第五話 二杯目《おかわり》はいかがですか?
「わっ!! ご、ごめんなさい!」
「いえ、お気をつけて」
うう。さっきからこんなやりとりをしてばかりです……。
ぶつかりかけた執事さんに謝罪して、いつにもまして人の多い廊下をカートをぐいぐい押して進みます。周りの人も私と同じく急ぎ足。そこをカートを押しながら人にぶつからず行くのは至難の技です。
「きゃあっ!」
「あ、だ、大丈夫ですか!?」
あう……。またぶつかりかけてしまいました。どうやらカートに少しお湯を載せすぎたようです。上手く角が曲がれない上に腕がキツい……。
度々人にぶつかりかけていたので危険を察知したのでしょうか、私の進行方向には人が居なくなりました。
皆さん、どこか温かい目で見てくれているような気がします……。
ありがとうございます。直ぐ抜けますからねっ!
罪悪感に駆られながらも、おかげですいすい進めるようになったのでちゃっかり利用して急ぎます。
王宮がこんなにも慌ただしくしているのには理由があるのです。
なんと、明後日はこの国―――ラーシェに帝国アスルートの宰相がいらっしゃるのですよ!
この国ラーシェは大陸の一部にも満たない領土の小さな国です。資源が豊富というわけではありませんが、飢饉もありません。けれど、技術は特化しているので、それなりの国に攻め込まれても迎え撃てるくらいの国力はあります。
しかし、それもそれなりの国ならばというお話です。
大陸の三分の一をしめ、他の大陸にも領土を持っている帝国アスルートなら話は別です。アスルートが侵攻してきたら七割、いえ八割の確率でこの国ラーシェは負けるでしょう
だからこそ、宰相様を迎えるのには細心の注意を払わなくてはいけません。
けっして不興を買わないように。この国と戦争しても益がないと思わせるように。大好きなこの国を守るために皆一生懸命なのです。
それは勿論わたしも同―――
「ふぁっ!?」
角を曲がろうとカートの方向を変えたとき、グキリと足首が曲がりました。
あ……と思うまもなく体制が崩れます。カートを巻き込んで転けないよう、咄嗟に手を離し、衝撃にそなえギュッと目を閉じます。
が。
「……ふえ?」
来たのは腰あたりに軽い衝撃。
「リディアナちゃん大丈夫?」
パチリと目を開けると心配そうな顔の騎士さんが私の腰に手を添えていました。おお。流石騎士さんです。逞しい腕でばっちり支えて下さいました。
「あ、はい! 大丈夫です。ありがとうございます。アルフさん」
「あ、いや。危なっかしかったから様子みてたんだけど。ごめん、もっと早く来れば良かった」
騎士さん―――アルフさんは申し訳なさそうな顔で眉を下げました。
「とんでもありません! 助けていただいたのはこちらですし。寧ろご迷惑をお掛けしました」
本当に良い方ですねぇ……。
アルフさんは優しそうに見えて、これでもラーシェ国直下騎士団のNo.10には入る実力の持ち主です。焦げ茶色の髪に琥珀色の瞳。顔立ちも整っていますので、目下、侍女達の中では結婚したい人No.3です!
困っている人を進んで助けて下さる姿勢はまさに騎士の鏡。わたしも度々助けていただきました。有り難いことです。今度しっかりとしたお礼をしなくてはいけませんね!
「…………」
ですが。その。
「アルフさん? もう大丈夫ですので手を……」
離して頂きたいです。そう言った途端、アルフさんは顔をさっと赤らめました。
「うわっ! ごごごめん! 下心は一切ないから!!」
「分かってますよー」
引く手数多のアルフさんがわたしなんかにそんな気持ちを持つなんて思うわけないではないですか。そんな勘違いしません。あは、と軽く微笑んでから、わたしからさっと離れたアルフさんの目をきちんとみて、丁寧に頭を下げました。
「助けて下さり、本当にありがとうございました」
支えられている姿勢ではお礼がきちんと言えなかったので改めて。
「う、うん……」
アルフさんは何故か視線を逸らしつつ、頷いてくれました。