第二十六話 四角い箱3
繋いだ手が誘導してくれ、面白いほどに人をすいすい避けていきます。
わたしはこれほどの人混みだと、躓いたり、ぶつかったりするのですが優雅なエスコートのおかげでそんなこともありません。これも騎士の十本指に入るが故の特技なのでしょうか。なんでも無いようにさらっと避けていますが、運動神経と反射神経、そして状況判断力が優れていなければ出来ないでしょう。
「リディアナちゃんはお気に入りの小物屋さんとかあるの?」
アルフさんは会話にまで気を配って下さいます。
「実はあまり小物は買わないのです。だから、行きつけのお店はありません」
「そうなの? でもそれにしては可愛い小物もっているよね」
「支給品なんですよー。王宮に仕えるものは優雅でなければというような決まりがあって、選りすぐりの品を支給されるのです」
たまに、凄いセンスの方もいらっしゃいますからね。ええ、悪い意味でです。それに、支給品の販売元はすべて国内ですので、他国から来たお客様への宣伝にもなるのです。ですから、わたしたちは身につける装飾品やらのことにはとても詳しいんですよ。
優雅なイメージを壊さず、かつ、宣伝にも使えるので一石二鳥ですね。
「そういう騎士さん達はないのですか?」
執事さん達にも支給されているはずなのですが。
「うん。何着か公式な時に着る服は支給されるけど」
騎士さん達は肉体労働が主ですからね。あまり使わないのでしょう。装飾品などは邪魔にもなりますし。
「じゃあ、今日付けてるのも全部支給品なの?」
「あ、いえ。普通に頂いたものもありますよ」
「……へえ。頂いた、ね」
あれ、なんだか気温が下がった気が。
「腕輪でしょ」
「わぁ! 何故分かったんですか?」
確かに腕輪も頂いたものです。
「いや、七つの薔薇とか分かりやすすぎるしね。……ルシアン様から?」
「へ? いいえ。庭師さんからですよ。お土産にと頂いたんです」
「ロダン?」
「そうです!」
千里眼でも持っていらっしゃるのでしょうか。
「……リディアナちゃん、赤い薔薇の花言葉って知ってるよね?」
「ええ、勿論です!」
有名ですしね。それにこれでも王宮に仕える侍女。完璧な淑女になる教育ならばっちり受けています。花言葉だけではなく、宝石言葉もばっちりですよ!
アルフさんはわたしの腕輪を指しました。
「じゃあ、この花は? 色は何色?」
「薔薇ですよ? 赤色の」
贈られた腕輪は乳白色の石の間に七つの赤い薔薇の飾りの入った可愛らしくかつ、上品なものです。お気に入りなのですが、なかなか機会が無くつけたのは今日が初めてだったりします。
「ちなみに薔薇の本数ごとに意味があるのは知ってる?」
「抜かりありません!」
むしろ、貴族では常識だといっても過言ではないでしょう。勘違いされては困りますし、逆に相手の好意にも気付けなければ不利ですしね。
「じゃあ、七本の薔薇は?」
「密かな愛ですね!」
わたしはフッと笑って答えます。
一本だと「一目惚れ」「貴方しかいない」、二本だと「世界は私とあなただけ」、三本だと「愛してます」、とんで九十九本だと「永遠の愛」「ずっと一緒にいよう」となることも知っていますよ。百八本の「結婚して下さい」は有名ですね。
ちなみに薔薇には、小輪や、大輪、蕾、葉ごとにも違った意味があるんですよ。ロマンチックですよね!
「そこまで分かっててなんで気がつかないかな……」
「へ? 何がですか?」
「……うん。リディアナちゃんが鈍感なのは知ってた」
ん? 今なんで貶されたんでしょう。確かにわたしは運動神経等、鈍感ですが!
「ま、リディアナちゃんらしいよね」
ここで、アルフさんは言葉を切るとくす、と笑いました。
「でも、出来ればこれはデートなんだから、ほかの男から贈られた腕輪は外して欲しいな」
「は、ははいっ」
そうですよね。で、でデートですものね!
恥ずかしさのあまり意識の外に追いやっていたようです。というかアルフさん、そんな微笑み方も出来たのですね! いつもの爽やかな笑みと違いそこはかとなく色気を感じますよ。
腕輪は繋いだ腕の方にあったので一旦手を離してとります。
外した手首を見てアルフさんは嬉しそうににっこりと笑います。
「ん。じゃあ、代わりに俺に腕輪贈らせて?」
「えっ、そんな、悪いですよ!」
それに、わたしお金は有り余っていますからね! 王宮勤めですから、お給料もいいですし、服や小物は支給品ですし。趣味のお茶も経費で落ちますし!
「迷惑じゃないよ。それに好きな女の子が贈ったもの身につけているのは嬉しいしね」
「……は、い」
ふ、あぁぁぁあ! ものすっっごく照れるのですが! 好きな子、と称されて照れていたイリアの気持ちがよくわかります。
「じゃあ。腕輪買うなら今から向かおうとしてたところより良いところがあるから、そこに行こうか」
「お、任せします」
いつの間にか握り直されていた手に引かれ、来た道を戻りました。




