第二十七話 四角い箱4
影が長く伸びてきました。細波立つ水面が夕日で染まります。
「ご、ごめんなさい! わたしのせいで、もうこんな時間ですね」
わたしはもう半泣きでアルフさんに謝りました。
くっ、わたしとしたことが、夢中になりすぎました……! アルフさんが案内して下さった小物屋さんの隅に、なんと新種のフレーバー茶葉が並んでいたのです。いえ新種、というほどではないのですが、ラーシェに出回ってきたのは最近ですね。珍しくてついつい見入ってしまいました。試飲させてもらい、気に入ってたくさん購入して王宮に届けるよう手続きをして……などとしている内にすっかりと日が暮れてしまいました。
これではデートではなくわたしの茶葉買いにつき合わせたようなものです。
しかも、私用にも購入した分はさすがに王宮に届けていただくわけには行きませんから……四角い箱がベンチの横にはどっさりです。……ええ、もって下さったのはもちろんアルフさんです。買いすぎたため、箱が邪魔してお顔がみえなくなり……申し訳ないことをしてしまいました。ああ、でもあの白桃風味のお茶とても美味しかったです。一緒に買った珍しい色のお茶もルシアン様がとても好みそうな味でした。
……ではなくて! アルフさんにはとても不誠実なことをしてしまいました。
頭を下げるとアルフさんが贈って下さった青と白の細い線が交差したデザインの腕輪がシャラシャラと音をたてました。
「……気にしなくていいよ」
うう。やはり付き合わせすぎてしまったようです。アルフさんは先ほどから口数が少なくなってしまいました。人の買い物に付き合うのは疲れますものね。
「と、とりあえず座りませんか?」
「うん」
疲れたアルフさんの為に、近くの露店で飲み物を頼みました。一つはとても渋い緑茶。もうひとつはすっきりしたあじわいのハーブティーです。
「俺が出すよ」
「いえ! せめてものお詫びですから!」
「出させて」
その声の調子、表情が終わりを告げているようで胸をキリキリと締めます。小さく返事をして一歩下がりました。
夕方、ということはもうお別れです。
わたしは、アルフさんにきちんと答えを渡さないといけません。
考えに沈んでいる内にお茶はできたようです。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。あ、アルフさん、少し待って下さい」
差し出された飲み物を受け取って別のカップに注ぎます。
「え、リディアナちゃん?」
「このお茶とこのお茶2対1で割ると美味しいのですよ」
「へえ。そういうのもわかるんだ」
ふふふ、伊達にルシアン様付きのお茶入れ侍女じゃないですからね! 自分でお茶を入れるのもですが、既存のお茶の組み合わせだってばっちりですよ。
「あ、本当だ。美味しい」
「良かった。アルフさんの好みそうな味だと思っていたんです」
「え……」
なぜか驚かれました。
「あれ? アルフさん柑橘系はスポンジだと苦手ですがお茶はむしろお好きですよね? えっと、違いました……?」
わたしの勝手な思いこみですか!? うわぁ恥ずかしい!
「いや、自覚無かったから……むしろ嫌いだと思って避けてたんだよね。うん。好きだよこの味」
ほっ。わたしの思いこみではなくて良かったです。
「でも、よく分かったね。柑橘系のスポンジケーキが好きじゃないとかリディアナちゃんに話したっけ?」
「ああ、それは今までの様子でなんとなくですね。お茶の方はアルフさんの好みの味をみていて思いましたが」
アルフさんとは何度かご一緒にお食事しましたからね。
「へえ……そっか。みててくれたんだね」
ん? なんだか嬉しそうですね。よくわかりませんが良かったです。わたしはにこっと笑いました。アルフさんも笑い返して下さいます。
「ねぇ、リディアナちゃん」
アルフさんはコップをおくとわたしをじっと見つめました。
「俺の名前知ってる?」
「はい?」
えっとなぜここでお名前の話が……?
アルフさんの名前なんて忘れるわけがないです。
「アルフさん?」
「それね、実は偽名なんだ」
へぇ。そうなのですか……、って!?
「はっ!? えっ、そ、それはどういう……!?」
あんまりにさらりと言うものですからうっかり聞き流す所でしたよ!
「偽名っていうか本名じゃないっていうか、ね。俺の本当の名前は、」
アルフさんはくしゃりと笑いました。
「アルフォンス・ガードン」
「……え」
それは、お父様のお手紙に最後に書かれていた名前。わたしが謝罪しなければならない―――
「君の今回のお見合い相手でした」




