23. 大薮新平 第二王女にもセクハラす
異世界に召喚された大薮新平。そこは内乱が起きている国だった。踊ると魔法が掛かるというラノベなら読者に鼻で笑われそうなスキルを得ていた新平は、踊りを駆使して捕らわれの姫様を救出、王宮に招かれる。そこでも彼は、戦闘で重症を折った兵士達を、一夜にして全て治療したのであった。
病棟で重傷者を治して帰って来た翌日。新平は衝動的に動いてしまった事に後悔し、頭を抱えていた。あの時は開き直ったが、思い返せば馬鹿な事をしたものだ。残回数は二十を切った。そして今日から次々病気を治してくれと頼まれる未来が見える。ようこそ踊って治すお医者さん。
このままでは、あっさり残使用回数が無くなりそうだ。この城を出た後の、食べていく宛が無くなってしまう。さあ、どうしよう。
とりあえず、軟禁されていた状況に変化が起きた。昨晩と今朝なのに、部屋の侍女さん達の待遇がいきなり良くなったのだ。自分が多くの病人を治したのを早速どこからか聞いたようで、このような高名な司祭様とは知らず、今迄の御無礼をお許し下さいと朝一で揃って頭を下げられた。誰だよ司祭って。というか自覚して無礼を働かれていた方が怖かった。だされた茶にぞうきんの絞り汁とか入ってたりしたんだろーか。誤解は訂正したが、謙遜と取られたのか待遇は良くなったまま。茶と一緒に菓子なんか貰えてちょっとだけ嬉しい。そして朝食後、早速トルディア一行が来た。昨日あれだけ嫌だ何だと追い返しておいて、自分から乗り込んで治したのだからこっちは体裁が悪い。
「まず、お礼を申し上げます。この度は我が国の兵達を治療して頂きまして、ありがとうございました」
同時に後ろの騎士や文官達も一斉に頭を下げる。予想はしていたが掌の返し方が気持ち悪い。前に声を荒げたおっさんなんか、満面の笑みで抱きついてきそうだ。
「う、うん。まあとにかく報酬は貰う。タダではやらないよ。ラディリアの頼みで仕方なくやったんだから」
悪振って言い返しながらも、これではラディリアを交渉役にすれば、何度でも協力してやると言ったのと同じだと気づく。
「いや、違う。とにかく、もうやらないからな! 残り回数が少ないんだ。もう駄目!」
「承知致しました」
しかし、トルディアの笑顔は、どう見ても扱い方が判ったので、これから上手く使わせて貰うという感じに見えて仕方が無い。余裕の笑みでミニスカの足を組み直して俺を弄る。こんな時でも視線が釣られてしまう自分が情けない。畜生、昨日よりスカート短くなってないか。なってるだろ畜生。今ちょっと見えたぞ、ムヒョー。
「……う、うんっ。……で、ミモザさんの件は。確認取れた?」
「……申し訳ありません。彼女は現在所要で王宮を離れており、現在確認を急いでいるところです」
そう来たか。まあ昨日の今日で答えが来るとは思っていなかったけど。急いで王城に戻って来た彼女が不在になってるとは自分には思えない。王宮を離れている=確認に時間が掛かるから我慢しろという意味だろう。
「とにかく急いで欲しい。俺はもう、これ以上は手伝う気は無いから。待てなくなったら勝手に出て行くから!」
「治療の件に関しましては承知致しました。ところで……」
「いいから! もう何も聞かん! とにかく! 先に! ミモザさんへ確認取ってくれ!」
耳を押さえて聞く耳持たない風を訴える。聞いちゃ駄目だ。何か言われたら危険だ。トルディアは苦笑いをして頭を下げ、早々に退席していった。畜生、あいつら余裕綽々だ。もっとパンツを凝視すれば良かった。異世界でパンチラ初めて見たってのに、全然堪能できなかったぞ。
茶を下げる侍女さんを尻目に頭を抱える。まいったな。思った通り、このままでは良い様にこき使われる未来が見えた。どうしよう。もう逃げようか。抜け出してミモザ婆さんを追いかけるか。気分はどん底だ。唸りながらソファーで転がっていると新たな来客を告げられた。
セドリッツ城砦で救い出した幼女姫。アンジェリカ王女だった。
◇
「おおっ! 姫さん!」
「ええ。チーベェ殿、お久しぶりです」
人を犬ころみたいに呼ぶんじゃない。
ラディリアと同じ近衛騎士の鎧装をした女性二人を引き連れ、アンジェリカ王女が訪ねてきた。ラディリアの件があって外見が見違えてる。いくら俺でもこの背格好の幼女を間違える事は無い。侍女さんが慌てて茶の準備を始めた。そして流石、王宮での一国の姫様。映画みたいなフリフリの服装だ。大きく広がったスカートと下に何重も見えるヒラヒラが可愛らしい。ネックレスも良いが、小さく連なっている銀細工の髪飾りも可愛くて似合っている。
「おおっ、凄え可愛いなそれ。見違えたな」
「……えっ、そ、そうですか」
「さすが王女様だな。俺こんなヒラヒラの綺麗な服を来てる人を初めて見たよ。しかもすっげえ似合ってる! 映画みたいだ」
「……は、はい」
「ちょっ、凄っ。後ろどうなってるの? ちょっと回って、回って見てくれる?」
「えっ?……こ、こうですか」
素直にくるりとターンする幼姫さん。翻るスカートと一緒に、編まれた金髪と髪飾りがキラキラ揺れる。背中には大きなリボンがあった。
「おおっ! 凄え! 可愛い!」
舞い上がって拍手する。ちょっとコレ凄いわ。興奮するわ。外国映画の子役さんを直で見たみたいだわ。
「あ、は、はい。ありがとうございます」
こっちのテンションが移ったのか、姫さんも少しはにかんで微笑み返してきた。ふと気配を感じると茶器を抱えた侍女さんが蒼白な顔で立っていた。姫さんの後ろでは近衛騎士さんが唇を震わせて睨んでる。やばい。一国の姫さん相手に不敬過ぎたか。
「うわっ! すいません! ちょっ、ちょっと久しぶりに会った姫さんが凄く可愛かったので、つい調子にのってしまいました」
両手を挙げて後じさると、気づいた幼姫さんもフォローしてくれる。
「いいのですモニカ。この方は私の恩人なのですから」
「……そうですか。わかりました」
「ただ、ここは王宮です。その軽佻な言葉使いはお気をつけ下さい」
「ははっ! すいません」
もう一人の近衛騎士に釘をさされて何度も頭を下げる。
対面のソファーを勧め姫さんを座らせる。近衛騎士さん達は後ろに立ったままだ。侍女さんがお茶を置いていくが流石に手が震えている。可哀想に姫さん相手に緊張してるのか。うんうんと同情したら何故か睨まれた。
「あー久しぶりですね。……良かった。元気そうだ」
判っているのに幼女相手だとつい砕けた言葉使いになってしまう。でも彼女は全然気にしていないようだ。ありがたい。
「ええ。セドリッツ城砦ではお世話になりました。感謝しております」
姫さんも機嫌が良いのかソファーで両足をプラプラ揺らしだす。しかし直ぐに行儀が悪いと気づき、慌てて膝を揃えた。やばい。癒される。トルディアの件でささくれてただけに、こういうの心に沁みる。
「そっかー……良かったなあ……」
ちょっと前の事なのに随分と昔の事みたいだ。あの行き当たりばったりの危ない救出行。今思い出しても良く成功したものだ。それでも彼女は助かって、今こうして元気に礼を言ってくれる。実に感慨深い。
「ええ。本当はもっと早くお礼を言いに伺いたかったのですが、遅れまして申し訳ございません」
「いやいや。もう、会えて良かったよ。元気そうでなによりだよ」
「……アンジェリカ様」
「あっ、そうでした。今日は北天の騎士達を治療して頂いたお礼に伺ったのです」
「はい? ……え、何か姫さんと関係あるの?」
「もちろんです。我が国の兵を治療して頂いたのですから、わたくしが礼を言うのは当然です」
「おおっ、偉いな。 ……って、すっ、しゅ、しゅいません。不敬ですよね。そうですねハイ」
思わず褒めてしまった後に近衛騎士の視線を感じて諸手を上げる。危ねえ、今頭を撫でるところだった。
こっちの慌てっぷりがうけたのか姫さんがくすくす笑う。
「わたくしだけでなく、将兵達も救って頂き感謝してもしきれません」
「おおい。そんな褒めなくて良いって。本当はする気なかったんだし、成り行きだったんだ」
「……そうなのですか」
「うっ」
幼女に悲しそうな顔で問われると罪悪感で心が痛む。
「うん……そうなんだ、ごめんな。実はあの踊りって、なんでか使用回数の制限があってさ、何度も使えないんだよ。なんでトルディアさんに頼まれたんだけど、後の事を考えると使い切っちゃう訳にはいかなくて断ってたんだよ」
「それなのに、ご協力して頂けたのですね。ありがとうざいます!」
「おぅ……眩しいな、おい。……いや、ラディリアに頼まれて折れちゃってさ。で、早速さっきトルディアさん達が来て礼を言って来たんだけど、なんかもうこれからもお願いしますねっていう雰囲気出まくってて、頭抱えてたんだよ。ここで使い切ったらまずいんだよ。……どうしたもんか」
「そうなのですか、わたくし達にはありがたいのですが、チーベェ殿にとってはお困りですよね……わたしくに何かご協力ができればいいのですけど」
幼女にしゅんとして俯かれてしまうと、何かこっちが悪い気がしてくる。流石にトルディアにもう頼んじゃ駄目と姫さんから言って貰う訳にもいかない。国益に関する事だし、無理に言わせても互いに困るだけだろう。
「いやいや、それはまあ自分のせいなんで何とか考えるよ。 ……そうだ! ミモザのおばあちゃんって知ってる? 宮廷魔道士の」
「はい。ミモザ・ヴァン・モーディア老師ですね。存じています」
「そう。俺、国に帰る方法探しててさ。ちょっと事情があって、簡単に帰れないらしいんだよ。その方法を調べて貰ってるんだけど、今どうなってるか催促して貰えないかな。伝言頼んでるんだけど連絡無くって困ってるんだ」
そうだ。この姫さんに頼むという手があった。
「そうなのですか」
「うん。向こうも忙しいのは分かるんだけど、こっちも急いでるんだ。悪いけどお願いできないかな」
「分かりました。わたくしからも聞いてみますね」
「頼むっ!」
その後、別れた後の逃走劇を話して盛り上った。デニスの語りを真似したんだけど、自分が話すと何故かおかしな珍走劇になるらしく妙に受けた。こっちを警戒していた近衛騎士さん達も、時々俯いて肩を震わせてた。そんな笑えるところがあっただろうか。決死の逃避行だった筈なんだが。
小一時間もすると近衛騎士達に促され名残惜しそうに彼女は帰っていた。なんか久しぶりに笑った気がする。
新平の気分は簡単に復帰した。
◇
その翌日、ラディリアに連れられてイリスカが治療の礼に現れた。ラディリアは近衛騎士の鎧装、イリスカさんは天馬騎士の装束にケープを纏っている。対面に座ってもらうと、侍女さんが茶の用意を始める。二人は黙ったまま茶が準備されるのを待ち、侍女さんが下がると改めて姿勢良く礼をする。俺相手に格式張ってるな。途中話し掛けちゃ駄目かと何度も口を開いて挙動不審しちゃったじゃないか。
「この度は我が身を助けて頂きまして、本当にありがとうございました」
「私からも礼を言わせて欲しい。ありがとうチンペー殿。感謝している」
「おぅ……。それはど、どうもです」
反射的に後頭部に手を当てて、お辞儀を返してしまった。どう見ても自分の方が格下の対応だった。低姿勢な反応にラディリアが訝しむ。
「どうしたのだ。チンペー殿」
「ちんぺーじゃねぇって! い、いや何でもないですよ」
イリスカが見つめている前でチンペー呼ばわりされ、恥ずかしくてつい怒ってしまった。
やばいのだ。あの時は包帯だらけ、治った後は他の患者達を向いていたから碌に顔も見なかったが、このイリスカって人もかなりの美人さんだった。
西洋というより日本風の卵顔。長い銀髪は腰迄あるストレート。こめかみ周辺で左右の髪を細く編みこみんで髪飾りでまとめてるのは日本でも見る可愛らしいお洒落で、整い過ぎて見ようによっては冷たく見える外見を柔らかく見せている。何より声が綺麗なのだ。妙に透き通った声で通りが良く、つい耳が引かれてしまう。
ラディリアと並んで黙って視線を向けられると、綺麗な人形が並んで自分を威圧してるようで、浮かれる以前に緊張するというか気迫負けして挙動不審になる。美人って迫力あるんだな。こっちは只の高校生だぞ。
「失礼致します」
「おあうっ、あ、ありがとうございますっ」
急に横から声を掛けられ、茶菓子を置いた侍女さんへ頭を下げる。やばい。驚いた。俺今緊張してる。更にラディリアが訝しむ。
「どうしたのだ。落ち着きが無いな」
「い、いや何でもないって。……うん。よしっ」
まさか今更、顔見て緊張してますなんて言えない。こっそり深呼吸して向き合う。イリスカさんは何処にも怪我の痕さえ残っていないようだ。踊りの効果は分かっていはいたが、確認できて少し安心した。しかし美人だ。これは俺、良い仕事した。超GJかも知れない。俗物な話だが美人は万国共通の宝だ。心から助けて良かったとテーブルの下で拳を握りしめる。
「それで御礼なのですが……」
以前ラディリアが、治療を受ける司祭は高額の金銭を要求すると言っていたのを思い出す。
「いや! 金とか礼はトルディアから貰う事になってるから気にしないで。いらん。」
固辞すると、戸惑った顔を返される。ラディリアも困った様な顔をしている。そんなに礼を断るのがおかしいのだろうか。
「そうは申しましても、この御恩を返さないような不義は、とても許されるものではありません。まして私は……」
「いらんって! 礼はこっちに言ってくれ。正直俺は助ける気なかったんだ。ラディリアに頼まれて仕方なくやったんだよ」
ラディリアに振る。
「それはもちろん、彼女にも感謝しています。まさか彼女が、私の為にここまでしてくれるとは……」
「その話はもういいだろう」
ラデイリアが赤くなって手で遮る。さぞ仲睦まじい会話があったのだろう。美人同士のイチャコラか、ちょっと見たかった。
「ですが、ここはまずオナベ様に……」
「俺は鍋じゃねえ。ノーマルだ! あっ……だから俺は知らんっての」
カマ扱いされて激昂してしまった。昔疑われて酷い眼にあったトラウマが一瞬過ぎったのだ。ぎょっとされた表情を見て、怒りが萎み最後にはごにょごにょと呟く。しっかし、この人も名前間違えるのか。そんなに難しいんかなこの名前。綺麗な声で言われると少しへこむ。
……えーと、なんで俺、悪振って断ってたんだっけ。
「……」
イリスカさんがじっと問いかけるように自分を見つめたまま黙り込んだ。妙な事を思い出して思わず明後日を向いて目線を反らす。
どうにも居心地悪い。治療した時に包帯が散らばり、数瞬だけど裸を見たのを思い出してしまった。あの時は気が高ぶっていたから気にならなかったけど、こうして面と向った時に思い出すと焦る。俺はこの美人の裸を見てる。肌白かったな。もうちょっと、しっかり見ておくべきだったか ……なんか顔が熱くなってきた。
「……イリスカ。彼はこういう方だ。おそらく何度言っても金銭等は受け取って頂けないだろう」
「そんな……」
「うん。そうそう」
イリスカさんは膝元に置いた高価そうな包みを握ったままだ。それを渡すつもりだったのか。何が入っているのか知らないが、貰っても使い道が無いので、旅出る初日に質に売っちまうぞ俺。
そういえばラディリアも最初、逃亡中にお礼を云々って結構言ってたよな。ずっと断り倒していたら、何故かデニスが代わりに受け取ると言いだして言い合いになったけど。
「いいすか? 俺はトルディアさんと金を貰う代わりに治すと契約したんです。イリスカさんからも貰ったら契約違反になるでしょう。二重取りなんてしないの。俺は悪徳商人になる気は無いの」
勢い良く言い返してみたが、先程ラディリアから頼まれたから仕方なくやったと言ったのと矛盾している。断る為の嘘だというのはバレててイリスカは納得してない表情だ。
「それは契約としてはそうかも知れません。しかし、ヴェローチェの娘として……」
「俺は日本人だよ。そんなの知らん! 俺にとっては二重取り受けたら悪人なの。俺を悪人にする気なの?」
口篭ったイリスカの肩をラディリアが軽く叩く。それでもイリスカはしばらく葛藤していた。
「……分かりました。ただこのご恩はヴェローチェ家の名に懸けて、いずれ返させて頂きます」
「あいはい」
どうでもいい。正直、早くこの国を出て行きたい。美人に礼を言われるのは嬉しくて舞い上がるけど、ずっと軟禁されてると、先行きが不安で仕方ない。一人になると途端に何してんだ俺と我に返るのだ。ミモザ婆ちゃんの返事も来ないので、そろそろ捜しに行くべきだろうか。
「……それでチンペー殿は、今何をしておられるのだ」
「何にもしてないんだよ」
「「……?」」
「いや、何か知らんけど、この部屋出るなって言われてるんだ。何も出来ないんだよ。ミモザのお婆ちゃんから街に出るなら案内つけるから待てと云われたけど、結局誰も来ないから軟禁状態なんだ。出ようとしても部屋の前の衛兵に止められるしさ」
軟禁という言葉に二人がぴくりと反応する。お、もしかして味方になってくれるのか。
「すまなかった……」
「……なんで謝るの?」
いきなりラディリアに謝られた。意味が分からない。
「いや、その……そうだ。ミモザのおばあさまとは?」
「もしかして、宮廷魔道士のミモザ老師でしょうか」
ラディリアは分からなかったようだが、イリスカさんが小首をかしげ、頬に指を当てて言い当てた。あら可愛い。
「そうそう。その宮廷魔道士」
「あの方と知り会われたのか」
「どのような経緯でお知り合いになられたのですか」
「うん。天馬と話せるっていう話が王宮に届いて、ランドリクまで俺に会いに来たんだって。んで話すと仲良くなって、俺が国に帰る方法を一緒に探してくれるって言うのでここまで一緒に来たんだ」
「ほう……随分と懇意にして頂いたのですね」
「良い人に会えてよかったよー」
何故かラディリアの顔が少し強張った。え、どうしたの。
イリスカが戸惑った表情で聞いてくる。
「あの……天馬と話すとは?」
「あー、なんか俺に翻訳の魔法が掛かってるらしくて、あの馬や翼竜と話しが出来るんだよ。こっちに来る時も護衛の天馬の騎士さんと馬とで会話の通訳してみたりしてさ」
「そんな。……ラディリア?」
「ああ、うん。私も見た。本当のようだ。……シルヴィア王女以来の事だろうな」
「……」
「……」
二人で目配せして会話しないで欲しい。脇腹をつつきたくなる。
「……それで、通訳はどうなったのだ。ミモザ老師には確認して頂けたのか」
「うん。本人達しか知らない話を聞いて証明したよ。まあ最後には天馬達が怒り出してグダグダになっちゃったけど。蹴りかかって来たから踊って眠らせたら、騎士さん達まで冷たくなっちゃてさー」
「「……」」
その微妙そうな顔は止めてくれ。アレは俺は悪く無い。……と思う。
「……それで、ミモザ老師の話ですが」
「そうなんだよ。返事がなくって困ってるんだよ。トリディアさんは戦後処理で忙しいとか言ってるけど一度も顔出さないのも変だし。事情は分かるけどこっちも身動きできなくて途方に暮れてるんだ。二人から言って会わせてもらえるって出来ない?」
そうだ。この二人にも頼めないだろうか。さっきの礼の代わりに動いて貰おう。自分が動けないなら、誰かに代わりに動いて貰えばいいのだ。
「……いや、ミモザ老師は我が国に三名しかいない宮廷魔道士だ、私のような一騎士には、おいそれと話掛ける事もできない御方だ」
「国に三人……やっぱそんなに偉いのか。まいったなあ。昨日アンジェリカ姫さんが来たので頼んだんだけどさ」
「昨日の今日ではまだ結論は早いと思うが。ただ、アンジェリカ姫の言でも返事がないとすれば私では更に厳しいとしか言えない」
「そこを何とか! 困ってるんだよ。イリスカさんも。金とかよりも俺はそっちの方が遥かにありがたいんだ。頼む。協力してくれないか」
手を合わせて頭を下げる。もう誰でもいいから頼みたい。
「っわ、わかりました。どうか、お顔を上げて下さい」
「……私も出来るだけの事はしてみよう」
多少強引に頼み込む。待ってるとトルディアからまた何か頼まれそうだ。ここから早く逃げ出す為にも、打てる手は全部打った方が良い。
◇
その夕刻。見知らぬ天馬騎士の少女が近衛騎士と侍女を引き連れて尋ねてきた。なんかもう急に先客万来だ。
自分より少し年下くらいの綺麗な少女だった。近衛騎士が侍従の様に控えてるので偉い人なのだろうか。天馬騎士の装束も一際派手だ。フォーセリカ王女程ではないが凝った装束で、なんか服がキラキラしてる。ただ屋内なのにケープを羽織っていないのでちょっと目のやり場に困る。活発そうな顔立ちで、青みの深い銀髪を顎までで切りそろえ背中の髪は肩まで伸びている。こういう髪型何て言うんだろ。気の強そうな少し吊りあがった目元、ほっそりした肢体。どこかで見たようなあるような顔立ち……しかし暗い。妙にやつれた様子で「部屋で休んでなさい」と言いたくなる。この前来た時のラディリアと同じだ。なにやら面倒そうな予感がする。
部屋に控えている侍女さんが、慌ててお茶の用意を始める。近衛と侍女を引き連れてる事といい、また偉い人なんかな。もういらないんだけど。
テーブルの対面に彼女が座ると近衛騎士と侍女達がソファーの背後に並び立つ。こちらの近衛騎士のお姉さん達も美人揃いだ。近衛騎士って顔で選んでるのかな。済ました顔で並んで立たれると人形みたいで怖いんですけど。
所在無く立ちすくんでいたのだが、いかにも『早く座って接待しろ』という空気に負けて対面に座る。
「この度は……負傷した北天騎士団の兵達を助けて頂きまして……ありがとうございました」
「あ、うん。……えーと、家族の人かな。どちらさんで?」
ざわっ、カキッ。
彼女の後ろの近衛から殺気が走る。
怖っ!
何だ今の音。ぎょっとして新平が見回すと背後の近衛達から冷めた視線が向けられている。アンジェリカ王女の時は只の怒りだったけど、今のは絶対殺気だった。びびって玉が縮んだ。なんだ。空気がピリピリしてる。
傍仕えの侍女さんが慌てて近寄って来て、耳元に囁いた。
「第二王女カチュエラ様です」
「……は? 王女?」
驚いて聞き返したら、近衛騎士達の額に更に青筋が浮かんだ。ちょっ、怖。そんなの知らねえよ。知らなくても罪なのかよ。
沈んでいた王女が自己紹介をしていなかった事に気づいたようで、初めて顔を上げる。うわあ、目の焦点合ってないよこの娘。ヤバいよ。
「……申し遅れました。私はトリスタ森林王国、ファリナス女王が娘、カチュエラと申します」
「あ、はい」
あの幼姫のアンジェリカが三女だと聞いた記憶はある。では、この娘が次女なのか。成る程豪華な装束な訳だ。……似てない姉妹だね。アンジェリカ姫さんみたいにヒラヒラしたの着てくればまだ王族と想像できたろうに。というか、アンジェリカ王女は金髪碧眼だった。なんでこの姉達は銀髪なんだろう。異母兄弟とかいうやつなのだろうか。
カチュエラさんは名乗ったきり沈んだ表情で黙りこんでしまった。この人、何しに来たの。早く後ろの怖い人達を何とかして欲しいんだけど。場を和ますウィットに富んだ話なんて出来る筈もなく途方に暮れてしまった。
「……なんでまた王女さ……!」
ああ。アンジェリカ姫さんは兵士を救って貰ったら礼を言いに来るのは王族の義務とか言ってたな。だから体調が悪いのを押してわざわざ来たのかな。
「あの……話しは分かりました。でも体調が悪いのでしたら、戻られて早く休まれた方がいいですよ」
「……いえ……大丈夫です」
(大丈夫に見えねえよ。帰ってくれよ)
俯いたままのカチュエラ。どうしよう。この人、呆けたままで目の焦点が戻ってない。お茶を持って来た侍女から目配せをくらう。近衛騎士達からも『接待しろよ小僧』的な視線を受けるがどうしていいのか分からない。帰って休ませてあげてよ。俺ってこの城では賓客じゃなかったの。えーと、えーと何か接待すれば良いのか。……俺のリュックサックはどこだ。
立ち上がろうとしたら、来客の対応中に席を立つなんてと非礼を咎められ、仕方なく侍女さんに自分のリュックを持ってきてもらう。
女の子が黙ってしまい。対応に困った時は何か食べさせるくらいしか思いつかない。しかも甘い物じゃなくてはいけない。以前姉を怒らせた時、冷蔵庫を漁ったが何も無く、仕方なくたくあんを切って出したら、えらい怒られた。それからコンビニにアイスやプリンを買いに走るようになったものだ。確かリュックの中に飴のミルキーがあったはず。未開封で補充できないから勿体無いが、この際は仕方ない。
実行していたらさぞ新平は非難を受けたろうが、カチュエラがようやく話し始めてくれた為、幸運にも問題は起きなかった。
「この度は……北天騎士団の兵達を助けて頂きましてありがとうございました。御忙しいとは思いましたが、ぜひ一言御礼を申し上げたくて参りました」
「は、はあ……(さっきと同じ事喋ってる)」
頷きながらも背後の近衛騎士さんに目配せするが彼女達は痛ましそうに王女を見守るだけだ。いやいや、こっちを助けてよ。
「彼女達は私の部隊で、この度の戦いで負傷をしまして……」
「あ、そういう事か! ……いや、そういう事でしたか。わかりました」
やっと話が見えた。王族ってだけじゃなく、部下の怪我を治したのでその部隊長が体調悪かったけど無理して礼を言いに来たという話か。大勢怪我したので暗くなって……治ったのになんで暗いんだ? 治したらまずかったのかな。
実際にはゲルドラ飛竜部隊の襲来に対し、北天騎士団団長フォーセリカ王女が皇天騎士団と共にランドリク城にあって不在の為、第二王女の彼女が代行指揮を取り迎撃を指揮したのだ。しかし若輩のカチュエラの指揮が甘く、間隙を縫って多数の飛竜に突破された。十五年ぶりの不祥事であった。別隊に関所の防御を任せ、部隊を率いて必死に追撃戦を行ったが、そこでも経験不足から敵の罠にかかり、あわや全滅という状況に追い込まれた。そして自分も殺されかけるという時にイリスカに庇われ離脱。王都からの援軍を得てようやく飛竜部隊を撃破したという経緯があった。
庇ったイリスカは重症を負い王都へ運ばれたが既に生死は絶望視され、他にも多くの死傷者を出してしまった。カチュエラは自責の念で王宮の自室に閉じこもった。食事も取らずりフォーセリカ王女の後を継ぎ次期北天騎士団団長に内定していたのを辞退すると言い出して、実は王宮内で問題となっていたのだ。
そして今日、滞在している異国の司祭がイリスカ達を治療したと聞き、縋る気持ちで自軍の兵達の治療を頼みに来たのだった。
そんな事情を知らない新平には、とぼけた反応しかできない。礼を言われても王女相手に「お気になさらず」も変だし、治療を拒否してるのに「わかったよ」とか云ってしまって、続々病人を連れて来られても困るのだ。リュックに手を突っ込んでミルキーの袋を掴んだまま新平は固まっていた。
「あー…イリスカさんは今日ここにお礼に来ましたよ。元気になったようで何よりです」
「そうですか……ありがとうございます」
「あ……はい。」
「……それで……あの……此度の戦いで、北の国境の城砦でも大勢負傷者が出ておりまして。厚かましい願いだとは思いますが、国境守備城へ同行して頂き、他の部下達も見て頂きたいのです」
「うえ……」
来たか。この展開から治療の依頼が。しかも場所は遠い北の地の国境で、依頼相手は王女様という三重苦。やめてくれ。見たくない、言いたくない、その話聞きたくない。
「彼女達は私の采配ミスにより負傷させてしまったのです。是非治療をして頂けないでしょうか。もちろん御礼は致します」
「そんな! カチュエラ様に責はありません。あの対応策にも問題等ありませんでした」
「怪我を負ったのは彼女等自身のミスです。彼女達もそう答えるでしょう」
「お黙りなさい。戦は結果が全てなのです。私は失策を犯しました」
「……っ! ……はい。申し訳ございません」
後ろの近衛騎士さん達が擁護を始めた。落ち込んでる上司を庇いたい一心なのだろう。慕われているようだ。傍で見る分には美しい光景なのだがこっちは困る。この先にあるのは『だからあんた行って治してね』なのだ。言葉は悪いが三文芝居にも見える。こんな盛り上がってる連中の望みを俺は断らないといけない。
「……すいません。基本的に治療はお断りしてますので出来ません」
初めてカチュエラ王女が顔を上げる。美少女なのに目に濃いクマがあって酷い顔色だ。気づきたくなかった。罪悪感で早くも胃が締め付けられる。
「それは……何故でしょうか」
どこまで話せばいいのだろう。しかし人によって言い方を変えるという気の利いた話術なんか知らない。
「事情がありまして」
「事情……とは」
聞き返すなよ。早速、思いつかない。もう素直に話すしかないんだろうか。思わず頭を掻くと近衛騎士達から無作法を咎められた。
「……あれは旅で一緒だったラディリアに頼まれたのもあったし、今回一度きりという約束でした。ぶっちゃけて話すと、実はあの踊りは回数制限があって、残りの回数が少ないんです。ここで使い切ってしまうと今後の旅路が危ないのでもう使えません」
「回数? ……踊り……とは」
「……え? 俺がどうやって治療してるか知らないの?」
ちょっと待て。
「あ、いえ……申し訳ありません。重症者をも治せる異国の司祭様が滞在されていると……」
「はい? 俺は司祭なんかじゃねえって。この格好見て分かるだろ。聞いてないの? 変な奴に誘拐されてこの国に放り出された一般人だよ。原因分からないけど踊ったら魔法みたいなのが掛かるんだよ」
こいつ俺の事、何も知らないで頼みに来やがったのか!
頭に血が昇ってくるのが分かる。
彼女の事情を知って冷静に考えれば優しくできたかもしれないが、新平にとっては軟禁されてこれから良いように使われそうなヤバい状況で、初めて会った王女が何の事情も知らず、ただ治療できるのか、なら遠い地まで行って治して来てくれと言って来たのだ。何だこいつと憔悴してる相手を気遣う気持ちも吹っ飛んで怒りだすのは当然だった。
「そんでミモザばあちゃんに、帰る方法探すのを手伝ってくれるって言うからここに来たんだよ。そしたらゲルドラ攻めて来て忙しくなったって閉じ込めらたんだよ。こっちは手掛かり掴んで、さっさと先に行きたいの!」
「あ、あの……」
再び剣の柄を抜く音が小さく聞こえた。
「っ! なんだよ!」
焦るカチュエラも非礼な態度を牽制する近衛騎士達にも怒声を浴びせる。近衛の一人が冷たい目で剣の柄に手を掛けている。まだ脅すのか。
「切るのかよ! 何にも知らないで勝手な頼みをしに来た癖に無礼打ちか! 俺はアンジェリカ王女を助けた賓客じゃなかったのかよ!」
「!」
「あっ、ハサハ! 控えなさい!」
近衛騎士の態度に気づいたカチュエラが慌てて近衛騎士をいさめる。
「……申し訳ありません」
「もっ、申し訳ありませんでした。ご無礼を致しました」
「あんた王女様なんだろ。俺は今、あんたらに監禁されてるの! なんで知らないの? それなのに、どの面で頼み事言いに来るんだよ。この上、脅迫すんのか!」
怒りながらも「このまま怒って追い出せばもう頼まれなくて済む」と嫌らしい考えが頭に浮かんだ。うわあ俺って最低だ。
「……も、申し訳ありません。深い事情も知らず頼み事など……」
「いいからもう帰ってくれ。こっちはそれどころじゃねえんだ」
「…………それどころでは無いと」
「!」
急にカチュエラの声が低くなった。ぞくりと背筋に寒気が走る。見ると下げた頭が上がり、強い視線でこちらを見ている。あれ、失敗したか。失敗したみたいだぞ。
「……私共の兵達が死に瀕しているのに、それどころでは無いとおっしゃいますか」
「いや……」
「では私の兵達に死ねとおっしゃるのですか!」
「っ!」
ここで一番聞きたくない台詞を言われてしまった。だからって引き受ける訳にはいかないのだ。やけくそになって一番言いたくなかった言葉で言い返す。
「仕方ねえだろうが! 俺だって死にたくねえんだよ!」
「そんっ……!」
カチュエラが拳を握ったのが見えたが、こっちも止まれない。
「じゃあ、言われて北の国境まで行けっていうのか。そしたら今度はこっち、次はこっちって言われるだろうさ。あんたらは内戦してんだから! 俺はお前達の従軍医師じゃねえんだよ! しかも残り回数少ないの! 危ないんでとっととこの国から出て行きたいの! オサラバだよ!」
「出てっ? れっ、礼なら致します。相場よりも高い金額で構いませんの……」
金金金かっ。金でなんとかなる奴だと思われてんのかっ!
「馬鹿にすんな! 俺がそんな金で動く人間に見えんのか! 大金も何もどうせ相場なんて知らんし! 大金貰ったって、街から出て一日でボラれて無一文になんだからよ!」
「申しわ……は?」
実はそれも考えてみたのだ。どうせ断れないなら治療依頼を受けて、ここでたくさん治療して大金稼いでから旅に出る……直ぐに旅の途中でボラれたり盗まれたりして無一文になって途方に暮れてる自分を想像してしまった。
旅慣れていない自分は、たぶん行く先々でポカをやるだろう。TVで見たアジア・イスラム圏の値切り前提の値段交渉なんて絶対無理だ。騙される度に路頭に迷う可能性がある。一箇所で大金稼ぐよりは継続して金を稼ぐ方法を残しておかないと危ないんだ。連想したのは旅芸人よろしく家無き子版大薮新平だ。
「ボラれ……?」
「おお~っ……いらん事まで口走った。と、とにかく。悪いが。協力は出来ない。帰ってくれ」
やばい。勢いで押し切って追い出す予定が、変な事を言ってグダグダになった。
「こっ、困ります。どうかお受け頂けませんか!」
「うわあっ、ひっつくな!」
眼前に迫られて手で抑えようとしたら、素肌の肩に触ってしまった。やばい。柔らかい。天馬騎士の装束は露出が多い。自分的には水着の少女に迫られてるのと変わらない。何処触って押し返せばいいんだ。動揺したのを誤魔化そうと必死になる。
「そ、そんな格好してくりゃれば、俺が鼻の下伸ばして受けるとおもったのか。その手にはにょらないからな」
「なっ」
この天馬騎士の装束。胸元がかなり際どい。というか両側からコルセットみたいにカバーしてるだけで、双丘の間から臍下までが露出されてる。
こんな姿で正面に座られてさっきから気になって仕方なかったのだ。やばい事を口走ったと思ったが止まらなかった。
「違います。私はっ」
「だって天馬騎士って騎乗してない時は普通ケープ被ってるだろ。なのにわざわざそんな格好で来たら色仕掛けで来たかと思うだ……!」
――気がついたら引っぱたかれていた。
「こっ……このっ……不埒者!」
目に焼きついたのは顔を真っ赤にして叩いた手を押さえ叫ぶカチュエラ王女。
「お……」
「帰ります! 失礼しました!」
そのまま肩を怒らせて扉を開けて出て行く。慌てて近衛騎士達が追いかける。
残されたのは頬に手を当てて呆然としている自分と侍女さん。
「俺が悪いのかよ……」
思わず呟いたが、控えの侍女さんは目を背けて小部屋に逃げていった。
そりゃ俺が悪いのだろうな。生真面目そうな娘だったし。
唸りながらソファーに転がって頭を抱える。
断って追い返すのは成功した……一国の王女様をセクハラして怒らせるというとんでもない形だったが。
次回タイトル:大薮新平 帰還への手掛かりを掴む




