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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
1章 トリスタ森林王国内乱編(全33話)
23/100

21. 大薮新平 宮廷魔道士と王都へ

 異世界に召喚された大薮新平。そこは内乱が起きている国だった。踊ると魔法が掛かるという、宴会芸みたいなスキルを得ていた新平は、ランドリク城にて出自を明かすが相手にされず軟禁される。城から逃亡を計るも捕まってしまい、そこへ宮廷魔道士ミモザが現われた。


「ほう……それは難儀だったのう」

「いやもう、だから正直早く国に戻りたいんだよ。お婆ちゃん何か知らないかな」


 新平達はミモザが乗ってきた馬車に乗って街道を進んでいた。向う先は王都だ。


 昨日ランドリク城から逃亡を計った新平だったが、結局捕まって城に戻されてしまった。新平は隙を見て再び逃げようと考えていたのだが、そこに現われたのがこの老婆だった。

 彼女はこの国の宮廷魔道士と名乗った。皇天騎士団の副長が膝をつく程、偉い人らしい。何でも天馬と話す人間が現われたと聞き、わざわざ新平に会いに王都から来たという。

 風体は怪しい癖のありそうな老婆なのだが、話してみると気さくで喋り易く、異国人ならば敬語も不要と言われ、新平はすっかり打ち解けてしまっていた。

 ……もちろん気さくな宮廷魔道士等いる筈が無い。老獪な彼女は新平と話しながら対応を変化させ印象を操作したのだ。彼女の話術に上手く乗せられたのだが、新平はまったく気づいていなかった。

 新平としては、デニス達と別れ、異世界召喚は疑われ、味方のいない状況で、なんでも頷いてニコニコ話を聞いてくれるお婆さんはとても嬉しい存在だった。もう嘘を言う必要も無く片端から事情を話し、一刻も早く帰りたいと愚痴っては、何か手掛かりを知らないかと頼みこむ始末だった。

 老婆は自分は事例を知らないが王都で文献を調べてみようかと協力を申し出てくれた。どのみちアンジェリカ王女救出の褒賞は王都で褒賞式を行い渡されるので、明日にでも先に向かわないかとも誘ってくれた。この城に軟禁されていたくない新平は飛びついた。突発的に城から逃げようとしたが実際行く当ても無い身なのだ。国の偉い立場の宮廷魔道士が王都の文献を調べてくれるなら、これに勝る方策は無い。

 同席していたトルディア達も監視したり王都に護送したりする手間が省けるのか、あっさり同行を賛同してくれた。即時王女の了解を得て、翌日にはランドリクを出発したのだった。


 ……別れ際、馬車から振り返ったら、トルディアが大きく安堵のため息をついていた。


                    ◇

 

 新平はミモザと二人、馬車に乗って今までの経緯を話しながら王都に向かう。同行者としては馬車の御者と騎乗した男性の騎士が二人。更に護衛と言ってランドリク城からも天馬騎士二名がついて来た。あのハレンチな格好で妙齢の女性騎士に馬車の前を歩かれると気になって仕方ない。後ろから見ると尻の形と背中が丸見えだ。つい用も無いのに馬車から顔を出して、外を見る振りをしては眺めてしまう。

 その姿をミモザが呆れた目で眺めている事は当然気づいていない。


「しかしアウヴィスタ様が別世界から人を呼ぶとは驚きじゃのう」

「うーん……お婆ちゃんが知らないくらいなら殆ど前例がないのかな。参ったな。帰る方法判るかな」

「わしもまだまだ浅学じゃからのう。しかし、どこかで聞いた事がある気もするのう。詳しそうな者に心当たりがあるから調べてみるとしよう」

「よろしくお願いしますっ!」


 新平は対面に座ったまま頭を下げる。すっかり丸め込まれていた。先日トルディアにも言い含められた様に、彼は一介の高校生で交渉能力が低く、気性は単純で他人の裏を疑うのも苦手だった。実に先が思いやられる。


「まあ、我が王都の歴史書は近隣国に見ない程の蔵書数を誇っておる。宛もなく街をうろつくよりは、よほど帰る手掛かりが見つかるじゃろう」

「はい」


 元気良く答える新平に、ミモザは目を細めて頷く。

 アウヴィスタ神が異世界から人を召喚する。実は過去二人実在した事をミモザは知っている。

 二百年程前にウラリュス大神殿に現われた男は練金術を伝えたという。その五〇年程前、アバルと呼ばれた東の国では光術の開祖となった聖女が降臨したと云われている。

 また、四百年程前にはレストラール火火山に亜竜が出現した事に対し、銀龍バストールが異世界から召喚され戦ったと記録がある。

 一般の民達には御伽噺として広められているが、この世界においてアウヴィスタ神は度々異世界から要人を召喚をしているのだ。そして現在も、ウラリュス大神殿を中心に度々降臨されては、様々な奇跡や啓示を残す。我が国でも五十年程前に高司祭が水害の神託を受け、難を逃れている。

 今それを話してはマズイ。自由に行動させて街で情報を得たら、この子はウラリュス大神殿へ行こうとするだろう。召還された先人達は皆、偉大な功績を残した。彼を慎重に懐柔し、わが国に取り込まなくてはならない。どのような恩恵が持たされるかは未だ判らないが、彼が起こす功績は、このトリスタ森林王国に繁栄を呼ぶだろう事は間違いないのだ。

 彼女はのらりくらりと新平の追求をかわしながら、情報を小出しにして王都に長期滞在させ、その間に懐柔を進めて、この国に仕官させ取り込んでしまうつもりだった。


「しかし奴は一体、何をさせたいのかね。……俺、少し気が短いんだよ。最後何か口論してた気がするんだ。死ね糞ったれが! とか云って、怒らせて山中に放りだされたのかな」

「ほほほ……」


 ミモザの額に一筋汗が流れた。頭の弱そうな子だと彼女は思った。


           ◇ 


 驚いた。天馬の言った神気とやらを話したところ、ミモザのお婆ちゃんにはそれが見えると言うのだ。


「成る程、成る程のう。これが神気というものだったのかえ」

「婆ちゃん……分かるの?」

「そうじゃのう。坊の身体に膜のように金色の光が覆っているのが分かるのう。魔術を人体に付与すると、白色の魔力で薄く覆われる時があるが、これはどの付与魔法とも違うようじゃ。魔力の強い天馬にも見える道理じゃろうの」

「すげえ! 俺には全然見えないんだけど」


 自分の肌を見ても分からない。臭いを嗅いでみたが、やっぱり分からない。漫画みたいに自分の身体からオーラみたいなのが沸きあがっているのを想像する。……嫌だな。ポーズを取って何か叫んだら、空から鎧が飛んでくるとか無いだろうな。


「……そりゃ不思議な事じゃのう。これは高度な付与魔法じゃ。魔道を歩む者、魔力を持つ者なら掛ける事は無理でも見える筈じゃがのう」

「俺って魔力持ってるのかな? 自分が魔法使いっていうか、魔法を使ってる自覚ないんだよね。追い立てられてる時に、何か手脚が引っ張られるのでそのまま動いたら踊るみたいになっちゃって、最後に名前が頭に響いたと思ったら、勝手に相手が魔法掛かったみたいになるんだよ」

「ほう、ほう、ほう。興味深い話じゃのう」

「これって魔力無いのに魔法使ってるって事になるのかな」

「いやいや、坊に見えないからと言って、魔術を使えないという事はないのじゃ。我等の魔術は術者のオドと呼ぶ魔力を、術式を用いて自然界のマナに呼びかけ発動させるのじゃ、術者自身がどれだけオドを内在してしているかを魔力量や魔力の強さと呼ぶのじゃが坊は……」

「……俺は?」

「ふむ? ……ほう。……ほうほう! ……驚く程」

「驚く程?」


 あれ? 来たか。ここで俺凄い。俺強い! の展開が。俺の伝説ここから始まっちゃうか。


「……存在を感じないのう」

「…………そうですか」


 始まらなかった。


 普通に考えれば、この世界の住人じゃないんだから、そんな訳の分からんものを持ってる筈がない。……当たり前だよな。うん。


 座ってる椅子にのの字を書く。


「でも、魔法じゃなかったらなんなんだろう」

「そうじゃのう。わし等の知らぬ、新しい魔術なのかもしれぬのう」

「…………」


 『呪い』とかじゃないよねと言いそうになったが、頷かれたら怖いので聞けなかった。


                    ◇ 


 道中、宿は町でも高級なところで、一番高い部屋に宿泊した。流石宮廷魔道士、金持ちらしい。騎士と天馬騎士は普通の部屋だったが、ミモザ婆ちゃんの宿泊する部屋は複数人用なので新平も同室に泊まらせてもらえた。日本でも豪華だと言える程の内装。柔らかな羽毛のベッド。食事も豪勢なものだった。しかも、雑炊ではあったが米も出た。なんだよ米あるじゃねえか。パンと肉しか見なかったのでちょっと感激した。

 宿では魔法も見せてもらった。ミモザが何やら難しい言葉をぶつぶつ言って杖を掲げたら目の前に炎が出現する。


「おおっ!凄えっ!」


 おもわず拍手する。ミモザ婆ちゃんは得意がりもせず、ニコニコ微笑んでいる。宿内なので多用して建物に被害が起きてはいけない。実演は止め、次は原理を説明してもらった。


「この世で魔法と呼ばれるものは、万物に宿る命の力……」


 新平は三分掛からず、うとうとし始めた。彼は難しい講釈は苦手だった。


「はっ、ご、ごめん。続きをどうぞ」

「……それでは続けるかの、そのマナには種類があっての……」

 

 今度は一分かからず即行で寝てしまった。


「はっ、ご、ごめんなさい。失礼しました!」

「ほほほ……どうやら長旅で疲れているようじゃ、今夜はもう休むとしようかの」

「すいません。助かります」


 にこやかに微笑んでいるが。持った杖が少し震えてる。新平は思った。


(良かった。怒っている様には見えない。年寄りだから夜遅いと疲れて掴む手が震えてるんだな。俺も悪かったけど、ここは早く休んでもらおう)


 平和な男だった。


 ありがたく礼を言ってベッドに入り、すぐにいびきをかき始める。その様子を微笑ましそうに眺めていたミモザだったが、明かりを落とすと舌打ちをして、控えの騎士達と話すために部屋を出て行く。内戦時の宮廷魔道士が暇な筈は無い。宿で情報を収集し伝令の騎士達に命じ連絡を取り合ってる事なども露知らず、新平は久しぶりに熟睡した。


                    ◇ 


 道中の休憩時にはミモザの仲介で天馬と話す事もあった。噂で聞いていたらしい天馬騎士達も、自分達の天馬と会話ができるかもしれないとあって興味深々だ。

 関係ないけど天馬騎士って顔に選考基準でもあるんだろうか。どう見ても町では見かけない若い美人揃いだ。下馬したので外套を羽織い上体は隠れている。しかし、ミニスカから伸びる白い脚に目が引き付けられそうになって実に困る。いや本当は困らない。でもちょっと困る。

 円陣を組んで座り、名前を聞いて天馬達に話しかけた。


「じゃあ……コンニチワ。レックスさん、リューグさん」

 

 一応さん付けで呼んでみる。ぴくりと天馬達が顔を上げた。不思議そうな顔で何度か首を振った後、驚いたように喋りだした。


『汝は我等の言葉を解すか』

 

 おお、やっぱ普通に喋るなこいつら。宙で指を回しながら言い返す。


「言葉が分かるっていうか、魔法が掛かってるらしいんだ。俺は普通に自分の言葉で喋ってるんだけど勝手に翻訳されるんだよ」

『ほう……』

『そのようなわざは初めて聞く』

「ふーん……やっぱ、普通に喋れるね」


 ミモザと天馬騎士達に、普通に会話出来ると話すと改めて驚かれた。彼女達からすると天馬はブルブル唸ってるだけで、ちょっと信じられないようだ。後方に控えてる男性の騎士達などは完全に疑った表情を自分を向けている。


『人の子よ、それはお前が編み出したわざか』

「いや、全然。俺ってここの神様に召喚されたみたいなんだ。トリス様? が言うには神気っていうのを纏っているから、その所為じゃないかとか言われてる」

『おお……』

『トリス王と拝されたか』

『王の目利きならば違いない』

『神気を纏う子か』


 翻訳がおかしいのか、聞き慣れない言葉使いで分かり辛い。新平は思った。


(馬の方言って難しいな)


 ミモザが提案してくる。


「疑うわけではないが、先に会話ができてるという証明が欲しいところじゃのう」

「そっか。騎士さん達と、この馬しか知らないような事でも聞けばいいのかな」

「そうなのですが、許しを得ていませんので馬などとは呼ばないで頂きたいです」「どうかリューグ様、レックス様と」


 馬に様つけるのか。変なの。


「……って言ってるんだけど、ゴメンな疑って。証明したいんだけど、この騎士さんと自分達しか知らない事ってある? 例えば昔の事とか」

『ふむ……我が乙女は初陣で緊張の余り、我が背に漏らした事があるな。初々しいものであった』

『応。懐かしいの。我が乙女の初陣では、早々に槍を二本共敵兵に叩き落とされて、べそをかいて逃げ回っておったわ。仕方なく弓を射るのだが、まったく届かなくての』


 首を揺らしながら嬉しそうに天馬達が話す。いいんだろうか、こんなの伝えて。


「――って、言って」

「お待ち下さい!」「そう以上はどうか! 後生です!」


 天馬騎士さん達が真っ赤な顔で続きを言わせまいとする。ミモザが人の悪い笑みでふひひと笑った。後ろでは男性の騎士達が戸惑った顔を見合わせている。


「証明になった……かな?」


 ミモザは頷いてくれたが、天馬騎士さん達は膝で両拳を握り締め、涙目で睨んでるので居心地が悪い。もう余計な事を言ってくれるなと目が訴えている。これって俺が悪いのだろうか。不謹慎ながらも大人の女性が羞恥で縮こまってる姿はちょっと可愛いと思ってしまった。

 ミモザが笑って、赤い顔でもじもじしてる天馬騎士さん達を宥めてくれた。


「リューグ様、レックス様と彼女達との話を介してみると良かろう」

「そうだね……何か騎士さん達と話す事ある? 通訳するよ」


 ミモザに促され天馬騎士との話を通訳する事を天馬達に説明する。


『応!』『おおう!』

「うわあっ!」


 天馬達は興奮したのか、耳を伏せ、眼を吊り上げてぶるぶる震えて……脱糞しやがった。ドン引きだ。しかしミモザや天馬騎士達は気にもしていない。


(って何、驚かないの、引かないの? これって普通なの?)


 平然としてるミモザ婆ちゃんや天馬騎士達にも少し引いてしまう。


『我が乙女よ。この雄を介してであるが、言葉を交わせる喜びを讃えよう!』『我もだ。我が乙女よ!』

「……俺を介してだけど、話せて嬉しいって」

「まあ」「ありがとうレックス。わたしもとても嬉しいです」

「――だって」

『『応!』』


 テンション高過ぎるだろこいつら。あと馬糞が臭ってきたんだけど。


 天馬達が高揚していくに対して、新平のテンションは駄々下がりしていく。


「私の乗り方に不満は無いか聞いて頂けますか」

「あ、私も是非お願いします」

「自分達の乗り方や扱いに不満は無いかってさ」


『否!』『否である!』


 うるさいよ。


『あえて言うならば、槍裁きで肢体が揺れ過ぎであろうか』『戦時で幉を引き過ぎであるな』


 あるじゃねえか。


『『しかし、それもまた一興!』』


 なんだこいつら。


『未熟も又、愛しさよ!』『精進を慈しむも我が喜び!』


 どうしよう。変態がいる。


 何と通訳して良いか分からない。こいつら変態だよと伝えてしまって良いものか。


「えー、槍裁きで体が揺れ過ぎとか、幉を引き過ぎとか、確かに未熟な点や精進して欲しいところもあるけど、そこも面白くて……一緒に成長できて嬉しいって」

「そ、そうですか」「あ、安心しました」


 あれ、顔が強張っている。上手くフォローしたつもりだったんだけど駄目だったのかな。 


「えーと、他には?」

『我はもっと語り合いを欲しておる』『応! 我もである』

「……語り合いって、話は出来ないでしょ?」


 だから今、俺が通訳してるんじゃないか。馬鹿なの。馬なの。


『雄よ! 青いぞ! 我等に言葉は不要!』『触れ合いに勝る会話は無し!』


 ……もっと構って欲しいって事か。子供だ。子供がいる。

 

「もっと構って欲しいんだってえええっと!」


 伝えた途端に天馬達が嘶いて前足を上げるので、びびって後じさる。


『我等を侮辱するか人の雄よ!』『礼儀を知らぬ子だ!』

「ご、ごめん。言葉足らずで! 俺、頭悪いんだ! えっと、もっとない? 何かない?」


 なんで、そのまま伝えたのに怒るんだこいつら。しかし蹴られては適わない。必死に話を逸らす。


『ふむ……たまには鞍など無粋な物は外し、生まれたままの姿で共に空を駆けたいものだ』

『応! 我はまた水浴を一緒にしたいものだ!』

『ふむう! それは一興。我も水浴を所望するぞ! 湖畔にて共に戯れようぞ』


 ……それを俺に伝えろというのか。


「鞍無しでぴったりくっついて飛んでみたり、素っ裸になってもらって水遊びしてみたいんだってえええっ!」

『否であるぞ小僧!』『そのような卑猥な妄想と一緒にするでない!』

「どう違うんだよ! ホラ、どうせあの外套とかは好きじゃないんだろ?」

『応! あの外套は我が乙女の愛らしさを損なっておる』『是だ! 無粋な衣よ』

『『鎧など不要!!』』

「やっぱりエロ好きなだけじゃねえか!」


 こいつらは、ただのエロ馬だ。俺もそう思うから気持ちは分かる。


「やっぱその外套嫌いなんだって、もっと露出度の高いHな格好して乗って欲しいんだってさ」


 このレオタード装束みたいなのが、更にHになったらどうなるんだろう。ちょっと想像出来ない。紐ビキニか? 兜や具足等は残るだろうから、実際にされたらキワドイどころか異様な光景だろう。ちょっと怖いぞ。

 天馬騎士達に伝えた瞬間、天馬が突っ込んで来た。


「うおっ! ってうわっ、何だよお前等?」


 慌てて避ける新平。振り返ると、もう一体の後ろ脚が狙ってるのが見えたので這って逃げる。


『雄よ。何故そのような下品な物言いをするか!』

「いや、同じ事だろ!」

『否!』『「否である!』

『やはり人の雄は粗野で言葉を知らぬ!』

『高貴な我等の言葉を伝えるのは、この雄には大難過ぎるようだ!』

「高貴な馬なら、糞を垂れ流して蹴ってくるなよ!」

『おのれ!』『雄が!』


 追いかけっこが始まる。ミモザと騎士達は呆然としている。新平は蹴られたら堪らないので必死に逃げ回る。


「ちょっ、いいのか? お前等の乙女達が呆れて見てるぞ。高貴なんだろ」

『ぬう!』『おのれ!』


 立ち止まったので迷わず【睡魔の踊り】を踊る。突然新平が踊りだした意図が判らず戸惑う天馬達。周囲の騎士達やミモザさんも呆気に取られている。追いかけっこしていたら突然踊りだしたのだから当然だ。おかげで天馬は簡単に眠らす事ができた。

 あっさり眠った天馬達が地面にへたりこむと、天馬騎士さん達が悲鳴をあげて駆け寄った。


「ふう……」


 俺も遠慮がなくなったもんだ。でも仕方ない、自分の身を守るためだ。


「ふう。じゃないじゃろ。……坊、何をしたんじゃ」

「え、いや襲ってきたら、身を守らなきゃ」

「……」


 ミモザが呆れた顔で新平と天馬を見比べる。天馬は魔術抵抗が高く、通常の魔術等は効かないと聞いたのはかなり後になってからの事だ。


「レックス! どうしたのですか?」「リューグ、リューグ?」


 慌てて駆け寄った天馬騎士さん達に【睡魔の踊り】の説明をする。怪我もなく小一時間で起きだすから心配は無いと説明したが、責める様な顔を向けられてしまった。後ろの男性騎士達も自分を警戒した目で見てる。一見すると全然魔道士に見えない自分が、魔法を掛けたのだから仕方ないのか。しかしミモザ婆ちゃんまで困った表情で天馬達の介抱を眺めフォローしてくれない。 ……じゃあ俺、こいつらに蹴られて怪我すれば良かったのだろうか。勘弁して欲しい。

 休憩は天馬が起きるまで延長となり、起きた後に怒った天馬を押さえるのに更に時間が掛かり、次の町に着くのがかなり遅くなってしまった。道中ミモザに自分は悪くないぞと愚痴ったが、気を取り直した彼女は、ほほほと笑うだけで同意は得られなかった。



 余談ではあるが、その後天馬達の劣情溢れる心の内を聞かされて、天馬騎士達は天馬に触れるのを少し躊躇するようになった。その態度にいたく傷ついた天馬達が、新平を恨んだのは言うまでも無い。

 そしてその噂は彼等が王都に到着後、あっという間に天馬中に広がって、以後、王都で何度も官吏達が新平と天馬を話させようするが、天馬達は皆嫌がって逃げ回るようになるのだった。


                    ◇


 天馬達と喧嘩してから、心なしかミモザ婆ちゃんの態度が冷たくなったような気がする。いや、気のせいだろう。この優しいお婆ちゃんは自分の味方だ。馬車での話題も必然先程の天馬達の様子になった。あの後何度か天馬に話しかけてみたが、無視するか威嚇してくるようになってしまった。嫌われたようだ。


「どうも俺の通訳が気に入らなかったみたいで直ぐ怒るんだよ。連中って意外と狭量だよな」

「ほほほ……」


 ミモザは優しく微笑を返してくれる。だだ、帰ってくる微笑にため息が混じってる。何か疲れてきているようだ。やっぱり老人に長旅は辛いのだろう。


「おばあちゃん体は大丈夫? 長旅で疲れてるんじゃない。今日は早めに休もうな」

「……坊は思いやりのある子じゃのう」

「え、本当? はははー。いやー。」


 ミモザの笑みがかなり引き攣っているが、新平は気づかない。


 宿に着いた。夕食後に昼間に見せた【睡魔の踊り】の説明を求められたので話す。ついでに城砦では十秒くらい見てもらわないといけないので凄く苦労した事を話す事になって、次第に苦労話の愚痴になってしまった。どうもおばあちゃん相手では愚痴が多くなって格好悪い。

 実際に踊って見せる。もちろん最後迄踊って眠らせないように途中から目を合わせないで踊る。しかし終わった瞬間ミモザが倒れて眠ってしまった。


(そうだ。【睡魔の踊り】はレベルが上がって、目を合わせなくても掛かるようになったんだった)


 やばい。おばあちゃんと話すのが嬉しくてすっかり忘れてた。

 揺すってもミモザは起きない。ベッドに運ぶと首が痛そうだったのでネックレスも外してテーブルに置く。椅子に座って起きるのを待つ。【睡魔の踊り】を掛けてしまった事を謝らないといけない。

 手持ち無沙汰になった。周囲を見回してミモザの杖に目が止まる。綺麗な杖だ。ファンタジー映画に出てきそうな宝石が埋め込まれた装飾過多な小道具だ。男としてやっぱりこういうのには興味がある。持ってみると意外と重かった。振ってみる。宝石が光を放っているらしく振った軌跡に光が残ってかっこいい。テーブルに置いたネックレスを拝借して首に掛けてみる。鏡で見ると恐ろしく似合わなかった。逆に可笑しい。


 新平はミモザの真似をして魔法を唱えてみたくなった。まんま子供な行為だと思ったが止められない。彼はミモザが味方となってくれたと思っており、安心しきって浮かれていた。


「うんたらかんたら……炎よ!」


 バキン! ギン! カシャン!


 しかし、炎は出ず、代わりに杖から凄い破裂音が連続して鳴り響いた。更にネックレスはバラバラになって飛び散った。


「うわっ?」


 見ると杖に埋め込まれた宝石の全てに亀裂が入っていた。ネックレスの宝石も同様だ。


「うああああっ! ど、どうしよう!」


 青くになるが、治す方法など無い。ここには接着剤やセロテープもない。【癒す女神のムスタッシュダンス】で治らないかと試してみるが、物体には効かないのか全く誘導される感覚は起きず、無視して踊っても変化は無かった。 下げた食器からごはんつぶをすくって、宝石の隙間に塗り込んで押さえるなんて小学生みたいな事を始めたが治る筈も無い。

 子一時間程でミモザが目覚めた。新平は杖とネックレスの残骸を手前に置き、土下座で迎える。


「……坊?」

「ごめんなさい。壊しちゃいました」

「……どう……したのかの」


 寝起きの為か、ミモザは事の次第を理解できていない。しかし亀裂の入った己の杖を見て表情を改める。


「ごめんなさい! 【睡魔の踊り】は、今は目を合わせたら掛かってしまう事忘れてました。おばあちゃんは掛かって眠ってしまいました! そんで眠らせちゃった後に、暇だったのでちょっと杖借りて真似したら凄い音がして杖とネックレスが破裂しちゃいました!」

 

 ミモザは微笑を浮かべたまま固まった。ゆっくりとベッドを降り、絨毯に並べられたネックレスを撫でる。次第に手が震えだす。杖を手に取って状態を確認する。


「……………………」

「……………………」


 少し杖を振ってみる。何かカラカラと音がする。壊れた玩具みたいだと新平は思った。


「万物のマナよ。我が手を介し…」


 呪文を唱えて振ってみると、一瞬宝石が光ったけど直ぐに光は霧散した。


「……………………」

「……………………」


 完全に壊れたっぽかった。


「え、えへ」

「おおおおおおのれえええ!! この小僧!!」

「ひいっ! ごめんなさい!」

「貴様何をしたのか分かっておるのかあ!」


 今迄見たこともない鬼のような形相でミモザが叫びだす。流石に怒らせてしまった。新平としてはもう平身低頭謝るしかない。新平は何度も頭を床にぶつけて謝る。ミモザは怒りで震えているが、賓客として国に招く予定の男に暴力を振るう訳にもいかず、真っ赤な顔で堪えている。


「すいませんでしたあっ!」

「……っ!」

(ここここ奴、こ奴。こ奴は!)


 ミモザは怒りで声も出ない。この壊された杖は自分が五十年以上前に師から譲り受けた貴重な品だ。壊されたネックレスも魔力を底上げしたり耐性を上げる高価な物ばかりで、モーディア家に代々伝わる家宝だった。友人や国王から下肢されたものもある。合わせると城を買える程の値打ちがあった。しかしそれ以上に名誉と思い出の品なのだ。それをこの小僧は一瞬で全て駄目にしてしまったのだ。

 ぶち殺したい。殴り倒したい。宮廷魔道士のミモザはもちろん戦争の経験がある。必要とあれば人を殺す事にも躊躇は無い。若い頃は武闘派の魔女と恐れられたものだった。

 しかし、アウヴィスタ神が召還した者を害する訳にはいかない。逆に懐柔しなくてはならないのだ。


(落ち着くのじゃ。怒ってはならぬ。怒ってはっ……!)


 最初は警戒心の薄い貴族の坊ちゃんのような性格かと思って、聞き上手で対応したらあっさり懐柔できた。なんと扱い易い小僧だろうと内心喜んだものだ。

 文字も読めるし、一般の村民よりは知識も思考も高い水準にある。こちらの説明の理解力も早い。性格も素直だ。

 しかし素行が悪過ぎる。人の話を最後まで聞かない。本音を理解しない。興味無いと眠りだすわ、天馬と喧嘩するわ、言っては成らぬ事をづけづけと話し相手を怒らせる。最後に自分が命より大事にしている杖を壊しやがった。

 根は素直で優しい子だとは分かる。気遣いもできる。しかしその気遣いは的外れで、無神経で、表現がことこどく空気を読めていない。

 怒ってはいけない。懐柔しなくてはいけない。しかし怒りが収まらない。


「こここ、壊れてしまったものは仕方ないのほおほっ……」


 懸命に自制しながら自分に言い聞かせるように返答する。途中で声が裏返ってしまい我ながら嘘臭い。これはまずい。しかし途端に顔を上げてほっとしやがった。憎らしくて手が震えてくる。発作的に殺してしまいそうになる。

 駄目だこの小僧は。私と相性が悪い。


(もう知らん。私ゃ関わるのはご免だ。戻ったら、ミズールに押し付けよう。)

 

 この子は関わると碌な目に合わない。悪気無く周囲に迷惑を掛けまくる男だ。表面だけ仲良くして、王都についたら後は同僚に押し付けよう。

 そうミモザは決心した。


「もう勝手に人の物を弄ってはいかんぞ」

「はいっ! すいませんでした!」


 こうして新平は、自覚の無いまま、彼女の真意にも気づかないままに、懐柔を企てる宮廷魔道士ミモザを遠ざける事に成功したのだった。


                    ◇


 その後も馬車は進み。道中で上空を天馬の一団が王都に向っているのを発見する。天馬騎士達が一団をフォーセリカ王女率いる皇天騎士団だと伝えると、ミモザは事情を聞いてくる様に指示をだして天馬を向わせた。すると程なくして慌てて戻って来て驚くべき事を報告した。


 ゲルドラ帝国の飛竜の一団が、北の国境を突破し王都の手前まで迫っている。自分達は迎撃に向っていると言うのだ。


 王都に危機が迫っていた。

次回タイトル:大薮新平 王都で女騎士と再会す


登場人物紹介にイラストを追加してみました。興味がありましたらどうぞ。

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