第二十五話 四角い箱2
まさか、お返事までいただけるなんて思ってもいませんでした。
白くてシンプルな便箋。この前わたしに残酷な真実を突きつけてきたものと同じです。
勿論それとは内容は違いますが、覚悟を決めて、開きました。
封筒にかかれたリディアナへという文字。いつもどおり前に付属の言葉はありません。昔はそれに少し落ち込んでいたりしたのですが、人間は慣れるものですね。
『リディアナへ。
簡潔すぎてお前の手紙は逆に要領を得ない。陛下の婚約者? 親しくしているのは知っていたが、いつの間にそんな関係になったのだ』
少し読んで驚きのあまり読む目を止めました。珍しく焦った字で、しかも初めの挨拶すらありませんでした。
それに……余程お時間が無かったのでしょうか? 大切な婚約者役の“役”という文字を書き忘れになったようです。そんな仲とは、私が婚約者“役”に選ばれるほどの信頼関係を築いていたということでしょう。親しくしていたのは知っていたのに、そこまでとは思っていらっしゃらなかったのですね。まぁ、ここまで親しい仲に戻れたのは最近ですから知らなくとも当然です。
『帝国に行くとは、正式に発表するということなのだな? もし、この前の手紙で焦ってそんな事をしているのなら撤回する。お前がそんなに嫌なのだったら無理強いするつもりはないんだ。お前が、このままでは一人寂しく過ごすことになると思って気が競っていた。戻ってこいとはもう言わない。お前の好きにしてくれ。……ただ、もし、本当にお前が陛下の婚約者にと望んでのことなら……』
本当に焦った、少し雑な字です。……それでもなんだかいつもより温かい感じがして少し、嬉しくなります。
お父様は……わたしの事を、心配してくださったのですね。
喜びをかみしめ、ぱらりと二枚目を捲ります。
何度も何度も線で消した後があり……中央には。
『侯爵家としてではなく、お前の父親として嬉しく思う』
「……っあ」
ぽたり、と涙が零れました。わたしとルシアン様の信頼関係を。侯爵家としての利益ではなく、父親として喜ばしく思うと。
あぁ、なんだ。わたしは……ちゃんと愛されていたのですね。気がつけなかっただけで。
だって、手紙はこんなにも温かい。
三枚目には、もともと受ける予定だったお見合い相手の方のお名前があり、きちんと今回の経緯を伝え、謝罪するようにと書いてありました。
依然として震える手でペンを取りました。
今まで便せんには「いつまでもお若いお父様」へ、と書いていましたが……。
変えましょう。
わたしから、歩み寄っていきたい。
『愛しいお父様へ。
寒々とした冬から新しい芽が芽吹き、色々な変化が起こる季節へ移り変わる時期となりました。同様にわたしの気持ちにも大きな変化が生まれました』
こ、こんな感じで良いのでしょうか。「愛しいお父様へ」なんて使ったことがないので、ドキドキしますね。
でもきっと大丈夫です。これからは諦めるのではなく歩み寄っていきたい。……こんな気持ちになれるなんて、本当に大きな変化です。
再び筆をとります。
『わたしは、貴方様に愛されていないと思っておりました。ですが、そうではないのですね。お手紙で伝わってきました。心配していただき、とても有り難く思います。
けれど、これはわたしがずっと願っていたことなのです』
わたしはずっとずっとルシアン様の手助けをしたいと思っていました。そんな気持ちを込めて、書きます。
『わたしは、これからもずっと王宮にいたいです。ルシアン様のお側にいたいのです』
そう締め括り、伝書鳩のルーちゃんに託します。
アスルートからかえってきたら一旦、実家に戻ることにします。お父様ときちんと話をしなくてはいけません。いいえ、話したいです。
きっと、色々誤解があると思いますから。
お返事の手紙は届くか分かりません。五日後には出立なのですし。
そして。わたしは広げていた服を丁寧にハンガーに掛けました。
明日は―――アルフさんとお出かけの日です。
※※
妙に足下がふわふわした気分です。
ルシアン様と二人で散歩にきた事は何度かありますが、殿方とデートというのは初めてです。
今日わたしが着ているのはいつもの侍女服ではなく、フリルが控えめについた白い膝丈のワンピースです。裾には繊細なレースが施されています。春前とはいえまだ肌寒い時期ですので淡いピンク色をしたシフォン素材のカーディガンを羽織っています。靴は、中央に造花の着いた茶色い底上げのサンダル。髪の毛も下ろし、リボン型のバレッタをつけ、緩く巻いています。
かつかつと音を立てながら城下町に下りました。
時計台の下、既にアルフさんは待っていらっしゃいました。見目の良いアルフさんはよく目立ちます。騎士団で鍛えた弛みのない身体の線が黒いズボンと服からよくわかります。黒い服には白い襟とブランドのロゴがついていて、なんだか、騎士服とは違って新鮮な格好良さが漂っています。
わたしは小走りでアルフさんに近寄りました。
「お待たせしてごめんなさい」
「あ、り、リディアナちゃん? いや、俺が早く来ちゃっただけだからいいよ」
うん。相変わらず爽やかです。
「その、よく似合ってるね。……すごく可愛い」
「アルフさんこそ、とても格好いいですね!」
女性が来たらまず褒めろ! とはよく言われていますものね。アルフさんは例に違わず褒めて下さいました。イリアと一生懸命選んだ服ですので嬉しいです。
「えっと、では行きましょうか」
「うん」
さらっと手を取られました。長い指が絡まります。
「あっ、えっと」
「その靴、慣れないと辛いでしょ」
アルフさんは爽やかに微笑みました。そ、そうですね。なんだか深読みしてしまって恥ずかしいです。……でもここまでがっちりと握る必要はないのでは……? わたしたちは所謂恋人繋ぎをしています。
けれど、ええ。そういうものなのでしょう。そう納得して頷くとアルフさんがくすりと笑いました。
「冗談だよ。俺がリディアナちゃんと手を繋ぎたいから」
「ふぇ!」
ど、どうしてしまったんですかアルフさんんんん!?
い、いえ。その……こ、好意を向けて下さっているというのは、分かります。
けれど、ですね。こんなぐいぐい来る方だとは……。案外積極的な方なのですね。
「ごめんね?」
下からのぞき込むような、そして、やや悪戯な笑顔。完璧ですね。
赤くなっているだろう顔をパタパタ仰ぎ、アルフさんが誘導すると仰った小物屋さんに歩を進めました。
自ら外堀を埋めていくスタイルです




