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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
1章 トリスタ森林王国内乱編(全33話)
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12. 大薮新平 検問突破に挑む

 異世界に召喚された大薮新平。そこは獣がうろつき治安も悪く、しかも内乱が起きている国だった。知り合った少女達と捕らわれの姫様を救い出した新平。しかし逃亡中に町が敵兵に閉鎖されてしまった。そして捜索中の兵達に見つかり必死に逃げ回るが、ついに彼等は追い詰められてしまうのだった。


「あっちだ!」

「回り込め!」


 兵達の怒声と足音が響く。路地裏と呼ぶには広い建物の影に逃げ込んだが、後ろからも行く先からも声が聞こえる。

 逃げ場が無い。

 このままでは挟まれる。


「くそっ、不味いな」


 やばい。来るぞ。どうする。どうする? 壁を登って屋根に上がる? 無理だ。漫画じゃないんだ。

 【睡魔の踊り】を使うか。駄目だ。弓を持ってる奴が居る。踊ってる最中に射殺されちまう。剣も持ってる。ラディリアを抜かれたら切り捨てられる。

 【魅惑のタンゴ】か。あれこそ踊りが終わるまで時間が掛かる。時間が掛かるのは駄目だ。後方からの声が近づいてくる。挟まれる。やばい。他になんか無いのか。

 ラディリアが再び剣を抜いた。デニスも小剣を抜いて新平を挟んで身構える。


「出会い頭を叩いて突破するしかないか?」


 そう言ってラディリアが構える。駄目だ。相手が多過ぎる。しかも彼女は本調子じゃない。デニスは盗賊だ。複数の兵士の相手が出来る筈が無い。 このままでは殺される。でも、もう逃げる場所がない。

 足音が迫る。迫る。もう直ぐ其処にいる!


「ちきしょうめ!」


 デニスが自棄になったような怒声を挙げる。 

 そうだ、追いつかれたら終わりだ。追いつかれたら終わりなんだ畜生!


 くんっ!


「!!」


 腕を引っ張られる感覚が来た。これは踊りの誘導だ。


(来た! 急げ!)


 両手を大きく広げ、足を交差、アヒル口でスピンターン! そして素早く両手を屈伸!!


 脳裏に新しい踊りの言葉が響く。


【失笑と失影のサイレントターン】


 突然踊った新平に二人が振り返る。

 同時に――すうっ……と二人の、いや三人の姿が幽霊みたいに薄くなった。


 「!?」

 「うわあっ?」


 二人を驚きを他所に、新平は足を交差させ両手を白鳥のように広げて、アヒル口で空を見上げ固まったままだ。戸惑う二人を無視して硬直している。

 そこへ兵達が現われた。

 慌てて二人が剣を向ける……が、様子がおかしいのに気づく。彼等はこちらを見ているが視線が合わない。そして後ろからも兵が現われた。ぎょっとして二人がどちらに剣を向けるか躊躇する。しかし、こちらの兵達もラディリア達を無視して、正面の兵達に話しかける。


「どうだ?」

「こっちにはいない!」

「あっちか」


 そのまま双方の兵達が走り去っていく。まるで自分達が見えなかったかのような反応だった。剣を構えたまま警戒していた二人は、足音が遠ざかったのを確認して剣を降ろし新平を再度見る。


「……チンペー殿」


 新平が踊ると姿が透け、敵兵達は自分達が見えない様な反応を示した。答えは一つだ。デニスがわなわなと震えては新平に飛びつく。同時に三人の姿がはっきりした物に戻った。


「やりやがったなオイ!」

「……ふー……」


 硬直を解いた新平が手を降ろす。冷や汗でびっしょりだ。


「何だったのだ今のは」

「あー消える……じゃない、姿や音が相手に分からなくなるみたいだ」

「新しい魔法なのか」

「お前もっと早くだせよ。危ねえだろうが!」


 同感だ。本当に駄目かと思った。


「悪い。今、閃いた」 

「……本当に不思議な魔法ばかりなのだな」


 魔法か……ほんとこれ魔法なんかな。咄嗟に両手を広げ、飛び上がったバレリーナみたいに変なポーズ取っただけだぞ。更にはこの踊りの名前だ。脳裏に名前が浮かんだ瞬間、下らな過ぎて噴出すところだった。危機に陥ったギリギリに新しい踊りが出るのはありがたいが、心臓に悪過ぎる。胃潰瘍になりそうだ。もっと楽に生きたい。ゆとり教育万歳。


「じゃ、どうする? 一度豚婦人の家に戻るにしても、奴らがそこら中を走り回ってるぜ」

「「……」」


 三人は顔を見合わせる。

                    ◇


「動くなよチンペー殿」

「……」

「意外と重てぇな、お前」

「……」


【失笑と失影のサイレントターン】(ふざけているとしか思えないネーミングだ)は踊りを見ている者ではなく、自分が指定した人物の姿と発生する音を他者から認識させなくする踊りだった。一度掛けると自分はずっと最後のポーズを維持しなければならず、少しでも動くと解除されてしまうようだ……『達磨さんが転んだ』かっつーの。


 仕方なく物陰で踊り、マネキンの如く止まった新平。上半身をラディリアが、下半身をデニスが抱え移動する事になった。ラディリアに胸に手を回して抱えられ、一瞬ドキリとしたが皮手袋と硬い帯剣越しなので感動はすぐ萎んだ。逆に剣の鞘が当たって痛い。マネキン運びよろしく二人がえっほえっほと町中を急ぐ。

 町人と幾度となくすれ違うが、誰もこちらを注視しない。本当に見えていないようだ。あまりの『ありえなさ』に抱えてる二人も戸惑いを隠せない。眠らせたり、重症を治すというのも驚きだったが、今回の『見てもいない相手に魔法を掛ける』というのは聞いた事も無い魔法だ。もう驚きを越えて呆れるしかない。本当この少年は何者だろうと抱えながら首をかしげる。


「本当に誰にも見えてねぇんだな」

「そうみたいだな」


 小声で囁き合う二人に、消えてる時は自分達の音も届かないから、別に大声でも大丈夫だよと話したいが、新平は今、喋れない。


「あんな変な踊りでなぁ……」

「……うむ」


 文句を言いたくても、新平はアヒル口で固まったままだ。


「来たぞ」

「おう……」


 前方から自分達を探している兵達が小走りに駆けてくる。こちらを向いているのだが、視線は自分達には止まらない。無言で道の脇に退いてやり過ごそうとしたら、脇道からも別の兵が現われた。ぎょっとして飛び退くラディリア達。身体が揺れて新平もドキリとする。


「「……」」


 兵達はラディリア達の前で合流し、発見できていない事を報告し合い、また別方向へ分かれていく。


「ふー……緊張すんなあ」

「ああ、分かっていても、身構えてしまうな」


 遠ざかったのを確認してからやっと声を出す二人。疲労を感じながらも新平を覗き込むが、そこにはアヒル口で固まった男がいる。


「「……はぁ」」


 滑稽さに緊張感が萎える。二人は顔を見合わせ、ため息をついて再び歩き始める。途中で何度か兵も見かけたが、彼等にもまったく認識されず無事捜索網を抜け、オベリア婦人邸に辿り着いた。


「変な踊りで悪かったな」


 屋内に入るなり拗ねた新平にデニスが苦笑いする。


「拗ねんなよ少年。褒美に騎士様の胸を揉んでいいから」

「いい訳あるか!」


 そんな事ある筈が無いとは分かっていても、思わずぴくぴくと反応した新平に、ラディリアが胸を隠しながら怒鳴った。


                    ◇


 新たな踊りを覚えた事により、脱出作戦をより確実な策に変更する。馬車は諦め、荷車を購入し新平に消える魔法を掛けさせて姿を隠す。二人は騎乗し、変なポーズで固まってしまう新平は荷車に乗せておき、それを引いて脱出しようという計画だ。これなら下手な嘘や変装も考えなくて良いし、即実行できる。町中を捜索されていると分かった以上、脱出は急いだ方がいい。

 小僧が馬車を届けに来たので、もう一度頼んで荷車を用意してもらう。程なくして代わりの荷車が届けられた。

 荷車の費用は婦人が喜んで出してくれた……デニスは喜んでいるが完全な詐欺行為に新平とラディリアは心が痛い。踊りで騙して匿って貰い、食事を振舞わせ、馬車代まで出費させた挙句トンズラする。どう見ても犯罪である。

 街中を捜索されてるので直ぐに出発すると説明すると豚婦人から濃厚に別れをせがまれた。強く出れないので、何とか言い含めて退去する事となったが――



「……………………」


「少年……おい坊主。大丈夫か?」


 その新平は荷車の上で真っ白になって膝を抱えている。別れを惜しんだ豚婦人が感極まって新平を抱きしめ幾度となくキスの雨を降らせたのだ。

 新平のファーストキスは異郷の地で予想もしない形で奪われた。


「けっ、生娘じゃあるまいし、何落ち込んでんだよ」

「……………………」

「いい加減にしろよ小僧。今それどころじゃねえんだよ!」

「……………………」


 呆れていたデニスが、怒って殴っても新平は正気に戻らない。……完全に目が死んでる。流石にデニスも焦った。


「ちっ、しょうがねえ。騎士様、口直しにぶちゅっとやってやれ」

「でっ、出きるか!」


 デニスの本気の目に身の危険を感じた彼女は、慌てて新平の説得を始めるが、まったく反応が無いのに恐怖して往復ビンタを連発する。


「あ……ああ……あれ?」

「良かった……本当に良かった。うぅ……」


 新平が正気に戻った時には、安堵して涙ぐんだラディリアが足元にうずくまっていた。


 馬と荷車を玄関先に持ってきて貰い、外に人の居ないのを確認。玄関先に出て【失笑と失影のサイレントターン】を踊って姿を消す。

 荷車毎消えたのを確認し、新平を荷車に乗せ、二人は騎乗して荷車を引きながら進む。別れを惜しみ豚婦人が玄関先に出て来た時には既に三人の姿は無かった。


「あら、何て足の速いせっかちさん達なのかしら。最後にまたお別れを言いたかったのに……」


 離れていく彼女の呟きに、新平は荷台の上でぶるりと身震いした。


                    ◇


 馬を購入した形跡から追跡が来る可能性もある。三人は直ぐに町を出ようと真っ直ぐに門を目指す。


「本当に大丈夫なんだろうな」


 ガラガラと荷車が盛大に音を立てている。馬の手綱を握るデニスの表情にも緊張がある。

 馬上で剣を抜いたラディリアも左右に警戒の目を走らせる。その後ろの荷車で……新平は足を交差させ両手を白鳥のように広げ、アヒル口で固まったまま転がっていた。

 二人が喋れない新平を振り返り……嫌そうな表情で顔を見合わせ前を向く。


 緊張感が台無しだ。


「大丈夫だよな……」

「……今更だ。行くしかないぞ」


 二人共自信がない。三人を含めた馬も荷車も薄く透けているので問題ないとは判ってはいるのだが、荷台で転がってる新平の姿があまりにも滑稽過ぎて信じられないのだ。また『こんな事で姿が消えるのはおかしい』という常識があるので、判っていても心配が拭えない。新平にもその気持ちはとても良く分かる。

 町の出入り口の門が近づいて来る。門は開いてるので通り抜けられそうだ。兵達はこちらに気づかない。車輪が大きな音を立てているので意味は無いのだが、二人は話を止めて息を呑む。もし連中が気づいていて、近くに来た瞬間に剣を向けられたらお終いだ。

 冷や汗を浮かべ手綱を握り返すデニス。剣を抜いたまま警戒するラディリア。その荷台で新平はアヒル口で固まっていた。


 荷車の車輪の音と馬蹄が響いているのに兵達は気づかない。


 兵達は気づかない……未だ気づかない。


 門兵の間を通る。


 デニスとラディリアは呼吸も止めている。今、一斉に切りかかられたら、自分達はお終いだ。


「「「…………」」」


 門を潜る。


「「「…………」」」


 門を抜けた。


 ラディリアが薄く息を吐く。

 しかし安心はできない。兵達から見えない場所まで逃げないと新平は硬直を解けない。二人は息を潜めたまま、新平はまばたきも我慢したまま道を進める。

 ようやく安全圏まで離れるかというところで、悪路のくぼみに引っかかった。

 大きな音を立てて荷車が一度浮き上がる。普通ならたいした揺れではない。しかし背後で兵達の声があがった。


「なんだ?」

「おい」

「お、何だあいつらは」


 見つかった!


 揺れた衝撃で新平のポーズが解けたのだ。踊りの効果が解除され荷車の音が響く。

 兵達からすれば、突然門の外に出て行こうとする馬と荷車が現われた事になる。見逃したのかと焦る道理だ。


「ばれたぜ」「くっ!」


 ラディリアが馬に鞭を打ち走らせる。


「待て!」「お前ら!」「追いかけろ」


 兵達が騒ぎ、我先にと馬に乗って追いかけてくる。


「やばいぜ。すぐに追いつかれる」

「一度止めろ! もう一度踊る!」


 新平が叫ぶ。馬を止めて荷車の上でもう一度【失笑と失影のサイレントターン】を踊る。



 何も起きなかった。



「!?」

「何でだ。おい、やばいぜ!」


 何故か姿が薄くならない。


 失敗に気づいたデニスが奇声をあげ再度馬に鞭を打つ。荷車上で新平はすっ転んだ。

 しかし荷車を引いてる馬では速度は出ない。見る見る兵達の馬が迫って来る。ラディリアが警告を発する。


「来るぞ!」


 もう追いつかれる。先頭の兵が走りながら腰から剣を抜いた。馬上の敵兵と視線が交差する。敵兵は殺気を振りまきながら、ニヤリと笑みを浮かべた。


 新平は真っ青になった。

次回タイトル:大薮新平 検問を突破す

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