍手と感嘆が沸く。我慢したら司祭に昇進するらしい。凄いぞヴィスタ教。フォーセリカ王女、一体どんな理由で手を回したんだろう。
侍従達が銀細工の箱を持ってくる。その中には見慣れない杖があった。先端に大きな宝石が光っている。あれが司祭用の杖という事だろうか。それを両手で受け取り、アンジェリカ王女に向かい合う。
「アンジェリカよ。よくぞ長きに渡る苦難に耐えました。兄妹が相打つ悲しい中で、くじけずにレジス侯爵を諌め、心を病んだ兄へ最後まで説得を諦めなかったと聞きます。さぞ小さな心を痛めた事でしょう。しかし貴方はそれに挫けず、悲しくも敵兵となった兵達を諭し、アウヴィスタへの祈りを忘れず献身に勤めました。ヴィスタ神殿のオーラス・ウラ・モーディアンヌ司祭長の名においてここにその勇気と栄誉を称えます。これからもアウヴィスタの祝福が貴方にありますように」
謡うように朗々とフォーセリカ王女が褒め称える。長い。長いぞ王女様。しかも本当の事を言ってるのか、凄く怪しいぞ。どんだけ妹を持ち上げたいんだ。噂で聞いていた王女の妹LOVEっぷりを始めて見たが驚きだ。
フォーセリカ王女が今迄見た事も無い満面の笑みで杖を手渡す。あんな笑顔できたんだあの人。アンジェリカ王女が畏まって小さな両手でそれを受け取り――
異変が起こった。
びくん、とアンジェリカ王女が跳ねた。
そのまま時が止まったように彼女は動かない。対面のフォーセリカ王女が驚きに硬直している。
アンジェリカ王女はゆっくりと杖を掲げまま顔を上げる。
「浮いてる……」
横でフラニーが呟く。言われて気づいたが、アンジェリカ王女の両足が絨毯から少しだけ離れ宙に浮いている。よく見ると彼女の頭に幾つもの金色の光が舞い降りているのが見える。
なんだかゲームの転職シーンみたいだと、場違いな事を思った。
周囲がざわめく中で、宮廷魔道士ミモザの声が響く。
「皆の者! 騒いでは成らぬ。これはアウヴィスタ神の天啓じゃ! アンジェリカ王女に天啓が降りておる!」
場内がどよめく。騒ぐなって言ってんのに逆効果だった。アンジェリカ王女の頭に振る光が大きく明るくなるにつれて観客の何人かが膝をついて祈りを捧げ始める。ヴィスタ教の信者というやつか。
道を作っている天馬達が唸りだし、ブルブル震えて揃って脱糞し始めやがった。おわあっ! や、やめろジョッカー! ぶっとばすぞお!
ゆっくりとアンジェリカが浮き上がって回転し、金色に照らされた身姿を観客達に向ける。更に多くの人々が感嘆の声をあげ膝をついた。
光に照らされた幼姫はとても綺麗だった。しかし、その後ろでわたわたと身をよじって心配しているフォーセリカ王女は滑稽だった。おお、今迄の威厳が……。気がついたらラディリアもアンジェリカ姫の足元に走り込み、王女と一緒に抱きとめるべきか見守るべきかと身悶えていた。なんだあれ。
回転したアンジェリカがこちらに向いたと思ったら、何故か浮いたままこちらに近づいてくる。呆気にとられていると、自分の眼前で停止した。光が治まり、アンジェリカ王女が床に降り立つ。フォーセリカ王女とラディリアが唖然としてこちらを見ている。
「お、お……だ、大丈夫?」
まさか自分が巻きこまれるとは思っていなかった。なんと声を掛けていいか分からず、ありきたりの言葉を掛けしまう。背後からの視線が痛い。アンジェリカ王女はようやく目を開ける。それは今迄とは違う、透き通った人形の様な瞳だった。そのまま彼女は両膝をつき、なんと自分に向かって杖を水平に掲げた。
「我アンジェリカ・フィウル・トリヌ・ヴェールルムは万物の創造神アウヴィスタの命を受け、ここの貴方様への忠誠を誓い、第一の臣として仕え、命を賭して貴方様の使命を果たす一助となる事を、ここに誓約致します」
「………………へ?」
◇
誓いの言葉を発した後、アンジェリカ王女は気を失った。
あまりの事態にフォーセリカ王女は奇声を上げてひっくり返った。カチュエラ王女は気を失った姉を抱え、同じく妹を抱えた新平を問い詰める。
「あなた妹に何をしたの?」
「俺が知るか!」
反射的に激昂して蹴り飛ばしたら新平は気絶してしまった。観客の衆目に気づき姉も腕の中で気絶している。カチュエラは涙目になった。
宮廷魔道士の二人は腰を抜かし、ミモザは声を掛ける相手が全員使えないので頭を抱え、フラン達は唖然としたまま動けず、場内は騒然となって…………
式は急遽中止された。
次回タイトル:大薮新平 司祭杖に叫ぶ (太陽にほ○ろ風)




