第二十八話 四角い箱5
アルフさんは、優しい方です。さわやかですし、騎士としての実力もありますし、長身で顔だって格好いいです。
素敵な方だな、といつも思っていました。
「君の今度のお見合い相手でした」
アルフさん、いいえアルフォンスさんは痛々しい笑みを浮かべてそうおっしゃいました。
「アル、」
「王宮に偽名で入ったのは貴族だからと贔屓されないため。実力で勝ち上りたかったからなんだ」
わたしの言葉を遮るように語り出しました。
「そこで君と出会った。リディアナちゃんは平民でも貴族でも誰にも分け隔てなく接していて、そしていっつも幸せそうに笑ってた。リディアナちゃんの笑顔はすごいよね。みているだけでこっちも勝手に笑ってるんだ」
そう、でしょうか? 一番近くにいるイリアにはその効果はないようですが。
「見てたら話しかけたくなって、話しかけたらますます魅力的な子で。気がついたらどんどん惹かれてた」
「……あ」
夜の訪れを告げる冷たい風がわたしとアルフォンスさんの間を吹き抜けます。わたしはとっさに手を握りしめました。
「ねぇ、リディアナちゃん」
アルフォンスさんははっとするほど綺麗な笑顔を浮かべました。
「君が好きだよ」
ああ。
わたしは―――
※
「そうね。リディーはアルフさんの事どう思っているの? アルフさんと恋人になる気は?」
イリアの言葉に、こくりとのどをならしました。
「わたし、は」
※
「ごめん、なさい」
さっきより、深く、深く頭を下げました。
「わたしは……」
のどを押されるように声が出てこなくて、心臓が激しく鳴ります。
ああ、わたしは、優しい彼を今から傷つけます。そうとわかっていて言葉を発するのはこんなにも苦しい。
「その想いに応えることが出来ません」
ごめんなさい。ごめんなさい。わたしなんかを好きなって下さってありがとうございます。それを言うのはわたしの身勝手な我が侭、綺麗に振ったという自己満足でしょう。だから、言いません。
「うん。分かってたよ」
アルフォンスさんは、また痛みをこらえるような笑顔をうかべました。
「リディアナちゃんの目には別の人が映っているってことくらい分かってた。それでも、言いたかったんだ。ごめんね」
いいえ。いいえ……っ。必死で首を振ります。アルフォンスさんが謝る必要なんてないのです。
地面が落ちた雫で濃く染まります。
泣いてはいけません。切り捨ててしまうのは、傷つけるのはわたしのほうなのですから。目の奥にこみ上げてきた熱いものを手をにぎりしめて、押さえます。
涙を押し込めて顔をあげたとき、アルフォンスさんはさわやかな笑みを浮かべていました。
「今日は付き合ってくれて、ありがとう。すごく楽しかったよ」
ああ、どうして優しくして下さるのですか。
「……わたし、も。楽しかったです」
つっかえつっかえ言うとアルフォンスさんがぽん、と頭を撫でて下さいました。
「その言葉だけで俺は充分だよ」
ごめんなさい。ごめんなさい。わたしは………。
行こうか、と声をかけて茶葉の詰まった四角い箱をアルフォンスさんがもって下さいました。その箱のせいでアルフォンスさんの顔は見えません。
帰り道、行きのような会話はありませんでした。




