表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
1章 トリスタ森林王国内乱編(全33話)
15/100

13. 大薮新平 検問を突破す

 異世界に召喚された大薮新平。そこは獣がうろつき治安も悪く、しかも内乱が起きている国だった。知り合った少女達と捕らわれの姫様を救出した新平。しかし逃走先の町が敵兵達に閉鎖されてしまった。踊ると魔法が掛かるという、気の抜けるスキルを得ていた新平は【失笑と失影のサイレントターン】を使い町の脱出を計るが失敗。敵兵達に見つかってしまった。



 兵達はこちらをしっかり見定めたまま追いかけてくる。新平は追いかけてくる兵達と目が合った瞬間に理由が閃いた。


(今までの踊りとは逆に、誰かが見ていたら出来ないのか?)


 それはやばい。どこかに隠れないと。


「止めろ! 林に走れ!」


 荷車を飛び出し横の林に走る。新平の言葉に慌てて馬首を巡らせる二人。しかし林に馬を入れるのは難しい。もう直ぐ後ろに追っ手も迫っている。


「馬なんかいいから。早く来い!」


 馬は大きい。兵達に見られていたら踊りが掛からない。林の奥へ走って、二人が追いかけてきたので合流し、街道が見えないのを確認して再び踊る。


 【失笑と失影のサイレントターン】


 三人の姿が薄くなった。


 成功だ。やっぱりか。


「わかった。誰かが見てたら掛からないんだ。【睡魔の踊り】と逆だ」

「はあ?」

「見ていたら掛からないと?」


 新平の言葉に驚く二人。喋った瞬間に踊りが解け。透けた姿が元に戻った。


「どうする。このまま逃げるか? 奴等すぐ来るぞ」

「荷物置いたままだ。戻ろうぜ」


 馬と荷車に荷物を載せたままだ。最低限は携帯してるがデニスの背嚢は荷車の中だ。それを諦めるとしても、ここから関所まで全部徒歩になってしまう。しかし戻って見られたままでは【失笑と失影のサイレントターン】は掛けられない。


「でも、あいつらから見えてたら、これは掛からないんだ」

「くそっ。荷物背負ってりゃ良かった。」


 バレた時に早く逃げれるようにと、荷物を荷車に置いていたのが仇になった。焦っている間にも、敵兵達の馬が新平達の乗り捨てた場所に次々と到着する。


「ちっ、どうすっか」

「身を隠すのが先だな」


 林の奥ではなく横手にずれてから再度【失笑と失影のサイレントターン】を踊る。三人の姿が薄くなる。新平は動けなくなった。

 兵達が声を荒げながら茂みに入ってくる。

 ラデリィアが新平の前に盾となって立つ。払った枝などが新平に当たって、もし動いたら踊りが解けるだろうと考えたからだ。近くで見ると一般兵の他に、目に見えて高価そうな赤い鎧装備の兵達がいる。目の配り方にも隙が無い。こいつらが王国騎士団か。素人の新平にも分かる程、雰囲気が全然違う。迫力がありすぎる。全員の首に妙な刺青まである。超怖い。


「いたか」

「いや」

「気配も無いな。……ふむ。そんな遠くに行った筈はないんだが」


 遠くも何も、すぐ後ろにいます。

 新平は冷汗状態。ラディリアは剣を向けたまま息を潜めてる。デニスは両手で口を押さえてる。……それは意味ないぞ。


「馬を止めた時には、まだそこらに居たように思えたんだがな」

「逃げ足の速い奴らだな」

「隊長に報告を」


 伝令が飛ぶ。喧騒のなか、新平達は身じろぎも出来ずに硬直している。冷や汗が流れるが拭えない。少しして命令が飛んでくる。


「三班、六名で奥を捜索。四班、街道の先へ哨戒。残りは戻れ」


 順に復唱の声が上がり、兵達が素早く別れて行った。流石王国騎士団、練度が違う。敵兵達がいなくなってラディリアが息を吐くと、新平の腕が降りた。


「ふー……怖かったぜー」

「危なかったな」


 新平は声も無く地面に腰を降ろす。ずっと同じポーズを取って動かないでいるのは、結構辛かった。


「おい小僧。ちゃんと動かないで止まっとけよ」

「無茶言うなよ。荷台ごと浮き上がったんだぞ」


 門での踊りの解除に文句を言われた。呼び名も小僧に戻ってる。馬に乗っていたデニスには気づく程の揺れではなかっただろうが、荷台に寝転がっていた新平にとっては大揺れだったのだ。


「今更よせ。どうする。戻るか?」


 ラディリアの言葉にデニスと新平はため息を吐く。確かに誰が悪いかなんて言い合っている場合じゃない。


「最低でも馬は取り返そうぜ」

「確かに。馬が無いのは痛いな」

「パンは鞍の荷物に入れてたっけ」

「金銭は惜しくないが、ここから歩きはもっと厳しいからな」

「いや、俺の荷物は惜しいぜ!」


 ここから関所まで馬で二日と云っていたので、徒歩で向かうのは厳しい。鞍に縛った食料はもっと惜しい。


「近くまで潜んで行って、あいつらの注目をどこかに向けさせて、もう一度踊ろう。馬も指定してから踊れば、また最初みたいに全部消える筈だ」


 そうすればまた堂々と馬に乗って逃げれる。

 新平の提案に二人が頷いた。


 再度踊って硬直した新平を、二人が抱えて徒歩で町の門へ戻る。三人共透けてるので向こうには見えない筈だ。街道は砂地なのでこの手の定石、足跡バレの可能性も無い。


「出来ればあの連中には関わりたくねえんだがなぁ」


 王国騎士団を指してるんだろう。分かる。連中はヤバそうだった。素人の新平にも違いが分かった程だ。見つかったら捕縛と言って、手足をへし折るくらい簡単にしそうだ。

 距離が遠いので一度茂みに入って新平を地面に降ろし、休憩してから町の門に戻った。幸い門の外に自分達の馬と荷車は止めてあった。しかし荷車の荷物は既に無い。赤鎧兵達が検分する気らしく馬車の内に運ばれているの見つけてしまう。デニスがそれを見て悲鳴を上げた。盗んだ物なのに本気で泣きだした。ラディリアが肩を叩いて諦めろと伝える。もうここは馬だけでも取り返さなくては。

 兵達から見て馬の影に隠れ、新平は馬の背に立て掛けられた。完全にマネキン扱いである。

 内外を見張る門兵。談笑する憲兵。うろつく城兵に直立して周囲を見入る赤鎧兵。これだけ人数がいると、常に誰かがこちら側を向いているので簡単には踊れそうにない。

 何とか連中の目をこちらから反らして、どこか一箇所に集めないといけない。

 ラディリアが小石を拾って門の内側の馬車に当てる。しかし新平の踊りによって自分達から発生する音が遮断されてるので、音は鳴らず誰も気づかない。悲しげな表情でラディリアが振り返る。ちょっと可愛かった。ポーズを解こうとした新平を慌ててデニスが止める。


「馬鹿。こっち向いてる奴もいるんだ。まだ解くな」

「……」

「じゃあ、どうする」

「くそっ……むー」


 踊りを解くと見つかる。しかし踊りを解かないと騒ぎを起こせない。

 デニスとラディリアが顔を見合わせる。新平はアヒル口で斜め上を向いたまま動けない。

 ふとラディリアが顔を上げてゆっくり剣を抜く。そうだ。相手から見えないんだから不意打ちで切りつける事が、いや殺す事だって……しかしラディリアは少し考えてから首を振って剣を戻した。


「危険だ。門兵ならまだしも、王国騎士団の連中なら、切られたら周囲の警戒を強め、兵達にはあたりを槍で切って探らせるくらいはする」


 確かに見えない敵から切られるのは怖い。下手に恐慌状態になって騒がれると何するか分からないので危険だ。万が一、振り回した槍が新平に当たって姿が現われたら終わりだ。


「俺達のせいだって気づくもんかよ。いきなり怪我人が出たら驚いて騒ぎになるって」

「魔道士の風性魔法に『見えない剣』というのがある。騎士団も近衛の我々も対応策として演習を重ねているのだ。

 突然怪我等したら、それと考え即時に警戒態勢を布く可能性が高い。逆に隙がなくなるぞ」

「じゃあ、どうすれってんだよ」

(喧嘩すんなよー)


 新平は喋れない。役立たずだった。


「……じゃあよ、門兵一人を軽症くらいなら良いんじゃないのか?」

「……分かった。チンペー殿。準備を」


 苦い表情でラディリアが門の中に向かっていく。しかし狙ったのは門兵では無く、横に繋いである馬の方だった。


(なるほど)


 ラディリアが馬の足を切りつけると―――剣がすり抜けた。


「!?」

「何だあ!」


 踊りを解こうとした新平はそのまま硬直する。唖然としているデニス。再度ラディリアが切りかかるが全て馬をすり抜けた。


(まるで俺達が幽霊になったみたいだ)


 剣を降ろしたラディリアが、呆然としながらも馬を触ろうと手を伸ばすがコレもすり抜けた。


「!」


 ぎょっとして手を引き、馬を見上げた後、慌ててこちらに戻ってくる。


「触れない」

「何だよおい」


 デニスが近くの他の馬に手を伸ばすが、やはりすり抜ける。何度試しても無理だった。おそるおそる近くの兵士を触ろうとする――これも通り抜けた。


「触れないぞおい!」


 話し合おうにも新平は喋れない。動けない。デニスが新平を睨みつけても、そこにはアヒル口で固まった間抜けな小僧がいるのみ。

 他にも試してみると荷車は触る事ができた。しかし動かそうと力を入れると、すり抜けてしまう。門や壁は触る事はできた。しかし動かそうとしてもびくともしない。先程小石は掴んで投げる事ができたのに、これはどういう事だろう。

 ラディリアが再び石を拾ってみる……掴めるのと掴めないのがあった。どうやら本当に小さな石しか掴めないようだ。

 掴めた石を人に投げてみる――これもすり抜けた。


「人に当てる事もできない……どういう事だ?」


 どうやっても生物には触れられない。無生物でも小石の様な小さな物しか触れないようだ。


「くそっ……」


 新平がプルプル震え出した。同じポーズに疲れたのだ。


「おっヤバイ。どうする。小僧が持たないぜ」

「手を挙げたままの姿勢を維持するのは、意外と辛いからな……一度戻って出直すか?」

「それで馬まで連れてかれたらどうすんだよ。糞っ、こっちから触るのは無理。なのに、目を逸らせだって…」


 待ってる時間は無い。しかし自分達は相手に触る事が出来ない。この状況下で一度こちらから視線を外し別の場所に目を向けさせる方法。どこかに注目させる方法。


 ……そんな名案が直ぐに浮かぶ筈が無い。


 新平のアヒル顔に汗が浮かぶ。両手が震えて来たラディリアは敵兵と新平を交互に見るが何も思いつかなくて焦っている。デニスは苦悶し頭を抱えて……懐から小袋を取り出し袋を開く。取り出した金貨を新平の前にかざし凄い形相で新平に迫る。


「……いいか小僧。これから俺がこの金貨を投げる。合図した瞬間魔法を解いて、直ぐに馬達と一緒に掛け直せ。失敗したら殺すからな」


 デニスの異様な殺気に、動けない新平の目玉だけが必死に逃げる。ラディリアが新平を立てなおし、デニスの動向を見やすくした。デニスは貨幣を何度も数えて掴んで戻しを繰り返し、最後には掌一杯の金貨を握り門の兵達を見る。


「「「……」」」


 門の内外に立つ門兵。談笑する憲兵。うろつく城兵。周囲を見張る赤鎧兵。少しでもこちらへの視線の数が少なくなる時をデニスは計っている。そして門内の馬車から隊長格の兵が降りてきて赤鎧の視線が動いた瞬間、掌の金貨を門の内側に投げ入れた。


(解けっ)


 デニスの合図で新平がポーズを解除する。同時に金貨の落ちる音が周辺に鳴り響いた。金の音に注目が集まるのは何処の世界も共通だ。兵達の視線が一斉に動く。


「ん」「なんだ」「おっ」


 新平が素早く息継ぎし、即座に再度踊る。対象は自分達三人と馬と荷車だ。


(おおっ!)


 両手を広げ、足を交差、アヒル口でスピンターン! そして素早く両手を屈伸!


【失笑と失影のサイレントターン】


 馬と荷車、新平達の姿が再び透ける。


 成功だ! 


 未だ誰もこちらに気づいてない。もう音を出しても大丈夫だ。そしてまた新平は動けなくなった。


「うああ、金が勿体無えっ! 大損だ。畜生め!」


 もう声を出して問題ないと知ったデニスが悲鳴じみた声で喚く。


「無事王都へ帰参できれば報酬を貰えるだろう。盗んだ物に固執するな」

「自分から捨てるのが我慢できねえんだよ!」


 文句を言いながらも馬に乗ろうとした二人が、銅像みたいに固まってる新平を見て慌てて荷台に積み込む。


「俺がお前さんの馬も引く。一緒に乗って小僧が動かないように抑えとけ!」

「わかった!」


 また衝撃で動かれてはかなわない。ラディリアが新平の上に被さって手足を動かないように抑える。


(うわお!)


 密着だ。密着してる。仰向けに転がった自分の上にラディリアが覆い被さってる。胸は彼女の鎧に当たって痛いだけだが、新平の広げた両手が動かないように、ラディリアも両手を広げ掴んでいる。組んだ脚にも足を掛け固定する。そして図らずも新平の頬に彼女の頬が寄せられる姿勢になった。不謹慎ながらも新平は大興奮。動けないアヒル口の顔でめまぐるしく目玉が踊りだす。

 デニスがラディリアの馬の手綱も片手で引きながら馬を進めたところで兵達が異変に気づいた。何人かが金貨に群がりそれを赤鎧兵に窘められている。


「おい馬が消えてる!」

「何だと?」「何処に行った?」「捜せ!」


 気づいた兵達が馬を探す。彼等には目の前で透けている馬と荷車を認識出来ない。慌てて兵士がこちらに走ってきて槍を向けたのでデニスが身構える。

 刺さる!……しかし槍は荷車をすり抜けた。

 次々来た兵とすれ違う。いや、ぶつかる筈の身体が自分達をすり抜けていく。


「うおっ? ……な、なる程。一度消えちまえば、もうあっちも触れねえ訳か。し、心臓に悪ぃなオイ」


 つまり、姿を消していた時に今迄散々人にぶつからない様に注意していたのは無駄だった訳だ……。


「早く出せ」

「おう。今度は動くなよ小僧!」

(了解だ! しかしその為にはもっと密着を! 密着を!)


 一人、こんな状況でも平和な馬鹿がいた。


「急がなくていい。ゆっくりでいいから平坦な道を進め……どうした?」


 鼻息が荒くなっている新平に気づき、ラディリアは少し顔をあげ訝しむが新平が何を言いたいのか分からない。男慣れしていない彼女は、こんな時に男性が興奮するなんて思いもつかない。


「おう。了解だ!」


 デニスが馬を進めたので仕方なく頭を戻すと、今度はラディリアの髪が新平の鼻下に被さった。


「……!」

(い、息が。くしゃみしそうだ。まずい息を止めろ……く、苦しい……おお…)


 興奮が一転、くしゃみをしないように必死になる新平。

 苦難の道のりが今始まった。


 怒声を上げながら周辺を捜す兵達を尻目に、新平達はこそこそと馬を進め―――今度こそ町を無事に脱出したのだった。


次回タイトル:大薮新平 敵中に一人

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ