20. 大薮新平 城から逃亡す
異世界に召喚された大薮新平。そこは内乱が起きている国だった。踊ると魔法が掛かるという冗談みたいなスキルを得ていた新平は、踊りを駆使して捕らわれの姫様を救出。ランドリク城にて、自分はこの世界の神に召喚された異世界人だと告白するのだった。
結局。王女の天馬には会わせてもらえなかった。
そのくせトルディア達は調べたいと言って所持品を持って行こうとしたので、流石に鞄と携帯は固辞し、シャツとズボンのみ渡した。自分の見えないところで官吏達が自分のシャツやズボンを撫で回してるかと思うと微妙な気分だ。
デニスも帰ってこないまま、あてがわれた部屋で一夜を明かす。何処に行ったんだろう、あのおばちゃん。城をうろついて盗みを働いてなければいいが。ラディリアは仲間達のところへ戻ったんだろうか。
暇なので街でも散策に行くかと、外に出ようとしたら「外出は認められない」と止められた。何故かと聞いても『上からの指示』『安全の為』としか教えて貰えなかった。何だろう。誰か攻めて来るとかあるのだろうか。しかし、通過した城下町は賑やかなものだった。となると身の安全として褒賞を与えていないのに、町に下りて事故に巻き込まれたり、行方不明になられたりしたら困るというあたりだろうか。さっさと済ませてくれればいいのに。
困ったなと思うが、昨夜も夕食を頂き、結構良い生地の毛布も貰ってホクホクで安眠を貪った手前。衣食住まで面倒見てもらってる立場では強く出難い。しかし何か引っかかる。何故だろうと考えて……
自分が軟禁されてる事に、今頃気がついた。
彼女達にしたら自分は得体の知れない自称異世界人だ。隔離してどう扱うか相談してるんだろう。聞いた事の真偽を調べたり話し合うには時間が必要だ。未知の魔法を使う人間を街にホイホイ放って何か問題を起こされても困る。そりゃ外出禁止もするだろう。では何時迄だ。何時相談が終わる。数日はかかるよな。だって今は……
敵地に攻め込んで戦って来た帰りなんだから、俺なんかに構ってる暇はないじゃないか。
自分で考えた結論に、新平は青くなった。
王女達の立場で考えてみれば判る。敵城砦へ攻め込み城主の首級を上げたのだから、当面の対応は敵勢力がどう反撃してくるか動向確認とその対応だ。今は内乱中、戦争中なのだ。俺なんか閉じ込めとけば良い。与太話かもしれないし。情勢が落ち着いてから話を聞くでも良い。どうとでも扱える存在だ。しかし、こっちは一刻も早く手掛かりを掴んで日本に帰りたい。それでは困るのだ。
予想した通り。その日も翌朝になっても声は掛からず外出も止められたまま。やっぱり軟禁されているようだった。向こうが忙しくて放置してるだけかもしれないが、こっちにとっては部屋から出られないなら軟禁だ。
困った。即座に命の危険は無いが拘束されてしまった。
どうする。逃げるか。何処に。碌に金もないのにか。服も取られてるぞ。逃げ出すならせめて金を貰ってからじゃないか。でも何時貰えるんだ。なんとか逃げたとして金も無いのにどうするか。街に出ても、ここの領主の城から逃げるんだから追手が来るだろう。なら街からも逃げ出さないとならない。どうやって? それこそ【親愛なる魅惑のタンゴ】で金ありそうな人を騙して金を巻き上げて匿ってもらうのか。……なんで俺、犯罪者になってるんだ。
頼りの踊りも前回失敗してその原因は判らないままだ。いざという時に使えなかったらどうしようという心配もある。
やばい。混乱してきた。猪突な自分は頭を使うのが苦手だ。頭が熱い。煙を吹きそうだ。でもここはきちんと考えないといけない。
部屋の窓は高いところに通気口程度のが一つのみ。ガラスは無い。小さ過ぎてここからは逃げられない。
新平は風に当たりたくなって、通気口に顎を乗せ、外を眺めながら唸る。すると、かなり遠くをデニスが歩いているのを見つけた。
「!」
声を掛けたいが遠過ぎた。眺めるしかできない。
(なんでデニスが……)
彼女はのんびりと城の外へ向っている。付き添いの兵はいなかった。……つまり彼女は城に自由に出入り出来てるのだ。何故だ。俺だけ軟禁されてるのか。
彼女はフラン達が城砦に潜入する為に雇った盗賊だった。直接ではないが王女派の一員なのだ。正体不明の自分とは違って、雇用関係にあるので彼女は……自由なんだ。
(俺だけが、閉じ込められている)
一緒に逃げてきたから仲間みたいに思ってきたけど、ラディリアはアンジェリカ王女の近衛騎士だから当然王女派で、ここは元々居た陣営だ。デニスも王女派と雇用関係にある盗賊だ。何かあった時、二人は自分ではなく王女側につくのだ。自分だけが異邦人で、この地には味方なんて誰もいないのだ。
(……逃げるか)
下手すりゃ内戦が終わるまで何ヶ月も軟禁される。冗談じゃない。預けた服が心残りだが気にしてる場合じゃない。
焦燥感に追いたてられ荷物を担ぐ。扉を開けると何時もの見張りの兵、二人が振り返った。
「どうしましたか」
「え、えーと……ちょっと。外にでたいなーと」
「許可されておりません。何とぞ外出はお控え下さい」
言葉は丁寧だが、有無を言わせない雰囲気だ。もう一人の若い兵士が身体で進路を塞いでくる。通す気はないようだ。仕方ない。騙すのは心苦しいが眠らせるか。
「そ、そうだ。ちょっと見ててくれない」
言った瞬間二人は青い顔をして廊下へ向き直った。
「お戯れは、およし下さい!」
踊りを見ると魔法が掛けられる事はやっぱり教えられているようだ。ここで出来るとしたら【睡魔の踊り】だ。しかしこの踊りは範囲十m以内で、踊りが終わる迄の約十秒間踊りを見てて貰えないと効かない。
「我々は貴方様をお守りするよう命令を受けているのです!」
「……いや、それが困ってるんだけど。ちょっとだけでも外に出たら駄目ですか」
「認められません!」「お戻り下さい!」
「何で? 別にちょっと回ってくるだけだよ」
「我々は理由は聞かされておりません」
「だ、誰に言われてるの」
「警備班レーグ隊長の命を受けております」
「誰それ……呼んできてくれない」
「我々にはそのような権限はありません」
埒があかない。
しかし強行突破もできそうにない。武器を持った人間に襲い掛かる訳にもいかない。我、即、斬されてしまう。一人が槍をかざしたまま部屋に押し込もうとしてくるので仕方なく戻る。直ぐに扉は閉められた。
糞。失敗した。もう少し考えてから出れば良かった。思いついたら即動いてしまう自分の悪い癖だ。
部屋内を歩き回った挙句、ここから効かないかと諦め悪く手足を振ってみる。
くんっ……
「!?」
引っ張られた。これは踊りが出来る前兆だ。もしかして、このまま誘導に乗って踊れば掛かるんじゃないだろうか。
(う、嘘だろ)
半信半疑ながらそのまま踊る。
「ハッ! ハッ! フッ! スリープゥゥ!」
脳裏に言葉が響く。
【睡魔の踊り】
ドアの向こうで槍が倒れる音がした。
「……」
おそるおそる扉を開けてみる。やっぱり、兵士二人は倒れて眠っていた。
「扉越しでも効くのか……」
十秒見てろは何処行ったんだろ。
前からそうだったのだろうか。こんなパターン試した事がないから判らない。ずっと成功してたからな。条件は何だ。ありそうなのは「話掛ける事」「目を合わす事」くらいだろうか。
二人を部屋に隠し、そのまま廊下に出る。泥棒よろしく壁沿いに背を預けて少し歩いてみた。
太陽が普通に差してる真昼間。のどかな鳥のさえずりも聞こえてる。逆に怪しさ全開になった。馬鹿らしくなってそのまま普通に歩く。
「!」
少しして官吏らしい二人組が向こうから歩いて来た。こういう時はきょどったら駄目だ。堂々としてれば逆に不審がられない筈だ。顔を上げろ。胸を張れ。
「どうされましたか」
駄目だった。
「い、いやちょっと呼ばれてて」
「……どなたにでしょうか」
「だ、誰だったかなー。そーだー。トルディア副隊長の使いって人だったかなー」
いざとなるとアドリブの弱い地が出てくる。嘘は苦手だ。
「……では、私達がお送り致しましょう」
「いやいや、お構いなく」
「案内も無くお一人では大変でしょう」「この城は広うございますよ。遠慮なさらずに」
「いやいや……」
「いやいや……」
「「……」」
ダッシュ。身近にあった扉を開けて逃げ込む。
「「あっ!」」
中に駆け込んでテーブルを掴んで扉に押し付けて塞ぐ、スペースを作って即行【睡魔の踊り】を踊り始める。
「お待ち下さい。おい、人を呼んで来い」「おう」
扉を開けてテーブルをどかして一人が追いかけてくる。しかし踊りが終わる方が早い。
【睡魔の踊り】
「あっ?……」
どさりと官吏が倒れる。跨いで廊下にでると、もう一人も離れたところに倒れていた。
「ふー……」
危ない危ない。でもやっぱり話すか目を合わせば効くな。しかも廊下で倒れてる人は、扉から十m以上離れている。有効距離も以前より長いようだ。これならイケる。……なんか凄く格好悪いが。
廊下に倒れている官吏達を部屋に引きずって、並べて寝かして扉を閉める。改めて外を目指す。
「む」「おい。お前は誰だ」
「げっ」
今度は知らない兵士が二人。巡回か。彼等には自分はただの不審者だろう。慌てて身近な扉を開けて入る。彼らは挙動不審な男が手近な扉に逃げ込んだので追いかけてくる。
「おい!」「待て!」
「あら?」
部屋の中では掃除をしていた女中さんらしきおばちゃんが、きょとんとしていた。
「ごめん。待って。待ってね」
両手を挙げ、おどけて警戒を解かした後で、テーブルの椅子を掴んで扉前に運んで踊りだす。女中さんはバケツと雑巾を持ったまま呆気にとられている。ちょっと恥ずかしい。
追いついた兵士が扉を開けて、踊ってる自分を見てこれまた呆気にとられる。畜生、もう恥ずかしいというか、普通に情けない。
「ちょっとあんた……」
「なにを……」
「ハッ! ハッ! フッ! スリープゥゥ!」
言葉が頭に浮かぶ。
【睡魔の踊り】
ばた、ばたり……
「えー……本当ごめん」
倒れてる兵を引きずって部屋の中に入れ、三名共テーブルの椅子に座らせる。兵士は鎧を着けてるので重かった。
その後も同じ手法で進む。
目が合う。声を出す。逃げる。距離を取る。隠れられる所があったら隠れる。そこで踊る。追手が迫る前に踊りが完成して相手が眠る。三十m以上逃げてから踊っても効いたのでこれは使える。城砦の時に知っていたらかなり簡単に話が進んだろう。いや、町を封鎖された時も使えたんじゃないのか。デニス達に今頃気づいたと話したら殴られそうだ。
踊る時間も少し短くなった気がする。十秒も掛かってない。もしかして【睡魔の踊り】のレベルが上がったとかしたのだろうか。嬉しいんだけど嬉しくない。これレベルが上がっていったらどうなるんだろう。踊りが派手になるとか。煙や音楽が流れ出すとか。……本気でやめて欲しい。
踊る。踊る。
眠る。眠る。
城の門まで来た。城門の兵士に向って離れたところから「あ!」と大声出して、振り返った兵に視線を合わせてから奥へ逃げて踊る。兵士達が顔を向き合ってこちらに掛けてくる前に、十分距離を取ったので先に踊りが完成する。
ぱったり倒れた門兵達を壁にかけて寝かせる。流石に石床に転がしておくのは忍びない。
やっと城外出た。何日ぶりだろうか。大きく伸びをする。
「おおーっ!」
ああー、空気がうまい。
……さて、とりあえず街に向うか。ラディリアとデニスに、別れの挨拶ができないのは寂しいが、仕方がない。
結局無一文で、また街から再スタートだ。とほほ。
しかし、少し歩いたところで羽ばたきが聞こえ、上を向いたら天馬が二騎舞っていた。
わざわざ城内から天馬で追いかけて来たのか。走って逃げる。踊ろうかとも思ったが空中で天馬を眠らせたら落ちて大怪我だ。そんな事をする訳にはいかない。傍に天馬が降りてきた。糞、あっちの方が早い。やばい。天馬から騎士達が降りたので視線を合わせてから更に走る。彼女達は馬に戻るか迷った末に、走って追って来た。しかし槍を持ってるので、こっちの方が走るのは早い。十m近く引き離してから即行踊って眠らせる。走ってる途中だったので転んでしまう天馬と騎士達。実にコントみたいな転び方だった。馬はどうでもいいが、女性に怪我させたかは心配だ。慌てて戻って怪我を確かめてから道横の草むらに運んで寝かせる。
時間を食った。走ろうとしたら再び上空から羽音がしたので仰ぐと、新たな天馬が五騎もいやがった。まずい。全力で走るが時既に遅く、天馬が四方に降り立つ。そして四方から槍を向けられた。
「うおっ!」
おもわず止まって万歳する。
さっきの二人は一応客人の自分に怪我をさせないようにと、配慮してる節があったので逃げれたが今度は違う。おそらくさっきの天馬騎士が眠らされるのを上空で見てたんだろう。殺気がある。これは動けない。四人共目が真剣だ。俺を警戒してる。更に上空から指示が来た。
「腕を掴め!」
「げ」
騎士達が順に馬を降りて来て腕を掴む。しまった。詰んた。これで踊れなくなった。失敗か。
新たな天馬が降りて来た。やばい、トルディアだ。思いっきりこっちを睨んでいる。なんて誤魔化そう。
「……オヤベ殿……」
「……て…てへ」
我ながら可愛くなかった。
◇
「オヤベ殿。どちらに?」
トルディアが詰め寄ってくる。天馬騎士四名に腕を捕まれ新平は逃げられない。殺されないとは思うがボコられるくらいは、覚悟した方がいいかもしれない。
「え、えーと……ちょっと、散歩にと」
「部屋からお出にならない様、お願いしていた筈ですが」
「いや、監禁されてるのは嫌なんで、町にでも行こうかなーと」
「……っ!」
責め立てて引き戻すつもりだったのに、ストレートに「監禁された」と言い返されて、トルディアの二の口が詰まる。天然のカウンターだった。
「そ、そのようなつもりはありません。お疲れでしょうし、休息が必要でしょう」
「何日も出るのを許さないなんて監禁でしょう。もう十分だよ。色々情報仕入れたり、他にも金を稼いで生きていく方法も考えないといけないので、ちょっと行ってきます」
「それは認められません」
「えー……それは困っちゃうな」
上手い反論を思いつかず、普通に言い返したら、トルディアの顔が引き攣った。困っているのはこっちだと顔に書いてある。
実際トルディアは困惑していた。まさか抜け出すとは。しかもこんなに簡単にだ。正直新平を侮っていた。外見が魔道士に見えないし、話しても貴族の世間知らずな馬鹿息子そのものだったので、油断してしまった。
昏倒している兵士が見つかり、すわ敵襲かと城内は大騒ぎになった。眠った兵達は叩いても起きず、特別な薬品でも嗅がされたかと医者に診せるが、原因は分からず皆が一様に青くなった。しかし次々見つかる者が怪我もなく丁寧に寝かされているのを知り、経路からもしやと彼の部屋を確認させたらもぬけの空だった。探せばのうのうと城門から歩いて外に出てると言うではないか。急遽手近な騎士団員に命令して追って来たのだ。先行した二騎をあっさり眠らせた手際の良さには上空から見ていて唖然とした。とんでもなく熟達した魔道士ぶりだ。先日尋問時に魔術がなかなか実演出来ず手間取ったのは、こちらを油断させる為だったに違いない。
ついで、わざわざ戻って来て、倒した兵の怪我を確かめ草むらへ運ぶ善良さには呆れた。止めを刺すつもりかと慌てて急降下していたら、介抱を始めたので天馬から落ちるかと思った。
ランドリク城を間借りしているがここは前線だ。次期王女の居る前線の陣だ。熟練兵で体制を布いて警備もしている。その兵達をいとも簡単に無力化し城外に出るとは驚くべき魔術だった。しかも今は真昼間だ。外に出れると言う事は逆に外からも入れる事を指す。そんな人物を城下に放つ訳にはいかない。少し脅すべきだろうか。王女にセクハラした恨みもある。いや、駄目だ。一応この少年はアンジェリカ姫を救出した人物なのだ。あくまでも体裁上は賓客として遇しなくてはならない。天馬と話すという件もあるし、敵対されては面倒だ。
先日は、話ぶりから交渉経験の無い扱い易い小僧と判断した。これなら好きな様に扱えるだろうと思って軟禁しておき、急ぎの戦況確認の方にあたっていたのだが、まさかこんな問題を起こすとは思わなかった。
「じゃあ誰かに付き添ってもらえば、外出してもいいのかな」
その目は『何人付いて来ても、隙を見て踊れば逃げられる』と言っている。荷物も持っていて逃げ出する気満々だ。もちろん許す訳にはいかない。
「……いえ、何か入り用でしたら兵に言付けて頂ければお届けしますので」
「物が欲しい訳じゃないんです。」
「と言いますと?」
「報酬貰って後で放り出されると直ぐに路頭に迷うので、今の内に先々の事を色々調べて準備しないといけないんですよ。そっちは褒賞渡せば終わりかもしれませんが、こっちは生きていかないとならないんで」
流石に二日も軟禁されて新平の言葉にも棘がある。
「別に放逐するつもり等ありませんよ。必要でしたら相談にも乗りましょう」
「悪いが待てません」
「とりあえず王女の許可を得られてないので、一度部屋にお戻り下さいませんか」
「ずっと部屋に閉じ込められてるのは、いい加減飽きたんです。空いてる時間は別に外に出ても良いでしょう。正直こっちは急いでるんで足止めされたくないんですよ」
「何かお急ぎの用でも」
「いや、だから早く帰る方法探したいんですって。天馬に会わせて貰えないなら、他の手掛かり探さないといけないんです」
急いでいるとは初耳だった。聞き逃したのだろうか。どちらにせよ内戦中で切迫してる現状、異世界に戻るなんて眉唾な話は自分達にとっては夢物語でしかない。
ここがトルディアと新平の温度差でもあった。
「当座の金は貰えても、生きていく為には金も稼がないといけないし」
「仕官口をお探しでしたら、こちらでも検討致しますが」
いっその事、雇って命令できるようにした方が良いかともトルディアは考える。
「ええっ、嫌だ。ここ戦争中じゃないですか。安全なところに行きますよ」
正直過ぎる発言に、周りの天馬騎士達もひやりとする。
「時間が掛かりそうなら、もう褒賞もいらないです。しなきゃいけない事がたくさんあるので、ここで判らないなら、さっさと別の国に逃げて自分で調べますから」
堂々と逃げ出すと言いやがった。しかも国外へだ。これは認められない。
「多少行き違いがあって、ご不便を掛けましたのはお詫びいたします。お急ぎというのも分かりました。とにかく我が国の恩人に礼もせず帰す訳にはまいりません。一度お戻り下さい」
「うーん……」
唸りたいのはこちらだとトルディアは言いたい。
本来なら皇天騎士団の副長である自分の役割は、敵勢力の情報収集と戦いの準備、調整、伝達管理等でこんな子供のお守りではない。今も目が回る程忙しい。この城内の事はランドリクの官吏達の職分なのだから任せてしまいたい。
しかし、この少年は天馬と話せるようだという疑惑があり、あまり存在を公にしないように。侯爵側には任せず騎士団内で対処すべしと王女から指示が下りている。
とにかく引き摺ってでも城に戻して、部屋に隔離して説得しなくてはならない。交渉のイロハもしらない子供の所為か、最初は大人しく部屋に居た筈が、こっちの対応が悪いと知ると一転して何が何でも出て行くと言い張る。まずは宥めすかして落ち着かせなくては。これだから素人は面倒だ。
色街の娘でも当てがっておいた方がいいのだろうか。尋問時に自分の組んだ脚を凝視していたのを思い出す。からかい半分で何度も脚を組みなおしたら、面白い様に眼が泳いだので、不快を越えて内心笑ってしまった。かなり有効だろう。しかし王女が滞在する城内では難しいだろうか。
ついでに言わせて貰えば、今回は自分の失態だ。王女に報告しなくてはならないし、なんとも頭が痛い。
「ひとまずお戻り下さい。お急ぎという事ならこちらでも対応を改めますので、中でお話を聞かせて下さい」
「……わかりました」
新平はとりあえず頷いた。
腕も捕まれてるし、この場は戻るしかないだろう。仕方ない。また夜にでも逃げ出すか。睡魔の踊りの新たな使い方が判ったので、逃げる機会はまだある筈だ。
「そういえば、どのようにして城兵を眠らせたのですか。確か範囲は十歩程で見ていないと掛からないとか。先程部下達を眠らせた時は十五リークはあったように思えたのですが」
「……内緒!」
対抗策を立てられては困る。人差し指を立ててアピールしたら、トルディアの笑顔が引き攣った。あ、額に青筋が立ってる。調子に乗りすぎたかも。いいや、もう嫌われても。どうせ今晩にも逃げ出すから。
トルディアが溜息をつき、天馬騎士達に命じ新平を連れ城に戻ると促したその時。
「ほう……そこの坊が件の子かえ」
突然、後ろから声が掛けられた。
ぎょっとして振り返ると見た事の無い豪奢な馬車がすぐ後ろに止まっていて、その前にお婆さんが立っていた。あざやかな刺繍をちりばめた外套。中から覗くのは皺くちゃな顔。何重にも掛けられネックレスや大きなイヤリング。手に持つのは色とりどりの宝石を埋め込まれた杖。まるで魔法使いの婆さんだ。
(いつの間に? 近づいて来る音しなかったよな?)
「ミモザ様!」
トルディアが声を上げると膝をつく。四方で囲んでいた騎士達も次々膝を折った。偉い人らしい。両手を掴まれたまましゃがまれたので、仕方なく一緒にしゃがみこむ。何とも情けない格好だ。途方に暮れた気分で新平は婆さんを見返す。
「成る程……面白い子じゃのう」
表情だけなら優しげな婆さんなんだが妙に威圧感がある。細い目の瞳孔が開ききっていて真っ黒でちょっと怖い。
宮廷魔道士 ミモザ・ヴァン・モーディアとの出会いだった。
次回タイトル:大薮新平 宮廷魔道士と王都へ




