第六話 2
こほん、とアルフさんが軽く咳払いをしました。ちらりとカートに視線をやります。
「これ、執務室までだよね? 俺が運んでいくよ」
「えっ、そこまでご好意に甘えるわけにはいきません」
なんだが足首の痛みがじわじわ押し寄せてきた気がしますが、このぐらいなら平気でしょうし!
「無理は駄目だよ。明後日にはアスルート帝国の宰相様がお見えになるんだし、お茶入れ上手なリディアナちゃんが居ないと困る」
アルフさんは数々の女性の心を掴んできたであろう爽やかな笑顔でさらりと褒めて下さいます。こういう所も人気になる理由の一つなのでしょう。お茶入れは私の唯一に等しい特技ですから、褒められるとついつい笑顔になりますね。
アルフさんはわたしではあんなに重く感じたカートをすいすい押していきます。
「ほら、俺ならこれくらい軽いし、時間も短縮できるよ?」
確かに……。このペースでいけば陛下に美味しいお茶を入れることが出来ないかもしれません。
「うー。では、執務室までお願いします。ご迷惑をおかけしてすみません」
「……あー、ほら。か弱き女性の力になるのが騎士の勤めですから」
なんてね、とアルフさんは照れくさそうに付け足しました。
あぁ、なんて優しい方なのでしょう……! これは侍女達に広めなくては! アルフさんには決まったお相手が居ないそうなので、わたしも微力ながら良いお相手が見つかるように協力させていただきますよ!
カートを押すアルフさんの隣に立ちます。
「リディアナちゃんって、ルシアン様と長い付き合いって聞いたけど本当なの?」
「ええ。陛下とはわたしが貴族として初めて王宮にあがった頃からの付き合いです」
所謂幼なじみという関係ですね。まぁ、わたしがお茶入れの才能を発揮するまでは陛下とは週に二三回お茶をするだけで今のように毎日会っていたというわけではありませんでしたが。
わたしはまだ、あがったばかりで淑女として、貴族としていろいろ学ばなくてはいけなかったので時間がとれませんでしたし、陛下も次期国王としての帝王学の勉強や剣の勉強で忙しかったですしね。あぁ、陛下は今でも忙しい方なのですが!
「そっか、リディアナちゃんって、出自は平民だったっけ?」
「そうですよ。五歳の時にここに来ました」
わたしは元は平民として母と城下に暮らしておりました。平民生活は物資の面では確かに厳しかったですが、心はかなり豊かでした。貴族生活はやはり少し疲れますね。今は侍女としてあまり貴族など関係なく過ごしていますが、社交界のシーズンは流石のわたしも王宮から一時出て、パーティー参加します。
「どっちが楽しいの? 仕事をしてるときとパーティーに出てるとき」
「仕事ですねぇ」
やりがいがあるというのもそうですが、パーティーに出ると着飾らなければなりません。それが少し苦手で……。
あ、もちろん、お洒落が嫌いなわけではなく! お洒落は好きです。ええ。
でも平民根性が染み着いているといいますか……だんだん不安になってくるのですよね。わたしは少し注意力不足な面があるので、壊さないか汚さないかとそればかりで……。
そう口にするとアルフさんはくくっと面白そうに笑いました。
「それが理由? リディアナちゃんらしいね」
んん? それはいったいどういう意味でしょうか?
ま、まぁ良いでしょう。アルフさんのわたしに関するイメージは後々再確認しておけば良いのですから。
「あぁ、でもやっぱり一番は仕事をしていると陛下の傍にいれるからですね」
パーティーに陛下がいらっしゃるのなら、わたしはそこでも頑張れる気がします! そう言った途端、ぴしっとアルフさんが動きを止めました。あれ、どうなさったんですか?
「あ……はははは。リディアナちゃんは陛下想いだね」
なんだか笑い声が堅いのですが。ど、どうなさったのでしょう。
その後なんだか遠い目をし始めたアルフさんと会話を交わしつつ、執務室にたどり着きました。