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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
1章 トリスタ森林王国内乱編(全33話)
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14. 大薮新平 敵中に一人

 異世界に召喚された大薮新平。そこは獣がうろつき治安も悪く、しかも内乱が起きている国だった。知り合った少女達と捕らわれの姫様を救出した新平。しかし逃走先の町が敵兵達に閉鎖されてしまった。踊ると魔法が掛かるという、意味不明なスキルを得ていた新平は【失笑と失影のサイレントターン】を駆使して町を脱出。一路関所へ向かうのだった。



 途中で荷車を捨て馬を走らせ二日。新平達はようやく関所に辿り付いた。向こうの王女派の領地に逃げ込めればもう安全だ。

 馬が二頭のみなので、ラディリアの後ろにまた乗せてもらったのだが、彼女はしっかり予備の鞍を装着済みで、専用の手綱まで用意したうえ自身も鉄の胸当で固め、丸盾を背負っているのでぶつかると逆に痛い。密着二人旅を期待していた新平としては、非常に寂しい旅程だった。

 デニスにからかわれ、ラディリアから冷めた目で返され、新平はすっかりへこみ彼女の肩にのの字を書いたり、髪を三つ編みにしようとして怒られていた。

 途中、哨戒から戻ってきた一隊とすれ違ったり、森の奥で夜営してると獣が現われたりと危険はあったのだが、なんとか一行は二日後の昼にペジン領との関所に辿り付いた。

 しかし……


「多過ぎねえか」


 関所には百名以上の兵が駐屯していた。赤鎧の王国騎士団の姿も見える。一難去れば今度は次男だった。


「やはり、王女派との境界って事で、関所が閉鎖され兵も増員されたのだろうな」

「おいおい、聞いてねえよ。せっかくここまで来たってのに冗談じゃねぇぜ。どうすんだ?」


 一行は関所から少し離れた林に潜み、頭を抱えていた。


「睡魔は……あれだけ散開されてたら無理だろうな。魅了は時間が掛かるし」

「おい騎士さんよ、そのおっきな胸でちょっと向こうの隊長を林に呼び込んでくれねぇか。そしたら小僧の【魅惑の踊り】で誑かして、隊長先導で堂々通り抜けられるってもんだ」

「何を言ってる。こんな時に下品な事を言う……な」


 ラディリアは最初冗談かと思って言い返したが、意外にもデニスの表情から本気と知って、生真面目に考え込む。


「……いや……む……す、すまない。私にはその手の技術は無いので、どうしたらいいのか……」

「ま、分かっていたけどよ」

「デニス!」

「いや、駄目元でも一応聞いておこうかと思ってよ」

「……」


 ラディリアが顔を赤くしながらふくれる。確かに掌から溢れるアレは凄かった。ぜひもう一度あの奇跡に巡り合いたいものだ。


「チンペー殿。何を考えているのだ」


 ラディリアから冷めた視線が向けられた。しまった。また掌が勝手にわきわき動いていた。


「あはは。いや、遠目じゃ誰が隊長か分からないんだから、どのみちこの作戦は無理だろ」

「まあな。時間を掛ければ誰か隊長かは分かるだろうが、それまでにこっちが見つかる可能性も高いしな」


 そこまで分かってて何故話を振ったのだあんたは。


「そもそも鎧の種類から見て判る様に、いくつかの部隊が混在しているぞ。どの隊長を確保しても他の部隊から検問を受けるだろう」

「あーそうか、駄目か。じゃあまた姿を消して小僧掛かえて門へ向かうか?」

「いや、行けたとしても大扉をどうやって開く? 私達では動かせなないんだぞ」

「そっか。消えたら俺達じゃ大扉を開けれねえんだ」


 【失笑と失影のサイレントターン】は、対象とした人物や乗り物の姿や音を、周囲から認識させなくする。まるで幽霊になったかのように、相手はこちらを触れなくするが、同時にこちらかも触れなくなるのだ。扉のような構造物は触れても地面の様に固定されていて動かす事ができないだろう。専門家がいれば、これは存在する次元をずらす魔法故に、見えていても互いには干渉できなくなるのだと説明したであろうが、あいにく三人共そこまで理解していない。この手の召還物では現代日本の知識を持つ主人公が説明役になるのが定番だが、困った事に新平は脳筋なので一番理解してなかった。

 しかも、コレを踊った際は、新平は最後のポーズをずっと保持しなくてはならず、動けなくなるのだ。とても使い勝手が悪い。


「取りあえず、消えたまま近くに行って、開くの待ってみるか? それで開いたら素早く滑り込むとか」

「何時開くか分からんのに待ってられるかよ。お前持てるのか。少しでも姿勢が崩れたら魔法解けて見つかるんだろ。そしたら終わりじゃねえか」


 確かに一度敵中で見つかると、もう二度と【失笑と失影のサイレントターン】は掛けられない。他の人に見られながらでは何故か成功しないのだ。


「それに、あんな心臓に悪いのはもうゴメンだぜ」

「「それは同感だ」」


 ラディリアと新平の声が重なり、一緒に苦笑いする。


「待ってれば商人とか通らないかな? で、消えた状態で後を着いて一緒に通るとか」


 新平は危険の少ない無難な案を考える。


「何時来るんだよ。ここに着くまで商人一人もすれ違わなかったろうがよ」

「内乱中でも商人とかは行き来してるんじゃないの?」

「わざわざ内乱で敵対してる勢力側へ行き来するかよ。内通されてないか痛くも無い腹を毎回探られるんだぜ」

「なるほど。商人が行き来してるのは勢力内でのみか。よほどの大商人ならあるだろうが、今日明日ここに来る可能性は低いな」


 ラディリアも納得してしまい。話が進まなくなる。


「まいったな……」


 困った。ここまで来て肝心の関所が越えられない。

 しかしその時、ラディリアが上空を見上げ歓喜の声をあげた。


「フラニー達だ!」


 かなりの上空を、天馬らしき影が三つ飛んでいる。おお……よく見えるな、あんなの。見ていると揺れる髪が藍色なので、確かにあの双子達のようだ。


「やったぜ。見つけて貰えば、天馬に乗っけて貰って、即向こうへ脱出だ!」

「あ、そうか」


 王子派は少数の翼竜しか保持していないので、こちらの制空権は甘いと彼女達は言ってた。だからああして此方の領空にも飛んでこれている。

 そして天馬に乗せてもらえば、簡単に関所を越えられるのだ。


「って、騎士じゃない俺様も乗せて貰えんのか?」

「天馬は賢い。状況を説明すれば、ちゃんと理解し一時背を許してくれる。火事から非難させる時等に、子供や老人を運ぶ時もある」

「よっしゃ!」


 考えるに関所がこれだけ警戒厳重なのを知れば、彼女達も救出部隊を出し各関所周辺を巡回して見張る可能性はあったのだ。デニスが合図を上げる為、林から出ようと走りだす。ラディリアと新平も続く。すると、まるでこちらを見つけたかのように、上空を飛び去ろうとしていた天馬が、こちらに向かって来るではないか。


「おお、何だ。ついてるじゃねえか!」

「見えてるな。こちらを見つけたようだ」


 ラディリアの声も弾んでいる。あんな高さから林の中の自分達を見つけられるのか。あいつらも視力凄いな。しかし今はそんな事はどうでもいい。


(やっと助かるのか。長かった!)


 考え無しに救出行に首を突っ込んだばかりに酷い目にあった。今はとにかく安全な場所でゆっくり休みたい。


「っ! 待て。出るな!」


 全速で街道に飛び出す寸前にラディリアが声を荒げた。驚いて振り向くとラディリアが青い顔で関所の門を凝視している。つられて門を見る。


「くっ……配備していたのか……」


 関所から巨大な翼竜が一頭舞い上った。


                    ◇


 空中戦が始まった。

 翼竜は十m以上。前回新平達が出会ったのより遥かに大きい。対して普通の馬サイズの天馬が三頭。とても敵うようには思えない。五m級の翼竜にさえ馬が瞬殺。自分達も手も足も出ず殺されかけたのだ。


「おい……あれヤバイんじゃないのか?」

「いや。相手が一騎なら大丈夫だ」

「お前この国の天馬騎士の強さ知らねぇだろ……俺も見た事ねえんだけどよ」


 デニスの言葉で安心出来なくなった。


「くそっ……」


 あの夜。天馬に同乗した際、自分の腕の中にすっぽり入ってしまった小柄なフラニー達が、今上空であんなでかい翼竜と殺し合うと思うと息が詰まる。


 翼竜が翼を広げて天馬達に襲い掛かる。巨大な顎が先頭の天馬を噛み砕こうとすると同時に、背中の騎兵も武器を向けて何か発射した。矢? ボウガンなのか。

 当たれば天馬の騎兵は串刺しだ。天馬も翼竜の顎に噛み砕かれるだろう。しかし先頭の天馬は急に浮力をなくしたように翼竜の下に潜り込み矢と牙をかわす。同時に他の天馬が左右から急接近し、翼竜の両翼に向け槍を突き降ろす。しかし翼竜は翼を捻り、竜騎兵は槍を振って牽制した。


「ギシャアアッ!」


 右手のフランらしい兵からの槍は相手の槍に弾かれた。しかし左手から降ろされたフラニーの槍は翼竜の翼に傷をつける。しかし浅い。

 下に潜り込んだ天馬が槍を掲げ翼竜の腹を狙う。翼竜は両足の爪を立てて牽制し、次に身をよじって翼と尾を振り回して天馬を下がらせる。


「おっ、おおっ……凄ぇっ。殺れっ」


 天馬達が翼竜に群がり槍を立てる姿に、デニスが一喜一憂する。ラディリアも息を詰めて見守っている。

 ……新平は戦闘場所が高いわ動きは早いわで目が追いつかず良く分かってない。よくよく残念な主人公だった。


 巨大な竜に天馬達はヒットアンドウェイを繰り返す。天馬はあの翼からどう考えてもありえない旋回と突進を繰り返してる。まるで燕だ。馬なのに。

 そして竜騎兵の打ち出すボウガンも、フラン達が身を捻るとありえない角度で逸れていく。あれが矢を逸らす天馬の加護という物だろうか。それでも真正面から来た矢は外せないようだった。打ち出された矢の一本が誰かの肩に刺さって天馬騎士が大きく仰け反る。


「うわっ、ヤベえっ!」

「エルダッ!」


 ラディリアはあの人を知っているらしい。フラン達が牽制しようと突撃するが、待っていたように翼竜は尾を振り回す。フランはかわしたがフラニーの天馬はかわしきれず吹き飛ばされた。


「ああっ!」


 かわしたフランが直上から竜騎兵に槍を突き降ろす。竜騎兵がボウガンを盾にして身を守る。察知した翼竜が身を捻って噛み付こうとする。慌ててにニ激目を止めて上空に逃げるフラン。逃がさぬとばかりに翼竜が巨体を振った瞬間―――背中の竜騎兵が大きく伸び上がって硬直した。


「やった!」


 竜騎兵の首から棒線が見える。矢だ。見ると下方から被矢したエルダが弓を構えていた。竜が振りかぶって下方に背を見せた際、竜騎兵の隙を矢で射掛けたのだ。


「取ったな」

「凄え! 弓を持っていたのかよ」

「四方から槍で攻めたてて、近接のみと思わせ、騎手の隙を弓で討つ。連携技第二陣の翼刺弓刺だ」

「……」


 新平は声も無い。翼竜は竜騎兵の死を感じたのか、しばらく翼と背を振り回し暴れていたが、背中の騎兵がぐったりとして反応が無いのを感じると、もの悲しそうに鳴いて戦闘を止め、関所の門へ降下して行く。竜の声が翻訳されて理解できる新平には辛い慟哭だった。

 天馬達は後追いもせず。騎兵が死亡した場合の決まり事なのか、そのまま離れて負傷箇所を確認しながら翼竜を見送っている。


 新平はフラン達が助かった事を安堵すると同時に、相手が死んだ事に衝撃を受けていた。

 死だ。上空で殺し合いがあって竜騎兵が殺された。この国は内乱中で今は戦いの最中なのだ。胃が萎むような現実に息が苦しくなる。

 見ていられず視線を降ろしたら……街道から自分に向って弓を構えてる兵が居た。


「うわあっ!」


 叫んだ瞬間に目の前で矢が跳ねる。違う。ラディリアが飛び出し、飛来した矢を盾で防いでくれたのだ。


「逃げろ!」

「何? って、おい! そこに居るじゃねえか!」


 慌てて皆で林の奥へ走り出す。ラディリアが盾で防ぎながら後退する。


 見つかったのか。どうして。天馬がこっちに降りて来てたので目的を確認に来たのか。

 やばい。弓相手では踊れない。一度隠れないと姿も消せない。

 振り向くと盾になってるラディリアが取り残されている。矢を盾で庇いながらなので走れないのだ。


 新平は思わず立ち止まる。ラディリアが手で新平に早く行けと振りながら、デニスに叫ぶ。


「違うデニス、奥じゃない。迂回して街道へ出ろ。エルダ達が降りてくる!」

「兵が待ってるんじゃねえのかよ」

「奥に逃げては天馬が降りれず、いずれ敵兵にも追いつかれる!」

「ラディリア早く来い!」

「駄目だ。射られてしまう。私が盾になるから天馬に拾ってもらえ」

「ふざけんな!」


 なんで自己犠牲精神出すんだ騎士って奴は。物語とかで知ってたが実際言われると腹が立つ。確かにラディリアが背を向けたらその背を矢が襲うだろう。盾で防ぎながらじゃ満足に後退ができない。しかし兵達は街道から交互に弓を射ながら林に入り込んで来るのだ。林の中で命中率が悪いのが救いだが、状況はどんどん悪くなる一方で、早く逃げないとマズイ。

 このままじゃ追いつかれる。ラディリアは間に合わない。デニスはもう先に走ってる。どうする。見捨てるのか。どうすんだ。


「畜生! デニス、戻って来い! 姿消すぞ!」

「馬鹿、無理だって。出るのが先だ。天馬に助けてもらうんだよ」

「先にラディリアやられちまうだろうが!」


 叫びながらラディリアに向かって走り出す。矢が振ってくる。真横の木に刺さった! ひい! 怖い。マジ怖い! 刺さったら死ぬ。


「馬鹿! 来るな」

「この馬鹿小僧!」


 ラディリアが制止しようと叫ぶ。デニスが意外にもこっちに戻ってくる。見捨てて逃げると思ってたんだが。


「走れラディリア! 林に隠れて消えるぞ!」


 彼女は迷いながらも走ってくる自分に根負けしたか走リだす。兵達が射るのを止め、弓を掲げて追いつくべく走って来る。デニスも後ろから走って来る。間に合うか!


「伏せろ! 見えなくするんだ!」


 合流したラディリアを茂みに押し倒す。滑り込んできたデニスを見て林の影に隠れるようにしながら【失笑と失影のサイレントターン】を踊る。


 失敗。透けない。


 敵兵はすぐ近くまで迫って来てる。


「ラディリア! 鎧が出てる! デニス荷物降ろせ!」


 急げ。急げ。急げ。


 向こうから見えない角度を探して再度踊る。


 失敗! 透けない。


(そうか。やばい!)


 【失笑と失影のサイレントターン】には両手を広げスピンターンがある。どんなに隠れても、茂みが膝上くらいしかない林の中で両手を広げて回ったら、どこかが相手に見えるに決まってるじゃねえか。馬鹿じゃねえの。


 無茶だったのか。失敗。 出来ない? じゃあ殺される? 俺の失敗で皆が殺される!


 敵兵とはもう十mも無い。顔が分かる距離だ。あと数秒。


「うああっ!」


 ボタンを引きちぎり外套を脱いで、敵の視覚を塞ぐべく木々に投げ掛ける。足りない! 足を絡めて飛び出すのを抑えてるデニスの外套も剥ぎ取って投げつける。

 そして地面に水平に飛び込みながら踊る。敵兵はもうそこに居る。


(隠れてくれっ!) 


 両手を広げ、足を交差、アヒル口でスピンターン! そして素早く両手を屈伸!


 【失笑と失影のサイレントターン】


「そこかっ!」


 敵兵が外套を払って飛び掛って来て、倒れていたラディリアの足を踏み抜く――事はなく、通り抜けた。


「なんだ!」「え」「消えた?」


 三人は半透明になって寝転がっていた。

 デニスは両手を万歳し、足を絡めラディリアを抑えたまま倒れている。ラディリアは組み付かれたまま剣を抜いて敵兵を睨みつけている。

 その横で……新平は両手を広げアヒル口で地面に転がっていた。


(せ……成功した)


 心臓がバクバク鳴ってる。広げた外套の場所が悪かったら失敗だった。というか雑草が膝上くらいしかない林の中でスピンターンして見えない筈が無かった。ちょうど大きな茂みがあって助かった。殆ど奇跡だ。

 どう考えてもこの方法は間違いだった。二度と成功しないだろう。


「ば、馬鹿な」

「居ないぞ」

「どうなってんだ? 気をつけろ。潜んでいるかもしれんぞ」


 兵達があたりを見渡し捜すが新平達の姿は認識できない。行き来する兵達は、自分達がその相手をすり抜けて歩いている事に気づかないのだ。


「た……助かったあ~……」

「ふー……」


 デニスが脱力して呻く。消えてしまえば声を出しても向こうには聞こえない。ラディリアが大きくため息をつく。そして新平は動けない。その上を兵達がすり抜けて歩き回る。

 デニスが兵達を恨めしそうに見て、足を崩して新平を眺めて嘆息する。


「小僧。強引過ぎっだろうがよ……」

「ああ、かなり無茶だったぞチンペー」


 ラディリアが初めて新平を呼び捨てた。かなりご立腹らしい。しかし新平は返事が出来ない状態。これでは満足に文句も言えない。二人はため息をついて新平を抱え、街道へ歩き出す。

 木々は人と違い構造物扱いなのか、ぶつかるとすり抜けできない。


「気をつけろ。木々に当たれば、すぐに解けるぞ」

「うわっ……そうか。危ねぇなこりゃ。あああー外套のポッケに入れてたナイフがよー……」


 視線を塞ぐために使った外套は当然消せなかった。掴めないので持っては行けない。


「諦めろ……命あってこそだ」

「畜生……小僧覚えてろよ」

「そうだな。今回のは無謀だった」


 無事関所を越えてもボコられそうだ。見つかったら殺され、助かってもボコられる。不幸だ。


 三人を見つけられず騒然としている兵達をその場に残し、二人は新平の手足が当たらないように慎重に歩き出す。


 駆け足で林を抜けていると、街道の方から騒ぎ声が聞こえてきた。ラディリアが上空を見上げ天馬を探すが見つからない。


「おい。アレは?」

「見えないが恐らくフラン達だろう。私達が出てくるのを待ってくれているんだ」

「急ごうぜ」


 彼女達も負傷してる筈だ。早く合流しなくては。そして急ぎ足になり注意力が落ちると当然新平の身体は木々にぶつかった。


「あ痛っ!」


 手足が木々にぶつかり二人の手から滑り落ちる新平。消えていた三人の姿が現われる。


「しまった」

「うわっ、もういい。小僧も走れっ」


 慌てて起き上がって走る新平達に、林の中から自分達を発見した声が響く。身軽になった三人は全力で走り出す。


「いたぞ! あそこだ!」

「走れ。もうそこだ!」「おう!」「うひいい」


 一気に走り出して林を抜けた。飛び出すように街道に出ると、兵達と天馬が交戦していた。しかし場所が悪い。百m以上離れていて敵兵達はこっち側に、天馬はその向こう側にいる。


「フランッ!」


 フランが一騎で兵達と小競合いをしていた。負傷している二騎は上空で牽制。新平達を待って退路を確保しようとしていたらしい。フランと天馬はヒットアンドウェイで兵達を蹴散らす。しかし殺すつもりはないようで槍でなぎ払っている。兵達の持っている普通の弓では天馬の加護に対抗できず歯が立たない。剣や槍も天馬の突進には対抗できていない。


「ラディリアさん!」


 フランが喜色の声を上げる。上空の二騎も降りてくる。しかし兵達もこちらに気づいてしまった。兵達は天馬が相手では分が悪い。しかし彼らの本分は哨戒の天馬と戦う事ではなく、関所越えを計る者達を取り締まることだ。


「あいつらを捕まえろ! 天馬には構うな!」


 命令一過、全員がこっちに走ってくる。林からも追いつい来た兵達がでてきた。


「逃げろっ!」

「うわあああ!」


 新平達は街道を逆走して走り出す。踊る? 多過ぎるわ。三、四十人はいる。弓を構えてるのもいる。走りながらではそう当たらないだろうがやばい。

 そして歩兵達の後ろから、騎馬が飛び出して来た。マズイ! しかも赤鎧じゃねえか。


「やべえっ!」


 気づいたデニスが悲鳴をあげる。必死に走ってると後方で破裂音がする。振り返ると降下してきたフラニー達が煙玉みたいなのをばら撒いてる。煙幕か。

 そして兵達を飛び越えた天馬達が先に新平達に追いついた。


「助かった!」

「ラディリア! 捕まれ!」

「はい!」


 エルダが地表スレスレまで降りてきて、負傷してない手を伸ばすとラディリアは素早く捕まってその背に乗った。曲芸みたいだ。


「デニス!」

「やったぜ!」


 降りてきたフランの手に飛びついて、デニスが天馬の鞍にしがみつく。身軽だなおばちゃん。


「オヤベ!」

「大薮だっつーの!」 


 最後に降りてきた天馬からフラニーの手が伸びる。歓喜で手を伸ばす新平。そして何故か天馬と一瞬目が合った。翼竜と話した事により、以前天馬から降ろされた時に聞いた声を思い出す。


『降りろ。雄よ』


(そういえば、この前に聞こえた声はこいつのだったのか)


 と思った瞬間。ふいに天馬が上にずれ、フラニーの手が新平の伸ばした手の上を通りすぎた。



「「え?」」



 新平とフラニーが驚きの声をあげる。そしてそのまま上昇していく天馬。


「ちょっ!?」

「エリック? 駄目!」

「うあああああっ! 待てよおい!」


 あの馬あああ!


「チンペー殿!」「どうした?」「何やってんのあいつ」


 煙幕の方向が変わる。新平の姿が包まれて見えなくなる。上空でフラニーが問い詰めるが天馬はぐずって降りたがらない。既に再度降りる前に騎馬兵が追いつきそうだ。


「まずいっ、王国騎士団だ、上がれ!」


 天馬でも王国騎士団相手に地上戦は分が悪い。エルダの無常な指示が響く。上空に逃げる天馬達。取り残された新平は蒼白で立ちすくむ。

 もうが煙幕が晴れる。馬蹄が迫る。どんどん音が大きくなる。

 煙の中から影が見える。槍を掲げた姿が。

 見つかる。

 殺される。

 死ぬ。


 そして煙幕が晴れる。その場には……



 誰の姿も残っていなかった。


                 ◇


 煙幕が晴れると、地上にいた者達が消えて、上空にいる天馬達に同乗してるのを知って兵達は悔しがった。口々に罵声をあげるが、何か様子がおかしいのに気づく。居たのは三名。天馬は三馬。しかし天馬に二人乗りしてるのは二名のみだ。そして天馬達は立ち去らず地上を見て何かを探している。


「男が残ってるぞ!」「天馬だから男は乗れなかったんだ!」「どこかに隠れてやがる!」「あの盗賊、女だったのか」「どこだ」「捜せ!」


 天馬に蹴散らされた恨みもあって、殺気だって新平を探し回る兵達。その上空でフラニー達は呆然としている。


「エリック……どうして」

「あいつ何処? 殺られちゃったの?」

「違う。おそらく消えてるんだ。彼は姿を消せる。ただその魔法を掛けると、自分ではその場を動けなくなる」

「動けないって……え?」

「くっ、う……すまないが一度二人を向こうに下ろすぞ。応急処置だけでもしなくては」


 そう言ったエルダの肩にはまだ矢が刺さったままだった。この肩で良く竜兵を討ち、ラディリアを引き上げたといえよう。翼竜の尾に叩かれたフラニーの天馬も羽を痛めており、飛び方がおかしい。その為なのか、以前乗せたというのに新平を助けるのを拒否した。代わりに降りるとしてもエルダとフランの天馬に三名乗るのは重過ぎる。

 赤鎧達が強弓を引いて牽制し始めたので、更に高度を取る。


「一度向こうへ戻る。二人を降ろすぞ」

「「……ハイッ!」」

「小僧……」

「チンペー殿、待っていてくれ!」


 上空からラディリアの声が空しく響く。そうして彼らは関所門の向こう側へ飛んでいった。



 そう。新平は一人。敵中に取り残されたのだった。



次回タイトル:大薮新平 関所を越える

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