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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
1章 トリスタ森林王国内乱編(全33話)
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08. 大薮新平 翼竜と舞う

体長五mくらいの小さな竜みたいのが上空を旋廻している。


「翼竜だ!」

「追っ手なのか?」

「間違いない。馬を撒いたと思ったらっ」


 しかし相手は一匹しかいない。そんなに慌てる事だろうか。ラディリアの切羽詰った表情に疑問が浮かぶ。


「ハイッ!」


 声を掛ける間もなくデニスの馬が全力疾走を始めた。

 前方の森に入るつもりなのだろう。相手が飛んでるのなら森に入るのが安全という訳だ。続けてラディリアも馬を走らせる。慌ててしがみつくが文句のひとつも無い。そ、そんなにヤバイのか?


「チンペ殿、伏せろ! 全力で森に逃げ込む!」


 ラディリアの声は切迫している。

 全力で森に走る二頭の馬に向かって翼竜が降りて来る。近くで見ると思ったより大きい。

 滑空したと思ったら、あっという間に降りてきて先頭のデニスの馬に横から襲い掛かった。両足の爪に馬の胴体と首が引っ掛かり騎乗したデニスごと馬が吹き飛ぶ。そのまま翼竜は舞い上がる。倒れた馬の腹から内臓が飛び散っている。デニスはその先に転がっていて動かない。


「!!」


 頭が一気に冷える。

 やばいなんてもんじゃない。一撃だ。

 ラディリアは見向きもせずその横を走り抜けた。助ける余裕は無いという事か。

 しかし森にはまだかなりの距離がある。これは絶望的だ。


「チンペ殿、一人で森に逃げられるか」

「ちょ、ちょっと待てよ。何言って」

「私が降りて盾になる。恩人を死なせる訳にはいかない」

「ちょ、駄目だって……来るっ!」


 影が来た。悪寒を感じた瞬間。咄嗟にラディリアを掴んだまま、馬から飛び降りて転がる。予想通りに馬は翼竜の爪に掛かって吹き飛んだ。地面に二人で転がる。痛いが唸ってる暇は無い。馬は自分達を越え遥か後方へ吹き飛んでる。生きてはいないだろう。


「くっ……伏せてろっ」


 地面に伏せながらラディリアが剣を抜く。駄目だ。そんな物のが効くようにはとても思えない。全翼7,8mくらいの翼竜。簡単に云うとそれだけだが、迫って来る翼竜は異常に迫力があった。トラックの先にでかい刃物が装着されて、こっちに走ってくるようなもんだ。めちゃくちゃ怖いしやばい。しかもその背には兵士が槍を持って構えてる。


 死が。

 死が目の前にある。


「チンペー殿……逃げっ」


 剣を抜き上がろうとしたラディリアがうずくまる。


「……お前っ」


 落ちた拍子か爪に引っ掛けられたのか、右足首が変な方向に曲がってる。


(やばい)


 デニスは動かない。ラディリアも立ち上がれない。距離的にも逃げられない。自分の手足じゃ傷もつかない。



 ……踊りしかない。


 【睡魔の踊り】が効くのか? 効いても突進されてる時に寝むったら、突っ込まれて下敷きになるんじゃないのか?


 しかし、やるしかない。

 立ち上がる。


「チンペー殿?」

「やってみる」


 でもチンペーはやめろ。


 翼竜を見上げながら手を振り始める。


(……反応しないっ?)


 あの手足が引っ張られる感触が無い。

 まずい。

 翼竜はもう滑空状態で迫ってきてる。どうする逃げるか? 続けるか? 来る。来る。やばいっ!


「……うおおっ!」


 慌てて転がるとすぐ横をでかい爪が走り抜けた。


「チンペー殿!」

「はあっ、ふっ……!」


 危ない。やばい。あと少しで死んでた。心臓がバクバクいってる。でも最後に手が引かれる反応があった。たぶん距離だ。一〇mくらい近くないと効かないんだ。


(……駄目じゃねぇか)


 奴は飛んで来てるんだ。そんなに近くないと効かないのでは話にならない。十秒踊り終わる前にミンチにされてる。


『外したか』


 その時、聞き覚えのない声が聞こえた。乗ってる兵士の声か? しかし兵士があんなに大きな声をあげるものだろうか。翼竜の咆哮と一緒に聞こえたような気がする。


 再度来た爪をなんとかかわす。


『またか! この小童が! 忌々しい』


 やっぱり、あの翼竜が喋ってる。


(まさか)


 あの天馬も自分を降ろす時に喋ったような気がする。獣の声が聞こえるのか。

 自分は日本語しか喋っていないのに、この世界の住人と話が通じてる。言葉の翻訳が働いてる為だ。この翻訳機能はもしかして人間限定ではなく、この世界の生き物全てが対象という可能性はないだろうか。それなら今聞こえてるのはあの翼竜の声だ。


 翼竜が迫ってくる。


『小癪な童め!』

「小癪なのはお前だ!」

『その貧相な身体を引き裂いてくれよう』


 そう叫ぶ竜に両手を広げて叫ぶ。賭けるしかない。


「何が引き裂くだ!武器も持っていない子供相手に何言ってんだこの卑怯者が!」

『!?』


 滑空して迫って来てた翼竜が、手前で方向を変え上空へ舞い上がる。羽ばたいてこちらを向き滞空を始める。こいつも羽ばたきが浮き方と合ってない。揚力どこいった。


『小童! キサマ我の言葉が分かるのか!』


(来た。本当に言葉が通じるんだ)


 このまま喋って呼び寄せて眠らせるか……だめだ、飛んで来る相手に無茶だ。背中に兵士もいるんだぞ。


「あははは。分かると何だ。卑怯な手で武器もない子供を殺す自分が恥ずかしくなるか!」

『キサマ!』

「俺は武器ひとつ無い。弱いものいじめは格好悪いな! 情けないな!」

『我を愚弄するか小童!』


 この場を覆す踊りは無いのか。戦ったら瞬殺だ。眠りも駄目だ。新しい踊りを。奴を倒す。奴を眠らせる。奴を騙す。奴を惑わす。奴を引きつけ


「!!」


 くんっと手が上がる。


 (来たっ!)


 半身を向ける。両手が円を描くように広がってく。足が小刻みにステップを踏み始める。

 タン、タン、タタッタン。


「違うなら武器も持たない小さな人間に爪を立てる理由を言ってみろ!」

『……我は契約によって-』

「うるせえよ! そんな事が理由になるか! 契約なら何でもするのか! 頭下げるのか! 相手の足を舐めるのか!  その人間の言いなりになって、小さい者をいたぶって殺すのか。竜たるお前が!」

『!』


 翼竜が反応する。やはり今までの口調から自尊心が高かったようだ。指摘したら硬直した。ここが攻め場所だ。


 手を翼竜に向かって伸ばす。見せ付けるように。呼び寄せるように。求めるように。竜を胸元にかき抱くように。

 目が熱い。視線が竜から離せない。竜の目も自分に釘付けになってるのが分かる。


「お前そんなにでかいじゃねえか。強いじゃねえか! 凄いじゃねえか! 何、格好悪いことしてんだよ! 何でその小さな人間なんかに従ってるんだよ!」

『おヌシ……その光はなんだ』

「光? 知らないな。自分が卑怯な事して卑小な者になろうとしてるから、相手が光ってみえるんじゃないのか!」

『……この不遜な小僧が!』


 しかし翼竜は襲い掛かって来る事はなく自分を凝視している。


 手を巻きながらくるくると回っては前後にステップを踏む。迫るように。誘うように。

 足元のラディリアの視線を感じる。動くな。立つな。黙って見ていろ。


「俺が不遜なんじゃねぇよ。お前が駄目になってるだけじゃねぇか。だったら、格好いいところ見せてみろよ!」

『?』

「本当の意味で強いところを見せてみろ。俺だけじゃない。お前自身にだ! この世界にだ!」

『……世界とはなんだ』

「お前何時までこんな人間の小競り合いに参加してるんだ。竜にとって人間同士の争いなんて下らないだろうが!

あと何百年こんなつまらない戦いに従うつもりだ!」

『違う! 我が生を受けた時に世話になった為、協力してやっているのだ」

「してやってるだって? 人間を下に見て言ってるのに。実際言いなりに飛び回ってるじゃねぇか。合ってないぞオイ!」

「どうしたアズラエール?何をしている」

 

 翼竜に騎乗した兵が、自分の声に竜が反応している事に気づいた。急げ。


「お前は満足か。そんな人間に従って。そんな弱い連中と一緒にされて戦って、つまらなくないのか!」


 囲んだ腕に女性をかき抱くようにステップを踏みながら、くるくると回る。ペアダンスかよ。

 一人でペアダンスとは滑稽だ。しかし何故か腕の中に存在感を感じる。話す相手の。竜の存在を。

 その竜に向かって叫ぶ。


「違う! 違うぞ! お前の翼はそんな小さな事をする為にあるんじゃない! お前の牙は、爪はもっと大きな敵を屠る為にあるんだ!」

『なにを……』

「北の地に竜が居る! あの白い山から来る竜だ!」

『知ってるお……』

「ああ知ってるだろうさ。でも同じ人間を乗せた同志で命令されて小競り合いしてるんだってな。格好悪いと思わないのか。何で人間の道具になっちまってるんだよ! お前はもっと自由じゃないのか」

「アズラエール。奴の言葉を聞くな!」


 嘘が下手な俺は勢いで丸め込むしかない。戦ったら一瞬で肉片だ。

 竜に喋らせてはいけない。主導を渡すな。もっと盛り上がりそうな話を。この竜が喜びそうな話を。


「そんなのが相手じゃねえ! そいつらの王だ! お前が見たことの無い! お前の知ってる何倍もの大きさを誇る! 人間を乗せもしない。そいつが本当のお前の相手だ! こんなつまらない小競り合いを小馬鹿にして眺めてる奴だ。お前はそいつに小物と思われてるんだよ! 本当はそいつを倒せるのはお前だけなのにな!」


 当然嘘だ。翼竜と呼ぶなら上位種がいると考えた。竜の多い北の国ならいるだろうというハッタリだ。そいつのところに送り出して屠って貰おう。


「お前にしか倒せない。人を乗せない竜達の巨大な王がいるんだ。なのにお前は何故こんなところで燻ってる! 

そいつを倒し新たな王になるのがお前の本当の姿なのに!」


 求めるように。撫でるように。誘うように手を振り舞わす。

 これはタンゴだ。魅惑のタンゴ。求愛のタンゴ。何でタンゴ。竜相手にタンゴか。


「お前の名前は。名前はなんて言うんだ!」

『あ、アズラエールと呼ばれ』

「違う!そんな人間が付けたもんじゃなねぇ! お前が認めたお前の名だ。

もっと強く。もっと格好よく! 弱き獲物を歯牙にもかけず巨大な敵を引き裂くお前の名前だ! 無いなら付けてやる! お前の本当の名をっ」


 情熱的に振り回した手を指を撫でるように巻き込む。強く踏み出し両手を広げ空と竜を撫で回す。

 竜の目を睨みながら指先を向けて握ると踊りが完成する。


「ジュテエエエェム!」


 新しい踊りの言葉が脳裏に響いた。


 【親愛なる魅惑のタンゴ】


「ブレイク・ザ・ウインドキング! 偉大なる風を切り裂く王だ! 空の王なんだお前は!」


 新平の叫びに竜が打ち震える。


「グオオオオオッ!!」

『我は!我は風を裂く王だ!』


 雄叫びを上げて上昇する。狂乱状態と言っていい。


「言うことを聞けアズラエール!」


 兵士が叫んでいるが聞こえていないようだ。


「進め! 進め! お前の本当の敵はあの先だ! 偉大な王の誕生を見せ付けてやるがいい!」

「オアアアアアアッ!!」


 雄叫びを上げながら翼竜が飛んでいく。

 新平は息を荒げながら、その姿が空の彼方へ消えて見えなくなるまで見送った。




(なんだろう、ウインドキングって……)


 我ながら阿呆な妄言を吐いたものだ。

  

「……はー……」


 腰が抜けてへたり込む。

 危なかった……少しでも疑問に思われたり、反論されたりしたら、ボロが出て殺されたろう。

 『何でこいつ人に飼われてるんだ』と咄嗟に感じた事を適当に叫んでたら勝手に口が回ってた。効いてよかった。

 さっきの踊りは何だったのだろう? 魅惑? 洗脳? 魅了したのか? よくわからんけど、こちらを注視させて、言葉を妄信させるとかだろうか。酷い能力だ。 


 今度から町に入る時に門兵に使ってみようか。

 『お前らは門兵なんてしている場合じゃないだろ! 走れ!』「うおおおっ!」……うわあ。嫌だなそれ。

 へたり込んだまま苦笑いする。


「助かったみたいだな……」


 デニスが倒れたまま顔だけ向けて力なく答える。良かった。生きていたか。


「ああ……」

「まさか翼竜を口先で追い払っちまうとはなぁ……」


 人を詐欺師みたいに呼ぶな。確かにやった事はその通りなんだが。


「あれ、言葉通じたんか?」

「ああ……翻訳の魔法の所為かな……」

「翼竜とも話せるとはたまげたな」

「あはは……」

「しかし、助かった……また、助けられたな」


 振り向くとラディリアも上半身のみ起こして、安堵の表情を浮かべている。


「大丈夫か?」

「ああ」

「大丈夫だ」


 そんな筈は無い。肋骨を押さえてるデニス。足も切られ血が流れてる。捻じ曲がった右足を引きずるラディリア。


「二人共、そこに横になれ」


 拳を握り関節を鳴らす。

 散々叫んでアドレナリンが出まくってる為か、言葉使いが荒くなってる。


「……動けない女二人を相手になんて、以外に鬼畜やな小僧」


 こんな時でも軽口を叩くデニスは大した者だ。


「違う……今、治してやる」




「ヒッ! ハッ! ヒッ! ハッ! ハチュ! ハチュ! ハチュ! ハチュ!」


 【癒しの女神のムスタッシュダンス】を舞い二人はあっさり全回復。

 格好良い台詞が決まり感謝もされた。しかし……


「あんなので治るのかよ……訳わからんな」

「あの時、これで私は助けられたのか……あ、あんなので……す、凄いな。うん。か、感謝する」

「……………………」


 回復する際、踊りを見ていた二人にドン引きされ、テンション高くなって、格好をつけていたのは台無しになった。

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