17. 大薮新平 城にて顛末を聞く
すいません。区切りが悪いため短いです。
異世界に召喚された大薮新平。そこは獣がうろつき治安も悪く、しかも内乱が起きている国だった。踊ると魔法が掛かるという、人に自慢できないスキルを得ていた新平は、踊りを駆使して捕らわれの姫様を救出。第一王女達の待つランドリク城に到着するが、そこで自分達が逃げてきた城砦に、王女が軍を率いて攻め入った事を伝えられた。
天馬騎士のフラン達が、アンジェリカ姫を救出し王女派の関所内陣地に到着すると、即座に連絡用の早馬が、姫救出の報を知らせるべくランドリク城に駆けた。ランドリク城は大いに沸き、皆が喜んだそうだ。ナラントリムへの侵攻準備は保留となり、城内の厳戒令が一時解除された程だ。
翌日、アンジェリカ姫を乗せた天馬達がランドリク城に到着すると、フォーセリカ王女、ランドリク侯爵始め、多くの騎士、兵達が歓迎の声を上げて出迎えた。
フォーセリカ王女は人前を憚らず涙を流し、末姫と熱い抱擁を交わした。
近隣国には例を見ない程この国の王女達は仲が良く、特にフォーセリカ王女の末姫の溺愛ぶりは貴族間どころか国民にまで知れ渡っている程だった。その晩は慎ましながら祝いの席を設け、その夜、末姫は姉姫と寝床を共にし今迄の不安を泣きながら吐露しあった。
翌日には安全の為としてアンジェリカ王女は王都へ送り出された。
これで元宰相、王子派の目論む非常識な亡命式は不可能となり、危惧されていたアンジェリカ救出の為の、ナラントリム侵攻は当面必要がなくなった。しかし、フォーセリカ王女は出兵を決断し兵の準備をさせた。ランドリク侯爵や文官達を説き伏せ、その翌朝には中隊を自ら率いて出陣した。
その先はナラントリムでは無く、ラオリーデ公爵の息子が居るセドリッツ城砦であった。
彼女はアンジェリカ姫を拉致監禁していたセドリッツ子爵へ報復すべく、彼の城砦に出撃したのだ。
フォーセリカ王女と天馬一団は翌朝セドリッツ城砦へ戦闘を仕掛けた。王女が率いるのは、王都中央部の守護を任務とする天馬騎士精鋭、今回の内戦の主力でもある皇天騎士団三十二名だ。威嚇の為に上がってきた翼竜二騎を問答無用で瞬殺した一団は、城砦上空に並び降伏勧告を告げた。罪状は自国の姫を拉致誘拐し他国へ売り渡そうとした国家反逆罪だ。
三十を越える天馬の一団と、初めて見る王女の美貌と威風に見惚れる者、慌てる者、進退を問う者と城内は混乱した。
城主セドリッツは、先日アンジェリカ姫を奪われるという失態を犯し焦っていた。
彼は末姫を溺愛している王女が、ここへ報復の為に来た事を正しく理解したが、同時に天馬の中隊のみでは城砦を簡単に制圧できないだろうと判断した。
通常、天馬部隊は地上戦においては空中からの奇襲と遊撃に用いられ、敵陣を制圧するのは本来地上部隊の役割だ。彼女達は空中では無類の強さを発揮するが、一度地に下りれば天馬の加護も無い為、普通の兵士と遜色なくなってしまう。その為トリスタの基本布陣は上空から奇襲遊撃する天馬部隊と、王国騎士団を始めとする重装騎兵団となっている。
天馬のみでこの城砦を制圧するのは困難だ。立て篭もり王国騎士団を増援にを呼べれば勝機はあると判断したのだ。
彼は至急最後の翼竜を増援を呼ぶ為に飛ばし、一方で迎撃の準備をさせた。
それ自体は正しい判断ではあった。
フォーセリカ王女が神槍イムドラを帯槍しており、振るわなければ。
――神槍イムドラ――国宝たる神器の威力をセドリッツ子爵と城兵達は身をもって知る事になった。
迎撃準備を始めた城砦に対し、王女は警告を発した後に神槍イムドラを振るった。
雷撃が烈風と共に舞い、城門を一撃で吹き飛ばした。
その威力に兵達は脅え城主へ訴えたが、セドリッツ子爵は城砦を崩せる程の威力ではないと判断し、弓兵や弩弓兵に迎撃準備を続けさせた。しかし先程の一撃は、降伏しなければ神槍を振るうぞという加減した警告だったのだ。
再度の警告の後に放たれた雷撃は、空全体を照らし竜巻を越える暴風を持って城砦を襲った。まさに王女の怒りを体言するような凄まじい一撃で、轟音と共に城砦の尖塔は全て崩壊し四階建の城の上二層が吹き飛んだ。
燃えたのでも削られたのでもなく、文字通り吹き飛んだのだ。
一撃で城兵の三割以上と非戦闘員も含めた百名以上が、焼失や崩壊に巻き込まれて死亡した。無論屋上で対空迎撃の準備をしていた兵は全て全滅だ。
更にもう一撃振るわれれば城砦は壊滅するだろう。これはもう戦いではなく、虐殺と言って良かった。
想像を絶する神槍の威力にセドリッツ子爵は悲鳴をあげ、自らカーテンを引きちぎり白旗として振り捲くったという。
皇天騎士団団長より城砦の全兵士に武装解除が命じられ、非戦闘員も含めた全ての兵が城門前に整列させられる。既に増援を呼びに飛んだ翼竜は天馬二騎で瞬殺されていた。連絡用の翼竜と、皇天騎士団では練度が違い過ぎる。
並んだ兵達とその周囲を囲む皇天騎士団、正面上空に滞空するフォーセリカ王女。
彼女は近隣諸国に類を見ない美姫として有名であったが、今はこの引き起こした惨状もあり殆どの兵が恐怖と畏怖を感じている。そして将軍と共に投降してきたセドリッツ子爵達の首を、地上に降りた皇天騎士団団長が問答無用ではねた。
降伏したのに城主の首を落とされるとは思いもしなかった兵達。
呆然とした後、怒りが膨れ口々に罵り始めると、それ以上の怒気でフォーセリカ王女が罪状を挙げた。敵兵達はすくみ上がり恐怖で平伏した。美女が怒ると怖いとか、そんな可愛い話では無かた。何せ怒声と共に背後の城が崩れ大地が揺れ始めるのだ。地震も知らない兵達には世界の崩壊と同じだ。
それは歴戦の兵達が腰を抜かし、小便を垂れ流す程の恐怖だったという。全員が平伏し誰一人として顔を上げる事も出来なくなった。
斬首した罪状が再び公言される。最初にも告げられた自国の姫を拉致し他国へ売り渡そうとする国家への反逆罪だ。
王子と王女が殺し合ってる現状で、王族を敵国に渡すのがどれほど違うのかという考えもあるが、臣下が王族を捕らえれば当然責められる。しかもアンジェリカ姫はまだ齢十歳だ。国民にも慕われていた。兵達も内心非道な行為と忌避してはいたのだ。王政に対する不満は一部はあったが、圧制という程の状況でもなく国内は一応平和だったのだから。
今回の挙兵は男尊女卑の意識が強い二公爵と元宰相派が、男権向上を名目として権力を得る為と、自分の権力を高めたいアルクス王子が手を組んだ反乱であり、正義と言える大義など、どこにも無いのは周知の事実であった。
皇天騎士団団長が今回の結末を城主セドリッツの首と共にラオリーデ公爵へ伝えるように言い捨てた後、天馬一団は空にあがった。最後にもう一度王女が雷槍イムドラを振るうと城砦は完全に崩壊し、後には巨大な穴が開いたという。
城砦も城主も部隊長も失った兵達は。散り散りとなって近隣の城砦へと逃がれたが、王女の武威を恐れ、そのまま逃亡した兵達も多く居たという。
余談ではあるが。その後、息子の首を刎ねられたラオリーデ公爵は、激怒して周囲の貴族達に大攻勢を唱えた。しかし、腰の座っていない貴族達は王女が公爵家であろうと反抗勢力には容赦しない態度である事が判り、また他国にしか振るわれなかった神槍の威力を、初めて見知った影響も大きく、逆に距離をとり始める貴族達が相次いだ。
もちろんアルクス王子も焦って檄文を回したが、年端も行かない末姫を敵国へ渡そうとした事への反感もあって彼の人望は落ちており、反応は芳しくなかった。
トリスタ森林王国では貴族の最高位である四公爵のうち、二公爵が今回の反乱派に回った為、政治的には劣勢にあった王女派だったが、ゲルドラ帝国を呼び込もうとした時に、既にサルラール公爵が抜け中立を宣言しており、残ったラオリーデ公爵の一翼をあえて壊滅させた事により、フォーセリカ王女の徹底抗戦の姿勢と、神槍の力が評価され王女派の士気は上がった。これにより王子、元宰相派は劣勢に追い込まれていくのだった。
◇
「おっかねえなあ。神槍繰り出すなんて、めちゃくちゃ怒ってんじゃねえのか王女様」
「……フォーセリカ王女殿下は、アンジェリカ王女を深く愛していらしゃるからな」
ラディリアが言葉を選んでるのが、流石に新平にも分かった。彼女の顔色も悪いがこっちも気分が悪い。妹を愛してるからといって自国の反乱した兵士を殺害……いや、話の内容からもう虐殺だろう。虐殺して良いとは、とても思えない。
神槍とか雷神剣とか聞けば、普通男として少しワクワクするんだけど、城砦ごと吹き飛ばし非戦闘員まで死んだと聞くと、苦い気持ちしか沸かない。それでは只の虐殺だ。
「首……取るなんてさ」
(しかも王女って……女性がかよ)
「まあ、示威としては当然かもな」
デニスがあっさり理解を示すので、新平は自分との常識の違いを感じて言葉が詰まる。
この国は内戦中だ。殺らねば殺られる。女性といえども、戦うからには殺し殺されるのだ。
自分の甘い考えが通じない世界。しかも今回は自分達が起因している。確かにセドリッツ子爵は会った事もなかったが、自分達が姫を助け出したのが原因で、城砦で出会った兵士の幾人もが殺されたのだ。胃が縮む思いだ。
新平達はランドリク城内の広場に、ランドリク侯爵、官吏や一般兵達と並んで立っている。
その王女達一団がこれから、凱旋するので迎える為だ。彼らも迎える一員として整列させられていた。
正直自分は関係ないし、ここの国民でも部下でもない。殺戮をしてきた人達を迎えるというのは気が進まないのだが、とても固辞できるような雰囲気ではない。新平は仕方なく一緒に並び、空を見上げていた。
「それでは僕はここで失礼します。皆様の御武運と息災をお祈り致します」
そう言ってバーモント君は別れていった。最初は自分も王女に会えたらどうしようとか言っていたのに、王女がセドリッツ城砦を壊滅させたと聞いたら、腰砕けになって逃げるように去っていった。おかけでこっちまで会うのが怖い。
最初あんなに自分に話しかけて来たのに、踊りを渋ったり、話を濁したり、常識も知らず見張りの役にも立たないと、株をどんどん下げてしまった自分に呆れ、最後は全然話しかけてくれなくなった。代わりに時間とともに気さくに話せるようになったラディリアにすっかり憧れた顔を向けて話しかけていた。まあ美人だしね。お近づきになりたいよね。気持ちは判るし、楽にもなったがどうにも釈然としない気持ちだけが残った。
……はあ……カレー食べたい。
やることも無いので、思いついた事をラディリアに聞く。
「その神槍って……どんな物なの?」
魔獣、天馬、神門と来て今度は神槍だ。あまりのファンタジーな設定と、その威力に頭が痛い。なんだろうそれ。もしかして国同士の戦争になると、バトル漫画みたいに神器同士の派手な戦いが起きるのだろうか。心底巻き込まれたくない。
「開祖ゼネビィア女王が天馬王トリス様と契約した際に、神精イムドラから下肢された神槍だ。雷を放ち敵を焼き払う。あんな小さな砦など一溜まりもないだろう。 ……とても内乱で同国内の人間相手に使うような物ではないのだが……」
ラディリアの口調も苦い。今回の城砦への侵攻は、国内への示威を主眼としたものだが、実際は王女の復讐を兼ねた虐殺だと理解してるのだろう。騎士道精神に背く行為とかなんとか考えてそうだ。こっちは聞いてて溜息しかない。
精霊さまから下肢された神槍ときたよ。
「ファンタジーな話だのう……」
この国の連中から見たら、一番ファンタジーな事を起こしてる男が何か言ってるが、『ファンタジー』は『幻想』と翻訳され、意味不明だったので、二人にチラリと目線を向けられただけでスルーされた。
鳥の鳴き声がのどかに聞こえて来る。何時まで待てばいいのだろうか。
前方のランドリク侯爵や初老の官吏達は簡易椅子を用意して座って待っている。左手には見た事も無い管弦楽器を抱えた楽師達が演奏の練習をしている。時間があるなら城下町に出て散策してみたいところなんだけど、駄目だろうなぁ……
天馬の嘶きが聞こえたような気がした。ぴくりと反応して上空を見上げる。
「お戻りになられたようだ」
ラディリアが上空の一点を見ている。まだ点にしか見えないが、確かに天馬の一団みたいだ。目の良い兵達も見つけ、官吏達の指示で数名しかいない楽師達による管弦楽の演奏が始まった。
しょぼい……絶対あんな高いところには聞こえてないと思う。
指示が飛び 休息用の椅子が下げられて、ランドリク侯爵を中央に、迎えの列を整える。何故か新平達はランドリク侯爵の斜め後ろに並ばされた。結構な立場の立ち位置じゃないのかと思ったらデニスがにやついてる。やっぱりそうらしい。何故だろう。
天馬達が旋回し外周の天馬達から整然と降りてくる。何かの式みたいだ。ただ戦いから戻っただけなのに、何でこんなに格式ばっているんだろう。王女がいる所為だろうか。
あの中心に浮かんでいる一際デカくてキラキラ光ってる天馬が……王女なんだろうか。
人を殺した……首を晒したと王女か……何か会うのが怖いな。
赤い裏地の黒マントを背負って、オホホと笑う大柄色黒美女を想像する。……やばい。怖いな。目を合わせないようにしないと。
天馬達はまるで自分達の正面に道を作るように対面で降り立つ、そして天馬から颯爽と下馬し、二列に整列し槍を立てるのだ。正直壮観だった。野っ原で楽師の数が少ないので、音楽はしょぼいけど、まるで王城で謁見が始まるみたいだ。
天馬達が一騎を残し、残らず下馬して整列する。そして最後に一際大きな天馬が、騎士達が作った通路の先に舞い降りる。天馬も騎手もすばらしい豪奢な衣装だ。あれがフォーセリカ王女か……。
「並び給え! フォーセリカ王女殿下のご帰還である!」
天馬騎士の一人が叫ぶと、通路を作っていた天馬騎士達が対面に槍を掲げ合って屋根を作る。映画等で見る突き上げた槍の屋根で作る通路だ。その向こう側で王女が天馬から優雅に降りたった。さすが王女様。なびくマントの装飾が光を反射してる。動きも綺麗で見惚れてしまった。
(って、……お、おお?)
想像と全然違った。
彼女は大柄ではなかった。
百七十はないだろう。手足が細い。色も黒くない。むしろ白い。
ゆっくりと兜を外し首を振ると、腰まである長い銀髪が広がり光が舞った。舞い散る光の中でこちらを向き彼女は薄く微笑む。
とんでもない美女だった。




