24. 大薮新平 帰還への手掛かりを掴む
「お邪魔してもよろしいでしょうか。」
「おわっ! ど、どうも」
カチュエラ王女にセクハラ発言して引っ叩かれた翌日。ついに第一王女フォーセリカが来訪した。新平は、突然過ぎて膝をつく前に飛び上がった。
待っていた。やっと来てくれた。色々聞きたいこと、頼みたい事が山程ある。しかし、急に来られては、昨日のカチュエラ王女へのセクハラの弁明も浮かんで、直ぐには頭がまとまらない。
テーブルの対面に王女が座ると、その後ろに御付の近衛騎士や官吏達がずらりと並ぶ。多いよ。二列で並ばれると後方の人は顔も見えないんだが良いのだろうか。一気に部屋が狭くなった。
残念ながら、今日のフォーセリカ王女はあのトンデモ戦衣装じゃなくて、胸元は閉じた貴人風のドレスだ。安心しながらも少し残念。
「普段はあまり露出のない服装を心掛けておりまして」
「へ! え? は、そうですか! いえ全然気にしておらず。今日もお綺麗ですね!」
焦って小学生みたいな誤魔化し方をする新平に、優雅に王女は微笑み返す。当人は顔に出てないと思っていたが、胸元をチラ見してがっかりすれば誰が見てもバレバレだった。
「それでは、オオヤペ様」
お、始まるか。『ぺ』じゃなくて『ベ』なんだけど。
「我が国に仕官致しませんか」
「え、嫌だ」
すんごい暴言に背後の騎士達が息を呑む。
ミモザでも天馬でもカチュエラの件でもなく、予想外のところから切り込んだフォーセリカ王女の言葉に、新平は天然で即答してしまった。
思い切りしかめた顔で答えた新平に、フォーセリカ王女は目を丸くしている。このような反応をされたのは始めてだったようだ。本来ならとんだ不敬罪。非常に礼儀知らずな行為だ。しかし腹芸を感じない素直な反応が逆に面白かったのか、くすりと小さく微笑まれた。王女の態度を見て背後に控える騎士達が薄く息を吐く。彼女はこう見えて、先日妹を拉致した城砦へ乗り込み、兵士毎城砦を吹き飛ばした女傑なのだ。新平は命拾いをしたと言ってもいい。
「す、すいません。でも俺……じゃない自分は早く国に帰りたいんです。手掛かりを探さなくちゃいけない」
「……ミモザに聞きましたが、召還された者が存在した事例は少なく、帰還する方法を探すのにも時間がかかるようです。その間どうなさるおつもりですか。私共の国に仕官して頂ければ相応の身分と生活の保障は致します。こちらで地場を固め、じっくりと情報を集めるという方法もありますよ」
「あー……」
自分はここに滞在し、情報を集めて見込みがあった現地に確認に向うと……無理だ。絶対待てない。
「そんな柄じゃないです。自分の足で探します。とっとと捜して、さっさと国に帰りたいんです」
我ながら擬音の多い、頭の悪い返事だ。
「……」
というかこの国は内乱中じゃないか。長居しちゃ駄目だ。ミモザばあちゃんから情報仕入れて、路銀を貰ったら直ぐ出て行くべきだ。このままここに居たら、踊りを利用されてどんどん帰還する日が遠くなる気がする。
幼い姫さんを助けられたのは良かったけど、こんなに自由を拘束されるんじゃ、正直関わるんじゃなかったかもと思い始めてるのだ。散々逃げ回って死に掛けて、良い事といったら、美人にたくさん出会って目の保養したくらいだ。でも外国人じゃなぁ……。帰る当ても見つから無いままだし。
「……そうですか。残念です。カチュエラの婿に是非と思ったのですが」
ガタガタッ!
紅茶を零しそうになった。なんでよりによって昨日引っ叩かれた王女の名がここで出るんだ。セクハラした責任取れとかじゃないよな。肩か腕しか触ってない筈だぞ。
唖然として顔を上げると、先程から変わらない優雅な微笑のままだ。思考えが読めない。何を考えてるんだろうこの人。
「ただ、我が国としましては、常に貴方を受け入れる準備がある事を忘れないで下さい……ミズール」
「はい。……確かにミモザ老師の言われたように、彼は神気と思われる光を纏われています」
突然ミズールと呼ばれた中年が答える。あれ、この人ミモザさんと似た様な格好をしている。もしかして宮廷魔道士なのだろうか。
「それでは」
「はい。彼はアウヴィスタの使徒であると、私も考えます」
ほう……背後の騎士達が静かに感嘆する。
なんだ。なに関心してるんだ。勝手に盛り上がるな。せっかく格好良いっぽいシーンなのに、事情が判らないので、威張っていいのかどうか分からない。勿体無い。
「……えーと、使徒って何です?」
(どっかのアニメで聞いた言葉だ。なんだっけ。アレか?……えー、アレ?)
新平の頭にはTVのバラエティ特集番組で見た、某アニメの中世画家の書いたオブジェみたいな姿が浮かんでいる。碌にアニメを見ない子供の偏った知識だった。
ミズールさんが説明を続ける。
「アウヴィスタ神より、この大陸に招かれた異郷の方々をそう呼びます。彼らは皆、独自の使命を託されており、我々には無い力を行使し、大陸に英知を分け与えたと言い伝えられております」
「そんな偉そうなもんじゃ……」
英知なんて云われて思わず顔をしかめる。……でも確かにあれが神なら、召喚された自分はそう呼ばれてもおかしくないのかもしれない。
見た目は怪しい踊りでしかないが、四肢の欠損を治したりすれば確かに奇跡といわれてもおかしくない。でも納得いかん。
『主でもいいか…』
あんな事云いやがった奴の使い。俺が。何で。何も聞いてないんだぞ。いや、物覚えの悪い俺が覚えてないだけなのか。やっぱりこの踊りがそうなのか。嫌だよそんなの。
新平の脳裏には、浴衣を着て町民に『英知を分ける』と言いながら盆踊りを教えている自分が浮かんでいる。
なんでこんな内乱中のところに無理やり拉致されて、盆踊りを布教せにゃならんのだ。
「オオヤペ様。ミモザは現在ゲルドラ帝国に破られた結界を修復する為、この地を離れています。用件につきましては、このミズールが引き継いでおります」
「え、そう……ですか」
じゃあミモザ婆ちゃんが居ないってのは本当だったのか。フォーセリカ王女の言葉を理解しきる前に、ミズールさんが調査したという内容を話してくれる。
「はい。現在判明しているところを説明しますと、使徒の身体は金色の光膜で覆われ害意を防ぎ、どのような言語も解し、民に等しく新しい知識を分け与えるとあります。この光膜の記述を読み解く限りでは、現在オオヤペ様が纏われている物は同種の物と思われます。また天馬との会話を確認されたとミモザ老師の証言もあり、この二点が共通する事からもオオヤペ様は使徒と判断されるでしょう」
「いや、そんな事より。その人達はどうやって帰ったの?」
「戻られてはおりません」
「は……?」
「錬金術の祖ミーラ様、光術の開祖セーラ様共に、この世界で天寿をまっとうされております」
「!?」
頭をハンマーで殴られたような気がした。続いて血の気が引いていく。
「……うそ………………」
帰れない。帰れない。帰れない。帰れない。
二度と
日本には
カエレナイ。
カ エ レ ナ イ
頭にミズールの言葉が響く。
「もしかして帰られたのかもしれませんが、そのような記述は現在見つかっておりません」
「…………」
座っているのに膝が震えてくる。
嘘だ。それなら俺は使徒じゃないと言い返したいのを堪える。そんな事を言い返しても何も変わらない。今、言われた事は確かに当て嵌まっている。帰れない。戻れない。本当に? 一生この世界なのか。
真っ青になって震えだす新平に対し、フォーセリカは優しく言葉を掛ける。
「どうか御気を落とさず。まだ調査の途中です。帰れないと決まった訳ではありませんわ」
「……」
「オオヤペ様?」
頭がぐるぐる回ってとても返事なんて出来ない。
「……先程も申しましたように、帰還する方法を探すのは時間が掛かるようです。その間だけでも私共の国に仕官して頂ければ色々とお力になれると思います。是非ご検討下さい」
新平が頭を抱えて考え込んでしまい、とても話しを続けるどころではなくなったのを見て、フォーセリカ王女は優しく声を掛け騎士達を引き連れ帰って行った。
その後も新平は頭を抱えまま動かない。
フォーセリカ王女に会えたら言いたいこと、聞きたい事、頼みたい事は山程あった。しかし何一つとして聞く事も出来ず、新平はずっと震えていた。
◇
翌日。三女アンジェリカ王女がラディリアとイリスカを引き連れて来訪した時、新平は壁に頭をぶつけ額と拳を血まみれにしていた。その足元には傍付の侍女が涙目でしがみ付いている。
「チンペー殿?」
「あっ、ひ、姫様。どうかお助けを!」
「チーベェ殿、どうされたのですか」
「ラディリア、抑えるわよ!」
ラディリアとイリスカ二人がかりで引き放し、ソファーに座らせ傷の手当てをする。その間も新平は震えたまま歯をカチ鳴らしていた。尋常で無い状態に原因を侍女に問うと、昨日フォーセリカ王女が来られて新平を使徒と認定し、彼等は元の地に帰らずこの地で生をを終えたと伝えると、それからずっと震えながら考え込んでいるそうだ。今日に至っては壁に頭をぶつけたり殴ったりを始めたという。錯乱の末の自傷行動だった。
三人で声を掛けるが新平は錯乱したまま、ぶつぶつ呟いている。痺れを切らしたラディリアが往復ビンタを張る。二発、三発と張っては新平に「しっかりしろ! 私が誰か判るか!」と問うが新平は答えない。平手の大きさに心配したアンジェリカ王女が大丈夫なのかと問うが「大丈夫です。以前も同じ事がありました」と答えられては止める訳にもいかない。
十数発頬を張って顔面を真っ赤にした頃にようやく新平の目に光が戻ってきた。ラディリアは最後に力一杯頬を張った後に新平の肩を掴み再度問いかける。
「しっかりしろチンペー殿! さあ、答えろ。私は誰だ?」
「……あ……おっぱい」
「……!」
しばらくして意味を理解し、更なるビンタ一発。真っ赤になって胸をかき抱き後じさるラディリア。旅の状況の一縷を察したイリスカが思わず苦笑いをする。新平が心の底でどんな認識をしていたのか判明した一幕だった。
「もう大丈夫のようですね。私は判りますか?」
「……ッ」
新平はしゃがみ込んで、両肩に手を当て顔を覗き込んだイリスカをいきなり抱きしめた。彼にとっては暴力を振るわれた後に、女性に優しい声を掛けられて本能的にしがみ付いただけだ。彼女が立っていたら、脚やマントの裾にしがみ付いたろうが、逆に近過ぎたので背中に手が回った。
「……!?」
しかしそんな事はイリスカにはわからない。硬直した後、自分の状況を理解したイリスカがラディリアに負けず劣らず真っ赤になる。
天馬騎士は清楚、潔癖、処女性が求められ、必然男性とは疎遠なる。イリスカは年頃の男性と手さえ繋いだ事もなかった。
「あっ、あの……あのっ」
頭の冷静な部分でショック状態の病人だからと思い込もうとしたが、自分の頬と相手の頬が擦り合わされ、新平の息使いを耳元で感じた瞬間、全てが吹き飛んだ。両手を中空に浮かべたまま意味不明の言葉をあげる。
「ひっ…はっ…やあっ」
アンジェリカ姫は刺激の強い光景に、両手で顔を覆って驚いている。
「あ、あ。ああああっ!」
結局涙目になったラディリアが新平を蹴り飛ばして気絶させ、ようやく事態は収束した。
◇
「頭、痛え……なんか迷惑かけたみたいだな。すまんかった」
両拳と額の包帯は判るが、側頭部の痛みは何だろう。どんな風にぶつけた。ロケットみたいに斜めに壁に突っ込んだのだろうか、めっちゃ痛い。
「まっ、まったくだ!」
赤い顔で憤然とするラディリアに怒られた。どうも迷惑をかけたようだ。横のイリスカさんまで赤面して顔を背けているのは何故だろう。
「あれ、というかイリスカさんは何で一緒なの?」
イリスカさんは天馬騎士とは違う近衛騎士に近い鎧装をしている。天馬騎士の部隊に戻ったのじゃないのだろうか。
「ひっ? わ、わたしはでうねっ」
「彼女は当面、私と一緒にアンジェリカ様の傍仕えとなったのだ」
「ふーん……」
何で、どもってるんだろう。以前来た時とは別人の様だ。もじもじしているので意味不明で気味が悪い。顔が綺麗なだけに、くねくね動かれると凄く残念な気分になる。
「チーベェ殿。それで、どうされたのですか?」
「あー……うん。」
事情を説明する。昨日フォーセリカ王女から自分は使徒と断定され、彼等は元の世界に帰っていないと言われた。自分も帰れないと思ったら一睡も眠れなかった。頭が回らなくて嫌になって、気がついたら壁に当り散らしていたのだ。
「……使徒だとは」
「異国の方とは思っていましたが」
「あー……というか、まず皆には謝らなきゃ。ゴメンなさい」
彼女達には自分は異国から来たとしか言ってない。異世界から来た事は信じてくれないと思って、ずっと嘘をついていたのだ。騙してた事に変わりはなく、もう謝るしかない。 特に非難は受けなかった。彼女達にとっては異国人も異世界人も大して差は無く、それよりも使徒という方に驚いている。にわかには信じられなかったようだが、リュックから携帯を出して動かして見せたら少しは信じてもらえたようだ。というかこの携帯、よく電池持ってるな。
「にわかには信じられませんが……」
「しかし、ミモザ老師とミズール導師が断定した以上。間違いないのでしょうね」
「チーベェ殿が、かの使徒だと」
「いや、そんな事はどうでも良いんだよ。戻れないってのがさ……」
新平にとって大事なのは日本へ帰還できるかどうかだ。
「しかしフォーセリカ王女が申された様に、まだ帰れないと決まった訳ではないのでしょう。なら諦めるのは時期尚早かと」
「そうだぞ。まだ手を尽くし切った訳ではないのだろう。ならば諦めるのは早い」
「実は帰れる方法は存在しましたが、先人の御二方は既にこの地で家庭を持たれた為、此方に残ったという可能性もあります」
「そうだな。もう少し詳しく調べてから、結論を出せば良いのではないか」
「わたしくも出来る限り協力させて頂きます。御気を強く持ってください」
「ああー……そうか……そうだな。うん。……本当そうだ」
皆に励まされ、ようやく新平は浮上する。彼女達は立場的にはフォーセリカ王女に倣わなくてはならないだろうに、こんな嘘をついていた自分を許し気遣ってくれている。とてもありがたい。
自分には帰りたい場所がある。帰らなくてはならない。爺ちゃんも婆ちゃんも親父も死んで自分が母さんと姉ちゃんを助けなくちゃならないんだ。こんなところで諦める訳にはいかない。
目の色が戻った新平に、女性陣が安堵の表情を浮かべる。控えていた侍女も胸に手を当てて溜息をついた。
美女と美少女三人に励まされ、あっさり復活。簡単な男だった。
「もっとも姉さまのおっしゃった通り、この国に仕官して頂くのも悪い話ではないと思いますが」
「悪いけど内乱中のこの国に残る気は無いよ。ここに残ってると、それ以外の事を色々手伝わされそうだしさ」
「そうですか。残念ですが、仕方ありませんね」
「確かに。仕官されたら、まず国益を優先する必要がありますからね」
彼女達は新平を引き止めるよう命じられてはおらず、またそれぞれ新平に命を救われた恩があったので基本好意的だ。新平の立場に理解を示してくれている。
「そういえば三人は何でここに?」
「ええ、ミモザ老師の不在を確認したので、その事を伝えに」
「北方の国境結界を修復されているそうだ」
「もっとも、セリカお姉さまが既に説明されたようですので、意味のないものになってしまいましたが」
「いや。とんでもない。助かった。裏付が取れただけでもありがたいよ。ミモザばあちゃんは本当にいない。当面はミズールっておっちゃんを捕まえれば良いと分かっただけでも前進だ」
「そうですか。それは良かったです」
「ミズール導師をおっちゃん呼ばわりするのは関心しないがな」
「……それなのですが」
イリスカさんが顎に指を当てて口篭る。この人、時々頬や口に指を当てて考え込むよな。見た目が冷たそうな美人なので、ギャップで妙に可愛いく見えるからドキリとするんだけど。
彼女は皆の視線を受けても迷っていたが、やがて決心したように顔を上げた。アンジェリカ王女から身体を背け、俺だけを見て話し掛ける。
「これは言って良いのか悩むところなのですが……ミズール導師はフォーセリカ王女と共に来られて使徒の説明をしました。つまり事前にフォーセリカ王女と話す内容について協議された可能性があるのです。そしてフォーセリカ王女が今回話された内容は仕官の要請です。この二点から調査した内容の全てを開示していない。又はする気が無く、先に貴方を仕官をさせようとする意図が読み取れます」
「へ?」
「なんだと」
新平とラディリアは意外な可能性を知って驚く。アンジェリカ王女はイリスカが口篭った意味を汲み取ってくれたのか黙ったままだ。
「フォーセリカ王女の目的は貴方をまず仕官させる事です。ならば、これ以上の情報は知っていたとしても小出しに出てくると思われます。最初に故国に帰る事は出来ないとショックを与え、落ち着く前に此方での待遇を説明する。衝撃と懐柔を交互に与え、仕官するしかないように話を誘導し交渉します。それでも貴方が帰りたいと痺れを切らせば、その度に少しずつ情報を出して状況を引き伸ばしてくるのではないでしょうか」
「「……」」
言われてみるとありそうだ。あっさり引っか掛かったかもしれない。この人、頭が良いな。助かった。
「アンジェリカ王女。……申し訳ございません」
フォーセリカ王女への批判ともとれる発言を謝罪したのだろう。アンジェリカも黙って首を振り不問にしてくれた。賢い幼女だ。
「つまり、病人を治したり、使徒の可能性がある人間だから、何とか俺をこの国に取り込もうとしているって事か……」
不用意な発言は出来ないみたいだが、イリスカは無言で見つめ返してくるので合っているのだろう。
「参ったな……ミズールのおっさんをなんとか掴まえて【親愛なる魅惑のタンゴ】でもかまして情報を引き出すか」
「チンペー殿、それ以上は私達の前で言ってはいけない」
「……そうだな。その通りだ。後は自分で考えるよ。ありがとう」
彼女達を反逆者にする訳にはいかない。
「しっかし……そっかー。面倒になったな。それじゃあミモザのお婆ちゃんも当てにならないのかな」
「フォーセリカ王女、ミズール導師と異なる考えをされてる……という事はないだろうな」
「あの方は先々代から王家に仕える宮廷魔道士筆頭です。逆に老師の提案と考える方が正しいかと。本当に貴方が使徒なら百五十年振りの事になります。この国だけでなく大陸中が貴方を探して自国の物にしようとするでしょうから」
冗談じゃない。しかもその結果、広められるのが盆踊りとかだったらどうすんだ。そんなもんに一生を費やすなんて冗談じゃ無いぞ。
「使徒とか言われたってなあ……確かにあいつ使命とか言ってたけど全然内容覚えてないんだよなあ……まさか本当に踊りを広めろって訳じゃないだろうに」
新平が愚痴る。すると、黙っていたアンジェリカ姫が小首を傾げ、妙な事を言い出した。
「……もうウラリュス大御神へ行き、直接伺った方が良いような気がしますね」
それに何故か二人が頷く。
「そうですね。本当に使徒ならば、使命の内容を確認しなくてはなりませんし」
「確かにそうだな。使徒と証明できれば拝謁も許されるだろう」
「……は?」
何言ってんだこいつら。どうやって人が神に会うんだ。本人に会って聞けないから、こうやって過去の情報を仕入れようとしているんじゃないか。
しかし三人は問いかけるように新平を見返している。
「いや……会える訳ないじゃん。何だっけ。あの空の月、神門だっけ? あの向こうへ行けば会えるってやつか? どうやって行くんだよ」
「いいえ、アウヴィスタ神はウラリュス大神殿には毎年降臨され大司教に御言葉を残されています」
「毎年降臨されるのでしたか。五十年に一度では」
「三百年程は五十年に一度でしたが、年々多くなり、ここ三十年程は毎年 【シュル】の月に降臨され大司教に教義を与えられていると聞いています」
「ああ、姫様はヴィスタ教の準司祭位に序されているでしたね。流石お詳しい」
「そうだ。このお歳で準司祭位を頂くとはドーマのリープレ司教に匹敵する速さなのだ」
何故かラディリアが自慢してる。それはどうでもいい。
「いや……ちょっと待て。神様って……会えるもんなの?」
「チンペー殿の国では会えないのか」
「普通会えないだろ!」
「会えなければ、どうやって御言葉を賜るのだ?」
「いや……あ……あ?」
「チーベェ殿のお国は分かりませんが、この大陸では大きな神託を受けた場合、ウラリュス大神殿から大陸全土に布教されております」
「十年前にはオラシア連山が噴火する事を啓示されていましたね。三十万が避難し災害を逃れました。我が国でも五十年程前に高司祭がデイタ河川氾濫の神託を受け、難を逃れております」
便利な神様だな。本当にあの神と同一人物なのか。
「ほんとに……会えるのか?」
当然の様に皆が頷く。
会える。直接会える。
今自分がどうしてこんなところに居るのか、何故俺を召還しやがったか、全部聞く事ができる。ミモザ婆ちゃんに頼んだり、帰還方法を調べたりなんか必要ない。
「お、おおおおお! よっしゃああああ!!」
会えるのなら話は早い! 行こう。行くぞ!
「まず殴り飛ばしてやる。絶対ぶっ飛ばす!」
「なんと不遜な……」
「お姿は肉体を持たない光といわれていますので、御言葉を賜る事しかできませんが……」
「大丈夫だ! なんとかしてぶっとばす!」
新平のテンションの高さに三名はついていけなくて苦笑いしている。甚だ不遜な事を言っているのだが心情は分からなくも無い。
これではフォーセリカ王女が話さなかった訳である。
絶望一転。新平は日本帰還への手掛かりを得た。そして――新平達への褒賞式が開かれる日程が伝えられた。
次回タイトル: 大薮新平 褒賞式で天啓を受ける




